2-17【剣の声 5:~フロウゴーレム~】
2日後。
夕方、エリクとの”アクシマ旅行”を終えた俺達は、アクリラに帰ってくるなり
1階にいたライリー先輩とルビウスさんに挨拶して2階に上がると、予想通り”自由研究スペース”で何かの作業をしているメリダの姿が目に入ってくる。
「ただいま」
モニカが声をかける。
だが反応はなし。
メリダは何かに集中したように一心不乱に手元のメモに何かを書き殴りながら、目の前に置かれた機材を弄っている。
腕が6本もあるから並列作業もお手の物だな。
何か面白い発見でもあったのか。
メリダの背中からは、興奮のようなものが漂っていた。
だが、このまま無視されっぱなしというわけにもいくまい。
「メリダ、ただいま」
モニカがそう言いながらメリダの背中をポンと叩くと、大きな芋虫の体がビクンと跳ねた。
「きゃ!? なに!? なに!?」
「あ、ごめん。 わたしだよ」
「驚かせるつもりはなかったんだ」
予想以上の反応で驚いたメリダに、俺達が慌ててフォローを入れる。
メリダが血を回す為に独特の動きで体を揺さぶって気を落ちつかせると、ホッと息を吐いて向き直った。
「なんだ、モニカとロンか、”
と言って笑うメリダ。
ちなみに”エブロン”は”
そんな天敵に襲われたと勘違いするぐらい驚かせてしまったなんて・・・
「ゴメンなぁ・・・」
「ゴメンねぇ・・・」
俺たちが揃って謝る。
するとメリダが”何やってるんだ”とばかりに手を振った。
「気にしないで、それよりどうだった? 魔獣いた?」
「それがね、いたのはいたんだけど・・・」
「それが、聞いていたよりもランクが低かったんだよ」
俺たちが、くたびれたようにそう答える。
実際、心の中は結構くたびれていた。
アクシマの郊外にて依頼ポイントに辿り着いた俺達は、すぐに周辺を調査し始めた。
突然の魔獣の兆候に近辺の住人たちはすっかり怯えきっていたが、それが功を奏したのか被害の兆候は見られない。
どうやら魔獣を恐れて近づこうとはしなかったようだ。
賢明である。
それでも目撃者の証言や見つかった証拠などがある程度規則性を感じられるものだったので、”目標”がどこに居るかの見当は思いの外早くつく。
俺たちはとりあえず、近辺の住民たちに戦闘の恐れがあるため”その場所”に近づかないように周知した後、証人となる役人を連れてエリクを先頭にその場所に近づくことにした。
それは周囲を峰に囲まれた霧深い山脈の中で、ステレオタイプな程、”魔獣でも居そうな空気”に俺達の緊張(と高揚感)は最高潮に達した事は言うまでもない。
何せBランクなら賞金レンジは、数十万〜数百万セリスに達するのだ、”円換算”だと”億”の単位に手がかかる。
だが、そこにいた”存在”は俺達の想像を超えた物だった。
なんと、身の丈30mを越えようかという・・・”兎”だったのだ。
「うさぎ?」
メリダが怪訝そうに聞き返す。
「そう、”トルアルム・
モニカが疲れた様にそう答える。
「それって、”ちっちゃいやつ”だよね?」
「ああ、”ちっちゃい”ぞ、通常なら0.3ブル(30cm)もないくらいだ」
「それが30ブルオーバー?」
「”すうじゅうねんにいちど”の大物だって」
体が小さく寿命も半年ほどしかないアペノランは、極稀にしか魔獣化しないのだが、
もし魔獣になった場合、その持ち前の食欲と一気に伸びた寿命のせいで凄まじい勢いで巨大化を続ける厄介な存在になってしまうんだと。
しかもそれに伴って食欲が指数関数的に増大し、やがて周囲の山々を食い尽くして餓死するまで巨大化を続ける。
だから、一応即討伐と相成ったわけだが・・・
「よわい」
モニカが、眉間にシワを寄せながら率直な感想を述べる。
体がデカイので強いのかと思いきや、そこは所詮、食欲のぶっ壊れたただの兎。
どんだけ攻撃しても、こっちをそっちのけで木やら草やらを食べに行くので、戦闘というよりもイジメに近かった。
結果として、エリクが何回かチクチク刺したあと、一思いに首を切り落として終了と相成る。
んで、問題はここからで、
この魔獣、レア度と大きさは凄いのに、弱すぎるせいでBランクどころか、Fランクの最下層扱いなため、満額出ても150セリスしか貰えなかったのだ。
何という肩透かしである。
億万長者を夢見た俺達の心を返してほしい。
どうも普通であれば、普通に村人に狩られるレベルの脅威なんだそうで、今回はたまたま過剰に怖がられた末の事なんだと。
「それは大変だったね」
メリダがそう言いながら、余った手で俺達の頭を撫でてくれた。
その感触に、モニカが”もっともっと”と自分の方から頭をこすりつけに行く。
なんかロメオに似てきたな・・・
最近はロメオもメリダの方に懐き始めてるし・・・もしかしてメリダって”猛獣使い”の素質がある?
「それで、”アクシマガラス”は見れた?」
「うん、凄かった」
「ああ、見てくれよ」
俺がそう言うと、モニカが懐から”それ”を取り出してメリダに見せた。
「わあ、きれい!」
メリダがその輝きに(その分かりにくい)目を見張る。
それは木の葉のような形をした・・・ちょうど大きさも木の葉くらいの小さな”ブローチ”だった。
だが小さいと侮るなかれ、表面のガラス細工の模様は驚くほど精細で、光を様々な角度に乱反射させて宝石のように美しく輝いている。
「これ、メリダにおみやげ」
するとモニカがそう言って、嬉しそうにそのブローチをメリダに差し出した。
「え、いいの?」
「うん、わたしとおそろい」
モニカはそう言うと、自分の懐からブローチをもう一つ取り出して見せた。
それはメリダに渡したのと、ちょうど左右対称の形のブローチだ。
「これが気に入ったんだけど、セットでしか売ってなくてな」
俺が納得してもらうためにそう補足すると、メリダは大いに頷いて感謝した。
「ありがとう! ふたりとも! 大事にするね!」
メリダがそう言ってブローチにずいと顔を寄せる。
「本当にきれい・・・これどうやって作ってるの!?」
「さあ・・・それはおしえてくれなくて」
「アクシマガラスは口伝のみで伝えられて、職人は街で徹底的に管理されてるらしいからな。
作り方は門外不出らしい」
どうやらアクシマの街はこのガラスをとんでもなく重要な産業と考えているらしく、その管理は技術レベルまで徹底されていた。
隣町とかは偽物で溢れているのに、アクシマ市内では全く見かけなかったことからもそれは窺える。
なので偽造や密造はあの街の中では厳罰なんだそうだ。
「まあ、測定スキル通したらだいたい何やってるかはすぐ分かったけどな」
「え!?」
「本当!?」
俺の言葉に2人が揃って驚いた。
「ああ、この微妙な色の変化は、作る途中で特定の不純物を混ぜて作るみたいだが、その時に魔力も一緒に混ぜてるのが他のガラスとの大きな違いだな」
「魔力? でも他のガラスでも混ぜてるよね?」
俺の言葉にメリダが疑問を投げ返す。
実際、この世界ではものづくりにおいて魔力を加えることは基本中の基本だ。
「だがそれは、あくまでガラスの反応を調整しやすくするためのものだ。
アクシマガラスは、それを”輝き”を出すために使ってるんだ。
まだ判然とはしないけど、色ごとに検出される魔力の値に規則性が見られた。
きっと、制作にはかなり高度な魔法知識が動員されてるんだろう」
「ほへー」
メリダが感心したようにブローチを見回しながらそう呟くと、慣れた手付きで制服の胸元に取り付けた。
「どう? 似合う?」
メリダが聞いてくる。
流石、アクシマガラスはアクセサリー好きのメリダにつけても埋もれることなく、かと言って浮くこともない。
「うん、かわいいよ、わたしは?」
モニカが同じように胸元にブローチを取り付けながら聞き返す。
「うん、モニカもとってもかわいいよ」
少しの間、2人がそう言ってお互いを褒め合う、”甘ったるい空間”が周囲に展開された。
なんだこれ・・・
「ところでメリダ、そっちは順調か?」
話の流れを進めるため、俺は少々強引に切り出すことにした。
「あ、そうだ」
メリダが思い出したようにそう言うと、一番上の一対の腕を使ってぽんと手を叩く。
実は、”ヴィオの起動試験”が終わって別れた後、メリダにはそこで得られたデータや、機材の検証を頼んでいたのだ。
「ごめんね、メリダ一人でやらせちゃって・・・本当はわたし達のことなのに・・・」
「大丈夫だよ、私も一枚噛んでるし、これのレポートで結構な単位を狙ってるから」
メリダはそう言うと、気にするなと腕を振って、先程まで掛かりっきりになっていた机の上に視線を移動した。
「それにあんまり出来ることも少ないしね。 ”あの子”・・・ええっとエリクの機材はまだ検証中、ベル先輩かルビウスさんの意見がほしいかな。
”ヴィオ”の内容についてはロンじゃないと弄れないし。
あ! すごいものが見つかったんだ!!」
「すごいもの?」
メリダの言葉に俺たちが首をひねる。
何が見つかったんだろうか?
「これこれ」
メリダが指差したのは、大量の測定器に繋がれてデータを取られている短い”フロウ”だった。
正確には”フロウもどき”だけど。
実は、今週末の休日を使ってメリダが調べたいと言ってくれたので、フロウを貸すことにしたのだ。
戦力的には若干のダウンになるが、最大でBランクとの事だったので問題はない。
エリクもいるし、”普通のフロウ”でも出力だけならなんとかなるからだ。
今の俺達にとって、高性能フロウの存在は絶対ではなくなっていた。
だからこそ、この機に調べて貰うことにしたのだが、まさか数日でなにか発見があるとは・・・
「実は、魔力反応を試してたときにね・・・」
そう言って、メリダがグラフ用紙を取り出して見せた。
そこには何かの”波”のような物が記録されている。
「このフロウが、”ある信号”に変な反応する事が分かって」
「ある信号?」
妙に勿体ぶるメリダを俺が急かす。
するとメリダが口を開き、予想外の言葉を口にした。
「”リセット信号”」
「”リセット信号”っていうと、あの・・・」
「”らー・るー・らー”?」
モニカが具体例を出してメリダに問うと、メリダは全身を使って大きく頷いた。
”リセット信号”というのは、高度な回路を持つゴーレムに共通で設定されている初期化信号のことだ。
そして、”らー・るー・らー”とはマグヌスで使用されているリセット信号の内容をムリヤリ発音したもの、本当は”4,0,4”と単純な数値データをゆっくり送っているだけ。
これに技術レベルは関係ない、俺たちも使ってるし、ピカティニ先生も使っている。
「だが、それが帰ってくるってことは・・・」
俺がその”核心”を呟くと、メリダが「まだ早い!」とばかりに渋い顔で手を上げてそれを止めた。
「で、帰ってきたものがこれになります」
メリダがそう言って示したのはグラフの線。
その波は、ある一点だけ山の様に盛り上がっている。
メリダはその山を指し示していた。
「なにか反応しているよね?」
モニカがそう問う。
だがその言葉は大きな疑念を含んでいた。
タイミングから言って、メリダはおそらくこれが”初期化完了”のステータス信号だと考えているのだろう。
「でもこれじゃな・・・」
その”山”は、驚くほど滑らかに上昇し、また滑らかに下降している。
つまり信号として使えるだけの”安定部分”がなかった。
これではゴーレムの信号としては失格である。
「おかしいでしょ?」
「信号が帰ってくること? それとも信号がつぶれちゃってること?」
「どっちもだな。 どっちもおかしいが・・・」
俺はそのグラフのデータを自分のインターフェイスに取り込んで検証をかける。
するといくつかの部分に気がついた。
「メリダ、これって”スケール”が大きすぎるんじゃないか?」
「そう! そこだよ!」
メリダがそう言って、目を輝かせながら俺達の目を覗き込む。
そんな事をしたもんだから、まだ勘付いてなかったモニカが驚いて盛大に仰け反った。
「わたしも”拡大ゴーレム”でグラフを拡大してみたのね」
そう言って次に取り出したのは、グラフの波の一部を切り取って紙いっぱいに拡大したと思われるグラフだった。
「”拡大ゴーレム”なんてよく貸してくれたね」
モニカが驚いたようにそう言う。
それくらい”拡大ゴーレム”は厳重に管理されいた。
なにせ図面を引く時にはかなり重宝するからな。
ただ単に線を拡大するだけでなく、巨大なゴーレム回路で線を判別し”正しい拡大”を行うことができるその能力は、恐ろしいほど複雑で高価だ。
ピカ研でも一台しか持ってない。
だから、そんな簡単なことでは貸してくれないのだ。
「”すっごいの作る!”って言ったら貸してくれたよ」
前言撤回、意外とゆるい。
「”すっごいの”ねえ・・・まあ、”すっごい”っちゃぁ、”すっごい”けど・・・」
いくらなんでも所属生を信用しすぎやしないかピカ研・・・
「それで拡大した結果がこれなんだけど・・・見てよここ」
メリダがそう言って拡大された波の一部を指差す。
それは、間違いなく平坦な・・・直線的な線だった。
「やっぱり」
そのデータに確信した俺がそう言う。
よく見れば、他にも直線的な線がいくつも記録されているではないか。
「どういうこと?」
「モニカ、これは複数の”対象”が一斉にデータを送信したんだよ。 違うかメリダ?」
「そのとおり!」
メリダが”我が意を得たり”とばかりにそう言うと、そのまま別の紙を取り出した。
「そう思ってね、色々設定を変えてね。
なんとか信号を
そう言いながら、メリダは極細の針を取り出して見せてくれた。
皮膚に刺さっても痛みを感じなさそうな細さである、いや針の方が折れるか。
「本当はこういうことに使うんじゃないけれど。 細いのと魔力が通りにくいことを利用してね。
信号を1つだけ取り出せるんじゃないかって」
「結果は?」
俺が急かすようにそう聞くと、メリダが見たこと無いほどの”ドヤ顔”で手に持っていた紙をこちらに見せた。
「え!?」
それを見たモニカが驚き、
続いて、ようやく頭の中のパズルのピースが全て収まったような”納得感”がこちらに流れ込むのを感じた。
それは、ノイズでガタガタで見にくいものではあったが、それでもハッキリとした・・・しかも内容を読み取れるものだった。
「”カウント,0,0,0,0”」
モニカがその内容を読み上げる。
それは間違いなく、ゴーレムの設定が初期化された事を示すものだ。
「えっと・・・これって・・・」
「そう、つまり、あの”山のような形の線”は、膨大な量のゴーレムが一斉に同じ回線にデータを送信したから起こったの。
無数のデータが重なって1つに見えていたわけね」
メリダが説明する。
「山みたいに見えたのは僅かに”時間差”があるからだろうな、おそらくこの山の”頂点”がデータ量のピークってことか。
いったい
俺がそう言うと、モニカがその思念に釣られて”フロウもどき”の方へ視線を移した。
「えっと・・・つまり・・・このフロウって」
「ああ、間違いなく”フロウ”だ。
だが
俺がその結論を述べる。
すると即座にメリダが頷きながら補足してくれた。
「フロウは”最も単純なゴーレム”って知ってるよね?」
「うん、”ゴーレム魔法で作るゴーレム素材”。
でもこんな反応は返さないよね?」
「ああ、あくまで”素材”だからな。 単純すぎてそんな回路は持ってない。
だがこいつは
俺はそう言うと、
それは2種類の極小の球体がサッカーボール状に繋がり合ってる構造だ。
「この一つ一つ・・・おそらくボールの中にある大きい方の球状が・・・全て”ゴーレム制御器”なんだろう。
となると、周囲の小さい球体が構造を維持してるんだろうな。
驚け、これ1つで何万という数のゴーレムの塊だぞ」
それは”素材自体”に制御能力を内蔵するという、発想の飛躍だった。
「”フロウの定義”は、ゴーレム魔法で作るゴーレム素材だから、それには一応合致するけどな。
いわば普通のフロウが”ゴーレムの素材になるゴーレム”だとするなら、こいつは”ゴーレムの素材になる
まあ、普通のゴーレム機械と違って組み込まれるのは、機械じゃなくてゴーレムの中だけどな」
どうりで魔法が保持できたり、使い勝手がいいはずだ。
なにせこいつは必死に使用者の”使い方”に合わせて制御していたのだから。
「 間違いない・・・この”棒”こそが・・・カシウスの”最高
俺がその”結論”を出すと、モニカがゴクリと唾を飲み込んだ。
するとメリダが、ニヤリと笑みを作る。
「じゃあ、”次”に行こう」
「ああ、そうだな」
メリダの言葉に俺が頷く。
ゴーレム機械と分かれば話は早い。
なにせ俺達はそれの技術者(見習い)だ。
「”次”って?」
モニカが聞く。
「モニカ、エリク連れてきて」
するとメリダが短くそう答えた。
それに俺が、続く。
「あの”剣”の中から、今動いている”システム”を引っ張り出すぞ」
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