2-22【あの山を登るために必要な船頭の数2:~打ち合わせ~】



 最後の中継地を出発した馬車は、崖のような壁に掘られたつづら折りの道を伝って、大きな峠を越えて反対側に広がる谷の中へと侵入していった。

 話を聞く限りではこの谷の先にルクラの街がある。

 いや、あれか。


「みえてきたよ!」


 昨日までと変わらず馬車の窓に張り付いていたモニカが、進行方向に向かって指を伸ばす。

 その指の先には確かに、人口密集地を示す人工的な景色が広がっていた。

 モニカの言葉に釣られて、同乗の者達が窓に群がってくる。


「おや、思ってたよりも大きな街なんですね」


 耳元でそう呟いたのはディーノだ。

 ただ思わぬその声に、モニカが首を捻って後ろを振り返る。

 というか君、居たんだね。

 いや、モニカ連絡室の実務役で、クラウディアやアオハ家とのパイプ役である彼がいなければ話にならないのだが、ここまでの旅程で全く存在感がなかったから意識から抜け落ちていた。


「今日はこの馬車に乗ってるんだね」


 モニカもそう言って皮肉ると、ディーノは事も無げに肩を竦めた。


「なに、男爵様の堂々たる入場ですからね、矢面に立たねばならぬ人が近くに居ないのではいけません」


 そんな言葉をいけしゃあしゃあと宣うディーノも、モニカが露骨に胡散臭い視線を向ければ苦笑するしか無い。


「まあ、本音を言うと昨日まではルシエラ嬢がベッタリでしたからね、歴戦の商人も、機嫌の悪い竜が近くにいれば逃げますよ。 話が通じないので」


 ああ、なるほどね。

 ここ最近のルシエラの不機嫌っぷりはかなりのものがあったからな。

 寝起きのルシエラで慣れている俺達はともかく、普通の人は生きた心地がしないだろう。

 何せ、地響きみたいな音で唸るのだ。


「ところで、あれがどこの軍のか、見えますか?」


 ディーノがルクラの街を指し示した。

 その言葉の内容からして、指したのは街ではないだろう。

 となれば、この進行方向にあるもので俺達に聞けるもの等、殆ど無いわけで。


「”飛行ゴーレム?”」


 モニカが眉を顰めながら聞き返す。

 進行方向で彼が俺達に聞くような物など、あの谷の空を蠢く大量の飛行ゴーレム以外に無いだろうと。


 会場の警備のためか、ルクラの街が存在する谷の中は飛竜だの飛翔魔法だのと、所狭しと各国の航空戦力が犇めいていた。

 その中で最も目立つのが、大きいもので直径400ブルにも達する、マグヌスの”飛行ゴーレム機械”

 あの金属の巨大パンケーキが何機も空に並んでいる姿は、俺にはどう見ても「UFOの地球侵略」以外に形容はできない。

 実際、それくらいの脅威だしな、場所が場所だけに”門番ゴーレム”みたいな雑務機ではなく、重武装だろうし。


 だが”飛行ゴーレム”といえばマグヌス軍だろうに、この男はそんなことも知らないのか?

 俺は一瞬だけそんなことが頭をよぎったが、即座にそれが間違いであることに気が付いた。


 ルクラの空を埋めつくす大型ゴーレム機械の群れの中を、何やら見慣れない顔が泳いでいたのだ。


「ほそながいね」


 そう言いながら目を細めるモニカ。

 その目ははっきりと、空の、それも比較的高めの高度を飛ぶ細長いゴーレム機械を捉えていた。


『手持ちのカタログに該当はないな』


 ゴーレム機械研究所に所属していることもあって、俺達が各国の最新型のゴーレム機械の情報に触れる機会はかなり多い。

 だがあのゴーレム機械の情報はない。

 ということは、まだ正式発表前の最新型ということになる。


 しかもあれは、マグヌス軍のそれと異なりカシウスかぶれ・・・・・・・していないではないか。

 もちろん胴体にはマグヌス軍の記章ではなく、トルバ連合軍の物が描かれていた。


「トルバ軍も作れたということでしょうか」

「さあ、たぶん、できたばっかりだと思うけど」

「わかるんですか?」

「”実用品”じゃない」


 モニカが俺達の見立てをディーノに伝える。


 あの飛行ゴーレムは、まだまだ設計にムラがある。

 必要なものが足りてないし無駄な部分も多い。

 専門的な知識がある者が見れば、一目でまだまだ実戦は遠いと分かるだろう。

 使われている記章が連合軍のものであるのもそれを裏付けている。

 トルバ軍は運用的には連合内一体で行われているが、所属は構成する各国が持っている形になっているため、実戦配備されている部隊の記章はそれぞれの国のものになる。

 つまりあれは、まだどこにも配備されていない見せかけの代物というわけだ。


「なるほど」


 ディーノはモニカの言葉からそれを察したのか、興味を失ったように新型飛行ゴーレムから視線を外した。

 おそらく、マグヌスの優位性を脅かす存在ではないと知って安心したのだろう。

 だが、専門的な知識を持つものが一目で見て分かる、”もう1つ”の要素を知ればどうなるか。


 あの飛行能力・・・マグヌスのものよりかなり優秀だ。


 マグヌスのものよりもはっきり高い高度でも操作性を失っておらず、高地特有の低気圧の中を悠々と泳ぐその姿は、この特異な環境では輝いて見えた。

 おそらくその技術が属する時代が一つは違う、いずれあのタイプの飛行ゴーレム機械が空を支配するのは明白だろう。

きっとマグヌス側のゴーレム機械士達は、苦虫を噛み潰したような表情をしているに違いない。 



 俺達はそれから暫くの間、ルクラの街に近づくに連れてどんどん濃くなっていく活気を眺めていた。

 眼前には相変わらず壮大な山脈の景色が広がっているが、その手前に広がる街の光景はこれまでと異なる。

 空を埋め尽くす航空戦力達はもちろんのこと、地上にも各国の様々な集団が人を陣を張っているのが見えた。

 軍隊だけではない、おそらく現場入りする外交官達の前線基地も含まれている。

 間違いなく街の中にも拠点が用意されているはずだが、高度な情報を管理するために自分で陣地を用意したのだろう。


 その証拠に、高出力の魔力波発生装置に群がる技師たちに、役人姿の者達が何かを捲し立ててる様子がそこら中に見て取れた。

 話している内容からして、どうやらまだ設営中らしい。

 この通信装置の大群のせいで、長距離回線がなかなか繋がらないようだ。

 魔力波通信は歴史こそ長いが、普及してから日が浅く、普及といっても精々が各国の”秘密技術”止まりだったからな。

 混線対策技術はまだまだ未発展なのだろう。


 馬車の後ろを歩くロメオが気持ちよさそうに声を上げた。

 高地の涼し気な空気に故郷を思い出しているのか、こいつも調子がいい。

 モニカが手を伸ばしてよってこいと手招きし、窓から身を乗り出して撫でてやる。

 戦地に入って前衛がリラックスしているのは良いことだ。


 どの陣地の傍を通っても、窓から身を乗りだして牛を撫でる少女の姿は奇妙に思えるのか、それなりの者が陣の内から俺達と目があった。

 その度に彼等は、どこかしらに魔力波通信を始めるのだが、これも問題はない。

 これだけ目があれば、刃傷沙汰の手前で止めてくれる機会も増えるだろうし。


 俺達の興味は順当に、陣の周りを彷徨う各国の兵士達へと移っていった。


 会場警備はトルバ軍の担当だが、各国とも自国の貴重な要人を他人任せにする気はないのか、それなりの軍勢を配置している。

 ただし3超大国の中に時折混じる小国の軍人達は、自分達が無力であることを割り切っているのか、目に楽しい儀礼装備を身に着けているので目に飽きが来ない。


 彼らの中で最も目を引いたのは、トルバの大型獣人やアルバレスの巨人族に代表される10~15ブル級の”巨人兵”だろう。

 だが俺達の目が縫い付けられていたのは、それらではなく、それらに張り合うためにマグヌスが用意した兵器だ。


 13ブル級の機械的な体躯に、無機質な装甲を纏う”巨人ジャイアントゴーレム”である。


 もちろん巨人ゴーレム自体はトルバやアルバレス軍にだって配備されているし、なんだったらアルバレスの最新型30ブル級の迫力の方が目を引く。

 だが、あれは違う。

 マグヌスが最新装備の見本として整列させているあのゴーレム機械の一団の顔に、モニカが驚きと共に寂寥の感情を発する。


 ”自らの愛する家族”と同じ顔に。


 そう、あの巨人ジャイアントゴーレムは、従来の平板な方式ではなく、カシウス式の異なる種類のセンサーを複合させる、あの独特の形をしていたのだ。

 いや、それだけではなく全身の作りが完全にカシウス製のものである。

 

 一瞬だけ、昨年アクリラの手前で戦った連中が来ているのかと思ったが、よく見てみるとどうやらそうではない事が分かった。


 幾つかの、明らかにとてつもない職人 ・・・・・・・・の手によって ・・・・・・調整されていた ・・・・・・・としか思えなかった部品が、現行の技術でアップデートされた”汎用品”で構成されていたのだ。

 それも”補修”ではなく、内部フレームの再配置まで行われている程の、根本的なレベルで。

 明らかにこの巨人ゴーレムは、最初からこの状態で製造されていた。

 カシウス製が”先行試作品”だとするならば、これは”量産品”といって良いだろう。

 更に、つるんとした完全無欠のイメージがあったカシウス製のそれと異なり、全身の至る所に”メンテナンスハッチ”までも追加されている。


 つまりこういうことだ。

 ”誰か”がカシウスのゴーレム技術を継いでいて、それが今年お披露目されたのだと。


『会ってみたいね』


 モニカのその言葉がとてつもなく大きく聞こえた。


『会議が終わってからな』


 俺が答える。

 今は、自分たちの身の安全保障が最優先だ。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






 ようやく正門に到着した俺達は、”大きな門だな”と感じる暇も無く、まるで拉致されるように馬車から降ろされ正門横のトルバ軍の一室に連行された。

 もちろん穏便な形でであるが、到着と同時に役人に御者が乗せている者の名簿を渡したところ、兵士が血相を変えて役人を呼びに走り、そのまま大量の兵士に囲まれた時などは、まあまあ生きた心地がしなかったことを覚えている。


 どうやら正門にいきなり移動用馬車で乗りつけたのがいけなかったらしい。

 俺達の担当と紹介されたゴブリンの役人が、先ほどから青い顔でブツブツ文句を言いながら、部屋の中を行ったり来たりしている。

 曰く重要人物にふらっと馬車で門を越えられては、何のためにリスクを冒してまで正門に呼びつけたのか分らないとのこと。

 もちろんそれをしたのはトルバ軍手配の馬車なので、落ち度は彼らに有るわけなんだが、どうやらトルバ軍の中で連携不足があるようで、このゴブリンの小役人は頻りに行程管理をしていた国を名指しで批判してい。

 もちろん波風を立てたくない俺は、あえて伏せることにする。


「まったく! 何度も連絡したというのに、これだからベ〇ン人は!」


 ゴブリンが手にしていた通信用の魔道具に向かって叫んだ。

 おい、そこの過去話に戻ってトルバの構成国を確認しようとした奴・・・・・・2-21の1に書いてるぞ。


 そんな俺の配慮を台無しにするほど憤っているこの役人だが、その攻撃的な感情がこちらに向いていないのは救いだろう。

 というより、彼の頭の中は俺達を無事に正門の向こうまで送り届けることで神経がはち切れそうになっているのが明らかだった。

 今もしきりにあちらこちらに通信を繋いでは、早口の南方語で俺達の来訪と、入場セレモニーの手配に関することを叫んでいる。

 もしこれが演技なら、彼は詐欺師に向いているだろう。


 どうも、なにやら”大物”を呼んでいるようだが・・・果たして誰が来るのか。


 俺達の横では、スコット先生が何とも言えない表情でそれを眺めていた。


「・・・あのひと信用できないですか?」


 モニカがこっそりと、耳打ちするようにスコット先生に尋ねる。

 俺達が無害だと思っていても、彼ならば微細な敵意に気づけるのかもしれない。


 だが、返ってきた返答は意外なものだった。


「・・・私は古い人間だからな・・・こうしてゴブリンが近くにいると、どうしても不安になる。

 もちろん頭では分かっているんだが、幼少期に刷り込まれた考え方を抜くのは難しいようだ」


 スコット先生はそう言って何かを抑えるように腕を擦る。

 どうやら染み付いた差別意識が顔に出ているらしい。


 今でこそトルバ首脳の地位にまで上り詰めているが、ゴブリンが市民権を得たのはここ30年程のことだ。

 それまでは冒険者協会から常時駆除の依頼が出るほどの害獣扱いだったのだから、その時代の人間にゴブリンと一緒に同じ部屋に居ろというのは酷なのかもしれない。


 だが、今は今だ。

 もうゴブリン嫌いに政治はできぬ時代である。


「・・・信じられそうですか?」

「・・・誠実ではあるようだ。 口は悪そうだが」


 スコットは渋々、といった様子でそう答えた。

 彼も、今が自分の古い価値観を押し通す場面ではないことは弁えている。


 今更ながら、俺達が留め置かれているこの部屋がどうやら”貴賓室”であることに俺は気づいた。

 まだ乾いていない壁材の強烈な匂いと、重厚感の欠片もないさっき造ったばかりのような調度品で分かりづらかったが、椅子の配置や余裕のある配置、俺達の座っている位置などを見るに、少なくともここが各国の要人を一時的に滞在させるための施設であることは明白だ。

 更によく見ればそこら中にハイブランドのロゴが刺繍されていることからして、金は掛かっているのだろう。

 だが、これ程”もてなしの心”を感じぬ貴賓室もそうはないに違いない。

 どうやらそういったものは、突貫工事では再現できないようだ。

 末席とはいえ、ものづくりを志す者に名を連ねる者として、肝に銘じておこう。


 入室が許されたのが俺達とスコット先生だけというのも、なんとも警戒感を掻き立てる要素だが、それでも隣の部屋にアルトとロメオが、この部屋の扉の前にエリクがいるので孤立させられている感もない。

 ヴィオによれば、この部屋の更に手前で殆どの者は追い返されるようだし、エリクの配置は警備の一部としての意味合いだろう。

 

「はあ・・・なんとか一段落つけそうだ」


 ゴブリンの役人が通信用の筒型魔道具を耳から外しながら、流暢なホーロン訛で俺達に語りかけてくる。

 どうやら彼の”俺達のポカ(トルバ軍のだが)”に関する後始末は一段落したようで、その声には心なしか余裕が見えていた。

 少なくとも俺達に何かあれば、彼の首も危ういのだろう事は察せられる。


 ゴブリンの役人はそのまま、俺達にここで行われることの説明を始めた。


 どうやらこれから俺達は、トルバ入場に当たって幾つもの儀礼的な催しを遂行せねばならないようだ。

 まずこの部屋で形式上の警備責任者と挨拶し、そのままこの建物の中にある会見場に移動して報道画家にその様子を描いてもらう。

 その後、正門前でトルバの幾つかの国の重要人物と挨拶を交わして、「トルバの警備は最高だよ! 心配してねえから!」的な長ったらしい挨拶を大量の報道陣の前で行うとのこと。


 そしてその間、実務上の警備責任者と、俺達の警備責任者であるスコット先生が、入場に関する打ち合わせを行い入場時の布陣を決定するらしい。


「私が離れるのか?」


 スコット先生が露骨に難色を示した。

 だがゴブリンの役人は呆れたように息をつく。


「あなたが本気で動けば、一歩以上かかる距離は離れませんよ。 それとも、もうそこまで衰えられたので?」


 その言葉にスコット先生が酷く不快そうな表情で黙り込んだ。

 だが、たしかに先生の実力ならば、この建物のどこからでも一歩で駆けつけれるだろう。

 壁はどうするかって? 見た感じ防音材を板で挟んだだけなので障子の扉と変わらんよ。


 ただし、ゴブリンの役人はスコット先生の様子を楽しみ終わると、すぐに本当の理由を話し始めた。


「理由は2つです、”スコット・グレン”の顔をギリギリまで隠しておきたい。 入場の瞬間までに報道陣がヴァロア男爵の事以外で盛り上がっていては興醒めでしょう?

 もう1つは、”ヴァロア男爵の従者”の顔を報道陣に覚えてもらうことです、これは彼等にとっても”デビュー”の機会だ。

 彼等がある程度の顔になれれば、あなたがどこかで拾ってきた小娘ではなく、ある程度地盤のしっかりした人物に見えるでしょう、そうなれば”面倒臭いので殺す”という選択肢の魅力が落ちる・・・まあ、これは”願掛け”程度の効果しかないでしょうが、あなたが死んだときに同情を買える要素を増やしておいて損はない」


 ゴブリンの役人は事も無げにそう説明する。

 だが聞き捨てならない要素が。


「わたしの”じゅうしゃ”?」


 モニカが理解できないといった感じに聞き返す。


「言い方が気に入らないなら”関係者”で良いですよ。

 貴族としてのあなたを飾る”装飾品”という意味では同じですから。

 良いじゃないですか、歳の近い剣士の護衛にメイド、さぞ報道画映りが良いことでしょう。 ヴァロア伯爵も憎いことをなさる。

 最大限使わなければバチが当たるというものだ」


 ああ、なるほど彼等のことか。

 だがヴァロア家メイドのアルトはともかく、エリクは俺達の従者ではない。

 契約によって雇用関係にあるだけだ・・・いや、従者も大抵そういうものか。

 だが、俺達が引っ掛かったのは別の部分。


「エリクとアルトを前にだすの?」


 モニカが明らかな憤りを顔に出す。

 この役人は、エリクとアルトを俺達の矢面に立たせようというのだ。

 そうなれば当然、俺達へ向かう全ての悪意が彼等に先ず降りかかる事になる。

 ガブリエラですら守り切れないと言うほどの強力な悪意が。


 だがゴブリンの役人は、そんなことはどうでも良いとばかりに肩を竦めるだけ。


「彼等が心配でしたら、ルクラでの行動と言動に気をつけましょうね。

 怖れられず、かつ舐められない姿を心がけてください。

 どのみち、あなたも彼等の危険性を理解して連れてきているのでしょう?

 ではそれはあなたの”武器”だ、”重し”ではない。

 我々はそれに最大限配慮しているのですよ?」


 そう言うと、モニカが僅かにたじろぐ。

 確かに、いざとなれば”目標”である俺達だけで逃げるとはいえ、敵地に連れてきた以上、彼等の危険を無視することはできない。


 そしてゴブリンの役人は、俺達のその”たじろぎ”を即座に咎めた。


「もし、自覚がないのなら次からは気をつけてください。 彼等の覚悟に報いるためにも」


 モニカが黙り込む。

 確かに、彼等も彼等なりの覚悟を持ってここに来たのだ。


「それは忠告か? トルバにここまで親身にされるとは思っていなかったが」


 スコット先生が横から割って入るように言葉を発した。

 おそらく俺達を庇ってのことだろう。


 だがそれに対し、ゴブリンの役人はこれまでの無礼講な態度とはまた異なる”明らかな憤り”をもって反論してきた。


「何か忘れてらっしゃるようですが、この件で我がエドワーズはとんでもない損害を被っているのですよ。

 ヴァロア男爵が議題に上がることで我が国の威信がどれだけ損なわれたか、説明しなければ理解できませんか?

 もう、これ以上キャンベルとネリスに好き放題されるわけには行きません。 ・・・魔王様にも。

 もはやヴァロア男爵の命には、エドワーズとゴブリン族の名誉が掛かっているのです」


 その剣幕にスコット先生が圧倒されることは無かったが、押しとめられるように固まった事からして反論は出来ないのだろう。


 このゴブリンの役人の態度はとても外交官の言動とは思えないが、これが彼等のやり方だと聞いたことがある。

 ゴブリン族はその地位を向上させた後も、その生来の攻撃性を完全に捨てることはなかったのだという。

 特に実務的な場面においては、僅かな問題を容赦なく責め立てるのだと。


 ”必要なのは態度ではない、知識と思考力である”


 彼らゴブリン族の英雄にして、現エドワーズ大統領の言葉だ。

 そしてその性質でもって彼等は信頼と立場を獲得してきたのだから、文句もないだろうという話である。

 俺達としても、裏でまで下手に余所余所しくもてなされて機嫌を取られても逆に不安になる。

 むしろ、正直にこちらの不手際をズバズバ言ってくれた方が安心できるというものだ。


 それに、これに憤るような程度の低い相手には腰を低くするのも、ゴブリン族の特徴なのだから。


 ・・・もっとも、どうもスコット先生相手には妙に当たりが強い気がするが。


「では、スコット・グレン殿には退席願いましょうか」


 ゴブリンの役人が、説明はこれで終わりだとばかりに立ち上がると、スコット先生に部屋の扉の方を示した。

 スコット先生だけに。


「私だけ出て行けと?」

「ええ、もちろん」


 ゴブリンの役人が当たり前だとばかりに微笑む。


「ヴァロア男爵はこれから着替えられるのですよ。 ・・・まさか覗くおつもりで?」


 なるほど。

 そういや俺達の格好は旅装のままで、如何にも貴族という感じではなかったな。

 確かにこれでは重要人物には見えないだろう。

 そう考えると、横の部屋でアルトが何やらゴソゴソと物品を取り出しているのも納得できる。

 おそらく彼女を離したのは準備させるためだ。

 

 だがスコット先生は首を振る。


「今の私はこの子の護衛だ。 どこだって付いていく」


 元より彼も異性の着替え如きに臆する魔道騎士ではない。

 だが、ゴブリンの役人は聞き分けの悪い子供を諭すような声で告げる。


「言ったでしょう? あなたの手の届く範囲から出るわけじゃない。 ”ドア”という布を一枚挟むだけです」


 そう言いながら、視線を動かしてドアへとスコット先生を誘導するゴブリンの役人。

 残念ながら、この人が折れる気はないらしい。

 仕方がないのでモニカがスコット先生の腕に触れた。


「エリクに剣をおしえてあげてください。 その方が嬉しいです」


 その言葉に、スコット先生はまた苦々しい表情を作る。

 だが外に出る気にはなったらしく、スッと立ち上がると、そのままドアの方に歩き始めた。

 それを俺達とゴブリンの役人は、どこかホッとした表情で見送った。


 ・・・ところで、この役人さんはこのまま一緒にいる気かな?

 俺にはどう見ても男に見えるのだが・・・


『ロン、このひと”女のひと”だよ?』


 ああ! これだよ!! 亜人の性別なんてすぐに分かるか!!



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