第5話.水際の攻防
かくかくしかじかな訳で、俺達──俺と希ばぁちゃんは、隣町の駅前に出来たレジャーランド「メルト」のプールに来ている。
希ばぁちゃんは、家では普段浴衣などの和装を着ていることが多いんだけど、今日は「
率直に言うと、大変「萌える」。相手が血の繋がった祖母(正確には大叔母)だとわかっていても、俺の右脇の浪漫回路はギュンギュン音を立ててフルパワー稼動中だ!
……いや、だからと言って何がどうなるワケでもないんだが。
「では、孝之さん、またのちほど」
よそゆきモードの標準語でそう言い残すと、希(ばぁ)ちゃんは優雅にお辞儀して女子更衣室へと消えて行った。
で、俺も男子更衣室へ入ったんだが、男の着替えなんざ、パパッと脱いで海パンはいて終了だから気楽なモンだ。
とりあえず中に入って、ただいま希(ばぁ)ちゃんが出てくるのをワクテカしながら待ってるって寸法サ!
──それにしても、希(ばぁ)ちゃん、どんな水着を着て来るんだろ?
連れの女の子(?)の水着姿をいろいろ想像して胸ふくらませるのは、待たされる男の特権だよな!
体型とか外見年齢を考慮すると、オレンジとかの暖色系のワンピースでヒラヒラのスカート付きとかが似合いそうだな。希ちゃんの可愛らしさを十二分に引き立ててくれそうだ。
いや、待て。希ちゃんはアレでもれっきとした成人女性。ならば、ココは思い切ってアダルティに黒のビキニとか言うのもアリではないか? 華奢な白い肢体に食い込む黒の水着とか、もーたまらん!
む。しかし、実年齢を考えると、もしや意表をついて横縞模様の半袖シャツとトレパンが一体化したような、コントで見かけるアレとか!?
さ、さすがにそれは勘弁してほしいなぁ。お色気面の欠如を抜きにしても、エラく悪目立ちしそうだし。
「クックックッ……若いね、少年」
ぬ! 何者!? と振り返ると、どうやら声の主はすぐそこのデッキチェアに寝そべった若い女性のようだ。
心持ち緑がかった黒髪をアップにまとめて、洒落たサングラスを掛けてはいるものの、ひと目でわかる常人離れした美貌。髪の色からしてたぶん純粋な日本人じゃなさそうだな。
「ボン・キュッ・ボンッ」という表現がまことに似合うグラビアモデル顔負けのナイスバディを、ホルターネックの黒いハイレグ水着に包み、無造作に披露している。
俺の好みからは少々外れているものの、掛け値なしの「美女」であることは認めざるを得なかった。年齢は特定しづらいが、少なくとも俺よりはだいぶ年上みたいだ。
「若さあふれる熱情と暴走は青春の一形態ですが、レディを相手にするなら多少は自制という言葉も覚えた方がいい。そう、行動面だけでなく、想像の中でもね」
「な、なななな何を根拠に?」
そんな女性に、自分の脳内妄想を見透かされたような気がして、思わずドモる。
「フフ、なに、年上からの忠告ですよ、坊や」
女性はツイとデッキチェアから立ち上がる。俺とあまり目線が変わらないことからして、おそらくは170センチを軽く上回る長身のようだが、俺にはそれ以上の迫力が感じられた。
「まぁ、老婆心から来る忠告かな。ほら、君の愛しのグランマも来たみたいですよ」
「え?」
視線で背後を示され、つられて振り返ると、確かに女子更衣室に連なる出口から、ちょうど希ちゃんが出て来たトコロのようだ。
! あ、アレは……。
慌てて俺は、ばぁちゃんの元へと駆け寄った。
「希ちゃん!」
「あ、孝之さん」
家を出る前に示し合わせて、外ではこう呼び合うことをあらかじめ決めてある。
せいぜい中学生1、2年生にしか見えない少女を高校生の俺が「ばぁちゃん」とか呼んだら、さすがに目立ちまくるからな。
「希ちゃん、それ……」
彼女の格好を見て一瞬絶句する。
「香苗ちゃんが買って来てくれたんですけど……えっと、どう、でしょう?」
孫とは言え、さすがに男にマジマジと見つめられるとちょっと恥ずかしいのか、僅かに頬を染める希ちゃん。
「あ、スマン。いやぁ、よく似合ってると思うぜ」
無論、お世辞じゃなく本心だ。
希ちゃんが着てるのはスクール水着、それも「白スク」と呼ばれるタイプの代物だった。
ボトムラインはややローレグだし、少なくとも前から見る限りは露出度的にも至極おとなしいモノなんだが……しかし、ソレがイイ!!
「ふむ。肩ひもと背部のデザイン的には、新タイプと競泳タイプの中間かな。この形状で生地が白というのは、なかなか珍しいですが……」
先ほどの女の人が感心したようにマニアックな発言をしている。
「? 孝之さん、この人は?」
いつもほわんとした希ちゃんには珍しい、僅かに警戒心のようなものを表情に浮かべている。
「さ、さぁ……知らない人?」
とは言え、俺としてもほかに答えようがない。
「ああ、気にしてないください、「ミセス」。ただの通りすがりが、悩める青少年のあふれるリビドーを目にして、「年上の女性」として少しばかりアドバイスをしていただけですから」
ニコヤカにそう言うと、謎のグラマー美女は、一礼して俺達の前から去って行った。
「な…何だったんだろうな、アレ?」
「……」
呆気にとられた俺の言葉にも、希ちゃんは険しい(と言うか不機嫌な?)視線で答えず、無言で彼女の消えた方角をニラんでいる。
「えっと……まぁ、気にしても仕方ないし、泳ごうぜ。せっかく、初めてふたりで遊びに来たんだから」
「!! そう、ですね。わかりました」
俺の提案に、ようやく希ちゃんは表情を和らげ、おかげでそれからあとは楽しいひと時を過ごすことができた。
「それにしても……(あの人、もしかしてウチの事情を知っとった?)」
「ん? かき氷、メロンの方がよかったか?」
で、ちょっと泳ぎ疲れたんで今はプールサイドの売店で休憩中。
「(まぁ、気にしとってもしゃーないかなぁ)いえ、宇治金時、美味しいですよ。ホラ」
差し出されるスプーンを何気なく口にしてから、ハタと気づく。
(こ、コレってかんせつ……)
わ~、止めろ、考えるな俺。目の前の美少女は清楚でロリっぽいけど婆ちゃん、水着姿の可憐なボディラインがすごくソソルとしても祖母なんだから。な! な?
「???」
ビクビクとのたうつ俺を怪訝そうに見つめる希ちゃんに、「いやぁ、氷がキーンときた」と誤魔化しておく。
ま、まぁ、そういう微妙なハプニングはさておき、俺と希ちゃん──もとい希ばぁちゃんは、楽しい半日を過ごせたのだった。
「せやな、香苗ちゃんにはお礼言ぅとかんと」
うん、そうだな。母さんには感謝だ。
──帰りの電車の中で人ごみに流されないよう手をつないで、改札出て家までそのままだったのも他意はないぞ? ほ、ホントだからな!
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