2-21【静かな雨音 7:~魔獣教師~】
この一週間は、俺達の心配を他所に随分と穏やかな日々が流れていた。
いつもの様に授業を受け、いつもの様に友人達と笑い、摩訶不思議で足元を掬いに来る魔力回路と格闘する。
当たり前のようにトラブルめいた要素はない。
強いて言うなら、スコット先生の様子が変なことくらいか。
活動報告のときもまだ、なにか考え事をしている様子だったのだが、トラブルではない。
とにかく、魔王に命を狙われているという、凄まじい響きの状況とは思えない日常に、俺たちの警戒感も最初の方ほどトゲトゲとしたものではなくなっていく・・・
なんとも気が抜けるものであるだろうか。
もっとも現在、こう書くには随分と物騒な情景の中に俺達は居るのだが・・・
ほら、今も直前まで俺達の立っていた”丘”が跡形もなく吹き飛んだではないか。
『うひい!!?』
超音速で飛んでくる小石の弾丸の恐怖を、”当たってもノーダメ!”と必死に自分に言い聞かせながら無視して、次の一手をモニカに指示する。
モニカも一言も発することなく、
声を発している暇はない。
間髪入れずに、またもや足元が大爆発を起こして弾け飛んだ。
一瞬にして視界が下方から飛んできた噴煙に塞がれて真っ暗になり、文字通り弾丸の雨のような高温の小石が前屈みになった俺達の腹に大量に直撃する。
いくら身体強化がしっかりしてきたとはいえ、グラディエーターの装甲でなければ大怪我は免れない。
致命傷にならなくなってから一年も経ってない至近弾に、俺の中にまで大量の恐怖が流れ込んできた。
さっきから、モニカが”生命の危機”をビンビンに感じるくらいの事象が連発しているわけだが、もちろん本当に危険な状況にあるわけではない・・・ということになっている。
「ほらほら! まだまだ感覚に”迷い”があるぞ!」
逃げた先に放たれた一撃の向こうから、目下の”危機”の原因が現れて叫んだ。
上半身だけ女性の裸身、それを圧倒する巨大な太い体に、マルタのような太さが細長く感じるほど長い脚が、8本。
アクリラの”3トップ”、規格外の強さを誇るアクリラ教師陣の中でも頭2つは飛び抜けて強い、魔獣”アラクネ”。
みんな大好きスリード先生だ。
「つぎ!!」
「ぬっ!?」
スリード先生の前側2本の脚がぶれ、超高速の影が追うように俺達に襲いかかる。
俺の支援でブーストされたモニカの危機感知能力が、超反応でそれに気づいて向きを変えようとする・・・のを必死で我慢した。
同時に展開していた俺の”強化情報システム”が、その感覚がスリード先生の”ブラフ”による誤認と示していたからだ。
すると案の定、モニカが一瞬だけ向かおうとした場所に隠すように振られていた脚が命中して爆炎をあげる。
とんでもない噴煙が俺達を打ち据えるが、これでも命中した威力からすれば屁でもない。
ただ高速でぶっ叩いているだけなのだが、先生のパワーが強すぎるせいで衝撃の殆どが熱に化けるのだ。
だが感心したり恐れ慄いている暇はない。
強化情報システムが次なる一撃を観測して、回避を進言してきた。
だが今度はモニカが感覚でそれを無視して逆方向に逃げる。
するとシステムが示した回避地点が一瞬にして消滅したではないか。
意外と狡猾なスリード先生が、今度はこちらの観測能力を逆手に取って攻撃方向を捻じ曲げたのだ。
感覚と観測。
そのどっちかは致命的な間違い。
そんな二者択一になんとか今度も正解した俺達は、魔力ロケットの噴射で距離を取りながら、俺が即座に観測スキルに修正をかける。
信じると足元を掬われかねないが、この怪物相手では生命線でもある。
それも文字通りの意味で。
こんな神経を擦り減らすような選択の連続が、もうずっと続いていた。
なんで俺達がこんな目にあっているかというと、もちろん訓練のためである。
そう、元々、戦闘系授業のキャンセルと引き換えに、数ヶ月に一度予定されていたスリード先生との”特別授業”だ。
だがそれは、直近の情勢の変化に伴ってその内容を大きく変化させていた。
ただ単に俺達の能力の確認だったそれが、”大魔将軍:シセル・アルネス”との戦闘を想定した全力戦闘訓練へと変貌していたのだ。
まったく、迷惑な話である。
そのため、安全確保のために普段の訓練で俺達に設けられているような”制限”の類は一切なく、生徒保護のための防護系もかなり薄い。
いや、結界魔法が無いわけではないどころか、普段より遥かに強力なものが使用されているのだが、使われる攻撃の威力がそれを凌駕してしまっているので、相対的に”事実上の生身”なのだ。
ほら、今のスリード先生の脚が地面を数百m単位で吹き飛ばすのを見ただろ?
あんなの防げる防御など、そう簡単に用意できようか。
当然、そんな事を街中でできるわけがなく、スタジアムを何度も壊す訳にもいかないので、街からは離れた場所でやっている。
アクリラの街から南東に40キロほど移動した場所にある、なんの変哲もない草原・・・1時間前までは確かに草原だった荒れ地の、約20km×20km四方の空間がその舞台だ。
ここはギリギリアクリラ行政区内だが、管理は3大大国共同という非常に明言のしづらい土地である。
一応アラン先生が干渉できるみたいだが、訓練前にここに顕現した時は、随分と薄く感じたものだ。
そのなんの面白みもなく周囲数百kmと比べてなんの変化もない平地は、たまたま街道や市街地から離れていた事で、普段から各国の派遣した生徒達の大規模戦闘訓練に使われていた。
山一つを吹っ飛ばすような魔法を乱発するための場所といえば話が早いだろうか。
というより、吹っ飛ばすために山を
今回のように大抵、開幕早々無くなるのにご苦労なことである。
ちなみに今回のテーマは、”とりあえず大魔将軍級のスーパーフィジカルを肌で感じてみよう!”である。
なんと無茶苦茶な話か。
ロケット噴射で距離を取ったところで、モニカが
別に攻撃しちゃいけないなんてルールはない、ただ単にそんな暇がなかっただけだ。
もちろん魔壊銃のパワーが強すぎるのもあるけれど、そんな事は言ってられない。
それにどうせ・・・
案の定、スリード先生がこちらの攻撃を”見てから避ける”光景が目に飛び込んできた。
こちらの動きを読まれたんだろうけど、まさか殆ど光の速度で発せられた光線を避けられるとは思わなかった。
だが、発生した破壊の威力にスリード先生の表情が一瞬で変わる。
「・・・!?」
きっと避けられたのは、数百年に渡って磨かれ続けた彼女の”生存本能”が反応したからなのだろう。
それもそのはず、スリード先生を捉え損ね彼女の足下へと直撃した俺達の”破壊光線”は、そのまま殆ど無抵抗に地面に潜り込むと、1kmほど先の地面を大きく盛り上げたかと思うと、そのまま驚くべき音量で持って大爆発を起こしたのだ。
相変わらずの貫通力だこと・・・爆発は射線上に地下水源でもあったか。
完全に火山の噴火な光景から飛び出された巨大な噴石を、スリード先生が拳で迎え撃って砕きながら、酷く好戦的な表情をこちらに向けた。
『あ・・・これって”ヤバイ”やつ?』
『完全に変なスイッチ入れちゃったかもしれん・・・』
モニカが冷や汗を流しながら発した問に、俺も冷や汗を上乗せしながら答える。
いつもの優しげな表情が完全に吹っ飛び、魔獣の血走った目を向けるスリード先生の姿は、不思議なことにいつもよりも小さく見えた。
いや、”圧縮して見えている”というべきか。
いつもなら折れてしまいそうにさえ思える先生の長い足が、今やギチギチに詰まった筋肉の膨らみで全てを吹き飛ばしながらはち切れそうだ。
「なるほど・・・良い攻撃をもってるね」
そうやって褒めてくれる声が、気のせいか猛獣の唸り声に聞こえた。
いや、受ける印象が完全に魔獣の咆哮だ。
あまりの恐怖に、下半身から血の気が一気に引いて感覚が消えていく。
普段やんちゃな幼児と戯れるとっても優しいスリード先生は、残念ながら今日はお休みらしい。
スリード先生がニヤリと笑う。
「じゃあ、次はそれを当ててみようか!!!」
その言葉の音波が俺達の耳に入った瞬間、スリード先生の足下が弾け飛んで彼女の姿が完全に消えた。
パッシブ防御スキルを始めオート動作の緊急回避が警鐘を打ち鳴らし、背部のロケットスラスタが俺達の体を横薙ぎに吹き飛ばす。
間一髪のところで、飛んできた前脚2本の攻撃を回避し、そのまま力任せに噴射を続けて追撃の2本を躱して、更にモニカが身体を捻って最後の2本を躱す。
破れかぶれで内側に逃げるという愚策を取らされたが、最も後ろの2本の脚は加速に使って固定されている。
むしろ俺達の得意空間である接近戦に持ち込めた。
身長の大きく違う俺達がスリード先生に勝つには、それを埋めてしまえるほど懐に飛び込まなければいけない。
そうなれば、ガラ空きの巨体の下から・・・
だが俺達はそこで”フィジカルの差”という言葉の意味を、大いに思い知った。
唐突に頭上に見えていたスリード先生の巨体が、”グリン!”という擬音を残して変形し、そのまま回転しながら俺達の下に潜り込んだのだ。
咄嗟に魔力炉から【思考加速】に魔力をブチ込んだおかげで、俺達はその光景をハッキリと見ることが出来た。
本来入らないはずの小さな空間に、地面をそもそも存在しないかの如き力で掘り返して身を捻り込むスリード先生の姿を。
スーッと頭と肝が冷える。
”上”の取り合である地球の動物と違い、この世界のフィジカルモンスター共の肉弾戦は極めると”下”の取り合いに行き着く。
理由は簡単だ。
試しに音速くらいの速度で腕を振り下ろしてみればいい。
その程度の速度でも、実際には案外難しい事に気づくだろう。
きっとある一定のところから加速できずに、体が上にすっ飛んでいった筈だ。
そう、”作用反作用の法則”に従うせいで、振り下ろす腕に込められるエネルギーには”体重”という限界があるのだ。
そして魔力で筋力が大幅に増強できるこの世界で、体重というのは物凄く軽く頼りない。
だから振り下ろし攻撃というのは見た目ほどの威力は得られないのだ。
だが下から上に突き上げる攻撃はその限りではない。
地面で体を固定できるので、振り下ろすよりも遥かに強力な力を込められる。
これがこの世界で、体格が強さにそこまで直結しない大きな要因となっていた。
そして、これこそが俺達の誰にも奪えぬ強みと思っていたのだ。
最近ようやく、同年代の純人の平均身長がすぐそこに見えてきたような気がしないでもない小柄な俺達にとっては尚のこと。
だが、まさか10m級の魔獣に腹の下に潜り込まれる日が来るなんて。
スリード先生の強烈な拳が胸に突き刺さる。
幸い強化装甲を破るには至らなかったが、凄まじい衝撃が俺達の体の中を駆け抜け、その痛みに意識が飛びそうになる。
モニカはギリギリのところで意識を繋ぎ止めるが、踏ん張りきれなかった俺達の体が、大砲以上の速度で空中に向かって打ち出されるのを止めることは出来なかった。
一瞬で視界が空で埋め尽くされる。
だが恐ろしいことに、下を見ればスリード先生がそれ以上の速度でジャンプし、一瞬で距離を詰めてきているではないか。
空中でアラクネの巨大な下半身を大きく動かし、その巨大なエネルギーを相対的に小さな上半身の拳に集めていくのが見えた。
これでも喰らえとばかりに、制御魔力炉の排気弁を開けて大量の排魔力をブチ当てるが、勇者を押し留めたそれをスリード先生は全く意に解することなく。
むしろ利き腕と逆の腕を払うことで引きちぎり、その反動を借りてさらなる加速を見せていた。
逃げるには姿勢を変えねば。
『はね!!』
『間に合わん!!』
今から翼を展開したのでは遅すぎる。
だからその代わり俺は強化装甲の表面を変形させ、魔力炉の排気で空気をコントロールする事にした。
即席で不完全だが、避けるだけなら問題ない。
すんでのところでスリード先生の拳が体を掠めると、魔力ロケットの噴射で続く脚の連撃を避ける。
向こうはここまで強力且つ能動的に軌道を変化させる手段は持っていいない・・・なんて思ってました!すいません!?
恐るべきことに、スリード先生の蜘蛛の脚から”毛”のようなものが一斉に逆立ち、脚の太さが3倍くらいに膨らんだように錯覚すると、その脚をこちらの感知可能速度を超えて動かして空中を
衝撃波で白く濁った空気の膜を、まるで足場にしながら大蜘蛛の体が空中を飛び回る。
・・・というか這い回る。
過去にも似たようなものを見たが、勇者や魔導剣士のそれと異なりこれは純粋に空気抵抗と暴力的パワーの合わせ技だ。
そう、スリード先生は今回、”身体強化”以外の魔力行為を全く使っていない。
”まずは、上位種に覚醒した魔人の身体能力を肌で感じて、覚えようか”
今日、この訓練を始めるときにスリード先生が語った言葉だ。
それを聞いて俺達は、とりあえず”本当にやばい状態”にはならないだろうと高をくくった。
正直、俺達の身体能力はアクリラ基準であってもかなりのものになりつつあるからな。
もう同世代に素のフィジカルで遅れを取る存在はいなくなったし、グラディエーターを着ていいならその範囲は高等部や教師陣にまで広がるだろう。
つまるところ、俺達はすっかり天狗になっていたわけだ。
その鼻っ柱は、ご覧のように腕力だけで捩じ切られてしまったが。
ただ、流石に牽制で放った”破壊光線”を避けずに弾くのはいくらなんでも酷いと思う。
『なんで!?』
あまりの理不尽さにモニカが声を上げる。
防御もなしの人間部分のお肌が、山を貫く光線にビクともせずに弾き飛ばしている光景は、いくらなんでも絶望的に過ぎた。
勇者の”超回復”とは違う、単純に威力不足によるその現象は、俺達の心をいとも容易くへし折ってしまう。
こうなってしまえば、逆転のチャンスが有ろう筈もなく・・・
こうしてスリード先生との最初の特別授業、彼女との戦闘訓練は、俺達の無情なまでの惨敗に終わった。
アクリラ最強の壁はまだまだ分厚かったらしい。
◯
「なんで負けたのか分かるかい?」
化け物2人が好き勝手に動いたせいでボコボコに掘り返され、魔壊銃を乱射したせいでそこら中で吹き出す火山から漏れ出た溶岩溜まりが作る壮大な景色を、”こういうのも大自然というのかなー”的な事を考えながら眺める俺達に対し、スリード先生が優しく問いかけた。
それに対し、未だショックを受けた様に呆然としているモニカの代わりに、俺がフロウの手を上げる。
「絶望的にフィジカルが足りません」
簡潔に答えを述べると、モニカが肯定するように頷く。
俺達とスリード先生が戦って嫌というほど思い知らされたのが、あまりにも絶望的な身体能力の差だ。
分かっちゃいたけど、
それでも一応、”グラディエーター”と”デバステーター”の差はあれど、この半年で大幅なアップデートを何回もしているのだ。
だがスリード先生の身体能力は、そんなものを意に介さない程の出鱈目さ。
ちょっと・・・いや、かなりショックである。
「そうだね、まず単純に力が足りないね」
はっきり明言された事で、モニカがガックリと肩を落とす。
一方の俺は、”先生から見たら全員そうでしょうよ”と突っ込まざるを得なかった。
「まあ君の体は、まだこのレベルの運動に付いてこれる程、出来上がってないからね。
それをここまで持ってきているだけでも驚きだよ」
「まだ、12歳になる前ですからね」
俺がそう答えると、スリード先生が頷く。
「うん、そして今はそれが君達の足を引っ張っている」
先生が核心を突く。
驚異的に進歩している技術とは対照的に、実は弱体化している部分がある。
俺達の”素のフィジカル”だ。
まず普通に考えて、しっかりとした体に成長するまで、あと5年は見ておかないといけない。
だが問題はそれだけではなかった。
データを見比べてみると分かりやすいのだが、成長期で身体バランスが大きく変わるせいで、基礎能力が去年より悪いのだ。
”力の使い方が分からなくなっている”というべきかもしれない。
実は最近、結構はっきりと背が伸び始めたし、胸だって膨らまないまでも”張り”を感じる瞬間がある。
この”成長期”というのが、想像以上のデバフとなって俺達に伸し掛かっていた。
魔力で強化するとはいえ、その限界は身体安定度に大きく左右されるのだ。
以前より全ての要素に対して、制御できる精度が落ちてる。
前は99.999%の精度だった物が、今は99.9%まで落ちてるって具合かな。
精密機器なら”全部破棄”レベルの劣化である。
すると俺の言葉にモニカも何かを感じたのか、自分の胸を軽く揉む。
やっぱり、ちょっと痛い。
「単純に機動性を上げるだけなら、やっぱり今の方式だと、どうしても俺達の体がネックになって」
結局の所、”グラディエータ”では”俺達の限界値”という制限がどうしても重く伸し掛かってきてしまうのだ。
そうなると、”限界点”はどうしても低めに設定しなければならない。
だが、在野の名もなき冒険者の魔法士ならいざしらず、俺達の立ち向かう世界にフィジカル無しで向かうことは出来ない。
ただ・・・その”解決策”は分かってんだよなぁ・・・
「レオノアと戦ったときのあれ、あの”巨人鎧”ならその問題もなかろう」
「”デバステーター”ですか?」
俺がそう言うとスリード先生が頷いた。
「そうだ、なぜまた作ろうとせん? シセル・アルネスは、あれくらいないとどうしようもないぞ?」
”あれくらい”って・・・
「そんな簡単に言わないでくださいよ」
スリード先生の言葉に俺は困ったように返答する。
「一応、準備はしてるんですよ。
予算も多分クリアできるんですが、まだ少し時間があるので仕様を煮詰めたいんです」
俺はそう言って言葉を濁す。
最強クラス相手に命がけで戦うかもしれないのだ、前回のような突貫品で相対したくはない。
「だが、ギリギリで作っては慣れる時間もないぞ?」
「はい、なので丁度いい頃合いを考えてるんですが、今はまだ材料も揃ってないので」
俺がそう言うと、スリード先生は”なるほど”とばかりに肩を竦めた。
「なら、少しでも元を鍛えるしかないか。
それにあの”巨人鎧”でも、君達の身体能力が足を引っ張っている場面は見られたからな」
俺の鈍色の答えに、スリード先生が結論を出す。
当たり前といえば当たり前の。
シンプルと言えばシンプルな。
だがモニカはその言葉にビクンと体を緊張させた。
そして驚愕の表情をスリード先生に向ける。
額に冷や汗を浮かべながら、”またあれをやれというのか!?”と表情だけで叫んでいた。
だがモニカも甘いな。
「よし! じゃあ準備運動も終わった事だし、今度は
そう言いながらスリード先生が、グルリと肩を回す。
高速ではないが、あまりのパワーに空気がバチンと弾けた音がした。
そして俺達は彼女の言葉に固まってしまう。
「『え?』」
”全力の私”?
っと、呆けた俺達の前にグシャッと大きな音を立てて、丸太のような脚が突き立つ。
スリード先生の顔は、まるで”準備運動が終わったところだ”と言わんばかりに血色が良い。
それに気のせいか、全身の動きが前よりも鋭いではないか。
モニカが冷や汗を額に浮かべながら、ゴクリと唾を飲み込む。
それから俺達は、地獄を見た。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「いたたた・・・」
夕方、ちょうど夕食時になった頃、モニカが腰のあたりを擦りながら、俺達は帰路の道を歩いていた。
擦っているのはちょうどスリード先生の脚が直撃し、曲がっちゃいけない角度でくの字を通り越して一の字に折れ曲がった辺りだ。
完全に治療した後だが、どうしても痛みの残滓が残っているような感覚を覚えるのだ。
同様の箇所が全身に何箇所もある。
地味に”後片付け”も効いてるかな。
徹底的に破壊し尽くした大地を、元の平地にするのは、そりゃもう大変だった。
すると、そんな様子の俺達に、さっきからロメオが鼻面を擦り付けて心配してくれていた。
いや、こいつの場合は単に飯を喰ってるだけか。
「そんなに魔力ばっかりたべてると、おなか壊すぞー」
モニカが力なく言った。
今は空を飛ぶのも億劫な気分なのだ。
『ロン、ちょっと話そう』
もうすぐ知恵の坂が見えてくるというところで、徐にモニカがそんな事を言ってきた。
『なんだ、気晴らしか?』
喋ることで痛みを紛らわせようということだろう。
『それもあるけど・・・あの”イセキ”にいたあの人のこと。 ちゃんと相談できてないなって』
『ああ、”自称:俺達の息子”ってやつか』
ちなみに俺の呼び名は”ロン爺”だったので、俺の息子ではないらしい。
あれ? なんか”俺の息子”みたいな事も言ってたような・・・気もしないな。
そういえば、”あの件”についてあれから俺達が本気で相談する事はなかったか。
なんというか、内容的にも触れづらいせいか話題がその方向へ向かおうとすると、どちらからともなく避けることが多かったのだ。
”直視したくない”というのが正直な感想である。
だが、そんなウダウダ言ってる時間は終わりらしい。
まあいい。
『なんというか、不思議なやつだったな。
あいつの言葉が本当だったのかはおいておいて、とんでもない存在なのは間違いない』
当然ながら俺だって、あれから自分なりの方法であの男の存在について検証はしていた。
”未来からの干渉”の仕組みだって、細かい所はかなり”強制忘却”されてしまっているが、推定含めて概要くらいは掘り起こしてある。
『で、どうなの?』
『どうなのといわれてもなー』
とりあえず俺は数々のシミュレーション結果をメガネに表示させてみる。
口ではどうも説明しづらい。
なんとなく感覚で掴んだのは、複数の時間をあの”神殿”の建物が剣のように貫いて、その穴から向こう側を覗いているような感覚だ。
俺達の認識が低次に固定されているので、あの男が同じ場所に居たように錯覚しただけで、実際には彼はずっと”先の時間”に居たまま。
そこまでは分かる。
だが理解するために様々な条件で仮想実験を行ったところ、そのどれもが”何を言っているんだお前は”的な回答を返すばかりだった。
当たり前だな。
『うーん、わかんないね』
『客観的に考えるなら、詐欺師かなんかが俺達の息子を語ってのが、やっぱり真っ当だな』
俺が自分の思う一番妥当な答えを示す。
だがモニカはそうは思わないようで、
『”制御魔力炉”が使えるさぎし?』
と、懐疑的な声を俺に投げかける。
そんな奴がいてたまるか、といった感じだ。
確かに・・・そんなやつが居たらたまらない。
『それも俺達にそう錯覚させてるだけで・・・』
それでもなんとか俺は可能性を指摘するが、モニカの目が歪むだけ。
『ロンのスキルを勘違いさせるさぎし?』
モニカから更に懐疑的な声が漏れる。
確かに、木偶の坊の節穴である俺の意識だけならいざしらず、大量の観測スキルを全て騙すとなれば、それはそれでとんでもない事なのだ。
今の所、奴の反応は全て
それはすなわち、全ての要素が
それを全てでっち上げる。
もしそんな事ができるなら、それすなわち”制御魔力炉よりもヤバイもの”という事に他ならない。
『はあ・・・今の所は、俺達より遥かに強いって構えておいたほうが良さそうだな。
幸いにも次に会う時は相当先らしいから、それを信じるしかないだろう』
できればもう出会いたくはないが。
魔力の生データ以外は、例の”時間の圧力”とやらのせいで顔どころか背格好まであやふやなデータしか残っていないので、出会っても対処が難しいのだ。
まあ、だからこそあいつの言葉をある程度信用できるのだけど。
『うーん・・・なんか名前言っていたような気がするんだけど、よくわかんない』
『それはあれか? モニカも記憶が消されてるってことか?』
『わかんないけど、たぶんそう・・・えーっと、どんな名前だったかな・・・”ラ”ではじまるのは間違いないとおもうんだけど・・・』
まったく、”時間の圧力”とやらはもっと気が利かんのかね。
気が利いたら利いたで怖いけどさ。
『”ラ”・・・ねえ』
ラーメン、らっきょう、ライスにライム・・・・
『おなかすいたなー』
俺が食べ物の名前ばっかり思い浮かべたせいか、お腹がグーッと貴族にあるまじき音を立て、モニカがそこを擦る。
食堂の夕食が待ち遠しい。
「・・・なんか、ちょっとへん」
その”違和感”をモニカはあえて口にした。
普段の生活や簡単な戦闘なら気にならなくても、スリード先生クラスとの戦闘となれば、その違和感は物凄く重く感じるのだろう。
俺だって、てんやわんやだったからな。
『この不調、どれくらいつづきそう?』
『少なくとも、あと1週間くらいは見といたほうが良いかもな』
バイタルデータを見る限り、おそらくその辺りに体調不良のピークがやってくる。
当然ながら”このタイプ”は初めてのことなので、どれくらい悪化するのかわからないのが怖いところだ。
問題は、内容的にこれが今後も続いていく事であろう。
成長期である以上、いつかは慣れなければいけないのだが、何分まともな体なのかどうかについてかなり怪しい俺達であるからして、襲ってくるその案件にしても一般人のそれと同じと考えるのは楽観的だ。
ちょっと不安である。
その時、モニカがふと立ち止まった。
『?』
唐突の停止にロメオが首を傾げる。
モニカは虚空を見つめながら、息を大きく吸い込んでいる。
まるで何かをするべきかどうか、真剣に悩んでいるかのように、思考がグルグルと巡っていた。
どうしたのか?
『ねえ、ロン、もう一つ聞きたい事があるんだ』
『ん? どうした?』
モニカの声色は、彼女が必殺の一撃を食らわせる時の様な真剣さがあった。
まるで、あえてあの”息子”の話をしたのは、この話題に触れるために自然に誘導したかの様に。
『あの子が言っていた、”ディザスター”ってなに?』
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