2-20【先史の記憶 11:~怒れるモニカ~】



 激突する2つの”巨獣”。

 その衝突で発生した衝撃波が周囲を襲い、衝突地点の床をクレーターの様に穿って、発生した衝撃波がエリクの体を一瞬にして持ち上げると、そのまま吹き飛ばしてしまった。

 エリクは慌てて背中の2人を掴み直しながら、なんとか姿勢を直そうとするが、強烈な乱気流に完全に揉まれて上手くいかない。


 向こうの方では四本蜘蛛の前脚が高速で撃ち込まれ、モニカがその片方を大盾で受けながら、もう片方を大槍で薙ぎ払うのが見えた。

 攻撃を弾かれた四本蜘蛛が抱きつく様にモニカに衝突する。

 2体の巨獣の激突は、そのまま取っ組み合うように押し合いに変化した。


 押し合いになれば、体格差的にモニカに勝ち目はないはずだ。

 だが、まるでモニカの方が何倍も重いかのように四本蜘蛛の攻撃が止められると、そのままズルズルと押し込まれて行くではないか。

 四本蜘蛛が太い脚を床や石碑に引っ掛けて踏ん張るも、圧倒的力を前にそれらを粉砕しながら押される事しかできない。


 そのカラクリは、モニカの頭から飛び出した”おさげ”によるもの。

 普段は両側に1対ずつのそれを分裂させ、片側で床を掴み、もう片方で四本蜘蛛を押していた。

 更には本当の足先にも足より大きな鉤爪が現れている。


 その圧倒的な力を相手に、四本蜘蛛が破れかぶれに首を突き出してその下側を分離させて”顎”を作り出すと、そのままモニカの首に噛み付いた。

 モニカの首から、赤い鮮血が飛び散る。

 エリクがなんとか地面についたのはその時だ。

 爆風を避けるために2人を地面に押し付けながら、その赤い飛沫にエリクは大きく肝を冷やした。


 だが、モニカの傷は浅い地点で止まると、そのまま魔力装甲で四本蜘蛛の巨大な顎を掴み、そのまま首の力だけで、モニカの体よりも大きな四本蜘蛛の頭を捻り上げる。

 そしてそこに、モニカが自由になっていた両腕で大出力の魔法を撃ちこんだ。

 まるで今の有効打も、モニカの”怒り”を加速させただけといわんばかりの苛烈さでである。

 真っ黒な爆炎が四本蜘蛛の上半身を飲み込み、その衝撃波で離れているエリク達が膝をつく。


 恐ろしい事に、魔力を全力で噴出したモニカのパワーは、完全に四本蜘蛛を凌ぐものだったのだ。

 小さな少女が爆炎の中から自身の何倍も大きな蜘蛛の脚を片手で掴み、そのまま放り投げる。

 ”本物の怪物”の逆鱗に触れてしまった憐れな四本蜘蛛は、先程までの威圧感が嘘のように小さく見え、床を虚しく転がりながら、瓦礫の山に無残に激突するしかない。


 その光景を見ながら、エリクは勝利の確信を持つ。

 だが、


『エリク、早く退避を!!』

「おっと」


 ヴィオの言葉に我に返ったエリクは、モニカの力に呆然としている2人を抱えてロメオの下へと走りだす。


 幸いにも、ロメオは大したダメージはなさそうで、頭を振りながら脚を何度も打ち鳴らして感触を確かめている。

 エリクが近づくと、ロメオはさっさと乗せろとばかりに姿勢を低くして背中を見せてくれた。

 モニカのインテリジェントスキルから指示が飛んでいるのだろうと思ったエリクは、すぐに背中の2人を乗せ換える。

 荷物が邪魔なので、優先度の低そうな物を切り落として場所を確保した。

 さすがの緊急事態にクレストール教授も文句は言わない。

 言ったとしても聞かないが。


 一方のロメオはその間もチラチラと心配そうに、後ろで激突するバケモノ達を見ていた。

 その目に何が写っているのか。

 何かとんでもない物が崩れ破壊される音の恐怖に、エリクも振り向きたい衝動に駆られるが、一刻も早く逃げるのが先だと言い聞かせて作業を続ける。


「ここを掴んで」


 エリクがアイリスに、ロメオの背中の鞍から飛び出した取っ手を指差した。

 そこを掴めば、ちょうどロメオの背中にへばりつく形で安定できる。

 前側のクレストール教授にも同様の指示を出すと、ロメオの背中を覆う形で装甲が展開された。

 空を飛ぶときに使っている”ワイバーン”の背面ユニットを、地上用の”ドラグーン”に組み込んだだけの物だが、これで当座の安全は確保できる。

 

 ・・・かどうかは微妙だが。


 エリクは周囲に反響する轟音にそんなことを思いながら、入り口の方向を向く。

 先程の四本蜘蛛に破壊されて埋まってないか心配だったが、幸いにもロメオが通れるくらいの隙間は残っていてくれた。


「行こう!」


 エリクは宣言するようにそう言ってロメオの鼻面を叩くと、走り出すために身を屈めた。

 だが、


「!? きゅるるるるるる!!!!!」


 急にロメオが慌てた様子でエリクの背中のベルトに噛み付いて引っ張ると、そのまま後ろに向かって放り投げたではないか。

 回転しながら空中を舞うエリクの体が、すぐ後ろの硬い床に叩きつけられる。


「なに・・・」


 ・・・してるんだ! とエリクが悪態をつこうとしたまさにその刹那。

 まさに今しがたエリクが踏み出そうとしたその地点を、”黒い光”の筋が一薙ぎした。

 その光景にエリクが言葉を失う。

 ただ、光の通過した地面が真っ赤に赤熱しながら膨張し、破裂しながら砕け散るのを、思考加速でゆっくりと見送っていた。

 

 振り返れば、モニカの腕に抱えられた大きな魔道具から強烈な真っ黒の光が飛び出し、それを食らうまいと四本蜘蛛が押し込んで回避している光景が飛び込んでくる。

 結果として的を外れ散らされた光の筋がそこら中を飛び回り、当たった場所を吹き飛ばす恐ろしい光景が繰り広げられる事になる。

 その結果を見たモニカはすぐにその攻撃をやめてくれたが、エリクは目の前でドロドロに溶けた真っ赤な床を見ながら、血の気が引くのを感じていた。



 ”怪物達”の戦いは、徐々に変容を見せ始めていた。

 最初は圧倒的なパワーと出力でモニカ有利に進んでいたはずが、徐々にそれを学習したのか、四本蜘蛛の動きが目に見えて効率的になり始め、当たらない場面が増えたのだ。


 モニカが”ツインテール”を使って”大槍”を振り回し、猛烈な威力の攻撃を上段から打ち込む。

 だが四本蜘蛛はその巨体に似合わぬ速度でそれを避けると、一瞬で後ろに回り込んだ。

 吹き飛ばされた石碑の欠片が向こうの壁に打ち付けられ、四本蜘蛛はその粉塵の向こうから顎を広げて腰に噛み付いてくる。

 モニカの細い胴体など、四本蜘蛛にしてみれば小枝に等しいだろう。

 しかしモニカは一瞬でクルリと向きを変えると、その勢いを拳に乗せて突き出された顎に叩き込んだ。

 久々の”ヒット”に、四本蜘蛛の体が床に激しく打ち付けられる。


 それを見たモニカは雄叫びを上げながら、圧倒的に小さな巨体 ・・・・・・・・・の暴力で追撃の拳を何度も四本蜘蛛の脳天に叩き込むと、その度に硬い床が砕け散り、何十ブルもあるクレーターがどんどん広がっていく。

 四本蜘蛛がその暴力の嵐から抜け出そうともがくが、その動きをモニカが踏みつけて止めるので逃れられない。

 もちろん同時にロンが魔力ロケットで力を加えてるから可能なわけだが、”制御魔力炉”の魔力で存在感が増した今のモニカのそれは、完全に”巨体”のそれであり、もっと言うなら”魔獣”じみていた。


「グゥルルリッヒャヒャヒャヒャ!!!!」


 いや・・・”怪獣”かもしれない。

 モニカの人の声とも思えぬ笑い声を耳にしながら、ロンはそんな感想をもった。

 大量の魔力で強化された肺活量のせいで、思っている数百倍の空気が喉を通るのだ。

 そしてそれと同時に、この状態にかなりの危惧を持つ。


 最初の”頬”と、先程の”首”。

 簡易的な治癒魔法と魔力装甲で塞いでいるが、冷静に考えてどちらも浅い傷ではない。

 事実、バイタルが常時不安定に崩れ続け、感覚神経を膨大な量の”痛み”のデータが専有していた。

 ロンが心配していたのは、思考を外からある程度制御できる彼自身と異なり、モニカ本体の麻酔はどうしても限界があること。

 もし過剰に麻酔効果を使えば、その副作用で思考がさらに侵食される。

 ただでさえ”制御魔力炉”を使い、とんでもない魔力を扱っている現状でそれはかなり危険性が高い。

 抉れた頬から流れ込む血に当てられてもいるし、友人を狙われた事で頭に血が登っているので尚危険である。


『モニカ、ちょっと落ちつ・・・ぅうっわ!?』


 モニカから噛みつくように放たれた強烈な”怒り”の感情に、ロンが驚いて感覚を引っ込める。


 いよいよ”限界”が近いか。

 もちろんそれが表面上のことだとは分かっていても、モニカの精神的限界が近い事は明白だった。

 怒りに任せるようにモニカが魔力を叩きつけて四本蜘蛛を押さえつけ、動けなくなった所を”大槍”で滅多刺しにする。

 だが一体、何で出来ているのか。

 恐ろしく硬いその装甲に、大槍の穂先が何度も何度も弾かれた。

 強化装甲と同様の機能があるからすぐに直るが、ぶつかる度に槍の方が折れているので、少なくとも装甲性能に純然たる差があるのは間違いない。

 破れかぶれに”ロケットキャノン”を数発打ち込むも、視界が爆炎で塞がるだけで効果は薄かった。


「ぐっっうううああ!!」


 その強度に痺れを切らしたモニカが、当たり散らすように四本蜘蛛を蹴り飛ばす。 

 すると、まるで小石を蹴るような軽さで四本蜘蛛の巨体が打ち出され、天井にぶつかって大量の瓦礫と一緒に床に落下した。

 だが威力が強すぎたのか破壊された天井から土砂が漏れ出す。


『おいモニカ、もう少し気を使え! このままじゃみんな埋まっちまうぞ!』


 ロンがモニカの威嚇にも負けないように強くその言葉を叫ぶ。

 するとわずかに我に返ったのか、モニカが天井の崩落を見上げ、少し心配そうに後ろを振り返った。

 そこにはちょうど、エリクが先程の”魔壊銃”の直撃で真っ赤に溶けた”溶岩の川”を迂回して越える所が見える。

 どうやら巻き込まれてはいないらしい。

 今の”大暴れ”で何発か瓦礫が飛んでいっただけに、ロンは少しホッとしていた。


 エリクはそのまま難なく部屋の入口に辿り着くと、そこで一旦立ち止まってロメオを待ってから、その大きな体を階段の中に押し込みながらモニカを一瞬見た。

 その視線からモニカを1人で置いていくことに対する抵抗感と、さっさとこの場所を離れたいという理性が戦っているのが感じ取れる。

 するとモニカが”頼むぞ”とばかりに、視線を送り返し、それを見たエリクが無言で頷きながら階段の中に消えた。


 モニカの中にとりあえずの安堵の感情が流れる。

 これで少なくとも、この部屋から護衛対象者を運び出すことには成功した。


 四本蜘蛛の体では、小さな部屋の入口を通過することは出来ないだろう。

 その強大な力で掘り進められそうだが、ロンとモニカがそれを見逃すわけもなく。

 あとは、四本蜘蛛自身を無力化すればとりあえず事態は終わる。

 とはいえ、それが難しいのだが。


 モニカが気合を入れるように大きく足を踏みしめ、その反動で部屋全体がドスンと大きく揺れた。

 そんな重量はないが、膨大な魔力で体を固定しているのでその影響が出たのだ。 


 更に”魔壊銃”を再び取り出し、魔力を貯めていく。

 するとモニカの周囲を大量の魔力が渦巻き始め、魔壊銃の銃身が怪しく振動を始めた。

 あの装甲を破る手段は現状これしかない。

 モニカが先程までの怒りの感情を鎮めるように表情を引き締め、未だ崩落の続く瓦礫の山へと近づきながら構える。


『動きがある。 気をつけろ』


 【透視】の結果を注視していたロンが警告する。

 と、同時にモニカのインターフェースユニットに反映されたその情報には、瓦礫を押しのけようと藻掻く四本蜘蛛の姿がハッキリ写っていた。


しとめる ・・・・


 モニカが宣言するようにそう呟くと、インターフェースユニットに映る四本蜘蛛の頭部に照準を合わせて発射の合図を発した。


 瞬間的に、膨大な量の魔力が”魔壊銃”の中に流れ込み、その銃身から真っ黒な光線が発射される。

 触れるものを全てを消し飛ばす必殺の光線が四本蜘蛛へと真っすぐ伸びた。

 瓦礫に埋まって身動きの取れない四本蜘蛛に避ける手段はない。



 だが、高濃度の魔力の破壊光線が四本蜘蛛を貫くことは無かった。


 魔力光線が、着弾する直前で謎の急減速をしたのだ。

 まるで何かの壁にぶち当たったかのような・・・いや、何かに絡め取られたかのように。


 そしてその”何か”は間違いなく、急に瓦礫の隙間から漏れ出した”青い光”によるものだろう。

 まるで光線のように飛び出したそれが、”魔壊銃”の魔力光線を受け止め、その場で押し留めていたのだ。

 そして、その場に大量の魔力が溜まっていく・・・


『まずい!!』


 事態に気づいたロンがそう叫びながら、慌てて魔力光線を打ち切った。

 だが、臨界以上に溜まり行き場を失った魔力は、さらに魔壊銃から供給される光線という”弁”を失ったことで一気に噴出するしか無い。


 次の瞬間、部屋の中を破裂した魔力の塊の爆炎が瞬間的に埋め尽くし、その場にあったものを焼き尽くした。


 モニカ達は内臓まで揺さぶられたことによる目眩に悶えながら、エリク達が脱出していたことに安堵する。

 この爆発に飲まれればかなり危険だったに違いない。

 それに部屋自体が崩落する危険もあった。

 あと少し、ロンが打ち切るのが遅ければ、きっと溜まった魔力の爆発は周囲の地下遺跡ごと土砂の下に埋めていただろう。


 ようやく爆炎の放射が収まり視界が開けると、崩れかけた瓦礫の山を吹き飛ばしながら顔を出す四本蜘蛛の姿が顕になる。

 だが、その体は青白い光のヴェールに包まれていた。


「『 脅威度を変更しました。 ”執行機”を”排除優先”に設定。 付近の方へ警告、これより無制限攻撃を開始します。 』」


 再び行われる”宣告”。

 それに合わせるように、四本蜘蛛の顔がぐにゃりと曲がり始め凶悪な形に変形した。

 まるでモニカ達が、怒らせてはいけないものを怒らせてしまった事を訴えようとしているかのように。

 そして、それを裏付けるように、先程までと桁違いの量の放射線が漏れ出し、それが空中で引っ張られるように捻じ曲がりながら、四本蜘蛛の体表面に吸い込まれていく。


『・・・”ほうしゃせん”って光なんだよね?』


 その様子を見たモニカが、理解できない様子でそう問う。

 だがロンも困惑した感情を返すしかない。


『言いたいことは分かるぞ。 俺だってなんであんな意味不明なことができるのか、全くわからん。 強いて分かることといえば”先史文明ヤバスギ”くらいか』


 四本蜘蛛がまるでその会話を聞いていたかのように、モニカを睨みつけなが金属の軋みのような咆哮を放つ。

 その苛烈な威嚇は、見るもの全てに本能的な恐怖を与えるものだった。


『・・・とにかく、放射線をエネルギーに変えられるからにはパワーアップしたと見ていいだろう』


 ロンがそう言うと、モニカが気を引き締め更に大量の魔力を捻り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る