2-20【先史の記憶 10:~四本蜘蛛~】
見た事もないような強烈な光に晒されながら、エリクはその光の源の方向に顔を向けた。
「何が起こってるんだ・・・」
ヴィオが映してくれる外の情報も、モニカ達のいる辺りは欠けたように見えない。
『分かりません、光が強過ぎて観測できません。 ただしモニカ様達のバイタルデータは正常に送られてきているので、一先ず無事かと』
「この光はなんなんだ?」
そう言いながら、エリクは護衛対象のクレストール教授を必死にロメオの腹の下に押し込み続ける。
この覆っている真っ黒なモニカの魔道具がなければ、無防備な彼は無事では済まない事を直感が物語っていたからだ。
『観測されている波長とエネルギー密度から”放射線”と推定。 非常にエネルギーが高く物質さえ透過する光の一種です。 気をつけてください』
「わかった」
もちろん”放射線”が何なのかまではエリクは分からなかったが、ヴィオの説明で、それが危険性の高い物だというのはなんとか理解できた。
毒みたいな物だろうか。
そしてそんな物が周囲を埋め尽くしているのだ。
◯
一方光の中心に近い地点では、よりのっぴきならない脅威に2人の少女が別々の理由で震えていた。
頭を抱えて縮こまるアイリスは恐怖で、それを抱えるモニカは武者震いで。
モニカは天性の”勘”で、自分に降り掛かっている脅威の大きさを感じ取っている。
そして、その中でロンは膨大な量の情報の処理に追われていた。
『うごくなよ』
強化情報システムの機能を通じて、その指示が複数箇所に飛ぶ。
と同時に、送り込んだ魔力で放射体側の装甲をどんどん分厚くしていた。
今やモニカの背中は、厚さ3mを超える分厚い魔力素材の壁で覆われており、少し離れたところにいるエリクとロメオの装甲も、放射体側は近い厚さに達している。
魔力が波長の短い”光”に対して強い遮光性を持つのは幸いだった。
おかげでなんとか被爆せずに済んでいる。
元々、魔力と光は相反する要素があるが、それは極端になればなるほど強くでるらしい。
だが、この状況がいつまで続くのか?
放射線の発光は、もう既に1分以上に渡って続いている。
その状況に俺は半分ホッとし、半分苛立っていた。
少なくとも”核爆発”は起こさないみたいだ。
元々そういうものなのか、核物質の量が足りてないのかは不明だが、とにかくそれだけは幸いだ。
だがその一方で、この状況をどうやって抜け出すか全く見えてこなかった。
高濃度魔力を展開できる俺達はともかく、そうじゃない他の者をこんな高出力の放射線が飛び交う中を歩かせることは出来ないし、もう既に空気中の塵や周囲の石材、下手をすれば俺達の衣服や体自身が放射能化している恐れすらある。
魔力が放射線に強いってのも今知った程度の情報で、どこまで信用していいか。
というか、これだけの放射線が漏れ続けたら、それだけでとんでもない”原子力災害”だ。
『どうする!?』
モニカが焦燥に満ちた声で聞いてくる。
『どうするって言われても、とりあえずこれが収まるのを待って・・・・』
そこで俺は言葉を飲み込む。
はたしてこれって収まるのか?
つい先程、実は大した文明度でないことが発覚した”俺の知識”によれば、”原子力”というのは数十年に渡ってエネルギーを放ち続けるというではないか。
いくら待ちに抵抗が少ないモニカでも、そんな歳まで待てない。
すると、その時だった。
「『 対象者の”放射線除人”への耐性が判定されました。 これより対象者の”直接除人”へ切り替えます。 付近の方は十分注意してください。 』」
いったい誰に言ってるんだこいつは!?
俺がそう憤慨すると同時に、周囲の放射線がそれまでと全く異なる動きを見せ始めた。
なんと、急激に放射線の量が減り始めたのだ。
そればかりではない。
擬似的に観測されていた放射能濃度までも低下を初めているではないか。
もう終わったのか?
だがそうではないことは、俺の観測スキルのデータによって明らかだった。
放射体が発するエネルギー密度自体は、全く目減りしていなかったのだ。
まるで”何者か”が放射体から発するエネルギーを、
そのことと、”頭の声”が発した”直接除人”という、なんとなく物騒なワードが密接に絡み合い、俺の中に言いしれぬ不安を作り出す。
そしてそれは正しかった。
◯
ようやく放射線が収まったことで、魔力素材の”
お互い強化装甲の表情の見えない兜ごしなのでなんとなくだが、そこでお互いの緊張度を共有する。
エリクはそこで、モニカの緊張感がまったく目減りしていないことに、絶望的な気分を強くした。
まだ、脅威は去っていないのだ。
『気をつけてください。 エリク』
緊張したヴィオの声が飛び、全身のハスカール”の装備の中に魔力が滲む。
◯
これは本格的に、とんでもないものを掘り起こしてしまったのかもしれない。
俺は目の前に現れた光景を見ながら、心の中で悪態をついた。
既に放射線の脅威が去ったことで、魔力素材の繭からアイリスを残して俺達は外に出ていた。
エリクも外に出すが、アイリスとクレストール先生、それにロメオは出さない。
比較的簡単に装甲を分厚くすることができる俺等と違い、彼等はそういうわけにはいかないからな。
”ドラグーン”のパワーが使えないのは痛いが、いざとなればロメオには護衛対象2人を抱えて走って貰う必要があるのでリスクは犯せない。
だがその間にも放射体は、全く別の姿を見せていたのだ。
俺が恐る恐る感覚器を崖のふちから伸ばして、部屋に走った亀裂の底を覗き込む。
するとすぐに、魔力でガッチリと組み合わさった天井と地下の突起の姿が飛び込んでくる。
だがもう”突起”ではなかった。
上下の物体が隙間なくくっついて変形し、まるで精密に削り出したかのように平らな面を持つ、”真四角”の物体が不気味に空中に浮かんでいたのだ。
『なに? それ』
『さぁ・・・』
そう答えるしか無い。
だが複数の観測スキルの情報が、その真四角の物体の中心で蠢く強力なエネルギー反応を示していた。
あの放射体は止まったどころか、先程より安定して放射線を放っていたのだ。
しかし、現在この部屋に漂う放射線の量は不気味なまでに少ない。
特に、あの”真四角の物体”の周囲はほぼ0といっていいだろう。
どう見ても、あの謎の物体が放射線を吸収しているとしか思えなかった。
しかも、ただの吸収ではない。
観測スキルのデータによれば、放射線量に反比例して謎のエネルギーが増加していた。
放射線を直接エネルギーに変換する仕組みでもあるのか?
だとするなら、核爆弾以上にとんでもない事だ。
これを作った連中にしてみれば俺の”核”に対する知識は、石油を見たら臭い防腐剤だと思ってた”昔の人”と変わらないかもしれない。
突然、真四角の物体の表面に亀裂が走り、固定していた幾つもの魔力の触手が外れ始める。
固定を失ったその”謎の核兵器”は、まるでそれ自体が一つの完成体の様に、不気味な存在感を放っていた。
どうやらこの部屋全体が、こいつを作り出すための装置だったらしい。
物体の表面に走った亀裂はそのまま広がると、やがて別々のパーツとして展開される。
その知恵の輪の様に複雑に絡み合った様なパーツが、さらにガシャガシャと変形して現れたのは、4本の長い”脚”だった。
そして、内側に折りたたまれていた顔の無い頭をこちらに向けると、まるで蜘蛛の様な姿の物体が姿を表したではないか。
『・・・ゴーレム?』
モニカが呟く。
『いや、それにしちゃ魔力の流れが変だ』
イメージとしては、もっとこう”進んだ文明感”が漂う、”ロボット兵器”だろうか。
ゴーレムがまさにそうなんじゃないのかって? ・・・んまぁ、そうなんだけど、とにかくちょっと違う。
たぶん”原子力”だし。
”四本脚の蜘蛛ロボ”は生まれたての子鹿の様にプルプルと脚を震わせながら、ゆっくりとこちらを見つめる。
目はないが、射抜かれたような感覚が皮膚に突き刺さった。
そして、それを見たモニカが、攻撃用の槍砲を取り出して構える。
そこに油断はない。
”核”のエネルギーを直に使えるのだ、間違いなくとんでもなく強いに決まっている。
モニカも俺の緊張感から、それを察知していた。
”蜘蛛ロボ”の震えが止まる。
その刹那、モニカは一瞬だけ自分の足元を見た。
『ロン・・・』
『ああ・・・』
思念だけのやり取りで次の行動を確認し合う。
幸いな事に、どちらも同じ事を考えていた。
蜘蛛ロボの姿がブレる。
「エリク!! 受け取って!!」
モニカが叫びながら、アイリスの入った魔力素材の塊を片手で持ち上げると、そのまま彼女の悲鳴も聞かずに、エリクに向かって物凄い速度でぶん投げたのだ。
向こうでエリクが右往左往しているのが見える。
と、同時に後方視界では、青白い光を放ちながら猛烈な速度で飛び出す四本脚の蜘蛛の姿が写り込んだ。
その予想以上の速度に、フロウの触手の動きが間に合わない。
全身の関節から青白い光を放つそいつの動きは、魔力だけでも機械だけでも説明がつかない程の速度と威力を持っていた。
結果として、迎撃を掻い潜った脚の一本が俺達の顔面を直撃し。
その鋭い金属の鉤爪が強化装甲のヘルメットを引き裂いて、頬を抉り取りながら俺達の体がとんでもない勢いで吹き飛ばされた。
◯
一方のエリクは、投げつけられたアイリスとそれ覆う魔力素材の猛烈な質量で、別の意味で吹き飛ばされそうになっていた。
「うがっ!?」
そんな声を出しながらようやく勢いを止めきったのと、モニカがとんでもない勢いで吹き飛ばされ彼方の壁に叩きつけられるのはほぼ同時だった。
「なっ!?」
その光景に、エリクは絶句しながら剣を構える。
四本脚の蜘蛛・・・長いので”四本蜘蛛”は、想定外にも程があるくらいの強さを持っていた。
モニカを一撃で倒すなど、エリクの想像を超えている。
するとまずいことに、エリクの殺気を察知したのか、四本蜘蛛がその細い脚を動かして、こちらを向いた。
「『 ”対象者”を確認。 警告:直ちに保有する”違法性エネルギー源”を放棄してください。 放棄しない場合、実力をもって放棄を行います。 その場合の安全は・・・ 』」
四本蜘蛛の声がまた頭に響く。
「”なんちゃら性エネルギー”ってのは、君の事だと思う?」
ヴィオに問う。
『分かりません、”違法性エネルギー源”なので、魔力自体の可能性も考えられます』
「じゃあ、やっぱり捨てられないな」
エリクはそう言うと、抱えていたアイリスを地面に滑らせるようにできるだけ遠くに投げ捨てながら、四本蜘蛛を睨みつけた。
するとそれを挑戦と受け取ったのか、四本蜘蛛が身を屈めて構えを作る。
体の大きさは5ブル・・・だが脚の長さが15ブル近くもある。
大きさだけなら魔獣並、強さはそれ以上かも。
それに加えて”殺気”・・・というにはあまりにも直接的な波動がエリクの身をこわばらせていた。
『過度の緊張を検知、緩和させます』
ヴィオの言葉と同時に、エリクの筋肉から余計な力が抜ける。
「ありがと、君がいて助かった」
『いえ、お父様なら緊張もさせませんでしたから』
だろうね。
ヴィオ曰く、彼女の元となった”お父様”とやらは、相当凄いインテリジェントスキルらしいからな。
「だけど、僕の助けはヴィオだ」
エリクはそう答えながら、ヴィオの剣を振りかぶった。
ちょうどその瞬間、四本蜘蛛が猛烈な勢いで飛び出し、エリクとの距離を一気に詰めると、その勢いにエリクの肝が冷える。
きっとヴィオによる思考加速がなければ、反応することもなく命ごと意識を刈り取られただろう。
だが、エリクには反応する用意があった。
「!!」
歯を食いしばりながら剣を振り出し、それをヴィオが補正する。
剣身に魔法陣を並べて急加速したエリクの剣と、突っ込んできた四本蜘蛛の前足が激突し、”ギン!!”という音が空気を震わせる。
そのあまりの力にハスカールの全関節から火花が吹き出し、足が石のように硬いはずの地面にめり込む。
剣だって、わずかに曲がっていた。
「大丈夫か!?」
ヴィオに叫ぶ。
『平気ですよ、このくらい』
だがヴィオはそう言うと、剣身の魔法陣を切り替えて方向を変え、それに乗る形でエリクは四本蜘蛛の攻撃を往なし、がら空きになった四本蜘蛛の腹に剣を叩き込んだ。
ガン!
「!?」
硬い!
エリクは頭の中でそう叫びながら、不意に飛んできた四本蜘蛛の後ろ脚の一撃を間一髪の所で躱した。
どうやら、こいつに前後左右は関係ないらしい。
だとするなら、これはまずいぞ。
意識的に護衛対象と逆側に誘導したつもりだったが、これでは四本蜘蛛で分断されたのと変わらないではないか。
エリクの視界に、反対側に転がる黒い魔力素材の塊を狙う様に脚を上げる四本蜘蛛の姿が見えた。
くそっ!
エリクは心でそう叫ぶと、少しでも気を引こうと四本蜘蛛の脚に斬り込むが、その程度で止められるわけもなし。
だが間一髪の所でヴィオが魔力素材の繭を解除すると、そこからアイリスが文字通りの意味ですり抜け出た。
ほぼ同時に、四本蜘蛛の大きな足が繭の残骸をグシャリと撃ち抜く。
繭の中にいたら、確実に彼女はただでは済まなかっただろう。
だがそれよりも、エリクは自分の剣撃ですら止められるはずの、この魔力素材の繭を紙か何かのように踏み潰してしまうその威力に
あんなものを喰らえばハスカールでもただでは済まない。
そしてその一撃が、追い打ちのように地面を転がるアイリスに襲いかかる。
エリクが止めることは不可能だ。
それでも運がいいのか、それともアクリラ生の端くれの技術なのか、アイリスは悲鳴を押し殺しながら体を回して回避すると、その動きのまま反動をつけて攻撃魔法を撃ち込む。
四本蜘蛛の体を、それに匹敵するくらいの大きさの炎が飲み込んだ。
エリクが感心したのは、その一連の動きの中でアイリスの目線が全く切れなかったことだ。
やはり彼女も”アクリラ生”。
だがアイリスの攻撃の威力は、護身術にしては過剰でも、この化け物を相手にするには不足過ぎた。
すぐに炎を振り払った四本蜘蛛が、その動きそのまま脚を横薙ぎのように使って、アイリスに襲いかかる。
「っち!!!」
エリクが、転げるように大地を蹴る。
足元をヴィオが魔力の噴射で吹き飛ばし、その反発力で加速しながら四本蜘蛛の腹の下を潜りながら、アイリスに襲いかかる脚に向かって全力の剣撃を撃ち込んだ。
Cランク・・・いや、Bランク魔獣であっても直撃すれば真っ二つ間違いなしの一撃である。
だが、それをもってしても四本蜘蛛の脚を斬り飛ばすどころか、わずかに切込みを入れることすら出来なかった。
「何で出来てるんだ、これ!?」
『不明です!』
それでも、その力は確実に脚の軌道を逸らし、アイリスは額をわずかに切るだけで逃れることが出来た。
・・・いや、”頭部保護”の魔法が間に合ってない!?
エリクはその事実に更に肝を冷やしながら、なんとかアイリスの離脱する隙を作ろうと連続で斬り込んでいくも、アイリスに狙いを定めたらしい四本蜘蛛には効果がない。
四本蜘蛛がまたしてもアイリスを撃ち抜こうと脚を上げる。
すると今度は、ちょうどそのタイミングで黄色い魔光が煌めき、発生した大きな魔法陣から伸びた鎖が四本蜘蛛を絡め取ると、そのまま引き倒すように鎖を引いた。
後ろを見れば、クレストール教授が額に冷や汗を浮かべながら魔法を展開している様子が目に飛び込んでくる。
使ってる魔法は、さすがアクリラの教師というべきか、エリクの理解を超えた代物だ。
どうやらアイリスの防御を解除した時に、彼も一緒に吐き出されたらしい。
そしてその横を、真っ黒な大きな体が駆け抜ける。
「キュルルルルルル!!」
絶叫を上げ全身に強化装甲を展開したロメオが、四本蜘蛛の突撃に勝るとも劣らない勢いで突入し、その魔力素材製の角を四本蜘蛛の側面に突き立てて押し込む。
ロメオが蹴り飛ばした周囲の石碑の台座が砕け散り、乗っていた強度の高い”原典”が小石のように飛び散り跳ね回る。
そのあまりの勢いにエリクは一瞬、四本蜘蛛の体が木の葉の様にひっくり返り、無様に転がるところを幻視した。
だが恐るべき事に、四本蜘蛛は僅かに姿勢を乱したものの、なんと接地した3本の脚だけでそれを耐えきると、そのまま顔の無い頭をゆっくりとロメオに向けた。
四本蜘蛛とロメオ、2頭の巨獣の押し合いが始まる。
ただ、体格もパワーも四本蜘蛛が優勢だ。
それでも初めて比肩できる戦力の登場に、エリク達には僅かに時間が生まれていた。
どうするか。
”はやくにげろ”
そんな事を言っていたのか、はたまた、主を吹き飛ばされて怒ってるだけなのか。
とにかく一瞬だけ合ったロメオの視線に何かを感じたエリクは、近くにいたアイリスの腕を掴んで肩に抱えあげると、後方から魔法で援護するクレストール教授の下へ退避する事を選択した。
するとまるで、それを追いかけるかのように四本蜘蛛が一気に押し込み、ロメオの脚元が砕け散って、態勢が崩れそうになる。
時間はない。
そう感じ取ったエリクは、クレストール教授も背負うと、階段に向かって走り出す。
「お、おい! 逃げるのか!?」
「ここでは俺達が1番の足手まといです!」
悔しいが、とてもエリク達では戦力にならない事は、今の一合で分かっていた。
だから、護衛対象2人を全力で避難させることだけに集中する。
彼等の安全を確保する事が、今できる最も有効な自分の仕事なのだ。
だがその時、四本蜘蛛の中で何かが膨らむのを感じた。
見えるわけじゃないが、四本蜘蛛の存在が何倍にも膨らんだように感じたのだ。
すると四本蜘蛛の関節から青白い光が漏れ、急激に力が強まったのか、ロメオの体が押し返され始めた。
「キュ・・・ルルル」
ロメオが唸りながら力を込め、角を変形させて絡ませながら、四本蜘蛛の前足を封じ込めようとするが、後ろ足だけでも完全にパワー負けを起こしていた。
「ヴィオ! 壁か何か出せる!?」
『ちょっとまってください。 左手を上げて!』
ヴィオの指示にエリクが咄嗟に左腕を上げると、IMUが唸りを上げて魔力を吐き出し、エリク達を覆う大きな盾が出現した。
すると丁度そこに吹き飛ばされたロメオが直撃し、間一髪致命的なダメージを免れたエリク達が、代わりに吹き飛ばされて近くの石碑に激しく体をぶつける。
ハスカールの上から貫通した痛みにエリクは僅かに目を細めると、背中の2人が無傷である事を確認し、視線を階段に向けた。
階段の入り口まではほんの少し。
20ブルもない。
だがそこに、一瞬で移動してきた四本蜘蛛が轟音を上げて着地し、吹き飛ばされた石碑をエリクがなんとか剣で叩き落として回避した。
エリクが見上げると、真正面に四本蜘蛛の巨体が大写しになる。
形勢が一気に悪くなった。
ロメオを力技で捻じ伏せた相手に、エリクに何ができるのか。
四本蜘蛛が、奇妙なうなり声を上げてその長い前脚を持ち上げエリクに襲いかかろうとする。
まさにその時、
『 よけろ! 』
突如、聞いたことのない男の焦った声が、ヴィオの声が出てくる耳元で鳴り響き、続いてヴィオが強制的にエリクの体を動かして横に吹き飛ばした。
四本蜘蛛の前脚が、思考加速されたエリクでも認識できない速度で撃ち出される。
悪い事に、エリクの回避の動きを正確に捉えた一撃で。
回避できない!
エリクの脳がようやく、そう認識した瞬間だった。
四本蜘蛛の前脚の鉤爪がハスカールの防具を引裂き、内部のエリクの胴体を真っ二つにする瞬間だった。
それが全て吹き飛ばされた。
エリクのすぐ横、つい数瞬前までいた場所を、真っ黒な物体が超高速で通過し、その勢いでもって四本蜘蛛をその攻撃ごと消し去ったのだ。
強烈な衝撃波がエリク達を襲い、背中のアイリスが悲鳴をあげる。
だがそれどころではない。
凄まじい衝撃波で、強固なはずの床が完全に崩壊し、グチャグチャになった瓦礫の中に足が膝まで埋まる。
直撃した四本蜘蛛に至っては、その巨体が嘘のように宙を舞い、壁にぶつかって壁面を崩壊させるまで質量を感じなかったほど勢い良く飛んでいた。
物凄い存在感を感じたエリクは思わず横を振り向き、そこにいた”者”の姿を見て凍りつく。
そこに、本物の”バケモノ”がいたのだ。
「グルルルルラララララアアアアアアアア!!!!!」
とても人の声とは思えないような絶叫が少女の喉から
そのあまりの迫力にエリクは初め、それが”モニカ”だとは思わなかった。
横に立ち、体の何倍も大きな槍を”髪”で構える少女からは、目で見える程の魔力が火事の煙の様に吹き出し、その内側で、更に想像を絶する程の高密度の魔力が渦巻いて、発する熱がエリクまで届いていた。
もはや小さな”黒い太陽”だ。
モニカが巨大な槍の構えを変える。
それでようやく、エリクは今の現象がモニカの放った攻撃だったという事を理解した。
思考加速で追えなかったが、きっとその巨大な槍で一突きしたのだろう。
だがそれは、”槍の攻撃”というにはあまりにデタラメで、発生した被害は筆舌に尽くせぬものだ。
部屋の床は完全に崩れて平面を失い、槍の射線にあった全ての物が引き裂かれて粉々に砕け散っている。
「モニカ・・・」
エリクが声をかける。
するとモニカの顔がこちらを向き、その黒い兜の目がエリクを射抜いた。
だが出てきたのは”言葉”ではなく、魔獣を彷彿とさせる”グルグル”という唸り声。
その迫力に、エリクの中のモニカの少女のイメージは完全に吹き飛ばされてしまう。
その時、向かって正面側の壁に激突して一瞬伸びていた四本蜘蛛が立ち上がり、近くの瓦礫を吹き飛ばすのが見えた。
恐ろしい事に、今の直撃でもまだダメージが見られない。
それでも明らかに警戒しているようで、モニカをじっと見ながら、ゆっくりと距離を詰めだした。
「『警告:こちらは※※※※の※※※※局です。 この筐体に対する攻撃は禁止されています、ただちに・・・・』」
だがその言葉は、モニカの発した咆哮と、更に同時に発生した魔力の爆風が消し飛ばした。
”爆風”である。
目で見えるほどの黒い魔力が四本蜘蛛の巨体を大きく揺らし、僅かな余波に巻き込まれただけのエリクの体が宙に浮きそうになり、慌てて床に手をついた。
ここまで途轍もない少女と一緒に行動していたというのか。
エリクの中に言いしれぬ恐怖が渦巻き始める。
するとそこで、モニカが”スコット・グレン”の弟子だという情報を思い出すした。
それはこういうことか。
モニカは、全身の鎧の隙間という隙間から魔力を流し、それが湯気の様に周囲に漂っていた。
一方、対峙する”四本蜘蛛”も、その体のいたる所から青白い光が溢れ出している。
呼応するように脈動する、2種類の膨大なエネルギー体。
その姿を見ていた全員が理解した。
この2体の設計思想は全く異なるが、その”発想”は全く”同じ”だという事を。
はっきりしているのは、今のエリク達は”羽虫”でしかないということ。
『エリク、お父様から指示です! クレストール先生とアイリスさんをロメオに乗せて逃げてください』
「でも、モニカが・・・」
エリクの僅かに残ったその後ろめたさは、心の底から縮み上がるようなモニカの雄叫びで消え失せた。
『モニカ様が怒りで我を失いかけてます』
その言葉を聞いた瞬間、エリクは瞠目しながら身を縮めた。
それを早く言え!
エリクが心の中でそう叫んだ瞬間、2体の”バケモノ”が床を蹴り上げ、巨大な瓦礫を周囲にばら撒きながら、猛然と突進を始めた。
モニカが大槍を上段に構え、四本蜘蛛が前脚を上げて構える。
人智を超えた力の発動に、石碑達は無残に吹き飛ばされていくしかない。
そして一瞬にして、お互い衝撃波を纏うほど加速すると、
次の瞬間、衝突し、周囲に撒き散らされた瓦礫と衝撃波で、エリク達は今度こそ本当に吹き飛ばされた。
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