014 ひとやすみ
前々から観たいと思ってはいたけれど。映画館で不特定多数の人間と一緒に、というシチュエーションが耐え難くて泣く泣く配信待ちをしていたタイトルを、人生で最もストレスフリーに観終わって。
これでもかとご機嫌な私を、イヴはぬるっとホテルへ連れ込んだ。
「『結局これかよ』とか思わなくもないけど、今日は許す……」
「デートの締めにちょっと休憩するくらい、普通だろう」
ひょっとするとビジネスホテルと間違えて入りそうなくらい落ち着いたデザインの外観とさほど変わらない、なんなら普通に泊まっても良さそうな――いわゆるラブホらしさなんて、部屋の真ん中にある硝子張りのバスルームくらいのものな――部屋へ、私のことを連れ込むなり。
いけしゃあしゃあと宣いながら、閉めたばかりの扉へ押しつけた私にキスを一つ、二つ。
「まさか……このまま、ここで?」
「支えてやるから」
「そういう問題じゃ――」
みなまで言わせず、私の唇をねっとり塞ぎながら。厚手のタイツに包まれた足の片方を、イヴは淫らがましく撫でさすりながら引っ張り上げた。
「今日は、許してくれるんだろう――?」
無理矢理片足立ちにさせられて、気分は宙吊りにされているのと大差ない。
そんな私の、ふんわり広がるスカートの下。イヴの指先がゆるりとなぞった端からびりびり音がして、脱がされてもいない下着の中へ、ひんやりとした指先がもぐり込む。
「っ……」
じんわり泥濘みはじめている入り口を、勿体付けるよう浅く嬲りながら。くつりと喉を鳴らして笑うイヴの密やかな声は、私の耳元で過ぎるくらい響いて聞こえた。
「私とするのは、気持ちいいものな?」
だから、体が反応するのは仕方がないとでも言いたげに。これではまるで期待していたようだと、羞恥で首まで赤く染まった私のナカをまさぐりはじめた指の動きは、みるみる遠慮をなくしていく。
そして――
私の淫らな口が、滴るほどの涎を垂らすようにもなれば。何を躊躇う理由があるものかと。イヴは抱え上げた膝もそのままに、ドアとの間へ挟みこんだ私の体を突き上げた。
◆ ◇ ◆
部屋の入り口で立ったまま、服も脱がずに一回。
リビングスペースのソファで縺れ合うように一回。
ようやく辿り着いたベッドでしつこく二回。
「さすがにもう無理……股関節が変な感じする……」
気持ちよりも物理的な体の問題でぐずりはじめた私を、わかったわかったと風呂に入れながら、まさかの二回。
湯船の縁に腰掛けたイヴの膝へ乗せられ、私の顔が見えていれば怖くないだろうと、もちろんそういう目的のために設置された鏡の前で後ろからぐちぐち体を揺すられている真最中に意識を失ったともなれば。次に目が覚めたとき、私の機嫌が地を這っていたとしても――話が違う、今日は許すと言ってくれたじゃないか、などと――批難されるような謂われはないはずで。
(一回痛い目見せてやる……)
目が覚めてから少しの間、ふわふわとしていた意識がはっきりと焦点を結ぶなり。そのあたりにいるはずのイヴめがけて私が拳を振り上げたことも、イヴが嬉々として私へ強いた無体に比べれば、一瞬で終わるだけ、報復としてはまだ手緩いくらいだった。
「…………あれっ?」
けれども。振り下ろした拳に返る手応えは、どこまでも柔らかで。
目を開けて見える範囲にいないのだから、その外側――横向きにベッドへ転がされた私の背中側――にいるのだろうとばかり思っていたイヴがそこにいないという事実へ理解が及ぶなり、私はがばりと飛び起きていた。
「いない……」
広いベッドと、硝子張りのバスルーム、ソファの置かれたリビングスペースが一直線に並ぶ室内に、死角らしい死角はない。
目に見える範囲にいないのなら、部屋の中にはいないのだろうと。単純に状況を把握した私が、ぽつり――
「イヴ」
か細く呼ぶと。一拍置いて、寝乱れた頭の上に――ぼすっ――真新しい着替えが一式、どこからともなく降ってくる。
「これに着替えろってこと……?」
ふつりと意識を失う前。あちこちぬるぬるしていた体はもちろん、綺麗に清められていた。
体も動けないほど辛くはなくて。少し怠いかな、という程度。
のそのそ着替え、洗面台に備え付けてあったアメニティのブラシで髪を梳き終わると。またしても、どこからともなく降ってきたストールが――今度は、包み込むようふんわりと――私に被さった。
そして――パチンッ――居もしないイヴが指を弾く音とともに、体がふっ、と宙に浮く。
「うわっ」
咄嗟に体勢を保てなかった私を、そのまま危なげなく受け止めたのは、もちろん、私が予想していたとおりの魔女だった。
「迎えに行けなくて悪いな」
その顔面に――べちんっ――真正面からの平手を見舞い、「これで許してあげる」と、私は努めてにっこり笑う。
「顔はよせ、顔は……」
避けようのない体勢で一方的な暴力に晒されようと、うっかり私を手放してしまうわけにはいかない。
端からそんなつもり、ありはしないのだろうけど。綺麗な顔をくしゃりと歪めながら、私を支える腕については小揺るぎもさせなかったイヴは、夜の闇に紛れようもない姿を隠そうとする素振りも見せず、堂々と、大きな通り沿いにある病院の屋上端に立っていた。
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