2-22【あの山を登るために必要な船頭の数3:~入場準備~】
気まずいというのはこういう事か。
エリクは心の中で、そんな事を考えながら横をちらちらと見た。
モニカ達が現在入場に向けて”お召替え中”の部屋の前で、その門番のように扉の横に座らせられているエリクの隣には、ただ座っているだけでも強烈な存在感を放つ剣士が座っている。
その迫力たるや凄まじいもので、彼が目線を向けているだけで、その先に広がる廊下が敵にとっては絶望の死地であるかのように感じられるほど。
”魔導剣士スコット・グレン”
トルバ魔導騎士団の歴史の中でも、特に伝説として語られる”七剣時代”の、その最も輝いた一振りの剣。
今更疑う訳じゃないけれど、こうして横に座っているだけで、この人が間違いなく自分が幼き日に憧れた”伝説の戦士”だということが嫌でも理解できる。
だが同時に、彼がもう本当の意味での”剣士”ではないことも、エリクの感覚は感じ取っていた。
おそらく戦えば、間違いなくエリクは一捻りにされるだろう。
だが、それでもエリクは”生きた剣士”であり、彼は”死んだ剣士”なのだと彼の一挙手一投足が語っていたのだ。
おかげで自分が憧れた者との旅だというのに、これまで心が全く踊らず、エリクの心に重たい影ばかりが重なっている。
「モニカから聞いたが、君は”千刃”が使えるらしいな」
すると徐にスコット・グレンがそんな事を言った。
エリクは一瞬、それが自分に向けて発せられた言葉だとは理解できなかった。
・・・”千刃”?
ああ、”アレ”のことか。
「えっと・・・まだ、たまになんですけど」
少し間が空いてから絞り出された言葉に含まれる自嘲の色に、エリクは思わずドキリとする。
まるで、何かの期待を裏切ってしまったかのような・・・いや、出来もしない事を安請け合いして、その進捗を聞かれたかのような感覚がエリクを蝕む。
メルツィル平原での一件で放って以来、エリクは何度か”千刃”の再現を試みていた。
だが、残念ながらその殆どは失敗に終わっていたのだ。
”剣の形”を掴むところまではなんとかなる。
最近はヴィオもそれに慣れてくれたのか、ほぼ確実に形を掴めるくらいにまで仕上がっていた。
だがその先にある”千刃”の再現は遠く、うまく行って数閃から十数閃が繋がるので精一杯。
いや正直に言えばそれら数閃だって、エリクの基準ではlなぞっている《・・・・・・》だけで、
とても千閃どころか、あの平原で見せた100閃も遠く、その事実がエリクの中に堪らない羞恥心として伸し掛かっている。
特にこの人を前にしては。
あの一件がなければ、おそらくエリクは憧れの英雄との邂逅に胸を躍らせ、興奮しながら駆け寄っただろう。
だが、エリクはこの旅で同じ馬車に乗っているときでさえ、壁のような距離が開いていたのだ。
この感情をなんと言っていいのか。
スコット・グレンを見ていると、無性に胸が苦しくなるのだ。
「辛いか?」
まるで心ぬ内を読まれた様な言葉に、エリクが驚いて固まる。
だがスコット・グレンは、懐かしいことでも思い出すかのような口調で続けた。
「あれは、
その場に・・・その戦場に意識を潜り込ませなければ繋がらないんだ。
だから、鍛錬の場で使えなくとも恥じる必要はない」
「あなたも・・・グレンさんもそうだったんですか?」
エリクがおずおずと聞き返すと、スコット・グレンが軽く頷く。
「ああそうだ、実戦以外では使えない」
そう言いながらスコット・グレンが、腕を前に突き出し指を真っ直ぐ前に伸ばした。
その瞬間、エリクはハッキリと”それ”を認識した。
総延長数キロに及ぶ長い線が複雑に絡みながら、目の前の空間を埋め尽くすところを。
触れた者を千回切り刻む”刃”が、そこに確かに存在することをエリクは理解した。
「・・・だが、ここまで持っていくことはできる」
スコット・グレンが額に脂汗を浮かべながらそう呟いた。
「まずはこれを繰り返して体を慣らす。 指でするのがいい、手よりも鋭いからな」
その言葉にエリクが手を伸ばして、指先に意識を集中させる。
すると意外にもあっさりと、”千刃”の形が浮かび上がったではないか。
それを見たスコット・グレンが呟く。
「・・・なるほど」
その顔は、なぜか苦いものだった。
だがエリクは彼のその表情よりも、ここまで剣の形を再現しておいて、その先ができないというのか? という問題で頭が一杯だった。
するとそのエリクの考えを読み取ったかのように、スコット・グレンは言葉を続ける。
「体がついてこないんだ。 この”剣”はあまりに純度が高すぎるからな。
どれだけ強くなっても、どれだけ剣を早く振れる様になっても使えた時に繋がる数が変わるだけで、戦場以外では 常に己の全力以上を求められてしまうせいで使えない」
その瞬間、エリクは何かを悟った。
そうだ、確かに千刃はいつだって、エリクのできる”限界を少し超えた先”で作られていた。
それはつまり、どれほど強く巧みになったとしても、決して使えないということの裏返しではないのか?
そして、だとするならば必要なのは”鍛錬”ではなく・・・
『あの・・・支離滅裂で理解不能な会話の途中で申し訳なのですが、モニカ様の準備が間もなく終わりますよ』
エリクが今後の方針に拳を握っていると、ヴィオが横槍を突っ込んできた。
そこでようやく、エリクは自分達がここに座っている理由を思い出す。
「・・・ありがとう」
エリクは連絡の感謝を愛剣に告げると、すぐにその内容をスコット・グレンへと伝えた。
彼も気配で察していたのか反応は薄い。
少ししてから、音を立てて開けられた扉の向こうに佇むモニカの姿を見て、エリクはなんとも不思議な顔になった。
軽装の魔法士服だった服装はアルバレス将官の制服・・・それも式典用の正装。
彼女が貴族であるというのは知ってはいたが、いざこうしてそれらしい格好になると、なんとも奇妙なものである。
侍女のアルトが腰に手を当てながら満足そうに頷いているように、モニカの格好は祝い事のために貸衣装を着込んだ町娘といった程度ではなく、かなりキチンとして見えた。
普段自由奔放に動くモニカの髪も整髪料でカッチリと整えられ、自然な出来で分かりづらくも、普段のモニカを知っている者が見れば一発で分かるほどの厚化粧で顔の印象を高貴に見せている。
だが、そのカチカチの表面を突き破ろうとする野性的な気配のせいで、チグハグな印象が強いのだ。
その感覚をどう表現していいか分からない。
少なくとも否定的な感情ではないのだが・・・
するとエリクの視線に気づいたモニカが、どうだとばかりに胸を張って服の皺を伸ばす。
完全に衣装に着られている不格好さを伝えていいかと困っていると、エリクの腕をアルトが掴んだ。
「次はエリクさんですよ!」
「え!? 俺!? ちゃんと式典用の服着てるけど」
慌ててエリクは今自らが着ている服の裾を引っ張った。
モニカのものと共通の意匠が施された特注の騎士服を。
だが、アルトは笑っていない笑顔を横にブンブンと振り回す。
「それを”着ている”とは言いません」
アルトはそう言うと、有無を言わせず衣装部屋と化していた控室へとエリクを引きずり込んだ。
◇
『これ、へんな感じ』
普段とは違う髪型にセットされた前髪を、そっと指で突きながらモニカが俺に呟く。
普段使わない強力な整髪料の独特な感触に違和感を感じているのだろう。
指の腹には、油というよりはゴムみたいな感覚が帰ってきていた。
『あんまり触るなよ、アルトが怒るぞ。 物凄く苦労してたんだから』
普段から俺とルシエラがめちゃくちゃ気にしているおかげで、良い感じに艶と張りを手にした俺達の髪だが、最近は元気が出すぎたせいか、それとも生来の自分勝手な髪質のせいか。
いつの間にか、とにかく纏めようとしても中々纏まらない奔放な子に育ってしまっていた。
それでも普段ならガブリエラ仕込の魔力櫛で一本単位で梳かして、フロウで強引に縛れば問題のない範囲に収まるのだが、今日はいかんせん気合の入った正装。
軽くまとめるだけならいざしらず、しっかりと纏まった髪型は嫌だとばかりに拒否した俺達の髪は、その膨大な魔力でもって己を強化しながら襲いかかってきたのだ。
そんなこんなで、アルトと役人ゴブリンと俺(モニカだと思われてる)は、余裕を持って取っていた筈の準備時間の大半を、この髪との対決に費やすことになった。
最後は、なにやら”決戦兵器”と称するこのトルバ謹製の謎の整髪料を投入することで事なきを得たのだが、時間に急かされた俺は、その禍々しい金属缶に刻まれた”超極太毛(針鼠人等)用 ※注意 細い毛に使うと溶ける恐れがあります”の表記はそっと見送る他なかった。
対照的に、服は以前に比べてかなりすんなりと着ることができて少しホッとする。
相変わらず体にぴったりで簡単に破れそうではあるのだが、今回はアルバレス風の軍正装ということもあってか少し遊びがあり、動きに支障を来すようなこともない。
というか、そもそも恵体主義のホーロン貴族が体の線を強調しすぎなのだ。
これだって本当はもう少し余裕があって然るべきなのに、古いホーロンの価値観に染まったアルトは俺達の”肉体
決して貧相な胸が目立って嫌というわけではないのだが、こんなチビ少女の体の線を見て喜ぶ奴と仲良くなりたくはないというのに。
「先生、へんに見えない?」
部屋に入っていたスコット先生の前でくるっと回りながら、普段と異なる髪型の是非を問うモニカ。
普段なら、そういった動きに機敏に付いてくるポニーテールの髪束は、いつもよりも下の位置で飾り紐で編み留められ、さらにガチガチに固められたせいでヌンチャクのような面白い動きをしていた。
「頭を高速で振らなければそれほど違和感はない。 私は普段の君を見慣れているので違和感はあるが、形式的にも間違ってはいないだろう」
スコット先生が素直な感想をくれた。
”淑女たれ”ということだろう。
だが、
『これ当てたら痛いかな?』
そう言いながら頭を振って器用に”おさげ棒”をクルクルと振るモニカには、あまりその言葉の意味は伝わらなかったようで、逆に少し力を抜くと上手く振れるというアドバイスとして受け取っていたのだが。
『やめとけ、髪で殴るのは”ツインテール”で間に合っている』
俺がそうやってツッコミを入れたその時、扉の向こうで何者かが動く気配と軽装鎧が立てる僅かな金属音が耳に入ってきた。
少し遅れて声が発せられる。
「”ノリエガ将軍”の到着です。 入室の許可を頂きたい」
おそらくスコット先生とエリクの少し外側に配されていたトルバ兵の言葉に、ゴブリンの役人が意味ありげにこちらを見た。
その視線の意味が分らないモニカがキョトンと見返す。
するとゴブリンの役人がゴホンと咳払いしながら首の動きだけで扉と俺達を交互に見ては、口の形だけで「許可を」と伝えてくる。
その動きでようやく俺は、彼女が何を言わんとしているのかを理解できた。
『モニカ、はやく「入っていい」って言え』
『え? なんでわたしが?』
『この部屋は今、”俺達の部屋”なんだよ』
つまり、ここでの入出の許可を出すかどうかの判断権は俺達にあるということだ。
同時にこれは、未だトルバに対する疑念が拭えぬ俺達に対する配慮でもある。
いや、トルバの配慮を俺達に吞ませるためのパフォーマンスなのだろう。
ガブリエラの事前講義曰く、ゴブリンの役人はこういった”どうでもいいところ”で言質を取ろうとするというからな。
とはいえ、TPO的にも行程的にも俺達が入室を認めなければどうにもならないわけで。
俺達は感情で少しやり取りしてからスコット先生の方を見ると、先生はなぜか今エリクが着替えている控室を見てから、次に扉横に伏せてるロメオを見て、最後に俺達に頷いた。
問題なしということだろう。
「どうぞ、入ってください」
モニカが扉に向かって声を発すると、一瞬の間を挟んでか、”地球の知識”で一般的だったものに意外とよく似ているエドワーズ様式の扉のノブがガチャリと動いた。
リストと照らし合わせるまでもなく”ノリエガ将軍”というのが、エドワーズの特級戦力”魔導騎士:デニス・ノリエガ”であることは分かっている。
今回のラクイアの警備の総責任者としてその名が全面に出されているので、彼が来ることはゴブリンの役人の事前説明の通りだ。
ただ、実際にどんな人物かを知っているわけではない。
平和期の軍人あるあるだが、特に大きな戦役を経験していない彼は”最強格”ではあっても”英雄”ではないため、人々の耳目を集めず情報が少ないのだ。
おかげで俺達が持っている情報も、”ゴブリン族”であること、”薙刀使い”であることくらいしかない。
そして、その情報不足を露呈するかのように、入ってきた人物は予想外だった。
扉が開いてその姿を見た瞬間、モニカがハッと息を飲み僅かに体温が上昇する。
高身長なのは予想していた。
矮躯が特徴のゴブリン族でも、軍属に多い所謂”ホブゴブリン”はかなり恵まれた体格をしているからだ。
だが、その身長とは異なり骨格や肉付きは細く、どちらかといえば華奢でしなやか。
肌の色も緑系というよりは透き通る白に近い薄い緑。
そして何より、この”魅了”の感覚と、イケメンな面構えに、特徴的な長い耳は、ゴブリンとは別の種族を連想させた。
そう・・・
「ハーフエルフ?」
そう、まさにそれ。
完全なエルフではない、だがそれ以上にゴブリンではないその見た目を要約するなら、”ハーフエルフ”という言葉はいかにもピッタリと嵌まるだろう。
だがスコット先生がそう言った瞬間、それが”特大の地雷”だったことを部屋にいた全員が即座に察した。
入ってきた男が表情を変えぬまま、纏う空気だけが極冷の色を強烈にしたのだ。
そのあまりの殺気にロメオが固まり、隣の部屋でエリクが冷や汗を流すのを感じる。
抵抗力の少ないゴブリンの役人など、一瞬にして青ざめていた程。
そして、そんな彼等の血の僅かな流れを感じる程に、モニカの感覚が研ぎ澄まされていた。
”今ここで戦えばどうなるか?”
その思考が言葉にならぬ感情として俺逹の脳内を駆け巡っている。
戦うところを見たことも聞いたこともない相手でも、その戦力が世界で最高位に位置することは、その空気の強烈な圧力を感じれば疑いようはない。
「・・・気を悪くしたなら謝罪する」
やがて、おそらくこの空気の中で唯一動けていたスコット先生が謝罪の言葉を口にした。
すると入ってきた”ノリエガ将軍”と思われる男が、不快そうな目のままで答える。
「今のあなたはそんな気軽に誰かに謝罪できる立場では無いでしょう。
騎士であるならば今の戦場がどういうもので、誰を後ろに置いているのかを先に考えるべきだ。
あなたが教本に残した言葉は偽りですか?」
そしてフッと殺気だけを抑えてから言葉を続ける。
「先程の言葉は偉大なる先輩である貴殿なりの配慮と受け取りましょう。
確かに私の中には”忌まわしきエルフの血”が半分流れている、だが私は誇りある”ゴブリン族”の一員だ。
そこを間違えないでいただきたい」
ノリエガ将軍はそう念を押すと、放っていた”圧”を完全に取り払った。
俺達の中の緊張が解けていき、周囲の者達の体から力が抜けるのを察知したのを最後に詳細な感覚データが溶けるようにボヤける。
場の緊張が取れたところでノリエガ将軍は改めて姿勢を正し、俺達に向かってトルバ式の敬礼を行った。
「お初にお目にかかりますヴァロア卿。 今回のラクイアの警備の総責任者を務める、”魔道騎士:デニス・ノリエガ”です。
短い間ですが”エドワーズの国賓”として、安心してルクラで過ごしていただけるように全力を尽くしますので、よろしくお願いいたします」
その流麗な一礼に、俺達も自然にアルバレス式に礼を返す。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。 トルバの警備には期待と信頼を持っておりますので、どうかそれに違わぬように願います」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
これは、なかなかに面白い光景だ。
大広間にひしめく報道関係者を眺めながらディーノは、モニカ連絡室の仕事としてマグヌス商人の勘を使って状況を検分する傍ら、心底楽しむように報道陣の視線の先の光景をそう称した。
”正門前詰所”という名の迎賓館に用意された会見場の前方では、先程から我らがモニカ・ヴァロア男爵が、その魔獣も裸足で逃げ出す凶暴性の片鱗も見せずに、カチコチに緊張しながら受け答えする様子が繰り広げられているのだ。
彼女が一言発するたびに、会場全体に筆記具の音が地鳴りのように鳴り響く。
最近はアクリラでも人目を引くようになった彼女も、こういう風に喧々とした沢山の報道陣に囲まれる経験は少ない。
どちらかといえば今この部屋にいるのは報道陣というよりも、エドワーズが選別した”宣伝員”といった性格が強いのだが、だからといって彼等の性格が大きく変わるわけでもない。
歴史が動くかもしれない一瞬に運良く居合わせられた彼等の背中からは、それをなんとか鮮明に見えるような記録を作ろうという、”使命感”という名前の欲望が立ち昇っているのが見えた。
「ヴァロア卿、滞在について不安はありますか?」
記者の1人が事前に決まっていた質問を投げかける。
それに対してモニカも事前に決まっていた答えを返す。
その内容は、事前にモニカ連絡室の面々がトルバ側と交渉して決めた文章そのまま。
最終決定が直前にずれ込んだせいで、トルバ側からモニカに伝えられたのだが、変えられている場所はない。
どうやら”餌”には食いつかずか。
素人小娘1人を騙すくらい訳ないと、モニカ排除を正当化させるための改編を滑り込ませるかとも思ったがそれはないらしい。
ディーノは眼の前の報道画家のイーゼルに掛けられたバケツの臭いを嗅いだ。
注ぐ魔力の調整で色が変わるその塗料は有害物質でこそあるが、強靭なモニカの皮膚を焼くほどではない。
使う種類に関しても特段問題のある物ではなかった。
・・・だが。
ディーノは端の方でこちらを睨む女に向かって、小さく合図を送り自分の目の前の報道画家を示す。
するとその女は音もなく姿を消し、少しの間があってディーノの目の前の報道画家の姿が消えた。
耳目が前方に集中していることもあるのだろうが、そのあまりの気配の無さと手際に、報道陣で気づいたものはない。
おそらく今の報道画家の連れも消えているはずだが、ディーノに感じ取ることはできなかった。
今の報道画家におかしな点は感じなかった。
描いている報道画の出来が道具の使い込みに対して、妙なまでに素人臭いのを除けば。
もちろん彼等が本当に消えたわけではない。
きっと今頃、この建物の別の部屋で茶菓子で饗されていることだろう。
その後今回の会見で作成した全ての”ニュース”を没収されて普通に帰してもらえる。
この場に紛れ込んだからには報道陣には間違いないのだろうが、現在微妙な立場の”モニカ男爵”を取材するには少し身元が不十分というだけのことなのだ。
するとディーノを見つめる視線に気がついた。
それは勿論、壇上のモニカである。
彼女はその妙な特技である、”貼り付けたように機械的で滑らかな口調で一度聞いた文章を喋る”を駆使しながら、器用にこちらを少し非難するような目で見ていた。
どうやら先程からディーノが時折、苗木の間隔を開ける農家のように記者を”間引き”していくのが気に入らないらしい。
勿論、ディーノがやっていることを理解していないわけではなく、単に要所要所で記者が何人も連れ去られる光景が、特に緊張で気が短くなっている今は目障りなのだろう。
ディーノの目と違って、モニカの目は”間引き”をハッキリと認識できるはずだ。
ディーノはそんなモニカに対し、”頑張れ”とばかりに小さく手を振る。
「・・・まあ、こんなもんですかね」
そして周囲を見回しながら出来を確認した。
今ので、おおよそ怪しい報道関係者は排除できただろう。
すると、まるで今の言葉が合図だったかのように、進行役が代表者質問を終わらせ、僅かに用意されていた報道全員対象とした質疑応答を始めた。
当たり前の話だが、いくら一般報道陣とはいえここまで執拗に剪定を済ませた者が、この場をぶち壊すような質問をするわけもなく。
あくまで当たり障りのない範囲での質問に、時折モニカは悩む様に間を作ることはあっても、返答が滞ることはなかった。
おそらく記者のモニカの印象は、随分としっかりしたものだとなった事だろう。
”第一印象”はまずまずといったところか。
最後に、今回のラクイアの警備総指揮を担当するデニス・ノリエガ将軍と、両手で掴むようにモニカが固い握手を交わす。
これがこの事前会見の主目的なので、なんとも仰々しい。
ただ、マグヌスではあまり見かけないスタイルの、その抱擁に近い握手は、一見しただけだと両者に硬い信頼が結ばれているようにも感じられるから不思議だ。
その証拠に、まさにこれが”決定的瞬間”とばかりに記者達のペンが動き、それまで緩慢だった報道画家たちが一斉に塗料に魔力を込めながら投げつける”ビシャッ!ビシャッ!”という音が会見場に響き渡った。
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