2-19【穏やかな日常 5:~ハスカール~】




 週末、いつものようにエリクを拾うため、俺達はヴェレスの街へとやってきていた。

 今では、これももうすっかり慣れた日常だが、それでも今日はいつもよりモニカの足取りが軽い。

 なにせ今回の遠征はこれまでとは少し趣が異なり、アクリラからの依頼だからな。


 話が来たのは一月ほど前のこと。

 まだエリクとは数回依頼をこなしただけだったが、アクリラの冒険者協会から研究旅行の護衛の依頼が舞い込んだ。

 内容はアクリラの歴史研究所の遺跡調査に同行してほしいとのこと。

 なんでもかなり大規模な調査になるらしく、複数の研究室やそこで抱えている生徒まで動員がかかったほどである。

 だがそういう場合、危険度に応じて戦力を補充しないと行けない決まりがあるらしく、冒険者登録をしている生徒に話が行く事になっているらしい。

 ただの遺跡調査と侮るなかれ、魔力鉱床に食い込んじゃってる遺跡なんかは意外と碌でもないものが彷徨いてることも珍しくはない。


 俺達は大規模な討伐旅行などは未経験だが、ほぼ毎週という結構な頻度で外に出ているので白羽の矢が立ったわけだな。 

 正直魔獣討伐の方が遥かに実入りは多いが、そう何度も魔獣に出会えるわけでもないし、遺跡調査なんて面白そうな話に参加するのも悪くない。

 歴史の授業とか嫌いじゃないからな。

 何なら空いた時間に近場に出向けば稼ぎは問題ないだろう。

 あらかじめ週頭の授業をいくつか先に取って4日間くらい時間があるので、暇な時間も多いはずだ。

 それに何より、”低レベル脅威”というのは”稼働試験”にはもってこいである。




 もはや”いつもの場所”で通るくらい待ち合わせ場所として使っている南の冒険者協会に入り、受付で今日の予定を伝えて手続きをしていると、ちょうど後方視界にエリクが大きなの荷物を抱えて入ってくるところが見えた。


「おはよう、モニカ」


 早朝ということもあったのか、まだ少し眠そうな顔のエリクがそう声をかける。

 それに対しモニカも慣れたように後ろを振り向きながら「おはよう」と返した。


「ちゃんと持ってきたみたいだね」


 エリクの抱えている荷物を一目見たモニカが満足そうにそう言うと、エリクは何とも言えない表情で抱えている”荷物”を一瞥する。

 どこか少し自信が無さそうだ。


 風呂敷のように大きな布で包まれたそれは、エリクの体の2倍くらいの大きさに膨らみ、中からは金属が擦れる”カチャカチャ”という音が聞こえていた。

 エリクの姿勢からしてかなりの重量物だが、それを軽々と持てるところはさすが鍛冶屋といったところか。

 ”あれ”を作る時にヴィオにエリクの詳細な人体データを見してもらったが、普段鍛冶場で鍛えられているおかげでエリクの体は外から見る以上に筋肉が詰まっている。

 おかげで無理に外に増設しなくても、魔力で引き上げられる力は結構あった。

 まあ、この辺は”オトコノコ”なのかな。

 この世界的にモニカが小さいだけだろうけど。


 そうだヴィオといえば、


『お父様、おはようございます』


 ちょうど、その件のヴィオが短距離用の魔力通信を俺につないで挨拶してきた。

 見えてる範囲なら、メールよりこちらの方が効率がいいし、意思の疎通がしやすい。


『おう、準備は万端そうだな』


 俺が返事を帰す。

 つい昨日、”夢の世界”で会ったばかりだが、あっちは只の端末だし夢街で自由奔放に動きすぎて性格が激変していたので、今聞こえるヴィオの声とは結構印象が異なる。

 なんというか、こっちのほうが少し無機質でしっかりしているというか。


『昨日の同期分はちゃんと”結合マージ”できたか?』

『はい、【剣聖術】の完成版データ、それと【魔鎧装】、確かに受け取ってますよ』


 ヴィオの声はどこか少し嬉しそうだった。


『それは良かった。 だが知ってると思うが急造品だから気をつけろよ』


 同期しているので、一昨晩のヴィオの端末とスキルの相談の時の記憶を持っていると思うが、一応俺が念を押しておく。

 性別も体格も違うので当然ながら、スキルの擦り合せの段階で少し難航した場面があったのだ。

 内容からして、あの時全ての不具合を潰せたわけがないので、今日は不具合地獄になっても何ら不思議ではない。


『はい、分かってます。 サポートはお願いしますね』

『ああ、任せとけ』


 ”父親”としての自覚などないが、それでも一応娘の晴れ姿。

 俺もできる限りのサポートはするつもりである。


『そっちのシステムでも擦り合せは済んでるか?』

『はい、おかげさまで、エラーは1%未満でした』

『ほう、そりゃ上々』


 シミュレーションから実機に移したときのエラーが1%未満というのは、かなり良い数字だ。

 俺の関わった魔道具の中だと、ブッチギリじゃないか?

 これなら”不具合地獄”はそれほど心配しなくて良いかもしれない。


『普段からマメにエリクの身体データ集めてたからな』


 俺はそう言ってヴィオを褒めておく。


 これだけ上手く行ったのは俺の仮想スキルの精度もあるが、それ以前にヴィオが事前に持ってきたデータが非常に正確で抜けが無かったからだろう。

 最初はびっくりしたが、ヴィオは同期の度に、取得した栄養価の情報から筋肉の稼働の詳細、果てはエリクのプライバシーに関わる恥ずかしい所まで事細かに伝えてくるのだ。

 それらは基本的に俺の人格が見てしまわないように暗号化しているが、それでも”うっかり”はあるもので、今の俺はエリクが軽度の女性恐怖症を発症していることや、モニカは”異性”と思ってないから平気だといったことを、知りたくもないのに知ってしまっていたりする。


『いえ、まだまだ、お父様に比べたらまったくエリクの役に立ててません』


 ヴィオはそう言って謙遜するが、その声色はハッキリと浮かれたような軽さが滲んでいた。

 彼女の学習速度には舌を巻く。


 だがその声色もすぐに陰る。


『ただ、少し気になることがありまして・・・』

『うん? どうした?』


 何か、すり合わせの時に問題が起きたのだろうか?

 もしかすると、その”1%未満のエラー”が解決不能だとかかな?


 だがそうではなかった。


『昨晩の同期をしてからなんですけれど・・・ものすごく”痛い”んです』

『”痛い”?』


 その不似合いな言葉に俺が仮想首を傾げる。

 どういうことだ?


『はい、おかしな話なんですが。 どうもエリクでいう”痛み”のエラーに近いデータが大量にマージされたみたいなんです・・・例えるなら』


 ヴィオはそう言うと少し考えるように間を開けて答えた。


『例えるなら。 全身をグチャグチ ・・・・・・・・ャに噛み砕かれた ・・・・・・・・みたいな感覚ですかね』

『あ・・・』


 ヴィオのその感想に俺は言葉を失った。


 そういや、端末の記憶みたいな”細々したデータ”は破棄されるからな・・・

 おそらく端末同士が食い合ったことなど覚えてはいないのだろう。

 だが、”食われた方の痛み”だけが残るというのは、なんとも因果な事があったものである。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 

 冒険者協会での手続きの後、俺達は今日の”目的地”に向かうまでの途中でエリクの”新装備”の稼働試験を行うために、途中で見つけた適当な平原へと降り立っていた。

 ざっとアクリラから東に300㌔くらいのアルバレスの西の外れだが、この程度の距離でも湿気の含んだ土の感触はトルアルム地域とは結構違う。

 湿地帯の丘といった感じで、生えてる草も草というより足の長い”苔”って感じかだ。

 事前の注意通告もないし、特に特徴的なところもなく、街道から外れ集落からも遠いこのあたりならば多少無茶しても問題はない。

 今回はそういった”無茶”はせずにただ軽く動かす程度なので問題ない筈だが、一応の配慮である。


 いくら”低レベル脅威”とはいえ、何があるか分からん場所で完全な”シェイクダウン初起動”をするほど無謀ではない。

 ここで上手く行かなくて、遺跡調査時にはエリクは”いつもどおり”で行ってもらうことになっても戦力的にはそれで問題ないし、敵前で致命的な初期不良が出るよりはマシだ。


 俺たちが丘に降り立って”ワイバーン”を解除すると、早速ロメオが周囲を嗅ぎ回りながら何本か草を引き抜いては吐き出した。

 あまり美味しくはないようだ。

 その様子を見ながらモニカが軽く伸びをすると、若干湿気を含んだ風が背中に吹き付けた。

 モニカは今回は完全に”ピクニック気分”なので気楽である。


 一方、いよいよ本格的に”実験動物”に片足を突っ込むことになるエリクは、それを悟ってか少しピリピリした様子で、俺が開けた”次元収納”から持ってきた荷物を取り出して、梱包を解き始めた。

 さすが半人前でも本職の鍛冶屋というだけあって、中から出てきた物はどれも布や革、時には柔らかい木などでしっかり養生されている。

 エリクはそれを慣れた手付きで丁寧に剥がし、敷物代わりに広げた大きな革の上に並べていく。

 これは”エリクの武装”のために彼に作ってもらっていた一品で、”鍛冶師エリク”個人への注文という形で用意した物だ。

 もちろん俺達の”勝手な趣味”に付き合わせる形なので、手間賃や諸々込みで俺達の財布から捻出している・・・・ので、どっかその辺に魔獣でも湧かないかな・・・ 


「一応、ヴィオに言われたとおり作ったんだけど・・・これで大丈夫かな?」


 物品を並べながらエリクが少し心配そうに聞いてきた。

 無理もない、ヴィオから上がってきた報告に目を通したが、あいつどうも俺の”シミュレーション結果”から起こした図面に対して、0.01ミリレベルの精度を要求していたらしいのだ。

 まったく、これだから”お子様”は相場を知らなくて困る。

 そんだけの精度を要求されたら誰だって納品が怖いだろう。

 よくもまあ、何に使うかもよくわからない代物をここまで正確に作ったものだと感心するばかりである。


 もちろんモニカも、俺の指示を聞くまでもなく出てきた物品を一目見ると嬉しそうに頷きながら「もんだいない、よくできてる」を連呼した。

 間違っても、実はこれに精度は求めていないなんて言ってはいけない。

 なんなら、いくつか部品がなくてもそれはそれで何とかなるものだ、とかも言ってはいけない。


『次からは、あまりきつく仕様を通すなよ?』


 俺は、エリクを発狂寸前まで追い込んだらしいヴィオに忠告しておく。

 だがヴィオはさして気にした様子もなく答えた。


『はい、わかってますよ』


 本当だろうな?

 なんでも最後は直にコントロールしたって話だからな・・・

 この前みたいにスキルを連絡する魔道具がなかったので、素肌に直付するために服の背中に差し込んで無理やり使ったらしい。

 ヴィオは「意外と上手く行った」とあっけらかんと報告してきたが、剣を服の中に抱えながら鍛冶するエリクの姿は他の職人からすればさぞ珍妙だっただろうに。

 俺はその様子を想像して心のなかでエリクに詫びを入れた。


「えっと、これで全部だ」


 最後に一番精度を求められたらしい複雑な形の半円状の物体を革の上に置くと、エリクが全ての部品の数を指で数えながらそう言った。


「おぉ・・・」


 モニカが壮観だとばかりにそんな声を出す。

 ピカピカの複雑な金属製品がこれだけ並ぶと、それだけでなんとも言えぬ迫力が出るものだ。

 エリクが広げた物品はどれも、職人(エリク)の手により徹底的に磨き上げられ鏡のように周囲の景色を反射していた。

 それに注文した金属の配合の関係か若干青みがかって見えるな。


『うー・・・で・・・あれが・・・で・・・・よっし、ぜんぶ寸法通りだ』


 観測スキルを使って確認した俺がモニカにそう伝える。


「ばっちり。 ありがとう」


 モニカがそう言うと、エリクは露骨にホッとしたような表情になった。

 なにせこれ一式で3万セリス近く使っちゃってる・・・・どこかに魔獣でも湧かないかな・・・


 さて、部品単位だと何の部品か全くわからない形をしていても、全部をこうやって並べてみると薄っすらと全体像は見えるものだ。

 今回だと、エリクが作った金属製の部品は、完全に”人の形”に並べる事ができる。

 もっと言えば寸法が正確なので、”エリクの外皮から平均5mmほど外側に並べることができる”、だな。


 お察しの通り、これは俺達がエリクのために用意する”強化外装”の、その”骨格”になる部品だ。


 とはいえ、これを剥き出しで運用するわけじゃない。

 その証拠に、このままだと兜は4つに割れてるし胴のパーツは小さすぎて機能しないだろう。

 それに、鎧にしては部品同士の表面が妙に凹凸していて引っかかり易くできていた。

 当然ながらこの骨格は、”内側”に使うためのものである。


「よっこいしょ」


 今度はモニカがそう言いながら、”次元収納”から大きな黒い塊を取り出すと、ドサリと金属骨格の横に落とす。

 それは物凄く目の細かい粘土の塊のようなものだった。

 どっちかといえば、こっちが外装の”本体”である。


「なにそれ?」

「”配線フロウ”」


 エリクの問にモニカがそう答えるとその一部を片手で千切り取り、もう一方の手でエリクが最後に置いたリング状の部品を掴んで、そこに練り込むようにくっつけ始めた。

 と、同時に俺が”図面”を引っ張り出して調整を始める。

 この黒い塊は、高度魔道具用の土にモニカが徹底的に精錬した己の魔力を1週間かけて練り込んだ特性の”フロウ”だ。

 配線材としての性能だけなら、もはやヴィオなどの”フロウゴーレム”すら軽く凌駕するほどのトンデモ素材である。

 ただし、このままだと只の”やたら魔力の通りの良い粘土”なので、もちろん機能させるための小型の魔道具を埋め込んでいく。

 後は防御用に配合を変えた”外装用フロウ”で外側をコーティングすれば、一丁上がり。


 ピカピカだった薄いリングがあら不思議。

 すっかり、無骨なマットブラックの”首輪”になってしまったではないか。


 そして「それ何?」と言いかけたエリクに対して、「首輪だから首につけるんだよ!」とばかりの勢いで、モニカが了承も取らずにエリクの首に押し付けると、”ガキョッ!!”っという音を上げてフロウが変形しながらエリクの首に収まった。


「・・・あれ? ・・・これ取れそうにないんだけど・・・」


 予想以上のガッチリ具合にエリクが焦ったような声を上げて首輪に手をかけるが、しっかりと固定された首輪は取れるどころか上下にすら動かない。

 うんうん、エリクの喉の動きに合わせた変形機能は上手くいってるな。

 2,3回は窒息させるか首の骨を折ってしまうかと危惧していたが、どうやら組み込んだ緊急用の”修復スキル”の出番はなさそうだ。

 すると、首輪の横から細い糸のようなものが伸びてエリクの耳に入った。


「え!? ヴィオ?」


 エリクが俺達には聞こえない声に反応する。

 うん、こっちも問題無しと。


『首輪との通信はどうだ?』

『はい、問題ないです。 前よりかなりクリアにエリクのデータが見れるようになりました』

『それは良かった。  モニカ、上手く行ったって』

『わかった』


 モニカはそう答えると、今度は少し小さめのリングを取り出すと同じように魔道具を”実装”して組み上げ、同じく”問答無用”でエリクの両腕に嵌めていく。


『お父様、3機とも接続完了しましたよ』


 この3つのリングは、エリクとヴィオの連携を強化するための魔道具だ。

 これらを使うことで、常時展開される予定の”ユニバーサルスキル”の処理を行い、ヴィオの負担を軽減する。

 ちょうど、俺達の”魔水晶”と”インターフェースユニット”の一部に当たる魔道具と言っていいか。

 だが俺達と違い、内部の荒れ狂う”力”を制御しなくていいので、その機能は完全にスキルの制御だけに当てられる。


『よーし、じゃあ、テストで何か魔法かスキルを使ってくれ、昨日渡したデータの中に色々入ってるだろ』


 俺は試しにヴィオにそう伝える。


『はい、それじゃ・・・これで!』


 ヴィオがそう言うと、剣身の中に予め蓄えられていた魔力を消費して、エリクの背後に中心部が消えて見えない特徴的な魔法陣を展開した。

 うん? これって・・・・

 ・・・と、思った次の瞬間、エリクが着ていた服が一斉に消えたではないか。


「うぁっ!?」


 あわてて前を隠して屈み込むエリク。

 その顔は真っ赤だ。


「ちょっ、何してんだよ!?」


 エリクがそう言って憤るが、何やら向こう・・・でヴィオが「どうせ脱ぐのだから」的なやり取りをしているのが聞こえてきた。

 どうやら、俺のデータから”次元収納”の記録を取り込んで展開し、その中に外部動作の【転送】スキルを使って来ていた衣服を全て放り込んだらしい。

 まったくこの子は・・・

 確かに外装の都合上、全部脱いでもらう予定だったけど、テントの中で着替えてもらうとか、もう少し手順が有っただろうに。

 男の子はデリケートなんだよ。


 ちなみに”デリケートじゃない女の子”であるモニカは、初めて”直に”見るエリクの全裸を値踏みするようにガン見しながら、その視線を避けるように後ろを向いて屈み込んだせいで正面に来たエリクの背中に付いている黒い機器に手を伸ばし、その表面を剥がすように指で外した。

 これはエリクの身体データを取るために付けてた記録用の医療魔道具だが、エリクの生体魔力を調整するための接続口にもなっている。

 だが今後想定してる強い魔力を流す行為には、些かスペックが足りてない。

 なので、より大型のものに取り替えるのだ。


 モニカは拳大の制御ユニットを取り出すと、それをエリクの背中の器具に接続させ、さらに別の制御ユニットを取り出してエリクに差し出した。 


「胸の上くらいにつけて、 くっつくから」

「・・・この辺?」

「うん」


 受け取ったエリクが渋々といった感じに鎖骨の下辺りに持っていくと、制御ユニットは吸盤のようにエリクの肌に吸い付いた。

 これは見た目こそ俺達の胸元に付いているやつにそっくりなのだが、よく見れば追加の小型魔水晶が両側に付いているのがわかるだろう。

 外部装甲の制御ユニットという点は変わらないが、今回は基本的にエネルギーも外部から供給するからな。

 大きな中央コアと補助ユニットで完結していた俺達の物と違い、こっちは正面と背面どちらにも大きなゴーレムコアを使用する並列構造にしている。

 外装展開時にはこの2つの大きな制御ユニットをメインに、3つのリングを補助にしてヴィオの動作を補助する仕組みだ。

 そして逆に、非展開時には小型の3つのリングだけで動作を済ませることで省力化も図っている。

 

 後は、エリクに合わせて調整したインターフェースユニットを掛けさせれば、”下ごしらえ”は完成だ。

 すべての接続が終わるとすぐにエリクの胸の制御ユニットに魔力が流れ、フロウの塊から適切な量を抜き取って彼の体の表面を覆い、あっという間に真っ黒な”下着”が顔を残して全身を埋め尽くす。

 俺達も今下に着込んでいるのと同じ、”全身黒タイツ”の完成だ。


 ようやく”隠すべき所”が隠れたエリクが、恐る恐る立ち上がってその様子を確認する。

 試しにモニカの指示で軽く動いてもらったが、特に動きを阻害するようなこともない。

 これは本来かなり硬い素材なので、エリクの動きに合わせて変形させないといけないのだが、そのスキルにも問題は無いようだ。

 外部スキルなので遅延が心配だったがそれもなし、まあ、有ってもヴィオが即座に修正しちゃうだろうけれど。

 見た目だけは、どうしても”全身タイツ”なので全てを隠しきれてるとは言い難いけれど、下着だし一応”形”は分からないように調整しているから問題はないだろう。

 たまーにモニカの視線が変な動きをする程度だ。

 これは俺が、エリクの体表面に追従するスキルを組む時にさり気なく気を使った点である。

 だって男の子だもん。


「どこか変なところはない?」


 動きを確認しているエリクにモニカが問う。


「すごく動きやすいけど、なんか・・・付けるの多くない?」


 全身に付けられたいくつもの魔道具を見回しながら、エリクがそう言って縮こまる。

 たしかに普通に生きていればこれほどの量の精密魔道具を身につける機会など考えられないだろう。


「たぶん、ヴィオからいわれてる思うけど。

 これからは自動的に全部つくから安心して」

「あ、うん。 ちょうど今それ言われたよ・・・」


 表で俺達が色々と準備している後ろで、ヴィオはその機能を全てエリクに説明している。

 それをエリクが理解できているかはともかく、それがインテリジェントスキルのさがなので聞いてやってくれ。

 そのうち理解できるだろう。


 そんな彼らを他所に、俺達は最後の部品である魔力を入れておくための”吸魔器”を2つ取り出して並べると、いよいよこれですべての準備は完了した。

 残りの部品は、冗長性を確保するために全てバラバラの状態で準備完了だし、魔力だって充填済みだ。

 俺と違って手の早いヴィオのことだから、もう既に全てのパーツにIDが振られている。


 魔力波通信でヴィオの様子を探ると、ちょうど起動の命令を出すようにエリクに伝える所だった。


『エリク、【US1.0強化外装:ハスカール】を起動しますか?』

「えっと・・・頼む」


 エリクは小さくそう呟くと、一気に顔を引き締めて緊張を纏った。

 曲がりなりにも冒険者として依頼をこなしてきた経験か、それとも唸りを上げ始めた制御ユニットの迫力に押されたのか。

 エリクに取り付けられた全ての制御ユニットが、内包したプログラムに従ってスキルや魔法を展開し必要な動作を始めていく。

 最初に移動したのは吸魔器、エリクの背中にその2つの魔道具が並ぶと、背面制御ユニットを挟み込む形で直結された。

 これでヴィオは吸魔器内に溜められた大量の魔力を使用できる。

 そして、彼女はそこから魔力を取り出すと、残りの部品を一斉に転送させた。


 元々、”デバステーター”の展開スキルを流用しているだけあって、”ハスカール”の展開も中々に迫力があった。

 【転送】で全身の骨格パーツが同時に現出し、同時に厚みを増したフロウに埋没する形でエリクの体に張り付いていく。

 この一瞬だけは銀色の金属光沢が剥き出しなので、黒地に白く反射する光景がまるで骸骨のように見える。

 だがそれも、次の一瞬で表層用のフロウに覆われて真っ黒に染まった。


 現れたのはマットブラックの鎧武者。

 俺達謹製の強化外装らしく全てのパーツが有機的に繋がった生物的な印象があるが、内部に変形できない金属骨格を採用しているため、”グラディエーター”より少し無骨で硬い印象がある。

 その出で立ちは、脇に差してあるヴィオの比較的シンプルな剣が想像以上に嵌り、様になっていた。


 エリクが自分の手を見つめながら、その手を開いたり閉じたりする。

 仕様上フルフェイスなので表情は見えないが、驚いていることは雰囲気から伝わってきた。


「どんな気分?」

「不思議・・・鎧を着ている筈なのに、裸でいるより動きやすいなんて・・・それに重さも感じない」


 エリクはそう言いながら、不思議そうに色んな体勢を取る。

 総重量100㌔を超す鎧が羽のように軽く動くのはさぞ奇妙だろう。


「それはよかった」


 モニカはそう言うと、心底面白そうにニッコリと笑う。

 だが、ヴィオからの大量の通知を聞くのに精一杯なエリクはそれに気づかない。

 運動補助系の確認を行うためだろう、ヴィオの指示に従いながら全身を色々動かしていた。

 その動きはいつも以上に滑らかで、しかも力強く機敏だ。


『エリクの動きを、よくそんなにスムーズに取れるな』


 エリクの動きに素直に感心した俺がヴィオを褒める。

 モニカ内部にいる俺ならともかく、あくまで外部にいるヴィオではどうしたって遅延が発生する筈なのだが、そんな感じもない。

 すると彼女から、”どうだ”とばかりの返事が帰ってきた。


『これまでエリクのデータを読むしかできませんでしたからね。 でもシミュレーションは十分やってますよ』


 その口調自体はとても事務的で何の感情も感じないが、俺にはその中にわずかに混じった肯定的な反応を見逃さなかった。

 ・・・これは本格的にヴィオのデータを解析にかけても良いかもな。


 まあ、これで起動は済んだので後は軽く動いてもらって問題なければ、今日の遺跡調査に投入しても大丈夫だろう。

 ここまで、何も問題が起きないと逆に心配になってくるような順調ぶりだ。


「それじゃ、”次”に行こうか」


 するとそんな俺達を余所に、モニカがそんな事を言いだした。


「うん・・・・”次”って?」


 エリクが聞く。

 するとモニカが唐突に、”次元収納”の中から”棒”を引き出して構えたではないか。

 しかも練習用のやつじゃなくて、”実戦”で使う方のやつを・・・

 その様子とモニカから滲み出した迫力にエリクが思わず後ずさった。


『ちょ、ちょっと、モニカさーん? なにしてんのー?』


 俺が抵抗するようにモニカから流れてくる好戦的な感情を無視しながらそう聞く。

 するとモニカは、男子2人の問に同時にあっけらかんとした様子で答えた。


「”打ち合い”」


 そう言うとモニカは持っている棒をくるりと回して肩で担いで構えながら、ニヤリと笑みを浮かべる。


「『え!?』」


 俺とエリクのその声は、ほぼ同時だった。

 回線を注視するとヴィオからも困惑している声が流れてくる。


『おいまて! ”ハスカール”はまだ”最初の起動テスト”をクリアしただけで、次のテストも軽い身体測定みたいなのを・・・』

『うーーーん、そういうの、まどろっこしくない?』


 だがモニカの答えはこれ。

 その感情は、丁度いい玩具を見つけた子供のようにランランと輝いていた。

 いや、本当に玩具 ・・を見つけた子供か・・・


「ちょっとずつ動かしてデータ取るよりも、直に打ち合った方が色々なデータが取れるし、エリクも慣れやすいでしょ」


 モニカはそう言うと、当たり前のように”グラディエーター”の展開指示を飛ばしてくる。

 ・・・それ使うのかよ・・・まあ、実際戦うとなったら使うけどさ・・・


 こうなってしまっては止められないと悟ってる俺は、しかたなく強化武装を展開する。

 俺達の体を黒い外装が覆うと、ヴィオから心配そうな言葉が聞こえてきた。


『あの・・・本当にやるんですか? こちらの戦闘系のスキルの殆どは、これが初めての稼働になるわけなんですが・・・・』

『しゃーない。 実際今日のどっかでやるつもりだったし、テストをすっ飛ばしたと思って諦めよう』

『そう・・・ですか、お手柔らかにお願いします』

「ち、力加減とか分かんないから、手は抜けないよ?」


 エリクが最後の抵抗とばかりにそう言うが、もう完全に”やる気モード”のモニカを焚きつける効果しかなかった。


「うん、いいよ。 本気で来て」


 そう言いながら全身に魔力をみなぎらせる。

 それを見たエリクもため息を付きながら剣を抱えるように構えて腰を低く落とし、”ハスカール”の外装の中に魔力を流した。


『攻撃力をブーストする系は切っておけよ、こっちもなんとか抑え込むから』


 俺がヴィオにそれを伝える。

 ここはアクリラの外なので、怪我した場合の対処は研修で習った”簡易の魔法”しかない。



 他には誰もいない草原で、大量の魔力を身に纏いながら構える2人の黒い影。

 そしてその影は、少し離れた場所で「なにやってんだ」と呆れた顔で草を食んでいたロメオが「まずい!」とばかりに吐き出した音に合わせてぶつかった。



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