001 目覚め、奇妙な立方体

 瑞々しい質感の、透明な立方体キューブ


 ふと目が覚めると。目の前に、とてつもなく奇妙なものが浮いていた。

「なに? これ……」

 寝起きの頭でよく考えもせず、何気なく触れてみようと持ち上げた手。伸ばした指先が届くより早く、そのキューブはぱしんっ、と手の中へ飛び込んでくる。


 不意の衝撃で、夢現だった意識が覚醒する。


「やわっこい……」

 手の平へ吸い付くよう乗ったキューブの大きさは、おおよそ十センチ角。全体的に透明で、真ん中に真っ赤な球が入れ込まれている。

 キューブ自体の触感は、柔らかなシリコンのそれとよく似ていた。

 にぎにぎと、無心で触っていたくなる絶妙な弾力。内側へ行くにつれて硬くなっているようで、どんなに力を込めて握っても、中央の球はぴくりともしない。

 手を離せばふわりと宙に浮き上がり、触れようと思って手を伸ばすと、また手の平へ飛び込んでくる。

 浮いている間にキューブの周囲まわりをぐるりと手で探っても、釣り糸のようなものは見つけられなくて。試しに手の平へ呼んでから、遠くの方へ投げようとしてみても、私が開いた手の平からするりと抜けて元の位置へと戻ってきた。

 定位置は、私の視界の端。

「謎すぎる」

 不思議と、そのキューブを「恐ろしい」とは感じない。ただただ不思議で、奇妙だなと思いはするけれど、言ってしまえば「それだけ」で。手の平に呼んで、にぎにぎと触ればひんやりと気持ちがいいし、なんとなく気分が落ち着くような気さえした。


 気を紛らわせるのにちょうどいいと。キューブを両手でぐにぐにとやりながら、辺りを見回す。


「私の部屋……私のベッド……私はミコト」

 見慣れた室内。

 見慣れないキューブ。

 ふと目に留まった鏡には、ベッドの上に座り、壁へと寄りかかるの姿が映し出されていた。

「これって……」

 まじまじと見つめる姿見の向こうで、私が思う「私」とは似ても似つかないが、呆然と瞬く。

 試しに笑ってみると、鏡の向こうのも笑った。

 私が思い描いたとおり、完璧に。

 その美しさには、まるで絵に描いたかのよう、微塵の瑕疵もない。


「夢か」

 つまりは、そういうことに違いなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る