2-19【穏やかな日常 3:~友達んち Part3~】


 貴族院の次にやってきたのは、西南に位置するエリア。

 工芸品が多く並ぶ商店街を抜けて住宅街の中に入ると、アクリラでは珍しい音が鳴り響くエリアに出くわす。

 そこら中で金属を叩く音やノコギリの音が鳴り響き、その間でリズムを取るようにキリキリという独特な歯車音が挟み込まれていた。

 なんと住宅地だというのに道の両側にはテントが張り出され、そこで老若男女が入り混じった職人達が様々な作業に没頭しているではないか。


『いつ来てもここは変わらないな』


 俺がそう感想を漏らすと、モニカが肯定の感情を返す。

 これが夜まで続くのだから、この辺りの住人はよく寝れると感心するものである。


 見ればルーベンも興味深そうに街並みを見ていた。

 それは大樹や貴族院で見せた知らない場所に対するものだけでなく、純粋に光景を楽しんでいるように見える。

 ここの活気はアクリラの中でも一際熱いからな。

 職人達だけではなくそれを見物に来る者の姿も多い。


 彼らの中には単なる見学だけでなく、その職人の制作物を買い取りに来た商人も混じっている。

 特に人気のある職人が作った物であれば、作ったそばから商談が始まるのだ。

 すぐ近くの商店街で買ったら倍くらいするのもあるだろう。

 とはいえ、人だかりになることはそれほどない。

 ここはあくまで公共のスペースであって、置いてる設備や道具まで全て誰でも使えるため、その職人がどこで作業するかはその時が来るまで分からないからだ。

 ”ここの職人たち”はその辺のこだわりが薄い。

 だから良い品をここで買うには、良い職人の顔を覚えておくか、目利きできる必要がある。

 

 そしてここの職人・・・というか住民達に共通するのは、皆一様に背が低めでがっしりとした体型であること、大人たちは男女関係なく髭が生えていること、そして子供達が反則的に可愛いことだ。


 そう、ここは天下の”ドワーフ街”なのである。


 しかも住んでいるのが、ほぼ全てドワーフ達ときており、種族のごった煮であるアクリラにおいて、これほどまでに特定の種族に偏っている地域は非常に珍しい。

 ここじゃ俺達ですら平均的な背丈で、ルーベンに至っては巨人である。

 周囲の全ての物がやたら凝っったデザインであることも手伝って、来るだけでちょっとした美術館にやってきたかのような気分になる。


 だが、俺達がここに来た理由は観光でも、掘り出し物を探しに来たからでもなく、ましてや美術品鑑賞ではまったくない。


 2つほど先の通りに見える、アクリラの全てのゴーレム使いが憧れる名門”レグレゾーネ研究所”の巨大な研究棟郡を切ない視線で見送り(レグレゾーネに入れるのはドワーフ限定である)、俺達が入ったのは小さな学生寮の建物。

 そこの入口前にある受付で今日何度目かの友人訪問の手続きを済ませると、勝手知ったる他人の家とばかりに俺達は入り込む。

 すると、初めてここに入ったらしいルーベンの目が驚きに染まった。


 もちろん、ここは寮のランクとしては平凡の極みだ。

 それに貴族院のように綺羅びやかでもなければ、メリダの部屋のように穴の中のようでもなく、大樹の上のように絶景が見えるわけでもない。

 それでも”豪華さ”という指標では、ある意味でぶっちぎりだった。


「これ全部、彫刻か?」


 そう言いながら、恐る恐る壁に触れるルーベン。

 そこは明らかに人の出入りが激しく、内装の損耗が激しそうな場所だというのに、驚くほど繊細な彫り込みが壁一面に施されていたのだ。


「”ドワーフ寮”に入ったのは、はじめて?」


 モニカが聞く。

 するとルーベンが頷いた。


「うん。 こんなになってるなんて。 意外と資金力があるんだな・・・」


 そう言いながら触れていた手を引っ込める。

 あー、なるほどそう取ったか。


 確かに他の場所でこれだけの規模の彫刻がある場所なんて、金持ちの屋敷か美術館くらいしかないだろう。

 いや壁だけではない、天井に大きなオブジェがいくつも作り込まれ、床もよく見れば幾何学模様が手作りで彫り込まれている。

 それに廊下には、埋め尽くすほど沢山の用途不明の家具が並んでいた。

 そのどれもが細部まで徹底して作られた一点物で、どれ一つとして”普通の品”はない。

 単純にこの光景をお金で実現しようとしたら、どれほどお金がかかるのか想像もできなかった。

 だが、


「ここはそうじゃない ・・・・・・よ、それに壊してもだいじょうぶだから」


 ”タネ”を知っているモニカが半ば呆れと憧感を混ぜた声で、掠れたように笑いながらそう答える。

 すると予想通りルーベンは怪訝な顔になった。


「そんなわけないだろ。 これなんて伯爵級の本邸にあってもおかしくない」

「あ・・・『どう言ったらいいのかな・・・』

『まあ、すぐに分かるさ』


 こういうのは見たほうが早い。

 ところで伯爵級の本邸にあってもおかしくないというが、”ウチ”にはこんな凄いのなかったぞ。


 それにしてもドワーフの子供というのは本当にかわいいな。

 男女差が少ない種族というのもあって、男の子でも天使みたいだ。

 シルフィがある種の”暴力”に近い可愛さだとしたら、こちらは”麻薬”かな。

 寮の生徒とすれ違う度になんとも幸せな気分になる。

 向こうも見かけないルーベンに不審な目を向けているが、俺達の顔を知っているのですぐに笑顔で挨拶をしてくれるので、たまらなく可愛い。


「こんにちは、モニカせんぱい!」


 男の子が元気よくそう言って、ぱぁっと笑う。

 ああもう、かわいいな。


「・・・ああ、もうかわいいな・・・」


 モニカが呟くと、ルーベンがなんとも言い難い表情をこちらに向けた。

 肯定して良いのか彼の理性が戦っているのだろう。

 認めれば楽になるぞ。


 そして俺達はそのまま廊下を進み階段を6階まで上がると、目的の部屋の扉を躊躇なく開けた。

 

「アレジナ。 来たよ」


 その躊躇のなさはこれまでとは比較にならない。

 まるで自分の部屋のような気軽さである。

 対して、扉の向こうに見えた先輩もそれを見て、まったく気にした素振りもない。 


「ああ、モニカ、いらっしゃい」


 そう言いながら、クッションを抱いて寝そべる高等部の制服を着た可愛らしい先輩が、応えながら口に加えた棒状のお菓子を咀嚼する。


「”ジラルディナ先輩”、こんにちは!」


 モニカが元気よく挨拶する。

 するとジラルディナ先輩も笑顔で右手を上げ、手を開閉して答えた。

 彼女はアレジナの同室の先輩で、今はストレートのボブカットだが本来は縮れ毛なので天気次第では爆発している事がある。

 アレジナの本当の姉ではないが、モニカからも含めてアレジナの姉貴分として慕われていた。

 だが、先輩は俺達の後ろに見慣れない顔を見つけると不審そうに首を倒す。


「お友達?」

「うん」

「ああ、そう」


 ジラルディナ先輩はそう言うと立ち上がり、ふらっと部屋の奥に歩いていった。

 それをルーベンが心配そうに見送る。

 歓迎されてないと思ったのだろうが、これがこの先輩だ。


『それよりも』

『あ、そうだった』


 俺の指摘で訪問の目的を思い出したモニカが、先輩の消えたのと逆の奥に視線を向ける。

 そこの床には休日だからだろうか、俺達の親友であるアレジナ・タイグリスがかわいい寝顔で盛大に爆睡していた。

 ジラルディナ先輩は激甘の放任主義だからな・・・


 ・・・これって男子に見せて良い光景だろうか・・・


 俺はちょっと心配になったが、そんなことはお構いなしのモニカは無言で近づくと、取り合えず捲れ上がっている服を下ろしてアレジナの可愛いお腹を隠してから、そのまま彼女のほっぺをつねった。


「・・・あ?・・うあ・・・え!?・・あだあぁ・・・あだだだ・・・」


 アレジナがかかりの悪いエンジンのような声を上げる。


「??・・・うん・・・え?、もにか? いま何時?」

「もうお昼過ぎたよ」

「え!? うそ!? ねえさん! お昼までに起こしてっていったじゃぁん!」


 アレジナが眠い目をこすりながらそう言うと、奥の方から「起こしても起きなかったでしょ」という声が帰ってきて、それにアレジナが愚図り声を帰した。

 大丈夫かこの子・・・こんなところを”本当の姉”の誰かにでも見られたら大目玉だぞ。


「ごめんなモニカ、今起きる・・・」


 アレジナのその言葉は、彼女が俺達の後ろにいるルーベンを見つけたことで頓挫する。


「・・・え!? なんでここに!?」


 そう言うと、アレジナの顔は真っ赤に染まった。




 アレジナの部屋を訪ねた理由は、単純に友人の部屋に遊びに行ったのが半分で、もう半分はちゃんとした理由がある。

 のだが・・・・


「・・・いつの間にルーベンとそんなに仲良くなったんだよ」


 慌てて服を整えたアレジナが俺達に責めるような声で耳打ちした。


「・・・言ってなかったっけ? わたしたち”友だち”になったの」 


 だが自慢気にそう答えるモニカには暖簾に腕押しの質問だったようで、その答えに彼女は呆れたように見つめ返すしかできない。


 一方その後ろでは、戻ってきたジラルディナ先輩がどこから持ってきたのか、美術品のような箪笥をものすごい勢いで分解する様子をルーベンが目を丸くして見ていた。

 そりゃ初めて見たらびっくりするよね。

 先輩に躊躇はなく、鼻歌交じりにバリバリと板を引き裂いている。

 これが”ドワーフの価値観”である。


 家具や道具は必要に応じて作ればいい。

 恐るべき手の器用さを持つ彼らにしてみれば、木工品の加工などというのは意識することすら無いほど身近で簡単なことなのだ。

 おかげで彼らの部屋には基本的に、据え置きの家具は殆ど存在しない。

 ジラルディナ先輩はあっという間に箪笥を、惚れ惚れするようなデザインの椅子とテーブルに組み替えると、アレジナが眠い目をこすりながら一瞬で縫い上げたクッションをその上に乗せる。

 一回しか使わないフルオーダーメイドなので、椅子のサイズはそれぞれにピッタリだ。


 俺達がそこに座ると、向かいに座ったアレジナが手慰みにスプーンを改造したノミで作った木彫り人形を一つ置き、顔をこちらに向けたまま2体目に入る。

 これもそのうち壁に埋め込まれるだろう。


「それで、”武器の件”なんだけどさ・・・」


 アレジナがそう言いながら体を寄せる。

 いつの間にかその手には何枚かのスケッチが握られており。その顔には随分と打算的な期待の感情が満ちていた。

 するとモニカ何かを思い出した様に鞄の中を探りだす。


「あ、うん。 取りあえずは色々考えてるよ」


 そう言いながら取り出したのは、線材が剥き出しになったゴツい機械。

 エリクとの討伐旅行で得た資金を使って買った、ちょっと良いゴーレムコアをベースに作った制御ユニットだ。


「それ、なに?」


 ルーベンが聞いてくる。

 するとモニカが少し気恥ずかしげに答えた。


「えっと、アレジナの武器」


 実は俺達は、アレジナが今年の戦闘で使う武器を提供するという約束をしていた。

 詳細はまだ決まってないが、”ユニバーサルシステム”を用いた外部スキルユニットになることは間違いないだろう。

 それは戦闘訓練に参加しない俺達が戦闘データを得て、その上でアレジナを来年予定されている”本実家アタック北の大地へゴー”に参加させるための交換条件というのが表向きの話なのだが、裏では彼女の貴重なポイント源であった俺達が試合しないことによる順位低下を何とかしたいという隠れた思惑がある。

 当たり前のように各学年のトップクラスに鎮座する彼女の姉達の手前、少しでも順位を上げておかないと居場所がないのだそうだ。


 俺達としても、エリク以外の”被検体”が手に入るメリットが有る。

 エリクのヴィオは、もはや”ユニバーサルシステム”の軛を飛び越えた存在だから、それとは別に身の丈にあったテストモデルが必要なのだ。

 その点アレジナは少し強すぎるが、魔力も安定していて豊富だし、器用だからフィードバックも期待できるのでちょうどいい。


 だが、そんな思惑を嗅ぎ取ってか、それとも単純に俺達が何をするのか気になったのか、ルーベンが妙に食いついてきた。


「どんな感じの武器を考えてるの?」


 ルーベンが興味津々といった感じでアレジナに問う。

 するとアレジナは顔を赤らめながら答えた。


「と、と、とりあえず、あたしは鎚か斧をメインで使いたいから、モニカに作ってもらうのは兜か鎧の方になるかなって」

「鎧って言うと・・・モニカがいつも着ている”あれ”?」


 ルーベンが意味深な目でこちらを見る。

 するとそこに含まれていた若干の”非難”を感じ取ったモニカが、”なんだよ”とばかりに睨み返した。


「わたしの”グラディエーター”が理想だけど、あれは制御がたいへんだからまだまだむり。 それに、アレジナはそこまで魔力が多くないから、防御力じゃなくてサポート全般をしてくれる支援魔道具をかんがえてる」


 まあ、もちろん最終的には俺達と同じ”魔力強化装甲”を装備するのが理想だが、今はそれよりも”外付けスキルシステム”のデータ自体がほしいのだ。

 だがそんな意図をモニカがルーベンに説明すると、彼は何やら顎に手を当てて考え込みはじめたではないか。


「どうしたのルーベン?」

「うーん・・・」


 何を考えてるのか唸るルーベン。

 そうしながら、チラチラとこちらを見てくる。


『ルーベンどうしたんだろう?』


 もニカが不思議そうに聞いてくるので、俺は適当に答えることにした。


『なにか悪いものでも食ったのかもしれないな』

『お昼、”きぞくいん”でだよ?』

『わかんねえぞ? ボッチだから急な昼食会で緊張して、消化に悪影響出たのかもしれん。

 ほら俺以外のスキル保有者って基本”病人”じゃねえか』


 一見しただけだと、そつなくこなしていたように見えたが、内心でどうだったかまではわからない。


『じゃあ、夜は消化に良いものにしようか』

『ああ、そうだな。 予定考えると、この辺のレストランが近いぞ』

『へえ、”プロッテリア”ってマグヌス料理だっけ』


 そんな風に俺達がお互いにどうでもいい駄話を掛け合っていると、やがて考えがまとまったのかルーベンが大きく頷いた。


「・・・モニカ、それ僕にも作ってよ」


「「『・・・は?』」」


 ルーベンの言葉のあまりにもの突拍子の無さに、モニカとアレジナが固まったように呆けた。

 まさかそんな言葉が彼の口から出るとは思ってもいなかったからだ。


「えっと・・・ルーベンもわたしに武器つくってほしいの?」


 聞き間違えないようにモニカが確認する。

 聞き間違えであってくれと念じるように。

 だがそれに対しルーベンは迷うことなく首を縦に振った。


「うん。 ほしい」

「ルーベンにいる? そんなにつよいのに?」


 そう言いながらモニカは不審げに眉を寄せた。

 これ以上強くなってどうするのかといわんばかりである。

 だが当たり前だが、


「・・・そのセリフ、そっくりそのまま返すよ・・・」


 と憮然としたルーベンに返されてしまう。

 軍位スキルに格上げされたはずのルーベンに結構余裕を持って勝ったからな。

 彼の意見はもっともである。


「そんなに強くなりたいの?」

「もちろん」


 モニカの問にルーベンが力強く頷いた。


「君に勝つ可能性があるなら、たとえそれが君に武器を作ってもらったとしても、試す価値は十分にある」


 どうやらルーベンは”あのときの言葉”をかなり真剣に考えているようだ。

 そして、それを悟ったモニカが少しの間考え込む。

 だが俺に相談してこないことからして、モニカの中で答えは決まっていたのだろう。


「・・・ごめんね。 わたしまだルーベンを強くする方法が思いつかない」


 その回答にも迷いはなかった。


 というかそもそもの問題として、ユニバーサルシステムの目標の一つのは、ルーベンのスキルを模倣するためなのだ。

 それをルーベンが使っては本末転倒だし、意味があるのか・・・逆に俺達のスキルを使わせるとかなら、ちょっとはあるかな?

 まあ、データとしては興味深いけれど既に彼の持っているスキルとの競合問題などの危険性を考えると、今手を出すべき課題ではない。

 

「そっか・・・」


 俺達の答えにルーベンが残念そうな声を出す。

 その反応からして、本気で俺達の武装を使ってみたかったのだろう。


『ちょっとイジワルしちゃった?』

『余裕ができたらそのうち作ってやろうぜ』


 俺達は心の中にそう書き残すことにして、罪悪感を紛らわせる。

 幸い、ルーベンはすぐになんでもないように表情を変えてくれた。

 彼としても、本気で俺達が作ってくれるとは思っていなかったのだろう。


 だが、全て解決とはいかなかったらしい。

 急に、ルーベンが今度はアレジナに向き直ったのだ。


「じゃあ、これからはモニカと戦うつもりでアレジナと戦う」

「「え!?」」


 その突然の宣告に俺達が面食らい、アレジナの表情から血の気が引く。


「ちょ!? ちょっと、あれは無理! ”あれ”は無理だから! 私死んじゃうから!」


 と、必死にそう訴えるアレジナ。

 きっと彼女の頭の中には、この前の”喧嘩”で俺達相手に使った”軍位スキルヴェロニカ”の光景が浮かんでいることだろう。

 たしかにあれは、上位生徒とはいえ同学年に使うにはあまりにもオーバースペックだ。

 というか、俺達相手にも中々ふざけた威力である。

 直ぐにモニカが真剣な表情でルーベンの肩をガッシリと掴んだ。


「ルーベン・・・」


 モニカが重々しい口調でルーベンに呼びかけると、彼は少し困惑したような顔が見える。

 そしてそれを確認すると、モニカは念を押すようにルーベンにその言葉を伝えた。


「・・・こわさないでね」


 するとその瞬間、アレジナが「そっちか!」とツッコミを入れたのだ。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 俺達がアレジナの部屋で帰り際にジラルディナ先輩がお土産で作ってくれた”革靴”を履いて次に向かったのは、なんだかんだで深い付き合いになっている”ザ・器用貧乏”ことアイリスの部屋。

 そこで俺達は完全に”くつろぎモード”に入っていた。


「はぁ・・・」


 ルーベンが珍しくボーッとした表情を浮かべているように、アイリスの部屋は大変に落ち着く。

 

「ここは落ち着くな」


 ルーベンが染み染みとそう言う。


「そうでしょ~」


 モニカも自慢気にそれに続いた。


 自分の部屋でもなんでもないのにこの落ち着き様。

 アレジナの部屋と比べても数段上の気の抜け方だ。


 とはいえアイリスの部屋は、特になんの変哲もない部屋である。

 謎の華やかさがある訳でも、高級品があるわけでも、幾何学模様に囲まれている訳でもなく、住んでる場所がとんでもないところというわけでもなければ、住人までもが地味である。

 普通に住宅地の中にある人類向けの寮の、何の変哲もない”部屋”。

 内装も、どこにでもありそうな可愛らしい小物がいくつか置かれ、特に当たり障りのないデザインの家具の中に埋没している。

 強いて特徴を挙げるなら、”女の子っぽい”ことくらいか。

 住人が住人なら、部屋も部屋というわけである。

 狭い個室が与えられているのが逆に”普通の部屋感”を増加させていた。


 だがその普通さが、大樹や貴族院、ドワーフ街で異次元に飛んでしまった感覚を戻してくれるようで、まるで頭をマッサージしてもらっているかのように落ち着くのだ。


「それに、このカーペットがスベスベのフカフカで・・・・」


 そう言いながら、小さなテーブルの下に敷かれたカーペットに手をこすりつけて感覚を味わう。

 既にお尻を中心とする下半身は、そのフカフカさにガッチリと捕食されていた。


「本当にきもちいいな・・・」


 ルーベンが肯定する。

 どうやら彼の下半身も捕食されてしまったらしい。

 ”王位スキル”と”軍位スキル”をまとめて食い散らかすとは、とんでもない魔道具もあったものである。


「これどこで売ってるんだ? ・・・欲しいんだけど」

「アイリスのおばあちゃんの手作りなんだって。 しんじゃったらしいけど」

「それは残念だ」


 ルーベンがそう言いながら机に顔を突っ伏した。


「2人とも大げさだなぁ」


 俺達がふざけていると、後ろからこの部屋の主であるアイリスがそう言って笑った。

 その手には、1階の食堂で調達したらしいお菓子とお茶が乗った盆が。

 だが、その盆のデザインのありきたりさときたら・・・ドワーフ街に放置したら間違いなく1時間後には模様が彫り込まれていることだろう。


 モニカが目の前に置かれたお茶をすすると、茶葉を炒ったような少し香ばしい味がした。

 これまた一気に力が抜けるような優しい味だ。


「でも今日は少ないね。 モニカちゃんのことだから10人くらい引き連れて来るかと思ってたよ」


 アイリスがそう言って、珍しそうに笑う。

 実は前に一度、回った先の友人たちをどんどん吸収して、雪だるま式に同行者が増えたことがあったのだ。

 だがあれは特別だ。


「ははは、あんなの、そうなんかいもできないよ」


 モニカがそう言って謙遜する。

 するとそれにルーベンが反応した。


「普段はもっと大人数で動いてるのか?」

「その内ふえることが多いかな。 でも今日はルーベンだけ。 みんな忙しいのかな?」


 モニカがそう答えながら不思議そうにそう首をひねる。

 確かに今日は初っ端でルーベンという”大きな魚”を引っ掛けたはいいが、それ以降付いてこようとした者は居なかった。

 一応、訪れた先や街ですれ違った友人なんかには声をかけたのだが、皆、なんらかの理由をつけて断ってきたのだ。


「あぁ、なるほどねぇ・・・」

「ん? アイリスはなにか心当たりがあるの?」


 アイリスの何かを察したような言動にモニカが反応する。

 すると彼女は少し申し訳無さそうに、机に突っ伏したままのルーベンを見つめる。

 その瞬間、モニカは『やっぱりか』と心の中で呟いた。

 どうやらルーベンの”ボッチ結界”の影響の可能性が高いようだ。

 慣れてるアデルやシルフィや俺達はあまり感じてないが、トップクラスではない生徒にとってはやはり近寄りがたいのだろう。

 アイリスにそう指摘されるのだから間違いない。


「・・・2人の邪魔しちゃ悪いかなって」

「え? わたし達の邪魔?」

「あー、いや・・・・まあ・・・うん」


 アイリスが困ったようにそう言って肩をすくめる。

 どういうことだろうか?


『まさか、わたし達もこわい?』

『そうじゃないと思いたいが・・・』


 確かに仮に俺達が”ボッチ結界”を発動していても、俺達自身では気づけない可能性が高い。

 それは由々しき問題だ。




「あ、そうそう。 モニカちゃんに見せたかったものがあるの」


 するとそんな馬鹿な俺達を半ば置き去りにして、アイリスは徐に立ち上がると部屋の壁際の本棚に近づいた。

 彼女、意外と金は持っているらしく本棚の中にはしっかりと装丁された本が並んでいる。

 だが俺達に見せたいものって?


 アイリスが手にとったのは、一冊の大きな本だった。

 ただ、他の装丁がしっかりした本と異なり、簡易的に紐でまとめられた”手作り本”といった趣である。

 アイリスはそれを小さな机の上に置くと、それなりの風が巻き起こり、それに吹かれたルーベンが不審げに顔を上げる。

 アイリスがどこからか取り出したきれいな手袋を嵌めて表紙をめくると、手描きと思われるイラストとタイトルが現れた。


「”大戦争記録画集”・・・?」


 ルーベンがそのタイトルを読み上げる。


 それは、とある従軍記者が戦時中に描き続けた”大戦争”の記録画をまとめたものらしかった。

 とはいえ、どうやら見た感じ中の絵はバラバラのところから持ってきて、アイリスが自身がまとめたっぽいのだが。


「こういうの、どこかに売ってるの?」


 アクリラの主要な図書館では見かけない内容だと伝えると、モニカがアイリスにそう聞いた。

 するとアイリスの”隠れた趣味”が顕になる。

 

「古くなって捨てられたりする記録画を集めてるの。 とくにお祭りの後なんかいっぱい溜まるよ」

「へえぇ」


 なるほど、あのアクリラ大祭などで大量に展示してあった”ニュース展示”はあの後捨てられるのか。

 もちろん全部が全部じゃないだろうが、数が数だけに古くて価値の低い物は処分しないとやってられないのだろう。

 前にアイリスは歴史とか好きだと言っていたから、そういうのを集めているのか。


「それで、この前の大祭で、面白そうな絵をいくつか見つけて。 しかもモニカちゃんのお父さんが”タラス・ヴァロア”だっていうから、もしかしてと思って探してみたの」


 アイリスはそう言うと、画集のページを捲りながら何かを探し始めた。


『タラス・ヴァロアって?』

『それマジで聞いてる?』


 ボケを噛ますモニカに牽制を入れつつ、俺はその画集の内容に目を凝らした。

 どうやら従軍記録というのは本当のようで、兵士たちの何気ない日常の一コマから緊迫する戦闘中の光景まで、描画魔法らしい非常に生々しいタッチで描写されていた。

 ”大戦争”というのは話には聞くし、何なら俺達の人生にもかなり深く関わっている大きな戦争だが、流石に生まれる30年以上も前のことなので、身近に触れる機会はほぼない。

 なので、こういったビジュアルで見せてくれる代物は非常に新鮮だ。

 それにしても本当に酷かったんだな・・・

 大きな馬車の荷台に山積みにされて処理を待つ欠損部位を描写した絵の、想像以上のショッキングさに目を見張りながら俺はそんな感想を持った。

 絵の世界の向こうからこちらを見つめる兵士たちの目はどれも、亡者のように暗い。


 この中に、俺達の”形式上の父親”となる”タラス・ヴァロア”に関する絵でも含まれているのだろうか。

 本当の親子ではないので、これまで彼の素性については全くというほど興味を持ってこなかったが、こうしていざ目の前に突きつけられると、それなりに気になるから不思議だ。

 モニカも、描かれる絵がどれも陰惨なことも手伝って、気づけばアイリスがめくるページの先を食い入るように見つめていた。

 

「そう、これこれ」

「これ・・・」


 アイリスが示したその絵に俺達は、吸い寄せられる様に覗き込んでいた。


 描かれていたのは一本の”木”。


 だがそれは、もはや”破片”といった方が適切なほどその大部分を失い、生えているというよりは”残っている”といった方が近かった。

 そしてそれ以外は、何も残っていない。

 その木の先から、果てしないほどの空間が、まるで何かに綺麗に削り取られたかのようになにもない荒涼とした景色が広がっていたのだ。

 所々に大きなクレーターが口を開けているせいで、もしこの木がなければ、他の惑星の表面を描写したと思ったかもしれない。


「これって・・・死体?」


 ルーベンがそう言って絵の縁の方を指す。

 そう言われると、それはたしかに割れた頭骨”に見えなくもない。

 いや、ぐちゃぐちゃに拉げた兜がすぐ近くにあることからして、間違いなく死体だろう。

 どうやらその死体は、首から下が木よりも向こう側の領域にあるせいで、そのままにされているようだ。

 なんでかは分からないが、それだけはわかった。


 ええっと、たしかこういうのって・・・


「”タラスのピットより”」


 ルーベンが真剣な眼差しで絵のタイトルを読み上げる。

 その瞬間、俺の中でカチッと音がなった。


 そう”ピット”だ。

 そして、そうやって一旦自覚してしまえば、俺の中に”ピット”に関する授業や教科書の記述が一気に表示され出す。



 ”ピット”とは、大戦争の中期から後期の始めにかけて主流だった、膠着状態の戦況を指した言葉だ。

 この戦争では途中から、”特級戦力”と呼ばれる一人で戦術レベルに達する絶対強者をどう扱うかが焦点となっていった。

 後にビルボックスの村でその数に規制が入ることが決定されたそれらは、当時はまだ無制限で、尚且、今以上に希少価値が高い存在だった。


 そういった者がいる陣地に迂闊に攻撃を仕掛ければ、それだけで何万という被害を出す恐れがあり、また仮に”特級戦力”を1人でも失えば、それだけで数万人が無防備になるほどの存在。

 必然的に戦況は、1人の”特級戦力”の周りに数千から数万の軍が防御を固める消極的なものになっていく。

 その円状に広がった即席の陣地のことを”ピット”と呼ぶのだ。


 このピットはしばしば”棺桶”に形容され、一度入ってしまえば殆どの兵士にもう逃げ場はない。

 中核となる特級戦力の防御魔法の及ばないピットとピットの間は”死の領域”と呼ばれ、ちょうどこの絵のように死体すら残らないほど徹底的な攻撃に晒されることも珍しくはなく、ピットの中に籠もっていても敵のピットに挟み撃ちされたり、より強いピットとぶつかったりして中核の特級戦力がなくなってしまえば、あっという間に全滅してしまうからだ。


 そのため、ピットの戦いはひたすら敵味方のピットの位置に気を配りながら、ジリジリと内包した兵士を損耗しながら牽制し合うしかない。

 その膠着戦は長いものでは実に5年に及んだというから驚きである。


「それで、これが・・・”おとうさんタラス”のピットなの?」


 モニカがまだ言い慣れない”父親”の事を聞くと、アイリスが頷いた。


「タラスさんは、戦時中は”特級戦力”としてピットの中に入ってたんだって。

 たぶんこれはその中で描かれたんだと思う。 別に本人が描かれているわけじゃないけれど、どんな所にいたのかはわかるかなって思って」


 なるほど。


 モニカが食い入るようにその光景を見つめる。

 アイリスの言葉を聞いても、別に面白い物が見えたりはしない。


 だが、俺達のために”ここを生き残ったことにされた男”は確かに・・・この光景の中で生きて・・・そして死んだのだ。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 ちょうど日の入り時刻くらいに最後に訪れたのは、俺達の2つ隣りの”坂状”の寮。

 見える街並みは僅かに違うが、構造は同じなので基本的には普段見慣れた景色だ。

 だが、


「うわ、」

「こ、これは・・・」


 その光景を見たルーベンが思わず絶句する。


「ちょ、ちょっと、なんでルーベンの兄貴が!?」


 俺達が連れてきたルーベンの姿に慄きながら慌てる狼獣人の少女”ワンコ”。

 正式名が表示されなくなって久しいが、遂には気にもならなくなっていた。

 だが今日はそれどころではない。


「えっと・・・ええっと・・・」


 ルーベンがその”景色”に混乱したように後ずさる。

 だがモニカは反対に、半ば憤る様に前に出た。

 それを見たワンコが慌てて後ずさり、”それら”を隠すように手を広げる。

 だが、”それ”は大柄なワンコの体を遥かに凌ぐほど大きく、ちっとも隠せてない。


「また、こんなに溜め込んで・・・」


 モニカがそう言って、憤りと哀れみと心配の混じった表情で見つめる先にあったのは、

 大量のガラクタ達だった。


「よく集めたな・・・」


 ルーベンのその言葉にある様に、大量消費社会でもないこの世界でこれ程の量のガラクタを溜め込むのは難しい。

 特に必要な物とかでもなく、串焼きの串やら、紙くずやら、用途不明の布や小物まで何でもありとくれば、逆によくぞここまで溜め込んだものだと感心してしまう。


「ああ・・・見ないでください」


 ワンコはそう言うが、ゴミの山はとても隠しきれる物ではなく、明らかに彼女のパーソナルスペースを逸脱していた。

 きっと今日はいない彼女の同室者がいれば、嫌な顔でガラクタの山を見ていたことだろう。

 しかも、


「まだ、きれいにして数ヶ月でしょ!?」


 モニカが、責めるような口調でそう言うと、ワンコがビクッと身を縮めた。

 そう、実は以前に来た時もこの有様で、その時は俺達も整理の手伝いをしたのだ。

 というか、モニカが主体になってガラクタを全部捨てた。

 だというのに、


「どこで拾ってくるんだか・・・うっ」


 ゴミ山を少しめくったところで、突然、異臭が鼻を突く。

 物が腐った様なひどい臭いだ。


「よくこんな中いるね」

「えへへ・・・」

 

 モニカが呆れると、ワンコが何故か照れる。

 褒めてない。


 どうやら幾つか食いかけが腐ったようだ。

 あまりの臭いにルーベンは玄関に張り付いたまま、鼻を何らかのスキルで塞いでる。

 それいいなと解析を掛けるが、ルーベンの内側なので複製は失敗だ。

 鼻の効く犬系の獣人だというのにこの臭いに平気なのは、犬系獣人の嗅覚が許容値まで高いからだろうが、とはいえ限度があるだろうに。


 だが、それでもモニカの非難の目には耐えかねたようで、ワンコは慌てながら釈明にならない言い訳を繰り出した。

 

「私の中の荒々しい狼獣人の血がそうさせるんですよ!」


 ワンコがそう言って必死に弁明する。

 だが9割の狼獣人の人権の為に訂正しておくと、彼等も普通に普通の感覚を持っており、特にウチの寮のジーナ先輩はかなりの綺麗好きである。


「とりあえず、かたづけよう!」


 モニカが、”それが結論だ”とばかりにそう言うと、ルーベンに仕草で”手伝え”と伝えながら、ガラクタの1つをつまみ上げた。


「ああ、ちょっとまってぇ!!」


 何を惜しむ必要があるのか、ワンコはこの世の終わりの様な声でそう言いながら縋る。

 だがモニカはそれを鬱陶しいとばかりに引き剥がすと、次元収納を展開して取り敢えずゴミ収集用に俺が用意した空間領域に投げ込んだ。

 後は俺が内部で仕分けして集積所に持ち込めばいい。

 不本意な事に各集積所の位置と開いてる時間は前回で把握済みだ。


 一方、俺達に手伝えといわれたルーベンは、少しの間玄関で固まっていたが、やがていつになくアクティブなモニカに気圧されたのか、恐る恐るガラクタをつまみ上げて俺の魔法陣に放り込み始めたのだ。

 だがそれも何か布のようなものをつまみ上げたところで止まってしまう。


「それはやめてえええ!!!」


 ワンコが涙目になりながらそう叫んで、ルーベンの手からカビが生えて変色したパンツを奪い取った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る