2-20【先史の記憶 12:~国喰らいの魔獣~】


 怪物同士の激突する”危険地帯”から抜け出したエリク達は、その恐ろしい破壊音に追い立てられるように階段を駆け上がり、来たときの時間が嘘のような短時間でそこから抜け出した。


 大廊下に再び顔を出したところで、エリクが心配そうに天井を見上げる。

 来たときに通った時は、整然と眠ったような静かな空間だったはずのそこが今では、壁や天井から大量の粉塵が雨のように降り注ぐ、”うるさい空間”へと様変わりしていた。

 特に、真っ暗な中にエリクたちのライトに照らされて浮き上がった埃の厚さが凄まじい。


 目の前の柱から崩れた大きな瓦礫が迫り、それをエリクが斬り飛ばして回避する。

 だが、全てを吹き飛ばす前に崩れたことで、後ろにかなりの量の瓦礫が飛んでいき、エリクが慌てて後ろを振り返る。

 しかし、ロメオはそれを全く意に介する事なく角で弾き飛ばした。

 これなら、そもそもエリクが小さく切る必要はなかったかもしれない。


 ロメオもそう思ったのだろう。

 唐突に前を走るエリクに近づくと、角を器用にエリクの股の間に挿し込んで跳ね上げたのだ。

 

「うわっ!?」


 唐突に空中に跳ね上げられたエリクが悲鳴を挙げる。

 エリクはそのまま空中で2回転した後に、ロメオの背中に着地した。

 と、同時に露払いを必要としなくなったロメオが急加速する。

 間違いなくこっちの方が速いなと、それを見たエリクは心の中で苦虫を噛み潰したような気分になった。

 ただ、上手いことクレストール教授とアイリスの間に来るようにロメオが調整した形だが、それほど広い空間のないロメオの背中に3人は少し人口過多になってしまい、かなりきつい。

 エリクの背中の本当に目と鼻の先の距離に、アイリスの驚いた顔があるのを感じる。

 とはいえ、露払いの任自体は解かれていないので、装甲の内側の2人と異なり、エリクは外だが。


 そこからエリクは、ヴィオの作り出した”剣撃魔法”を打ち出して道を開く事に専念し、ロメオがそこを高速で通過する。

 エリク達の視界を物凄い速度で景色が流れていた。

 

 すると突然、目の前で腹ばいになっているクレストール教授が、装甲の内側からエリクに向かって話しかけているのに気がついた。

 だが、装甲が硬すぎて音が漏れてこない。

 それを見たヴィオが気を利かせて、彼の頭につけている兜と通信を開く。


『モニカ君を置いていくのか!?』


 クレストール教授が焦ったような声でエリクに問いかける。

 それに対し、エリクは淡々と答えた。


「先生も見たでしょ、俺達がいる方がかえって邪魔になります」


 それは嫌というほど思い知らされていた。

 強力な武装を得たとしても、”あれ”はエリクとは全く住む世界の異なる力だ。

 エリクの中に、昨年のヴェレスの瓦礫の光景が思い出される。


『そこは否定しないが・・・』


 さすがのクレストール教授も、直に”あれ”を見せられては反論する余地もない。

 だが彼は、まだ何か引っかかるように首を横に振った。


『まったく! あんなものを見落としていたなんて、去年の我々は何をしていた!

 よくよく考えれば、あの部屋の形は”生成結界”のそれではないか!

 先史時代の”軍事用生成設備”など、4人で来る場所ではないぞ!』


 そう言って、己に対する憤りを叫ぶ。

 するとそれに続いて、彼は更にとんでもない事を言い始めた。


『それにモニカ君でも、”あれ”が相手では勝ち目は薄いかもしれん・・・』


 クレストール教授が青ざめながらそう呟いた。


「モニカの強さを見ましたよね?」


 思わず、エリクが問いただすような口調でそう答える。

 だが彼の顔色はすぐれないまま。


「”あれ”に心当たりがあるんですか!?」


 エリクが問う。

 彼の表情は、明らかに過去の知識を参照した時の顔だ。

 ということは、あの蜘蛛のような怪物に心当たりがあることになる。


 そしてその予想は当たり、クレストール教授が、未だ困惑を浮かべながら頷いた。


『・・・あの形・・・いやそんな・・・だが・・・』

「あれは何なんですか!?」


 エリクが問い詰める。

 今は一刻も早く、あの”怪物”に関する情報が欲しい。

 するとクレストール教授が小さく呟いた。


『アイリス、我々の仮説はまちがっていたかもしれない・・・』


 エリクの背中の少女にそう呼びかけると、クレストール教授は急に顔を引き締めて語りだした。


『形状と動きからして、あれは”先史の記憶”の中に記されている災厄の化身、”国喰らい”という魔獣の一種だと考えられる』

「くにくらい・・・?」


 想像以上の単語にエリクは面食らう。

 国を喰らう・・・どういうことか?

 

 それに、


「でも、あれは”魔獣”じゃ・・・」


 どう見ても”機械”だ。

 少なくとも動物ではない。


『だから我々の仮説は間違っていたのだ・・・いや、解釈そのものを間違っていたというべきか。

 もしかすると”魔獣”と訳した言葉が示す範囲が大きく違ったのかもしれない。

 いかんせん”実物”の発掘例は殆どないからな、候補は幾つも挙がっていたが、あれ程まで”先史の記憶”の描写に合致した物を私は知らない・・・』

「そんな物に気づかなかったんですか?」


 エリクが僅かに非難するような声でそう聞き返す。

 もし、これだけ危険な物があると発掘段階で分かっていたなら・・・


『去年の段階では、確かにあの様な構造物はなかった。 ”振動検査”でそれは分かっている。だが、だとするならあれは、今日あの場で作られた事になる』

「”できたて”ってことですか?」


 エリクの問いに、クレストール教授が頷く。


『だが、だとするなら、あれは文明を終わらせうる”兵器”ということになる』


 そう言いながら、クレストール教授の顔色が見る見る青くなっていった。

 それはエリクにとって、気分の良い情報ではない。

 特に”文明を終わらせうる”とは何事か。


「もしかして・・・”先史文明”を滅ぼしたのって・・・」


 エリクは息を呑みながら”その可能性”を想像した。

 だとするなら、”国喰らい”というのは、随分な過小評価ということになる。

 そしてそれを、クレストール教授は否定しなかった。


『とにかく、今は一刻も早く外に知らせて応援を呼ばねば』

「外で勝てる人はいますか?」


 エリクがその危険性を指摘する。

 だがクレストール教授は青ざめたまま首を横に振った。


『それでも、できだけ多くの者が逃げる時間くらいは作れるだろう。 もしかすると、本部の魔道具で巡回中のアルバレスの”勇者”の誰かに救援を呼ぶことができるかもしれん。

 確か、近くに”朧槌の勇者”が来ているはずだ』


 その言葉に、エリクは少しだけ希望を持つ。

 もし魔導騎士より強い”勇者”が来れるなら、仮にモニカだけで勝てないとしてもなんとかなるかもしれない。


「近くってどれくらいですか?」

『・・・300㌔ブルくらいか』

「・・・それは近いですね」


 確かにモニカの”ワイバーン”なら、半時間も掛からない距離だろう。

 それを近いとは思わなかったけれど。


 エリクは険しい表情で前を向く。


「・・・ヴィオ、モニカの様子は?」


 戦局を確認するために、ヴィオに問う。

 離れすぎて、もう既に魔力供給が無くなっていたが、彼女は未だにモニカのスキルと通信を確保できているはずだ。

 実際、ヴィオは現在も詳細な現況を得ていた。

 だがその声が、暗い。


『あまり良くないようです。 ・・・訂正します、かなり悪化しているようです!?』


 その言葉に、エリクの肝が大きく冷える。


「それってどういう・・・」

『エリク! 後ろです!』


 その瞬間、後方から強烈な衝撃波が粉塵を巻き上げながらエリクを追い越していき、その”バン!”という破裂音に続いて、身の毛も逆立つような崩落音が聞こえてきた。

 慌てて後ろを振り向くと、エリク達の出てきた階段のあった辺りが熱で真っ赤に発光し、その空気の揺らぎを切り裂くように青白い閃光が飛び出して数百ブル先の天井を穿っているのが見えた。

 エリクの額を冷や汗が流れる。

 ”あの光”の色は、モニカの物ではない、四本蜘蛛の体から漏れていたものだ。


 では、モニカはどこに行ったのか?

 その”答え”は、光に押し出されるように、真っ赤に赤熱した床から飛び出した。


 どうやって加速したのか、魔力装甲を纏ったモニカの小さな体が、吹き飛ばされた他の破片と一緒に凄まじい速度で撃ち出されたのだ。

 あっという間に中を駆け抜け、天井にぶつかる。

 するとそこに、追い打ちの様に青白い光線が放たれた。


「ふせて!」


 エリクが前後に叫ぶ。


 地面を貫通して放たれた光線が、モニカの埋まる天井に直撃し、強烈な光と一緒に爆発する。

 衝撃波が後ろから迫り、一瞬でエリク達を追い抜いていくのを見送りながら、その衝撃にエリクは大いに焦った。


 まだ、2㌔ブルも離れてないというのに。


 赤熱した床をかき分けるように2本の鋭い長い脚が飛び出し、ドロドロの床材を強引に掻き分けながら四本蜘蛛の巨体が姿を表す。

 だが、その顔は先程見たものと大きく異なり、より醜悪な印象を与えるものだった。

 更に真っ赤な沼から身を起こす蜘蛛状の胴体は周囲の色に反するように青白く、猛烈な力を秘めているように細かく振動しているのが遠くからでも見える。


「ヴィオ! モニカは?」

『健在です!』


 四本蜘蛛の頭がこちらを向く・・・と、同時に胴体の青白い輝きが一気にました。

 エリクの直感が警告を発し、間髪置かずにヴィオの警告が流れる。


 くそっ、まだ2㌔ブルをようやく越えたところだというのに!


 エリクは心の中でそう叫びながら、ロメオの頭をグイッとひねる。

 ”なにしやがる”的に反抗されたが、エリクが必死に力任せでそれを続けると、ロメオの体が釣られるように左にずれていき、大廊下に乱立する巨大な柱の影に隠れて四本蜘蛛の姿が見えなくなった。


 きっと後から見れば、よくそんなことを思いつけたものだと感心するしかない、

 事実それがその時に出来た唯一の対処法だったからだ。


 まるで息を吐き出すように、四本蜘蛛の胴体が一気に収縮する。

 その瞬間、頭が上下に分かれ、その間から高密度の光が放射された。

 光線砲撃の衝撃波で、四本蜘蛛の周囲の粉塵が一気に晴れ、真っ青な光線がエリクたちがこれまでに稼いだ距離を一瞬で詰めようと超高速で迫り、間にあった巨大な柱に衝突する。

 猛烈な光線が衝突部分を抉りながら熱で赤く染めていく。


 だが、いくらでたらめな威力といえど、高さ300ブル、太さ40ブルの巨大な柱を何本も即貫通する事はなく、その側面を撫でるように吹き飛ばす光が周囲に散らばった。

 漏れた光線の光がエリクのすぐ横を通過し、その熱が伝わる。

 先程のはこれか。 

 だがその熱は、体の内側まで響くような不思議な感覚である。


「これ、大丈夫なやつ?」

『ただちに影響は無いそうです』

「本当に?」


 ヴィオの物言いに不安を感じたエリクが問いただす。

 だが、状況はすぐにそれどころではなくなる。

 次々に柱を貫通した光線が、その熱ですぐ後ろの柱を真っ赤に染め始めたのだ。


 「うっわ!?」

 

 なんて威力だ。


 エリクは慌てて、ロメオに更に横の柱の列に逃げるように指示を飛ばすと、ロメオが聞くまでもないとばかりに隣の列の間に移った。

 またも間一髪のところで、エリク達を捉えきれなかった青白い光線がすぐ後ろを破壊する光景が目に入る。

 その光に照らされたエリクは心の中で、本当に”直ちに影響はないんだろうな?”と、頼りない相方に問いただした。


 だがそれもすぐに止まる。


 突然止んだ破壊の嵐に、エリクはわずかに不審がりながら柱の切れ目から後ろを覗き込んだ。

 影からは出られないので、完全には分からないが、どうやら四本蜘蛛の遠距離攻撃は終ったらしい。

 魔力切れか、それとも無駄と判断したのか。

 できれば見逃してくれているといいが・・・と思いながら視線を反対側に向ける。


 するとそこに、あるはずのない四本蜘蛛の姿が大写しになった。


「あ!?」


 すぐ後ろでアイリスが縮こまる。

 

 恐ろしいことに、この一瞬で四本蜘蛛はエリクたちとの距離を半分以下にまで縮めていたのだ。

 ロメオの脚だってかなりの速度だというのに。

 そのとんでもない速度の根源は、間違いなく、今四本蜘蛛の全身を覆っている青白い”光の繭”だろう。

 あの光線の力を速度に置き換えているとでもいうのか!?


 エリクはそのデタラメ具合に激しく舌を打ち鳴らし、ロメオの頭を逆に向ける。

 すると既のところで、エリク達のいた場所を四本蜘蛛の脚先が抉り取った。

 もし柱の陰に隠れられなければ、更に飛んできた追撃の一打を躱すことは出来なかっただろう。


 四本蜘蛛との攻防は、そこから少しの間柱を挟んで展開された。

 お互いに睨みを効かせながら、柱と柱の間の空間でその距離を窺う。

 圧倒的に速度に差があったとしても、この一瞬で距離を詰めるにはロメオの脚も侮れない。

 エリクは心の中で、この巨大な柱の林に感謝した。


 と、同時にこの状況がそれほど長く続かないことも。

 次の柱の隙間に来た時、エリクは牽制のために左手のIMUを四本蜘蛛に向けると、そこからヴィオが攻撃魔法を乱射した。

 破れかぶれの効果のない攻撃だが、どういうわけか”派手な演出”に凝ったその攻撃達に、四本蜘蛛の飛び込む動きが何度も阻害される。

 エリクの似たような見た目に、”モニカ並”の攻撃が来るとでも警戒してくれているのか。

 だが、そんな派手な攻撃が続くわけもなく、エリクの背中の魔力はすぐに残量不足の警告を発し始めた。


「やばい・・・」


 このままではエリクの武装すら維持できなくなるだろう。

 しかし、この牽制を止めれば一瞬で刈り取られる事は明白だ。

 次の廊下まで保たない。


 その時、背後から大量の魔力が注ぎ込まれるのを感じてエリクは後ろを振り返る。

 すると、そこに青い顔でエリクに手を翳すアイリスの姿があった。

 これぞ、さすがアクリラの生徒は格が違うというべきか。

 一瞬で、とまではいかないがエリクの背面ユニットの魔力残量は急激に回復し、牽制攻撃を続ける事ができた。


 魔力源を得た事で、ヴィオが攻撃に”実”を入れ始める。

 景気の良い爆炎が何度も四本蜘蛛を襲い始め、特に小さな魔力溜りを高速で撃ち出す魔法が強い。

 反動と騒音が凄いが、四本蜘蛛の姿勢が確実に崩れてくれる。

 だがその状況も長続きしなかった。


 特段脅威になりうる攻撃を繰り出せなかった事で安心したのか、四本蜘蛛がエリクの攻撃を意にも介さずに突っ込んできたのだ。


「このまま走って!」


 エリクがロメオにそう叫ぶと、その背中の上に立ち上がり、迎え撃つように剣を構える。

 エリクの足が覚束ないのは足場が不安定というだけではないだろう。

 それでも、エリクの剣は真っ直ぐに向いていた。


 いいスキルだ。


 エリクは心の中で感謝する。

 エリクがどれだけ慄いても、立つ限りはヴィオが真っ直ぐにしてくれる。


 黒い剣身を黒い魔力が覆う。

 更に左手に魔力の短剣が現れ、エリクはそれを交差させるように構えた。

 テスト稼働でモニカと互角に戦った装備だが。

 ”あのモニカどころではないモニカ”と互角に戦う、四本蜘蛛に対しては驚くほど頼りなかった。


 だが全神経を極限まで集中させたエリクの剣撃は、奇跡的に四本蜘蛛の攻撃を受け流すことに成功する。

 超高速でぶつかる四本蜘蛛の前足をエリクの長剣が受け止め、その切っ先を短剣が払いのけたのだ。


 これには四本蜘蛛も面食らったのだろう。

 勢いのコントロールを失った四本蜘蛛の巨体が、滑るようにエリクの後ろを反対側に抜け無様に転がる。

 あまりの速度の応酬に、外から見た者はエリクが倒したように見えたかもしれない。

 事実、後ろのアイリスの顔が大きな喜びに染まる。


 だがそうではないことは、即座に起き上がり体制を立て直した四本蜘蛛の姿が証明していた。

 その様子にアイリスの表情が一瞬にして曇る。


 しかし、それでもその隙は眼前に迫った大廊下同士を繋ぐ、”渡り通路”にエリク達が潜り込むだけの余裕を生み、なんとか足元を刈り取ろうと伸びてきた四本蜘蛛の後ろ脚を、ロメオが飛び上がって回避すると、そのまま渡り通路の中に潜り込んだ。


 だが、これでホッと一安心・・・とはいかない。

 何せつい今しがた、四本蜘蛛は結構な厚さの床をブチ抜いてきたのだ。 

 超巨大な大廊下の壁であっても、長くは保たないだろう。


 実際保たなかった。


 だが、エリク達が最初にやってきた”大廊下”に出た瞬間、その終端を吹き飛ばして現れた四本蜘蛛は、予想に反して無様に転がりながら床を転がり巨大な柱に衝突して止まる。

 それを成したのは、四本蜘蛛ではなかったのだ。


 無残に砕け散ってつながった崩落した壁の向こうから、真っ黒な羽を持つ”天使”のような見た目の小柄な者が飛び出してくる。


 モニカだ!


 エリクが心の中で叫んだその瞬間、モニカの姿が背中の両側の羽の中程から発生した爆炎で見えなくなる。

 それに続いて、聞いたこともないような大轟音が何度も連続で発生し、その衝撃波が泡のように床の上で幾つも破裂した。

 ヴィオによって加速されたエリクの視界に、モニカの羽の中間から超高速で飛び出す真っ黒な魔力の塊が幾つも写し込まれる。


 だが四本蜘蛛は先程の攻防で使ったように、また全身に青い光を漲らせ、それを”傘”のように展開したではないか。

 その巨大なエネルギーの圧力によってモニカの攻撃を掴み取り、逆に押し返そうというのだろう。


 が、その目論見は全く機能しなかった。

 高度な”破壊効果”を持つ魔壊銃の光線を防ぎきったその”エネルギーの壁”は、そのエネルギーの大部分を既に放出済みの”ロケットキャノン”には殆ど無意味だったのだ。

 超高速で打ち出された”魔法弾”が、青白い壁をその勢いだけで突き通し、内部で潰れて破裂する。

 こうなれば分厚い光の壁は、逆にエネルギーを逃さない構造となって四本蜘蛛に襲いかかる諸刃の剣でしかなかった。

 魔壊銃の破壊光線に対しては無類の強さを誇ったその壁も、ロケットキャノンには逆効果でしかないのだ。


 モニカ達が北の大地で最後に習得した”ロケットキャノン”は、今も尚彼等の”最大火力”の座を譲ってはいない。

 実際、その圧倒的すぎる火力で今も四本蜘蛛の巨体を床に縫い付けて、硬い床材の上にその巨体よりも遥かに大きなクレーターを幾つも穿っていた。

 あまりの暴威に耐えかねた四本蜘蛛の関節から、魔力砲弾の爆発とは異なる火花が散る。



 そしてそれは、モニカの”最大攻撃力”を確実に命中させるための布石でもあった。

 高温の爆炎に身を隠すように包まれながら、モニカはその腕に”魔壊銃マジカルブレイクキャノン”を構え慎重に狙いをつける。

 確実にトドメを刺すために。


 大地の底に倒れ伏した神話の伝説の中に埋没した怪物を、今の時代の怪物が天の上から屠ろうとしている。

 色の違う膨大な光に照らされ大廊下の中に浮き上がったその光景は、まるで宗教画の一場面のようにエリクには見えた。

 いや、もしかすると宗教画のあの情景は、かつて本当に存在したものなのかもしれない。


 エリクはその幻想的ともいえる光景を僅かに名残惜しげに後ろに見ながら、偶然に発生したその間隙を逃さないようにロメオを急かした。

 


 四本蜘蛛の体から青白い光が尽きて力なく消えていく。

 もはや逃げることもできなくなり、耐える術を失ったその”獲物”に、”狩人”の必殺の一撃の引き金が引かれた。


 ”ズシャッ!!”という独特の音を振りまきながら放たれた光線が、続けて発生した甲高い音と主に空中を飛んでいく。

 その攻撃は、エリクがこれまで見てきたどのモニカの攻撃と比べても数倍・・・下手をすれば数十倍を超えるかもしれないほど凄まじい威力のものだった。


 きっと、直撃すれば流石の四本蜘蛛もついに倒れたことだろう。


 だが、その時だった。


 まるでモニカの行動を見越していたかのように、唐突に四本蜘蛛の全身に青白い光が戻ったのだ。


「「『『!!!』』」」


 その”意味”をその場にいた全員が直感する。

 四本蜘蛛の光が消えたのは内包するエネルギーが尽きたからではなく、モニカを騙すための”罠”で、実際は内部にエネルギーを溜め込んでいたのだ。


 しかもそれはただの罠ではない。

 四本蜘蛛がその身に宿す全てを絞り出すように大きく全身が収縮し、そのまばゆい光が光線となって頭の先から飛び出す。

 そのあまりの威力に、間に挟まれた柱の表面が直撃する前に赤熱し、そのまま抉り取られるように吹き飛ばされた。

 エリク達を狙ったのとは次元の異なる、とてつもない威力の攻撃だ。


 一方それを迎え撃つモニカの方も、魔力ロケットの”爆炎”を反対側に噴き出して体を空中に固定しながら、その勢いで反動を殺すように更に強化した一撃を”魔壊銃”から発射し続ける。

 まるでモニカの纏っていた魔力を全て注ぎ込んだかのような強烈な発射に、”魔壊銃”の真っ黒なはずの銃身が一瞬にして真っ赤に染まり溶けた破片を周囲に巻き散らかしていく。

 もはや発射された真っ黒な光線はモニカの身長の何倍もの太さに達し、その威力は四本蜘蛛のそれと比較しても遜色がない。


 互いに、射線上にある全てのものを一瞬にして消し飛ばす超高密度のエネルギーの奔流だ。

 それが、お互いの間の空間を一瞬で消し飛ばしながら、轟音と衝撃波を発しながら衝突した。


 ぶつかり合う、”青”と”黒”の光線。

 どちらも全く引けを取らないその2つは、まるで最も相容れない者同士の衝突のように、混ざらぬ状態で砕け散りながら絡み合い、行き場を失ったエネルギーが、術者の軛を脱して急激に膨張を始めた。


 ”グラディエーター”の仮面の下のモニカの顔に驚愕が浮かぶ。

 きっと四本蜘蛛に感情が有ったなら、同じ表情になっただろう。


 ”魔力”と”青い光”

 その2つは、まるで合わさった事で初めて”真の力”を開放するが如く。

 本来内包していない筈の量のエネルギーをバラ撒き始めた。


 それはやがて、2色の混合色のような色の”膨らみ”へと変わりはじめる。

 2種の異なるエネルギーが混ざりあった事で、膨大な熱エネルギーへと変換されながら、行き場のないそのエネルギーが更に急速な膨張を始めたのだ。


 エリクがそれを”爆発”だと認識した時には、爆発の中心部から発せられた強烈な光の球体の中に、モニカと四本蜘蛛が沈んでいく所だった。




 猛烈な爆風が視界の全てを塞ぎ、吹き飛ばされたエリク達が空中で、魔力素材の繭に包まれる。

 その瞬間、超高温の衝撃波が大廊下にあった全ての物を焼き尽くし、消し炭にしながら粉々に消し飛ばした。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






 メルツィル平原を、それまで経験した事のない巨大な地震が揺さぶった。


 その異質な揺れは、そこに居た者が最初の段階から異常を感じたほどだが、それに反応できた者は殆どいない。

 皆、急激に盛り下がる大地に恐怖しながら、そこに飲み込まれるのをただ見ていることしかできなかった。

 地中で爆発した巨大な火球は、その圧力とエネルギーで周囲の遺跡構造を破壊しながら、地面を僅かに押し上げると、続いて発生した、気圧を失った巨大な空間に全ての物が落ち込んだのだ。


 数少ない救いは、発生した爆発が、ぶつかりあったエネルギーの総和から見ればかなり小規模なものだった事。

 無力な作業員は露天掘り区画にしかおらず埋没を免れたこと、爆心地がもう既に確認段階に移行し近くにいた者がほぼいなかった事だろうか。


 まるで布切れのように陥没する地面の中心で、今度は崩壊した地表を突き破って逆向きの力が発生し、抜けた爆炎が天に向かって炎と煙を噴き上げ、温度と密度の異なる周囲の空気を押しのけながら登っていく。

 それによって発生したキノコのような形の雲は、この世界の住民にとっても、”破壊”と”暴力”の極致を意味する記号だ。



「どうなってる!? 何が起こった!?」


 ”発掘最前線”の現場監督が、吹き上がった暴風と粉塵を腕で防ぎながら、自分達の後方に発生したその雲を見ていた。

 その顔には”困惑”と”恐怖”が浮かんでいる。

 いや、この場のほぼ全ての者の顔にだ。

 例外は”一人”だけ。


 規模の大きい護衛隊に混じっていた地味な剣士の1人だけは、”困惑”は浮かべているものの、”恐怖”はなかった。

 するとその隣に小柄なドワーフの少女が降り立つ。


「”あれ”が何かご存知ですか?」


 ドワーフの少女”クラヴィス・タイグリス”のその声は、普段のそれと大きく違い、老獪な響きを持っていた。

 するとそれに対し、地味だった筈の剣士が、驚くほどの鋭い視線で睨み返す。


「いや、これは全く我々 ・・の関知するところではないぞ、ステファニー・アクリラ校長・・・・・・・・・


 その迫力に、クラヴィスは思わず後ずさり、その”瞳の後ろ”に潜むアクリラの校長の額を冷や汗が流れ落ちた。

 すると、すかさず剣士が逆にクラヴィスへ問い返した。


「それよりも、モニカ・ヴァロアの安否はどうなっている? 把握できているのか?」




※※※※※※※※※※※※※※※※※



  爆心地のすぐ直上は、しばらくの間何も動く物はなかった。


 だが、爆風がようやく収まり最後の瓦礫の雨粒が地面に2回、3回と跳ねて動かなくなると、それと入れ替わるように地面の一部が僅かに動いた。


 続いて、その場所が大きく吹き飛ばされ、中から真っ黒な物体が飛び出してくる。

 その物体は表面から無数に飛び出した触手の動きで、その身を地面の上に這い出させると、まるで力尽きた様にぐったりと倒れ込み、真っ黒な表面を開いて”中身”を吐き出した。


 中から現れたのはパンテシアのロメオ、その下から剣士のエリクが、クレストール教授とアイリスの2人を引きずり出す。

 だが、それだけ・・・・

 エリクは2人の護衛対象を排出すると、自らもロメオの下から抜け出し状況を確認する。


 ロメオが必死に立とうとするが上手くいかない。

 全ての足が折れ、途中からあらぬ方向へ曲がっていた。

 あの爆発のエネルギーは、モニカ謹製の防御素材でも受け止めきれなかったのだ。

 きっと大きな彼の体が一番モロに受けたのだろう。

 もし、彼がいなければエリク達は潰されていたかもしれない。


 すぐにアイリスがロメオの足元に駆け寄って医療魔法を展開する。

 だが専門家の様に、骨折をすぐ元通りにするだけの性能はない。

 エリクは状況を確認するために周囲を見渡した。

 だが、粉塵と煙のせいで視界は殆どない。

 唯一、突き抜けた上空には見たこともない高い雲が、空に向かって”アクリラの大木”の様に伸びている。


 そして、その根本には大きな”クレーター”が。

 いや、自分のいる所も含めて、周囲数kmが陥没していた。

 近くには、地面を突き破って顕になった廊下の巨大な柱が支える物を失って林立しているのが見える。


 時々、その隙間から何人かの姿が瓦礫を掻き分けながら現れた。

 比較的近くに居た者たちだろう。

 自由に動ける実力者達なので助かったのか。


 その中にエリクは、必死に”相方”の姿を探した。

 きっとデタラメな彼女なら、その辺から飛び出してくるに決まってる。

 ほら、ちょうど爆心地の地面が盛り上がったではないか。


 だが”エリクの経験”はその動きを見た瞬間、ヴィオの剣をギュッと握りしめて構えることを求めてくる。

 エリクはそれに無言で従う。

 すると爆心地の地面が吹き飛ばされ、四角い物体が空中に飛び出してきた。


「あれで無事・・って」


 エリクがそう言って驚くと、四角い物体はその表面を変形させながら、四本脚の蜘蛛の形へと変形する。

 爆発のエネルギーに晒されたせいか、四本蜘蛛の表面は焼けただれて変色し、関節という関節から火花が散っていたが、その形に歪みは殆ど見られない。

 そればかりか、その目のない顔をこちらに向けると、例の”頭に響く声”を発してきた。


「『 ”殲滅対象”を確認 』」

「なんてやつだ・・・」


 唯一の救いは、先程と比べて明らかに漏れ出す青白い光が弱いことくらい。

 とはいえ、それはこちらも同じ ・・


『エリク・・・気をつけてください・・・モニカ様と通信ができません・・・お父様の反応がない!』


 エリクはその言葉を聞いてほぞを噛んだ。

 爆発の中心にいたはずのこの四本蜘蛛と違い、モニカの姿は今以て影も形も見られない。

 それは単純な喪失以上に、彼女の魔力に大きく依存しているエリクの戦闘能力に、大きな制限が課されることを意味していた。


「モニカの魔力は当てにできないって事か・・・」


 そう言いながら剣を構える。


『原因は不明ですが、構造不明ノイズが原因か、それとも・・・』


 その先の言葉をヴィオは飲み込んだ。

 エリクもあえて無視をする。

 後ろには護衛対象者や、まだ瓦礫に埋まっている者達がいる。


 体の上をなけなしの魔力で組み上げた強化外装が覆い、構えた剣身が黒く染まった。

 とはいえ、先程までのような力は内包していない。

 モニカがいなくなった以上、その魔力は当てにできないからだ。


 その事でエリクは失意と絶望に飲み込まれそうになったが、頭を振ってこらえる。

 ここはもう”戦場”だ。

 泣き言は言ってられない、どうせ、つい昨日まで無かった力ではないか。

 冒険者稼業で、仲間を失ったのも今日が初めてではない。


 四本蜘蛛が軋みのような轟音を放ち、その強烈な恐怖がエリクを貫くのを必死に抑える。

 失ったものに絶望できるのは、生き残った者だけの特典なのだと言いきかせて。

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