2-21【静かな雨音 1:~2つの誤算~】



二月ふたつき後、ラクイア国際軍事会議の席で、我々はモニカ殿の来訪を心よりお待ちしております」


 トルバの魔導騎士団長を名乗った男は、最後にそう言い残すと俺達に向かって優雅に一礼した。

 


 俺の中に、モニカから流れ込んできたそのイメージが再生される。

 あまりボヤけてないことからして、モニカの中にかなり強烈に刻みつけられたのだろう。

 モニカはモニカなりに、その言葉の意味を必死に噛み砕こうとしていた。



 あの男の話に出たラクイア《国際軍事会議》とは、2年に1度行われるこの大陸中の国の軍事関係者が集まる大軍事会議のことだ。

 それくらいは俺でも一般常識として知っている。

 歴史教科書を読むのも嫌になるほど不理解の極地と化した大戦争終結後、その反省のために設置された会議で、

 各国の軍事的方向性が話し合われたり、二国間以上の軍事条約が締結されるため、終盤には各国首脳と軍事トップが呼ばれ、効力を確たる物にするために、開催地は世界三大勢力であるトルバ、マグヌス、アルバレスの中から持ち回りで選ばれる。


 早い話が”サミット”的な奴だ。


 普通に生きていれば、一生お呼ばれすることもないし、関わることもない”ニュースの向こうの存在”である。

 しかも軍事関係が主たるものなので、なおさら開催地に住んでいる者でもなければ縁がない。

 ただ、今回は・・・俺達自身が”軍事的な問題”なのだ。


 ”ワイバーン”の背面で俺達のすぐ後ろに座るルシエラの顔が、かなり強張っている。

 まだまだ幼いモニカにとって、それはあまりに大きな本能的な”不安”を喚起させた。

 物理的なら脅威なら叩き潰せばいいからモニカはそれほど恐怖を感じない、だが”政治的な脅威”なら話は別だ。

 いくらアクリラが治外法権的な場所とはいえ、国の名前がバンバン入った事案を出されては流石にどこまで守ってくれるかわからない。



 グリソムから謎の”招聘状”を受け取った俺達は、再びワイバーンに乗り直しアクリラへの帰途へとついていた。

 いつもエリクを乗せていた後部座席には、代わりに不安そうなルシエラを乗せている。

 ユリウスはデカ過ぎるのもあるが、俺達の安全を確保したいんだと。

 ただ、目下のグリソムはどこに行ったのやら、俺達に渡すものだけ渡すと、そのまま寄り道でもしていたかのようにどこかへ歩いていってしまった。

 方角的に街の方だとは思うが、後に残された俺達は途方に暮れるしかない。


 一つだけこの出来事に肯定的な要素を見つけるとすれば、モニカだけが感じていたあの謎の”強そう感”の答えが出たことか。

 だが、まさか”魔導騎士団長”とは・・・

 スコット先生が昔所属していたところのトップということは、先生よりも強いのか?

 そりゃ、エリクもヴィオも憧れる。


 俺は遺跡に入ったところでエリクが熱心に語っていた、”大魔将軍と七人の魔導騎士の戦い”の事を思い出す。

 リストを見る限り、この中にも同じ名前があった。

 俺の手持ちの資料は一般常識の絵本レベルなので、これは本格的に調べないといけないかもしれない。

 



 アクリラの市街地に入り東山がすぐそこに見えてきた頃、不意にルシエラが俺達の服の裾を引っ張った。


「帰る前に寄って欲しい所があるの」


 ルシエラがそう言って指し示したのは、木苺の館でも、北病院でも”サイロ”でもなく、知恵の坂の向かいにある路地の一つ、”モニカ連絡室”のある建物だった。

 

「会って欲しい人がいる。 詳しい事は”あの人”が教えてくれるから」


 俺達はそのルシエラの噛み砕けないような物言いに、この先で待ってる人間の正体を悟った。

 モニカが気合を入れるように拳を握りしめる。

 心の中は、まるで問題を起こして職員室に呼び出されたかのようだ。

 ・・・いや、実際そうかもしれん。


 俺達が寄りやすいようにと、勝手に増築した屋根の上のプラットフォームに着陸し、そこにロメオを一旦繋ぎ止めると、元々屋根裏部屋の窓だった屋上階の扉を開ける。

 すると既に俺達の来訪を察知していた住人達が勢揃いで出迎えてくれた。



「遺跡であったことは聞いた、怪我はないか?」


 開口一番ファビオが心配そうな表情で声をかけてきた。

 相変わらず不機嫌そうなその表情に、俺達は少しだけホッとする。

 まさかこの顔にそんな事を思う日が来るとは前は思わなかったが、少なくとも帰ってきたことは間違いない。


「大丈夫、もうなおしてもらってるし、わたしのスキルも安定してる」


 モニカがそう答えながら、手を握ったり開いたりしてみせる。


「ロザリア医師の所見があるまでは信用できん」


 だがファビオはそう言って、なにか分かるわけでもないのに俺達の体を引っ掴んで回し、どこもおかしな所がないか確認し始めたではないか。

 そういう仕事だとはいえ、結構な過保護である。


「本当は、今すぐにでも北病院に送りたいところなのだが・・・」


 一通り見分を終えたファビオが最後にそう言いながら、諦めたように階段の下の方を見つめる。


 観測スキルを展開するまでもない。

 ファビオの視線の先からは、猛烈な”存在感”が漂っていたのだ。

 モニカは少しだけ、”こんな所に大丈夫か?”と後ろに控えるディーノに視線を送ったが、商人は肩をすくめるだけ。


 まあ、行くしかない。


 案外すぐに再会できて嬉しい半分、ちょっと間が空いたので怖いのが半分といったところか。

 居るのは2階らしい。

 そういや、一番広い部屋があったんだっけ。


『でも、あそこって”ものおき”だよね?』

『頑張って片付けたんじゃないか?』


 小人のジョルジュは物理的にも政治的にも、手を貸せたとは思えないのでディーノが頑張ったか、それともヘクター隊長を呼んできたか。

 まあ、後者だろうな。



「来ましたか」

「・・・」


 2階の廊下に出たところで不意に、モニカが緊張で固まる。

 てっきり入り口の付き人はヘルガ先輩だと思ってただけに、現れた予想外の人物に反応が遅れたのだ。

 扉の前にいたのは、知ってるようで知らない黒髪の綺麗な魔法士だった。

 だがその気品に満ちた雰囲気と、極限まで磨かれたような立ち姿を見間違えようか。


「・・・”リヴィア”・・・さんでしたっけ?」


 モニカがその女性の魔法士に恐る恐る問いかける。

 すると女魔法士が少し驚いた表情を作った。


「私のことをご存知で?」


 どうやら面識のないはずの俺達が、彼女のことを知っているとは思わなかったらしい。


「えっと、ガブリエラが・・・あ! ガブリエラが、わたしの参考にしっかり見るようにってあのとき・・・」


 慌ててモニカがそう答える。

 途中でガブリエラの呼び方を言い直したのは、俺達の立場が”隣国の貴族”で、彼女が公的な立場だからだ。

 リヴィアの形の良い胸には、おそらく卒業してすぐ取ったのだろう”エリート”の金バッジが輝いている。


「それはまた、随分と恐縮なことです」


 だが、リヴィアはそう答えると、少し苦い顔をした。

 どうやら、”あの戦い”を見られたと聞いて、恥入ったらしい。


 この黒髪の美しい女魔法士は”リヴィア・アオハ”。

 資料が正しいなら、ルーベンの親戚だったはずだ。

 去年の年末、アクリラ大祭の対抗戦でガブリエラに(コテンパンに)敗れたラビリアマグヌスの魔法学校の去年の主席である。

 それがあまりにも実力差のある負け方だけに、勇者に勝った俺たちに対して恐縮してるのだろう。

 ただ、そこまではなんと通算成績でガブリエラに勝ち越していた正真正銘の実力者である。

 全身から漂う気品も相まって、ビビってるのは俺達の方なのは言うまでもない。


 ここに来るということは、どうやらあの時の”無茶な勧誘”はちゃんと成就したのか。


 モニカが着ている外行きの魔法士服の皺を、指に発動した【アイロン】のスキルで必死に伸ばしながら、慌てて左足を引いて腰を少し折って下げ、右手を胸の前で握る。

 アルバレス式の正式な挨拶だ。

 だが、その口上を発そうと口を開いたところでリヴィアが首を横に振った。


「”礼”の必要はありません。 今回のアクリラ来訪は緊急時のお忍びですので」


 その言葉に、モニカの顎が音もなく空を切る。


「それに私は”従者”です。 同格の扱いは不要」

「・・・」


 リヴィアの無茶な注文に、俺達は無言になるしかない。


『一応、向こうの方が家格は上なんだけどなぁ』

『”侯爵”さんだよね?』

『仮に伯爵家でも、こっちは落ちぶれの格下だ。 それにリヴィアさんは成人してるから彼女自身が”男爵”か”子爵”の地位があるけど、こっちは”伯爵子”だからな』


 この世界の貴族の地位は原則個人に対して与えられるので、成人も叙勲もなく、家督も継いでない俺達はそもそも比較のステージにも上がってないのだ。


 だが一分の隙も感じない彼女にそうビシッと言われては、俺達に反論することはできない。

 仕方なく俺達は、前で握った右手をゆっくり下に下ろした。


 一方、リヴィアはといえば、俺達よりもその後ろに声をかけている。


「申し訳ないが、部屋の中にはモニカ殿とルシエラ殿だけでお願いします」


 付いてきていた”モニカ連絡室”の面々にそう告げると、すぐにアルバレス代表のジョルジュが物言いをつけた。


「我々に、”内容を知らせない”ということですかな?」


 ジョルジュの目は、外交官ならではの”面倒くさい態度”で問い詰めるものだ。

 だが、それにビビるリヴィアではない。


「その判断は”モニカ殿”が決められる事です、少なくとも”我々が”では無い事を御理解ください」


 リヴィアはすげなくそう言うと、纏う雰囲気を少し強くして”御理解”を強制した。

 ”エリート”にそこまで拒否されれば、従うしかない。

 彼等が”了承”したことを確認したところで、リヴィアがガチャリと”ものおきだった部屋”の扉をあけ、俺達を中へと促す。


 するとすぐに、俺達の目に”黄金の光”が飛び込んできた。


 急増の割には物置の面影が無い広い部屋の一番上手に置かれた大きな椅子に、金色に輝く女性が両脇に鹿と鳥の2体の”獣”を従えている。

 その姿は、この物置が”謁見の間”に感じるほど荘厳だ。


「ガブリエラ!!」


 モニカが関を切ったようにそう叫び、小走りで駆け寄ると、そのまま親愛を込めて軽くハグをした。

 壮大な胸が俺達の貧相な胸に当たる。


「突然押しかけてしまった」


 金髪の王女が、僅かに申し訳なさそうにそう呟きながら、俺達の後頭部にそっと手を置く。

 だが彼女にしては弱々しい手付きに、モニカが否定するような口調で答えた。


「来てくれてうれしい」


 ”親族”の来訪に、モニカが喜びを開放させる。

 だがその裏で、俺は以前とは異なる”距離感”を感じていた。


 最後に会ったときから、まだ半年も経ってないというのに、彼女の雰囲気は随分と変わっていたのだ。


 アップデート俺の介入によりウルの調整が上手く行ってると聞いていたが、そのせいか爆弾のようなピリピリとした空気がかなり収まって前よりも大人びて見えるし、落ち着きも感じるくらいである。

 だがそれだけではないな。

 着ている服が単に豪奢な物から少し軍服めいたものに変わっているせいもあるが、何となく”固い”雰囲気になっていた。


「いつ来たの?」

「先程な。 本当ならそなた等の場所に直接飛びたかったのだが、事が事だけに最低限は”形式”を踏まねばならぬ。

 ・・・飛んだとして、できることはなかったのだが」


 ガブリエラはそう言うと、俺達の後ろを向き、扉を閉めながら入ってきたルシエラに視線を送った。


「言われたとおり、連れてきたわよ」


 ルシエラが不機嫌そうにそう伝える。

 するとそのニュアンスを感じ取ったガブリエラが、小さく笑った。


「少し時間が掛かったな。 ”受け取りの拒否”でもしようとしたのだろう?」

「私に”そんな事は無駄だ”って言ったのは、そうするためじゃないんですか?」


 ルシエラがそう返すと、ガブリエラの笑みが苦いものに変わる。


「まあ・・・それもある。

 私の立場では無理だが、そなたにはモニカの同室の先輩としてモニカを監督できる建前はあるからな。

 だが、そなたが妨害しても告示されるだけだ。 リヴィア」

「こちらです」


 ガブリエラの声に、リヴィアがサッと何かを取り出し俺達に差し出した。

 モニカが受け取ると、かなり大きな紙にデカデカと書かれた文字が目に入る。


 ”今回より初参加の魔王が、モニカ・ヴァロアをラクイアに招聘。

 トルバ列強が本会議に席を用意するとの情報も”


 その真中には、対抗戦で描いたのだろう俺達とデバステーターの魔法画が描かれ、その隣に向き合うように歴史の教科書でしか見たことのない紋章が描かれていた。

 どうやらアムゼン魔国はトルバが独立されて立場が変わっても、シンボルマークはほとんど変更しなかったらしい。


「今朝方ルブルムマグヌス王都に届けられた新聞屋の張り紙だ。 ルブルムに着ているということは、直にアクリラの街でも張り出されるだろう。

 いや、もう既に張り出されていると考えたほうが良いな、その前に、せめて直接伝えねばと思いここに来た」


 ガブリエラはそう言うと佇まいを直し、彼女には似合わない真面目な顔をした。

 軽く言ってるが、公務が立て込んでるのはウルから聞いていたので、そうとう無茶をしてやって来たのは間違いない。 

 すると俺の考えを察したのか、横からガブリエラの”黄金鹿”が近づき、そのノッペリとした顔をこちらに向けた。


「ロン、モニカ様、お久しぶりですね」


 流れてきたのは、ガブリエラのインテリジェント管理スキルこと”ウル”の声。

 どうやら、この鹿の魔装獣をスピーカー代わりに使うらしい。


「お、おう・・こちらこそお久しぶりです・・・」


 俺はなんとも圧倒されるように縮こまった声を返した。

 今は完全に”同格”なんだからもっと堂々とすべきなんだろうが、どうしても恐縮するものは恐縮する。

 それに、また随分と流暢に ・・・喋るようになって・・・


 久々に会ったウルは、かなり人間性を感じる柔らかな声をしていて、一瞬、誰の声か分からなかった。

 かなり高度に洗練されてきたという彼女のメールは間違いではなかったどころか、その文面以上だったらしい。


 すると彼女が手慣れた様子で、すぐに俺との直接回線を確立し、何やら情報を送りはじめたではないか。


「今回の参考資料です。 まだ速報なので、不完全ですが。 今日の説明には十分でしょう」


 脳内に流れ込む、大量の文章資料に画像資料。

 たとえ思考加速したとしても、とても一瞬ではチェックが追いつかず、僅かな頭痛が頭を襲う。

 きっと脳内に直接ぶち込める相手がいなくて練習できなかったのだろうが、この辺の遠慮のなさはガブリエラ譲りか、それともガブリエラのそれがウル由来だったのか。


「どうですか? 正常に読めましたか?」

「あ、はい・・・ご丁寧にこっちの形式で作っていただいたみたいで・・・ただ、数が多いんで、ちょっと時間もらっていいですか?」

「好きに読め。 恐らく何度も見返すことになるからな」


 ガブリエラにお許しをもらったので、早速俺はとりあえず事態の進捗をまとめたと思われる、報告書を読み込み始めた。


『ふむふむ・・・なるほど・・・うーむ』


 どうやら、事態は予想よりもマズイ方向にズレ始めたらしい。



 そうやって俺が俺なりに理解を勧めている横で、モニカとガブリエラの話も同時に進んでいた。


「まずは、私から・・・すまぬ」

「!?」

「が、ガブリエラ!?」


 突然頭を下げたガブリエラに、俺達が大いに慌てる。

 いくらここにいるのが見知った者ばかりとはいえ、超大国の王女にそんなことをされては、肝が冷えるを通り越して凍って砕ける。

 だが、ガブリエラは頭を上げようとはしなかった。


「謝ってどうにかなる問題ではないが、謝罪する。

 私の見通しが甘かった」




 ウルに渡された報告書を読む限り、ガブリエラとそのお仲間による”モニカ・ヴァロア”の認知作戦は、ある一定の段階までは順調に進んでいた。

 将来的な脅威に対する対抗策を安価に得られたと比較的乗り気のアルバレスに、表向きはマグヌスも”友好の象徴”としての価値を見出してくれたからだ。

 懸案だったトルバへの根回しも、ガブリエラの積極的な外交活動の甲斐あって、なんとトルバ首都国である”エドワーズ”に対しある程度のパイプを確立できていたらしい。

 これは、素直にすごい成果だと思う。

 ちなみにプラスに働いたのは、俺達の”帰属意識”の低さだそうだ。

 まあ、たしかにアルバレス、マグヌス両国に帰属意識なんて持ちようはないからな。


 どうも彼女は卒業後、積極的に公務で外遊していたようで、軍事だけでなく様々な場面で王の代理として象徴的な事もしていたようだ。

 俺達がこのまま表立って各国と敵対せず、なし崩し的にトルバの了承を得れば、俺達に関するマグヌス・アルバレス”裏”条約は、晴れて公の立場として確立されるだろう。

 そこまで数年か、数十年か、どれくらいかかるか不明だが、少なくとも事を荒立てる気はないというのが、ガブリエラ側の見解だった。


 だが、その流れに対し異を唱える国家がいくつか現れる。

 もちろん、それ自体は問題はない。

 ガブリエラもそれを想定していたし、ある程度の対策もできていた。


 問題は、そこにトルバ内部の”難しい問題”が絡みついたことだ。


 先陣を切って異を唱えたのはトルバを構成する国の一つ、”アムゼン魔国”。

 そう、魔人の王、”魔王”が治めるかつての最強国家である彼の国が、俺達の存在に疑念を表しその目で確かめたいと言いだしたのだ。


 そして、これがマズかった。


 よりにもよって、トルバ内の”勢力争い”を刺激したのだ。


「”13列強”はもう習ったか?」


 ガブリエラの問にモニカが即座に頷き、指を折って数え始めた。


「エドワーズ、キャンベル、ネリス、フォルクノー、ブラッグ、フッド、マコード、デイビス、ベニン、ヴァンデンバルク、エバレット、モハヴェー、パールバラ」


 モニカが空で答えたのは、トルバの”国会”で常時投票権が認められている13ヶ国、いわゆる”列強国”で、大体影響度の順番通りに並んでいる。

 あ、別に全部覚える必要はないぞ、今必要なのは頭の3つ、エドワーズ、キャンベル、ネリスの上位三国家だけだから。


 現在の首都国で、経済と外交に秀でる中核国家 ”エドワーズ”


 第2席にして、連動内最大の国土と人口を誇り、首都国経験回数が最多の連合の屋台骨 ”キャンベル” 


 第3席ではあるが、軍事拠出額がトルバ最大の、連合の槍 ”ネリス”



「その内の一つ、”ネリス”がアムゼン魔国の提案を支持し、最大国家である”キャンベル”が事実上追認した」


 ガブリエラが呟く。


 大きな誤算は2つ。


 問題児かつ新参者のアムゼンが、国際社会のデビューでまさかの他問題に首を突っ込んだこと。

 そしてそれを、キャンベルとネリスの2大列強が後押ししたことである。



 世界最大の勢力トルバにとって”アムゼン魔国”の扱いはかなり微妙。

 なにせトルバはかつて、その全域をアムゼン魔国の支配下に置かれ、数百年単位の独立戦争の末に立場をようやく逆転させたのだ。


 現在アムゼンは表向き・・・というよりも文章上の扱いは、百を超えるトルバの構成国家の一つに過ぎない。

 だが、小さな山一つだけが管理上の独立を保っているような小国とは違う。

 連合最大の”キャンベル”ですら単独ではアムゼンには及ばないし、エドワーズに至っては面積で3分の1、軍事力も実はトルバ最大の軍事拠出源であるネリスより遥かに大きい。

 だが・・・いや、だからこそ、この規模でも”列強”として処するわけにはいかなかったのだ。

 

 トルバのほぼ全ての国にとってアムゼンの脅威は未だ過去のものではなく、独立と主権を勝ち取り、アムゼンを連合内の一員として国交を開いた今となっても、連合の舵取りの一翼としての権利は渡すことはできずにいた。

 とはいえ孤立させるにはあまりに強大すぎるし、味方になるならこれ以上に頼もしい国もない。

 今回のラクイア参加には、そういった歪な関係を将来的に解消し、アムゼン魔国を国際社会に緩やかに混ぜるための大きな一歩となるはずだったらしい。


 儀礼的に軍事会議に列席し、現魔王が祝辞を2、3述べる。

 求められているのはそれだけ。

 決して波風を建てるようなことがあってはいけない。

 それが少なくとも、アムゼンの後ろ盾となった現首都国エドワーズが求めたこと。


 ところが蓋を開けてみれば、魔王は事もあろうに、まだ表面下で燻っているだけの”別の問題”を掘り返すようなことをした。


 ラクイアの主要会議の席に、俺達本人を呼びつけたのだ。


「”まこく”は何で、わたし達を呼ぼうと思ったの?」


 モニカが不思議そうに尋ねる。

 俺達は今まで、”色々”と・・・まあ色々やって来た訳だが、そのリストに”アムゼン魔国”も”魔王”も書かれてはいない。

 俺達にとってそれは、本当に遠い遠い、微かな影響すら感じぬほど遠い彼方の筈だった。


「・・・そこはまだ不明だ。

 なにか”理由”はあるようなのだが、トルバの他の国に漏らしていない。

 なんにせよ、普通であればアムゼンの提案は議論を呼びこそすれ、実行力を持つには至らない。

 ・・・だが、よりにもよってトルバ最大の軍事国家”ネリス”が、その提案に強い支持を表明した・・・まさかのな」


 ガブリエラはそう言うと、青天の霹靂を探すように天を仰ぐ。

 その様子からも、これがいかに”ありえないこと”かが俺達にまで伝わってきた。


 なにせ最大の軍事供出源ということは、同時に魔国との独立戦争においての最大の”被害国”でもあるからだ。

 二国の間に引かれた溝は、トルバの中でも最も深いといって良いだろう。

 何を隠そうネリスは、ここまでアムゼン魔国のラクイアの出席どころか、トルバ内での立場についても覚束ない最大の要因だった。


「なんで、ネリスは魔国の味方になったの?」


 モニカが首を傾げる。

 社会勉強が積み重なってきたことでもう既に、根の深い民族対立がちょっとやそっとで歩み寄れるようなものではないことは理解していた。

 だがそれに対する答えはない。


「いくつか要因が考えられるが、どれも決定打にかける。 正直なところ、”分からない”と答えるしかない」


 ガブリエラの答えは、彼女の正直な感情を示していた。

 普通に考えれば、”ありえないこと”なのだ。 


 アムゼンとの関係だけではない。

 いくらネリスが強いといえど、それは所詮”トルバ内部”での話。

 マグヌス、アルバレスという桁の違う超大国が”友好の象徴”と掲げた存在に噛み付くなど、正気の沙汰ではない。


「だが、そなたに親書を持ってきた”男”のことを考えるなら、そこに一つの”流れ”を見ることができる」


 その瞬間、唐突に俺が見ていた資料に追加情報が表示された。

 トルバの”魔導騎士団”、その中で”特級”認定されている者と、その”管理国”の一覧だ。

 目が行くのは、その一番上。


” 団長:ディーク・グリソム  管理国:キャンベル ”



「魔導騎士団は平時においては、管理国の指揮下に入る。

 その男が”親書”を持ってきたという事は、キャンベルがアムゼンとネリスを支持したという事になる」

「なるほど・・・」


 ちなみにネリスには、”ダニエル・ライド”という、特級扱いの魔導騎士がちゃんといるらしい。

 それを使わずに、わざわざ他国の戦力が出向いたとなれば、それはキャンベルの意思表明とみて間違いないだろう。


「ガブリエラがパイプを持っていたエドワーズの面目は、これで丸つぶれというわけね」


 ルシエラのその物言いに、ガブリエラがやれやれと肩を落とす。

 それを見たモニカが、まだ理解が及ばないとばかりに声を発した。


「どういうこと?」


 モニカがすぐ横のルシエラに顔を向ける。

 すると彼女は、心底忌避するような表情で、暗雲渦巻く国際社会の中身を話してくれた。


「エドワーズの大きな発言権の源だった”アムゼン”が、エドワーズの思惑から外れて、その上ライバルのキャンベルとネリスの支持を取り付けたの。

 エドワーズの優位性は失われたと言っていいでしょ」 

「”失われた”は言い過ぎだがな。 連合の中にアムゼンとエドワーズの仲を疑問視する国は出てくるだろうが」


 ガブリエラが、ルシエラの説明にそう補足した。


「そして俺達は、その”ダシ”に使われたってことか」


 どうやら、俺達は体よく知らない国の政争の材料にされていたらしい。

 戦略兵器ってのはつらいねぇ。


「つまり今後、俺達に否定的な態度のネリス、アムゼンの2大軍事国家がトルバのトップになるってことか?」


 そうなれば、トルバ側への渡航は厳しくなるかもしれない。

 必要ではないが、選択肢が狭まるのは嬉しくはない。

 だが俺のその考えに、ガブリエラはまだ尚早と付け加えた。


「幸いその2国が共闘する事はない。 ネリスはあくまでエドワーズの足元を少し掬っただけで、アムゼンは依然としてエドワーズに外交の殆どを依存しているからな。

 今回の件でも連携は取れてないことからして、アムゼンとしても予想外なのだろう。

 キャンベルにしても、調停者めいた事をしたところ見るに、真の狙いは次のラクイアでの主導権だ」

「という事は、ネリスとキャンベルは、エドワーズの足をそれぞれ勝手に引っ張ったってことか」

「そう考えるのが、とりあえず妥当だろうな。 連中がリスクをかけてまでそなた等を本気で害する気はない」


 まったく、連合国家というのはこういう時ややこしい。


「うーん、よくわかんないけど。 すっごくややこしい事に巻き込まれたの?」


 ちょうど理解力の限界に達したモニカが、眉間にシワを寄せながらガブリエラに確認する。

 我が相棒ながら、随分と要約されたまとめだ。

 だが、ガブリエラも腕を抱えて難しい顔をした。


「いや、この件自体は ・・・・さして問題ではない。

 そなたにとって縁もゆかりもない国のトップが、エドワーズになろうがネリスやキャンベルになろうが関係ないからな」

さして問題ない ・・・・・・・? じゃあ、なんで私に行かせたの・・・」


 妨害要因として送り込まれたルシエラが、その原因が大したことではないと言われて立腹したが、ガブリエラは無視して話を続けた。


「・・・我々にとっての”問題”はあくまで”アムゼン”の態度だ。

 そなた等にとってアムゼンは、他国と違って”無視”はできないからな。

 だがこのゴタゴタで、アムゼンの求めに”正当性”まで生まれてしまった。

 これでアムゼンは、堂々とモニカを狙える ・・・。 こうなってしまえば残念だが、そなた等には従ってもらうしかない」


 ガブリエラが口惜しげにそう語るように、本来ならこういう場合、俺達は無視をするだけで良かった。

 どれだけ正当性を主張しようにも、超大国二つを背後に”特級戦力級”の俺達に手を出すリスクを負える国はない。


 だが”アムゼン魔国”は勝手が違うらしい。


「他国と違うって、対応まで変わるものなのか?」 

 

 俺がガブリエラに疑問をぶつける。


「本来ならば、列強であっても力づくで黙らせる手段も使えただろうが・・・何事にも”例外”がいる。

 それが通じない相手が、”アムゼン魔国”だ」


 ガブリエラはそう言いながら、口惜しげに手を何度も開いては閉じる。


「もし仮に争いとなれば、私でもそなたを守りきれん。

 私の方が強いだろうが、向こうは私が勝つまでにそなた達を殺す事が可能なのだ」

「あまり自惚れたことは言いたくないが、今の俺達なら”勇者”でも逃げるくらいはなんとかなるんじゃ?」


 俺がダメ元でそう意見する。

 ”国喰らい”とかいう化け物に負けかけたり、”息子”にボコボコにされたばかりだが、それでもおいそれと殺される気はない。

 少なくとも、相手が分かっていればガブリエラに救援要請を飛ばして、彼女がやって来るのを待つくらいはできる筈だ。


 すると、ガブリエラが興味深そうな目で俺達を射抜いた。

 俺の観測スキルが、ガブリエラの中でウルの巨大な魔力が動くのを観測する。

 どうやら実力を測られたらしく、その顔が僅かに緩んだ。 


「・・・ふっ、最後に会ってからも強くなったようだな。

 ・・・だがそれでも足りない。 

 ”あの者”が持つ”経験”は、それだけ危険なのだ。

 とにかく、それだけの能力と経験を持った”存在”に、目をつけられてしまったんだよ。

 この街に閉じこもろうにも、アクリラの防護も、流石に”相手”が悪い」

「”魔王”ってそんなに強いの?」


 モニカが警戒気味にガブリエラに問う。

 確かに”魔王”という名前からは、途轍もない強さを感じるものだ。

 だがそれはかつての事。


「強いのは”魔王”ではない、その配下の”魔将軍”・・・いや、その中の”1人”だ」


 ガブリエラの言葉と同時に、ウルが資料の一部を”金鹿”の角を光らせて空間上に投影させる。

 それは、一人の”魔将軍”の情報だった。


「・・・そっか、アムゼンだと”この人”がいるのか・・・」


 ルシエラが呟く。

 俺達も、”魔導騎士”が出来てたあたりで意識はしていたが、こうしていざその情報が表示されると、些か不思議な気持ちになる。

 なにせ俺達にとっては、カシウスやマルクスと同じく、”御伽話”の向こうだけの存在なのだから。


「アムゼン魔国は、その軍事力の殆どを失っているが、それでも個々の力が落ちたわけではない。

 私が生まれる前にその”地位最強”にあった者・・・そなたの”バッジの教師”であるスコット・グレン・・・その足を斬った者がいる」


 その言葉にモニカがゴクリと生唾を飲み、俺の脳裏に両足を義足にした、天文学教師の姿が浮かび上がる。

 そして、あの染み付いた憂いの原因の一つと思われる者の名前を、ガブリエラが小さく呟いた。


「”大魔将軍:シセル・アルネス”が」


 俺達が危険の地に赴かなくてはならない”理由”の名前を。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 ほぼ同時刻。

 ついに夜の色を映し始めた”スコット・グレン研究室”の窓に、一人の影が現れる。


「よう」


 その影が、部屋の中で無言で佇むこの部屋の主、”スコット・グレン”に呼びかける。


「・・・どうした。 幽霊を見たみたいな顔をして」


 その男、”ディーク・グリソム”はかつての”同僚”に向けてそう語りかける。

 それに対し、スコット・グレンは厳しい表情を崩さない。


「・・・解散して、最初の数年の内に死んだと思っていた」

「運がいいのは、あんただけじゃない」


 グリソムはそう答えると、疲れたような笑みを浮かべる。


「なぜここに来た」


 スコットが鋭い声でグリソムに問う。

 その声には、とても言葉で表しきれないほどの、多くの感情が乗っている。

 だが、それに対してグリソムは、僅かに冷めた声で返した。


「連合の使者だ、聞いてるはずだろ? そのついでに寄ったまで。

 安心しろ、いくらあんたが”逃亡兵”といえど、自分にアクリラの教職員を捕縛する権利はない」


 グリソムの答えに、スコットは己の顎の下を軽く擦る。

 グリソムの言葉通り、彼が来ることは分かっていた。

 だからこそスコットは、今日起こった事を聞いてもなお、あえてモニカの所には向かわなかったのだ。


「”青二才”が随分態度が大きくなったな、それに”逃亡兵”はお前もそうだろう」


 スコットが挑発する様にそう語る。

 と同時に、強烈な威圧感が部屋の中を埋め尽くした。

 ある一線を超えた者特有の、強烈なその覇気を伴う威圧は、肝の弱い者ならば失神しかねない。

 だがグリソムは、それに慄くかつての若い剣士ではなかった。


だった ・・・。 過去の話だ。 そしてあんたも過去の話にできるぞ ・・・・? トルバはいつでも戦力を求めている、戻ってくる気はないか?」


 今のグリソムには、スコットの威圧にそう戯けてみせる余裕すらある。

 2人が最後に会った時であれば、考えられないパワーバランスの変化だ。


「・・・ない」

「だろうな。 だが考えておけ、そうすれば考えも変わるかもしれん。

 何せ”魔導騎士団長”が、”魔王”の要請で動く時代だからな」


 グリソムそう言うと心底おかしな物でも見るように、自分の体を見下ろした。

 実際、彼等の全盛期にそんな事を言えば、それだけで死罪になりかねない話である。


「・・・それで、結局ここには勧誘しにきたのか?」


 スコットが先を急かすように言う。


「そんなに、”かつての同僚”を訪ねるのは不思議なことか?」


 だがグリソムが不思議そうな顔でそう言いながら部屋の中へ歩みだし、予め用意されていた ・・・・・・・・・御茶の淹れられたカップを手に取りながら、スコット向かいの席にその身を下ろす。

 その時になって初めて、彼の体が尋常ではない程の重量を持っていた事を思い出したように、大きな”ドサリ”という音を響かせた。

 

「確かめに来た。 あんたと・・・弱くなった、今のあんたが”守るもの”を」




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