2-20【先史の記憶 20:~被害状況~】




 メルツィル平原のキノコ雲は今やその形をほぼ失い、巻き上げた粉塵の混じる黒い雨をその外縁部に降らせていた。

 その一方で、雲が大きくかき乱された中心部は晴れ上がり、青空から強い日差しが照りつけている。


 その中心、四本蜘蛛の残骸のすぐ横でそのコアに手を突き刺し、内部の空間をこじ開けようとしていたクラヴィスの中でステファニー校長は、すぐにその手応えを感じ取っていた。

 モニカ達につけた”耳”の反応が帰ってきたのだ。

 おそらく空間的には、もう繋がっているといっても良いだろう。


 その後ろでは、同様にロンの信号を拾ったヴィオが、エリクに驚愕と安堵の混じった声を叫んでいる。

 石が砕けるような”ピシピシ”という音を発しながら、徐々にコアのヒビが大きくなり、そこから漏れる光の量が増えていった。

 だが、その光の色が段々と黒くなってきたのはエリクの気のせいか?


『エリク・・・お父様のステータスがおかしいです』

「・・・どういうこと?」


 ヴィオの声色に何かを感じたエリクは、ヴィオの柄をギュッと握りながらそう聞いた。


『”意図的暴走状態”というんでしょうか・・・それ用の保護機能が働いて、私のスキルが自動的にお父様の通信網から遮断されたんです』

「つまり?」

『今のモニカ様は・・・四本蜘蛛の怪物とは比較にならないくらい、”危険な存在”になってる可能性があります』


 ヴィオの言葉でエリクが跳ねるように立ち上がり、クラヴィスを睨む。

 彼女の表情は、”その奥の存在”共々、険しいものになっていた。

 エリクと同じ様に危機を感じ取ったグリソムが、剣を抜いて静かに構える。

 すると、この場の強者達が揃って警戒を作ったことで、他の者たちも訳がわからずではあるが静かに退避を始めた。


 今や、四本蜘蛛のコアから噴き出す魔力の光は、周囲にハッキリとした影を作るほど強烈だ。

 その時、漏れ出した真っ黒な魔力が勢いよく飛び出し、クラヴィスの横の地面を深々と穿った。


「ヒャッ!!??」

「手を離すんじゃないよクラヴィス!!」


 恐怖で悲鳴を上げ手を離しかけるクラヴィスを、”奥”から叱咤し体制を保つ校長。

 その目は恐怖ではなく、獲物を捉えた捕食者のようにギラギラとしていた。


「誰だか知らないけど、とんでもないものに手を出してくれたね、こっちの”予定”が狂うじゃないか。

 自分のケツくらいは、ちゃんと拭けるんだろうね?」


 校長がそう言った途端、まるでそれに呼応するかのように黒い光が収まり、それに伴ってコアのヒビが一気に広がり始めた。


『ステータスが標準に戻りました・・・でも何かおかしいです』

「・・・どういうこと?」

『わかりません・・・まだ距離があるというか・・・』


 ヴィオの反応はなんとも言い難い違和感に満ちていた。

 ただ、クラヴィスの奥に潜むアクリラ校長の目だけは「よくやった」という風に光っていたが。



 それから膠着状態が0.2時間(15分)くらいした頃だろうか。


 唐突に光の勢いが途絶え、それにあわせてクラヴィスが手を引き抜いた。

 すると、コアが砕けながら真っ二つに割れ、代わりに中から何かが飛び出してきたではないか。

 反射的にエリクがヴィオを抜こうと、柄を握る力を強める。

 だが、その手はエリクの認識以上の速度で動いたグリソムによって抑え込まれた。

 その石のように硬い力にエリクは面食らう。

 見れば、グリソムがよく見ろとばかりに、飛び出した物体を指差していた。


「うぶへっ!!?」


 飛び出した物体が、地面にぶつかってなんとも間の抜けた声を上げ、べチャリと雑巾のような動きで伸びる。

 その拍子抜けするような少女の声は、エリクも知ったもの。

 エリクの中に大きな安堵が広がる。


 モニカだ・・・大きな怪我はない。 


 と同時に、先程のヴィオの言葉に警戒が滲み出した。

 モニカに暴走されたら、どれだけの被害が出るか分かったものではない。


「・・・どっち?」


 エリクがヴィオに問う。


『・・・正常です』


 少し間をおいてから告げられたヴィオの回答に、エリクは柄を握る力を緩め、小さく息を吐いた。






 再び現れたモニカの姿は、随分とやつれてはいたものの、わりとしっかりとしたもので、一見するだけならどこにもおかしな所はない。

 だがその心の中は、大いに荒れていた。


『ロン・・・生きてる?』


 相方の存在を感じ取ったモニカが、疲れた声色で話しかける。

 久方ぶりに見た直射日光が眩しくて目を細めながら。

 すると、すかさずロンが目の感度を落とし、同様に疲れた声色で答える。


『ああ、観測データが間違ってなければな』


 それから暫くの間、ロンとモニカはまるで自分の居場所を確認するように、感情を使ってお互いの存在を無言でペタペタと触りあった。

 そうやって落ち着きを取り戻したおかげなのか、最初は信じられないといった感覚だった2人だが、やがてどっと疲れたように地面に体を伸ばして大きく息を吐く。

 ようやく終わった。

 その深い感慨に浸りながら。


 だがその平穏は長続きしなかった。


 ちょうどその瞬間、モニカの出てきた四本蜘蛛のコアが大きく砕け、強烈な轟音を発しながら大量のエネルギーを放ったのだ。

 そこら中を青白い光の波が駆け抜ける様子をモニカが目を点にしながら見送り、その場の全員が、何らかの防御手段を取る。


 ・・・結果的に、その必要はなかったのだが。


 不思議なことにその大量のエネルギーは無数の稲妻に分裂しながらも、誰も傷つけずに走り抜けたのだ。

 更に上空で形が崩れていたキノコ雲の残骸を柱に、小さな雷の様なスパークが駆け昇り、大空へと拡散していく。

 まるで晴天に響く雷のようなゴロゴロという音を響かせながら、その光は徐々に何もなかったかのように消え失せ、最後には、四本蜘蛛の残骸が完全に光と熱を失ってガラリと崩れ始めた。


 何が起こったのか、少しの間全員が空を見つめて、未だわずかにうずく空を見ながら心配そうな表情を続けた。

 だが、少しして何もない事が分かってくると、徐々に緊張の抜けた声が響き始める。

 その変化に、ロンとモニカは取り敢えず今度こそ、生き残った事がハッキリすると、地面にグッタリと伸びて力を抜き、それぞれの口で心の内を叫んだ。


「『しぬかとおもったああぁぁぁぁ』」



 と。





 そこから事後処理が始まった。


 キノコ雲が土砂の混じった黒い雨をひとしきり降らせたあと、再び晴れ上がったメルツィル平原の全貌が徐々に明らかになる。

 それはその場の全員の予想以上に派手な被害だった。


 かなり広範囲まで亀裂や地割れが発生し、大きな爆発のあった辺りなど地下の空間が押しつぶされ、カルデラの様に落ち窪んでいたほど。

 特にエリクなどは、自分達が戦っていた”地上”と思っていた場所が、実は地上から100ブル以上も下だった事に大いに驚いた。

 もはや抜け出すには、ちょっとした”登山”が必要になるレベルである。


 最後まで埋もれた者を探してそこら中を掘り返し、怪我を負った者をベースキャンプに移送して治療し、重傷者は発掘拠点の広場まで運んで高度な医療を受けさせる。


 これは翌日までに名簿と突き合わせて判明した事だが、数十名の重症者を出したものの、死者は一人も出なかったのは不幸中の幸いだろう。

 中には緊急治療のためにアクリラまで移送することが決まった者もいるが、その傷が半年以上残ることはないと思われる。

 ”爆心地”の周囲にいた者の数が少なく、そのほぼ全員が単独で危険地帯を走破できる実力者だったことが、その助けとなったのは間違いない。

 四本蜘蛛には赤子のように捻られた者であっても、本来ならば最弱でもEランク程度の魔獣と張り合える能力はあるのだ。


 反対に、遺跡はかなり深刻な損傷を受けていた。

 四本蜘蛛が”爆発”を引き越した地下の”大廊下”は完全に破壊され、僅かに巨大な柱の一部が地面を突き破るだけ。

 その上に乗っていた”第二期レイラ朝”の遺跡は跡形もなく粉砕されていた。

 四本蜘蛛の目覚めた最深部についても、唯でさえ途轍もない戦闘に巻き込まれたのだ。

 爆発の衝撃もあり、現在どのような状態にあるかも分からない。

 考古学的に失われたものの価値は、”甚大”の一言につきるだろう。




 報告が上がってくるたび研究者達は顔を暗くし、俺達はなんともいえない甚たまれなさを感じた。

 俺達が悪いわけではない、よくやってくれたと皆口では言ってくれるが、事の経緯を考えれば・・・いや俺達だけが知ってる”裏側”まで考えれば、あの場所に俺達が入らなければ、この遺跡は破壊されることはなかったのだ。


「今回の発掘調査の予定は、全て中止とします」


 発掘の座長を務めた教授がそう宣言したとき、誰の目にも驚きはなく、ただ”しかたがない”といった感情が滲んでいた。

 特に教授陣でホッとしたような表情を見せていたのは、弟子共々死の縁で踊っていたクレストール先生くらいなものである。



『今回の仕事は無くなったということですか?』

『そういうことだな』


 医務室のベッドにエリクと並んで横たわりながら、俺はヴィオの質問に答えていた。

 よほど疲れたのか、モニカもエリクもかなり深い眠りに落ちている。

 医療魔法で傷は治っても体力回復は鈍いからな、寝るに限る。

 エリクなど、眠りながらでもヴィオをギュッと握りしめているので、相当怖い思いをしたに違いない。


『その場合、お金ってどうなるんですか?』


 するとヴィオが、おずおずとそんなことを聞いてきた。


『そういや、どうなるんだろうな? もともと俺達は今週末だけの”スポット参戦”だが、何ヶ月もここで働く予定だったやつとか大変だろうし・・・』


 とりあえず俺は今回の依頼書と契約書の記録を取り出し、該当する条文を抜き出す。


『うーん・・・この書き方だと、たぶん俺達の分はでるんじゃないか? 他の連中はよく分かんないけど』


 なんとなく”俺達の責任による就労不可状態”に該当している気がしないでもないが、四本蜘蛛を”天災”と見るなら、問題なく支払われるだろう。

 するとそれを聞いたヴィオが露骨にホッとした声を発した。


『よかった。 それなら問題ないです』

『・・・・・・』

『どうしました?』

『・・・いや、子供ってのはすぐに成長するんだなぁって』







 その日の日没の直後くらいになって、ちょうど近傍で活動し、事態を聞きつけた”懐槌の勇者:アントン・レプキン”が現場に到着した。

 普段なら”国側”の人間が、何の手続きもなしに発掘団の中に入ることは憚られる不文律があるが、事態が事態だけに誰も文句は言わない。

 

 アントンは髭の濃い3m超えの大男で、背中には、その異名で語られる彼の体よりも大きな木槌を背負っていた。

 誰が見ても、圧倒的攻撃力を武器とする戦闘スタイルであることは明白である。


 アントンは到着するなり、すぐに現場を確認するために、爆心地の中へと入っていった。

 既に日が落ちて空は真っ暗だが、救出活動などで爆心地のクレーターの中は大量の光源が置かれ非常に明るい。

 アントンはその様子をぐるりと見回すと、すぐに目についた四本蜘蛛の残骸と、そこに腰掛ける男の下へと駆け寄った。


「なぜ貴方がここに?」


 アントンが僅かに疑わしげな表情でその男、”グリソム”に声をかける。

 その正体をアントンはすぐに見抜いていた。

 グリソムは今、当たり障りのない普通の装備だが、ベテラン勇者のアントンにとっては何度か見た存在でもあるし、グリソムの方もアントンの姿に”信頼できる者”がようやく来たかといった雰囲気が漂っている。


「”護衛”ですよ、別に休んでいるわけじゃない。 この怪物がまた出てこないとも限らないからな」


 グリソムのその言葉通り、目下この場所で最も大きな危険性は、第2第3の四本蜘蛛が起動し暴れだすことだ。

 そうなれば、対処できるのは事実上グリソムしかいない。

 必然的に、他の冒険者達はグリソムに救助の手伝いをさせるよりも、ただ中心部で座っている事を求めた。


「だが、これでようやくこの場を離れられる。 ”仙人”といえども勇者と違って疲れるんでね」


 グリソムはそう言って膝に手を突きながらゆっくりと立ち上がりかけ、手を突き出したアントンに静止された。


「聞きたいのは、なぜ”トルバ南部諸国連合”の最高戦力が、”アルバレス”で活動しているかという事です。

 許可があるのは間違いないようですが、それはアクリラ経由のものであり、内容についてこちらに話は来ていません」

「それは必要ないことでしょう?」


 グリソムはそう言うと、”おいおい仲良くしようぜ”とばかりに両手を広げて歓迎のサインを送る。

 だがアントンの疑念は晴れない。


「通常時であればそうでしょうが、ここに来ている”存在”と、彼女が危険に遭遇したという話を聞けば、彼女に近づく”特級戦力”に目を凝らすのはご理解いただけるかと」


 アントンのその言葉に、グリソムは片方の眉を軽く釣り上げ、ベースキャンプの方へ視線を向ける。

 モニカの眠る医務室のある方向を。


 アルバレスは”モニカ・ヴァロア”を注視している?

 それともそう思わせるのが狙いか?


 グリソムの脳裏にアントンの言葉の裏にある”情報戦”の臭いがこびりついた。

 だがグリソムの”任務”を考えるなら、安易に乗るのは得策ではないだろうとも判断する。


「詳しくは外交部からお問い合わせください、私にその権限はない。

 ただ正式な許可を得た来訪ですので、質問があればウチトルバは正式に回答いたします。

 それに貴国の”新たな最高戦力”を傷つけるつもりはありませんよ」


 グリソムはニッコリと笑いながら、特に最後の一言に力を込めてそう答えた。

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