010 ミステイク
「せっかくだし、今日はこっちの風呂に入ろうな」
そんな私の生活サイクルを知らないはずもないイヴは、食卓が片付くなり有無を言わさず、リビングスペースのソファでうとうとと微睡みかけていた私を抱え上げまでして、真新しい脱衣所へと連れ込んだ。
そして。ろくに鍵もかからないような脱衣所で『二人っきり』になった途端、情緒も脈絡もないキスを、がぶり。
「んーっ!」
まさかこれほど強引に迫られるとは夢にも思わず、サラダにパスタ、あげくにピザと、好き放題に飲み食いした私の口の中なんて、ねちっこく舐め回しても気持ちの良い状態ではないはずなのに。イヴは私が酸欠やら何やらでぐったりするまで好き放題に舌を動かして、ついでのよう私の服を脱がせていった。
「は……」
息継ぎの合間に洗面台のカウンターへと私を押し上げたイヴの体からは、いつの間にか少女らしいまろみがごっそりと失われている。
どんなときでも余裕綽々に振る舞って見せるイヴらしからぬ切羽詰まった――それがまた、壮絶に色っぽい――表情で。一人だけすっかり裸に剥かれた私の体へ押しつけられるのは、全然まったくその気も無かった私がつられて熱を上げるくらい、明け透けな欲望を主張する熱の塊だった。
「さっ……さすがにいきなりすぎないっ?」
「腹ごしらえはさせてやっただろ」
「言い方!」
乱暴一歩手前の性急さで揉みしだかれた胸は、気持ちいいんだか、痛いんだか。
形ばかりの前戯もそこそこ、あっという間に体の位置を下げていったイヴは抱えた足の付け根にむしゃぶりついて。私がじたばた暴れるのもおかまいなしに、カウンターからずり落ちそうになった体をひっくり返して刺し貫いた。
「あうっ」
――内心、手荒く引き裂かれるような痛みを覚悟していたのに。私の体は、私自身の予想に反してすんなりイヴを受け入れて。容赦の無い腰を打ち付けられるたび、ぐちゅん、ぐちゅんと、卑猥な水音を響かせる。
「ううっ……」
無理矢理なんて、酷い。
でも気持ちいい。
都合良く使われているような体勢が不服で、こんなふうに扱われるいわれはないのだと声高に訴える理性とは裏腹に、体の方は与えられる刺激へどこまでも素直に反応してみせるから。
まるで、自分の体が自分のものではなくなってしまったような感覚に、置いてきぼりをくらった心の柔い部分が悲鳴を上げる。
もうやめて。
堪らなくなった私が泣き言を吐く前に、イヴはぴたりと動きを止めた。
「カオル?」
カウンターへ縋る体を、余裕なく揺さぶり続けていた律動が止まるなり。じっとりと汗にまみれた背中へ、お互いの隙間を埋めるよう、慎ましやかを通り越して絶壁と化した胸が重なる。
「あっ……」
密着した分、一段と深くなった繋がりに震える体を、イヴは――それまでのものとは明らかに違う、性的なものを少しも感じさせない手つきで――なだめすかすよう撫でさすった。
「何が嫌だった?」
私はまだ、何も言っていないのに。今にも泣き出しそうな子供の機嫌でも窺うよう、イヴが殊更優しい声音で囁きかけてくるものだから。虚を衝かれた私の口からは、他の誰にも言えないような本音がぽろりと零れて落ちる。
「かお……」
その一言で、イヴには事足りた。
パチンッと指を弾く音がして。体重を預けていたカウンターの感触が消え、前のめりに倒れ込んだ体を、柔らかな布地と弾力のあるマットが受け止める。
受け身も取れずにぼすんっと跳ねた体をいとも容易くひっくり返し、私のことを組み敷いて。移動のどさくさにぽっかり空いてしまった隙間を埋めようと、イヴは無遠慮に私の膝をすくい上げ、しとどに濡れた
「――他には?」
そっと囁いてくる顔の近さに目を閉じたのは、単なる条件反射。
頭では何も考えていない無意識の行動へ、私が我に返るより早く慎重なキスを施して。「顔以外には?」と、繰り返すキスの合間に、イヴは重ねて私に問いかける。
「もっと、ゆっくり……」
「うん」
「あと……ぎゅってして」
「あぁ」
改めて口に出してみると、まるで子供のようだと自分でも思うくらいなのに。イヴはいたって真摯に私の言葉へ耳を傾け、臆病な私がすっかり落ち着きを取り戻してから、ようやくゆるりと腰を揺らした。
◆ ◇ ◆
最後の最後まで、組み敷いた私には努めて体重をかけないよう振る舞ってみせるくせ。その時だけは、苦しいくらいに身を寄せてくる。
どくどくと、体の一番深いところを濡らす熱。吐き出された飛沫の最後の一滴までもを搾り取るよう、私の体は勝手にぎゅうぎゅう、ねじ込まれたイヴの一部を締め上げた。
「――泣かせるつもりはなかったんだ」
今日は、これでたったの一回目だから。昨日のしつこさに鑑みて、まだまだしぶとく私の中へ居座り続けるだろうと思っていたイヴは、こっちが拍子抜けするくらいすんなり身を引いて。パチンッと指をひと鳴らし。
さらりと乾いた体の上へ、羽毛の上掛けを引き上げる。
「泣いてない」
「泣きそうだったろ」
私が自分の、うるさいくらい早鐘を打つ心臓の音へ気を取られているうち。上掛けの下でぴったりと身を寄せてくるイヴの肢体は、いつの間にか少女らしい柔らかさとまろみを取り戻していた。
「お前を泣かせたかったわけじゃない」
「泣いてないったら」
上掛けの下で温もりを分け合うよう、抱き寄せられたついで。
私は気怠い体を押して、さっきのことを変に気にしているらしいイヴの体へ乗り上げる。
「カオル?」
遠慮無く体重をかけても、イヴは平気な顔で。体を支えようとするわけでもなく、その慎ましやかな胸元へ触れた私の意図をはかるよう、鮮やかに赤い双眸を瞬かせた。
「…………」
不本意、というわけでもなく。こういう関係になった私が裸のイヴへ触れるのに、大した理由が要るとは思えない。
そうでなかったとしても、相手がイヴなら構いはしないだろうと。私は上体を傾けて、捏ねるように揉めば、マシュマロよりもやわくてしっとりとした手触りを返してくる膨らみへとかぶりつく。
「んっ」
イヴが仰向けに寝ているせいで、いつにも増して控えめな胸を両手で寄せながら。唾液をたっぷり含ませた舌で綺麗な肌を濡らしたり、
私が無言で、はぐはぐと胸ばかり構っているうち。汗ばんできた体が悩ましくくねって、私の腰を掴んでいた手がシーツへ落ちる。
「カオル……」
色っぽく上気した声でいかにも物欲しそうに呼ばれたのでは、応えずにいることも難しい。
私は自分の指先――伸びきった爪の具合――をちらりと確かめてから、僅かな思案の末に、イヴの耳元で囁いた。
「攻守交代、しない?」
はくりと一度、喘ぐよう大きく息をして。ぴたりと重なった私の体を捕まえるよう抱きしめたかと思えば、そのままベッドの上を半回転。
お互いの体勢が入れ替わる頃には、イヴの体もお手軽な変化を終えていた。
「あまり甘やかすと、つけあがるぞ」
私が泣きそうになっただけであれほど動揺してみせたくせ、どの口でそんなことを言っているのかと。私がにやにやしながら心にもないことを言う唇を摘まんでやると。イヴは顔を顰めながら上体を起こし、私の指が届かない距離まで逃れていく。
「お前は私に甘すぎる」
溜め息混じりに、私の膝裏をすくい上げながら。改めてのしかかってくるイヴは、ようやく肩の力が抜けきったような締まりのない
そんなこんなで、今日も一日が終わる。
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