2-21【静かな雨音 3:~懐かしい名前~】
「それで・・・他に話してない事はありますか?」
俺達の目の前で大変微妙な表情の校長先生が、ジト目を深めながらそう聞いてきた。
それに対しモニカが指を折り、俺がチェックリストを確認しながら話し忘れを洗い出す。
「スリード先生に、”とっくん”してほしいってのは言った?」
「言った」
「聞いてますよ」
モニカの確認に俺と校長が即座に反応する。
現状、最大の脅威に対して、アクリラでできる最も近い想定が、比較的近い戦闘スタイルで実力も近いスリード先生との特訓であり、その辺は最優先事項に格上げされていたので伝え忘れはない。
ガブリエラからも強く推奨されてるからな。
何がなんだかわからない、”とんでも現象”から帰った俺達に、これまたそれ以上にとんでも事態をもたらしてくれたガブリエラとの会談後、
俺達は、その足で即座にスコット先生と校長先生に相談することを決めた。
そして事は一刻を争うだけに、スコット先生をすっ飛ばして、校長が夏に向けて増えている雑事を押しのけて、疲れ目で相談に応じてくれたわけである。
だが、こうして昨日から立て続けに起こったことを並べてみると、本当に意味不明な事態の連続だと言える。
遺跡調査に行ったところ、鬼強の古代兵器を起こして死にかけて。
謎の空間に飲み込まれたと思ったら、今度は、”息子”を名乗る正体不明の存在に滅多切りにされ、その上、謎の予知夢を中途半端に見せられ。
命からがら助かったと思ったら、今度は”魔導騎士団長”なる、この世に2人といないとんでも肩書から直々に、国単位で呼び出しを食らうとは。
声に出して話していて辛くなるほど意味不明な事態の連続で、”息子”の話をしてる時なんか、校長先生の視線がマジで痛かった。
「・・・校外活動許可を取消そうかしら」
ふと、校長が目線を左にズラしながらそんな事を口走り、俺達の心臓がドキリと跳ねた。
「「え!?」」
俺達が揃って声を上げる。
せっかく、色々な経験を積めるようになったというのに、ここで校外活動免許の剥奪は色々痛い。
いや、分かってんだよ、これだけトラブル体質だと、本当は出ないほうが良いってことは・・・
だが、校長はそんな俺達の様子を見ながら、フッと笑った。
「・・・冗談ですよ。 ただ、内容に口は出したいですが」
何だ冗談か・・・
その言葉に、俺達はほっと胸をなでおろした。
ただ、それとは別に、改めて自分達の置かれている難しさを突きつけられた気分になる。
「わたし達・・・大丈夫ですか?」
モニカが心配そうに校長に問う。
すると校長は、いかにも優しいそうな老婆の笑みで俺達を安心させた。
「安心しなさい、アクリラは生徒を保護しますよ」
ただし、それは一瞬だけ。
「・・・と言いたいところですが、流石にね」
流石にかー。
ダヨネー。
「単身で突入されて狙われれば、流石に守りきれるかどうか・・・まあ、アクリラ内なら、まだなんとでもなるでしょうが、一歩でも外に出れば厳しいですね。
残念ながらスリード先生でも、シセル・アルネスは止められるか微妙でしょうから」
「そこまで強いんですか」
スリード先生の強さは、このアクリラにおいても別格だ。
”魔獣”という反則的な存在というのもあるが、元勇者や元七剣でさえ寄せ付けない強さ。
俺の中では、スリード先生はガブリエラくらいしか勝ち目がない正真正銘の化け物なのに。
・・・いや、ガブリエラでも護りきれるか怪しいと言ったのだ、スリード先生はガブリエラには勝てない。
そうなると、本当にアクリラの政治力が意味をなさない相手と言えるか。
「まあ、とりあえず緊急性の低い”遺跡での話”は・・・どうせ遺跡の調査隊の見解を聞かなければどうしようもないので、一先ず置いておくとして・・・
正直これは、想像以上に厄介な生徒を抱え込んだのかもしれません」
校長が、深く息を吐きながらそう呟く。
”護ってやるぞ”と啖呵を切ったあの強そうな教師の姿は今日はお休みらしい。
まあ、あのときもまさか”こんなレベル”から護ることになるとは思ってなかっただろうけれど。
「・・・いや、それも覚悟の上でしたが、まさか”シセル・アルネス”とは、また懐かしい名前ですね・・・」
校長がそう言いながら懐かしそうに空を見つめる。
シセル・アルネスは全盛期が50年以上前だが、知っているのだろうか?
「ひょっとして
俺はそれとなく聞いてみる。
なんとなく、校長の様子が随分と近しげに感じたのだ。
だが、そんな俺の問の意外な部分に校長は反応した。
「”魔人”に性別はありませんよ」
「あ・・・」
そうだった。
俺は慌てて、”生物”と”保健”の教科書を引っ張り出して確認する。
”魔人”というやつは非常に特殊で性別がない。
いや、”両性具有”と言うべきか。
どういう進化をしたのか、彼等はその途中で男性用と女性用の遺伝子構造を両方持つようになったのだ。
それを時々に応じて都合の良い方を使うんだと。
校外活動免許の試験でも、魔人の複雑な生殖器関連の注意が出題されていたのにうっかり失念していた。
・・・いや、今そんなのどうでもいいから!
俺のそんな感情を代表してくれたモニカが表情を固めると、校長は困ったように首を横に振った。
「残念ながら、ここは元々アムゼンへの反抗戦力を確保するために維持された・・・ともいえなくない場所ですので。
アムゼン魔国の重要人物がアクリラに通うようになったのは、トルバ独立後のここ数十年のこと、それよりも前に成熟したシセル・アルネスは、ここに来たこともありませんよ。
ただ、終戦後の催しなどで何度か見たことがあります」
なるほど。
どうやら教科書的には完全にフェードアウトしている大魔将軍も、本当に表舞台からいなくなったわけではないようだ。
当たり前か。
その地位からして、アクリラへの生徒派遣に関与している可能性は高いので、校長と面識があるというのもおかしくはない。
「どう思いました?」
俺は率直に感想を聞いてみた。
ガブリエラに、シセル・アルネスに関する情報は一揃えもらっていたが、別の視点の情報もほしい。
それに校長なら、
すると校長は、しばし思いを巡らせる様に、椅子の背もたれに深く体を倒した。
「・・・スリード先生が、”あのような事”を言うのは、あなた達で3人目。 そしてその最初がシセル・アルネスです」
校長の言葉にモニカが首をコテンとかしげる。
”あのような事”とは、どのような事か。
それに、
「スリード先生もいたんですか?」
俺は多少の驚きをもってそう言う。
ああ見えても彼女はSランク魔獣。
アクリラの外で活動するのはかなり難しい。
いや、スリード先生に勝てるような冒険者はまずいないが、政治的な意味でヤバいだろう。
「あなた達について言ったのも、あなた達がここに来る前ですよ。
スリード先生は時々、
そう言いながら、校長はスリード先生のそれとはおそらく異なる意味で遠くを見つめた。
その表情に俺達は、それ以上聞くことを諦める。
校長先生にも分かんない事がありだったからだ。
どうやらあの蜘蛛先生は、時々スピリチュアルになるらしい。
「2人目はガブリエラ?」
「ええ」
でしょうね。
つまり・・・そのシセル・アルネスは、スリード先生的にもガブリエラ級の反応だったというわけか。
もはや自然災害を通り越して天体現象みたいな話である。
だがそうやって俺が謎の壮大さに打ちのめされている間、モニカは何度も指を折りながら顔を顰めていた。
「”ハイエット”は違うんですか?」
あ、そういやそうだ。
ガブリエラいわく、現在の”世界No.2”に言及がないとはどういうことだ?
「スリード先生曰く、”勇者”の力は内在するものではないので、それほど大きくは見えないらしいですね」
「はあ・・・なるほど」
するってえと、なんだい?
勇者と同じく武装で強化されてる魔導騎士なんかも、実際の強さよりも弱く見えるってことかい?
まあ、魔獣の勘と考えれば辻褄は合うか。
ただ校長は、それに続けて意外な一言を発した。
「そのかわり、シセル・アルネスの”親族”はアクリラで教えたことがあります」
「え?」
「そうなんですか?」
その言葉に俺達は大いに驚く。
しかもその答えは、更に驚くものだった。
「はい、シセルの”腹違いの弟妹”、アイバー・オルセン・・・現在の”魔王”を務めている人です」
「ま・・・魔王!?」
おいおい、更にとんでもないものが飛び出してきたぞ。
「”まおうさん”も、卒業生なんだ」
『さすがアクリラだぜ・・・』
校長が驚き顔の俺達を見て、少し気を良くしたように顔を上げる。
それにしても、まさかサラッと”魔王が卒業生”なんて事を言われるとは思わなかった。
そんな情報教科書にも載ってないし、話にも聞かないぞ。
・・・と、思ったら卒業名簿にちゃんと載ってたよ、読み込みが甘いな俺・・・
ただ、名前は微妙に変わってるから、その辺はたぶん魔王就任で変わったのだろうな。
「というか、”大魔将軍”って魔王さんの兄姉なんですね・・・」
「正確には、”先代魔王”の子供と言うべきでしょうね」
たしかにそうなるか。
ただ、そうすると”魔王”ってのは世襲だが、長子が継ぐわけじゃないんだな。
それとも”腹違い”って部分が影響してるのか。
「”まおうさん”はつよかったの?」
モニカが問う。
普通に考えれば、年長のシセル・アルネスが継げなかった理由は、実力と考えるのが自然だからだ。
だがそれに対し、校長は首を横に振る。
「魔人ですからね、弱くはありません。 ・・・ただ、世間一般で言われているような”怪物”でもありませんでした。
良く言えば優等生、悪く言えば1組にギリギリ残れる程度。
戦闘よりも、水生植物の生態を調べる方が好きな子でしたね。
そして、それが魔王に選ばれた”理由”です」
アクリラの1組に残れる時点で、世間一般では”怪物”じゃないの?
というツッコミはさておき。
「つまり・・・好戦的でないからですか?」
俺がそう確認すると校長は頷いた。
「戦争のイメージを持たれてないから・・・ともいえますね。
もしシセル・アルネスが魔王になっていれば、トルバからの独立の機運が高まったでしょうから」
なるほど、たしかに”大魔将軍”としての活躍が広く知れ渡ってる者がトップに立てば、仮に本人が好戦的でなかったとしても周囲はそうは思わないだろう。
少なくとも俺は思わない。
それはきっと、トルバの中で生き抜く新たな魔国の王の姿には相応しくなかったのだ。
トルバとしても、抱え込むなら大人しい方が良いに決まってる。
ただし、俺達が現在進行形でその武力で脅されているワケでして・・・
「でも、”まおうさん”弱いんじゃあんまり参考にならないね」
モニカが残念そうにそう漏らす。
その言葉通り、かなり平和ボケした環境に身を置いていたはずの現魔王の話では、ガブリエラですら手に余る大魔将軍の参考には難しい。
試合の記録は魔人の特徴を知るには良いかもしれないが、”竜人化”した魔人では勝手も違うだろうし。
俺は昨年末にアクリラにやってきた、
ありゃ、違う生き物だ。
俺達が言うのもなんだけど。
結局、ガブリエラのくれた情報以上の物は得られそうにないらしい。
「後日、スコット先生とも話し合う必要がありそうですね。
ただ、今日はもう遅い。 帰りなさい」
校長はそう言うと、顔を少し動かして俺達の目線を窓に誘導した。
そこにはすっかり真っ暗になった外の景色が映っている。
たぶんベスはもう寝てる時間だろう。
きっと起きてるんだろうが・・・
俺は、膨れっ面で俺達のことを心配しているであろう妹分のことを思い浮かべた。
帰りに何か買っていこうかな・・・
「スコット先生も、このこと聞いてるんですか?」
「もちろん、あなた達に関するとても重大な案件ですからね、むしろあなた達よりも早く知っていましたよ・・・ただ・・・」
校長はそう言うと、アクリラの外の景色を眺めるように視線を泳がせる。
「彼にとっても整理する時間は必要でしょうから・・・」
んー。
『スコット先生もびっくりしたのかな?』
『そりゃなぁ・・・』
◇
スコット・グレン研究所
ほぼ同時刻。
「さて、”魔導騎士団長”としてお前に伝えることはこれで全てだ」
モニカ・ヴァロアに関するものとは
それに対しスコットは怪訝な様子で答える。
「その口調だと、”ディーク・グリソム”としては、まだ伝え残しがあるようだな」
「察しが早くて助かる」
グリソムはそう言うと、立ち上がったままスコットを見ずに問うてきた。
「”アトラス”をまだ持ってたりするか?」
グリソムの言葉にスコットは怪訝な表情を深めた。
なぜ、そんな事を聞いてきたのか?
「・・・いや、”あの時”に捨てた。 その場にお前もいただろう?」
スコットは言外に”誓いだけではなく、そんなことも忘れたのか”と、非難の意図を匂わせる。
”アトラス”。
スコットに聞くような情報で、そう呼ばれるものは一つしかない。
独立戦争で”七剣”が使用した特別性の魔導装具である。
だがあれはノーティカスで破壊され、修繕されることもないまま、終戦直後に完全に破棄された。
「そうだなんだが・・・」
だがグリソムは困ったように言葉を濁した。
「この所、トルバの”秘匿レベル”のやり取りに”アトラス”という単語が踊るようになった。
それで気になってな。 そういえば”アトラス”はどうなっていたのかと」
その情報にスコットは別の意味で怪訝な顔になる。
「今はもう使われてないんだろう?」
「今の基準を満たせないからな」
あの時代、アトラスは確かにトルバ最強兵器だった。
だがそれは過去の話であり、今現在はもっと強くて”マトモ”な魔導装具が使われている。
少なくとも、”死装束”と揶揄されたあの危険な装備の出番はない。
「参考までに聞くが他の連中は?」
実戦配備に成功したアトラスは5基。
使用者は、より古い魔導装具を使っていた最古参の2人を除く七剣の5人、それ以外にはない。
何せ殆どの場合、組み立ててから2時間以内に制御不能に陥り、魔力暴走で周囲を焦土に変える危険物なのだから。
「私のもあの時に破壊している、残り3基の内、1基は死体と供に残骸を確認し、もう1基はトルバで解体保管されている。
もう1人は不明だがあの時に破壊済みで、残骸も回収した」
「・・・死んだのは誰だ?」
提示された情報に、スコットが短く問う。
対するグリソムの答えも、また短いものだった。
「”ジョン・カーペンター”」
「そうか。 ・・・感謝する」
スコットは素直に感謝の気持を表した。
50年以上前に別れた戦友の最期。
それは一生知ることはないと思っていた情報だったから。
「やはり、魔導装具のことではないようだな」
グリソムが諦めた様に肩をすくめる。
「他に”アトラス”と呼ばれるものがあるのか?」
スコットは何気なしにそう聞いてみた。
アトラスは確か、先史文明時代から信奉されていた神の名前の筈だ。
星の名前にも幾つかある。
珍しいが、さりとて見ないわけではない。
だがそれに対し、グリソムは少し虚空を見つめてから、徐に止めていた動きを再開させた。
「・・・いや、忘れてくれ」
そう、言い残しながら。
スコットは、かつての戦友が研究室の扉を、開けて出ていくのを静かに見送った。
もう既に今生の別れを誓いあった仲であり、かける言葉はない。
だがそうでなかったとしても、スコットは声をかけなかっただろう。
その心の中には新たな疑念が芽生えていた。
今・・・
今の話題の”真意”は、アトラスの所在を聞くことではなく、”アトラス”という別の何かをスコットが知っているか確認しようとしたのではないか?
そう思えて仕方がなかったのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
夜のアクリラの街を歩きながら、俺はとりあえずやるべきことをモニカに向かって話していた。
『早いうちに、状況を整理する必要がある』
俺はそう宣言する。
ここ数日の出来事はあまりにも多岐かつ重要度が高いせいで、周囲どころか俺達の中でも認識のすり合わせがついていない。
つまり俺達の中ですら、持ってる情報に齟齬がある。
このままでは、いざスコット先生やスリード先生と会っても、何を相談していいのかも分からない状態になる。
せめて、感知していることくらいは合わせておかなければ。
『というわけで、何から確認しとく? これまでの話で、なにか理解しきれてないものとかあるか?』
そう言いながら、俺は箇条書きにした”確認リスト”を引っ張り出して
だがモニカは、いきなりそのリストにない案件を選びだした。
『ガブリエラが”けっこん”するって話』
『うわ、そこから行くかぁ・・・』
よりにもよって、一番反応に困るやつを・・・
俺はそう思いながら、仮想の頭を抱える。
実はサラッと今後の情報に混ぜられていたのだが、ガブリエラがこの夏結婚するらしいのだ。
ちなみにお相手は
おそろしや。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
モニカとロンが去った校長室に、まるでその気配が消えるのを待っていたかのように人影が現れた。
だが、人影といっても只人ではない。
白い光に照らされたその姿は、紛れもないアクリラの主であり校長と同格の精霊のもの。
精霊の放つ威圧は消しているものの、他の者であれば入ってきただけで手を止めて緊張したことだろう。
「それで、どうなりましたか?」
だが、校長はまったく気にすることなく飄々とそう聞き、白の精霊である”アラン・キルヒ・アクリラ”も努めて気軽な調子で答えた。
「2人共、それほど悲観してはおらんよ。 不安はあるようだが、対処法も考えているようだし、ガブリエラを信頼しておるのか」
伝えたのは、つい先程外で展開された2人の生徒のやり取りに関して。
アクリラに紐づく精霊であるアランは、”アクリラ”のどこにでも出現することができ、いつでもその情報を取得することができる。
いや、見えてる部分はほんの一部であり、”アクリラの街”そのものが彼の本体とも言えるため、様々な制約こそあるものの、そこで交わされたやり取りを誰にも知られずに見ること自体は容易いのだ。
ただ、校長が聞きたかったのは”そのこと”ではない。
「スコット先生の方は?」
校長は、声色を少し強めにして”真面目な話”であることを強調する。
するとアランは”やれやれ”といった様子で答えた。
「グリソム殿は帰って行った。 今は中央区の店を見物しておるよ」
そう言いながら、まるで探るように虚空に視線を泳がすアランを見ながら、校長は手元に用意した資料に視線を落とす。
「事前に申請されていた滞在計画によると、今日はトルバ軍駐屯地に泊まる様ですが、観光のつもりでしょうか」
別に行動としてはおかしな事ではない。
やるべきことは終えているわけだし、アクリラの中心部は夜になっても街は明るく活気がある。
摩訶不思議な学園都市の色が消えた、”商業都市”としてのアクリラを楽しみたいなら、夜の散歩は人気の高い観光ルートだ。
宿泊先も至って普通。
三大勢力の結節点であるアクリラには、その街を取り囲むように各軍の軍事施設が点在しており、軍属の生徒の管理を行っている。
それはもはや街の一角として成立している物だが、校長からしてみればアクリラに穿たれた楔でもあった。
だが魔導騎士団長が泊まるのならば当然だろう、なにせその中は治外法権でありアランの介入も不可能なのだから。
「でもその顔には、普通ではないことが起こったと書いてありますね」
校長はそう言いながら早く話せとアランを急かす。
長い付き合いだ、頭の中を読まなくともお互いの裏の感情くらいまでは読み取るのはわけもない。
そしてアランの表情は、久しく見ないレベルの興奮をまとっていた。
「その様子だと、モニカさん達の件以外で、魔導騎士団長がなにか言いましたか?」
「”以外”ではないが、予想外だったな」
アランはそう言うと、続けて言いづらそうな様子で言葉を繋げた。
「・・・”アトラス”の名前を出しおった」
その瞬間、校長は表情を少しの間固めた。
そしてそれから、ゆっくりと部屋の扉と反対側の窓を見渡し、部屋の防諜結界の状態を確認して問題がないことを確認してから、鋭い口調で答えた。
「・・・なぜ?」
「独立戦争期に使われていた同名の魔導装具に混ぜてはいたが、おそらくこの街の中でその単語を撒くのも、あやつの使命なのだろう」
そこで校長をじっと見つめるアラン。
校長も、”その意味”を読み取った。
受け入れていない以上、アランはグリソムの真意を読むことは出来ない。
だが読めたとしても、それに意味はないだろう、おそらくグリソムは本当に”アトラス”が何なのかも知らない筈だから。
アクリラにやってきて、その”単語”を一言漏らす。
それだけで、監視しているアランにはその”意図”が伝わる。
”魔導騎士団長”が口にした以上、これはトルバからの”圧力”ともいえた。
いや、”アトラスからの”というべきか。
「勇者革命・・・トルバ独立戦争・・・大戦争・・・連中の名前が出ると、どうもキナ臭い」
アランがそう言いながら、過去に思いを馳せるように腕を組む。
長い時を生きた彼にとってその名は、滅多に聞くことはないものの、それでも記憶に残ることは多い。
そして、それは校長も同様だった。
「だとするなら・・・あの2人はもう既にシセル・アルネス以上に厄介な存在に、目をつけられたことになりますね」
「・・・いや、”逆”かもしれん」
「・・・?」
アランの言葉に校長は一瞬怪訝な表情を浮かべてから、即座にこの一年で収集した情報を、既に持っている知識に掛け合わせ、一つの荒唐無稽な情報を洗い出した。
モニカは確かに強大で危険な因子ではあるが、アトラスがこのように接触してくる要素はない。
それは彼女を深く知れば知るほど確信する事だ。
だが・・・
「まさか・・・あの”都市伝説”を信じてますか?」
「モニカ君の”持っているもの”・・・その出処を考えれば馬鹿にはできんだろう」
その言葉に校長は俯く。
「・・・狙いは”ロンさん”ですか」
校長の言葉に、アランが肯定でこそないが同意するように視線を向ける。
「どこで感づいたのかは分からんが、おそらくその”匂い”を感じ取ったのだろうな。 ひょっとすると、”著作権”を主張しに来たのかもしれんぞ」
アランの言葉に校長は、フッと息を吐きながら校長室の天井に描かれた、小さなアクリラの街のシンボルマークを見つめた。
その目に憂いを湛えながら。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
その夜。
夢フィールドの中を進みながら、俺は今後について思いを馳せていた。
やってきたのは、通称”ガラクタ置き場”と呼ばれる、俺の作った出来損ないのスキルや魔力回路、その他諸々のアイディアがうず高く積み上がったゴミ山だ。
ただ、今日はどうも”現代チック”に仕上がってるせいで、本当にゴミの埋立地のような感じで困るな。
山の上でショベルカーが動き回っているし、走っているトラックの運転手はヘルメットと蛍光ベストを着込んでいる念の入れようだ。
集ってるハエと鳥は何のデータだ?
これで臭いまで再現されたら、きっとこの場にはいられなかったことだろう。
俺が、なんでこんなところに来ているかというと、理由は主に2つ。
どうもこの場所をよく彷徨いているらしいヴィオの端末を探すためと、”あるもの”を掘り出すためだ。
モニカとの摺合せで議題に上がった中で、俺達はエリクの妙な動作記録が気になった。
いくらなんでも、エリクの剣の動きがおかしい。
それについてヴィオに確認する必要があるし、それにあの子のことだから、そろそろ何か自分の強化プランに方向性が見えている可能性もある。
あと、”魔導騎士団長”のことを黙っていたことをとっちめなければな。
とはいえ、そんな俺の不穏な空気を読んでか、今の所近辺に端末の姿は見えない。
まあ近くにはいるはずなので、すぐに見つかるだろうが。
もう一つは、この中に捨ててある図面を拾い集めようと思って。
ガブリエラにもらった、”シセル・アルネス”の情報はその逸話よりも推定される能力諸元の方が圧倒的にやばかった。
そりゃ、総魔力量や魔力出力は”王位スキル”には劣るが、それでも”軍位”並。
もちろんルーベンと違って経験不足なんてことは万に一つもないわけで、魔力量で勝っているからといって、優勢なんて思わない方が身のためだ。
しかも表を見る限り”素”のフィジカルが、デバステーターと互角かそれ以上あるときている。
つまり、なんの強化もせずに”勇者”と正面から殴りあえる。
この上、竜人特有の魔力親和性にものをいわせた、世界最高峰の魔法が飛んでくるのだから、今の俺達にはもうどうしようもないわけで。
だからといって、それで殺されるのを指くわえて待っているわけにもいかない。
幸い、今回の一件でまた”予算”の都合がついたので、せめて”フィジカル”くらいは合わせとこうか、となったわけだ。
俺はそう言いながら、ゴミ山の中のストレージを漁りだす。
『たしか・・・この辺に』
鍵のかかってない金庫のようなストレージの中から、使い古したような図面が幾つか出てくる。
その殆どは、外部装甲に関する初期の仮想実験機のものだった。
そのなんとも初歩的な構造に、俺は苦笑いを浮かべる。
『まったく・・・俺も成長したな』
”ワイバーン”などの現行機に比べたら、おもちゃみたいだ。
なんだよこのゴリ押し回路・・・
図面を眺めながらツッコミを入れる。
もっともその初歩が今持って、俺達の”最強”なわけで・・・
そうやって俺が感傷に浸っていると、不意に後ろで何かが動く気配がした。
『お父様!!!!』
その何かが俺に向かって叫ぶ。
どうやら、もう”一つの目的”が向こうからやってきてくれたらしい。
『ああ、そんなところにいたのか』
俺はそう言いながら後ろを振り向くと、予想通り、縮めたモニカ(ただでさえ小さいのに)そっくりのヴィオの端末の姿が目に飛び込んでくる。
だが、様子がちょっと変だ。
なんとも慌てた様子で、こちらに向かって走ってきている。
そんな必要もないのに肩で息をしていることからして、よっぽど焦っているのか。
『ん? どしたの?』
俺がそう問いかけると、興奮と恐怖の入り混じったような不思議な様子でヴィオの端末が叫んだ。
『あの女、誰ですか!?』
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