015 起き上がりと寝たきり 

 


「これってどういう状況?」

 眼下でくるくる回る赤色灯が、わかりやすい非日常感を演出している。

 個人経営にしては大きい方とはいえ、田舎の街に一つあるかないかの総合病院には到底及ばない、救急対応もしていないような規模の病院前。診察はもちろん、面会時間もとっくに終わった夜ともなればすっかり閑散とするはずの駐車場に、今日は物々しい数のパトカーが詰めかけていた。

 飛び降り自殺を見咎められ、通報されてしまったうっかりさんの視点は、ともするとこんな感じなのだろう。

「昼間、お前にちょっかい出そうとした女が言ってただろう」

「……死者がどうとか?」

 それがどうかしたのかと。首を捻る私に、イヴは「な」と、口頭では伝わりにくい些細な――けれど、ともすれば重大な――齟齬を、私の膝から気軽に離してみせた指先の動きで指摘する。

起き上がりゾンビと何か違うの?」

「軽く調べてみた限り、普通にスピリチュアルなゾンビだった」

「ウイルス的なものは関係ない、と。……じゃあやっぱり私、そのシ者ってやつなんじゃない?」

「まだ言うか」

 私が意味もなくぶらつかせていた爪先を屋上の端、ギリギリのところへ下ろし、今度こそ、膝と背中からも抜かれたイヴの手が、私の頬を両側から挟むように包む。

「私はちゃんと間に合った。

 あんな女より、私の言葉を信用してくれ」

 軽口以上の意味を持たせるつもりもなく吐き出した言葉を存外深刻に受け止められ、罪悪感混じりの戸惑いを覚えたのは、今日だけで、これが二度目のことだった。

「信じるとか信じないとか、そういう話じゃなくて……別に、どっちでもよくない?」

「私にとっては、よくない」

 至近距離から私の顔を覗き込んでくるイヴの表情は、この上なく真剣で。この件に関してだけは譲るつもりがないことを、言葉とともにその視線でも、何事も曖昧なままそっとしておきたい私に向かって、これでもかとはっきり伝えてくる。

「わかった……」

 他人からどう言われ、どう思われるかなんて些細なことで。私は私が生きていようと、死んでいようと、大して興味が無い。

 だから。イヴの言うとおり、自分はまだ生きているのだと思い込むことにも――あの日の凄惨な記憶に蓋をしてしまえば――抵抗らしい抵抗は覚えなかった。

「それで……そのシ者が、どうしたって?」

「今週頭からこの街で異常発生してるらしい」

「…………」

 さっきの今。舌の根も乾かないうちに――やっぱり私それなのでは? と――出かけた言葉を、ほんの少しも漏らすことなく呑み込むには、相当の努力を必要とした。

「言いたいことは分かるが、まぁ聞け」

「……どうぞ」

「死んだ人間の、魂が抜けて空になった体へ、普通の人間の目には映りもしない霊的な存在が入り込んで動かしているのが『シ者』だ。お前の体には間違いなくお前の魂が入ってるから、どのみち当てはまらない」

 むしろ『普通じゃない何かしら』に取り憑かれている点さえ当てはまっている気がするのは、私の考えすぎだろうか。

「これって、もしかしてイヴの正体とか不思議な力の出所に疑問を抱くべき場面?」

「いや全然。むしろその辺りはしばらくそっとしておいてくれ」

「あぁそう……」

 そのうち疑問を抱いてもいい正体ってなんだろう。

「異常発生ってことは、普段から自然発生もしてるってこと?」

「普通は孤独死なんかで、死んでからしばらく放っておかれるとたまに……って感じらしい。坊主が経を唱えたらそれで片付くシ者もいれば、専門家を呼んでもう一度きっちり殺しきるまで暴れ回るようなのもいるそうだ」

「人外化生の類が生者への干渉方法として肉の器を欲しがるのはオカルトのセオリーとして理解できるけど、それだと私が道端で襲われた説明がつかなくない?」

「シ者の発生から時間が経つにつれ、肉の器カラダナカミの影響で人の形を保たなくなるものらしい。あぁなると完全に専門家案件だな」

「……それをぶった切った祢々切丸は?」

「その専門家の仕事道具」

「勝手に頂戴したらまずかったやつでは……?」

「家宝的な扱いで、誰も使おうとしないから仕方なく一人で雑魚狩りに勤しんでいたらしい」

「バレたら絶対まずいやつ……」

 思わず頭を抱えた拍子。逃避先を求めた思考がうっかり墓穴に突っ込んで、気付きたくもないことに思い至った。

「シ者の異常発生……病院……バケモノ斬りの刀……」

「さすがに察しが良いな」

「サバイバルホラーは専門外なんですけど!」

「残念」


 パチンッ。



すこしふしぎなファンタジーなんだなぁ、これが」

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