2-21【静かな雨音 6:~屑山の守護者、勇者な人形~】
ヴェレスの街の屑山を、本来この場所であり得る許容量を超えた緊張が埋め尽くす。
打ち捨てられた場所に似つかわしくない、アクリラでも上辺に君臨する2人の少女。
その凄まじい圧力は、それを感じる能力を持たぬ住人たちでさえハッキリと認識し、姿が見えなくともその力の差に恐怖で震えていた。
発している片方は自分達と大差ないか自分達よりも幼いくらいの少女だというのに、発する感覚はまるで別の存在といっていい。
だが彼らが震えていたのはそれだけが理由だけではない。
その膨大な力が”自分達の守護者”に向かっている、その先に待つ”破滅”を恐れていたのだ。
「・・・こんな近くにいたんだ」
エリクの師匠の
その瞬間、俺達を押さえつけていた”何か”ごと、吹き飛ばすようにモニカから強烈な威圧感が噴き出した。
魔力ではない、ただの殺気、もっと言えばただ睨んだだけのこと。
だがそれだけで、この場にいる全員の生存本能が激しい警告を打ち鳴らすほどの危機感を想起させた。
その強烈な殺気が小さな小屋の中に充満し、パンパンに詰まった圧力の中心にいた俺が押し潰されてしまうのではないかと錯覚する。
エリクもヴィオも息を呑んでいた。
何が起こっているのか理解できないのもそうだが、単純に”本気のモニカ”の威圧を前にして動けるようなのは、本人と後ろに控えるルシエラ、そして目の前にいるエリクの師匠くらいなものであろう。
それだけで間違いなくこのゴーレム機械が只者ではないと感じられた。
だが俺達の前に弱々しく立つエリクの師匠が、疲れ果てたような動きで・・・それでいて油断ならない動きで顕にしていた顔の布を戻した。
まるで、それ以上俺達に見せる義理など無いといわんばかりに。
その様子にモニカの目がすっと細くなる。
「”
「・・・知っていたか」
”
あの取ってつけたような”日本語”はどこへいったのか。
「
モニカが鋭い声で答えた。
資料というのは、”モニカ連絡室”ができてすぐに取り寄せた、俺達の討伐作戦に関する資料のことだ。
既にアルバレス、マグヌスにおいてある程度の地位を持っている俺達は、こうみえて意外と多くの情報を知っている。
その中の一つが、昨年の討伐作戦で破損し行方不明となっていた、あのやたらと強いゴーレムの情報だ。
「ゴーレムの教科書にも載ってるよ? むかし
それは少し調べてみれば機密でもなんでもない、最強のゴーレム技術者の華々しい功績の一部。
自立し学習して特級戦力レベルまで成長するゴーレム機械というものが、世界に与えた衝撃は隠せるものではない。
強いて言うなら”まだ”稼働しているというのは機密かもしれないが。
だがそれに対し、
「それは自分ではない。 自分の”前型”だ」
うっそだろ!? こんなのがまだ何体かいたのかよ!?
こんな緊張状態だというのに、そんな驚愕が口をついて出そうになるのを必死で堪える。
依然として事態は緊張状態のままだ。
「前の、”へんな言葉”は使わないんだね」
「下手だったからな」
そう言う
姿が見えなければ、誰も機械人形とは思わないだろう。
「まだわたしを殺したい?」
モニカが挑むように問う。
すると
布に覆われて視線はわからないが、そのグルグル巻の布の下の指向性センサー類が全てこちらを向いているのが透視できる。
「・・・そういえば、その”命令”はまだ有効だったな」
後ろのルシエラの魔法陣のいくつかが、怪しく輝きを増した。
いつ戦いが始まってもおかしくはない態勢。
間にいたエリクは、まるで爆発の瞬間に居合わせてしまったかのような表情で両者を見ているしかできなかった。
だがそんな状況を作り出す言葉を発した割には、
殺気がないというべきか?
そういうのには鈍感な俺であるが、それでも敵意のようなもの”ない”といえるレベルで感じない。
「安心しろ、敵対する気はない。 もう勝てないだろうからな」
そう呟くと、俺達の周りに展開していた”何か”を引っ込めた。
モニカ伝いの感覚であるが、俺達の前面に展開されていた”圧”のような物がなくなり、俺達の体内を一気に血液が流れ出したような感覚に陥る。
と、同時にモニカから困惑の感情が流れ込んできた。
『抑えてたのがなくなった』
『本当に敵対の意思がないってことか?』
『ううん、たぶん最初からなかった。
あの”壁みたいなの”は、わたしたちを抑えるためだと思う』
モニカは俺にそう言うと、充満させていた緊張をゆっくりと解いて、それに比例して高まっていた魔力を俺が散らす。
確かにこれだけの魔力が一気に襲いかかったら、タダですまないのは
という事はこいつの言葉は信用していいのか?
確かに戦力を比べれば相手に勝機はない。
透視で見て分かる通り
魔力の流れからして、あの超回復はわずかに残っているようだが、現状を維持する事すら困難な程度でしかなかった。
たとえ万全でも、”攻略法”を知っているので超回復には期待できないだろうが。
それに、あの時は足手まといだった俺達は比較にならないくらいに強くなってるし、ルシエラだって成長期の真っ最中。
戦えばどうやっても相手に勝ち目は無い。
ただ、それで俺達が勝てると確信するには、
それくらい、俺の中に刻まれている
全く手も足も出ず、ほんの少しでも間違えれば一瞬で捻り殺されてしまうかと思った相手は彼くらいのものだろう。
事態の僅かな硬直。
それを見て取ったヴィオがすぐに俺に詳細を聞いてきたので、彼女に去年の戦いのデータを見せてエリクと共有させる。
こと、ここに来てこれ以上の情報の制限は無意味だ。
当然ながら彼等の驚きは大きなもの。
あの災害染みた激しい戦闘の原因が、まさか俺達と知ったのだから無理もないだろう。
だが同時に、あんな大それた事をしでかした犯人が分かって納得もしてくれたが、暴れたのはルシエラと謎の闖入者なので、そこはちょっと納得はいかない。
善意による自らの行動が予想外の藪蛇になったエリクが、深刻な表情で俺達と
面白いことに、それに対してモニカと
「もう興味はないのだ。 使命にも、命令にも、アルファにも・・・自分にも」
全てを失ったような枯れた声色で
その様子はまるでそれだけで納得してしまいそうになるほどの”重み”を感じさせる。
きっとこいつが”人”ならば信じていたかもしれない。
「その言葉を信じられる根拠はあるの?」
ルシエラが問う。
その声色は依然として”戦時体制”のままだ。
実際に鉾を交えた彼女にしてみれば、そんな言葉なだけで納得するわけにはいかない。
ただ、
「”ここの者たち”を見ただろう?」
「強い光に憧れて近寄り、縋るしかなく、寄生するしかない、哀れで醜い存在たちを・・・お前達のような”光”の何万倍も価値のある尊い者たちを」
まるで一切の抗声を許さぬようなその迫力に、俺までもが身が竦み上がるような恐怖を感じた。
それは間違いなく、彼が昨年この場所で俺達に見せた凄まじいまでの”殺気”だったからだ。
だが、同時にそれを真正面に受けたモニカは、何かを感じ取ったかのように布の向こうの闇の中の
俺の中にモニカから葛藤と称賛と諦感の感情が流れ込んできた。
知っている、これは”戦士”同士がなにか共感するものを得た時の感情だ。
俺がおそらく永遠に理解できない類のものだ。
おそらくモニカと
「わたし達なら、その体を直せるかもしれないよ」
ただ、そう確認したのはモニカの中の意地か、それとも彼女の覚悟が”忘れるな”と存在を主張したか。
答えは分かっていた。
「ようやく、この世界に”朽ちる場所”を見つけられたのだ。 そっとしておいてくれ」
彼の師匠を慮る心は、本人によって完全に拒否された。
「改めて言う、もう興味はない。 お前達も、お前達に絡みつく繋がりにも、未だに此の身を焼く”お前たちを抹殺しろ”という命令も」
◇
エリクの説得はまだ続いている。
俺の中には、ヴィオ経由でエリクの言葉に首を横に振り続ける
『どう思う?』
『”どう思う”って?』
俺がその言葉をそのままモニカに返す。
『直せる?』
モニカの声色は意識だというのに若干震えていた。
それに気づいた俺は、気づかなかったフリをして答える。
『クーディよりは簡単。
難易度MAXのカシウスのゴーレムの超機能を回復させるような、根本的な修理は難しいだろうが、折れている部材を繋ぐくらいのことはできるだろう。
ただ症状からいって、かなり根幹を成す部品にダメージが入っているだろうな』
その中でも勇者の”超回復能力”が機能していれば、そもそもあそこまで壊れかけの状態にはならない筈だ。
つまり、マトモに機能していない。
『”壊した本人”に聞いてみるか』
『答えてくれるかな?』
俺の言葉にモニカがガブリエラの顔を思い浮かべて首を傾げた。
彼女は最強だが、ゴーレム機械の専門家ではない。
『ウルなら・・・まあ、壊した時のログくらいは貰えるかな』
俺はそう答えて、メーラーを開いて催促文の文章を考えることにした。
どこまで修理の役に立つかは不明だが、なにもないよりはマシだろう。
そんな風に俺達が相談しあっていると、目の前の壊れかけを無理やり修理した”元高級品っぽい机”の上に、お茶の入ったカップが2つ置かれた。
「君には感謝しているんだ。 おかげで恩人にお茶が出せる」
いつの間にか目の前に座っていた、大きな傷で目を塞がれた少年がそう告げる。
彼はこの屑山の孤児達の纏め役の少年であり、今俺達がいる小屋の主だ。
エリクに説得を任せた俺達は、その間ルシエラ共々この小屋に招待されていた。
お茶を出してくれたのは、この少年の身の回りの世話をしているらしい下顎の無い少女。
だがそれは彼女の自発的な行動というよりも、少年の願いを読み取っての行動な気がした。
この子、全くこっちを向かないし気にした素振りを見せず、ずっと少年の顔色を窺っていたのだ。
おそらく・・・ほぼ間違いなく、精神的な部分に障害を持っている。
慣れるまでは中々ショッキングなカップルだが、そんな2人をモニカは相変わらず興味深そうに横目でチラチラと見ていた。
ルシエラは、どこか居心地悪そうにしているな・・・俺と一緒だ。
「わたしは、あなた達にお礼をいわれるようなことはしてないよ?」
モニカがお茶を飲みながら少し不機嫌そうにそう答える。
モニカとしては、
だが盲目の少年が小さく笑う。
「そんなことはないよ、やっぱりお金も必要だからね」
少年がそう言って、下顎の無い少女から受け取ったカップを手の中でくるりと回す。
なぜだろうか、ボロを着て壊れかけのカップに安物のお茶だというのに、それだけで貴族のようになんとも様になる。
「不思議だよね、師匠さんが来て”これ以上何もいらない”と思ってた”安全”が手に入ったと思ったら、今度はお金が欲しくなる」
「お金があれば、次は何がほしい?」
モニカがお茶を啜りながら聞く。
すると少年が花のように笑った。
「やっぱり目かな・・・なくても困らないと思ってきたんだけどね。
君の魔力は個性的だけど、とっても
後ろのお姉さんがとっても綺麗なのは、僕にもわかるけれど」
そう言われてルシエラが片方の眉を僅かに動かす。
一方、”不細工”と言われた俺達は、別のところが気になっていた。
「エリクは、わたしの姿を気に入ってるの?」
「みたいだね。 だから気になるんだ、どんな娘だろうって」
そう答えながら少年は、不思議と惹きつけられるような微笑みを浮かべた。
だが俺達の見た目がエリクの好みというのは、十中八九彼の勝手な想像だろう。
今までエリクはそんな素振りは見せてないし、ヴィオからもそんな話は出ていない。
まあ、あの子は仮にそうでも黙ってるだろうけど、好き嫌いはバイタルに出るので俺達に隠すのは不可能である。
”ルーベンに恋されている”とかってレベルでありえない話だ。
ただ、見るからに普通じゃない空気を醸し出している少年だけに、気に留めておく必要はあるだろうけれど。
エリクの好みが俺達というわけではなく、他の何らかの理由で気にかけている可能性はある。
それが何らかの分かりづらい危険の前兆の可能性もあるからな。
エリクに不必要なストレスが掛かっているのは事実だ。
ちなみに俺達が気になったのは、そんなところではない。
『やっぱり魔力が見えるのかな?』
モニカが俺に聞く。
それは本当に自然体で、顔色一つ変えない問いかけだった。
・・・のだが。
「うん見えるよ」
「『!!??』」
少年の言葉に俺達が絶句する。
瞬間的に俺は少年が何に反応したのか、様々な可能性を検討した。
だが今、確かに少年は俺達の脳内で行われている会話に反応したようにしか見えない。
モニカの表情が瞬間的に険しくなる。
ただし、それに対して盲目の少年はすぐに降参だとばかりに両手を広げた。
「隠すつもりはないよ。君達と戦いたいとは思わないからね」
まるで善意による情報の開示と云わんばかりの言動に、俺達の警戒感と不信感が上昇し、後ろのルシエラの表情が怪訝になる。
『俺の言葉が聞こえるなら頷け』
俺が外に聞こえないようにそう言うと、少年はゆっくりと首を縦に振る。
おいおい・・・俺の声まで聞こえてるのかよ・・・
こんな事ができる存在に俺は心当たりが一つある。
”氷の大地のオアシス”にいた赤い少女と、アラン先生だ。
「あなた・・・”精霊”なの?」
モニカが確認するように問うた。
もちろん、少年の見た感じは全然違う。
ちゃんと実態があるし、濃い魔力も感じない。
そして当然ながら、少年は首を横に振った。
「そんな大それた存在じゃないよ。 ただ昔から君みたいに
盲目の少年が
するとルシエラは怪訝な表情を興味深げなものに張り替えて少年の目を見つめた。
「・・・その目は、魔力に焼かれたの?」
「ええ、5歳くらいだったかな」
「なるほどね・・・」
少年の答えにルシエラが僅かに痛々しげに表情を歪める。
何か分かったことがあるのか。
モニカが催促するようにルシエラの膝を軽く小突くと、ルシエラはこの盲目の少年の存在を説明した。
「
「なりそこない・・・」
モニカがオウムのようにルシエラの言葉を返す。
「私やモニカ、仙人や鬼みたいなのと違って、体の中の魔力と
そこからルシエラが説明してくれたのは、魔力に左右されるこの世界ならではの影の話。
簡単に人を殺しうる力を持った魔力、その力が最も向かいやすいのは他ならぬ魔力保有者本人である事は、今更いうまでもないだろう。
だが、その力が本人を食い殺すことがあるように、
そういった物は命こそ奪われなくとも、その力を得ることはできず、さりとて完全に使えぬ訳でもない状態が多いと聞く。
彼の感覚はそういった類のものだし、その目はその代償として失われたのだ。
ある意味で、全く未制御の
「隠す気はないの?」
モニカが少年に問う。
ある意味でこれは彼の最大の弱点であり、最大の武器である。
相手の内側を探れるなら、その能力はできるだけ秘匿しておくのが最も都合がいいはずだ。
だがそれに対する少年の答えは意外なものだった。
「僕なんかを警戒して、君がエリクに会わなくなったら嫌だからだよ。 君にとっては、僕みたいな存在は分かっていれば怖くもないだろう」
「エリクのため?」
モニカが問うと盲目の少年が小さく頷いた。
「エリクが背負おうとしている物は、彼には重すぎる。 僕達のように弱くもないけれど、君達のように強くもないからね。
だから、それも含めて君には感謝しているんだ」
盲目の少年はそう言うと、ゆっくりと微笑んだ。
その光のような笑みに俺達は飲み込まれそうになるが、彼の右腕が必死に力を込めて横の少女を抑えているのを見逃すことはなかった。
いつの間にか、彼の世話をしていた”下顎のない少女”が、俺達に向かってナイフを突き出そうとしていたのだ。
先程までの無関心はどこへやら、強烈な敵意を目に剥き出しにして顎がない口から言葉にならない怨嗟の音が漏れている。
少年が、少女の頭に顔を擦り付けるようにして抑え込む。
どうやら先程の俺達の少年に対する”警戒心”に反応したらしい。
モニカが肩を竦めて体重を後ろに戻す。
こんな光景を見せられてまで警戒心を持ち続けるほど、モニカの心は幼くはない。
番犬のようにこちらを威嚇する少女に向かって、今度はモニカが降参だとばかりに手を軽く挙げた。
少女の剣幕が僅かに緩み、少年の表情に感謝の色が浮かぶ。
「あんしんして、エリクはわたしの”前衛”だから」
それだけ聞ければよかったのだろう。
モニカの返答を聞いた少年の顔に満足げなものが浮かび、それに反応して下顎のない少女の剣幕が薄らいでいく。
依然としてこちらを気に入らないらしいが、主人の意向に反してまで敵対する気はないらしい。
これでようやく、話が”次”に動けるというものだ。
「・・・ところで、”あれ”は放置してても大丈夫なの?」
唐突にモニカはそう言って話題を変えると、今のやり取りの間に俺の観測スキルに引っかかった”新たな案件”へと、意識を向けた。
それで少年も気づいたのだろう、困ったように溜息をつく。
「もちろん駄目だけど・・・僕にはどうしようもないからね」
俺のレーダーには、明らかにここの孤児達ではない反応が写っていたのだ。
〇
盲目の少年の小屋の扉を開け外へと出ると、心配そうに見つめる孤児達を他所に、俺達は屑山の北側の端の方へと歩き始めた。
唐突に剣呑とした様子で出てきた俺達に不安そうにしているみたいだが、誰も”異変”自体に気づいた様子はない。
当たり前か。
『まずいな、南向きの風だ』
データを見ながら俺が毒づく。
謎の人影は屑山の北側から動く気配がなく、だが何かをしている様子が観測できる。
『あー、なにか”液体”を撒いてるな』
『やっぱり?』
モニカが俺に、呆れとドン引きの混じった感情を流す。
ついでに憤りも。
ゴミの山の風上に液体を撒く理由などそうはない。
『火でも点ける気か』
盲目の少年の話だと、なんでもこの屑山から孤児達を追い出そうとしている連中がいるらしい。
再開発が盛んなヴェレスの街にとって、ゴミ捨て場として敬遠されてきたこの場所は、最後に残った”フロンティア”でもある。
地価の高い街の中でこれだけ広い土地だ、分譲できれば凄まじい利益になるだろう。
そして先住しているのは、ゴミ同然の障害を負った孤児達だけ。
つまり”ゴミ処理”さえしてしまえば誰も口を挟まない理想の物件といえたのだ。
彼等の予想外だったのは、今日ここに俺達がやってきていたこと。
流石に無関係とはいえ、仲間の友人たちが燃やされるのを黙って見ている訳がない。
というかこのノリだと俺達ごと燃やそうとしているだろう。
知らなかったではすまされない行為だ。
そして、そんな俺達も予想外だったのは、この場所には、もう既に”守護者”がちゃんといた事だろうか。
「ほら、やっぱり急ぐ必要なかったじゃない」
後ろからルシエラの言葉が飛んでくる。
そんな事を言いつつも急いでいた俺達にピッタリとくっついてきた姉貴分は、盲目の少年の小屋を出るときに、それほど警戒することはないと言っていたのだ。
その時は何てことを言うのだと思ったものだが、これを見る限り、その言葉に間違いはなかったようだ。
「懲りない連中だ」
俺達の視線の先から、冷たい機械的な声が発せられる。
件の場所、何らかの液体をかけられて色の変わったゴミの山の頂の上で、大量のボロ布で全身を覆った剣士が、両手に2人ずつ、片足で1人を踏みつけながら麓の3人を睨みつけていた。
『完全に動けないわけじゃなかったみたいだな・・・』
その迫力に、俺の肝が冷える。
布の奥から見えない顔で睨みつけるエリクの師匠の放つ威圧感は、確かにまだ
掴んでいる者たちがいくら暴れても
「そんな・・・臥せっているって話じゃ・・・」
麓の3人の中で一番身なりの良い男が脂汗を浮かべながらそう呟く。
どうやら今日襲ったのは偶然ではなかったらしい。
エリクが俺達を呼ぶほど状態が悪化しているとなれば、当然ながら狙っている相手だって同じような結論に達するのはそれほどおかしなことではないということか。
ただし、俺達とバッティングしたのは完全に運が悪いが、まだエリクがいただろうに。
あ・・・いや、今日は本来エリクは出掛けてる筈なのか。
そう考えると、彼等は純粋にかなりツイてない。
それでも師匠の見立てに関しては、完全に見誤ったみたいだが。
「お前達を退けるだけなら、力などいらん」
先ほどまでの弱った姿はどこへやら・・・いや、立つことすらおぼつかない足取りでありながら、それでもまだ
「のわっ!!??」
最後の1人の直撃を受けて、一番身なりの良い男が潰された犬のような声を上げる。
どう考えても、彼等ではどうしようもない。
気づけば俺達の足は完全に止まっていた。
後ろから、エリクが血相を変えて走ってくるのが後方視界に見える。
あまり弱ってないのかもしれない。
だがその時、麓で事態を見ていた1人が、手に持っていたランプを
破れかぶれの行動だろうが、
それも、たぶん可燃性の。
ランプは当然、魔力式の高級品ではなく燃料を燃やすタイプ。
このままでは引火してしまう。
そう考えた俺は即座に思考速度を急激に加速させ、出来うる選択肢を並べて判断した。
水生成魔法・・・は油の場合危険だから・・・空気を抜く!
エリクの師匠ごと攻撃することになるが、
ただ、その消火策が実行に移されることはなかった。
忘れていた、このクラスの剣士は文字通り
炎の中に
一瞬にして化学反応を消し飛ばされた燃料の残りが、後にポトリと地面に落ちる。
当然、引火はしない。
俺もその様子をただ、”あれ? 火は消してもまだ自然発火温度は超えてるんじゃないの?”とか思いながら、呆然と見ていた。
すると更に何かしようとしていたらしい、屈強な何人かが冷や汗を浮かべて固まった。
それを見てモニカがゴクリとツバを飲み込む。
別の方向にいるモニカがそんな反応なのだ、直接剣を向けられている連中の恐怖は相当なものだろう。
実際、屈強な数人はそれだけで縫い付けられたかのように固まっていた。
身なりの良い男が手近な護衛の肩を掴んで叫びながら揺さぶるが、彼は冷や汗を浮かべて恐怖の表情で
まるで動いた瞬間、距離など関係なく切り飛ばされると思っているかのようだ。
「
「・・・みたいだな」
”それより前”とか言ってるが、何かラインめいた物は見えないのでたぶん普通に後ろに下がれってことだろう。
『もやされそうになったのに、逃がすのかな?』
モニカが少し不思議そうに聞いてくる。
確かにやられたことを考えたら、斬り殺したって正当防衛だろうに。
『いや、それが”ここの住民”が置かれている”立場なのかもしれない』
『立場って?』
『たぶんここの孤児って、正当な理由でここに住んでいるわけじゃないんだよ』
考えてみれば当たり前だ。
ゴミ捨て場とはいえこんな街中の広い土地、孤児が何人集まっても所有できるわけもない。
ある意味で彼等は力づくで占有しているのだ。
何されたって助けを求めるのはお門違いだろう。
後ろに控えるエリクの表情には、そんな難しいやるせなさそうな色が浮かんでいる。
だが、それを理解したモニカは視線を悪漢達に向けると、
「・・・でも燃やすのはちがうでしょ」
小さく呟いた。
その瞬間、屑山の空気が僅かに怒気を孕み、
感覚の鋭い者なら口の中が泡立つような感覚や、手足の先が痺れるような感覚を覚えることだろう。
エリクが真っ青な表情になり、ヴィオが慌てて俺に状態を聞いてくるので落ち着くように答える。
俺が魔力を抑えているのでモニカは何もしてない。
実際、モニカに何かをする気はなかった。
それくらい社会性はもう身についている。
ただ、”怒っていた”だけだ。
モニカはまだ権利の所在や、罪の在り処、彼等の立場や”どうあるべきか”といった高度な社会問題を噛み砕き理解することは出来ない。
ただ、”住処を潰される悲しみ”は知っている。
魔力の伴わないその”怒気”は、だが殺気や闘気といった”分かりづらい感覚”を容易に押しのけ、全ての者の視線をこちらに引き付けた。
悪漢達がこちらを向き、エリクとルシエラがこちらを向き、
澄ました顔なのはルシエラと
唐突に現れた、俺達の存在に場が文字通り固まる。
だが、そんな状況で不思議なことが起こっていた。
俺達はこんな小さな少女の姿だというのに、最も青ざめたのは、内なる実力を見抜けそうな屈強な者達ではなく、意外にもそんな物は見抜けなさそうな、
「あ・・・ああ・・・」
身なりの良い男が俺達の顔を見ながら人差し指をこちらに突き出す。
その指は震えている。
「き、き、き・・・”北のモニカ”!!?」
男がそう言った途端、悪漢たちの間に急激な”恐怖”が伝播していく様子が観測できた。
ん? なんだ?
「み、見逃してくれ!! 俺達は”人攫い”はやってねえ!!」
悪漢達がそう叫びながら、
全員の目に浮かんでいたのは、まるで魔獣を前にしたような恐怖だった。
悪漢達の姿が見えなくなるまで、僅かな時間しかかかってない。
蜘蛛の子を散らすといわんばかりのその無秩序な逃げっぷりに、こちらは呆気に取られるしかなかった。
モニカの放つ怒気も、そんな反応を前にして持続できるほど強くはない。
平穏が戻ってきた屑山の上で、
「エリク、周囲を見回ってこい。 あの反応、まだ人攫いが残っているかもしれん」
「は、はい!」
するとその姿の手前側に、ポンと手を打つルシエラの姿が見えた。
「ああ、煙で追い出して、出てきたところを捕まえようとしてたかもしれないってこと」
「売れないわけではないからな」
何かを納得したらしい彼女に
ここの住人達は、ほぼ全員が何らかの障害を負っているが、それでも売れる場所はあるらしい。
まったく。
それにしても”燻り出し猟”とは、もしそうなら酷い連中だ。
そうでなくとも酷い連中だというのに。
『ヴィオ、この近辺の観測データだ』
『ありがとうございます』
俺の観測スキルに目立った反応はないが、ここに詳しい彼等ならなにか見えるかもしれない。
あとすることは・・・
「よし、こんなもんかね」
いつの間にかゴミの山を登っていたルシエラがそう言って、地面に何かの魔法を放つ。
すると、地面にかかっていた液体が何らかの化学反応を起こして変質した。
可燃性が取れたのか、調べてみると大部分が水分で、適当に分子をくっつけた様な不揃いな物質が混じっていた。
これでは火をつけても安定して燃焼できないだろう。
俺は記録に中に、この方法をメモした。
満足気なルシエラと代わるようにゴミ山を降りる
だがその足は、なぜだか俺達の方に向いていた。
モニカが少し驚いた表情で横にちょっとズレるも、先方の動きは追尾するように曲がった。
いつの間にか、眼前にまで迫られていた。
吹けば飛ぶようなその弱々しい足取りに、モニカが冷や汗を浮かべながらタジタジになる。
モニカが助けを求める様にルシエラを見るが、彼女は一瞥して俺達に危険は及ばないだろうとばかりに、液体の中和残しが無いかの見分に戻るだけ。
いや確かに危険は無いだろうけど、問題はそっちじゃなくてだな・・・
「モニカ・シリバ・・・いや、今はヴァロアらしいな。
お前に伝えておくことが一つだけある」
何を言われるのか。
「お前は”カシウスの最高傑作”ではない」
だが、言われたのはそんな事。
俺達は怪訝な表情を浮かべるしかない。
「最高傑作はあなた?」
モニカが問い返す。
ただちょっと、”自己顕示欲が強いんだなー”とは思うが。
だが彼の話はそんな”みみっちい物”ではなかった。
「・・・お前と違って、自分など比較対象にもならん」
「それ教えてくれる?」
モニカの問に、
「もう、昔の話だ。 だがその事だけは覚えておけ、いなくなった者に縛られるのは馬鹿馬鹿しいと」
案外、感情剥き出しのこの機械人形にしては妙なくらいに。
そして彼はそのまま、自らの寝床の方へと歩き始めた。
「どういう意味があるのかわからないけど、教えてくれてありがとう」
どう見ても、”カシウスの最高傑作”とやらを答えてくれる雰囲気ではないし、俺達も聞く気はない。
何やら藪蛇の予感しかないしな。
だが困惑は残ったまま。
『だが、俺達が”カシウスの最高傑作”ではないって、どういう意味だ?』
『なんだろうね』
だが何となく、俺は薄っすらと心当たりのような物を感じていた。
もしかして
俺を知っている訳はないから、モニカから感じる”俺”の匂いに対して。
”カシウスに囚われるな”と。
そう思うと、つい最近聞いたばかりの”息子”の言葉が脳裏をよぎる。
俺が自身を”カシウスの複製”とした答えに対する、あの返答。
”そんな勘違いをしていたのですか”
その瞬間、何かが俺の中でガチャリと音を立てたような気がした。
だがどこを探しても、空いた扉はない。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「・・・ごめん、諦めてくれるかと思ったけど」
周囲の安全確認を終え、戻った足で師匠の説得を続けたエリクは、夕暮れ時にどっと疲れた様子でそう言った。
結局お師匠さんは、エリクの説得にも頑として意見を変えなかったらしい。
その様子は俺もヴィオ伝に観察していたが、梃子でも動かないとはこの事だとばかりである。
最近思春期が混じってプライバシーを気にするあの子も、流石にこの件を隠す気はもうないようだ。
「仕方ないわよ、あれの頭は硬いわ」
エリクの言葉にルシエラが答えて宥める。
半分冗談で、もう半分はかなりの実感を伴ったその言葉に、俺達は苦笑するしかない。
だが正直なところ、俺もモニカも内心でホッとしていた。
ゴーレム技術者として信頼してくれたエリクには悪いが、俺達はあくまでゴーレム技術者の”ヒヨッコ”。
条件付きであれより強くてパワフルなゴーレム機械を作れるようにはなったが、使われている技術には依然として天と地ほども差がある。
一応、動いてる分だけ北の大地で眠るクーディやコルディアーノより簡単だろうが、それでも今直せるかと聞かれれば”怖い”。
”難しい”ではない。
得体のしれない、何がミスかもわからないレベルの世界では、唯の棒であってもどんな意味があるか分かったものではないのだ。
そして、だからといって知り合いの高度技術者を紹介するには、あの師匠はあまりに危険すぎる。
いくらエリクや孤児達に頼りにされてるとはいえ、俺達にしてみれば、まだ去年のあの恐怖は記憶に新しい。
達人の本物の殺意に晒されるというのは、後々に残る傷を心に残す。
表向き気丈に振る舞っても、俺達はまだそれを払拭したとは言い切れない。
「その内、気が変われば良いけど」
だからルシエラのそのケロッとした態度が気になった俺は、こっそり感覚器を伸ばして耳打ちした。
「ルシエラは気にしてないのか?」
「・・・ん? 何を?」
彼女の長い髪に紛れ込ませた感覚器を掴みながら、ルシエラが小声で聞き返す。
美人というのは、この程度の不審な動作なら格好良く決まるからズルい。
「あのゴーレムにはかなり酷い目にあったんだろ?」
「まだ、ぶっ壊したいほど怒ってないかって?」
「まあ・・・そうだな」
俺がそう答えると、ルシエラは酷く心外そうな表情で
「そんな気分じゃないわよ」
ルシエラは短くそう言うと、不機嫌そうに俺の感覚器を手放した。
・・・なにか失礼なこと言っただろうか?
「ところで、まだ、隠してる事ある?」
そんな俺達を他所に、モニカはモニカでエリクにそんな事を問うていた。
当然、エリクはビックリして慌てて目を伏せる。
「・・・ごめん。 まさか師匠と敵対していたなんて」
エリクはそう答えると、心底恐縮したような表情になった。
確かに、事前に師匠が”機械剣士”だとでも聞いていたら、ある程度は予想できていたかもしれない。
ただ、それをいうなら俺達だって去年のあの”騒ぎ”の関係者であることを隠さなければ、ということになる。
結局、安易に事態を隠そうなんて考える方が悪かったのだ。
それにモニカが聞いたのは、そういうことでは無い。
「それはいい。 でもまだ何か隠してない? あの”トルバの魔導剣士”からなにか言われてたでしょ?」
メルツィル平原での別れ際、あのグリソムが言った”男の約束”の内容。
モニカはそれを把握しておきたいのだ。
普通なら気にも止めない軽い冗談であっても、相手が相手だけに無視するわけにはいかない。
特に今は。
するとエリクはバツの悪そうな表情で、だがすぐに答えてくれた。
「トルバの”騎士学校”に推薦するって言われた。 それも”魔導剣士”の修行ができるって」
『・・・あ、やっぱり』
モニカが俺に呟く。
「それって・・・”ヴェスト・ゴート”?」
モニカが口にしたのは、トルバの連合が運営する士官学校の名前。
ある意味で先天的な高位スキルや、選ばれた瞬間からほぼ最強な勇者と違い、魔導騎士には成るために特殊な訓練が必要だ。
そして魔導剣士養成課程を持つ教育機関は、”ヴェスト・ゴート”唯一つしか無い。
アクリラ大祭の対抗戦で当たったこともある。
あの俺達の皮膚をデロデロに溶かして血まみれの包帯塗れにしてくれたところだ。
正直、思い出の中ではレオノア戦よりも苦痛だったかもしれない。
ああ、思い出すだけで全身が物凄く痛い。
あの痛みは未だに夢で見るからな。
「エリクはその話受けるの?」
モニカが問う。
称賛、感激、不安、寂寞、葛藤・・・
その言葉に含まれた感情は酷く複雑なものだ。
だが、エリクの答えは意外にも即座に返ってきた。
「受けない」
あっさりと、だが迷いのないその返事にモニカも後ろのルシエラも戸惑う。
無理もない、これ以上の良い話は世界立の騎士学校である”トリスバル”への特待生くらいのものだろう。
それをあっさりと蹴るのだ。
それが彼の人生でどれほどのマイナスになるか。
ただ、エリクの心は彼の師匠のように硬いものだった。
「まだ、”ここ”がある」
そう言うとエリクは後ろを振り返り、先程の迫力はどこへ消えたのか力なく歩く彼の師匠の背中を見つめる。
「師匠の姿を見ていたい」
彼は心に決めていたのだ。
自分が真に”英雄”と見た存在の生き様を、その最期までを心に刻むのだと。
彼が目指す姿は、”魔導剣士”ではなくそこにあるのだと。
俺達は先程見た、”守護者”としてのエリクの師匠の姿を思い出す。
壊れかけているが、それは間違いなく
エリクはそれを支え、それを継ごうと考えている。
ある意味で、その選択は”英雄”だった。
それでも俺達が、またも内心でちょっとホッとしたのは間違いない。
せっかくここまで手をかけて強化した、
だが同時に、俺の良心は彼はこの話を受けるべきだと結論づけていた。
魔導剣士の教育をタダで受けられるチャンスなど、剣に人生の全てを捧げたところで得られるものではない。
エリクの人生を考えるならば、これ以上の選択肢はないはずだ。
・・・筈なのだが。
エリクの澄んだ目を見ては、俺もモニカもそんな無粋なことを言えるほど、まだ人はできていなかった。
するとエリクは己の腰に下げた剣を軽く揺する。
「それにヴィオがいないと俺は弱いし」
いや、そんなことは無いと思うぞ。
俺は心の中でそう突っ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます