第3話

 遥太はホテルの部屋に入ると、鞄の中からノートPCを取り出し起動させる。


 検索エンジンに日時や大まかな場所、そして落石事故と入力すると、すぐに詩衣那の事故に関する記事が現れた。


 内容自体は樹から聞いた通りだが、そこには遥太が欲しかった情報である事故現場の住所が記載されており、今度はその住所を検索し地図を調べる。


 その場所は20年経った現在も同じコンビニが経営されており、地理的にも変化している様子がない事から、その場所をブックマークし終えると、ノートPCを閉じようとするが、ふと気になる項目を見つけクリックする。


 それは詩衣那の事故後から、5年が経過した頃に書かれた週刊誌の記事であり、その冒頭に書かれていたのは、詩衣那の両親が事故の責任の所在を巡って起こした裁判に関する事で、樹に聞いた通り事故の原因は台風の影響で雨が続き地盤が緩んだ事と認定されていた。


 だが当時は既に落石防止や土砂崩れへの対策は施されており、そして事故の性質上、到底予見不可能のものであるとされ、岩を管理していた神社や町の責任を問う事は出来ないとされ棄却されている。


「岩を管理していた神社?」


 遥太は先程ブックマークした地図を改めて開き、事故現場の周りを調べると道路を挟んでコンビニの向かいの山の頂上に御神岩おかみいわ神社と記載されているのを確認する。


 試しにその神社を検索してみるも、名前と所在地と祭神の説明だけで、詳しい事は分からず、遥太は再び週刊誌の記事に戻った。


 そして記事を読み進めていくと、神社を管理している宮司の男性の事も書かれているが、その男性は普段から高級外車を乗り回したり、夜な夜な街に出ては飲み歩くなど、宮司という職業のイメージにしては奔放な人物として書かれ、事故後はそういう面からも風当たりが強くなり、多くの苦情や嫌がらせを受け、心労から倒れてしまったという事である。


「この人が、悪いという訳ではないだろうし、詩衣那もそんな事望んでないよな」


 遥太は居たたまれない気持ちになり、ノートPCを閉じるとベッドに横になるが、自分がまだシャツとネクタイ、そしてスラックス姿である事を思い出し、それらを脱いでハンガーにかけると、今度こそ明かりを消してベッドに横たわりそのまま目を閉じた。


 そして翌朝、ホテルでの朝食を終えた遥太は、すぐさまホテルを出るとタクシーで昨夜調べておいた事故現場へ向かう。


 途中街並みを見ながら、改めて気付いたのは観光客の多さで、その為に新しい施設が増えており、やはり自身が少年時代を過ごした頃とは、見違うほど変わってしまったと実感していた。


「お客さんは、観光ですか?」


「いえ、仕事のついでに寄ったんですが、20年前までこの町に住んでいたんですよ」


「あ、そうだったんですか、この町変わりましたでしょ」


「本当に」


 そんな他愛のない会話をしている間にも見慣れぬ景色が通り過ぎていき、やがて目的のコンビニに到着する。


 朝の9時ということもあり、駐車場には3台のトラックが止まっているものの、休憩中らしく店内には運転手らしき姿はなく、コンビニ自体は朝のピークを終えて落ち着いているように見えた。


 コンビニに面している街道自体が、以前から主要な輸送経路である事からトラックも多く、コンビニもそれを想定して駐車場が広いという、地方特有の形態をしているが、そのおかげでどの場所で詩衣那が亡くなったのか分からず、遥太は思わず立ち尽くす。


「どうか、しました?」


 不意に声をかけられ振り返ると、コンビニの制服を来た中年女性が笑顔で遥太を見ている。


 遥太は事情が事情だけに口にするのを躊躇するが、このままでは埒が明かないと思い口を開いた。


「自分は昔こっちに住んでいて、20年ぶりに寄ったんですが」


「あら」


「実は、その20年前に、当時の友達がここの駐車場で落石事故にあって亡くなったと聞いて」


 遥太の言葉に、女性の表情は途端に曇る。


「あの時のね」


「知っているのですか?」


 聞けばこの女性は、このコンビニのオーナーの妻であり、その日もお店を手伝っていたという。


「場所はね、ちょうどあの辺」


 女性が指差した場所は、昨晩調べた神社がある山の斜面からは離れており、遥太は思わず山頂にあるという神社を確認しようと見上げるが、地図上ではそれほど高い山ではないと思っていたが、地上からその様子までは確認出来なかった。


「それは大きな岩だったけど、ある理由で補強がされてなかったって」


「ある理由?」


「ええ、あの岩はね、御神体だったのよ」


「それで神社が管理していたか」


 女性によると落石事故の影響で神社の評判が落ち、更にご神体が無くなったという事もあって、今では参拝する者も少なく寂れてしまっているという。


 更には神社を管理する人間も高齢な上、病気がちの事から管理が行き届いておらず、来る者といえば落石事故と結びつけて肝試しのスポットとしてくる人間ばかりだという。


「実際に、彼女の幽霊が出るんですか?」


 遥太は詩衣那の霊が出るのであれば会ってみたいと思い、真面目に切り出すと、女性には一笑に付されてしまう。


「そんな事ないわよ。あの子はああやって供養もされているし」


 女性がある方向を指差すと、駐車場の一角に地蔵が建立されており、花や水などのお供え物が置かれており、掃除も行き届いている事から、供養されているのは一目瞭然であった。


「ただね、あの事故以降、この通りでの事故が増加して、中には原因が分からないものもあるし、県や町、警察も色々対策は講じてるんだけど、思うような効果がなくてお手上げなのよ。そんなのだからあの子の仕業とかも言われておるけど、あの子の幽霊を見たなんていう話は、実際には全くないから」


 女性の話を聞きながら遥太は道路に目を移すと、昔から交通量の多い道路ではあるが、遥太のいた頃は事故の話など滅多に聞いたことがなかった。


「一説では、町の反対側に高速道路が通るようになったのは良いんだけど、トラックなんかは経費削減とかで、いまだにこの道を使う事が多いからだとか」


 女性はしばらく事故の話をしていたが、遥太はそのこと自体に興味を無くしていた事もあり、適当に相槌を打ちやり過ごすが、ふと神社の宮司の悪評について尋ねたくなる。


「そう言えば、神社の人は随分悪く言われていたみたいですけど」


「とんでもない。確かに変わった所があって目立つ人だけど、とても親切な人で仕事も丁寧だし、あの人を悪く言っていたのはこの町以外の人達ですよ」


 遥太はやはりそんなものかと思いつつ、女性の長話に一通り付き合うと、女性に礼を言い、そのまま地蔵に手を合わせ改めて詩衣那の冥福を祈った。

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