2-17 外伝:エリクサーガ 002話 仲間の少女と黒い”棒”



 ズガーン!



 エリクの握るハンマーがいつも以上に綺麗な動きで打ち下ろされ、真っ赤な鉄がその衝撃で潰れながら広がった。

 その澄んだ金属音は、親方衆のそれと比べても見劣りしないだろう。

 工房の中で、見習いの子供が興味深そうにエリクをチラチラ見ていた。

 だがエリクはその動きに内心の苦さを深める。


 もっと綺麗に!


 エリクはそう念じながら、さらに一挙手一投足に注意を込めてハンマーを振るい、金属を叩き続ける。

 これ程までに集中して鉄を叩いた事はない。

 その甲斐あってかエリクの動きはこれ以上ないだろうというほど無駄がなくなっていた。


 だが、


「っく・・・」


 どうも違和感がある。

 これだけ綺麗にハンマーを扱えているはずなのに、イメージからどうしてもブレるのだ。


 もちろん・・・それが”人間”である事は承知の上。

 思った通りの動きができる者などいない。

 ”動き”に”思い”を合わせていくしか無いのが世の”理”。

 だが、エリク自身もつい数日前まで”当たり前”としてそれを受け入れていたのに、たった一度”あの感覚”を体感しただけで、その常識が塗り潰されてしまっていたのだ。


 ”ヴィオ”


 エリクが心の中で会うことのなかった妹の名を呼ぶ。

 そして、その名を持つあの”魔道具”の名を。

 

 あれを付けている時の感覚をなんといったらいいか。

 自分の思っているとおりに体が動く ・・・・のだ。

 モニカとその”芋虫の友人”いわく、魔力を調整しているということだが、それだけであれ程正確に認識のズレを埋められると、普段自分が如何に出鱈目な動きをしているかを思い知らされているようだ。


 彼女たちは、”もっとしっかりしたのを作る”と言っていたが、今週末には間に合うだろうか。

 というか、まだ未完成であれなのに、”完成品”など付けてしまったら、どういった動きができるのか想像もつかない。

 このハンマーだってもっと・・・


 そんな風にエリクの中に渦巻く”期待”という名の邪念を必死に選り分けながら、エリクは一心不乱にハンマーを振るった。

 だがその手の感触は、いつまで経っても”ヴィオがあればこうだった”と言わんばかりにイメージとずれる。

 




 昼過ぎに鍛冶屋の仕事を終え、夕方の買い出しに行こうとしたときだった。


 いつものように汗と油を軽く拭い上着を着て道具を纏めて裏口に向かおうとした所、不意に表の方から親方の声がかかった。


「おい、エリク!」

「・・・? なんですか?」


 エリクが何事かと表の方に振り向くと・・・


「お前に”客”だ」


 親方がなんとも言えない感じにそう言う。

 その言葉通り、大柄な彼の横には対称的に小柄な少女の人影が・・・


 それは見知った顔だった。


「えっと・・・なんで君が・・・」


 エリクが呆気にとられたようにそう言うと、その少女が軒先でこちらに向かって意味深に ・・・・微笑んだ。


「お前の知り合いか?」


 親方が問うてくる。

 その顔はエリクとこの少女の繋がりを思案するようだった。

 見覚えのないモニカの姿が気になっているのだろう。

 エリクはこの街の同世代と沢山付き合っているが、その殆どは孤児であり、”動ける者”は少ない。

 この鍛冶屋に訪ねてくるような知り合いの顔は親方も大方覚えている。


「”仕事仲間”です。 ・・・週末の」

「ああ・・・どうりで」


 親方はそう言うと、その少女の姿を上から下まで見回した。

 魔法士らしく様々な物や装飾をぶら下げているせいで分かりにくかったが、よく見れば着ているのはアクリラの魔法学校の制服ではないか。

 一応、親方にも今度の相方が”アクリラ生”という話はしているので、合点がいったらしい。

 というか。


「”モニカ”、なんで今日来たんだ? まだ週末じゃないよね?」


 エリクが問う。

 するとそこにいたモニカが、相変わらず意味深な微笑みを崩さずに答える。


「うん。 ちょっと気になったことがあってね。 早い内に確認したいから、授業がおわってから飛んできたの」

「そんな気軽に来れるのか・・・」

「この前、連れてきたじゃん? 知ってるでしょ? 半時間もかからないよ。

 それよりも、エリク探す方が時間かかった」


 モニカのその言葉は、相変わらずの”ぶっ飛んだ距離感”のものだった。

 それを聞いてエリクが思わず顔を抑える。

 いくら隣町のヴェレスといえど、アクリラまでとなると馬車ではギリギリ”日帰り圏内”だというのに、この少女にかかっては完全に隣の地区ぐらいのノリだ。

 やはり、”ヴィオ作品が作品”なら、”作者も作者”ということか・・・



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「ねえねえ、お姉さんはエリクの”彼女さん”?」


 買い出しのために”連れモニカ”と一緒に街を歩いていると、街で働いている妹分が早速面白そうにそう言いながら近寄ってきた。

 どうやら前に組んでいたのと違って、今回は歳が近いこともあってか、以前よりも”親密”に見えるらしい。


「そんなんじゃないよ、エリクにはわたしの手伝いをしてもらってるの」


 すると”モニカ”が、いつものように北部訛りの少し拙いマグヌス語でそう否定する。

 だが妹分はそれを聞くと逆に笑顔を強めた。


「じゃあ、お姉さんがエリクの言ってた”パーティーメンバー”なんだね!

 ありがとう! お姉さんと一緒に仕事するようになってから、エリクが沢山美味しいものくれるようになったんだ」

「お、おい!」


 エリクが慌てて妹分を窘める。

 確かに毎週末モニカと一緒に広範囲で討伐を繰り返すようになり、取り分が多いこともあって、エリクの懐事情は大いに改善していた。

 それは必然的に彼が抱えている、孤児達の経済状況が改善することにも直結する。

 とはいえ、流石にそれを直接言うのは品がないだろう。

 だが、妹分は聞かない。


「お姉さん、これからもエリクをよろしくね」

 

 と、そう言うと、感謝を込めるようにモニカの腰に抱きついた。

 両手に荷物を抱えていたエリクはそれに反応できない。

 正直、まだモニカの性格をハッキリと掴みきれていないエリクにしてみれば、妹分のその行動は、猛獣にいきなり抱きつくに等しい行為だった。

 次の瞬間、頭が破裂してもおかしくはない。


 だが、そんなエリクの心配を他所に、モニカはまんざらではないように妹分の頭を撫でる。


「うん。 エリクにはこれからもたくさん助けてもらうからね」


 さらにそう言って妹分を喜ばせてくれたではないか。

 好意的な返答に大いに嬉しそうな反応を見せる妹分に、モニカの頬がさらに緩む。

 だがエリクは、モニカに見えない一瞬だけ「・・・ちょろいな」といった感じに微笑む妹分の将来を憂うのが精一杯だった。





 エリクの妹分が仕事に戻るのを見送ってから、エリクとモニカは2人で一通りの買い出しを済ませると、そのまま2人は荷物を一旦置くためにエリクの寝床である”ボロ屋街”へとやってきていた。

 当然ながら”住人達”は、この地区に似つかわしくないモニカの”身なりの良い姿”を不審げに遠巻きで見つめている。

 普通の神経の者なら居心地が悪いことだろう。

 実際、”前のパートナー”は結構露骨に嫌そうな顔をしていたものだ。


 だが、モニカは”普通”ではないようで、嫌悪感を浮かべることもなくただ・・・


 じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 っという音がなるほど、混じりっ気のない興味深そうな視線でこの区画の人や家を見回していた。

 腕や足のない人間や、ボロ屋の何がそんなに面白いのだろうか・・・・


 騒ぎは起こさないでくれよ・・・

 エリクが心の中で念じる。


「エリクは、ここの子たちの為に働いてるんだって?」


 すると、モニカが徐にそんな事を聞いてきた。

 それに対し、エリクは渋い顔になる。


「・・・どこでその話を?」

「エリクを探してるときにきいた」


 あっけらかんとしたモニカの返答に、エリクは小さく心の中で悪態をつく。

 あの受付嬢め・・・

 そんな事を言う口の軽い知り合いは1人しかいない。


「さっきの子もエリクに感謝してたし、この食料もここの為なんでしょ?」

「俺だけが働いてるわけじゃない。 みんなで支え合ってるんだ」


 モニカの言葉をエリクが否定する。

 そんな大層なことではない。


「でも、エリクが纏めてるって聞いたよ?」

「纏めてるのは俺じゃない・・・ただ守ってるだけだ」


 そう言いながら、エリクは”ボロ屋街”の中心部を見つめる。

 正確にはそこにいるであろう、この場所の精神的な支柱の”少年”を。


「それに俺が守れてるのも・・・」


 エリクがその言葉をグッと飲み込む。

 ”師匠”が万全でない事はあまり吹聴したくない。

 この場所が襲われないのは、師匠に対する”恐怖”がまだ”隣人”の間に生きているからだ。


「とにかく・・・俺はそんな大きな事はまだできてないんだ」


 エリクはそう言って、この話は終わりだとばかりに歩みを進める。

 だがモニカは横をピタリと付いてくると、その眼鏡の奥から興味深そうな目で尚もこちらを見ていた。


「じゃあ・・・もっと強くならないといけないね」


 モニカのその言葉は、妙なまでに迷いがなかった。





「それで、”ヴィオ”の調整についてだっけ?」


 ようやく中心部の食料庫に今日買ってきた食料品を入れ込み、この倉庫番をしている3ブルを超える少女にそれを伝えると・・・なぜかその少女の足の長さを尺を使って妙に真剣な表情で測っているモニカに向かってエリクが声をかけた。

 一応この少女の足は片方の長さが半分しかなくその先は義足なので、”なにか”が起こる前に慌てて話題を進めたのだ。


 すると、モニカはエリクの言葉に我に返ったように慌てて返事を返した。


「あ! うん。 ちょっとそれで気になったことがあって、すぐに確認したかったから」

「どんなこと?」


 エリクが畳み掛けるように問を続ける。

 それは話をこの”ボロ屋街”から逸したいこともあったが、単純にあの”ヴィオ”という魔道具に興味もあったからだ。

 するとモニカから解放された巨体の少女が、少し逃げるようにエリクの買ってきた食料品を抱えて食料庫の中へ入っていき、その様子にエリクがホッと内心で胸をなでおろす。


 一方のモニカはそんなエリクの気も知らずに、説明を続ける。


「本格的な設計に移りたくて、だからエリクのデータがもっとほしい。

 あと、できればその”剣”も・・・」

「剣も?」


 エリクはそう言うと、反射的に腰ベルトに挿していた剣を後ろに回して隠した。


「その”剣の中身”が分かったかもしれない。 だからたしかめたい」


 そう語るモニカの表情は好奇心で”ウズウズ”としている。

 なるほど、それがここに来た理由か・・・

 こんな顔、戦闘や依頼の最中では決して見せないだろう。

 だからこそ、エリクはその表情に引いてしまったのだ。


「剣を壊すんじゃないだろうな?」


 この剣はエリクの貴重な”力”だ。

 これがあるから、このボロ屋街を”本当にガラの悪い連中”から守れるし、これがあるから討伐の仕事を受けられる。

 いくら”ヴィオ”の作者といえど、たかが数回一緒に戦っただけの相手に興味本位でそれを壊されてはたまらない。


 だがモニカは首を横に振ると、懐から驚愕の物を取り出した。

 真っ黒で細長い・・・・


「”剣”の中には干渉しない。 外から見て中身を”これ”に移して観察するだけ」


 それはエリクが初めて剣と出会った時に剣が取っていた姿・・・あの、”細長い棒”だったのだ。

 その表面の質感は間違いなく、”エリクの剣”と同種のものである。


「君も”それ”を・・・」

「うん。 持ってる。

 だから、わたしもこれの”強さ”は知ってる」


 モニカがあっけらかんとそう言いながら頷く。

 その声には、この棒に対する確かな信頼のようなものが見える。

 まるでエリクと同じように、この黒い素材に命を預けていたかのような・・・


「これは・・・なんなんだ?」


 エリクが聞く。

 するとモニカがまた首を横に振った。


「でも、これの”しょうたい”が知りたくない?」


 エリクはその”黒い棒”をじっと見つめた。

 たしかに・・・知りたい。

 

 そりゃそうだ、この”剣”の特性はエリクにとっても未知で意味がわからないものだった。

 金属ではないし欠けることもなく、切れ味が落ちることもなく、その”力”が抜け落ちることもない。

 剣ではない、”剣の姿をした何か”なのは間違いない。

 その得体のしれないものに今後もより掛かり続けるのか・・・それともモニカに剣を壊されてでも正体を確かめるか・・・


 エリクの中でその”葛藤”が渦巻いていた。


 やがて出した答えは・・・


「もし・・・・・。 もし、剣が壊れたら・・・その”棒”をくれないか? もちろん、その時にまだその棒が使えていたらの話だけれど」


 エリクはそう言って”保証”を求める。

 もちろんそれは、モニカが断るような”無理難題”のつもりだった。

 この剣の性能を見れば、その素材であるこの棒がただの棒でないことは明らかだし、言動からしてその認識はモニカも変わらないだろう。

 それに立ち振る舞いからして、彼女だってしっかりとした”冒険者”だ。

 命を預ける道具を安易に天秤には載せない。

 だからモニカは決してこの”棒”を手放さない・・・と思っていたのだが・・・


「うん、いいよ。 その時はあげる」


 だが、意外にもモニカの返事は悩む暇すら無いとばかりに即座になされる。


「えっ!?」


 その答えにエリクが呆気に取られた。

 するとモニカが畳み掛けるように、その棒をこちらに差し出したではないか。

 エリクの目の前にズイと突き出される黒い棒。


「それで剣を見せてくれるなら、いいよ」


 モニカの言葉には強烈な”好奇心”が滲んでいた。

 アクリラの住人たちが時折見せる、あの狂気じみた好奇心が・・・

 その迫力にエリクが飲み込まれかける。


 するとそんなエリクに対し、モニカが直接迫るように今度は棒をエリクの手に押し付けてきた。


「というか、持ってみてよ」

「な!? ちょっと、まてよ・・・あ!?」


 棒を押し付けてくるモニカと、それを跳ね除けようとするエリクの攻防の流れで、思わずエリクはその棒を掴んでしまう。


 その時、エリクの中をハッキリとした”感覚”が流れた。

 あの、剣を手にした時に僅かに感じた葛藤のような”感情の渦”を。


 そしてその棒は、エリクの中の”感覚”をまるで喰らうように吸い上げると・・・エリクの最も信頼する形・・・すなわち”剣”へと姿を変えた。

 一瞬にしてエリクの持っているものよりも二回りほど小さい、真っ黒な”短剣”に姿を変えたのだ。


「やっぱり・・・」


 モニカが歓喜と興奮の籠もった声を上げる。

 だが、その手から血がこぼれ落ちる。


「おい・・・手が!」


 エリクが弾かれたようにそう叫ぶ。

 当たり前だ、モニカはエリクとは反対側の棒の端を・・・すなわち短剣の切っ先の方を握りしめていたのだ。

 いくら鉄より強固な彼女の皮膚といえど、戦闘時でもなければこの剣の”鋭さ”の方が一歩勝る。

 だがモニカは傷が深まることもお構いなしに剣を握りあげると、そこに目を寄せて惚れ惚れするように観察を始めた。


「・・・なるほど・・・そうみたいだね」


 まるで虚空に返事をするように気味の悪い独り言を呟くモニカ。

 その気味の悪さったら・・・

 アクリラの研究者というのはこんなのばかりなのか!?


 エリクは逃げ出したい気持ちで一杯なのに、逃げ出せないこの状況に息を呑む。

 だがエリク自身もまた、この剣・・・いやこの素材の正体に対する”興味”がふつふつと湧くのを感じ取っていた。


 少しの間かけてひとしきり短剣を観察した後、今度は興奮に上気したモニカがその目をエリクに”ギッ”っと向ける。

 ”魔獣に睨まれた”とはこういう事を言うのだろう・・・


「・・・じゃあ、行こうか」


 モニカはそう言うと、新たに生まれた”黒い短剣”の切っ先からパッと手を離し、血の滴り落ちる自分の掌を満足そうにペロペロと舐め始めた。

 モニカの言葉は否定を想定していないものだったが、そんな光景を見せられたエリクに拒否権はない。


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