2-17【剣の声 6:~アクリラへの招待~】


 アクリラ行政区の空を、一筋の光が駆け抜ける。


 その光は、大量の飛行物体がそこら中に浮かぶアクリラにあっても最近見られるようになった”空の新参者”だが、他のものと比べても速度が目覚ましく速い。

 物の十数分で郊外地域を駆け抜けると、そのまま市街地の中へと滑り込んでいった。

 そこで一気に減速をかける。

 流石に市街地の上空では先程までの速度は出せないが、

 今度はまるで魚の泳ぎのように機敏に他の飛行物体を避けながら飛び始めたので、そこから受ける印象はむしろ速くなったくらいだ。


 


 俺達の動きに迷いはない。


 俺、モニカ、ロメオの三位一体の”ワイバーン”は毎日アクリラの空を飛んでいるので、2ヶ月もないキャリアでも勝手知ったる我が家とばかりに遠慮がなかった。

 いつものように、中央区上空に浮かぶ10m程の浮島の脇を掠めるように通過すると、そのまま一直線に落下しほとんどフルブレーキの減速で建物の屋上に着地する。

 体の中を、急激なGの変化の圧力が駆け抜け、その感覚にモニカとロメオが満足気に目を細めた。


「ついたよー」


 モニカが、”後ろの乗客”に向かってあっけらかんとそう言い切る。

 だが、こんな荒っぽい”操縦”だけあって、当然ながら乗客の反応は芳しくない。


「・・・」


 モニカの背後で鞍にしがみつくエリクは、額に脂汗を浮かべながら無言でこちらを睨んでいた。

 その青い顔は、必死に気持ち悪いものを口の中に押し留めようとしているかのようだ。

 そして、それを見たモニカが自分の背中に吐瀉物を撒き散らされる直前で、エリクの額に手を当てて回復魔法を発動させた。


『あっぶね』

『そう思うんだったら、次からはもう少し丁寧に飛ぼうな』


 モニカの反応に俺がツッコミを入れる。

 俺もノリノリだったのは内緒だ。


「・・・っ、 ・・・」


 すると回復魔法が効いてきたのかエリクの顔色が露骨に良くなり、若干えづき気味だった呼吸が収まる。

 【透視】で見れば、エリクの食道を逆流していた胃液が戻るところが確認できた。

 もう大丈夫だろう。

 これは、アクリラの医師たちが使っているような高度な医療魔法とかではなく、冒険者協会主催の魔法教室で教えてくれるような”既製品”で、魔力用意して呪文さえ唱えれば使えてしまう魔法だ。

 ”ホイミ”とか”ケアル”みたいなもんかな。

 でも、その分構造はよく考えられているので黒魔力ばかりの俺達でも効果がある。


 ただエリクは、回復したというのになぜだか ・・・・俺達を批難するような目を止めようとはしなかった。

 まあ、確かに急いでたせいで今日はちょっと無茶が過ぎたかもしれん。

 俺は心の中でエリクに謝罪した。

 だがそんな事で動じるモニカではない。

 

「はい、おりる前にこれもって」


 と、エリクの批難など、どこ吹く風の表情で懐から小さな紙片を取り出して、そう言って押し付けたのだ。


「これは?」


 エリクが怪訝そうにそれを受け取り見つめる。

 それは掌より少し大きいくらいの紙だった。

 そこには”エリク”の名前とそのプロフィール、そして上部には”入街許可”と書かれている。


「”みぶんしょう”、街の中で必要だから。

 使えるのは半年だよ」


 モニカがそう説明するとエリクが大きく驚いた。


「半年もか!?」

「うん、めんどくさいから。 来る前に申請しておいた」


 モニカが何気なくそう言うが、エリクの反応を見てわかる通り、この許可証は本来取得するのが結構大変な代物だったりする。


 普段何気なく過ごしているせいで気にしたことなど殆どないが、アクリラは三大超大国の境界に位置する立地なだけあって、その入出は結構大変だ。

 観光用のビザは3日が限度、商売したり長期間滞在しようとすると厳しい審査を通り抜けなくてはならない。

 俺達みたいに魔法学校の登録を持っているならいざしらず、通常の商人などは一苦労なのだという。

 エリクがその紙を見る目には興味だけでなく、恐れ多いような物を見る目があった。

 ヴェレスなんかにはアクリラから卸されてくる商品を捌くしかできない商人も多いと聞くからな。

 アクリラ内にいる商人は、実はそれだけで結構凄い事なのだ。


 とはいえ今回みたいに、魔法学校&貴族でしかも校外活動免許を持った生徒が、冒険者協会に登録されている仲間を呼ぶとなれば、中央区のアクリラ市役所に申請書を数枚提出するだけで事足りる。

 まあ、事前に申請していたこともあったが、ヴェレスに行く前にダメ元で役所に行ったらすぐに出てきたので簡単なのは間違いない。


 ちなみに身分証を持たずに3日過ぎると、エライことになるらしい。

 なにせこの街にはアラン先生の魔力が溶けているのだ。

 身分証は、単なる証明ではなく”防御”なのである。


 事前の準備を済ませた俺達は、”ワイバーン”の強化装甲を解除してロメオの背中から滑り降りた。

 エリクも降り方はすっかり慣れた様子で迷いはない。

 

 降りてみると、黄昏時特有の強い風が顔にあたって気持ち良かった。

 それに景色も。

 ピカ研の建物は高い方ではないが、それでもここから見る日没直後のまだわずかに赤い空に照らされたアクリラの街はなかなかに美しい。

 ”知恵の坂”の大パノラマとはまた違う趣がある。


「でも、なくしたらこわいな」


 景色に見入っていた俺達の後ろで、エリクがそう言ってその紙をどこにしまおうか悩むようにおっかなびっくり動かしていた。

 貴重なものだけに気になるのだろう。

 だが、

 

「だいじょうぶ。 なくさないから」


 モニカがそう言って太鼓判を押す。


「え!? なんで?」

「落としてみたらわかるよ」


 モニカがそう言うと興味深そうな感情を出しながら微笑んだ。

 その表情に、エリクが物は試しとばかりに足元に身分証を落とす。

 するとエリクの身分証は屋上にストンと落ち、カラカラと音を立てて転がってから当たり前のように数m先で止まった。


「うわっ!?」


 するとエリクが奇声を上げて身分証を凝視する。


「なんか頭が引っ張られる」


 きっと今エリクの中では、身分証のある方向に向かってコメカミが引っ張られるような不快感に襲われていることだろう。


「だからなくさない」


 モニカが納得したかとばかりにそう言った。

 これも街に溶けているアラン先生の魔力を使用しているので、この街の中で身分証を無くすのは至難の業だ。

 アクリラの便利機能を舐めるなかれ。

 身分証を拾うエリクの顔には畏怖のような感情が滲んでいた。

 そして懐にしまい込むと今度は感慨深げに周囲を見渡して街の姿を確認する。


「これがアクリラかぁ・・・」


 エリクが呟く。


「感想は?」

「へんてこな街」

「へんてこ?」


 おや、”明らかにおかしいけれど、意外と普通”だった俺達とはちょっと違った第一印象だな。

 まあ、無理もないけれど。

 エリクは早速、この街でも1,2を争う”ヘンテコ要素”に指を指した。


「”あれ”って木なのか?」


 エリクが不思議そうに問う。

 その視線の先にはアクリラ南側最大の”不思議物体”こと、”南の大樹”の姿があった。

 そりゃあれは目立つからな。


「うん、木だよ」


 モニカが当たり前のようにそう答える。

 ”南の大樹”は高さが1.5km、最大直径300mの幹を持ち、枝の広がりは3kmに達する”超巨木”だ。

 しかもスペックを見て分かる通り、これだけ高いくせにそれ以上に枝ぶりが広いので、遠くから見るとアクリラのジオラマに生えた巨大なキノコに見えなくもない。

 なんでも動物で言う所の”魔獣化”を起こしている”魔樹”で、近年の研究では”魔樹化の上の変化”を起こしているのではないかとされる怪物だ。

 樹齢はざっと1万3千年ほどと、アクリラよりも古い。


「なんであんなにでっかいんだ? ところどころ光ってるのは?」

「うーん・・・わかんないみたい・・・。 あ! あの光は枝についてる”部屋”の光だよ」


 モニカがそう答える。

 ”南の大樹”は木だが、それ自体が1つの小さな街としての機能も持っていた。

 特に根元のあたりは南部でも最大級の歓楽街で、その明かりが大樹を下から照らしているので明るく、更にそこら中に色とりどりの魔力灯が灯っているので、さながら超スケールのクリスマスツリー的な雰囲気もある。

 とはいえ、


「あれがそんなに気になる? でっかいだけだよね?」


 モニカが不思議そうに聞く。

 するとエリクは驚いたようにこちらを向いた。


「あんなにでっかいんだぞ!? あんなにでっかいんだぞ!?」


 エリクがそう言いながら両腕を必死に広げて大きさをアピールする。

 まあ、無理もない。

 俺達は結局、この街に着てから色々気を使っている間に”驚く時期”を過ぎて慣れきってしまったのだが、普通に考えればアクリラに来たらまず間違いなく見に行く観光スポットだろう。


「でも、驚くなら”あれ”とか”あっち”の方が・・・」


 モニカがそう言って指差したのは、”南の大樹”と肩を並べる不思議物体こと、”ユレシア島最大の浮島”と、”キルヒの滝下から上に流れる滝”だ。

 コイツラはどちらも一般物理に喧嘩を売っているのでモニカの興味を大いに引いていた。

 モニカにしてみれば、南の大樹などただ”でかいだけ”ではないかというわけだ。


「でっかいのも、あそこまでいけば凄いじゃないか!」


 エリクが必死に”南の大樹”の株を回復しようと熱く語る。

 まあ、その言葉通りなのだけれど。

 ただ、モニカにその熱意は伝わらなかったようで、エリクはやがて諦めたように視線を大樹の方へと戻した。


「それで・・・”部屋”があるってことは、木の上に誰か住んでるの?」

「うん。 幹の周りとか、枝に部屋がくっついてるよ。 行けばわかるけど、普通に山みたいな所だから」

「モニカは行ったことはあるの?」

「近くまでなら何回か。 友達がすんでる」


 ちなみに家賃は意外とお安い。

 なんでも、メリダいわく「上下移動が多すぎて住む気になれない」そうだ。

 そりゃそうか。


 そんなわけで、住んでいるのはもっぱら身体能力に秀で上下移動を苦にしない獣人とか、飛行が得意な獣人とか、とりあえず木の上がいいという獣人とか・・・まあ、獣人が殆どである。

 例外は、シルフィとかかな。

 彼女も”木の上が落ち着く”という獣人じみた理由なのだけれど。


 まあ、そういうわけで観光地の例に漏れず、意外と実態はそれ程なスポットなのだ。


「今度、暇なときができたら、案内してあげるよ。

 もっと”ビックリする”ところを」


 モニカがそう言って半ば挨拶的な口約束をすると、エリクは得体のしれないものを見るような目で周囲を見回し、”ビックリするところ”とやらを探した。



「じゃあ、いくよ。

 早くしないと、帰るのが遅くなりすぎるし」


 "初見は終わっただろ”とばかりにモニカがそう言ってエリクを急かすと、そのままロメオに

後ろから押させて階段の方へと押し込んだ。






「よく来た剣士よ。

 私は待っていた、君のような若者が来る事を。

 もし私の申し出を受け入れるなら、君に最強の力を授けよう」


 裏階段から2階の自由研究スペースに入ると、暗がりの中に佇む白衣を着た芋虫少女が伊達メガネのレンズを真っ白に光らせながら、6本の腕をワキワキと動かして、俺達・・・というかエリクに向ってそんな台詞を放つ。

 その堂に入った雰囲気は、普段のメリダとは打って変わって随分と”マッドサイエンティスト度”の高いものだった。

 その姿にエリクが困ったようにこちらを見る。


「もし、君が受け入れるのならば、その剣を私に・・・」

「メリダ、だいじょうぶ、話はついてるから」


 尚も話を続けようとしたメリダの演技を、モニカがそう言って止める。

 すると俺達の親友はキョトンした表情で固まった。


「え?」

「剣の中を見たいって話は、もう、わたしからしてるし、エリクも喜んで見てほしいって」

「いや、喜んでは(グフッ!?」


 モニカの言葉に注釈を付けようとしたエリクを、モニカが肘で黙らせる。


「なーんだ。 どうやって説得しようか考えてたのに」


 するとメリダはそう言いながら伊達メガネを外してテーブルに起き、疲れた様に演出用のスポットライトを消す。

 だがその哀愁も、一瞬にして消し飛ばすと、体をぶるりと震わせて弾みをつけた。


「準備はできてたよ」


 メリダはそう言うと、数時間前まで”俺達のフロウ”を乗せていた検査台を取り出し、エリクの隣りにあった机に乗せた。


「じゃ、ここに乗せて」


 そう言って検査台の上を指差す。

 ただよく見れば、俺達がヴェレスに向かう前よりも更に多く機器が接続され、隣には剣型の治具が追加されているではないか。

 だが、その禍々しい見た目にエリクが僅かに身を引きながら剣の柄をさっと抑える。


 するとそれを見たモニカが手本とばかりに、フロウをその上に置いた。

 エリクに大丈夫とアピールするために。


『”棒”にもどってるね』


 モニカが俺にだけそう呟く。

 つい先程、エリクが触れた時は”短剣”の姿をしていたというのに、返してもらって少しすると自然と棒の姿に戻っていた。


『ああ、予想通りな。 その時のデータも残っている』


 俺がそう答える。

 そしてそれは、この”フロウゴーレム”がとんでもないものである事の証明でもあった。


「じゃあ君も置いて」


 メリダが、検査台をチラ見しながら急かす様にエリクにそう言う。

 するとエリクは、モニカが迷いなく置いた事もあってか、渋々ながらもゆっくりとした動作で剣を抜き、検査台の治具の上に乗せた。


 するとその瞬間、検査台の表面を魔力の光が一気に流れ、測定用の魔道具が一斉に起動する。

 その動作音の”ブーン”という音が周囲に響き、発生した振動で棚がカタカタと揺れた。

 そして全ての準備が終わると、それを告げる様にメリダの手元の魔道具から制御用の魔法陣が飛び出す。


「複製開始」


 そういいながらメリダが魔道具から伸びた”フロウ(本物)”を俺達に差し出し、モニカがそれを受け取ると、すぐにその端っこを手の甲に突き立てて神経にぶっ刺した。

 あまりの痛みに視界が飛びそうになるが、その痛みの信号を引っ掴んだ俺は、そこからフロウの中に魔力信号を送り込む。

 ちょうど、比較的容量の大きい人差し指用の”回線”を間借りする形で接続したわけだな。


「おっし、こっちも接続できたぞ」


 俺が彼女の耳元のスピーカーでそう伝えた。

 すると俺のコンソールに検査台のステータスが表示され、そこから”剣”の中のデータを”棒”の中に複製して行くのを制御できるようになる。

 見えてきたのは、これまた予想通り剣の中に有ったのは単純な信号を複雑に絡めた”データ”だった。


「この”光”は?」


 エリクが複製と同時に始まった、検査台の魔力灯の明滅を指差す。

 それは素人でも感づくほど、何らかの規則性を感じさせるものだった。


「”剣の中身”・・・を写した光かな」


 モニカが俺の説明を噛み砕いて伝える。

 だがそれに対し、エリクは首を捻ってしまった。

 伝わらなかったらしい。


「これが、”ヴィオ”になるんだよ」


 だがエリクも、モニカがそう追加すると一転して興味深そうな目でその光を見つめ始めてくれた。

 魔道具の知識は無くとも”ヴィオ”には興味があるのだろう。


 数分ほど経った頃だろうか。

 突然その光は明滅を止め、気づけば棒だったはずの”フロウゴーレム”の姿は、再び黒い短剣へと変化していた。


『「コピー完了、データ整合性問題なし。

 短いから容量不足を心配したが、問題ないな。

 全部使ってた訳じゃないみたいだ」』


 俺がその情報をモニカとメリダに伝える。 

 するとメリダがこちらを向いた。


「それじゃ、お願いね」

『「ああ、”中”に入るのは任せてろ」』


 俺はそう言うと、今度は”俺自身”のデータを”フロウゴーレム形式”で複製し始めた。

 と、いっても俺データを送受信できるだけの”切れ端”だけど。

 だが、これで俺自身でフロウゴーレムの中を確認する事ができる。

 そうなれば話は簡単だ。

 処理性能で俺が負ける気はしない。


 そして俺は、そのデータが問題なく起動すること確認すると、”指接続”から一思いにそのデータを短剣の中へと滑り込ませた。


 さて、何が出てくるのやら・・・


 

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