005 秘密の温泉

  


「さぁ、次はお待ちかねの温泉だ」

 嫌がる私を連れ回すことの、いったい何がそれほど楽しいのか。砂浜をしばらく歩いて、すっかり機嫌を良くしたイヴは、私がもう一歩も歩きたくないと座り込む直前で、引き際を見誤ることなく指を弾いた。

「イヴが入りたいだけでしょ、それ……」

 瞬間的な浮遊感を味わった体は、気がつけば正面から抱き合うよう抱え上げられていて。そうなると、私は本当に自力では一歩たりとも歩く必要さえなく。人一人抱えているとは思えないほど軽い足取りで歩き出したイヴに、どこかへと運ばれていく。

 辺りは暗く、光源らしい光源といえば、か細く降り注ぐ月明かりとイヴの髪から零れる不可思議な輝きばかり。

 さらさらと水の流れる音がするのは、イヴが楽しみにしている温泉の湯音だろうか。

「祢々切丸――」

 不意に立ち止まったイヴが――パチンッ――慣れた様子で指を弾くと、幾つもの光源と一人分の気配が忽然と現れる。

 灯籠に似てぼんやりとした明るさの、心地良く揺らぐ光源に照らし出された周囲の状況。さらさらと流れる水音の正体は、正真正銘、谷間を流れる小川のせせらぎだった。

「外……?」

 ごろごろとした石で縁取られた『湯船』は、控えめに流れる小川と並行して一つ二つ、それらしいものがあるものの。その周りに周囲からの視線を遮ることを目的として作られていそうな人工物は何一つとしてなく。イヴに抱えられ、その肩越しに私から見える範囲には、『露天風呂』というにはいささか野生味の過ぎる光景が広がっていた。

 いったいどこへ連れて来られて、まさか今からここに浸けられるのかと。愕然とする私の脳裏を『野湯』の二文字がよぎる。

 秘湯と言えば聞こえも良いが、現実はこんなもの。

 混浴前提なのだから、まともな脱衣所も必要ないだろうと。湯船の脇にひっそりと建てられているそれらしき人工物は、田舎のバス停よりも心許ない掘っ立て小屋で。ハウス育ちも同然の現代人を自認する私の目に、それは単なる荷物置き場としか映らなかった。




「――何の用だ」

 目の前の現実から目を背けたいばかりの意識が拾った男の声は、あからさまに機嫌が悪く。私がイヴに抱えられたまま、無理矢理に体を捻って振り返ると。私の背後――イヴの正面――にはやはり、あまり機嫌の良くなさそうな和装の青年が立っていた。

「辺りのをしてこい」

 端的に命じられ、わかりやすく嫌そうに顔を顰めた祢々切丸は、それでも「わかった」と短く答え、身軽に森の中へと飛び込んでいく。

「掃除って、なんの?」

「昨日お前を襲ったようなバケモノさ」

「……いるの?」

「あんなものは、どこにだって、いくらでもいる」

 思わず息を呑んだ私の背中を、イヴの手は宥めるよう優しく撫でさすった。

「だから、厄介な野生動物くらいに思っていろ。

 今日のところは、祢々切丸に任せておけば心配ない。……この辺りに、あれの手に余るようなモノの気配はないからな」

「うん……」

「お前の傍には私がいるんだ。もう二度と、あんなモノにお前を傷付けさせたりしない」

「…………」

 至極真面目な声音で、いたって真摯に請け負いながら。私の背中を行ったり来たりしていたイヴの手は、私が着ている上着の下へと潜り込む。

「やっぱり、イヴが入りたがってた温泉って、ここなの……?」

 不埒な手つきでスカートのホックを外し、片手で器用にファスナーを下ろされて。抱きしめるよう捕まえられている私の口からは、イヴに対する抗議の声より、諦観混じりのそれが先に零れて落ちた。

「この時間帯だと、店はどこも営業中だからな」

「ちゃんとお金払えばよくない……?」

「残り時間を気にしなくていいんだ。こっちの方がお前もゆっくりできていいだろう?」

 私のことを考えて、こうしているのだとでも言いたげな口振りで、まったく引く気のなさそうなイヴに言いくるめられながら。ブラウスの背中を這い上がった手に、スカートに続いて上着までもを払い落とされても。ぬくぬくと保温されていた体が、覚悟していたほどの寒さに晒されることはない。

 イヴはそのまま、手際よく裸に剥いた私を川下側の湯船へ浸け込んだ。

「体が温まったら上に移れよ」

「そっちの方が熱いの?」

「あぁ」

 服を脱がされている間、ほんの少し立っている必要があったくらいで、この場所に移動してからのイヴが私を一歩たりとも歩かせようとしなかったのは、湯船の周囲が万遍なくぬるついていて、滑りやすくなっているからなのかもしれないと、湯船の縁に寄りかかってみてはじめて気付く。

 私に続いて裸になったイヴは、ヒールの高い靴を履いていたときでさえ苦も無く歩いてみせたけど。運動神経に難のある私なら、一度や二度ならずすっ転びそうになっていたとしてもおかしくはない。

「転けそう……」

「私がいるのに、転かすわけないだろ」

 案の定。温湯で体を慣らした私が、川上側の湯船へ移るため立ち上がると。イヴも一緒になって立ち上がって、甲斐甲斐しく私の手を取った。

「うぅっ……」

 恐る恐る、ゆっくりと、必要以上の時間をかけて。なんとかもう一方の湯船へ浸かり直した私の顔に、イヴは「ほら」と、どこからか取り出したクレンジングシートを押しつけてくる。

「じっとしてろよ」

「ん……」

 そこは指パッチンでどうにかならないかと思いつつ、されるがままになっていると。厚手のシートを贅沢に二枚も使って、イヴは私の化粧を落としきった。

「至れり尽くせりだろう」

「確かにそうだけど……それ、自分で言う……?」

「下心があるからな」

 どんな? と、わざわざ聞き返す必要はなかった。

「私は、お前によく尽くしているだろう?」

 だからご褒美をと、顔を近付けてきたイヴはと私の唇を食む。

 最初のうちは、ほんの少し触れては離れての繰り返し。私が嫌がる素振りを見せずにいると、その動きは次第に調子づくよう大胆になって。グロスを落としたばかりの唇を丁寧に味わいながら、するりと腰に回った腕が私の体をイヴの体に密着させる。

「どこまでなら、許してくれる?」

 とりあえず。不埒な舌が口の中まで入り込んでも、そう悪い気はしなかった。

「んっ……」

 それどころか、普段意識するようなこともないような場所を舐め回されることが、いっそ心地良くすらあって。私はうっとり目を伏せて、腰を抱くイヴの腕と与えられる快楽に、すっかり体を預けてしまう。

「気持ちのいいことは、好きだよな?」

 思わせぶりに掠れた声音で、どきりとするようなことを言って。私の口を、反論は認めないとばかりにしっかりと塞いでしまいながら。イヴは湯船の中で抱え上げた私に、揃えた膝を跨がせる。

「あっ……」

 膝立ちになった体の置き所を見つけるより先に、すくい上げるよう胸を揉まれて。押し出されるよう私の口から零れた吐息は、自分でもどうかと思うほどの熱を孕んでいる。

 その声を聞き、すっかり気を良くしたイヴは、二人分の唾液で濡れそぼった唇を、すぐ目の前に差し出された胸の頂へと触れさせた。

「っ……」

 たったそれだけの刺激で、私の体は大袈裟なほどびくりと震える。

 同時に、それ以上のことをされたらどうなってしまうのだろうと、淫らな期待が脳裏を過った。




「イヴ……」

 堪え性のない私がその気になってしまえば、その時点で、イヴの思惑なんてものは関係なくなる。

 あるいは、それこそがイヴの思う壺だったのかもしれないけれど。手段はそのまま、ひとまずその目的だけをすり替えて。私の淫らな期待とろくでもない好奇心を満たすため、イヴの手は脇腹を掠めるよう私の下肢へと滑り下りていった。

「んっ……」

 下生えを掻き分けながら足の付け根へと辿り着いた指先は、そのまま抵抗らしい抵抗も受けることなく、とっくに蕩けきっていた蜜口へと沈み込む。

 それが湯の中の出来事でなければ、きっと、思わず耳を塞いでしまいたくなるような水音がしたに違いない。

 それくらい、私のナカは準備万端。これまで指一本触れられてもいなかったのに、まるで時間をかけて解された後のよう、嬉々として押し込まれた指を呑み込んでいく。

「お湯、入ってきちゃう……」

「そうだな」

 膣内ナカを丹念にまさぐる指が増やされて、腰を浮かせた私がたまらず縋り付くと、イヴの声音はいよいよ隠しきれない愉悦を孕んだ。

「どっちがいい?」

「あっ……あっ、あっ……」

「なぁ、カオル? このまま私の指でイクのと、もっとイイモノでイかされるの……お前は、どっちがいい?」

「やぁっ……んっ、んぅっ……」

 突然止まった指の動きに、もうすぐそこまで見えていた絶頂への梯子を外されて。なんて惨いことをと、しがみついていた体を離してイヴを睨めば。「どっちがいい?」と、重ねて訳の分からない選択を迫られる。

「イヴが好きな方でいいから……」

「――言ったな?」

 どのみちそのつもりだったくせに。言質をとったとばかりに笑い、イヴは私を膝に乗せたまま、湯船の縁に座り直してパチンッと指をひと弾き。

 次の瞬間。躊躇いなく押し倒された私とイヴは、山奥の秘湯ではなく、私が一人暮らしをしているアパートのベッドの上にいた。

「声、我慢しなくていいからな」

「ひっ――」

 間髪入れず、ぐちゅんっ、と卑猥な音と衝撃が、なんの心構えもできていなかった私を襲う。

「ああああぁっ!」

 期待して、想像していたものの比ではない熱が頭の中で弾け飛んで。一瞬、目の前が焼け付いたよう白く染まった。

「指なんかより、こっちの方がよっぽどイイだろう?」

 どくどくと脈を打つ心臓の音がうるさいくらい、体中に響いている。

 どろどろに溶けた蜜壺へ押し入られただけでイってしまったのだと気付くのに、それほど時間はかからなかった。

「なに、それ……なんでそんなもの生えてるの……」

 何せ、私を一気に高みまで押し上げたモノが、苦しいほどみっちりと膣内を埋めたままになっているのだから。気付かずにいろという方が無理のある話。

「忘れたのか?」

「なにを……」

「お前は、この私……《一人目はじまりのイヴ》を『完全無欠の魔女』として創造した。『一つも欠けたところがない』ということは、男と女、その両方の性質を持っていたとしてもおかしくはないということだ。――そうだろう?」

「そんなの屁理屈じゃない……!」

「それでも、お前に否定されない限りその『可能性』は存在しうる。……さぁ、どうだろう。? あなたにとって、こういう『私』は解釈違いも甚だしい、あなたの世界に存在することさえ許しがたい『何か』なのだろうか。

 それとも――」

 私をベッドに組み敷いて、時折思い出したよう揺すり上げながら笑っている『イヴ』。

 その胸元から、慎ましやかながらも確かに存在していたはずの乳房はいつの間にか跡形もなくなっていて。女にしても華奢な体躯はそのままに、イヴはその性別だけを、疑いの余地もなく男のそれへと変貌させていた。

「うぅっ……」

 苦しいくらい張り詰めた肉杭を『母』と呼ぶ私の膣内ナカに埋め込んで、あと少しで押し潰しかねないほど強く体を重ねながら。私の耳元に唇を寄せ、甘い声音で愛を囁くよう、審判を迫る。

「私はお前の『娘』だから、お前にとって一番いいようにしてやりたいんだ」

 欲望のままに強請って見せろと、私を苛む。

「気持ちのいいことは、好きだよな?」

 二度目の問いかけに、観念した私が微かに頷いて返すのを、イヴが見逃すはずもなく。その直後はじまった律動に身も世もなく喘がされるうち、精も根も尽き果てた私の意識は、底なし沼のようつかみどころのない眠りへ沈んでいった。


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