016 怪異殺しのススメ 01



[NO SIGNAL...]


 黒く塗り潰された画面の中央で、赤文字のシステムメッセージが明滅している。

『なぁに? これ』

 甘ったれた女の声。

『超薄型軽量HMDヘッド・マウント・ディスプレイ的なサムシング』

 答える声も、若い女のもの。


 かちっ。


 画面に女の顔が映り込む。

 銀髪赤目。

 よくできたCGを疑いたくなる、完成された美女。

『とりあえず、暗視とマッピングな。オプションは帰ったら好きに弄らせてやろう』

『うわぁい……』

 二つ目の声の主。銀髪赤目の女がカメラに向かってにたりと笑う。

 その言葉とともに、画面の片隅へワイヤーフレームと光点とで構成されるミニマップが表示された。

 マップの中央にはHMDの装着者を示す白い光点。その正面に緑色の光点が並び、二人がいる建物の周辺には幾つかの黄色い光点が表示され、めいめい動き回っている。

『敵味方識別機能付きのミニマップ……?

 なんだか、ゲームみたい』

『わかりやすくていいだろう』

『気遣いの方向性が間違ってるんだよなぁ』

 HMDを身に着けている女の視線移動に合わせて、画面内の様々なもの――マップ、あるいは眼下の人影、現在地から一望できる駐車場に面した道を走る車の一台一台――がフォーカスされる。

『電子の妖精さん的なお助けキャラは?』

『ふむ……』

 あちこち見回っていた視点が元の場所へ戻り、再び映し出された女が、おもむろに持ち上げて見せた指先を――パチンッ――小気味良く弾くと。画面上、ミニマップの斜向かいから、銀髪赤目のデフォルメキャラがひょっこり顔を覗かせた。

〈とりあえず、今日はこれで〉

 生身の女は、口を動かしていない。

 装着者の注視によって、その頭上へ――EVE-02――何かの型番めいた文字列を浮かび上がらせながら。ぽっとでのデフォルメキャラは、同じ画面内に存在しているミニマップを指差した。

〈最初の目標は先行した主戦力との合流な〉

 画面の片隅から中程まで範囲を広げられ、情報量の増えたマップ上に、建物内を移動する緑色の光点が強調表示される。

 その動きに合わせて――緑点との接触を避けるよう――建物内を十数個の赤い光点が動き回っていた。

『最終的な目標は?』

 マップが元のサイズ、装着者の直近だけをフォローする状態へと戻される。

〈それはお前次第だな。私としては祢々切丸を回収できればそれでいい〉

『祢々切丸と合流して、それから脱出?』

〈外から引っ張り出すのが難しいだけで、中から出るのは簡単だ。祢々切丸は元凶を叩きたがるだろうが、聞いてやる理由はない〉

『……危なくないのよね?』

『お前はな』

 最後は画面上のデフォルメキャラではなく。生身の本体が答えた。

『わかった……がんばる』

〈そう気負わなくていい。ちょっとした肝試しさ〉

『よく言うわ……』

 HMDを身に着けた女が目の前に立つ銀髪赤目の女へ身を寄せると、そのほとんどを女の体で遮られた画面の片隅で、ミニマップ上の光点が二つ、建物の屋上から玄関前へ、十メートル近い高さをすとんと落ちる。

『私が肝試しとかおばけ屋敷とか大嫌いなの、知ってる癖に』

 画面内――HMD装着者の視界――から女の姿が消え、映像が暗視モードへ切り替わる。

 正面玄関の二重扉をくぐり、人気の無いロビーへ立ち入ったところで、一度、HMDの装着者は足を止めた。

『音が……』

〈病院の中が丸々異界化してるんだ。外とは地続きのようで、そうでもない〉

『私それ知ってる……入ったら最後、敵の『胃の中』ってやつ……』

〈実際問題、胃の中で暴れられたら相当痛いんじゃないか?〉

『刺激したら余計に胃酸が出ちゃうでしょ……』

〈……お前、実は結構余裕だな?〉

『馬鹿言わないで』


 ミニマップ上に表示される赤点を避けながら、人気の無い病院内を歩き回ること十数分。

 幾度となく遠回りを強いられながらも、合流目標と同じ階へ辿り着いたことで、それまでふらふらと動き回っていた緑点の動きが、白点を目指して最短距離を突っ切るようなものへと変化する。

 その時点で自ら動き回ることを止めた女の前へ、五分と経たないうち、抜き身の刀を手に持つ男が一人、姿を見せた。


『あんたも来てたのか』

 合流した男の第一声。

 ここまで先頭を歩いてきた女がここにいることは予想の埒外だと言わんばかりの反応に、しばらくぶり、画面の中――装着者の視界――へ映し出された銀髪赤目の女が、わかりやすくとぼけるよう肩を竦めて見せる。

『お前一人のためにわざわざこんなところまで来てやるほど暇じゃない』

『なるほど』

 女の答えに、男は一旦、手に持っていた武器を鞘へと納めた。

 そして。流れるような所作で跪き、HMD装着者の手を取る。

『来てくれて助かった』

 これまた、出来の良いCGもかくやと完成された美形。

『その上で、頼みがある』

 画面が物理的に揺れる。

『顔がいい……』

 HMD装着者の腰元に、画面の外から女の腕が巻きついた。

『言っておくが、お前が面喰いなのはバレバレで、手練手管だからな、それ』

『顔がいいから許す……』

『お前なぁ』


『なぁ、頼む。この異界のぬしを斃したいんだ。あんたの魔女に手を貸すよう言ってくれないか』


『――言うと思った』

 唐突に夢から覚めたよう、フラットな声音。

 がくんっと揺れた画面に、すっかり脱力した女の四肢が映り込む。

『あんたには悪いと思ってる』

『それはそれとして助けは欲しいんでしょ……わかってる、わかってる』

 ぞんざいに振られた手の平が、がっちりと腰に回った女の腕を叩く。

『なんとかしたげて』

『お前の頼みなら、もちろん。

 それはそれとして、方針は?』

『…………』

 決定権を持つ女のを受けて、男は言いにくそうに口を開いた。

『討ち漏らしが出るのはまずい』

『――そういうことらしいので。方針はゾンビモノのお約束、見敵必殺さーちあんどですとろいで』

『恩に着る』


 そこからの展開は、ハリウッド級VFXの足をお粗末な脚本が引っ張るB級映画じみていた。


 HMDの装着者がミニマップ上の情報を頼りに道案内ナビゲートすれば、それまで避けられていたのが嘘のよう、緑点で示される男は難なく赤点へと接近することができた。

 一度ひとたび接敵してしまえば、鎧袖一触。

 男が手にする白刃は、名状しがたき姿形の異形どもを、溶けかけたバターでも切り分けるよう容易く斬り刻んでのける。

 それを赤い光点の数だけ繰り返し、最後の一体を斬り伏せたところで、唐突には途切れた。

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