第6話.浴衣と花火と縁日と
さて、日本の夏の風物詩と言えば、海水浴、お盆と並んで、花火も欠かせない。ウチの近所でも毎年8月半ばに川辺でさして規模は大きくないものの、ちょっとした花火大会が催される。
とは言え、子どものころならともかく、高校生にもなって彼女もいないのに、花火大会とかに行ってもなぁ……。
──そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました。
「どうえ、タカ坊?」
藍色の地にトンボとススキの柄を染め抜いた浴衣姿に、鮮やかな緋色の帯のコントラストがまぶしい少女(?)が、俺の前でくるんと一回転して見せる。よく見ると、帯の方も普段の文庫結びじゃなく、大きめの蝶結びにしてるようだ。
「バッチリ似合ってる。かーいいぜ、希(ばぁ)ちゃん!」
ニカッと笑ってアメリカンライクに右手の親指をサムズアップして見せる俺。
「も、もぅっ……イヤヤわぁ、タカ坊、おばーちゃんからこうてからに……」
そう言いつつも、満更ではないのか、希ばぁちゃんは微かに頬を染めている。髪型も、腰まである長い髪をアップにして、滅多に見れないうなじが露出してるのがちょっと大人っぽい感じでグッドだ!
(……いや、まぁ、この人は御年60歳のれっきとした大人の女性なんだけどさ)
という心の中のセルフツッコミは聞かない方向で。
そう、今年の花火大会……とそれに伴う縁日には、俺は希ばぁちゃんと一緒に出かけることになったのだ。
元は家族全員で出掛ける予定だったんだが、父さんが仕事の都合で帰りが遅くなるらしく、それなら母さんも残ると言い出した。
じゃあ、俺達も……と言う流れになりかけたところで、母さんに耳打ちされたのだ。
(ちょいと、孝之。アンタは希母さんを連れてってあげな!)
(へ? 別にいいけど……ばぁちゃんも、花火大会とか縁日なんてそれほど行きたがってないんじゃあ)
(そう思うんなら、あの顔見てみなさいよ)
母さんに言われて希ばぁちゃんの方を見ると……確かに、すごくガッカリしてるっぽい。
「──でも、去年行きそびれたし、今年は行ってみようかな。ばぁちゃんもついてきてくれる?」
「うんうん、もちろん、ええよ!!」
うわぁ~花が咲いたみたいな笑顔ってのは、こういうのを言うんだろうなぁ。「パアッ」と言う擬音が聞こえてきそうな勢いで、希ばぁちゃんの表情が明るくなったのがわかる。
なんて言うか、その……カワイイ。
そんなこんなで今年の俺は、気合の入った浴衣姿の美少女(中身は還暦間近だけど)と連れ立って衆目の中を練り歩くという、羞恥プレイともご褒美とも言える状態を味わっているワケだ。
* * *
「たかゆきさん、金魚すくいですよ、金魚すくい!」
「おっ、いいねぇ……どれ、希ちゃんもやってみようぜ」
例のプールの時と同様、外では俺達は外見に合わせて「希ちゃん」「たかゆきさん」と呼び合うことにしてある。希ばぁちゃんの言葉使いも、余所行きの標準語になってるが、これはコレで新鮮で悪くない。
「コレって、射的ってヤツですか?」
「うん、そうだよ。せっかくだから、希ちゃんもやってみるかい?」
また、それ以上に、縁日の雰囲気に浮かれている希ちゃんの愛らしさが、改めて感動モノだった。心底来て良かったと思う。
さて、そんな風にはしゃぐ希ちゃんに引っ張られて色々歩き回ったせいか、ちょっと小腹が空いてきた。
お、ちょうどいいところに源さんの屋台があるな。ひとつ買うか。
「源さーん、8個入りのヤツ、ひとつおくれ~」
普段は公園に出店を出していて、俺もたまに学校帰りに買って食うオヤっさんのタコ焼き屋台を見つけたので、早速俺は500円玉を渡して注文する。
「はいよ! おっ、何だいタカくん、今日は可愛いコ連れて。もしかして妹さん、それとも彼女かい?」
「いや、そのぅ……親戚の、女の子だよ」
最近ではだいぶ慣れた感のある誤魔化し方で俺が答えるのに合わせて、希ちゃんもペコリと頭を下げる。
「そうかいそうかい。いいお兄ちゃんしてるんだねぇ……ほいよ、タコ焼きひと舟。そっちのお嬢ちゃんのために2個オマケしといたから、ふたりで分けて食べな」
気のいいタコ焼き屋の源さんに礼を言って、俺達は落ち着けそうなところを探してみた。
幸い人波から少し外れた目立たないところにある石造りの簡易ベンチが空いてたので、そこに腰かけて、タコ焼きのフタを開ける。
「……源さん、ふたりで食えっていいながら、爪楊枝がひとつしかねーじゃん」
気前も気風もすごくいい人なんだけど、たまにこういうトコが抜けてんだよなぁ。
「大丈夫ですよ、たかゆきさん。ふたりで交互に食べれば」
何の邪気もなくそう提案してくる希ちゃん。そりゃ、この人にとっては、「単に孫とタコ焼きを半分コする」だけだから、別段気にならないんだろうが……俺が意識するっての。これって間接キスじゃねえか!
とは言え、ワザワザもう一度屋台まで行って爪楊枝をもらってくるのもダルいし、角が立つよな。
諸々の事情を総合的に鑑みた結果、俺は“やむなく”希ちゃんの提案を何食わぬ顔で受け入れたのだった──こら、そこ、笑うな!
そう、俺は、男らしく覚悟を決めたんだが……しかし現実というヤツは常に予想の斜め上をいくものなのだ。
「それでは……あ~ん」
「ヘッ!?」
どことなく人の悪い笑みを湛えた希ちゃんが、右手に持った長めの楊枝にタコ焼きを突き刺し、俺の口元に差し出してくる。
S・H・I・T! 何の拷問ですか、コレは? それとも新手の羞恥プレイ?
「たかゆきさん、源さんにわたしのこと紹介する時、一瞬、言い淀みましたよね?」
……えーと、もしかして「女の子」ってトコロのことでしょうか?
ニッコリ笑って答えない希ちゃん。
その夜、俺は「幾つになっても女性の年齢に関連する言及は慎重に!」という世間を渡るための貴重な知恵を学んだのであった、まる。
──まぁ、それはそれとして、(人目がある恥ずかしさを除けば)希ちゃんの「あ~ん」自体はサイコーだったんだけどな!!
* * *
「それにしても、希…ちゃんは、神社の娘さんだったのなら、縁日なんて珍しくないんじゃないか?」
タコ焼きを食べたのち、近くの自販機で買った缶ジュースを飲みつつ、しばしまったり話をするなかで、ふとそんな疑問が湧いてきた。
「そうですね。こちら程大規模なものではありませんけど、確かに縁日自体はウチの神社でも秋祭の時なんかに毎年出ていました。でも……」
「?」
「ウフフ、わたし、神社の娘で、巫女をしてたんですよ?」
「……あ!」
神社で祭りが行われている時に、そこの巫女さんが席を外して遊びに行けるわけがない。
「だから、わたし、こんな風に縁日で遊んだのって、ほとんど初めての経験なんですよ」
なるほど、だからあんなに楽しみにしてて、こんなにはしゃいでたのか。
「あ、でも、神社がなくなってからなら……」
あの元気爺さんが嫁さんを祭りに連れて行かないとは考えにくい。
「そうですね。でも……わたしのほうから、お断りしてました。ほら、わたし、こんなですから」
さりげなく自分の身体に視線をやって、儚く笑う希ちゃん。
(そうか……)
数十年を経てなお少女のままのその身を、地元では不思議に思い、あるいは恐れ厭う人も少なからずいたのだろう。控えめで優しい希ちゃんの性格なら、無用のトラブルや他人に不快な思いをされることは避けようとするはずだ。
(待てよ……ってことは!?)
あるいは、日頃からあまり外も出歩かなかったのかもしれない。
同じ町内とかなら、ある程度詳しい事情も知れているだろうし、希ちゃんの人柄を知って敬遠する人はめったにいないだろうが、中途半端に「不老の少女がいる」と認識している近隣だと、無遠慮な好奇の視線が突き刺さったに違いない。
気が付けば俺は彼女の両手をとり、しっかりと握りしめていた。
「──大丈夫だ。希ちゃん、これからは俺がいろんなトコロに連れて行ってやる!」
「え!?」
「映画館とか、遊園地とか、ピクニックとか、冬になったら、スキーとかスケートもいいな。とにかく、いっぱい行ってみよう!!」
呆気にとられたような彼女の顔が、少しずつ笑顔へと変わった。
「フフッ、楽しみにしてます。でも……」
ここでちょっとだけ瞳の中に悪戯っぽい光が踊る。
「それって、デートのお誘いみたいですね?」
──ブフゥッッッ!!
思わず飲み掛けのウーロン茶を噴き出してしまう俺。
「い、イヤ、ソーイウツモリデハ……」
反射的に否定はしたものの、じゃあどういうつもりなんだと深く追求されると困る。
「冗談ですよ。でも、いっしょにおでかけする件については、忘れないでいてくださるとて嬉しいです」
無論、俺がその言葉に大きく頷いたことは言うまでもない。
* * *
そうこうしている内に花火大会の時間が始まり、俺達はもう少し見晴らしのいい場所へと移動し始めた。
とは言え、ココへ来てる人の大半も当然同様のことを考えるワケで……。
「すごく、人が多いです」
「だな」
この状況下では、華奢な希ちゃんの身体なんて、ウカウカしてるとアッサと言う間に人ごみの波にさらわれかねん。
故に、仕方なく、緊急非難として、俺は希ちゃんとはぐれないように手をしっかり繋いでいるわけですよ、皆さん!
「たかゆきさん、何かおっしゃいましたか?」
「んにゃ、気にしないでくれ。ちょっとしたひとり言だから」
それにしても、希ちゃんの手って、小さくて白くてスベスベであったかくて……いかん、このまま形容を並べてると変態っぽいぞ。
意識を無理矢理引き剥がして、俺は夜空に目をやると、折よく花火の打ち上げが始まっていた。
「「うわぁ……」」
意図せずして、俺と希ちゃんの感嘆の声が重なる。
昼間見事にドピーカンだったこともあってか、いつになく星空が綺麗で、その中に色とりどりの花火が広がる光景は、どこか幻想的ですらあった。
(うーむ、我ながらロマンチックなことを)
似合わない感傷を抱いてることは自分でも百も承知だ。けど、傍らに掛け値なしの美少女が寄り添って、両瞳をキラキラさせながら星と火花の競演見つめているとなると、そんな感想のひとつも浮かんでくるというものだ。
「綺麗ですね……」
「君の方がきれいだよ」というクサ過ぎる台詞は、かろうじて口から出すのを阻止した。
(何考えてるんだ俺は! この子は……俺のばぁちゃんなんだぞ!
実の祖母でこそないとは言え、その妹である大叔母を口説くつもりかよ!)
そう自分自身を諌めながら、同時にソコに含まれた本音に気づいて、俺は愕然とした。
(そうか……俺、希ちゃんのコトが、マジで好きなんだ)
見栄とか世間体とかそういうモノを取り去った時に残る素直な感情──薄々自覚してはいたものの、あえて直視しようとしなかった感情を、この瞬間、俺ははっきりと自分で認めたのだ。
無論、だからと言って今すぐ何が劇的に変わるわけではない。
家に帰れば、俺と希ちゃんはまた「孫」と「祖母」の関係に戻るのだろう。
それでも──少しずつでいい。俺の素直な気持ちを伝えていこう。
そう決意しながら、俺は帰り道、希ちゃんの手をしっかりと握るのだった。
* * *
「今日はほんま、おおきにな」
やがて、家の前まで来たところで、名残惜しいが彼女の手を離すと、それが今日の「おでかけ」の終演だと悟ったのだろう。「希ちゃん」も少女の演技を止めて、「ばぁちゃん」としての顔に戻った。
いや、そのはずなのだが……。
──チュッ!
「!!」
「……縁日に連れていってくれたお礼です、「たかゆきさん」」
俺の頬に暖かい感触を残して、恥ずかしげにパタパタと家の中に消えて行く「彼女」は、いったいどっちの顔をしていたのだろうか?
おればか ~俺のバァちゃんがこんなに可愛いはずがないッ!~ 嵐山之鬼子(KCA) @Arasiyama
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