2-17【剣の声 2:~フロウもどき~】




「それじゃ、お願いしますね」


 アクリラの中心街から少し南に下ったところにある幼年部の寮の一つの前で、モニカが応対した女性の教師にそう言う。

 するとその教師は、慣れた手付きで後ろに何人ものチビっ子生徒を押し込みながら答えた。


「あはは、こいつ等悪ガキばっかりだから大変だったでしょ?」


 そう言いながら、横をすり抜けようとした少女の背中を引っ掴む。


「ええ、でもいい運動になりますし」


 モニカはそう言うと、いつの間にかロメオの背中に張り付いていた亜人の子供を引っ剥がし、両手で抱えて教師に渡す。

 だが、そうするとその子が急にぐずり出した。


「ゃだぁ・・モニカねぇちゃんがいぃ・・・」


 その様子を教師が「わがまま言わないの」と言って窘める。

 幼年部の生徒は可愛いのが救いだが、アクリラの生徒というだけで疲れる子が多い。

 好き勝手に動く爆弾を抱えるような感覚だ。


「でも今日はありがとうね、おかげで助かったよ」


 教師がそう言って、笑いながら頭を下げる。


 ここ何日か、俺達は彼女の担当する幼年部の生徒の引率を任されていた。

 といっても、近くで授業が終わった時に、複数の教室に散らばった子供を回収して回るだけだけれど。

 さすがにいつぞやの”本物の悪ガキ共”と違い、ここの子は一人だとそれほど手がかかるわけではない。

 ただ8人ほど幼児を抱えれば、それだけで”カオス空間”が発生してしまうので大変だ。


 もちろん、”タダ”ではないけれど。


「”教授”には良く言っておくよ」

「おねがいします」


 モニカが念を押す様にそう言う。


 実はこれは、将来のための”コネづくり”の一環なのだ。


 この教師は”上級魔道具工学”の専門家で、実際に高度な授業を担当する”教授”にも顔が効く。

 そういった人に紹介してもらって、少しでも受講のハードルを下げると同時に、将来的に出世するであろう、優秀な若い教師に恩を売っておく。

 こういった事は案外馬鹿にできない。

 ”モノづくり”はとにかく技術を結集させたもん勝ちだ、独りでできる事などどんな天才でもたかが知れている。

 だからこうして俺達は、その道の専門家の元を訪ねて挨拶したり、積極的に雑用を引き受けて取り入ろうとしているのだ。


「それじゃあ、あなたも気をつけて」

「はい、また今度・・・おやすみね」


 モニカの言葉の最後は、教師の後ろにいるチビっ子達に向けられた。

 すると彼等も笑って返事する。


「「「おやすみなさ~い!」」


 その元気な様子にモニカがニコリと笑うと、手を上げ広げて別れのサインを送る。

 すると女教師が手を振りながら幼年部の扉をパタンと閉めた。


 途端に辺りに静寂が訪れる。

 子供たちの声が扉越しに小さく聞こえ、自分がいかに今まで大音量の中にいたのか思い知らされた。

 幼年部の連中のエネルギーは、正直俺達でも勝てる気がしない。


 まあ、それが楽しくもあるのだが。


『どうする? まだ少し時間あるぞ?』


 俺がスキルで時間を確認しながらモニカにそう聞いた。

 もう日が落ちてきてはいるが、帰宅にはまだ早い。

 もう空を飛べるので、移動時間を考慮しなくていいし、ちょっとどこかによるくらいなら余裕がある。


 するとモニカは迷うことなく答えた。


『じゃあ、”あそこ”』

『”あそこ”だな』



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 今の俺達が”あそこ”で通じるほど共通で行きたい場所など1つしかない。


 それ即ち、”ピカ研”である。




「うーん・・・」


 俺達の眼の前で、サメ顔の大きな顔が歪む。


「・・・どうですか?」


 それを前にしてモニカがおずおずとそう聞いた。

 ピカ研の主将格であるベル先輩は、最近売り先が決まった多脚型大型ゴーレムの胴体に足をかけながら、俺達の差し出したフロウを手に持ってその様子をまじまじと見つめていた。

 もともと長さが短くなっていたこともあってか、大柄のベル先輩が手に持つと、まるで小枝のように見えてしまう。


「うーん・・・パッと見はフロウに見えないこともないけどなぁ・・・」


 ベル先輩はそう言うと、棒状のフロウを色んな角度に動かして様子を確認していた。 


 ロザリア先生に指摘されてからというもの、俺達はずっと使ってきたこの”フロウのようなもの”の正体が気になって仕方なかった。

 それこそ、事の本題のはずの”エリクの剣”への興味を塗りつぶしてしまうほど。

 てっきり恐ろしく高度なフロウとばかり思っていたので、”実は違うのではないか?”という疑念は、あっという間に俺達の頭を埋め尽くしてしまったのだ。

 

 そもそも、フロウを使って戦うというのは、文字を整理すれば”電源コードでチャンバラする”とか、”オーディオケーブルで銃撃戦”を行うのと変わらない言葉である。

 もはや”変”を通り越して、”それちがうんじゃねーの?”となるのは自然なこと(1年近く気にもしなかったことは無視してくれ)

 とはいえ、もう俺達の予定は結構ギッチリと詰まっていて、今日まで調べることはできず”だったらこれは何?”という疑念は晴れないまま、ベル先輩に見せるに至っていた。


「ベル先輩はフロウだと思いますか?」


 モニカが聞く。


「うーん・・・フロウとしても使えるんだろ?」

「はい、一応・・・」


 ベル先輩の苦しい問にモニカが悩みながら頷く。

 実際、これの現在の主要用途はまさに”フロウらしい”物が増えてきている。

 主要武器の中核回路に使ってるし、複数の魔道具を操作するための配線材としても使っていた。


 とはいえその”使用理由”は、普通のフロウよりも取り回しが妙に良い ・・・・から。

 一番機敏に変形させられるし、大量の魔力を流し込んでもビクともしないくらい頑丈で、面倒な配線管理をしなくても、繋いでさえしまえば単純な魔力から複雑な信号まで自在に送ることができる。

 それは配線に求められる要素ではあるものの、配線材が持つ特性では明らかになかった。

 特に後ろ2つどうなってる・・・


 俺のその指摘をモニカがベル先輩に伝えると、大柄の亜人先輩はフロウを持ってない方の手を顎に当てて悩み始めた。


「うーん・・・確かにそれは変だな・・・特に、何も設定せずとも魔法が送れるってのは、ある意味魔道具設計者の夢みたいなもんだ。

 でも実際”フロウ”として使えてるなら、”フロウ”と思っておくのがいいと思う・・・だが・・・」


 ベル先輩はそう言うと、フロウの上部を軽く擦って魔力を流す。

 だがそうしても、”パン”という可愛らしい音を立てて火を吹くだけ。


「俺が使ってもこれだからな・・・正直、俺は線材として使おうとは思えん」


 ベル先輩はそう言うと、色んな角度から魔力を込めたりする。

 だが何度やってもまともに流れることはなく、強く込めれば棒の先から小さな炎を一瞬吐いて終わりという状況が続いた。

 そう、これが”最大の疑念”。


 フランチェスカの本体が起動するまでのモニカもそうだが、この棒はフロウとして肝心の”魔力を伝える”という機能の信頼性がかなり低かったのだ。

 先程言った優れた点は、”俺の制御能力下でのみ”という注釈がつく。

 というか、よくよく考えると魔力込めて銃撃するための”杖”といった印象が強い。


「モニカは・・・これの”正体”を知りたいんだよな?」


 ベル先輩が確認するようにモニカに問う。


「はい」


 するとモニカは迷うことなく頷いてみせた。

 その様子を見たベル先輩が思案するように首をひねる。


「じゃあ聞くけど、これ何処で手に入れたんだ?」

「え?」

「出どころ。 誰が作ったのか、どうしてモニカが持っていたのか」

「ええっと・・・」


 ベル先輩の当たり前といえば当たり前の問に、モニカが言葉に詰まる。


「ええっと・・・これは昔っから家にあって・・・”お父さん”が使ってた物なので・・・」


 モニカがそう言いながら、制服の裾をギュッと掴む。

 だがベル先輩はそんなモニカの様子を知ってか知らずか、変わらぬ調子で話を続けた。


「その”親父さん”は何処で手に入れたとかは言ってなかったか?

 それに”親父さん”といっても、タレス・・・とかタロス・・・とかってのとは違うんだろ?」


 ベル先輩が、俺達の”公式の父親”の名前を出す。

 するとモニカが首を縦に振る。


「・・・うん。 お父さんも、もしかしたら言ってたのかもしれないけど・・・」

「”まだ小さくて覚えてない” か」


 そのベル先輩の言葉にモニカが頷くと、ベル先輩は疲れたように腕を組んだ。

 実際、モニカはまだ”そういう歳”である。

 たとえ聞いていたとしても、頭の中から完全に抜け落ちていたかもしれない。

 

「じゃあ、その線から調べるのは無理そうだな」


 ベル先輩はそう言うと、多脚ゴーレムから足を外し下に降りる。

 そして手早く工具類を片付けると、指をチョイチョイと曲げて来るように促した。


「ちょうど切りの良いところだったし、来いよ。 ”良いもの”がある」





「微細工学のブラネン先生の研究所から注文されてる奴でな。 今はテストの最中なんだが、ちょうどいい」


 ベル先輩がそう言いながら連れてきてくれたのは、ピカ研の2階の倉庫スペースにある、大きな機械の前。


『たしか、顕微鏡の類のはずだったよな』


 俺が脳内備品リストを眺めながらそう言い、モニカがベル先輩に確認を取る。

 リストによればこれは魔力顕微鏡の発展形である”魔法顕微鏡”であるらしい。


 するとベル先輩が頷きながら、2重のシートを丁寧に外す。


「そう、今は高倍率側のピントを合わせていってる段階だ。 まだ本来の目的に使えるレベルじゃないが、フロウの構成を見るくらいならできるだろう」


 シートの下から現れたのは、大きな立方体のような構造の巨大な据え置き型ゴーレム機械。

 極太のフレームの内側に、複雑な構造をこれでもかと詰め込んでいる。

 まだ作りかけであることを示すように、外装はほんの一部しか付いておらず、中身である大量のゴーレム制御器がむき出しの状態だ。

 その複雑さは、全く動かないタイプのゴーレム機械であるというのに凄まじい物がある。

 使われているゴーレム制御器も複雑な形の物が多く、かなり難易度の高いパズルのようである。

 俺は観測スキルでその構造を脳内で組み立ててみたが、どうやって設計したのか、そもそもどうやったらこんな事を思いつけるのかも分からなかった。


「いいんですか? ピカティニ先生じゃないと調整できないものなんでしょ?」


 モニカがおっかなびっくりそう問う。

 これは万が一壊してしまえば、ベル先輩でも修理できない代物である。

 だがベル先輩は、そのサメ顔を悪戯っぽく歪めると、唇に人差し指を当て微笑んだ。


「誰にも言うなよ? 俺はモニカが丁寧に扱ってくれる子だと信じてるからな」

「・・・・」


 ベル先輩のその言葉に、モニカは緊張しながら頷いた。



 魔法顕微鏡というのは、読んで字のごとく魔法を応用して小さな物体を見る装置のことだ。


 それじゃ分からない?

 すまん、俺もよく分かってない。


 まあ、”魔法顕微鏡”の元となっている”魔力顕微鏡”の概要を説明すると、

 光学式の顕微鏡と違って”魔力光”を利用するというのは知っていた。

 ”普通光”で見る時は、その方向の調整としてレンズなどの偏光装置を使って光の動きを調整するわけだが、コントロールが容易な魔力光であれば、このともすれば巨大になりがちのレンズ類を大胆に省略し、小型化することができるのだ。

 それがなんでこんなにデカイのかはよく分からないが、きっと凄いのだろう


 ベル先輩が魔力を流して装置を起動すると、まず装置の下にある引き出しのような物の上に懐から出したフロウを置いた。

 ”カラマリ産”の滑らかな土を魔力で練って作られた、一般的なやつだ。

 そして真ん中あたりに付いている”覗き穴”を見ながら、装置の巨体の割に小さく大量に付いているダイヤル類を操作して調整すると、面白そうな顔でこっちを見ながら覗き込めとばかりに覗き穴を指差した。


 モニカは、背が足らないので踏み台を置いてその上から覗き込む。

 すると角の取れた四角い覗き穴の画面の向こうに、布のように縦横に連なる構造が見えてきた。


「これがフロウの一般的な構造だ」


 ベル先輩がそう説明しながら、ダイヤルを動かす。

 すると映るピントが動いて、その構造を奥から手前側に見える箇所が動く、

 地味だが凄い機械だなこれ。


 顕微鏡で見たフロウは、縦横奥行き全てに均等に格子構造が並ぶという単純な構造をしていた。

 時折、巨大な物体でそれが途切れるが、それはフロウの原料に混ざった不純物とかだろう。


「この格子構造に沿うように魔力が流れるから、フロウは線材として使うことができる。

 言ってしまえば、この格子構造こそがフロウなわけだな。

 高いのとか特殊なのとかあるが、それはこの構造の幅や構成が変わったり、不純物の量が変わったり、格子の線がまっすぐかどうかが変わるくらいでしかない」

「へえ・・・」


 普段なんとなく使ってるものだが、こうしてその内側を覗いてみると、なんとも壮大な世界が広がっているものである。

 その興味深い光景に、俺達はすっかり見入ってしまっていた。


「満足したか?」


 そして、そのベル先輩の面白そうな声に我に返る。

 ハッとした俺達が覗き穴から顔を離すと、ちょっと恥ずかしそうに俯いた。


「それじゃ、”本題”と行こうか」


 ベル先輩はそう言うと、貸してみろとばかりに手をこちらに伸ばす。

 それを見たモニカはフロウ(だと思ってる棒)を取り出して渡し、受け取ったベル先輩が手慣れた様子で顕微鏡の引き出しの中にセットする。


「それじゃ覗いてみろ、こいつがフロウなら、さっきと違ったとしても何らかの格子構造を持ってるはずだ」

「・・・うん」


 再び覗き穴を覗く俺達。

 すると今度は、さっきとはまた毛色の違った不思議な世界が目に飛び込んできた。


「・・・・?」


 モニカが首をひねる。


「どうした? 格子は見えたか?」

「ええっと・・・見えたというか・・・・『こういうのも”格子”っていうの?』

『うーん・・・』


 モニカの問に俺が唸る。


『少なくとも”幾何学的連続性”のある構造ではあるな』


 見えた光景を俺がなんとか言葉に纏める。



 それはフロウの構造よりも小さな領域に、謎の”丸い球体”が並ぶ不思議な世界だった。

 比較的大きな球の周りを、その10分の1ほどの小さな球が取り囲み”サッカーボール状”というべきか、六角形の構造体を立体的に作り出してた。

 ベル先輩が奥行きを変えると、それが果てしなく続くことがよく分かる。

 不純物のようなものは見当たらない。

 また、全てが繋がった構造であるフロウと違い、こちらは球と球の間に空間がある。

 これで、どうやって固定されているのか?


 俺達ではなんとも答えの出せない光景に、モニカが助けを求めるようにベル先輩の顔を見つめる。

 そしてそれを見たベル先輩は、”どれどれ”とばかりに近くに寄ると俺達の代わりに覗き穴を覗き込んだ。


「あーーーー・・・・なんだこれ?」


 ベル先輩がそう言いながら装置を操作して拡大率やピントを変えるが、彼の顔の隙間から見える光景を見る限り、その構造は他の場所でも変わりないらしい。


「ベル先輩も見たことないんですか?」

「ああ、ないね。 こんなもの初めて見た」


 ベル先輩の声には、新鮮な驚きが多量に含まれていた。


「”フロウ”だと思いますか?」


 モニカが意見を求める。


「うーん、これを見る限りじゃなんとも・・・先生ならなにか知ってるかもしれないが・・・だが少なくとも一般的なフロウとは違う構造なのは間違いないだろうな」

「そうですか・・・」


 その言葉に、モニカがちょっとシュンとなる。


 ずっと、ずーーーーーーっとフロウだと思って使ってきたのに、使い方も構造も違うとなればそのショックは結構なものだ。

 それに、自分の価値観が間違っていたときのような恥ずかしさもある。


『これから、”これ”なんて呼ぼうか・・・』

『まあ、それが問題だな・・・』


 ただ、そんな様子を感じ取ったのか、ベル先輩はすぐにフォローを入れてくれた。


「・・・でもまあ、何度も言うが、”フロウ”として使えるんだろう?」

「ええっと・・・はい」

「じゃあ、”フロウ”でいいじゃないか。 少なくともモニカにとっての性能はフロウなんだから。

 俺達、”作り手”にとって重要なのは”そこ”だろう? 定義なんてのは”学者”が勝手に決めればいい。 ちがうか?」


 そう言うと、ベル先輩は”どうだ”とばかりに俺達を覗き込んできた。

 本来技術者向きとされない種族のその顔を見ていると、なんとも不思議な説得力を感じられる。


 そう、大事なのは”どう使うか”だ。

 ピカ研ではそれこそが唯一の正義なのだから。


 俺達はそれを確認すると、この”フロウもどき”のことを、今後も”フロウ”と呼び続けることに決めたのだ。


 ・・・・とはいえ、やはりこの”フロウ”に対する疑念は急激に深まっただけとなったのだけれど。



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