2-18【不思議な先生 2:~死者たち~】



『死人が喋った!?』


 混乱と驚愕を大いに孕んだ俺の声が脳内に木霊する。

 それは間違いなく、かつて俺達を死の淵まで追い詰めた敵の姿だった。

 それも、もう既に居ない筈の。


 見間違いじゃない、あの時は人格が違ったので実感はないけれど、視覚データは問題なく残ってる。

 そこにはバッチリと、死体すら残さず塵と消えるランベルトの姿が映り込んでいた。

 だから、こんな所にいるわけがないのだ。


 すると俺よりも先に、ロメオが大きく反応する。


「キュルルルルルルルルルルル!!!」


 大きな叫び声を上げながらランベルトに向かって突撃するロメオ。

 かつての記憶が残っているのか、それとも漂う雰囲気から完全に敵と認識したのか。

 興奮した暴れ牛は、背中に取り付けられた蓄魔道具から魔力を取り出して”ドラグーンユニット”を展開すると、その大きな角で吹き飛ばそうと突っ込んだ。


 だがそれに対し、ランベルトはわずかに手を振るうと、


「・・・邪魔だ」


 と呟きながら、突っ込んできたロメオを払った。

 すると、その弱々しい動きから想像できないような力でロメオが吹き飛ばされたではないか。

 ”ドラグーン”の圧倒的な力がまるで効かないなんて。

 その事に驚愕する。

 いくら”エリート”といえどありえない。


 だがそんな俺達を尻目にランベルトはロメオに追い打ちをかけた。


 彼が手をもう一度振るうと、不思議な感覚がその場を包み込む。

 そしてその感覚は、ロメオの周りに漂うと、そのまま彼の体を霧の様に消し始めたのだ。


「ロメオ!?」

「キュルルル!?」


 モニカが叫び、自らの異変に気がついたロメオが悲鳴を上げる。


『ロン!』

『分からねえ! だが”ドラグーンユニット”からの信号がどんどん細くなってる!』


 俺がそう叫ぶと、モニカが流れるような動作で、基本武装の”槍”を取り出し構えるとその先端が割れて砲撃モードに変わる。

 そしてそのまま、魔力砲弾の雨がランベルトの体を吹き飛ばす。

 だが、ロメオの体が消える勢いが止まることはなかった。


「キュルル・・・


 最後のロメオの断末魔が途中で途切れる。

 そのまま彼の姿は、周囲の闇の中に紛れて完全に消えてなくなった。

 信号も今では存在すらなかったかのように、完全に沈黙している。

 もはや痕跡すら残っていない。


 それと対象的に、再び起き上がるランベルト。

 恐ろしい事に、砲撃のダメージのようなものは見られない。


『モニカ、ロメオが・・・』

『ロン、落ち着いて』


 だがその言葉とは裏腹に、モニカは威嚇するように発砲すると、その砲弾がランベルトの頬を掠める。

 するとランベルトのゾンビのような体がピタリと止まった。


「もう一度聞く。 あなたは何?」


 モニカが自分に喝を入れるように言葉を噛み締めながらそう問う。

 するとランベルトはまたも石の擦れる様な声で笑った。


「・・・物覚えがわるいな・・・私は・・・」


 次の瞬間、ランベルトの肩が吹き飛んだ。


「”死”?」


 モニカがそう問い返しながら、砲撃をもう一発撃ち込む。

 と、同時に俺達の表面を真っ黒な装甲が覆った。


 だがしかし・・・


『あれ!?』


 突然、ぐずりと崩れ落ちる魔力装甲。


『どうしたの?』

『ええっと・・・』


 慌てて俺が原因を探る。


『なんだかわかんねえが、装甲を維持している魔力回路が正常動作していない・・・』

『こわれたの?』

『いや・・・性能が出てないというか・・・なんだこれ』


 帰ってくるエラーコードの鈍さに、まるで狐につままれたような気分になる。

 遠いというか・・・使ってる回路が全部”安物”に置き換えられてしまったような・・・


 だがそれを聞いてもモニカは怯まなかった。

 ”グラディエーター”が使えないことなど、まったく問題はないとばかりに、今度はランベルトの左足が吹き飛んだのだ。


「わたしにとって。 あなたは”死”じゃない」


 モニカが俺達自身に言い聞かせるようにそう言う。


 しかしランベルトは右肩と左足を失ったというのに、まったくバランスを崩すことなく立ち続けると、ゾンビの顔をニヤリと歪めた。


お前の死・・・・ではない」


 そう言うなり、ランベルトの後方に緑色の魔法陣が展開され、続いてその間隙を突くように俺達の両側から拘束用の魔道具が飛び出した。

 俺達はそれを、魔力の密度を上げて作った壁で絡め取り、正面から飛んできた緑色の炎を打ち払う。

 以前は手も足も出なかったが、今ならこの程度。

 基本に忠実な視覚誘導と立体的な攻撃だが、俺達を殺るには決定力不足である。


 どれだけ得体がしれなくとも、相手が敵ならば話は早い。


『ロメオにやったやつの気味がわるいから、さわらない方向で』


 モニカが注文を送ってくる。

 だとするならば対処は1つ。

 俺はその準備の為に、全身の魔力を動かした。


 次の瞬間俺達の後ろから網目状の物体が、まるで蛇のように地面ごとめくれ上がったかと思うと、そのまま覆いかぶさるようにもたれ掛かってきたではないか。


 高精度の魔力触媒で作られた”スキル殺しのネット”。

 触れた者の微細な魔力を吸い尽くす、俺にとっては悪夢みたいな代物だ。

 だが、


 俺は間髪入れずに用意していた攻撃のスイッチを入れる。

 その瞬間、俺達の体の内側が膨らみ、続いて臨界を超えて圧縮された真っ黒な魔力が飛び出してネットに触れて破裂すると、頑丈な筈の”スキル殺しのネット”をズタズタに引き裂いた。

 そしてそのまま、俺達は続けざまに大量の魔力を放ち、それをランベルトに押し付ける。

 さしもの”エリート様”も、ガブリエラ仕込のこの攻撃には為す術もないらしく、巨人に伸し掛かられたように膝をつくと、くぐもった苦悶の声を上げ始めた。


「ぐっ・・・!」


 モニカが気合を入れるように力を込めると、さらなる力でランベルトが地面に押し付けられる。

 もはやその力だけでこの浮島が沈みそうな程の圧力である。


 このままならば勝てるだろう。

 グラディエーター無しでも、俺達とランベルトではもう勝負にはならない。


 だが、


「・・・な!?」


 突然足首に猛烈な激痛が走り下を見れば、地面の中から手が伸び、それが俺達の足首をとんでもない力で握りしめているところが見えた。


『何だこいつ!?』


 モニカが慌ててしゃがむと、その手を掴んで放しにかかる。

 だが、その手はモニカの手の力など物ともしないほどに固く、そればかりか更に力を増していく。

 そして遂に”パキッ”っという音がなったかと思うと、足首の骨が粉々に砕け、続いて激痛が上ってくる。

 その痛みを俺は咄嗟に止めると、破れかぶれに魔力を込めた。

 その魔力を使って、モニカが足元の地面に砲撃を叩き込む。


 だがどれだけ苛烈に攻撃しても、俺達の足首を掴む手はビクともせずにその力を強め続けるままだ。

 そればかりかまるで俺達の足首を手綱の様に引きながら、体の他の部分が這い出してきたではないか。


 現れたのはランベルトと同じく、ボロボロの崩れそうなゾンビのような体。

 だが、その肌はハッキリわかるほど白い魔力で輝き、その魔力密度はランベルトとは比較にならないほど大きい。

 そしてその骸骨の様な額からは、白い魔力が4本、角のように飛び出していた。


『お・・・に!?』

『こいつ”ウチヴァロア邸”にやってきた、ザハトバって”鬼”だぞ!?』


 その正体に俺達は瞠目する。


「なんで・・・ここに」


 モニカがそう言いながら、握り潰された方の足でザハトバの顔面を蹴り込む。

 だが、握られたままなので威力が出ない。

 そればかりか、表情一つ変えず虚ろな目でこちらを睨むザハトバの様子に俺達は大きく肝を冷やした。

 なんてたって、この老鬼を殺してからまだ数ヶ月も経ってないのだ。

 俺自身、あの時の一連のことも含めてトラウマが生々しく残っているくらいである。


『殺したりなかった!?』

『そうじゃない・・・』


 モニカはそう答えると、ザハトバの向こうからこちらを睨むランベルトの姿を睨み返した。


『・・・タイミングが良すぎる。 やっぱり、こいつらは本物じゃない』

『でもそれじゃあ、なに・・・って!?』


 唐突にザハトバが腕を振り回し、俺達の体が一瞬で振り回されて地面を穿つ。

 俺達も魔力で筋力を強化して踏みとどまろうとしたが、あまりの力の差にまるで効果がなかった。

 人の形と大きさをしているが、中身はAランク魔獣。

 単純な身体能力で勝てるわけがない。


 それでもモニカは俺が込めていた魔力溜まりを幾つか取り出してぶつけると、その超常的な爆発力でその場を逃れた。


 浮島の岩の地面の上を無様に転がる俺達。

 あまりにも無謀な脱出に、俺達の足首はありえない方向に曲がっていた。

 だがそれを、無理やり地面に押し付けて立ち上がる。


 眼の前には相変わらず謎のゾンビが2人。

 消えてはいないらしい。


 ザハトバランベルトエリート


 どっちも気を抜けない相手である。

 それを確認し終えると、モニカは槍を構え直す。

 と、同時にその形態を”ロケットキャノンモード”に切り替えた。

 相手の能力的にも、ロメオの弔い的にも、これ以下の攻撃は考えられない。

 流れ弾が気になるが、この2人を相手するなら仕方はない。

 下に向けなければ、街に被害は出ないだろう。


 と、同時に俺が解析系スキルを総動員して”仕込み”を整える。

 俺の知る限りじゃ2人共、ロケットキャノンを大人しく食らってくれる様なヤワな相手ではない。

 実際、ランベルトの方は周囲に複数の魔法陣を展開して防御の構えに入った。


 だがその瞬間、その周りに黒くて大きな魔法陣が展開され、そこから大量の魔力片が2人に向かって打ち出された。

 その大量の魔力の欠片達は高速で飛ぶと、内なる片割れを求める様に、進行方向にあった魔法陣にぶつかり、そこにあった魔力回路を引き剥がして食い尽くした。

 流石、ガブリエラ直伝のジャミング魔法。

 燃費は悪いが、その分相手を選ばない。

 しかもこの魔法は魔法陣の無力化だけでなく、簡易な砲撃としても機能し、食らう相手の見つからなかった魔力片が散弾の様に2人を襲い、その場に縫い付けた。


 そして、それを確認したモニカが満を持してロケットキャノンを放つ。

 槍の穂先からプラズマの青い炎が噴き出すと、凄まじい速度で魔力砲弾が撃ち出された。


 ゾッとするのは、それでもザハトバがまるで反応する様に手を伸ばし、受け止める様に構えた事だ。

 ロケットキャノンの速度に反応するなど、魔獣の身体能力恐るべしである。

 だが、かつての単なる魔力の塊だった頃の砲弾ならいざしらず、今の砲弾は複雑立体魔法陣弾。

 その魔法陣が、発射されてからの時間で組み上がると、計算通り、ザハトバの腕を貫通しそのすぐ後ろ、ちょうど2人の真ん中で炸裂した。


 瞬間的に発生した猛烈な爆風が2人を襲い、

上半身を一瞬にして吹き飛ばす。

 俺達自身、”グラディエーター”でも危ない威力なだけに確実に致命傷だろう。

 実際、2人の体はボロ雑巾の様に・・・


『な!?』


 その光景に俺が驚愕し、モニカの目がスゥーッと細くなる。


 なんと、無惨に飛び散ったはずの2人の体は、その断面からすぐさま元に戻ったのだ。


 僅かな間に、修復したというのか!?

 それを見た俺たちが間髪入れずに、続けてロケットキャノンを放つ。

 だがその爆風がどれだけ2人を破壊し、その爆炎がどれだけ2人を燃やそうとも、2人の姿は瞬きほどの間に元に戻ってしまう。


 そして2人とも、まるでそれを見せつけるようにその場に立ち止まり、ゾンビの顔に笑みを浮かべていた。


 何なんだよ、こいつら・・・


「言っただろ・・・我々は”死”だ」


 ランベルトが俺の思考を読んだようにせせら笑いながらそう言う。

 すると似たような調子でザハトバが続けた。


「”死”に”死”を与えるとは愚かなり・・・我らの”死”はもう既に十分に満たされている・・・」


 ザハトバがそう言うと、その顔が魔力砲撃で吹き飛んだ。

 だがすぐに元に戻り、嘲りの色を強める。


「お前達が・・・我々を殺したのだ・・・もう忘れたのか。

 ”死”を殺す事はできない。

 ”死”に勝つことは決してできない」


 そう言って、大きく一歩を踏み出すザハトバ。

 するとそれを見た俺の中を、心の底から凍える様な恐怖が湧き出した。


『ロン!?』

『モニカ・・・こいつは・・・』


 その事実に俺は恐怖した。

 いや、恐怖が伝播したのか。


 こいつらの正体を、俺は直感で理解する。


 これは、”俺の中の死の概念”だと。


「ようやく・・・気づいたか」

『ロン!』


 その正体を知覚した瞬間、急にモニカの声まで遠のいた。


 くそったれ!


 俺はそう悪態をつきながら、モニカとのパスを繋ごうとする。

 だがその度に、モニカの感覚が遠のき、逆に”死”の気配が強く感じられるようになった。


 そして追い打ちをかける様に、そこら中の地面が持ち上がり中からゾンビの群れが追加される。

 今度は一人ではなく何人も。

 それも見知った顔ではない者達だ。

 きっと、普通ならその正体に思い至ることはなかっただろう。

 だが視覚記録に残るデータは、その正体をまざまざと突きつけた。


『ピスキアで・・・巻き込んだ奴隷達か・・・』


 それはピスキアで暴走した折、俺達が巻き込んで死なせてしまった、奴隷商人や奴隷達だったのだ。

 その目は生前のギラついた生命力など何処にもなく、その姿は奴隷時代の方が生きてる分だけマシとばかりに尚酷い。


 だが、こうして見せつけられては間違いないだろう。

 今ここにいるのは、俺達が殺した・・・・・・者達なのだ。

 つまり俺達は、俺達自身が巻き散らかした”死”に追い詰められているのである。

 どうしてこうなった!?


 モニカが周囲のゾンビ達目掛けて、ロケットキャノンの雨を降らす。

 それはエリートや鬼ならいざしらず、一般人だった彼らにはオーバーキルもいいところの威力。

 だが、案の定、全く効果はなかった。

 どれだけ苛烈に痛めつけても、次の瞬間には元に戻っている。

 まるで”2.0強化装甲”だな。

 こっちは使えないというのに。


 ゾンビ達が、”死”に満ちた笑みを浮かべながら近づいてくる。

 その恐怖たるや。

 遂には俺の恐怖が伝播したのか、モニカまでその場に膝をつくと、下半身までもがゾンビになったかのように笑いだした。


 その様子をモニカはじっと見つめる。


『モニカ、魔力を込めてくれ。 とりあえずここから出よう』


 分が悪いと判断した俺が撤退の進言を出す。

 こんな連中、いくら相手にしてもキリがない。


 だがモニカは動かなかった。


『逃げてもだめ・・・』


 モニカがそう言うと、真剣な様子でザハトバを睨んだ。


「そうなんでしょ?」


 モニカがそう問うと、ザハトバが答えるように声を上げて笑った。

 その声をどう表現していいものか。

 まるで死者を先導する鐘の音だ。


「・・・いかにも」


 そしてひとしきり笑い終えると、徐にそう言ってのける。

 するとモニカは、奥歯をギリリと噛み締めた。


『モニカ?』

『ロン。

 これは、あなたじゃないと、どうしようもできない』


 モニカが宣告の様な声でそう呟く。


『彼らはロンの”心の中”から生まれてる。

 だからロンがいる限り、彼らは決していなくならない』

『そんな・・・』


 そんな相手、どうすれば良いというのか。


「どうにかできる訳がないだろう。

 ただ、”死”を受け入れるか、拒否し我々に食われ続けるか」


 ランベルトが嘲笑うようにそう言うと、何かの合図の様に指を鳴らした。

 その瞬間、更に追い打ちをかけるように地面から新たな手が生え、ゾンビ達が追加される。

 だが今度はかなり幼い。

 そして・・・


「・・・」


 その姿にモニカが口を真一文字に結び、俺がここに来て何度目かの驚愕に、無い腰を抜かす。


『これがカミルが言っていた・・・』


 それは、小さな小さな・・・幼子たちだった。

 大きい子でも3歳程度、小さい子などは赤子も同然。

 ただ、数だけはこれまでで最大だ。

 何十人・・・いや、這い出ようとしているものも含めると何百人か。

 そしてその全員が・・・俺達と同じ顔をしていた ・・・・・・・・


姉達 ・・だ』


 俺がモニカにそう伝えると、モニカは静かにうなずく。

 そして手に持っていた槍をそっと下ろした。


『おい、どうした!?』


 焦った俺がモニカに聞く。

 すでに姉ゾンビ達は、その顔に怨嗟を浮かべ、俺達に飛びかからんと迫ってきている。

 例え倒せなくても、何かしなければ俺達がやられてしまう。

 だが、それでもモニカは動こうとしなかった。


『だめだよロン。 攻撃しちゃだめ』


 モニカがそう答える。

 だがその声は震え、俺がスキルで血圧を上げているというのに、恐怖で全身から血の気が失せかけていた。


『モニカ何言って・・・』


 俺の言葉は、最初に飛び込んできた姉の体当たりによって頓挫する。


 小さな砂糖袋程しかない筈の赤子だというのに、とんでもない速度と威力で俺達の腹部に衝突し、そのまま俺達を後ろ向きに引きずり倒したのだ。

 だが、モニカはそれを受けたばかりか、耐えるために体に魔力を流すことも拒否した。 


『っぐ、・・・この!』


 全く緩和されていないその痛みに俺が呻き、破れかぶれにフロウを動かして腹の上に伸し掛かり噛みつこうとしてきた姉の体を引っ掴んで離そうとする。

 だが、


『だめ!!!』


 モニカが鋭い声でそう叫び、俺の動かしたフロウを掴んで押し止める。


『モニカ!? 何やってんだ!?』


 突然の横やりに俺は大いに動揺しながらそう叫んだ。

 と、同時に伸し掛かっていた姉がその腕に噛みつき鈍い痛みが走る。


 すると他の姉達がまるで死体に群がる肉食獣の群れのように折り重なり、腕や足を強い力で握ったり噛み付いたりしてきた。


『モニカ・・・このままじゃ』

『ロン! 聞いて!』


 焦る俺に対しモニカが叫ぶ。


『彼らはみんな、ロンが殺したと思ってる ・・・・・・・・人たち!』

『それはわかってるよ!』


 そのくらい、俺だって気がついている。

 彼らに共通する項目はそれしか無い。


 俺達が生き残るために命を奪われた・・・俺達の中に流れる”死”。

 それが具現化したものだと・・・


『だけど、それに食われちまうぞ』

『違う!』

『何が!?』


 要領を得ないモニカの返答に俺が大きな声で聞き返す。

 だがモニカ自身も、答えは理解していても俺に伝える言葉が見つからないといった、困惑と焦りの感情でいっぱいだ。


『とにかく・・・戦っちゃだめなの!』

『なんで!?』

『”死”は敵じゃない!』


 モニカが必死に何かを訴えるようにそう叫ぶ。

 だがその言葉と裏腹に、ゾンビ達の攻撃は苛烈さを深め、全身にかかる痛みが俺の余裕を奪っていった。


『んなこと言っても・・・』


 そんな事を言っても、現にこいつらは俺達を襲い、ロメオまで手にかけたのだ。

 これが敵でなくてなんだというのか。


『ロン・・・よく見て』


 モニカの懇願するようなその言葉に必死さを見た俺は、ゾンビ達の事を一旦脇にどけて状況を確認する事にした。


 眼の前にいるのは、ランベルトとザハトバという強力な2体を含めて、崩れかけのゾンビみたいなのが全部で270体程。

 その殆どを占める”姉達”は俺達の体にピラニアの様に群がり、そこかしこに噛みつき、その痛みで目眩がしそうだった。

 鮮烈な痛みが示すように、そのどれもが鮮明で疑うべきところはない・・・


 いや、本当にそうか?


 その時、姉の一人が制服の肩を食い破り、そのまま僧帽筋の半分を食いちぎる。

 恐ろしい痛みと、大量の血が撒き散らされる。


 だが、その痛みはデータに記録されていなかった。


 正確には、”モニカには”記録されていなかった。


『モニカ・・・これって・・・』


 その事実に俺は困惑する。


 これほどまでにハッキリとした痛みであるにも関わらず、モニカはそれを感じていない。

 いや・・・そもそも、外傷すら記録されていなかった。


 現に、今もモニカは傷を負っていない。

 そればかりか、データ上は転けてすらいない・・・・


『ロン・・・これ全部、ロンにしか効いてない!』


 モニカが何かを伝えようと、そう叫ぶ。

 よく聞けば、その声はどこか遠く、霞がかっていた。


『ロメオも死んでない。

 見えないし聞こえないけど、すぐ近くに気配を感じる。

 ロメオが消えたんじゃない・・・その逆。

 わたし達の・・・ううん、ロンの近くが外の世界から消えたの。

 わたし達は・・・外から切り離されてる。』


 俺達の意識が・・・切り離されている?


 モニカの言葉で俺がそれに気づいたとき、ゾンビ顔のランベルトがニヤリと笑った。


「お前が・・・我等を受け入れぬとも・・・我等がお前から離れることは決して無い」


 その言葉と同時に姉の一人が俺達の眼孔に指を突き刺した。

 主要視界のほとんどが奪われ、これまでと異なった痛みと不快感が俺を襲う。

 そのままその姉は、万力のような力で上に引っ張るとミシミシと音をを立てて頭蓋骨が軋み、その激痛で失神しそうになった。

 だが意識を失うことはない。


 本体であるモニカは、この痛みを俺から流れてくる感覚としてしか感じておらず、データを見る限りは、本体自身にそんな痛みもダメージも発生していないからだ。

 俺の意識には、これ程までにはっきりとした感覚だというのに。


 その齟齬に、俺の中に凄まじい寄る辺のない不安が滲み出してくる。

 まるで俺だけが、世界から見放されたかのようだ。

 いや、”よう”ではないか。


 そしてそのまま、まるで唐竹が割れるような音を残して、俺達の頭が右目の眼孔から上方向に割れた。


『!?』


 そこで俺は、初めてこれが”幻想”である証拠を目の当たりにした。


 俺達の頭蓋骨の内側から現れたのは脳ではなく、真っ黒な・・・真っ黒な魔力の塊だったのだ。

 そして、その塊に目玉が現れる。


 その目玉と、感覚器の目があった。


 これほど奇妙な感覚があろうか。

 そのどちらにも俺の視界が存在するのだ。


 魔力の塊は”俺”だった。



「うおあぁぁぁぁ」



 俺達の頭をこじ開けた姉が、飢えた獣の様な声を上げながら俺目掛けて手を伸ばす。

 見れば、他のゾンビ達もまるで獲物を見つけた獣の様な瞳でこちらを見ながら突っ込んできた。


 ”食われる”


 俺は本能的に叫んでいた。



 だが、俺を食ったのはゾンビ達ではなかった。


「うぐっ・・・」


 突然、俺に向かって伸びていた姉の手が、別の手に掴まれて砕け散る。

 その光景に呆気にとられていると続いて、モニカが体に群がる姉達を吹き飛ばしながら上半身を揺り起こし、そのまま姉の腕を砕いた手でもって、俺を引っ掴んだではないか。


 ズルリという独特の音と感覚を残して、俺の体がモニカから外れ切り離される。

 視界の先に見える、頭の中が空っぽになってしまった惨たらしい姿のモニカとは、ほとんど繋がりを感じない。

 だが、その意思を俺は正確に感じ取り、その内容に激しく焦った。


 俺と同様、呆気に取られるゾンビ達を尻目に、モニカの口が大きく開けられる。

 そしてなんと、そのままモニカは必死に体をバタつかせて逃げようとする俺を口に押し込むと・・・そのまま噛まずに飲み込んだのだ。




 明らかに入らないはずの大きさの喉に押し込まれ、その狭い空間を流れる俺。

 飲み込まれまいと必死に抵抗するも、腕も足もない単なる塊の体ではなすすべもなく。

 そのまま俺の意識は、”ゴクン”という音と真っ暗な闇の中に消え落ちた。



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