2-17【剣の声 3:~依頼の前に~】



「うぇ・・・」


 いつもの様に週末にヴェレスの街へ出掛けたところ、冒険者協会の待合室にて先に待っていたエリクから、そんな声と共に嫌な顔をされた。


「うん? どうしたの?」


 それに対しモニカが座りかけた動作を止めて、不思議そうに問う。


「あ、いや・・・ なんか、スッゲー悪そう ・・・な顔してるから・・・」

「え!? そう!?」


 それを聞いたモニカが慌てて次元収納から”リンクス君手鏡”(ピカ研オリジナル:12セリス)を取り出すと、自分の顔をマジマジと見つめた。


『顔色悪い?』

『いいや』


 朝っぱらから肉食ってテンション爆上げといった感じの顔色だ。


「ねえ、どこが悪い?」


 今度はエリクに聞く。

 だが、そうするとエリクは激しく面倒くさそうな顔をしたではないか。


「モニカがそんな感じに気分が良さそうだと、なんか嫌な目に遭いそうに思っちゃって・・・」


 そしてキッパリとそう言い切る。


「うなっ!?」

「ほら、モニカって俺の事なんというか・・・妙な目で見てる ・・・というか・・・妙な目に遭わせたがる ・・・・・・だろ・・・観察してるって言えばいいのかな。

 だから君がそんな顔してると、正直怖いんだ」


 エリクはそう言って胸の内を吐露した。


 まったく・・・


『女の子に向かって失礼な奴だな』

『ほんとだよ』


 俺達が心の中で悪態をつく。


 ・・・だが、まあ謂れなき事でもないし・・・


 ・・・きっとあれかな、エリクの骨が折れちゃった時、あえて治療せずに転がって藻掻いてるのを座って眺めてたやつ・・・

 いや・・・”ちょっと採血”と言いながら髄液まで採ったのもなかなか・・・・

 ・・・あれ? ひょっとして俺達、僅かな期間だというのにかなり酷いことしてない?


 いやいやいや・・・これ全部、エリクを強化するための事だからね!?

 お金だって高ランク依頼を受けられるし、割合も相場の倍以上払ってるわけで・・・

 ・・・あれ?


『なんか、わたし達って、もしかして・・・』

『それ以上は言うなよ?』


 俺がモニカに釘を刺す。


 まあ、向こうも本気ではないのは顔見りゃ分かるし、俺達がそのまま座るとすぐに今回の”旅程”について話を移したので、彼なりのちょっとした”挨拶”のつもりだったのだろう。

 

「それで今回は、”アクシマ”の方に行きたいんだっけ?」

「あ、うん」


 ”アクシマ”は、むっちゃ綺麗なガラス細工があるらしいって聞いて、行ってみたかったとこである。

 ライリー先輩に見せてもらったスケッチ画でしか見たことはないが、それはもう綺麗で・・・


『こまかいんだよねー』

『あーそれなー』


 手乗りサイズのガラス細工とかでも、恐ろしいほど沢山の模様が刻み込まれていたりして、一度実物を拝んでみたかったのだ。


「・・・で、そっち方面の依頼見てたんだけど、そしたらモニカを名指しで頼まれてな」


 するとエリクがそう言いながら何枚かの紙束を、机に置いて俺達を呼び戻した。


「どうも、魔獣が何体かいる可能性があるらしいんだ。

 まだ賞金はついてないけど、B〜Dランクの可能性もあるって言ってた」

「ほう」


 エリクの言葉にモニカが興味深げに身を乗り出す。

 エリクが持ってきたのは、どうやら出来立ての手配書の様だ。

 まだイラストも出来ていない未完成品だが、ランクの欄はC以上用の豪華仕様。

 魔獣はDを超えると、一端の災害だからな。

 これは歯応えがあるかもしれん。


 これまでエリクと組んで出会ったのは、Eランク1体とFランクが4体。

 だが魔獣といってもどれも成ったばかりで、今の俺たちどころか、エリクでも瞬間的に押し切れるレベルなので特に歯ごたえはない(押し切れないと負けるけど)

 正直、低ランク魔獣1体なら、最初にエリクと組んだ時に出会った狼の群れの方がよほど危険で厄介である。

 そんな訳で、歯ごたえ的にも、”エリクの剣”を探る意味でも、それなりに強い相手と戦える機会に飢えていた。


「どこか襲われたの?」


 モニカが心配そうに確認する。

 歯ごたえがあるとはいえ、被害が発生すればそんな呑気なことは言ってられない。

 あくまで魔獣討伐は”レクリエーション”ではないのだ。


 だが、それに対しエリクは首を横に振る。


「いや。 まだ被害は上がってないらしい。

 けど目撃情報が多いのと、巨大な足跡がいくつか見つかってるから、強い人に確認してきてほしいんだと」


 なるほど。

 アクリラの生徒なら魔獣の住んでる地域に突入しても安心だからな。

 とはいえ、その情報に俺達はちょっと引っかかる部分があった。


『目撃者が多いのに被害がないってのは妙だな』

『間違ってる? それとも・・・』


「もちろん、居たとしても”無害”の可能性があるって言ってた。

 モニカなら、その判断をしていい”資格”を持ってるし、その場でどうするか決められるだろ?」


 なるほど、”2種免持ち”だからこその依頼というわけか。


「報酬は、何も無くても調査料として1000セリス。

 見つけて討伐した場合は脅威度に応じた額をくれるって」

「ほお」


 最近すっかり金欲に染まってしまったモニカが目を輝かせる。

 1000セリスといえば大都市の平均月給レベルだ。

 ”散歩代”としては破格である。

 それに討伐できれば”ボーナス”もつくとくれば受けない手はない。

 最大でBランクとかち合う恐れもあるけれど、勇者よりは弱いだろうし、魔獣相手ならルーベンよりずっと与し易いしな。


「じゃあ、それやろう」


 モニカが小気味よくそう言って、了承するとエリクも納得気味に頷く。

 彼としても、リスクが少なく確実に500セリス以上手に入るのは大きいだろう。

 近場の他の依頼のついでに見てくることもできるしな。


「それじゃ受付で手続きしてくる」


 そう言って立ち上がったエリクは、なんともいえない高揚感に満ちていた。


 だが、


「ねえ、ちょっといい?」

「ん? 依頼は受けないのか?」

「いや、そうじゃないんだけど」

「だったら何?」

「実はね・・・」


 そこでモニカが言葉を切って息を整える。

 内に秘めた”欲望”をぶつける瞬間は、モニカであっても舌舐めずりせざるを得ないらしい。


「今日の目的地に行く前に、エリクにやってほしいことがあるの。」


 モニカがそう言うと、エリクは露骨に嫌そうな顔になった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 依頼の手続きを済ませた後、俺達は”アクシマ”ではなく”アクリラ”の近郊へとやってきていた。


 そういや、”アクリラ”と”アクシマ”って名前が似ているな。

 語源とかが同じとか?

 300kmくらい離れてるから、偶然かもしれないけれど。


 ロメオの背中から滑り降りたのは、見渡す限りの大平原が続く山岳地帯。

 ちょうど行政区の南側に広がっている、広大な平野部分だ。

 ここならば人通りは少なく、エリクに”もしも”のことが有ってもアラン先生の魔力の影響下なので問題はないし、病院までも飛べば本当にすぐの距離である。

 俺達は決して ・・・、エリクが危険に晒されるのをただ喜んでるわけではないのだ(ここ重要)


 それに、この場所ならもう一つ”利点”がある。


「じゃーん! 紹介します! 今回の協力者、わたしの親友のメリダです!」


 そう言ってモニカが手を広げて向けながら、予めここに連れてきていたメリダをエリクに元気よく紹介した。


「はじめまして、モニカの親友のメリダです!」


 すると、メリダも若干ヤケクソ気味ではあるが元気よくそう続く。

 アクリラ内であれば、彼女の行動を阻むものは何もない。

 だが一歩外に出れば違う。

 特にマグヌス側のヴェレスに出れば、なんだかんだいっても”エクセレクタ”は少し危険である。


 なので今日はエリクの方をここまで連れて来ることにしたのだ。

 ”2種免”と”研究協力”の建前さえあれば、少年一人を街に入れる手続きなど容易い。

 おかげでメリダは、今日もいつもどおり”芋虫ハンド”を巧みに動かして”親愛のポーズ”でエリクを出迎えることができていた。


 だが、反対にエリクの反応はなんとも淡白。


「・・・・・」


 無言で応じるだけ。

 エリクはどう言っていいのかわからない様子で目をバッチリと見開きながら、ヴェレスといえどそう何度もお目にかかれない超希少種喋る芋虫を見つめていた。

 仲間の親友に対して失礼なやつだな。


 とはいえエリクの気持ちもよく分かる。

 いきなりヤバそうな空気を纏ったモニカに連れられてきてみれば、こんな人気の少ない大草原のど真ん中で、服着て喋る大きな芋虫がいくつもの魔道具を準備して待っていたのだ。

 きっと、これから”解体ショー”でもされるんじゃないかと気が気ではないだろう。


 まあ、”当たらずも遠からず”だが。


 ・・・冗談だよ?



「メリダ、準備は出来てる?」

「うん、バッチリ、あとは実際に”検体”を繋いで動作を見るだけだよ・・・ロンは?」

「・・・おう、こっちもバッチリだ」


 メリダの耳打ちに、俺もこっそり返事を返す。

 メリダの用意した魔道具と接続を確認した俺の視界の中には、見慣れないタイプのコンソールが所狭しと並んでいた。


「なあ・・・いま”検体”って言わなかったか?」

「そんなことないよ」


 モニカがそう言いながらエリクを準備中の俺達から引き離し、俺達の準備から遠ざける。

 その手際に、一切の引け目は無い。


 それよりも”ワクワク”を優先させて、エリクに向かって用意していた”物”を差し出した。


「・・・これは?」


 受け取ったエリクが更に困惑する。


 それは、大量の魔道具がへばりついた”ヘルメット”と、同じく大量の魔道具の付いた”リュック”だった。

 まだ作りかけなので色々不格好だが、最初の実験機なので問題はない。


 モニカはまず初めにリュックの方を背負わせる。

 エリクは若干恐々としていたが、それでも逃げ場がないと悟ったのか大人しく従ってくれた。

 一応、小型ゴーレム用の”ジェネレーター”を積んでるので50kgぐらいあるが、少し呻いただけで軽々持てるあたりは流石”鍛冶屋見習い”だろうか。

 

 続いて、モニカが配線を確認しながらヘルメットをエリクの手に持たせた。


「合図したら、それ被って」


 モニカが使い方を説明する。


「被るだけでいいのか?」

「うん。 被るだけでいい」


 モニカがそう答えると、エリクが怪訝そうな目で手の中のヘルメットを眺めている。

 ヘルメットに頭を食われでもしないかと心配しているのが、よく分かった。

 何とも可愛いやつだ。


「メリダ、繋ぐぞ」

「うん、やって」


 そう言いながら、メリダが俺達に向かって腕を1つ使ってサムズアップをする。

 それを見たモニカがエリクに言う。


「じゃ、被って」


 するとエリクがおっかなびっくり、ゆっくりとヘルメットを頭に被せた。

 予め測って作っていたこともあってか、ヘルメットは”カポッ”と良い音をあげてエリクの頭に嵌まり込みしっかりと固定される。

 そしてそれを確認すると、すかさずモニカがその後頭部の魔道具を握って魔力を流した。


 事前に組んでいたスキルが一斉に動き出し、即座にヘルメット内の魔道具との接続を確立させる。

 高い高い”制御魔水晶”まで使ったんだ、ちゃんと動いてくれよー。

 俺はそんな願いを込めながら”呪文”を唱えた。


『ほい、”スド、ブート、UNMIS.SYS”』


 その瞬間、”ギュン”という音と共にヘルメットに魔力が回って、エリクの眼前に設置されたスクリーンに情報が映し出される。

 と、同時に当座のマスターユニットの中に、ヘルメットのデータが流れ込んできた。


『よし、手を離していいぞ』


 俺がそう言うと、モニカがパッと手を離す。

 すると魔力の供給源が、俺達からヘルメットに繋がっている背中のジェネレーターに移された。

 同時に”接続”も直接的なものから、プロトコル交信規則を用いた間接的なものに変わる。

 そしてヘルメットのシステムも、俺から新たなMIS制御スキルに移管された。


 すぐに内部的な起動処理が終わり、ヘルメットの表示が変わって、このために用意した俺の【送受信】スキルにデータが届き始める。


 動作に問題はないようだ。

 じゃあ、ヘルメットの”内側”を覗いてみようか。




(100.000.001)=>リターンコマンド

(000.000.002)=>独立制御モード1 ステータス1

(100.000.001)=>管理者権限 視覚記録開始 送信チャンネル22 ポート17

(000.000.002)=>送信開始 送信チャンネル4 ポート4

(100.000.001)=>チャンネル設定 ping

(000.000.002)=>1

(100.000.001)=>送受信確立 管理者権限 データ送信を開始せよ




 ・


 ・


 ・




 俺の視界の右横に、全く新しい画面が表示される。

 画質的には普段使ってる感覚器の4分の1程度か、まあ、無線式なので致し方なし。

 俺はそれを引き伸ばしながら、ヘルメット内のシステムが勝手に”初期インフォメーション”を流すところを見守った。

 それと同時に、ヘルメット内で記録された”音声”も再生され始める。



『 ようこそ、”ユニバーサルシステム”の世界へ! 』



「うわっ!?」


 ヘルメットの中に女性の大きな声が鳴り響き、それにギョッとしたエリクが声を上げた。

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