2-19【穏やかな日常 2:~友達んち Part2~】



 メリダの寮を出て向かうことになったのは、アクリラの南にある”一大観光地”だ。


「”あそこ”に行くのか・・・」


 ルーベンが俺達から”目的地”を聞いて露骨に嫌そうな顔をした。


「ルーベンは”あそこ”きらい?」


 モニカが少し意外そうに聞く。

 ルーベンに好き嫌いがある事自体が意外そうな感じだ。

 だがルーベンもそうではないと注釈する。


「場所自体は嫌いじゃないよ。 でも、この季節だと観光客が多いだろ?

 人が多すぎると疲れる」


 ルーベンはそう言うと、老人のように肩を竦めた。

 また、こいつは・・・


「そうなの?」

『まあ、たしかになぁ』


 シルフィの部屋は、アクリラでも一大観光地の中にあるのだ。

 それもぶっちぎりで人気No.1の・・・

 いくらルーベンの”ボッチ結界”といえども、人口密度で物理的に押し込まれてくる者まで避ける事はできない。


「特にこの季節は人が多い」


 ルーベンはそう言いながら、憎たらしい物を見るように”それ”を見る。


「花粉がきついのにね」


 そう言いながらモニカも”それ”を見た。


 広い通りに出て視界が広がったこともあるが、その”異様”は数km離れたこの場所からでもハッキリ意識してしまうほど巨大だ。


「”南の大樹”・・・なんでシルフィはあんな所に住んでるのか・・・」


 それはアクリラで真っ先に目立つ”異常な光景”。


 最大直径300mの幹が高さ1.5kmまでそそり立つ、”とんでも巨木”だ。

 枝の広がりは3kmにまで達し、その下には一年を通して雨の降らない地区があるときている。

 そして、その枝の中の街にシルフィは住んでいるのだ。

 なんでそんな不便な所にと思うが、彼女はこの街に来た幼い頃から空を飛べたので不便ではなかったらしい。

 俺達でも免許取れたのは最近だというのに・・・

 ”天才児”というやつだろう。

 まあ、つまり・・・


「わたし達も飛べるから、人の多いところは通らなくてだいじょうぶだよ」


 モニカがそう結論を述べて、ルーベンの服の袖をガシッと掴む。

 逃げると思ってるらしい。

 ルーベンが心外なとばかりにジト目で睨んできた。


 だがモニカの言葉通り、観光客が喧騒を作っているのは南の大樹の枝の下から下層までで、後は観光客用の魔力エレベータで最上層部の展望台が混むのを除けば、それほど人は気にならないとのことだ。

 シルフィいわく、むしろ巨大で分厚い枝葉が遮音材になるので、大樹の中の住居エリアは静かなんだと。


 そして、そんな説明をモニカが改めてルーベンにしながら、さっさと行こうとばかりに袖を引っ張る。

 反対ので手でロメオを呼んでることからして、”ワイバーン”に乗せる気なのだろう。

 それを悟ったルーベンは若干焦ったように「自分で飛ぶよ!」とそれを引き離した。


「それに、住居エリアが静かなのは知ってるよ」

「じゃあ、もんだいないじゃん」

「でも行くのはシルフィの部屋なんだろ? なんか気まずいんだよ」


 ルーベンがそう言って駄々をこねる。

 だが、 


「あれ? ルーベンってシルフィと仲悪かったっけ?」

『いつも結構話してるから、むしろ仲いいと思ってたな』


 シルフィが”素”を見せる相手は本当に限られてるだけに、俺達はそんな可能性自体考えていなかった。

 

「いや、仲が悪いとかじゃなくて・・・」


 だがルーベンは、そう言いながら何とも気だるげに頭を掻いた。


「シルフィってさ、ほら”猫をかぶる”だろ? あれの基準が分からなすぎて怖いんだ」


 ああ、なんだそんなことか。


「あはは、別にこわくないよ」


 モニカがそう言って笑う。

 確かにシルフィは結構な割合で猫をかぶるし、妙に仕切ろうとするので慣れないと結構怖く感じるものだ。

 実際俺はまだ怖い。

 だがモニカによれば”そういう生き物”と割り切れば行動も予測しやすいらしいので、ようは慣れの問題なのだろう。

 それに、


「それにルーベンの方が、だいぶこわいから」


 俺達にとってみれば、ルーベンはなんやかんやでトラブルが起こりやすい実績があり、しかも命がけにならないといけないくらい強い。

 ハッキリ言って俺達が付き合った中では、ガブリエラの次くらいに怖い存在の座を確立してしまっているのだ。

 ただ、モニカが急に真顔でそんなことを言うもんだから、ルーベンが固まってしまった。





 大樹の近くの上空までやってくると、その異様さはいよいよとんでもないことになっていた。

 普段視界の端に見慣れていると思っていたが、むしろ普段から見慣れているせいで、いざ目の前に広がった時のギャップが凄い。


「へえぇ・・・」


 ワイバーンのコックピットの中でモニカが呟く。


 広大な枝下の空間は日差しの差し込まない常夜の世界が広がり、色とりどりの明かりが照らすことで”夜景”のようになって、風景の中からそこだけが切り取られたかの様に浮いて見えた。

 雨も降らないせいで屋根のない建物からは、人々が飲めや歌えのどんちゃん騒ぎに興じ、枝から吊り降ろされた幾つものワイヤーが、人や物を頻繁に運んでいるのが見える。


 その中心部にある巨大な幹は、周囲に幾つもの構造物をカビの様に這わせながら400mの高さにある巨大な枝の塊の中に突き刺さっていた。

 直径300mの途轍もない幹ではあるが、大樹の大部分を占める枝葉の塊に比べたら驚くほど小さく、その周りの建物は更に小さい。

 シーズンという事もあって、大樹の麓では沢山の観光客が蠢いているが、このサイズ比ではシロアリにしか見えないな。


 観光ガイドによれば、この樹はアクリラに流れる魔力を吸いに吸っているので、この街最大の魔力塊らしい。

 魔力炉を点けると一際大きく見えるくらいだ。

 保有総魔力量だと、ガブリエラとほぼ同じくらいかな?

 まあ大樹が魔法を使うことはないので比較自体馬鹿らしいのだが、俺達やガブリエラが、作ってすぐに使用するか排出しないと体を壊す事を考えれば、凄まじい耐久性である。


 まあ、その魔力により樹齢1万歳超えでも若木のように元気に花粉を付けるのが玉に瑕なのだが。


 だが俺達はそんな華やかな枝下ではなく、むしろ一旦離れるようにしながら枝の上へと向った。

 まだ距離はあるが、大樹があまりに大きいせいでスレスレを飛んでいるように錯覚する。

 枝の上の空間は下とはまた別の景色が広がっていた。


 一面緑の常緑の隙間から、建物の窓や屋根が顔を覗かせ太陽を反射して輝いているのだ。

 これらはこの大樹に住む者達の施設。

 家は枝の中にあるので、見えているのは共用部分になる。

 なのでよく見れば、枝葉の間に洗濯物が干してあったり。


 俺達は、その中で学生寮として割り当てられている場所へと向う。

 大樹の中にある学生寮は5つ。

 上層中層下層にそれぞれ一つずつと、樹下街に2つ。

 シルフィが住んでいるのは中層なので、枝が一番広がった辺りのはずだ。


『ほら、あそこだ』


 事前にシルフィから聞いていた看板を見つけた俺が、インターフェイスユニットにそれを表示すると、モニカはすぐさま風防からルーベンに合図を送って高度を下げた。



 ちょっとした踊り場の様になっている着陸所に着地すると、枝葉の塊に埋もれる様に存在する大きな扉を開いて中に入る。

 そこは予想通り学生寮の施設だった。

 とはいえ、俺達の住んでいる”知恵の坂”と異なり、人の少ないこの寮では”裏門”に当るこの場所に管理人はおらず、来た者は簡易的な魔力登録を済ませると自動的に中に入れるようになっている。


 だがそこで躓いた。


「あ」


 内側の扉を開けたルーベンがそんな声を上げて後ろを振り向き、その後ろから先を覗き込んだモニカの顔が曇る。


「ロメオは無理かぁ」

『そういう風にはできてないな』


 扉の向こうの”枝の世界”は想像以上に道が狭く険しく、蹄による大型四足歩行動物が移動できるようにはできてなかったのだ。

 ロメオの足ではすぐに踏み外したり滑ったりして落ちてしまうだろう。

 試しに下を見てみると、一応細かな枝葉に埋もれてはいるが、これでロメオを支えるのは厳しいかもしれない。

 その向こうには、かなり下の方まで空間がある。

 これ、落ちたら地面まで真っ逆さまなのだろうか。


 仕方なく俺達はロメオを踊り場の端に繋ぎ止めると、不満そうな彼を残して枝の中の世界へと歩き出す。

 まあ、適応力の塊みたいなロメオのことなので俺が「ここで待ってててくれ」と伝えると、なんでも無いように外の景色を見ながらその場に伏せていたのだが。



 しばらくの間俺達は、枝と葉の作り出す狭いトンネルの中を進み続けた。

 魔力灯が照らす緑色の空間は、上下左右にクネクネと曲がりくねりながら続いていく。

 だがその進みにくさには相当のもので、歩くというよりも手も使ってよじ登るといった方が近いところもあるくらいだ。


「あっ! ・・・っと」

「!?」


 調子に乗って垂直の枝を駆け上がろうとして滑ったモニカの背中を、下に居たルーベンが慌てて腰を押して支える。


「気をつけないと滑るよ」


 ルーベンが呆れたように注意する。


「あ、うん・・・ありがと」


 それに対しモニカは、恥ずかしそうにそう言って、これまた恥ずかしそうに枝の道に縋り付くしかない。


 一日を通して日が当たらないせいか、枝の道はびっしりと苔が覆って滑りやすかった。 

 ここの住人にはかなり高い身体能力が要求されることを改めて感じる。

 やっぱりメリダだとキツイだろうな。

 それにしても人が通れるように刈り込んでいるようだが、どれくらいの手間がかかっているのか。

 足元の枝を除けば、葉やこの辺の枝の殆どは普通の木とそう変わらないが、密度が半端ではない。

 興味を持ったモニカが試しに壁に触れてみれば、きれいに剪定された葉がクッションのように手を押し返してくる。

 

 だがそれから少し行ったところで、唐突に景色が変わった。

 視界が急に広がったのだ。


「おわっ!?」

『こりゃまた・・・』


 現れたのは、とてつもなく広大な空間に縦横無尽に太い枝が行き交う壮大な光景だった。


「中は空洞なんだね・・・・」

「葉が付いてるのは、外に近いところだけ。 でもこんな風になるのか・・・」


 おそらく太陽光が届かない場所に葉をつけても意味がないということなのだろうが、高密度の枝葉がドームのようにびっしりと周囲を取り囲んでいる内側は、ぽっかりと空間が空いていた。

 枝も直径が数十mを超えるような太いものばかりで、細かな枝は少ない。

 そしてその太い枝の上部には広めの板が載せられて、坂道としてしっかりと整備され、更には所々に小屋のような建物がくっついていた。


 街灯や建物の明かりが、星空のように空間を薄っすらと照らす。

 その光景はまるで未来都市のように幾何学的かつ立体的で、それでいて木の複雑な造形に紛れるようにとても有機的。

 なにより枝葉のない木の”底面”から差し込む緩やかな外の光が、空間全体を下から照らすので神秘的な空気を醸していた。


 これを初めて見た者はきっと、俺達のようにその場で見入ってしまうだろう。

 




 建造物の重量制限があるとは聞いていたが、枝の上の街はにぎやかな樹下街の喧騒からは考えられないほど閑散としていた。

 ”大通りの枝”がどれも長さ1kmくらいあるのも手伝って人口密度は低く、すれ違う者もそれほど多くはない。

 それでも空間全体が見渡せるので他の枝を歩く人の姿が目に入り、人の気配には事欠かないが。

 人口分布はやはり、小型の獣人や亜人が多い。

 ”人”といっているが、もう姿は猿か鳥である。

 少なくともこの”枝空間”の移動が苦にならない種族じゃないと住みにくすぎるだろう。


 俺が感覚器を横に伸ばして下を覗き込むと、目が眩むような高さの向こうに観光客がうじゃうじゃと蠢く樹下街の光景が見えた。


『ざっと800ブル(m)ってとこかな。 そりゃ、”物を落とすな”って注意書きがそこら中にあるわけだ』


 こんな高さから降ってきた物が頭に直撃でもしようものなら、大変なことになるだろう。

 ここから見ると下にネットも張ってるし、”底”の枝に結界装置みたいなものがあるので、対策はしているのだろうけれど。

 一方、モニカは俺の言葉の別の部分が気になったらしい。


『ちょっと下がった?』


 おそらく着陸時にインターフェースユニットに映っていた情報を覚えていたのだろう。


『ああ、200ブルくらい下った計算になるな。

 たぶん降りたとこは枝の上に顔を出す必要があったんだろう。

 あと強度とかの関係で、太い枝は中心に向かうほど高度が下がるようになってるんじゃないか?』

『なるほど。 シルフィの部屋はどこか分かった?』

『画面に出すぞ』


 俺がインターフェースユニットのレンズを片側だけ展開して、そこにシルフィから聞いていたマップ情報を表示させる。

 すると2つ隣の太枝にある小さな小屋が色違いで表示された。


「あそこだよ」


 キョロキョロと見回していたルーベンに向かってモニカがそう言いながら、シルフィの部屋を指差した。




 シルフィの部屋は近くで見ると、”木苺の館”より二周りほど小さな小屋状の建物だった。

 とはいえ、倉庫を除けば基本平屋の”ウチ木苺の館”と異なり、ここは完全に居住スペースが3層見える。

 上方向に小さな2階があり、枝の横側に張り出すように階下があった。


 だが、その縦に長い構造は昆虫の繭のようにも、溶けた蝋燭のようにも思える。

 とにかく”妖精の小屋”って感じなのだ。

 実際住んでんの、そんな子だし。



 それにしても人気が少ないな。

 唯でさえ人口密度が低いというのに、シルフィの家の周りはまるで孤立したかのような空気が漂っている。

 よく見れば通行人の何人かは明らかに迂回路をとっていた。


 それもそのはず。


「”猛獣危険”か」


 張り紙に書かれた注意書にルーベンの表情が険しくなる。

 俺達は事前に聞いていたので知っているが、いざこうして目の前にすると、面倒な体質もあったもんだと思うしかない。


「どんなのがいるんだろ?」

「”シルフィ自身”じゃないのか?」


 ルーベン君、レディにそれは失礼だぞ。


「狼とかは無理そうだから、虎かな?」

「それくらいなら、もう見えてないか? だから大きくても1ブルくらい・・・!!?」


 ルーベンがこれくらいかなと両腕を持ち上げたその時、不意に”そいつ”が現れ、ルーベンの腕に噛み付いた。


「なんだ!?」


 ルーベンが驚く。

 それは俺達膝丈くらいの大きさの、小さな猿だった。

 毛の色はこの薄暗い空間に溶け込む様に暗く、体の割に大きな牙を突き立て、ルーベンの事を親の仇の様に睨みつけている。


『なるほど、”これがそれ”か。 こりゃメリダ連れてこなくて正解だったな』

「かわいいね」


 え!? どのへんが!? というツッコミを待たずしてモニカが猿を撫でにかかる。

 しかも悪い事に頭に行ったもんだから、怒った猿に引っかかれてしまった。


「わ、ごめんね」


 モニカがそう言って僅かに距離を開ける。

 その心からは少なからずショックの感情が流れてくる。


『”猛獣専門家”も形無しだな』

『ルーベンに怒ってるね。 やっぱり”オス”に反応してるのかな?』

『そうでもないぞ、俺達の体をよく見ろ』

『・・・うわぁ』


 気づけばいつの間にか、ネズミやリスの仲間に集られ、そこら中に噛みつかれているではないか。

 いつの間に。


 こいつらは、シルフィの出す”魅了”に取り込まれた連中だ。

 彼女はあれでも、外ではそれなりにエルフの魅了を抑えているらしいのだが、どうしてもプライベートな空間ではそれが緩んでしまうのだ。

 つまり”フェロモン駄々漏れ”である。

 効果は同性だろうが別種だろうが関係ないので、許容値の低い小動物など一溜まりもないだろう。


 モニカは取り敢えず、腰の辺りにいた大きめのネズミを引き剥がすと、何を思ったか頭をなでに行って指を噛まれていた。


『何やってんだか』

『えへへ、かわいいなぁ』

『そうか?』


 怒りと興奮に目が血走ったネズミの姿は、生理的嫌悪感を感じるくらいで、ましてや指を噛み千切ろうと唸りを上げて敵対心向けられるので怖い。


「大丈夫だよ、怖くないよ」


 だがモニカはまるで宥めるように、そのネズミに語りかける。

 ネズミは一向に噛むのをやめる気配がないのに、呑気なもんだ。

 それにしても顎の力が強いな。

 というか、


『こいつ魔獣化してないか?』



 流石に鬱陶しくなったのか、ルーベンが手を動かして引っ付いていた猿を引き剥がす。

 一応、シルフィのペットと思われるので攻撃はしないが、その手付きは少し面倒くさそうだった。


 その時、ガチャリという音がして小屋の扉が開けられると、俺達の指に噛み付いたネズミを残して動物達が一斉に小屋の中に飛び込んでいった。


「騒がしいと思ったら・・・・ごめんねモニカ、この子達、初めて見る顔に警戒したみたい・・・あら、めずらしい顔もいるじゃないの」


 小屋の扉から現れたシルフィが、そう言って面白そうな表情で視線を俺達の後ろに向ける。

 するとそこにいたルーベンが居心地悪そうにわずかに身を捩らせた。

 同級生エルフの少女シルフィは、今日も相変わらずハッとするほど綺麗で、同性の俺達でさえ一瞬胸が”キュン”となる。


「いつも顔を合わせてるじゃないか」


 ルーベンがなんとかそう言って反論するも、シルフィにクスクスと笑われては形なし。


「モニカが連れてくるとは思わなかったのよ」

「メリダの家の近くでひろったの」


 シルフィに合わせたのか、モニカの言葉はまるで小石でも拾ったかのようである。


「ああ、あの辺なら知り合いも少ないから、静かに本でも読めるって考えたんでしょ」

「うっ」


 流石シルフィ、同級生のことをよくご存知で。

 と、感心したが。


「むっかしから、困ったらあの辺うろつくのよね」


 という言葉で、ルーベンの逃避癖が昨日今日のことではないと思い知った。

 

「僕がどこで本を読もうと・・・「おっはよーモニカ!」


 ルーベンの反論を遮るようにシルフィが大声を出して手を上げる。

 その格好は、座学の授業の朝によくやるシルフィの”挨拶”のポーズだ。

 それに対し、モニカも反射的に手を出し声を上げる。


「おっはよぉ!!」


 そしてそう叫ぶと、そのまま手を合わせて”パチン”と音を鳴らした。

 防音結界があるので近所迷惑ではないが、それでもその音は大樹の中の静寂を引き裂いたように聞こえる。

 一方、ハイタッチを交わす女子たちに言葉を取られたルーベンは、そのまま俺達が親愛の抱擁に移行するのを見て、諦めたように周囲の景色を見渡すしかない。




 

 シルフィの住んでいる部屋は、学生寮では珍しく一人部屋だった。

 ”孤高のルーベン”ですら数人の相部屋だというのに、彼女のそれは本当に珍しい。

 まあ、シルフィに惹かれて住み着いた小動物と一緒に暮らすのはなかなか骨が折れるからな。

 左手に噛み付いていた小鼠など指を噛み切るのを諦めたのか、いつの間にか俺達の指で歯を研ぎ始めていたくらいである。

 ”魅了”絡みでトラブルがあったという噂もあるので、これも配慮だろう。


 それにしても流石シルフィか。

 それともこれが”エルフ”のセンスなのか。


 部屋の中は想像以上に”綺麗”な空間だった。

 そこかしこを彼女が飼っている小動物たちが駆け回っているというのに汚れ一つなく、木製の家具達はどれもシンプルな構造ではあるが、複雑で優美な曲線を描いている。

 まるで、この部屋ごと纏めてデザインされた舞台セットの中に紛れ込んだかのようだ。

 いや、シルフィ本人も含めてデザインの一部か。

 テーマは”妖精の部屋”だろうな。


「どう? 女の子の部屋に招待された感想は?」


 シルフィが上目遣いで挑発するようにルーベンをからかう。

 超絶美少女がそんなことをしたもんだから、ルーベンは困ったように後ずさってしまったではないか。


「ははは、さすがのルーベンもモニカの隣じゃ只の少年ね」


 シルフィーがそう言ってカラカラと笑うと、まるでその笑顔に反応したかのように周囲の木々が僅かに振動したように見えるから不思議だ。

 本当にどうなっているんだか。


「それよりも・・・服をちゃんと着てくれないか?」


 するとルーベンが困ったように若干顔を赤らめながらそう言った。

 それを聞いた俺達はシルフィの格好を見る。


「あぁ、ごめん。 まさか男子が来るとは思ってなかったから」


 彼女の格好は部屋着のつもりか、外で見るよりもかなり着崩していたのだ。

 というか上着はなくスカートも下に履く中着的なやつだけで、シャツもボタン全開でその中のキャミソール的な下着が丸見えだった。

 当然ながらそんな薄い布切れでは、彼女の(俺達には存在しない)胸の膨らみの形状を隠すことすらできていない。


 きっとモニカだけが来ると思って油断していたのだろう。

 一応、これくらいの格好で街を歩いてる者も普通にいるし、何ならもっと”全開”なのもいるが、シルフィみたいな美少女がそれをすると同性でも中々に目に毒なので、男子のルーベンにしてみれば厳しいだろう。

 というか、


「こらモニカ。 見過ぎだよ」

「あ、ごめん・・・」


 その指摘で、つい胸元に吸い寄せられるように見入ってしまっていたモニカが慌てて謝り、その原因である俺は心の中で土下座しながら、閉まっていくシャツのボタンを恨めしそうに眺めていた。





「え!? じゃあ、二人とも大樹は初めてなの!?」


 寝室に敷かれたスベスベのマットの上でくつろぎながら、俺達の持ってきた焼き菓子を齧ったシルフィが驚いた声を上げる。

 するとモニカとルーベンが揃ってすぐに頷いた。


「いや、これだけ違和感あったら気にならない?」


「気にならない、ただの木だろ?」

「気になってたけど忙しかった」


 俺達の言い分に、シルフィの整った顔がへチャリと歪む。


「モニカはわかるけど・・・ルーベン・・・」


 その声には呆れの感情が混じっていた。


「ただの木だろ?」


 ルーベンが確認するようにこちらを見るが、そんな目で同意を求められても俺もモニカも無理がある。


「わたしは前から来たかったから。 でもなかなか予定があわなくて」


 それにまだ立場が不安定だった頃は、人の多いところは無意識に避けていたからな。

 貴族になったらなったで、今度は有名になりすぎて近寄りたくなかったのだが。


 だがモニカが大樹に興味があるとわかると、シルフィは身を乗り出して提案してきた。


「じゃあさ、上の方とか行ったことないよね。 これから案内してあげようか? 面白いところあるのよ」


 ほう、それは随分魅力的な提案だ。

 ただし、


「ごめん、今日はむり。 予定が詰まってて」

「あっ、”友人巡り”してたんだっけ」


 シルフィがその情報を思い出したようにハッとした顔になる。

 部屋で小1時間くっちゃべる程度の時間はあるが、この馬鹿でかい木の案内となるとそうは行かない。


「うん、だから今度つれていって。 ぜったいまた来るから」

「わかった」


 シルフィがそう言って太陽のように笑う。

 それを見た俺は、本当に綺麗だな・・・と、一瞬思考を奪われてしまった。


『空いている日ってある?』

『ん? ちょっとまってな・・・っと夏ぐらいかな』


 予定表を確認しながら俺はモニカに伝える。

 どうもワイバーンの移動力に調子に乗って予定を詰めすぎてしまったらしい。

 単純に訪れるだけなら、なんとか捻出できるだろうが、モニカはシルフィと行きたがるだろうからな・・・


『まあ、タスクとしてタイミングを検討しとくよ』

『おねがいね』

『まかせとけ』


 ええっと、シルフィの予定表、シルフィの予定表っと。

 なんでそんな物があるのかというと、なんだかんだで続いている”勉強会”絡みで友人のスケジュールを一通り見る機会が結構頻繁にあるのだ。


 そうやって俺が今後の事を考え始めた一方で、モニカはシルフィの部屋の中の”あるもの”に目が行っていた。


「うん? どうしたの?」


 それに気づいたシルフィが聞いてくる。


 モニカが見ていたのは、部屋の扉の上にある謎の”装飾体”。

 向こう側と仕切りのない”欄間”のような構造になっていたそれは、比較的シンプルなこの部屋の中にあってやけに装飾っ気が強い場所だった。

 何より気になるのは、その装飾に引っ掛けるようにして一挺の”弓”が置かれていることだ。

 それもかなり装飾過多な弓が。


 周囲の装飾に埋もれているので気が付かなかったが、よく見ればそれは似ているだけで、装飾の意味合いも作りも全く異なることからして、別に作られたものと見て間違いない。

 だが、なによりもその精巧な作りは、視線が吸い込まれるような魅力があった。


「その弓って・・・本物?」


 モニカがその弓を指差しながら問う。

 するとシルフィが何とも言えない、感情の乗っていない視線を弓に向けると、少ししてからなんでも無いように応えた。


「ああ、それ・・・ま、そうよ」

「へえぇ。 さわってもいい?」


 モニカが興奮気味に聞く。

 するとシルフィは何でも無いように弓に近づくと、そのまま安い置物を棚から取るような気楽さで弓を持ち、こちらに差し出した。


「いいよ。 でもこわさないでね」

「うん、わかってる」


 モニカが鼻息を荒げながらそう答えると、シルフィから弓を受け取る。

 だがその瞬間、俺達は手が上に引っ張られたのではないかと錯覚した。


「『うわっ、かる!!??』」


 その弓は想像以上に軽かったのだ。

 まるで羽根のように。


 手に持ってみると弓は差し渡しが俺たちの身長に達するほど長く、複数の木が絡み合うように複雑に混じり合っているが、とても細いのでサイズ感はない。

 見れば見るほど不思議な弓である。


「これ、本物?」


 モニカが聞くと、シルフィは小さくうなずく。

 だが、モニカのその問いの意味はもっと深い。


 普通、弓というのは保管の際に弓本体に負担をかけないように弦は外した状態で保管される。

 だがこの弓は、弦がピンと張った状態で置かれていたのだ。

 つまり装飾でないとするならば、これだけで普通ではない。


 それに弓本体もおかしい。

 複数の木材を使うことはあるが、こんな風に”枝そのもの”のような状態の木が絡み合って作られた弓などないだろう。

 それに、それぞれの木は、まるでその形になるように・・・・・成長したかのように加工された形跡がない。

 どうやったらこんな物を作れるのか、皆目見当がつかなかった。


「それ”エルフの弓”だろ?」


 ルーベンがそう言う。

 へえ、”エルフの弓”か、初めて見たな。

 だがその言葉を聞いたシルフィは露骨に嫌そうな表情で頭を掻いた。


「・・・・ええ、そうよ」

「”エルフの弓”?」


 モニカが聞く。


「うーんと・・・エルフの里では子供が生まれると、その子が使う弓を植える ・・・習慣があるの。

 古い魔法でね、使用者の魔力を吸って育つから、常に最適な形になるんだって。

 まあ、文化的には私の分身みたいなものかな」

「へえ・・・」


 モニカが感心したように、その弓をそっと撫でる。

 たしかにシルフィ本人のように美しい弓だ。

 きっと、これを持ったシルフィの姿はとても様になったことだろう。


 だが、だからこそ不思議なことがある。


「シルフィって、弓使わないよね?」


 モニカがそれを指摘する。

 今年は戦闘系の授業をキャンセルしているが、昨年は普通に何度もシルフィと戦ったので彼女の戦闘スタイルは知っている。

 シルフィの戦い方は、大規模魔法に物を言わせた徹底的な”力押し”と”面制圧”。

 弓を使っているところなど見たことはない。


「もしかして昔は使ってた?」

「いや、最初から弓は使ってなかったよ」


 モニカの問にルーベンが答える。


「アクリラに来る前に使っていたなら話は別だけど・・・」


 そう言いながら、ルーベンはシルフィを意味深な目で見た。

 するとシルフィはそれに対し一瞬だけ不穏な空気を纏うと、急に取って付けたような笑顔に変わったではないか。


「はい! このはなしはおしまーーい!!」


 そう言うと、俺達の持っていた弓をさっと奪い取り、そのまま欄間の上に戻す。

 そして何事もなかったように座り直すと、そのまま強引に話題を同級生の話に変えたのだ。


 俺達もルーベンも、シルフィのその反応に呆気にとられつつも、それが有無を言わせぬ彼女の願いだということを悟ってその場に座り直すしかない。

 だが一つだけ確かなのは、あの弓はシルフィにとって安易に扱って良いものではないということだろう。


『うーん・・・きになるなぁ』

『今日は聞くんじゃないぞ』


 モニカの感情に俺が釘を刺す。


『わかってるよ。 でも、もうちょっと聞けると思うんだけどな』

『モニカ』

『あ、ごめんごめん、冗談だって。 シルフィは”友達”だから、そんな事はしない』

『本当だろうな?』

 

 俺はそう言って、わざとらしく不安の感情をモニカに送った。

 だが内心ではもちろん、モニカはこれ以上この件に触れるような事はしないというのは分かっている。

 今回は事故みたいなもので、本来のモニカは基本的にこういう話題に触れたがらない。

 きっとシルフィがもっとわかりやすい子なら、弓の話題にすらならなかっただろう。

 

『でもそう考えると、不安定な子だよな。 何考えてるかわからないっていうか・・・』


 ルーベンの見立てに乗っかるようだが、

 ふてぶてしく猫をかぶってカワイ子ぶる事もあれば、そっけなく接することもあるし、親しい相手だとむしろ激しく当たることも珍しくない。

 対外的に少しだけ接するなら天真爛漫な美少女だが、長く一緒にいればいるほど本当に天気のように感情が変わる。

 そんなわけで俺の中でのシルフィの印象は、良くも悪くも”猫”だった。

 きっとルーベンの印象も似たようなものなのだろう。


『そんなことないよ』


 だがそれをモニカが否定する。


『じゃあ、シルフィの考えてることが分かるのか?』

『もちろんそう・・じゃない。 でも見やすく・・・・なってきた』

『へえ。 ってえと、どんな子なんだ?』


 俺は試しに聞いてみる。

 するとモニカはシルフィたちとの会話を器用に続けながら、少しだけ思考を使って考え込んだ。


『うーんと・・・体が曲がってる・・・若いサイクかな』

『体が曲がってる? サイクって”サイカリウス”だろ?』


 予想外の例えに俺は面食らう。

 だって、どうしたってこの絶世の美少女と氷の大地の化け物が重なるわけがない。

 ただ、モニカの言葉は聞き間違いではなかったようだ。


『うん、そういうサイクって、すぐに群れから追い出されるんだけど。

 すごく警戒心が強いの』


 そう言いながら、モニカが実感のこもった”嫌悪”と”恐怖”の感情を送ってきた。


『だから”狩り”じゃ、ぜったいに狙わない。 こわいから』


 モニカが確信を込めてそう宣言する。


『でも、シルフィは”友達”。 こわくない』


 モニカはまるで自分に言い聞かせる様にそう言うと、いつものように親愛の視線をシルフィに向けたのだ。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 大樹を出て次に俺達は、西山の貴族院へと向った。 

 貴族の友人に昼食会に招待されていたのだ。


 ガブリエラが卒業してからというもの、来る回数は減った場所だが、実はそれでも時々こうしてやってくる事があった。

 もちろんそれは俺たちが貴族になったからではない。

 いや、貴族になったおかげで堂々と入っても白い目で見られずに済むのだが。


 だが何度来ても凄いところだ。

 一つの城の中にたくさんの建物が入り込むようなその構造は、ちょっとした異空間に迷い込んでしまったかのような錯覚をもたらす。


 「肩が凝る」と誘っても来なかったシルフィも、来ていたらきっと周囲を見回していたに違いない。

 なにせルーベンですら、興味深そうに屋敷のように聳える廊下の壁を見ていた程なのだ。

 貴族院に住んでいるはずの彼がなんでそんな反応をと思うかもしれないが、それくらい貴族院の内部は広く、また別れているのだ。

 普段生活するだけならば、自分の住んでいる周辺や派閥の建物以外は知らなくて当然。

 隣の廊下は完全に別の町である。

 特に今回行くような場所となれば。


「モニカさん、ごきげんよう」


 俺達が目的の建物の前にたどり着くと、すぐに生徒の一段がやってきて出迎えてくれた。

 だがそれは、貴族院の大部分を占めるマグヌス系の挨拶ではない。

 腰を落として左足を引きながらこちらを見つめ続けるその作法はアルバレス流のそれで、モニカも少し無骨ではあるが慣れたように同じ挨拶を返す。

 ここはアルバレスの貴族が集まる建物なのだ。


 現在、完全な貴族社会ではないアルバレスはマグヌスの貴族と異なり、数も多くはないし爵位にもうるさくはないので、多くは一般人としてアクリラの街に住んでいる。

 だが、それでも一部の古い貴族や力を誇示したい貴族は身内を貴族院に住まわせていたのだ。

 なので建物こそこの廊下一つに収まってしまうが、それ故にこの辺りはアルバレス文化の色が濃く、貴族院の中でも異国情緒溢れる場所になっていた。


「ルーベン様もよくお越しくださいました。 何分小さな集まりですので十分なご用意はできていませんが、歓迎いたしますわ」


 一団の先頭に立つ女子生徒がそう言ってルーベンに向き直る。

 この空気の中ではマグヌス貴族丸出しのルーベンは浮くのだが、そうはいっても公爵坊。


「こちらこそ、突然の来訪にも関わらず歓迎していただいてありがとうございます。

 エリデン伯爵令嬢」


 特に問題なく挨拶を行うルーベン。

 その動作に迷いはなく、説明しても無いのに相手の家の格まで覚えているとは流石である。

 ヴァロア家が元侯爵家と若干家の格が高いので俺達の友人がまごついても問題はないのだが、ルーベンならば気にするだけ無駄か。

 そもそもこの中で一番家の格が高いし。 



 それから俺達は、エリデン伯爵令嬢を中心とする一団と昼食と相成った。


 実は”実家”に帰ってから今日まで、彼女達から何回か招待を受けることがあったのだ。 

 最初は俺達を取り込むためと勘ぐっていたのだが、どうもアルバレス貴族全員に招待を出しているらしく、他の外で暮らしている生徒の姿も多いとあって、いつしか気軽に参加するようになっていた。

 数は少なく勢いも落ちてきているからこそ、全体で結束をということなのだろう。

 俺達も”実家”を持ち、それを支えている身なのでこういった場を疎かにするわけには行かない。

 むしろ”パイプ”を繋ぐ場として活用させてもらっていた。


 それに貴族の派閥というのは案外馬鹿にできない。

 特に八方塞がり気味の”我が家”の事になるとかなり心強い味方になるからな。

 商人達にとってはブラックリストに載っていても、貴族達は比較的どうでもいいと考えているらしく、意外なところから助け舟が出るのだ。

 実は何件か、特産品の魔草の販売を手伝ってもらったりとか。

 ・・・詳しくは言えないが、俺達からじゃ買ってくれなくても別の貴族からなら話は違う・・・とか。

 ロンダリングじゃないかって? はい、そうですよ?





「モニカが、こういったところに来てるとは思わなかったよ」


 当たり前のように俺達の隣に座るルーベンがそう言ってきたとおり、ちょうど一年前まで”社交”という言葉から最もかけ離れた場所に住んでいた者がいる場所とは思えないほど、ここはやんごとない雰囲気に満ちていた。


「ルーベンはこういうの嫌い?」


 だが次々にやってくる貴族の生徒たちに挨拶をしながらルーベンに問い返すモニカの姿は、完璧ではないものの慣れたもの。

 それをルーベンはなんとも言えない様子で見守りながら自らも挨拶に加わっている。

 

「・・・モニカも、ちゃんと”貴族”やってたんだな」

「”まだまだ”だけどね」


 ルーベンの”お褒めの言葉”にモニカが恐縮する。

 それをルーベンは本当に唯の恐縮と受け取ったらしいが、実際”まだまだ”だ。


 裏では俺が必死に【社交】スキルを動かして対応していた。

 里帰りのときに作ったやつだが、これがなければとてもじゃないけれどこんな場所には来ようとは思わなかっただろう。

 だが所作はそれで補正できるとはいえ社交とは人と人との交流、全て教科書どおりとも行かないし定石も変わる。

 それを俺がなんとか判断して反応しスキルを組み立て、”当たり障りのない台詞”をモニカにリアルタイムに伝えなければならないのだ。


「まだまだ固いけど、問題はない。 どこかで教師が付いてるの?」

「えーっと・・・うん」


 モニカがそう言ってはぐらかすように答える。

 だが実はマナー教師は存在しない。

 一応アルバレスと実家の両方から紹介はされていたのだが、そんな時間はないと断っているのだ。

 まあ、最近は言われなくなっていたので、自分たちで調達したと思ってるのかもしれないが。


『でも固いか・・・』


 俺はそう言って肩を落とす。

 国が違うとはいえ公爵坊のルーベンがそう言うなら、本当に固いのだろう。

 これは改善点だな。


『でも”問題ない”っていってくれたよ』


 モニカがそう言って励ましてくれるのはありがたいが、いつまでもそれに甘える訳には行かない。



 挨拶の波が一段落して、今日の主催であるエリデン伯爵令嬢が上座に用意された壇上で挨拶を始めた。

 学生なので堅苦しさはないが、それでも厳かな雰囲気は崩さない。

 この辺のバランスは貴族を長くやってきた者だからだろう。

 そしてその様子を見ながら、モニカがポツリと呟いた。


「・・・あれをそのうち、わたしもやるのか・・・」


 この催しは、中・高等部のアルバレス貴族の内、格の高い者が持ち回りで行うことが慣例となっていた。

 俺達の実家は”伯爵家”。

 爵位のインフレ激しいマグヌスならいい感じに埋もれてくれるその地位も、侯爵と公爵が事実上の絶滅種であるアルバレス貴族界では頭を張るべき立場だ。

 実際、現在の中等部には俺達を含めても4人しかいない。

 今は、なり立てで免除されているが、ここに居続けるとそのうちすぐにお鉢が回ってくるだろう。


「・・・モニカはやりたくないのか?」


 ルーベンが少し意外そうに聞いてきた。

 どうやらモニカの声を聞き取っていたらしい。 まあ、モニカも半分ルーベンに向かって言ってたから当たり前か。

 主催の挨拶の時に堂々と私語というのは業腹だが、他にもやっているし、俺達はスキルを使っているから口も動かず音も指向性なので誰も気にしない。


「・・・できればやりたくないかな、ルーベンもそうでしょ?」

「・・・僕はそうだけど。 モニカは結構目立ちたがりじゃないか」

「・・・え!? そう?」


 驚いたモニカが目だけを動かして驚きをアピールする。

 まさか”目立ちたがり”といわれるとは思っていなかったらしい。

 だがそれに対しルーベンは視線だけで半ば呆れの感情を送ってきた。


「・・・目立ちたくない人間が、勇者や僕とあんな派手に戦うわけないだろうに・・・」

『・・・ごもっとも・・・』


 俺は内心でそう呟く。

 実際、俺達の行動は”目立ちたくない人間”のそれとは大きくかけ離れているフシがある。

 ただ対人的に我慢がないだけでできれば事を荒げたくはないのだが、行動が伴っていなければ人はそう判断するだろう。

 だが待ってくれ、2回のルーベン戦はともかく勇者と戦ったのはガブリエラのせいだ。

 断じて目立ちたがったからではない。


 そしてそんな意図をモニカの視線から汲み取ったのか、もしくは単純に根負けしたのか、ルーベンはやれやれと小さく息を吐きながら答えた。


「・・・じゃあなんで、そんな”やりたくもないこと”をしないといけない所に? 僕だったら絶対参加しないよ」


 だろうね。 ・・・という言葉をモニカがなんとか飲み込む。

 正確には俺が止めた。

 ルーベンは本当に自分の派閥の懇親会でも断りそうだからな。


 それから俺達とルーベンはしばしの間、アルバレス貴族の昼食会を楽しんだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る