2-22【あの山を登るために必要な船頭の数4:~いわゆる”歴史的瞬間”的な~】



 事前会見を終えた俺達は、その間に警備と打ち合わせを済ませたエリクとスコット先生に合流して、大仰な人払いの警護団を引き連れながら建物の外に出た。

 だがその足取りはなんとも重々しく、より掛かるようにロメオにつけた肩はいつもより垂れ下がっている。

 気のせいか太陽が眩しい。


 するとそんな俺達を見かねたのか、外に集まっていた人混みの中から声がかかった。


「ようやく来られましたな、連中の相手は大変だったでしょう?」


 その聞き慣れた声に、俺達の体が少し緩む。


「ものすごくつかれた、ジョルジュの顔を見てすこし安心したよ」


 するとモニカ連絡室のアルバレス担当者であるジョルジュが、その俺達よりも小さな体を大きく震わせながら笑った。


「トルバは”衆愚政治ですからな、他の国以上にああいう手合が必要とされるのですよ。

 まったく・・・我が国もアレを目指しているというのだから、先が思いやられる」


 どうやら彼は民主主義者ではないらしい。

 

「いつ、ついたの?」

「3日前。 なんとかモニカ様の立場の確立に奔走したつもりですが、思いの外多くの者から接触がありましたぞ!」


 そう言って胸を張るジョルジュ。

 満足行く仕事ができているのか、その姿はどこか誇らし気だ。


 彼を始め俺達の関係者が何人か別ルートでルクラ入りして準備を始めていた。

 モニカ連絡室で俺達の近くにいるのは数人だが、実際は数百人がマグヌス、アルバレスに存在する。

 マグヌス側のディーノは俺達に付いて来たが、ファビオの方は実家アオハ家に詰めてルクラと王都ルブルムの連絡係をしているし、アルトヴラ商会絡みでアオハ家からもルクラに人が来てるとの話だ。

 もちろん、その殆どとは会うことはないのだが、その数少ない”例外”がこれから始まる”入場”である。


 ここでは俺達の来訪を盛大に告げるため、また俺達の関係者がそれを誇示するために一堂に会するのだ。


 ”入場”とは読んで字の如く、ルクラの街の正面に設けられた”正門”をくぐって街に入る事を指す。

 この、どう見てもハリボテ以上の機能は無さそうな巨大な正面扉を通る理由は、お察しの通り完全な”政治パフォーマンス”である。

 その証拠に、街側に設けられた”特設スタンド”には報道陣がひしめきながら、ここを通る要人達の報道画を制作し、各所に速報としてバラ撒いている様子が、扉が開くたびに見えていた。


 ついでに群衆も。


 ルクラに住んでいるのか、それともこの機にやってきた者が見物に来ているのか。

 順路となる大通りの両脇には、規制線で区切られてはいるがそれでも歓声が届くくらいの距離に多くの人影が見えた。

 大群衆と言っていいだろう。

 ここに来た使節団は、あの前を歩いて街の中にある内門まで歩くのが慣わしらしい。


 今もどこぞの小国の使節団が入り、大きな歓声と・・・小さくない罵声が響く。

 その様子にモニカの体が強張った。

 なるほど、国名からして旧ホーロン系で大戦争後に独立した国のようだ。

 あまり人気がないのも頷ける。


『さて俺達は歓迎されるかな』


 俺はあえて茶化すことにした。

 

 俺達が内側で気合を入れていると、関係者の確認を終えたディーノが近寄ってきた。

 そして開口一番、先程の会見の事をイジってくる。


「なかなかの見世物でしたよ」

「見ててひどかった?」


 モニカが苦い表情で聞き返す。


「いえ、その歳にしては随分と立派に話されるものだと感心しました」

「少々硬さはありましたが問題はないでしょう。 仮に悪くとっても後ろ盾がいるように感じたでしょう」


 ディーノの言葉にジョルジュが同意する。

 その反応にモニカは少しだけ自信を回復させた。

 油断はできないが、それでもまだ気楽に話せる相手が近くに増えたことで、俺達の緊張は少し軽いものになった。


 その時、周りが頓に活気立ち集まっていた関係者たちが移動を始めた。

 その現象に俺達は会話を止め、揃ってその中心で音頭を取っている者の声に耳を傾ける。


「それでは皆さんは先程説明した通りに。 モニカ卿! こちらに」


 そう言いながらこちらに来いとばかりに手招きしたのは、トルバ軍の地味な鎧を着た男だ。

 本当にそこらの雑兵と変わらぬ武装なのだが、俺達の目には明らかに”普通の兵士”には見えていない。

 観測スキルにも強い魔力反応があるし、モニカに聞くまでもなく立ち振舞がしっかりしている。

 相当の手練と見て間違いないだろう。


 スコット先生も同意見のようだ。

 その兵士に従う形で歩く俺達の横にスッと並んだ先生は、少し身をかがめて俺達に耳打ちした。


「特級戦力ではないが、”魔導騎士団員”だ」


 そう言ったスコット先生の声には、僅かばかりの信頼のようなものを感じる。

 無理もない。

 ”魔導騎士団員”といえばトルバの最高戦力であり、その実力は折り紙付き。

 政治的にも担ぎ出される”特級戦力”扱いの上位者程ではないにせよ、少なくとも騎士団の全員が”エリート”持ちの超戦力集団である。

 

「じゃあ、あの人が実際の警備責任者ですか?」


 俺が感覚器をスコット先生の耳元に伸ばして問う。


「ああ、先程軽く話した程度だが、私には実力は確かに見える。 君たちの目にはどう見える?」

「つよい」

「あの装備、かなり”目”に特化してますよね?」


 モニカの感想に俺が続け、更にモニカが一瞬の目の動きでその兵士の目元を指し示す。

 魔導騎士団の男は兜を付けていないので、一見すると耳に付ける小型の連絡用魔道具以外は顔にはなにも無いようにも見えるが、俺の観測スキルはあの目に異様に魔力が集まっている様子がはっきりと見て取れた。


「最近、開発されたばかりの”魔導眼”だそうだ。 ・・・元の目はかなり前に失っているらしい」


 なるほど。

 スコット先生の言葉に、俺は少しだけゾッとする。

 アクリラでスプラッタな光景に慣れていても、目は中々に痛々しい。


「モニカ卿はここに立ってください」


 魔導騎士がそう言って、近寄ってきた俺達の肩を掴んで道の真ん中に”固定”するように立たせると、そのまま片手を振り上げながら周囲に大声を出した。


「皆さん!! ここを基準に並んでください!! 列順は先程の打ち合わせのとおりに!!」


 その言葉に従って、集まっていた皆がいそいそと自分の持ち場に移動を始める。

 俺達が会見している間、彼等は入場の際の手順や並び方のレクチャーを受けていたのだ。

 一応俺も観測スキル越しに聞いていたので、それを纏めた資料をインターフェースユニットに表示してモニカと共有する。

 当たり前の話だが俺達は先頭を歩くらしい。


「グレン様はこちらに、御二方はモニカ卿を挟んだ反対側に・・・あ、君! こっちに」


 魔導騎士団の男が俺達の周りに、主要関係者をパズルでも嵌め込むように並べていく。

 その手際の良さといったら。

 もう何度かやってるので慣れているのもあるだろうが、列の制作を担当するトルバ兵達の迷いの無さと連携の緊密さからして、彼等が高度に訓練された者達であることは疑いようがなかった。

 彼等もこの魔導騎士団員の男と同じく、装備に似合わぬ肩書なのだろう。


 ただメイドのアルトが最前列とはどういうことか?

 俺達が横に目を向けると、困惑顔の少女がこちらを見返しているのがよく見えた。

 アルトもアルトで、なんでこんな前に並んでいるのか理解できないといった表情だが、俺達と同じく”直接”指定されているのでどうしようもない。

 これがさっき聞いた彼等の”デビュー”というやつか。

 まあ、”ヴァロア家”の関係者は彼女だけだから、薄くなりそうな存在感を確保するための措置なのだろうけど。

 

 大凡、行進列が出来上がったところで騎士団員の男が、確認するように俺達の前を右へ左へ移動しては細かな修正指示を飛ばす。

 だがそれもすぐ終わり、騎士団員の男が集団に向かって叫んだ。


「門が開き始めたら、そのままの状態で真っすぐ進んでください、歩調は私が指示しますのでモニカ卿はそれに従って、他の人はモニカ卿に続いてください。 最初は門が完全に開いてない状態ですが、進行と合わせて開いていきますから驚かないように」


 するとその声がまだ鳴り止まぬうちに正門の扉が軋みだし、そのままゆっくりと開き始めたではないか。

 こういうのも手際が良いというのかもしれないが、心の準備が間に合ってない俺達にはキツイ。


「準備ができました。 行きましょう」


 残酷に告げられるその言葉に、モニカの体に力が入る。


「安心してくだされ、モニカ様より小さい者が居ますよ」


 すると横からジョルジュにそう励まされ、俺達はゆっくりと足を動かした。


 一歩、また一歩。

 緊張のせいか足は鉛のように重く、感触はゴムみたいにフニャフニャだ。

 そんな足取りでも後ろに並ぶ者達は続いてくれた。


 行軍の開始を確認した騎士団員の男が脇に避け、そのまま最前列の右側に陣取る。

 その位置は普通の人にとっては視界の外のはずだが、事前に俺達の能力を調べていたのか、もしくはこの短時間で悟ったのか、それともこの程度の広視野角索敵は強者にとっては当たり前なのか。

 とにかく彼はその場所から指示を出す気らしく、俺達にハンドサインで歩調を指示し始めた。

 まあ、見えるのだからそれでいいのだろう。


 扉の広がりが大きくなり、俺達の姿が内側で待ち受ける群衆に晒されると、波のような大きな歓声が俺達を飲み込み、その圧力で押し戻そうとする。

 だが、後ろからも隊列の放つ圧力が掛かるせいで止まることはできない。


 今会議最大級の注目格の登場と合って、群衆の歓声はそれまでの数組の入場とは比較にならなかった。

 唯一の救いは、あまりに歓声が大きすぎて、それが肯定的なものなのか否定的なものなのか判別がつかないことだろう。

 もちろんあえて聞く余裕もない。

 俺もできる限りの音声処理スキルの感度を下げて、できるだけモニカに内容が伝わらないように心がけた。

 いや、モニカのためというより自分のためだ、もしこの量の罵声を浴びれば即効で心が折れる。


 そんな俺達の緊張を見て取ったのか、それともそういう手筈だったのか。

 巨大な正門を潜る辺りまで進むと、騎士団の男が俺達の左側の集団を少し先行させる。


 それは俺達の隊列の中で一際目を引く部分である”騎兵隊”だ。

 先頭を行くのは”強化装甲ハスカール”を展開したエリクとロメオの”牛騎兵”。

 その風貌にせっかくの正装が見えないとアルトは憤慨していたが、おかげで頼もしくも見えるので俺達にとっては心強い。

 その後ろには、アルバレス軍とマグヌス軍の騎兵混合部隊が続く。

 中身の大半が軍属ではない見せかけの軍団だが、素人の観衆相手にせめてゴツく見えていることを俺は祈る。


 歓声の声の方向が俺達からエリクの方へごっそり動くのを肌で感じた。

 目を引く重武装隊の威圧感で、衆目から俺達を庇う格好である。

 もちろん俺達が隠れるわけではないので、壁ではなく気持ち程度の避雷針なのだが、それでも意外と気は楽になるものだ。

 エリクも緊張気味だが、俺達ほど深刻ではないみたいだし、ヴィオからの報告も正常らしいのでしばらく矢面は彼に任せておくとしよう。


 道の上を歓迎のための紙吹雪が舞う中、俺達の視線がチラチラと横を向く。

 指示役の騎士団員の男を確認するのもあるが、それよりも彼がずっと周囲を見回しては、その度に耳に押し当てた魔道具で指示を飛ばしているのが気になるのだ。

 特に時折、指さしては怖い表情になるので、あの指の先がどうなってるのか気が気ではない。

 その度に、俺達のすぐ隣のスコット先生が腰に差した剣の柄をそっと触れるので余計に。


 すると緊張している俺達を煽るような台詞が後ろから飛んできた。


「モニカ様ともあろう方が、臆しましたか?」


 すぐ後ろに続くディーノだ。

 それに対し、モニカが”バカにするな”と言わんばかりに僅かに肩を怒らせる。


「じゃあ、堂々と胸を張って進んでください」


 だがそれに対して、ディーノがそう言いながら俺達の背中にそっと手を当てて押し始めたではないか。

 その僅かだが有無を云わせぬ力が、俺達の体をグイグイと前に押した。

 彼の思わぬその行動に、俺達の背筋がピンと伸びながら前に転けそうになるのを、すんでのところで堪える。


 その動きが面白かったのか、それともちょうど隊列が正門をくぐり、巨大な門の影から俺達が抜けた瞬間だったのか。

 進行方向、右正面の高い位置に設けられた報道用のスタンドで一斉に色取り取りの魔法陣の花が咲いた。


 ここに来るまでの経験がない頃だったなら、すわ攻撃かと身を縮めたかもしれないが、今の俺達はあれが報道画家が絵を作る時に使う魔法陣であることをすぐに見抜くことができる。

 アクリラでもまだ制作に数瞬要する”魔法描画法”が主流だが、報道の世界ではある程度画質を犠牲にしても、一瞬で作成できるこの魔法が一般的だ。

 単色しか記録できずディテールも甘いが、それは後で他の色やディテールを記録している他の報道画家仲間と擦り合わせれば良い。

 おかげで、この世界の報道は合成画像が一般的というわけである。

 きっと今この瞬間、”歴史的一枚”的なものがあそこで量産されているのだろうスタンドを見ながら、俺達の心はむしろ少しだけ落ち着くことができた。

 なにせ先程の会見で嫌というほどあの光を浴びたのだから、耐性も出来よう。

 そして耐性ができている脅威ならば、それほど怖くはない。


 奇妙な気の持ち方だが、それでもモニカの緊張は大きく緩和され、精神的にも俺に周囲を伺う余裕が生まれた。

 

 それとなく・・・嫌なことを聞いたらすぐにオフにできるよう構えながら、俺は音響解析スキルの結果を覗く。

 そこには、この周囲に大挙して居並ぶ群衆達の細かな声がその内容で大まかに区分され、俺が精神的ショックを引き起こさないレベルまで統計的に薄められたデータが転がっていた。

 だがそれは少し意外なものだった。

 反応は否定よりのグレー・・・そんなイメージを勝手に持っていたからだ。

 確かに総括すれば、そのような結果にはなるだろう。

 だがそれは全員がグレーという訳ではなく、肯定的にも否定的にも結構ハッキリとした言葉が記録されていたのだ。

 聞くに堪えない罵声は当然無視するとして、意外なことにかなり肯定的な言葉も記録されている。


 それが気になった俺は、少しだけそんな声を発する者の声に耳のチューニングを合わせてみることにした。


「・・・ま!! ・・・かさま!!  モニカ様!!!」


 貧相な身なりの女が叫ぶように俺達の名前を呼んでいた。


「・・・魔王なんてぶっ倒せ!! 俺は信じてるぞ!!」


 別の場所で、血気盛んな獣人が叫ぶ。


「・・・開放者!! 救世主の到来だ!!」


 また別の場所では、陶酔したような表情の者までいる。


 その予想外の反応に俺は面食らった。

 一体彼らは俺達に何を見ているのか?

 どうやら”反魔王”というのはそれ程悪い肩書ではないらしいが、これは・・・

 彼らに共通するのは、種族が弱小とされるものに偏り、どちらかといえば見窄らしい身なりの者が中心だ。

 

 歓迎の声だというのに俺は、なぜだか好意的に受け止めることができないでいた。

 だがその感情の理由も分からない。

 モニカ発のものでも無いのは確認済みなのだが、ただの見た目の悪い者に、こんな反感に近い感情を抱くような事はこれまで無かったはずなのに。


 俺がそうやって思案を巡らせている間にも、行進は続く。

 最初は緊張していたモニカも、ディーノの指示で歓声に手を振り返すくらいの余裕は取り戻していたので、そうなると俺にできることはそれほど無かった。

 精々が、傍受した通信を解読して周囲の護衛の動きを確認する程度、それも見る限りは不安はない。

 おかげで少しの間、意識を別の場所に向ける時間ができ、気づけば俺はこの答えのない感情の疑問を思案することに気が向いていたのだった。



 ただ、その余裕はすぐに終わるのだが。


 設定していた警告アラームに意識を戻されてみれば、ペース配分担当の騎士団員の男が、俺達に歩調を緩めるように指示を出しているのが見えた。

 モニカは既にそれに気づいて、止まり始めている。


 一瞬気を離した瞬間に溜まった観測スキルの報告を脇にどけ、俺はモニカの視線に誘導する形で、前方に見える内門の前に意識を向けた。

 奇妙なことに、門の前に人だかりができているではないか。


 ただ、危険なものではない。

 そればかりか、かなり肯定的な情報と言えるだろう。

 その人だかりを見て護衛や隊列の中に強い緊張が走っても、そこに敵対的な感情は一欠片も無かったからだ。

 この緊張は、単に上位に立つ者を前にしたときのもの。


 つまり、あそこにいるのは俺達の護衛を強弱関係なく萎縮させるほどの大人物ということになる。


 だがその人物を特定するのになんら考察は必要なかった。

 なにせ、それは俺でも分かるほど・・・いや、俺みたいなのすら分かるからこそだろうか。

 とにかく俺達は見てしまったのだ。



 ”偉人”というやつを。



「ようこそ、ルクラへ」


 正面の人混みの中から声がかかった。 

 それは決して大きな声ではない。

 だが不思議な事にその声は、この雑多で声の判別もつきづらい歓声の中で、妙なまでにハッキリと耳に聞こえたのだ。

 俺だけじゃない、感覚を共有しているモニカはもちろん、行進の列に並ぶ者はおろか、俺達よりも遥かに遠くにいる群衆でさえ、その声に反応したように息を呑んでいる。


 魔法でもスキルでも、ましてやカリスマに多いという通りの良い声ですらない、そのしゃがれた小さな声が。

 何故か神の宣告のように重く聞こえていた。


 それは”彼”が聞かせたのではない。

 俺達が、ここに集う皆が、それぞれの能力の限りを尽くしてその声を聞こうとしたのだと、俺はすぐに気がついた。

 もう既に、無意識下で圧倒されていたのだと。


 やがて正面の人混みの中から小柄な者が1人抜け出し、俺達に歩み寄ってくる。

 するとその瞬間、まるでそれに反応するように行進の列が止まったではないか。

 これは誰も指示はしていない。

 だが、誰もがこの先に進んでいいのが俺達だけだと、何故か理解していた。


 俺達は”彼”を見つめる。


 ”ゴブリン族はこうあるべし”といわんばかりの、踏み潰されそうなくらいの小柄な体、多い曲がった背骨に、シワの多い皮膚、一際深い緑の肌に、その中に浮かぶギラギラとした黄色く濁った目。

 場違いなくらい、みすぼらしい体を持つ彼を。


 だからこそ、俺達は思い知った。

 自分達がこの男に対して勝るのが、”力”という言葉に含まれる中のほんの一部の意味に関してのパラメータだけだということを。

 例え彼をこの場でどれだけ酷たらしく殺して力の差を誇示しようとも、彼と俺達の間にある”絶望的戦力差”が揺らぐことはないのだと。


 トルバ独立の功労者、被差別種族の希望の星であり救世主・・・トルバ首都国首脳 ”クリント・ミューロック大統領” その人がそこにいた。


「あなたに会えた事を光栄に思います。 お待ちしてましたよ」


 そう言いながら自然に伸ばされた右手を、俺達はそっと掴んで握手する。

 指にかかるあまりに非力な反応に驚いて、このまま握って大丈夫かと驚いていると、ミューロック大統領はにこやかな笑みを浮かべながら、そっと両手で俺達の手を包むように握り込んだ。

 その瞬間、これまでにないほどの歓声が周囲から巻き起こり、報道スタンドでは描画魔法の花が咲き乱れる。


 いかにも歴史的な瞬間のように大仰で派手な、それでいてなんとも絵になる光景に、俺達はどこか居心地の悪さを残しつつも、皮肉なことにそれなりに世界に受け入れられたような気分になった。


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