2-19【穏やかな日常 4:~夢街ダイアリー~】


 今度の週末、俺達はとある”遠征”を兼ねてエリクの装備などを一気にアップデートすることになった。

 これは、その前々日の夜の事。



「ふう、モニカが夢を見てくれてよかった」


 その光景を前にして俺はそう呟く。

 モニカが瞼を閉じてからしばらくすると、俺はいつの間にか夢を見ているときだけに訪れることができる空間へとやってきていた。

 今日か明日の夜に夢を見てくれなければ、少々面倒くさいことになってた。


 眼前に広がるのは、先進的なデザインのビルが立ち並び、縦横無尽に張り巡らされた道路を車が高速で走っている都市の光景だ。

 もちろん街並みに魔法が満ちたアクリラとは似ても似つかなく、この都市の構造物はどれも重力に単純な構造で挑む設計で、端的に言えば”SFチック”である。


「だが今日は明るいな」


 上を見れば、雲一つない青い空に太陽が煌々と輝いていた。

 環境対策がある程度うまく行ってる、いい感じの未来都市といったところか。


 以前に”SF”を引き当てたときは随分と暗いディストピアな未来都市だったが、こちらはユートピアとまではいかないが、スマホの延長線上くらいには明るい雰囲気な事を考えると、モニカの夢見は穏やからしい。

 とはいえ、ここの雰囲気はモニカの夢の内容に大きく影響され、展開によっては大きく崩れないとも限らないので予定はさっさと済ませるに限る。


 それにしてもこの”夢街”は、普段はこの世界に倣って中世から近代風を改造したような物が多いというのに、節目節目ではどうも現代から未来の都市を引き当てる気がする。

 技術的な思考をするとそうなるのだろうか。


 ただ、今回は俺の体は面白みがなかった。

 主観的意識を反映しすぎたせいか、特徴のない黒いマネキンである。

 こんな姿で街を歩けばさぞ浮くので、どこかで服でも調達しようかな。

 いや、なんで”自分の中”を歩くのに格好を気にしなければならないのだ・・・


 モニカが夢を見てる間に訪れることができる、このスキルの構造を視覚的に”擬街化”したこの都市は、スキルの効率化が進むにつれて、日増しにその複雑性を増していた。

 以前は中央にそびえていた”FMISビル”も、ここでは”FMIS地区”であり、他にも内部に建物を内包した構造物もかなり増えた。

 回線系統が充実してきたおかげか、鉄道や道路網が以前より目立つのも特徴だろう。

 街人として表現される要素達も以前より複雑に動き、気のせいか娯楽の類も目につく。

 あの劇場街は何を表現してるのか。

 この世界の”三大権力スキル”のリソース管理部が証券取引所モドキを運営してるのは最近知ったが。

 予想通り、今日は剣術絡みが高騰しているな。


 ビルの壁面に設置された情報ディスプレイに映る”株価”を確認しながら、俺は街の中を歩いていった。

 ちなみに残り2つは、警察で表現される”健康管理部”と、裁判所で表現される”起動審査部”だ。

 この3つは【フランチェスカ】の根幹機能なので、俺ですら命令権がないというとんでもない連中である。

 まあ、逆らってもモニカが死ぬので仕方ないのだが。


 え? プリセットスキルはどう表現されてるかって?


 ほら、遠くの方に山脈が霞んで見えるだろ? あれが【思考同調】で、【予知夢】は街のどこかに打ち捨てられた祭壇として出現する。

 こいつらは、もう干渉するだけ無駄って事だろう。



 さて、そんな風に俺が街の散策をしているのは、”とある奴”を探しているからである。

 いつもなら目的地にすぐつくか、気になってるスキルにすぐつくこの不思議構造の”夢街”だが、今日探している相手はこの中を好き勝手に動けるので、すぐに割り出す事ができないのだ。

 ここの交通機関は、見た目だけなら俺よりも大きいが、乗ろうとすると”サイズオーバー”で乗れずに使えないときてるので、大人しく検索網に引っかかるまでテクテクやるしかないのだ。

 この世界の大きさは見た目ではなく、”データ容量”で決まるのである。


 とはいえ、俺の懸念を他所に、それほど歩く事なく出会う事はできたのだが。


「・・・なにやってんだ?」


 思ったよりもかなり早く探していた相手を見つけた俺が、その姿に思わずそう口に出してしまった。

 するとそれを聞いた相手はこちらを向いて、「あ!」っと声を上げて手を振った。


「お父様! こんにちは!」


 そう言って笑う、”そいつ”。

 その姿は、只でさえ小柄なモニカの姿を更に縦に圧縮したような”ちんちくりんのモニカ”だった。

 ご丁寧にアクリラの中等部の制服をデフォルメした格好をしているので間違いはないだろう。

 一応、この街の”神”にあたるモニカの姿をこんな気軽に模倣できるやつは少ない。

 俺か、もしくは・・・


「ずいぶん好き勝手やってるみたいだな、”ヴィオ”」


 俺がそいつに付けられた”名前”を呼ぶ。

 こいつは”ユニバーサルシステム”の一号機であり、現在エリクの剣の中で絶賛彼の補助をしているインテルジェントスキル”ヴィオ”の・・・その”出張端末”である。

 だが、なんでこんなところにいるのか・・・

 俺は呆れたようにヴィオが今、食ってる ・・・・モノを指差した。

 するとヴィオは、さもその辺の女子高生が答えるように、


「ラーメンが食べたくなったんです。 おいしいですから」


 と宣ったのだ。


 スキルが飯を食うものなのか、データの塊でしかないこの場所で”食事”ができるのか、そもそもヴィオに食欲があるのか、色々突っ込みたい。

 だがそれよりも気になったのが、店構えこそラーメン屋だが、看板にデカデカと「うどん」と書かれ、メニューがそば一色のこの店だ。

 さらにヴィオが食っているのはどう見ても”スパゲッティ・カルボナーラ”である。

 なんのスキルを模しているのか分からないが、俺は”アメリカンヌードル”的な四角い紙容器から、濃厚クリーミーなパスタを、ラーメンだと思ってフォークで口に運ぶヴィオを生暖かい目で見守るしかなかった。

 こんなのでも可愛い”俺の娘”である・・・”娘”ってなんだろう?


 まあ、本体ではないのだけれど。

 こいつは、あくまで自分に合ったスキル構造を模索するために、ある程度自由に俺の中を探って本体にデータ送るための”端末スキル”だ。

 その仕組みは、以前俺がヴィオの中に入ったときに使った奴を発展流用したもので、毎日朝方に俺の中で得たデータと本体を同期している。


 なんでそんな事をさせているかと言うと、こうでもしないと四六時中「お父様! どうしたらいいですか!」とメールしてくるのだ。

 可愛い愛娘からのメールを嫌がるとは! と世のお父様方は思われるかもしれないが。その大変さったら。

 ヴィオとウルしか連絡先がないはずの受信履歴に、毎日数千件の問い合わせが来るのは流石にキツイ。

 しかもこのメールは少なからず魔力を消費するわけで、隣町とはいえエリクの魔力の消費がやばく日々の生活に支障が出そうだったので、こうして常駐端末を受け入れることにしたのだ。


 のだが。


「せっかく”夢街”が開いてるので楽しまないと思いまして」


 とヴィオは何食わぬ顔でそんな事を言っているが、これは大変恐ろしいことである。

 いつの間にこんなに変化した?

 つい最近までこいつの正体は口調が丁寧な赤ん坊の筈だった。

 というかそもそも、


「お前にも、”楽しい”って感情があるのか?」


 俺が驚いたようにそう問いかける。

 ”楽しい”という感情は人工精神の中ではかなり高度な物だと思っていたが。

 だが俺の問いかけに、ヴィオはモニカを真似したように首をコテンと倒す。


「さあ、よくわかりません。 でも私のこの状態に該当する物は記録部で見た中では、”楽しい”という感情を指す言葉が一番的確なので」


 そう言いながらヴィオが指差したのは、中心街の摩天楼の方。

 なるほど。

 ”中枢データ”を閲覧する機会があったのか。


「それに、上手く機能すれば何でも良いじゃないですか。 別に厳密な定義なんて私達には必要ないですよね?

 私はこの”おいしい”という反応が楽しいんです」


 ヴィオはそう言うと、クリームパスタを口に放り込んで幸せそうな表情を作った。


「まあ、そうなんだけど・・・」


 俺は自分の知識の中にしかない世界で、無駄に神格化されていた”人間性”の扱いに心の中で苦笑いを浮かべた。

 どれだけ空論を並べても、この仮想パスタに舌鼓を打つ少女の顔を見れば一瞬で吹き飛ばされる。

 結局、感情なんてものはただ個体の情報の一部を表しただけの、大したものでも何でもないのかもしれない。

 スイッチのオンオフの集合体しか創造できなかった世界と違い、こちらは内部的には原則好き勝手に動作する魔力回路がベースなのだ。


 それに今日はこんなどうでもいい哲学的な問答をする時間はない。


「それじゃ、それ食ったら行くぞ」


 俺がヴィオが手に持ってる”パスタ”を指差す。

 もう、量はそんなに残ってないはずだ。


 だがヴィオはそれを制した。


「ちょっと待って下さい。 集合する ・・・・んで」


 ヴィオがそう言いながら、腕に嵌めていた玩具の時計を見つめる。

 そんなデジタルな時計、どこのライブラリから引っ張ってきた・・・というか、


「は? 集合? 誰か待ってるのか?」


 俺の中にいる間に、どこかのスキルと仲良くなったのか?


「いえ、待ってるのは、”私”です」

「お前を? ・・・・ん?」


 するとその時、何かが俺の腰を引っ張り、何事かと後ろを振り向くと俺はそこにあった物を見て固まってしまった。


「・・・え?」


 そう言いながら頭だけ元の角度に戻して、さらにもう一度後ろを振り向き、またそれをもう1セット繰り返す。

 だが何度見ても光景は変わらない。


 何度見ても、俺の後ろに今前にいるはずのヴィオが立っているのが見えた。

 

「おとーさまー」


 後ろのヴィオが若干舌足らずな感じで俺にそう喋りかけてきた。

 間違いなく瞬間移動した訳ではない。

 よく見ればこっちは服装もお嬢様みたいなドレスだし、手には何体かのぬいぐるみ・・・に偽装したデータの塊が握られていた。


「だっこしてー」


 もう1人のヴィオがそう言いながら俺の服を引っ張る。

 真っ黒なマネキンで素っ裸の筈の服の裾を。


 その光景にどう反応していいか分からなかった俺は、取り合えずそのヴィオの希望通り腰を両手で掴んで持ち上げると、そのヴィオがキャッキャと喜びの声を上げた。

 見た目は50cmくらいの人形サイズだが、データが詰まっているせいでやたら重たい。


「・・・なんで、ヴィオが2人いるんだ?」


 俺は取り合えず、まだ話が通じそうな正面でパスタ食ってる方に質問する。

 すると卒倒しそうな答えが帰ってきた。


「コピーしたんですよ。 ここは広すぎるので、沢山端末があった方が効率的ですから」

「コピー!? お前をか!?」

「はい」


 ”パスタヴィオ”が何でもないようにそう答える。

 だがまて、こいつは見た目こそちんちくりんだが、データ量はこの街の一区画に匹敵するくらい馬鹿でかいんだぞ!?

 そんなものを・・・コピーしただぁ!?


「リソース管理部は何やってんだ!?」

「もちろんコピーのときに認証は取ってますよ。 余ってるから好きに使っていいといわれました」

「な!?」


 俺が何か作ろうとしても、リソース不足を理由に2つ返事でボツを言い渡すというのに何だこの扱いの差は・・・・


「おとーさまー、”たかいたかーい”して」

「あ・・・はいはい・・・たかいたかいーい」

「きゃははは」


 お嬢様ヴィオは俺が持ち上げてると大変喜んでくれた。

 案の定、ものすごく重いのだが・・・


「もちろん、”制限”もらってますよ。 例えば”夢街”が展開されているときだと、お父様より小さいくらいのリソースを使っても良いそうです」

「あ、そう」


 死んだ目で”お嬢様ヴィオ”をあやしながら、”パスタヴィオ”の説明に相槌を打つ。

 ここの連中は俺以上に娘に甘いことはよーくわかった。


「それにしても、こいつの様子は何だ?」


 俺がそう言いながらこれよみがしに”お嬢様ヴィオ”を一際高く持ち上げる。

 すると”こいつ”呼ばわりしたことに、腕の中で”お嬢様ヴィオ”が膨れた。


「もう、”ヴィオ”ってよんで!」


 そんな事言われても・・・


「インテリジェントスキルの効率的運用のために、記録の中にあった格好や性格を反映させて自分の形に落とし込もうとしてるんです」

「なるほど、つまりこいつは、俺の中にある”お嬢様”と”お子様”のデータを反映しているということか」


 ”パスタヴィオ”の説明に俺がそう納得すると、腕の中で”お嬢様ヴィオ”がまた拗ねた。

 だが、これでヴィオの急激な成長にも説明がつく。

 こうやって複数の人格を再現しながら”自分”を形作っているのだろう。


「まあ、それじゃ揃ったことだし。 さっさと行こうぜ」


 俺が疲れたようにそう言って次の行動を促す。

 だがヴィオは、俺のその提案をまたも制した。


「いえ、集合するまで ・・・・・・・もう少し待ってください」

「え? もうこの子いるよ?」

 

 俺はそう言いながら不思議そうに腕の中の”お嬢様ヴィオ”を動かす。

 だが、”パスタヴィオ”の方は首を振った。


「いえ、”他の子”を待つんで」


 その言葉にまたも俺は放心する。


「え? それってどういう・・・「ぱぁぱぁ!!!!」


 だが俺のその問いかけは、後頭部に激突した新たなヴィオの元気のいい声にかき消された。






 一体、何人作ったんだ・・・・・


 俺は目の前に展開された光景を愕然とした思いで見守るしかなかった。

 いつの間にか、”ラーメン屋にうどん屋の看板と蕎麦のメニューのパスタ屋”に、大量の膝丈サイズのモニカで溢れかえるカオスな光景が広がっていたのだ。

 大事なことなのでまた言うが、何体作ったのか。


 取り合えず集合完了するまで待ってみることにすると、やってくるわやってくるわ・・・

 すっかりここは思い思いの格好と性格のヴィオたちがやってきては、「おとうさまー」とにじり寄ってくるちょっとした不思議空間になっていた。


 ”お嬢様ヴィオ”は依然として俺の腕を占拠しているが、腕や足に”お子様系ヴィオ”が次々やってきてはしがみつく。

 かと思えば、俺のことなどそっちのけで元気に店内を走り回る”スポーツ系ヴィオ”や、それを遠巻きに観察してブツブツ呟いてるだけの”文系ヴィオ”の姿もある。

 どうやらヴィオは一気に色んな人格や格好を試しているらしい。

 試しに丸メガネの大人しい子が読んでる難しそうな本の中身を見てみると、彼らが持っている”小道具”は今日得てきたデータを纏めたものというのがわかった。

 

 少しだけ、色んな道に進んだモニカを並べて見るようで面白いが、こうも数が多いと気が滅入る。

 本当にそこら中からデータを参照しているようで、ヴィオ達の姿は非常にバラエティ豊かで、把握が難しい。


 そんなヴィオ達を俺の横で、”パスタヴィオ”が並べて何やら出欠をとっていた。

 どうやら最初に俺に接触した彼女がこの場を纏める役割を持ったらしい。

 偶然にも、比較的大人びた性格だったのも大きいだろう。

 他にもしっかりした性格の子などは、率先して”パスタヴィオ”の手伝いをして場をまとめようとしていた。


 とはいえ、大人びた子もいれば、子供じみた子も多いわけで・・・



「おとうさま、これ見て「すきありいいいい!!!!」


 なにかの機械の塊を俺に差し出す子の頭を、剣道着を着た子が竹刀で”バシン”と良い音を立てて叩いた。

 すると機械を持っていた子の表情が、一瞬ビックリしてから見る見る赤くなる。


「うっ・・・うっ、うわああああああ!!!、うわあああああああああ!! たたいたああああ!!!」

「ああぁ・・・もう、なにやってんだ・・・」


 俺が慌てて、持っていたお嬢様の子を片手に持ち替えて、空いた手で機械を持っている子の頭を擦る。

 するとご丁寧に、わずかにたんこぶ状に盛り上がっていた。

 これもどこかで参照したのか?


「いたいよおおおおお!!! いたいよおおおあああ!!」

「なるほど、これが痛みですか、面白いデータですね」


 近くで本を読んでいた子が、手に持っていた本をパタンと閉じながらそう言いながら、泣く子の観察を始めた。

 こういう協調性の乏しいのもいるらしい。


「というか痛いのか? 只のデータだろうに・・・」

「いたいよおお・・・ぅわああ・・・うわあああ!!」

「ああー、もう、大丈夫だから」

「ごいづがだだいだああああ」


 そう言いながら泣く子が剣道着の子を指差す。

 こうなりゃ本当にカオスである。



「あと何人くるんだ!?」


 俺が泣く子を必死に宥めながら、助けを求めるように”パスタヴィオ”に確認する。

 すると彼女は、今しがた入ってきた子をカウントしてから確認するように店内を見渡して、どこからか取り出したタブレット状の機械のデータと照らし合わせると、


「今の子で最後です」


 と言った。


「ああ、よかった」


 全部で32人か。

 子供でサッカーチームどころか、一クラスできるぞ・・・

 

「とにかく多すぎる、なんとかしてくれ」

「そうですね。 目的の場所にこのまま押しかけても混乱するでしょうから、取り合えず纏めましょうか」


 ”パスタヴィオ”はそう言うと、店の中央に躍り出て声を上げた。


「はーい、みなさん、集まりますよ! 私の中に入ってくださーい!」


 ”パスタヴィオ”がそうやって音頭を取ると、店の中のヴィオたちが一斉に「はーい」と答えて向き直り、そのまま”パスタヴィオ”の前に一列に並び始めた。

 俺は何事かとその様子を見守っていると、最初の子がおっかなびっくり両目をつむりながら”パスタヴィオ”の胸に頭突きを食らわせた。


「えい!」


 すると驚いたことに、その子の体が頭から”パスタヴィオ”の中にめり込み、そのまま飲み込まれるように消えてしまったではないか。


「どこへ消えた!?」


 驚いた俺が問う。

 すると”パスタヴィオ”はこれまた当たり前のように、


「私の中ですよ。 構成をマージ(結合)したんです」


 と言ってのけた。

 それに対し、俺はしばし呆気にとられていたが、なんとか気を取り戻す。

 これもデータならではと思うしかない。


 それからヴィオ達は、数分かけて次々に”パスタヴィオ”の中に入り込んでいった。

 大量のヴィオを飲み込んだ”パスタヴィオ”は見た目こそ変化はないが、感じられる存在感が膨らんでいることからして、飲み込む度に一部の、おそらく記憶絡みのデータを引き継いでいるのだろう。


 ずっと俺の腕の中を専有して離さなかった、”お嬢様ヴィオ”も最後に思いっきり俺の胸に顔を押し付けるように埋めてから、急にパッと腕から飛び降りてヴィオの列に加わる。

 その前では剣道ヴィオがさっき竹刀で叩いた子に謝っているが、叩かれた方は未だに納得していないらしい。

 このまま吸収されるとどうなるのだろう・・・


 俺はしばらくの間、ヴィオにヴィオがくっつく不思議な光景を眺め続けた。

 落ち着いてみると、液体の結合のようにも見えるな。


 ほんの一瞬前までものすごくうるさかったこの店の中も、僅かな時間ですっかり静かになってしまった。

 あとは最後に残った子を吸収すればお終いである。

 多すぎるとうるさいものだが、いなくなるとちょっと寂しいのはなぜだろうか。

 ただヴィオはそんな俺の事など全く気にすることなど無いように何の感慨もなく、飛び込んできたその子を受け止めようとしていた。


 だが、そこで異変が起こる。



 ゴチーーーーーーン!!


「「うわあぁっ!?」」


 当たり前のように最後の子が勢いよく頭から飛び込むと、なんと大きな衝突音を上げてその子が弾かれたのだ。

 結果、俺の目の前には胸に頭突きを食らったヴィオと、固い肋骨に頭をぶつけたヴィオの2人が痛みにその場にうずくまってる。

 何が起こったのか?


「・・・痛みとかあるのか?」


 とりあえず俺は、やっぱりそこが気になった。

 さっきもそうだが、スキルデータの塊であるヴィオに痛覚の設定は無い筈で・・・

 すると、”パスタヴィオ”が涙目でこちらを睨む。


「データに負荷がかかったんです・・・壊れるほどじゃないですけどエラーがたくさん・・・」


 あー、なるほど、”エラー=痛み”か。

 確かに痛覚情報はエラーログに残るから、さもありなんだ。

 そういや、俺がヴィオに入った時もそんな感じだったな。


 そんな風に俺が一人で納得していると、飛び込んだ方が頭を抱えながら起き上がり、目をパチクリさせながら”パスタヴィオ”の方を見つめながら呟いた。


「あれ? おかしいなぁ・・・」

「なんででしょう。 マージが弾かれるなんて・・・」


 そう言って見つめ合うヴィオ達。


「どうした? プログラムにミスでもあったか?」

「そんなわけないです。 これはお父様が作ったプログラムを、ほぼそのまま使っているはずなので・・・」

「・・・ごめん」


 俺は咄嗟に謝った。

 俺のプログラムをそのまま使っているなら、原因はどう考えても適当に作った俺の可能性が高い。

 だが、健気にも俺のことを信用しているらしい2人は、それから何度もマージを試みては弾かれていた。

 こうなるとミスにしてもおかしい。


「エラーログとかはどうなってる?」


 俺がそう聞くと、”パスタヴィオ”が手元のタブレットを覗き込んで確認した。


「何か、プロトコルを間違ってるって表示されます」

「どれどれ・・・」


 俺はそう呟きながらタブレットの画面を覗き込み、同時に独自の機能で2人の情報を参照した。

 すると奇妙な点に気がつく。


「おいおい、いくつかのデータが書き換えられちゃってるじゃないか」

「え?」


 俺が弾かれた子のデータを見ながらそう言うと、その子が驚いたように俺の顔を見つめる。


「あ、本当だ。 驚きました」


 すると”パスタヴィオ”がタブレットを見ながらそう言った。

 データを見る限り、この子は外見データを反映する時に、必要以上に自分に反映したせいで根幹データまで書き換えてしまったようだ。


「それなりに近い値が入ってるから、気づかない内にコピーしちゃったんだな」


 俺がそう分析すると、”パスタヴィオ”は納得するように頷く。

 一方、弾かれた子の方は、状況がつかめないように不思議そうに小首を傾げていた。

 そしてそれを見た俺が、その格好の”不思議な点”に気がつく。


「・・・白いな」

「・・・白いですね」


 俺と”パスタヴィオ”が揃ってそう呟く。

 何がっていうと、その子の瞳が完全な純白に染まっていたのだ。


「瞳の色のデータは根幹データか?」

「はい、バッチリと」

「・・・? おめめ白いの?」


 俺達の会話に白い子が自分の目を擦る。

 モニカの身体データを模して表示している関係か、他のヴィオはどんな格好をしていても瞳の色は黒かった。

 以前と違い肌の色は白くなっているが、それはモニカのデータを反映しているからで、瞳の色まで白くする意味はない。

 しかもよく見れば、


「扱える魔力の情報も、全部反転してるな。 完全に白傾向用のデータになってる」

「これじゃマージできませんね」


 俺の言葉に、”パスタヴィオ”が途方に暮れたような声を出した。


「はあ・・・で、その姿はどこで見つけてきたんだ?」


 仕方なく俺は、弾かれた子改め”白ヴィオ”にそう問いかける。

 すると白ヴィオは、少し悩んでから俺を指差した。


「お父様の中枢ライブラリの中からです。 すごく興味深いデータだったので」

「俺の? 何かの間違いじゃないか?」


 モニカのデータならいざしらず、俺の中にこういったタイプのデータが含まれてるとは思えない。

 実際、俺の言葉に白ヴィオは困ったように頭を抱えた。


「ええっと、そのときは深いところに迷い込んじゃってたから、どこか別のスキルの中に入っちゃってたかもしれないですけど」

「ほら、やっぱり」


 俺のデータは何分寄生虫のように変な形で存在するからな、中を探索している間に、大方人物図鑑の方にでも行ってしまったのだろう。

 あそこなら、”この姿”のデータにも心当たりがある。


 だが、白ヴィオの持っていたデータ名を調べると、困惑の色は更に深まった。


「あれ? 元アドレスがやっぱりお父様のものになってますよ?」

「本当に?」


 パスタヴィオの予想外の言葉に俺は思わず彼女のタブレットを覗き込むと、確かにそこには普段俺が使っているアドレスが表示されていた。

 そして、さらに予想外だったのがデータに付けられた”名前”だ。


「・・・・”M2”?」

「”エムツー”ですか? たしかお父様の中にデータだけがある世界の言葉ですよね」

「・・・ああ・・・たしかにそうだ・・・そうなんだが」


 もちろん、”M2”などという存在に心当たりはない。

 検索しても出てこないので、少なくとも閲覧できる知識ではないことは確かだ。

 おそらく、見た目からしてモニカの精神上の叔母 ・・・・・・である”ウルスラ”の容姿情報に関するデータだと思われるが、それがなんで俺のデータの深い位置に存在するのか、尚分からなかった。

 伝聞や絵を見ただけにしては嫌に項目が細かいし・・・


 だが俺は白ヴィオの様子を見ながら、ひとしきりその出処に思いを馳せたが、やはり明確な答えは帰ってこなかった。


「まあ、悩んでいても仕方がない。 今はなんとかマージする方法を考えないと」


 俺はそう言って話を進める。

 答えが出そうにない話題に掛かりっきりになる訳にもいかないからだ。


「じゃあ根幹データを無視して、むりやり取り込みましょうか」


 するとパスタヴィオが、白ヴィオの肩を抱き寄せながらそう提案してきた。

 そうやって並ぶと、なんだか双子の姉妹みたいで微笑ましい。


「そんなことできるのか?」

「ちょっと強引になりますけどね」


 パスタヴィオはそう言うと、白ヴィオの肩を両手で掴んで真正面に向ける。

 さて、強引にマージするとのことだが・・・

 ただ、何をするのか分かってない白ヴィオが、少し居心地悪そうに見つめ返すその光景は、ちんちくりん同士という事もあってか、やっぱり微笑ましかった。

 一瞬だけ、このまま2人体制で行動すればいいのではないか・・・とそんな邪念がよぎった時だ。



 突然、パスタヴィオの頭が風船の様に膨らんだのだ。


 さっきまでハンドボール大だったパスタヴィオの頭が1mくらいまで巨大化し、呆気に取られる俺と白ヴィオ。

 と、次の瞬間、

 パスタヴィオの口が大きく開けられたかと思うと、俺が止める間もなく白ヴィオの頭に噛み付き、そのまま肩の上を噛み千切ってしまったのだ。


 店中に飛び散る、液体状のデータ片。

 上部が食いちぎられたせいか、白ヴィオが着ていた純白の洋服が剥かれたバナナの皮の様に広がり落ち、その中からは、白ヴィオの無残な断面を晒す首の無い裸の上半身が現れる。


「・・・・・・え?」


 完全に呆気にとられた俺が放心するのを余所に、パスタヴィオが口を動かすと、グチャグチャという気持ち悪い音と、何かを砕くようなバリバリという音が店内に木霊した。

 そして”それ”を飲み込むと、そのまま上半身にかぶりつく。

 パスタヴィオの巨大化した口の中で肋骨が砕ける様子を、店の奥で店員がゾッとしたような表情で見つめていた。


 簡易的に反映した姿なので”色”や”中身”が再現されてないのが救いだろう。

 これで飛び散ってる液体が赤かったりした日にゃ、しばらく肉が食えなくなっていた事だろう・・・

 いや、もう既に食いたくない・・・


 そしてそのままパスタヴィオは、白ヴィオの体をムシャムシャと食べ続け、最後に食べやすいように股関節からちぎった両足を口に放り込むと、

 しっかりと味わう様に目を閉じて咀嚼してから、満足気なゲップを吐いたのだ。


「うっぷ・・・自分を食べるのはあまりいい気がしませんね」

「そ・・・そうなの・・・」


 その瞬間、店員の一人が裏口から逃げ出し、それを慌てて店長が止めようとする。

 正直俺も逃げたい。


 今やパスタヴィオの可愛らしい姿は、魔獣の様な禍々しさを放っていた。

 それでも、


「いやあ、お恥ずかしいです。 もうし少し綺麗にしたいんですが、これ以外取り込む方法がなくて」


 そう言って、辿々しい笑みを浮かべるパスタヴィオの頭はすっかりもとのサイズに戻っていた。


「そ・・・そうなの・・・」


 俺がなんとか、そう反応する。


 そうだ、これは、あくまで夢街での表現であって、決して本当にスプラッタな光景などではない。

 そもそもマージ(結合)自体、表現次第によっては食事に見えなくもないではないか。

 だから断じて、うちの可愛い娘は”カニバリスト”(食人者)などではないのだ!


 と、俺は必死に自分に言い聞かせるが、事もあろうに「お腹が空きました」と言って持ち帰りのパスタを注文したヴィオに、俺は少し距離を開けて身構えたのは語るまでもない。


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