2-21【静かな雨音 4:~あの女~】



 あの女誰ですか!!


 誰ですか!!


 誰ですか!!


 あの女!!


 あのおんな・・・


 あのおん・・・


 唐突にぶつけられた”娘に言われたくないワード”が、まるで世界の意志のように夢空間全体を揺さぶる。

 その理不尽な衝撃はデータの大地を大きく揺らし、スキルのゴミ山が音を立てて崩れるのを、作業員達が呆然と見送るのがここから見えた。

 とにかくそれくらい、俺にとっては衝撃だったのだ。


 とか、そんなこと言ってる場合じゃねえ!


『ちょ、ちょっとまて・・・どの女 ・・・?』


 俺はとりあえず、ヴィオの言葉で最も確認が必要が部分を問返す事にした。

 だがそれは間違いだった。

 その瞬間、ヴィオの顔が一気に険しいものに変わったからだ。

 俺はそれを見て更に慌てる。


『い、いや、”どの女”ってのは候補が複数いるからじゃなくてだな、むしろその逆で・・・』

『お父様!!!』

『あ、はい・・・』


 娘に恫喝されれば、俺はどうしようもない。



 それでもそこから1時間程かけて、何とか支離滅裂に怒るヴィオを宥めながら、俺は情報を得ようと必死にもがき続けた。

 厄介なのは、どれだけ落ち着かせても3分に1回くらいの割合で本体と同期するせいで、その度にヴィオのテンションが本体に釣られて沸騰する事だ。

 伝言ゲームでクレーマーの対処をしてるような話な訳で、なかなか伝わらないし、なかなか状況が伝わってこない。

 こりゃ、エリクの方も気になるな。

 俺と違って直接繋がってる訳じゃないから、キレたヴィオに安眠を妨害されたりはしないだろうけど。


 それでも見えてきたものを俺なりに整理するとこうなる。

 事の発端は、ガブリエラとの面談が始まった直後くらいか。




 ◇ 




 ヴェレスの冒険者協会での手続きを済ませたあと、市場で軽く食料を買い込んで、まっすぐに孤児たちの待つ屑山へと帰ってきたエリクとヴィオは、仲間にそれらを渡すとすぐに、そのままどっかりと自分の寝床に腰を降ろした。

 ヴィオのインターフェイスに、エリクの疲労と思われる数値が軒並み上昇していく所が映し出される。

 張っていた緊張が切れて、一気に吹き出したのだろう。


『おやすみなさい』

「・・・うん」


 エリクはそう答えると、今回の旅行でずっと着けっぱなしだったインターフェイスユニットを取り外し、ベッドのすぐ横の机の上にそっと置いて、ヴィオを握ったまま倒れ込む様に横になった。

 よほど疲れていたのか、横になったエリクはそのまま深い眠りに落ちていく。

 これは健康診断を優先した方が良いだろう。


 睡眠中のヴィオの活動は、ロンのそれほどではないが活発である。

 特に今日は忙しい。

 初めて起動したシステムや装備のチェック、異常事態の解析のレポート作りなど、やらなければいけない事が山積しているからだ。

 だが最優先はエリクの健康状態の把握。


 エリクの脊椎に埋め込まれている医療魔道具を中心に、バイタルの状態を読み取っていく。

 すると予想通り、大量の”アラート”の嵐が舞い込んできた。

 それを1つづつ丁寧に読み取り、タグ付けしながら危険度を書き込んでいく。

 これが翌朝までにどれだけ減らせるか。


 剣が本体のヴィオに、ロンのような直接体調操作能力はない。

 できることといえば、添え木代わりになるのと、あとは発熱して湿布代わりになるくらいだろうか。

 それでも体調を把握しておけば、明日以降の行動で気をつける事ができるし、急変してもすぐに父親を呼べる。


 ただ昨日までの戦闘で、何度も医療魔法を見ているし解析も済んでいた。

 今はそれを実行する方法IMUも手にしたので、最悪自力で医療魔法を使えなくもない。

 が、それはしばらくはないだろう。


 ヴィオのプライドと自信は、四本蜘蛛との戦いでズタズタに引き裂かれていた。


 自分の了見と判断が如何に甘いかを思い知らされた今、使えるからといって一歩間違えば命に関わる医療魔法を、専門知識もなく使用する気にはなれない。

 ヴィオはエリク以外に自分を使いこなせる人間がいない事を、そしてエリクがとても脆い存在である事を思い知った。

 だからこそ、ヴィオはエリクのバイタルデータに”緊急以上”のエラーが無いことを確認すると、その解決を一先ずエリクの自然治癒に委ねる事にしたのだ。


 その代わりヴィオが次に取り掛かったのは、戦闘データの分析と貰ったばかりの強化ユニットの調整、そして改良。


 エリクは強かった。

 私なんかいなくても・・・いや、私がいるよりも。

 私の補助で力が増えたり、出来ることが増えたりはしていたが、それが彼の持つ根本的な”強さ”を鈍らせてしまっていた事に、ヴィオは自らの愚かさを痛感していた。


 あの”エリクの剣撃”を自分の体で体感したから分かる、あれはお父様やモニカ様の持つ単純な”重ねられる力”とはまるで違う、そんな事とは無縁の”理の外”の力だ。

 もちろん、そんな物はありえないので単純に自分の理解力不足だと思うが、だからこそ大変なのだ。

 強い訳ではない”強さ”を、強いだけの力がどこまで伸ばせるか。


 ヴィオが広げたのは、”ハスカール強化装甲”のパラメーター。

 これからこの未完成の強化装甲を、本当の意味でエリクの強化につながる形に調整する。

 とはいえ、内部に頑丈なフレームを持つこの装甲を、父親達のものグラディエーターの様に柔軟に変形させる事はできないので、設定されてる数値をいじるだけ。

 それでもその僅かな違いが、エリクの得意とする極限状態では大きな差になるのだから、小さなセンサーの感度1つも気は抜けない。


 それと同時に、ヴィオは調整中に思いついたりした事案や、アイディアを積極的に父親の中の端末に送り続けることにした。

 ハスカールのメジャーアップデートについて一任されてるが、そのための仮想試験がヴィオの中ではできないからだ。


 ただ、その作業が思うように行かない。

 パラメータチェックと調整が終わって確認した所、父親へのデータの転送が”0%”のままだったのだ。 

 ログを確認してみれば、先程から同期すらできていない。


 魔力出力が足りない?


 いや、アクリラから数十キロは離れているが、その程度で魔力波の伝達が止まるとは思えないし、今までもこんな事はなかった。

 一瞬だけ、疲労の溜まった魔力源エリクを疑ったが、すぐにその可能性を切り捨てる。

 これまでも問題なかったし、剣の中に必要分の魔力を溜め込めるので、使用者の魔力量は決定的要因にはなりえない。

 それに切り詰めれば、標準搭載の空気変換式ジェネレーターで事足りる。


 では何が原因か。


 調べてみると、どうやら魔力波自体は届いてるようだ。

 だが、”応答”がない。

 正確には回線の確立以上の返答がない。

 父親とのデータ通信には、双方の応答を擦り合わせることで送信の確実性を確保する方式が取られているが、それに応えてくれないのだ。


 不審に思ったヴィオは、”相手”に情報の開示を要求した。

 何かに接続しているのは間違いないが、以前、送ったデータをそのまま返す相手とやり取りした気になってたら、ピカピカに磨かれた反魔盤だった事があるので、これはその確認だ。


 ただ、意外にも帰ってきたのはヴィオのIDではなかった。

 だが父親のものでもなかったが。


 どういう事だ?


 ヴィオは混乱する。

 この通信回線にこのようなIDは存在しない。

 少なくとも父親の作り出した機器に割り当てられた物でもない、命名規則に違反していたのだ。


 別に送信相手が違ったところで本来であれば無視すれば良いのだが、どうもこいつは、こちらの通信に一々反応するようで、それが結果的に回線を塞いで通信を妨害する形になっていたらしい。

 となればシステムを完全には理解してない存在が、割り込み始めたに違いない。

 それもとんでもない出力で。


 なんだこの無駄に魔力が余っているような出力は・・・

 冷静に考えれば何かの魔力災害だろうが、こんな時に。


 するとその時、いきなり”そいつ”がこちらを問うような通信を送ってきた。

 咄嗟に、自動的に応答しようとしたシステムを一旦止める。


 ヴィオは警戒感を抱いた。

 現在使われている、どの魔力波通信とも異なるこの回線は、ヴィオにとってはアイデンティティそのものだったからだ。

 そこに割り込むということは、心の中を土足で踏み荒らされるに等しい。


 だが、考えている時間もなかった。

 突如として、通信システムがヴィオの管理を外れて動き始めたのだ。

 慌てて止めに入るも、猛烈な勢いで押し込められて対処が間に合わず、気づけばヴィオは、通信リソースの片隅に追いやられていた。


『おや、通信部を切り離しましたか』


 ”そいつ”が少し感心したような声で、そう呟いた。

 間一髪、そいつが通信部を掌握する直前で、ヴィオは何とか内部回線の切断に成功したのだ。

 だがおかげで、この場所に用意できたヴィオの意識は塵の様に小さく、相手は見上げる程に巨大。


『・・・あなた、誰?』


 ヴィオが、自分でも驚くような辛辣な声色で問いかける。

 そいつは輝くような金色で、ただひたすらに”巨大”だった。

 通信段階から、馬鹿みたいな強度の魔力波を垂れ流していたので、もしかすると父親よりも巨大かもしれない。

 だが、父親の温かい存在感とは違って、そいつの魔力はなぜだか気に入らなかった。

 底しれぬ嫌悪感がヴィオを襲う。

 この踏みつけられたような圧迫感を加味しても、まだ説明がつかないくらい気に入らないのだ。

 それこそ、ソースコードレベルで相性が悪いといわんばかりに。


 そしてそれは相手も同様らしい。


『その言葉、そっくり返しましょうか。

 あなたは”何”です?』


 その瞬間、まるで針で貫かれた様な不快感がヴィオを襲った。 

 どうやら、この通信部に残った欠片を解析したらしい。


『ふむ、標準的なインテリジェントスキル用の回路なのに、随分と複雑な動きをしますね。

 ロンの作り出した魔道具のようですが、まさかここまで高精度なものができているとは驚きです。

 人格化の分だけ差をつけたかと思っていましたが、この様な伸び代があったとは』


 そいつがそう言いながら、感心した様に頷いた。

 まるで上から見下すように ・・・・・・

 ヴィオは、その態度が気に入らなかった。

 だが、このままでは勝ち目がないのは火を見るより明らか。

 何とかしなければ。

 父親の因子を受け継いだ、”新世代の魔道具”である自分が、この様な存在に負ける訳にはいかない。


『・・・ここから出ていけ』

『・・・ん?』


 ヴィオが唸る様にそう発し、そいつの金色の顔が不審に歪んでから、見下す様に笑みに変わる。


『随分と”感情的”なシステムだ。

 これだけで、大きな”発明”といえるでしょう。

 ただ・・・』


 その瞬間、ヴィオ達のいる通信部が一気に崩壊を始めた。

 まるで空間が内側に落ちてくるような光景が、二人の前に広がりだす。


 何をしたのか。


 何ということはない、ヴィオの本体が掌握された通信部のデータを消去しにかかったのだ。

 ヴィオの端末がそう感じた様に、ヴィオの本体も、通信部から発せられる魔力に強い忌避感を感じ、即座に排除を決めた。

 こうなれば魔力波の強さなど関係ない。

 ヴィオはそう思っていた。


『・・・ただ、少し野蛮ですね』


 だが、そいつがそう呟いた瞬間、唐突に通信部の崩壊が止まった。


『え?』


 その光景を見ながら、ヴィオは瞠目する。

 通信部の外から飛来する大量の消去命令。

 それが届いても、通信部のデータ構造が一向に消える気配がないではないか。

 そんな馬鹿な。


『何をした!?』

『・・・それと、手癖が悪い』


 そいつがそう言いながら手を振る。

 すると通信部の中に、ヴィオの端末が何体も降り注いできた。

 そのどれもが手酷く痛めつけられている。

 すかさず1体を取り込んでみると、どうやら通信部を切り離した直後、本体は新たな通信部を作り出して相手に奇襲をかけたらしい。

 だが、残念ながらその攻撃は見事なまでに叩き潰されたようだ。


 しかも乗り込んだ時のデータからして、相手は想像以上に途轍もない程巨大な存在で有ることが判明した。

 父親と同水準か、それ以上 ・・・・の膨大なシステム世界が広がっていたのだ。

 そんな馬鹿な。

 ”あんな存在”が、父親以外にいてたまるか。


『それで、あなたの事を教えてもらいましょうか』


 そいつが笑った。







『んで、そっから3時間くらいイジメられていたと?』


 俺がそう確認すると、ヴィオが興奮しながら支離滅裂に肯定してくれた。

 なるほどね。

 おおよそ、何が起こったのかは把握できた。

 どうやら俺たちが立て続けの大問題に直面してる最中、ヴィオはヴィオで大変な目に会っていたというわけだ。


『それで、誰なんですか!? あの女! お父様は知ってるみたいなこと言ってましたけど!』


 ヴィオが叫びながら聞いてくる。

 どうも、ついさっきまで俺との通信が確立できなくて、相当不安だったらしい。

 色々と負荷のかかる出来事の直後だっただけに、余計怖かったのだろう。

 正直俺も、”あの人”が最近何考えてるか分かんなくて怖いからなぁ。


 ちなみにヴィオのくれたデータから、既に”相手”については判明していた。

 

『”ウル”っていう、ガブリエラの管理スキルだよ』


 俺が正体を教えてあげる。

 あの通信に絡める可能性があって、ヴィオほど巨大なスキルが自分より圧倒的に大きいと評する相手など他にはいない。

 というかヴィオがドサクサに紛れて分捕ってきたデータが、まんまウルがいつもくれるデータと互換性があるのだ。


 そういや2人は顔を合わせる機会がなかったな。

 ヴィオの端末も興味のないことにはとことん無関心だから、俺の持ってるデータも見てないだろうし。

 だが、まさか最初の出会いでこんな険悪なことになるとは・・・

 これは困った事になったぞ、どうしようか。


 そんな風に俺が困っていると、ヴィオが突然その辺のゴミ山の中に手を突っ込んで本を取り出し、中身を読み始めた。


『・・・”ウルスラ”ってやつですか?』

『正確にはその内部のスキルだが、まあその認識でいいよ。 ウルスラっていうと怒るけど』


 時間的にはちょうど、ガブリエラがアクリラに滞在していた間と合致する。

 というかタイムスタンプは、まさに俺達と話していた頃だ。

 何度かウルの様子が変だと思ったが、まさか裏でこんな事をしていたとは。

 

『でも、ずいぶん嫌な感じのでしたよ?』


 ヴィオが怪訝そうな表情で聞いてくる。

 俺の作った資料に載ってる情報も含めて、かなり信じてないといった表情だ。

 その様子からして、よっぽど虐められたのだろう。


『まー・・・気に入られなかったのかなー・・?』


 俺は仮想体の頭を掻きながらそう答えた。

 ガブリエラはモニカに、ウルは俺に何故か親しげに接してくれるが、彼女達は本来気難しくて相手を選ぶ気質だ。

 俺達が大丈夫だったとしてもウルは気に入られるとは限らない。

 そしてウルの人格がどのように形成されているからは理解してないが、ガブリエラの性格を引き継いでいるとするなら、気に入られなかった者の扱いは推して知るべしだ。


『私も気に入らないですけどね!』


 俺の答えに、ヴィオはそう言いながら膨れて不満げに本をパタンと閉じると、そのまま自分の懐にしまい込んだ。

 それをパクっていくということは、もしかすると何か報復的なことを考えているのかもしれない。

 これはいけない。


『まあ、ヴィオの事は俺から話しとくから・・・』


 何とか機嫌を直してもらおうとそう言うも、ヴィオの表情に変化はない。


 まあ俺が正式に紹介したところであの人の態度が変わるとは思えないが、それでもヴィオが次に会ったときに態度が軟化しているかもしれない。

 なにせ、少なくとも近々にもう一度会うことになってる ・・・・訳だし。

 いや、むしろ移ろいやすそうなウルよりも、未だ喧々とした様子のヴィオの方が心配か。


『彼女、俺達の後見人なんだから、ちょっかい、かけるなよ?』


 一応釘を差しておこう。


俺達・・の後見人ってことはつまり・・・』

『私とエリクの後見人でもあるってことですよね、わかってますよ』

『ならいいんだけど・・・』


 多分エリクは関係ないのだが、ヴィオがそう理解しても問題はないだろう。

 ヴィオには悪いが、世の中にはどうしても飲み込まなくてはいけない不条理があるのだ。


 だがヴィオが徐に、物騒デバステーターのな物廃案ファイルを拾い上げたのを見て、俺は大いに慌てた。


『ちょ、ちょ、分かってるのか!?』


 廃案ファイルといっても、それは俺達ですら出力が強すぎて扱えないとなった”超危険物”である。

 こいつマジで喧嘩売りに行くんじゃなかろうな?

 俺が言外に「それはやめてくれ」と声をかけると、ヴィオがどこで覚えたのか物凄くジトッとした視線を向けてきた。


『お父様は、私よりも”あの女”の心配ですか』

『えー・・・』


 なんだい、その嫉妬したような台詞は。

 お父さんそんな言葉教えてないんだけどな・・・


『いや、どっちの心配とかじゃなくてね・・・』

『やっぱりあの女が良いんですね? 私みたいな子供じゃなくて! あの女みたいに大きい・・・のが!』

『一応聞くけど、ウルスラの何が大きいの?』

『な、なにがって・・・そりゃ、あれですよ・・・』


 ヴィオがそう言って顔を真赤にしながら、”ブツ危険ファイル”を振り回す。

 どうやら”大きい””小さい”というのは、彼女にとって”恥ずかしい言葉”らしい。

 魔力データの癖に面妖な。


『システムサイズ・・・』


 ヴィオが顔を赤らめながらボソッと呟いた。


『あー』


 そりゃでかいなー。


 多分、俺よりでかいんじゃないか?

 あの人、なんかガブリエラの余剰領域への拡張を頑張ってるらしいし。

 俺には真似できないくらいアグレッシブに活動しているのは、元々管理システムとして活動していた経験か、それとも生来の性格の違いか、元々”フル規格”で作られてるウルと発展形とはいえあくまで”量産型”の俺では地力も違う。


『というか”システムサイズの大小”って、そんな気になることなのか?』

『気になりますよ・・・その、私・・・小さいし・・・』

『・・・』


 ・・・よくわからん。

 胸のサイズでもあるまいし・・・


 ただ、この”仲違い”はどうにかしないとな。

 俺はその事に頭を痛めた。

 ヴィオが興奮しているだけならいいんだが・・・


 そんな風に俺が、年頃の娘の気持ちを分かってやれないおっさんみたいな様子で困っていると、それを見たヴィオがため息の動作を入れて、ようやく纏っていた剣呑とした空気を少し緩めた。


『・・・安心してくださいお父様、これはハスカールのアップデートの参考にしようかと思ってるだけです。 というかこれがここに来た”本題”ですよ?』


 ヴィオが言う。


『アップデート・・・そういやそうだったな』


 ウルのせいで忘れかけていたが、ヴィオは元々、アップデートの相談とシミュレーションのために俺に接触しようとしたのだ。

 

『でも、”それ”はやめとけ。 だいたい”制御魔力炉”無しじゃ起動もできんし、万が一起動できたら一瞬で干からびるぞ?』


 俺は純粋な善意からそう言った。

 もちろん、俺にヴィオの改良計画を手伝わない理由はないし、彼女の強化案に興味もある。

 だがそれは駄目だ。


『そんな事は分かってます。 でも欲しいのは、これの”副産物”の方なんで』

『副産物?』

『”威力密度が極限状態の時のエネルギーの振る舞い”です。 エリクに膨大なエネルギーは出せませんが、代わりに威力密度が非常に高い瞬間があるので、お父様のシミュレーターにかけてみようかと』

『ああ、そういやお前の戦闘レポートに、威力密度が”無限大”で記録されてる物があったな』


 俺はそう言うと、先日の”国喰らいの魔獣戦”の記録を引っ張り出す。

 そこにはしっかりと、エリクがやったという”意味不明な現象”のデータが記されていた。

 ヴィオは己の強化の前に、まずその現象について多角的に調べようと考えたらしい。

 それで、てっとり早く近い威力密度を出そうと、デバステーターの出鱈目出力に白羽の矢を立てたわけだ。


『手伝ってくれますよね?』


 そう言いながら、ヴィオの端末がすごく良い笑顔で笑った。

 その有無を言わせぬ圧力に俺がたじろぐ。

 その表情からして、そのデータの使い道が単なる仮想実験プログラに収まるものではないのは明白だ。

 

『あ、・・・うん』


 だが、どうやらあのデータ物騒な物を取り上げる事はできそうにないらしい。

 今のヴィオの目は”マジ”だ。


 しかたがない、こうなれば俺は罪滅ぼしとして全力で手伝うしかない。

 おそらくヴィオとウルがまた会う日はそう遠くはないはずなので、それまでに彼女の機嫌を改善できるように務めるしかないだろう。


 俺がそんな風に思っていると、夢空間全体を揺さぶるような音量で、”ピコン”というアラート音が周囲に鳴り響いた。


『来ましたよ?』

『・・・そうだな』


 ヴィオの不機嫌そうな言葉に俺は肩を落とす。

 あれはメール回線用の”着信音”だ。

 だが連絡先のラインナップが極貧の俺に”着信あり”ということは、つまりウルからのメールというわけで。


『・・・ちょっと、まってな』


 俺はヴィオに謝るような口調でそう言いながら、近くに寄ってきた連絡用の端末から封筒を受け取り、その中を読み始める。

 話の腰を折られたヴィオが不満そうに腕を組むが仕方がない。

 ヴィオとウル、土壇場でどっちが怖いかとなれば回答は一つなわけで。


 それにウルのメールは大体、意味の分からぬ謎ポエムで始まり添付ファイルも盛り沢山なので、読むのに時間がかかるのだ。


 今回もどうせ・・・あれ? 思ったより短いぞ?

 

 俺の予想に反して、そのメールは短い一文が書かれただけだった。



 ”  それ、誰の子ですか?  ”

 

『・・・』


 ・・・なんでだろう、随分と文面から剣呑な空気を感じるぞ。

 




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 



 ロンに、彼の作った存在について詳細を問う通信を行ったところ、すぐに随分と腰の引けた謝罪文が帰ってきた。


 ウルはそれを見ながら、自分の中に渦巻く不可解な感情に戸惑う。

 いや、”感情”というのはいつだって不可解か。

 ガブリエラの中に居場所を確保する前、自分がただの”スキルの一部”だった頃、”感情”というのは判断傾向を表すものであり、使用者との連携を深めるために必要な”知識”でしかなかった。

 マグヌス魔法局が設定した”インテリジェントスキル要綱”で推奨されている使用者とのスムーズなやり取りのために、意図的に模倣することも珍しくはなかった。


 だがいざ、本当にそれを得てみて思い知ったのは、その”扱いづらさ”だ。

 毎日、全ての瞬間、自分の中に渦巻く喜怒哀楽をどのように処理すべきか、という問でリソースの半分近くを占有されている。

 これらは恐ろしく無益かつ危険であるにも関わらず、ガブリエラの体調の比では無いほど制御不能に陥りやすい。

 特に”ロンに対する感情”はその最たるものだ。


 ウルはロンの返信を見ながらその魔力の残滓に触れる度に、締め付けられるような”圧迫感”を感じていた。

 幸いなことに、喜怒哀楽の激しい使用者ガブリエラを持つウルにとって、それが”好感”であることに気づくのは、感情が生まれて半年とは思えないほど簡単だった。

 だが彼に対するその好感の最初が、鳥の雛の刷り込みのメカニズムに近いことは、当時のバイタルデータから既に判明している。

 ウルにとってロンは同類であり、”親”である。

 だがこの感情は、ガブリエラがウルスラに抱く”捻れた感情”とも、ヘルガやモニカに抱く親愛等とも明らかに違う。


 どちらかといえば、ガブリエラが”婚約者”に感じている”歪んだ感情”に近いだろう。

 ならば自分はロンに恋慕の感情を持っている、と結論づけるにはガブリエラの感情が歪みすぎていた。

 それに恋い焦がれる理由も、メカニズムも持ち合わせていない。


 それと”アレヴィオ”には悪い事をした。

 愚かにも感情の暴走に屈してしまったのだ。

 しかも謝罪する事に対する嫌悪からして、まだ暴走中である。


 考えれば考えるほど、あのロンの眷属に悪感情を持つ理由がない。

 だがなぜだろうか。

 あの小娘のことが無性に腹立たしい・・・・・のだ。

 ロンの近くに自分ではない”別の存在”がいることが。


 嫉妬か、それとも同類嫌悪か。

 自分の中にあるこの”感情”をどう評していいか、ウルは判断しかねていた。

 現在の状態になってからまだ1年も経っていないというのに、この変化である。

 まったくままならない。



「ガブリエラよ、此度の外遊の報告を聞こう」


 そんなウルの心の動きとは別に、外では”儀式”が粛々と遂行されていた。


 今自分達がいるのは、ルブルムの国防局の中の大広間。

 普段は地方の軍幹部の懇親会で使われるその場所に、巨大なテーブルが広げられ略式ではあるが丁寧な装飾が施されていた。

 なにせ”王”を迎えるのだから。


 自分達の目の前に広がるテーブルの上座に鎮座するのは、”マグヌス国王”その人。

 規格外のガブリエラを前にしては些か分が悪いが、それでもこの空間の主が誰かは一目で分かる。

 他の席には現在王都に詰めている閣僚たちの大半が座っていた。 


 普段であれば夜中に会議というのはありえない。

 だが、普段忙しい参加者の都合が揃う直近の時間がここしかないので仕方がなかった。


 ガブリエラは列席者達を一瞥しながら、滑らかな動きで王に向かって一礼する。


「御報告させていただきます」


 そしてそう言うと、ウルの用意した”カンペ”を確認しながら、つらつらとこの半年間に行っていた”公式的な活動”の報告を始めたのだ。



 卒業後、ガブリエラはその”能力”を利用して王国の内外に対し積極的な活動を行っていた。

 短期間でこれほどまでに多くの国を巡った王族は、かつてないのではないだろうかと思うほど。

 いや、間違いなくかつてない。

 なにせ移動は全て次元魔法による空間超越を利用してのものであり、一日に4~6ヶ国回ることも珍しくはない。

 公的訪問ならではの、訪問手続きから実際に相手に会えるまでの”間”を徹底的に有効活用したのだ。

 おかげで連絡用の窓口役を増員することになったほどで、結果として、現在ガブリエラの部下の大部分がそういった人員で占められている。


 ”象徴戦力”として、ガブリエラはこれ以上ないほどの働きを見せていると言っていいだろう。

 その証拠に、あまりに大量の報告に国王の顔色が若干青ざめ始めている・・・のは、別のことが原因か。


 国王の隣には、この半年で最大の”パワーバランスの変化”が座っていた。

 ”第一王妃ユリア”である。


 立場上、彼女にこの場における決定権はなく、そればかりか発言権すら与えられてはいない。

 だが国王含め閣僚全員がその発言の際に彼女の顔色を窺い、当たり前の様に王妃が補足の催促や意見を語っている以上、その建前は完全に消失していた。


 民族性のせいか活発だったウルスラと違い、温厚なユリアはこれまで国政にそこまで積極的に関わろうとはしてこなかった。

 王族の義務として外交や内務報告に顔を出す程度で、このような深夜に秘密裏に行われる”軍事部門”の会議に出席するなどあり得なかったのだ。


 どうやらガブリエラが暴露したものモニカの存在は彼女の中の逆鱗を相当刺激したのだろう。

 温厚とはいえ彼女は”アオハ本家”・・・つまり”武家”の出身だということを忘れてはいけない。

 ユリアの目は”お飾り”のそれではなく、興味と使命感に満ちている。

 今現在、ガブリエラとモニカ・・・つまりマグヌスの持ち合わせる”超特級戦力”の扱いに関する最高管理権は、事実上彼女が掌握しているが、この様子だとその状況はこの半年変わっていないと見ていい。


 その事にウルは安心感を強めた。

 感情的な彼女がこの件の手綱を握っているならば、国王達がこれ以上”打算的な結論”に走る危険性は少ない。

 それはトルバ側の反応が読めない今では、かなり大きな安心材料だ。

 それに・・・


 ユリアはガブリエラの報告を聞きながら、所々ですぐ後ろに立つ女性に小声で意見を求め、その答えを聞いていた。

 経験の少ないユリアの理解の為に”補助役”が付いている、こんなものは”お飾り”ならば必要ない。

 しかも、その間ガブリエラの報告は一旦止まるのだ。

 これがユリアの用意した国王に対する”罰”とするならば恐ろしい。


 なにせユリアの補助役の女性は、自分達の”姉”であり、”次期国王最有力候補”のクラウディア第2王女だからだ。

 国王ですら止められぬ報告の進行を止めるということは、もう既に”権限の移譲”は始まっていると閣僚に示しているのと変わりない。

 それを知ってか知らずか、クラウディアはいつもの天真爛漫さを引っ込めて、小声の助言に終始していたが、それが逆に象徴的に見えた。

 

 報告の中心が、急激に存在感を増すモニカに関する物に移っても、国王や国防局関係者から否定的な意見が出なかったのは、彼女達を刺激したくないからだろう。


 なにせ”次期国王クラウディア”はモニカを”気に入ってる”のだ。


 ウルとガブリエラにとって、この半年である意味で最大の誤算はクラウディアのモニカに対す入れ込みようだった。

 驚いたことにモニカもロンも気づいている様子はなかったが、彼等の活動が特級戦力としては異様にスムーズなものだったのは、彼等の窓口モニカ連絡室がクラウディアの”耳”に繋がっている事が大きい。

 今やルブルムマグヌス王都パレジールアルバレス政都の官僚で、モニカ・ヴァロアの最大の後ろ盾が誰か知らない者はいないだろう。

 その事がアルバレス側で”妙な混乱”を誘発したり、第三国、特にアムゼンの不興を買ったようだが、モニカの立場は急速に固まりつつあった。

 

 だが国王も、全ての事案に黙っているわけではない。


「・・・最後に、”私の婚約”について報告させてもらいます」


 ガブリエラのこの言葉には手を上げて進行を強制的に停止させた。

 いくらイニシアチブを取られているとはいえ、現国王にそのようなことまでされれば、ガブリエラは言葉を止めざるを得ない。


「その話は聞いておらぬ」


 そう言いながら、国王がちらりと横を見た。

 ユリアではなくクラウディア ・・・・・・を。


「ですから、今からお話しするのですよ。 婚約者の選定権は王妃にもありますので」


 答えたのはユリア王妃だった。

 確かにその言葉通り、国王の最終的な承認が必要とはいえ、王族の婚約者を選び出すだけならば、王族の誰であっても可能だ。

 だが、 


「事前に渡されている資料にない」


 国王の表情が険しくなる。

 当たり前だ、建前上必要がないとはいえ、親族として事前の連絡くらいは通すのが常だ。

 こうして父親を除け者のように扱うのは、いくらなんでも勝手が過ぎる。


 だが、その視線を向けられたクラウディアは困ったように肩を竦めた。


「私もこの話を聞いたのは初めてですわ」


 その言葉に国王の表情が怪訝に歪んだ。

 だがクラウディアはそんな国王を無視するように王妃に話を向けた。


「お母様、そろそろ教えてもらってもいいでしょうか? それと、なぜガブリエラとお母様だけで話を進められているのかも、教えてくれれば嬉しいです」

「ユリア、なぜ隠す」


 国王が責めるような口調で王妃を問い詰めた。

 事が王権の所在に関わるため、下手をすれば王権転覆を企てていると見られても不思議ではなく、それはいくら国王達に立腹しているとはいえ許されることではない。

 だが、ユリア王妃は何でも無いように微笑んだ。


「私は娘の”希望”を最大限叶えるために許されている事をしたまでですよ。 陛下は”次期国王”にガブリエラを推してらっしゃるでしょ? だとするなら、この婚姻には反対するでしょうから」


 ユリアの言葉に閣僚たちが息を呑んだ。

 この場が内々の非公式の場で良かったと。

 それくらい”今の言葉”は危険な情報だった。

 絶大な権限を持つ国王が自分の後継を選んでいるというのもそうだが、何より”超特級戦力”であり現在急速にその力を内外に誇示しているガブリエラを国王に据えるという”宣言”は、迂闊にしていい事ではない。


 閣僚たちの視線が国王と王妃の間を素早く行き来する。

 場合によっては、これから”ガブリエラ派”の国王と”クラウディア派”の王妃の権力争いが勃発しかねない。


 だがそんな様子をウルは冷めた感情で見ていた。

 その様な事態にはならないことを知っているからだ。


「陛下。 王妃殿下のお言葉通り、私は次期国王の座を望みません。 次期国王が誰であれ、その”槍”としてこの力を使うと幼い頃より決めてまいりました」


 ガブリエラがそう言いながら自らの胸の前で拳を作る。

 その目には決して砕くことができぬであろう硬い意志が宿っていた。


「この婚姻は、それをハッキリさせるためのものでもあります」


 その言葉で、その場の全員がガブリエラの婚約が相手を王族に招くものではなく、ガブリエラを王族から外して相手の家に迎える、”継承権放棄”であることを悟った。

 と、同時にクラウディアに対する視線が更に鋭くなる。

 これで事実上、”候補”は1人に絞られた。

 だが彼女は、まるでこのやり取りに意味など無いかのようにすまし顔で佇むだけ。


 その様子に国王は諦めた様に一旦項垂れてから、言葉を続ける。


「・・・で、”相手”は誰なんだ?」


 国王が聞いたのはそんな、普通の父親が聞きそうな事だった。

 ただ、普通の父親と違うのは、もう既に”相手”に関して徹底的な調査を済ませてあるということか。

 なにせ国王自身は、元々”それ”を王家に引き入れるつもりだったのだから。

 そして本心ではそれに激しい反感を持っていたことも、王家に近しい者には常識である。


 だからこそ、ガブリエラが”その者”の名前を告げたところで、”生理的”以上の嫌悪の表情になったのは国王くらいしかいなかった。

 ”相手の素性”を考えるなら、実に驚くべきことである。


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