2-16【恋と知りせば・・・ 4:~xd-06:05:06 -伝説の力~】


 フィールドに降り注ぐ、大量の黒い”槍の雨”


 その勢いは留まる所を知らず、最初は地面に突き刺さっていた槍達もあっという間に刺さる場所を失い、弾き飛ばされて周囲に散乱する。

 観客達は、物凄い速度でフィールドを埋め尽くしていく黒い槍達に息を呑んでいた。

 誰もがこの中に飲み込まれる所を想像したのだ。

 雨の様に降り注ぐ槍は、例え一本だけだったとしても危険な勢いで飛んでいる。

 その中で、はたして自分が生き残れるか・・


 だが、ルーベンは違った。


 突如として、折り重なるようにばら撒かれた槍の”膜”の中央が不自然に盛り上がり、うねり始める。

 やがてそれは、”バキバキ”という槍を砕く音を伴う”回転”へと変化していった。

 そしてまるで台風の様な渦の中心が、少しずつ晴れ上がり、内部から黒く光る少年が現れる。

 その姿は無傷そのもので、地面もその周囲だけ何もない。


 槍の雨が追撃をかけるが、一向にルーベンに当たる気配はなかった。

 槍が近づくにつれ、強力な力で捻じ曲げられたように軌道が逸れて外れる。

 その角度から、すぐにモニカは槍の射出方向を調整するが、今度はそもそも空間が繋がっていないかのように届くことはない。

 空間を掌握するルーベンの能力に、この様な単純な遠距離攻撃をいくらぶつけても意味はないのである。


 だが、だからこそルーベンは気を引き締めた。

 ”その程度の事”は、幾度の試合でモニカも知ってる筈であり、その上でこんな数に頼った無意味な攻撃を仕掛けたからには何かあるに違いない。

 そしてその予想はすぐに当たる。


「!」


 突然高速でモニカが突っ込んだかと思えば、飛んでいる槍の1つを掴むと、その周りに魔力素材を張り付かせて巨大化させたのだ。

 そしてそのまま、黒くて巨大な”おさげ”の片方で槍の柄を掴むと恐ろしい速度で突きつけてきた。


 ” アレ・・だ ”


 モニカが、背中の空間に巧妙に隠した魔法陣から魔力素材を供給している事を察知していたルーベンが心の中で叫ぶ。

 それは間違いなく、”勇者”相手に”黒い巨人”が見せた自壊前提の”神速の一撃”。

 ”おさげ”が強度限界を超えたエネルギーに表面を爆散させながら急加速する。

 その一撃は、間違いなく初見ならば避けようがなかっただろう。

 だが”勇者”と比べて身体能力で劣っていても、索敵、判断、応用に優れ、しかも徹底的に対策を練り続けたルーベンにとっては、対処は不可能ではない。


 その一撃を察知した瞬間には、すでに準備はできていた。


 ”ヴェロニカ軍位スキル”が魔力の唸りを上げ、モニカとの間の空間の捻れを一気に強めてその一撃を受け止める。

 もはや重力の変化だけで、鋼鉄すら容易く引きちぎるその空間の中に飛び込んだ巨大な黒の槍は、その力に表面が剥ぎ取られて内側の芯と柄の部分がグチャグチャにねじ曲がってしまう。

 だが、さすがは”モニカの槍”である。

 原型が無いほどに破壊されようとも、まるで藻掻くように曲がった槍身が型を変えて槍の形に戻ろうとしていた。

 それを変形した空間の巨大な力がまた捻じ曲げるものだから、槍の形は今や竜の頭や大蛇のような、おぞましさにも似た生々しさを湛えている。

 修復と破壊が織りなす大音響は、さながら魔獣の咆哮か。


 2人の力の衝突が拮抗する。


 モニカの力は全てを薙ぎ払うかのように圧倒的。


 ルーベンの力は全てを拒絶するかのように絶対的。


 するとモニカがその拮抗状態を打破するために、空いた両手で周囲の槍を2本掴んで束ね、魔力素材を追加変形させて巨大な”ハンマー”の形をつくると、そのままもう片方の”おさげ”も動員して、凄まじい勢いで大槍の後ろを叩きつけた。



 その次の瞬間、観客たちは黒い閃光と、青白い光の筋が放射線状に衝突点から飛び出すのを目撃した。

 そして自分達を保護している大型結界の表面に、いつの間に付いたのか黒い欠片がいくつも刺さっていることに。

 ”神速の一撃”を柄頭に受けた”大槍”が一瞬にしてルーベンの防御を突き抜けると、ついに耐えきれずに爆散して欠片だけが恐るべき速度で飛び出したのだ。

 膨大なエネルギーで加速された大槍の欠片1つが、砲撃魔法に迫ろうかという破壊力であり、その全てを真正面から受けたルーベンは当然ながらただで済むことはなく・・・・


 だがルーベンはこれも完全に見切っていた。

 そればかりか、凄まじい速度でしゃがんで欠片の雨を躱すと、そのまま下方向から突撃してきた別の脅威に対抗する。


「キュウウルル!ルルルッル!ルルル!ルルルル!ルルル!ルルルル!ルウルル!ルルルルル!ルルル!」


 モニカのパンテシアであるロメオが、突如、下方向から魔力装甲の角で防御をこじ開けてきたのだ。

 今の槍による攻撃は、”こっち”を通すための陽動だったのである。

 だがルーベンは、それすらも織り込み済みだった。


 丁度しゃがんだ所の正面で、ロメオの角をルーベンが掴んで受ける。

 ガッチリと両手で角を掴まれては、流石のロメオもどうしようもできない・・・・訳がなかった。

 ルーベンの足が無抵抗気味に地面に沈みめくり上げる。

 モニカの巨大な魔力で強化されたロメオの太い筋肉は、地面を支えに受けきれるものでは無い。


 だがそれでもルーベンの計算の内からは出ない。

 ロメオがルーベンを吹き飛ばそうと首に力を入れると同時にベクトル魔法を展開する。

 本来ならば、ロメオの強大な力はルーベンの細い腕など容易く折ってしまう。

 だがベクトル魔法によってその力を往なして逆手に取れば、その力は全てロメオに襲いかかるのだ。

 この器用さもルーベンの強み。


 まるで風船で出来ているかのようにロメオの体が浮き上がり、背中のモニカもろとも砲丸投げの勢いで競技場の空へと吹き飛ばされた。


 観客席が、モニカの怒涛の攻撃を防ぎきってカウンターを入れたルーベンに大いに沸く。

 だがルーベンは気を引き締めながら、モニカの様子を見ていた。

 すると放物線を描いて飛ばされていたロメオの体が空中で変形を始め、一回り大きな”飛竜状態”へ移行し態勢を立て直すと、まるで空を泳ぐ魚のように機敏に動いて競技場の縁を周りだす。

 その様子にルーベンの警戒が1段階上がった。


 あの”飛竜状態”は、モニカの武装の中でも異質だ。

 魔道具的にいえば”世代”が違うというのか、単純構造を持ち前の魔力と処理能力の暴力で押し通すのが主だったこれまでのモニカ武装と異なり、細部にまで洗練された”意思”を感じる。

 実際、飛竜モドキの動きはゾッとするほど無駄がなく、川の小魚の様に俊敏。

 今もヌルっとした動きでフェイントを入れると、一瞬で方向を変えて迎撃を避ける動きを見せた。


 ルーベンはそれに目からの”破壊の魔光”を放って迎え撃つも、黒い光線は素人の銛の様にスルリと的を外す。

 その様子を観客達が煽り立てた。

 観客達には、ルーベンが打つ手を失っている様に見えただろう。

 だが、ルーベンは光線で牽制を入れつつも、内側では別の手を打つための準備を続けていた。


 一見すると、ルーベンの攻撃を悠然と躱すモニカ達の姿は余裕そのもので、ともすれば遊んでいるようにすら見えるが、その実余裕がない事をルーベンは知っていた。

 ルーベンの強力な観測スキルはモニカの脳内で”焦り”の感情が渦巻いていることを検知し、体温や仕草から警戒している事を見抜いていたのだ。

 事前の予想通り、戦闘系授業を受ける気の無かったモニカは、ルーベンのスキルの強化の度合いを知らないのだろう。

 だが、この牽制として放たれている光線の威力でも、既に去年と比較して倍以上に上っており、それ故に迂闊に直撃するにはリスクを感じさせる事に成功していたのだ。


 決定的なのは右の内転筋に”あるパターン”の緊張が見られることだ。

 戦闘においては非凡なセンスを持つモニカだが、それが何らかの訓練の賜であることは明白で、だからこそ絶対に”癖”が生まれる。

 ルーベンは幾多の手合わせで、その”癖”の殆どを・・・おそらく本人が気づいてもいないであろうものも含めて把握していた。

 だから、この状態のモニカは絶対に攻撃してこない事を知っていた。

 やってもフェイントまでで、絶対に”こちらの間合い”には飛び込んでは来ないのだ。

 

 そう確信したルーベンはスキルリソースの殆どを”準備”に回す。

 ”軍位”の真骨頂である超高出力攻撃は、今のルーベンでは咄嗟に制御し切ることはできない。

 だがモニカの装甲を撃ち抜くには、生半可な攻撃では駄目である。


 ルーベンの脳内に”ヴェロニカ”の警告が轟く。


『高出力魔力を検知! 内部情報が探られてます!』

「予想通り取られた・・・・な」


 さすがモニカの”準王位”。

 ”軍位級”のルーベンの強力な観測スキルをもう複製して使ってくるとは。


「飛んできた魔力から、複製されたスキルの構成を調べられるか?」

『検知完了、使用された観測スキルの構成要素は7割が互換要素と推定、出力はこちらの5割程度』

「よし」


 ルーベンはその情報に少し気を良くする。

 やはり”軍位スキル”で使用される”要素呪い”は、”準王位”といえども発現もしくは使用可能となってないものがあるようだ。

 そして、その”7割の要素差”と”5割の出力差”がルーベンの最大の武器になる。


 ルーベンはまるでそれ自体が攻撃であるように、持てる限りの観測スキルを乱射する。

 脳内に大写しになる膨大な量の”モニカの情報”。

 それをルーベンは一切無視・・・・し、さらには己のスキルにも情報を保持させなかった。

 反対にモニカ側のスキルは予想通りその観測スキルの解析に苦心し、さらにその膨大な情報に処理が追いつかなくなり始めるのが見て取れた。

 

「性能が良すぎるのも考えものだな」


 ”どうでもいい情報”に埋もれて、肝心の”こちらの狙い”を掴みそこねてしまう。


『報告、”対象”の概念座標を固定、データをスキル内に組み込みました』


 ヴェロニカが”必殺の一撃”の準備が整ったことを報告してくる。

 それを聞いたルーベンは、迷うことなく全ての魔力を”そこ”に注ぎ込んだ。

 計算時は魔力を使わないため、動作を検知される恐れがなくともここから先は違う。

 隙の大きい大技を使う以上、時間が勝負なのだ。


 ”飛竜モドキ”の動きが急に変わる。

 やはり”その脅威”を検知したか。

 だが、なんと驚いたことにモニカは、あえてリスクを負っての”突入”を選択したではないか。

 その事にルーベンの本能が恐怖を感じる。

 実際、下手に距離を取っていればモニカの負けは決まっていただろう。

 真に恐るべきは、観測スキルのデータを信じるならば、モニカはそれを一瞬の直感で全ての”考え”を洗い流して選択したことか。 


 ”飛竜モドキ”の羽根の形状が変わり、その後側の翼端から真っ赤な炎が撒き散らされる。

 その爆炎で上がった衝撃波を纏う”矢”となったモニカは、さぞうるさい事だろう。

 音よりも速いので聞こえないのが救いか。

 当然観客達で、この一連のやり取りを見ることができたのはほんの一部しかいない。


 が、その速度でも一拍遅かった。




「・・・・・【重力操作:対象圧壊】・・・」



 ルーベンが絵本の英雄を真似るようにその技の名を呟いたのは、全てのスキルが発動してぶつかり合い、その直撃を受けた”飛竜モドキ”が急激に進む向きを変えて横に転がった後だった。

 その直後、モニカが巻き上げた強烈な爆音が周囲を包み込み、ルーベンの全身を揺さぶる。

 気を抜けば、ルーベンクラスの身体強化を持ってしても鼓膜を破りかねない音量だったのだ。

 地面の硬い石が、そのエネルギーで砂のように細かく砕け散る。

 もはやこれ自体が一つの攻撃だ。


 それでも”飛竜モドキ”の体は地面に横たわり、背中のモニカは投げ出されて蹲っていた。

 魔力の供給元を失って武装を解かれたロメオがすぐに立ち上がり、横のモニカが一拍おいて膝をつく。

 だが、それを許すまいとルーベンは、次に発動するスキルを指示しながら構えて魔力を練り込む。

 追撃に使うのは、やはり”必殺の一撃”。


 モニカの周囲の空間が、”メリメリ”と音を立てて軋み出す。


「【重力操作:圧滅・・・・」

「止まれ!!!」


 だがその攻撃は、咄嗟に2人の間に割り込んだ”黄色い閃光”によって中断される。

 それを見たルーベンが猛り立った魔力を静めた。


「続行の判断が必要な事象が発生した。 よって試合規定により一旦中断する。

 双方! その場で指示があるまで姿勢を崩すな!」


 割って入ったのは、”審判兼立会人”のグリセルダ先生。

 彼女は、油断のない視線でルーベンの動きを抑え込むと、モニカに向かって厳しい顔を向けて近寄っていく。


「立てるか! モニカ・ヴァロア!」


 まるで叱責のような声でそう問うと、問われたモニカはゆっくりと立ち上がった。

 黒い鎧に身を包んだモニカの姿は、相変わらず汚れ1つ見えない、だからこそ・・・


 だからこそ、その”右腕”が激しく歪んでいるのが異様に見えた。


 モニカの右腕は、彼女の絶対的な防御力を誇る装甲ごと、複雑に潰れて折れ曲がっている。

 いつもなら瞬間的に修復される筈の装甲も一向に再生の気配はない。

 グリセルダ先生が近づいてその手を持ち上げると、モニカの神経系を大量の信号が飛び交い、兜の中でモニカの顔が歪むのが見て取れた。


「痛いか?」


 グリセルダ先生が鋭い声で聞く。

 するとモニカが渋々首を縦に振る。


「いたい・・・でも、終わってない」


 そう言うと、モニカはグリセルダ先生に見せつけるように右腕の装甲を解いた。

 だがそれは”一部”だけ。


 一部の観客達が痛々しい光景に目を逸らす。


 潰れた装甲の内側は想像以上にダメージが深刻で、そこら中から割れた骨と筋が皮膚を突き破り、ボロボロになった筋肉が支えを失って垂れ下がっている。

 当然、保持できなくなった手の先は力なくダランとぶら下がるしかない。

 更には曲がった装甲の一部が腕内部にめり込んでいた。

 ちょうど去年の秋頃から始めた、”外骨格材”だ。

 装甲を修復しなかったのはこのせいだろう。

 もし修復していたら、内部に刺さった外骨格材に引っ張られて腕が落ちていたかもしれない。

 そうなれば、右腕の”制御魔水晶”を失ってスキルの制御が不能になっていた可能性もある。


 彼女の制服の肘下丈の白い袖も、飛び散った血と肉片で真っ赤になっていた。

 出血してないのは、切れた血管全てに止血処理をしているからか、器用な事をするスキルだ。

 それでも間違いなく、”中等部同士の対決”ならば決着のダメージである。


 だが、”上級生仕様”のルールにおいてはまだまだ軽症の部類。

 実際、モニカの結界はダメージを負ってはいても破れてはいない。

 そしてその事を見せつけるように、モニカはグチャグチャの右腕をグリセルダ先生に突き出して誇示していた。

 その様子を少しの間見ていたグリセルダ先生は、立会人席に座るモニカの専属医師達に目配せをして確認する。

 するとその中心にいた女性の医師が、先程のモニカそっくりの表情で渋々ながら頷いた。


「続行可能と判定された! 試合を再開する、両者構え!」


 グリセルダ先生の声が飛び、観客席が大いに沸く。

 

 するとモニカも右腕の中から”装甲の欠片”を粗方引き抜き、形を整えて・・・・・から、ギブスの様に新たな装甲で表面を覆う。

 だがそんな事をしたせいか、ルーベンはモニカの中を大量の痛覚信号が駆け抜けるのを検知する。

 恐ろしいのは、それに対して一切無視するようにモニカの脳内は穏やかで、口元には笑みすら浮かべている事だ。

 

 そうだ・・・この程度で終わるわけがない。


 そして、その様子を見たルーベンがゆっくり構えて集中する。


 今のでルーベンの攻撃はモニカの装甲を突破しうる力を持つことが証明された。

 内側と纏めて空間ごと潰してしまえば、瞬間修復といえど支えきれないようだ。

 その事からも、やはり瞬間攻撃力は”ヴェロニカ”の方が上と見て間違いないだろう。

 模造品だとしても戦史に残る”伝説の攻撃”は伊達ではない。


 そこまで確信したところで、ルーベンは唇を噛む。


 それでも”狙い”は外された。

 勝負を決めるために胸部を狙ったが、直前に躱されたのだ。

 いや・・・ルーベンの狙いも甘いか。

 黒兜の内側でモニカが不気味に見透かす様な目でルーベンを見る。


 その時、グリセルダ先生が注意を促す様に声を上げた。

 

「只今の攻撃は、両者の防御及び保護結界を十二分に破壊する威力があると認められた!!

 よって両者のその攻撃・・・・・・・が命中すると判断した時、”絶命相当攻撃”と判断し、その場で試合を止めて勝敗を判定する!!」


 グリセルダ先生が高らかにそう宣言する。

 その耳には”白い光”が見える・・・攻撃の威力にアラン先生が介入したのだろう。

 その様子に、次からは攻撃自体にも干渉してくるだろうなと、ルーベンは判断した。


 一方、グリセルダ先生の言葉に、観客たちは大いに沸き立っている。

 アクリラ特性の保護結界を破る攻撃など、そう簡単にお目にかかれるものではない。

 だが一部の者は、その言葉に”不審な点”があることに気がつく。

 ルーベンもその1人だ。


 ”両者のその攻撃”?


 ”ルーベンの攻撃”ではなくて?


 そう考えながらふと後ろを振り向くと・・・・


 ちょうどルーベンの首の後ろあたりに浮かぶ、”魔法陣の残滓”が最後の一欠片が霧散して消えるところが見えた。

 その瞬間、ルーベンの全身の表面にドッと冷や汗が吹き出す。


 何だこれは!?


 既に魔法陣は完全に消え去って内容を読み解くことはできない。

 だがそれよりも、なぜ気づかなかった?


『推定:我々の観測スキルの情報に埋もれたと推測されます』


 その瞬間、ルーベンは拳を強く握りしめた。


「・・・・”策”に溺れた!」


 その内容はともかくとして、モニカはこちらの観測スキルが”事実上のブラフ”であることを見透かし、それを更に逆手に取って攻撃を仕掛けたのだ。

 それもグリセルダ先生が”致命的”と思うような。


 まさかあの突撃そのものが陽動だったなんて・・・


 それでもルーベンの内心は高揚していた。

 それは紛れもなく、モニカもルーベンの事を理解して・・・・くれていたことに他ならないからだ。


 やはり”モニカとの戦い”は、何物にも代えがたい。

 ゾクゾクする高揚感がルーベンの中を駆け上る。

 全てをぶつけられ、全てを理解してくれる掛け替えのない唯一人の存在。

 それを何と形容しようか。


 そうだ、やっぱりこの感情は”愛”や”恋”などといった、”甘いもの”じゃない。

 もっと純粋で・・・もっと”からい”ものだ。



「始め!!!」


 グリセルダ先生の鋭い言葉が再び競技場に響く。

 

 先に動いたのは、またしてもモニカ。

 だがそれは、先程と違って”回避”のため。


 次の瞬間、モニカの立っていた地面が”メリメリ”と大きく陥没する。


 ルーベンの攻撃が直撃したのだ。


「ちっ!」


 ルーベンが舌打ちして”次の一撃”を準備する。

 だが、それも空振りに終わって地面に穴が開くだけ。

 一度見せたので隠す意味はなくなったが、やはり漠然とした”空間指定”の重力攻撃では、捉えきることができないか。

 特定の対象だけに行う重力攻撃は必殺の一撃たりうるが、その対象の指定と制御に大きな隙を作ってしまうのですぐには撃てない。

 だが、対象を指定せずに全てに作用する重力攻撃をしてもモニカ相手では決定打にならない上に、今みたいにその空間からすり抜けられては元も子もなかった。


 一方、再び展開された”飛竜モドキ”の飛翔能力は、隠す気もなくなったか、先程とは比べ物にならないほどに鋭く、そして五月蝿い。

 あれを捉えるには、それこそ全盛期のマルクスレベルに広範囲を指定しなければ・・・


 とはいえ、シルフィの”エルフの目”ですら避けることは叶わなかったというのに、あの翼ときたら・・・

 

 だが、ルーベンの重力攻撃は確実にモニカの行動を制限していた。

 先程から、回避に全力でまともな攻撃をしてこないことがその証拠だ。


 先程の一撃が自慢の装甲を打ち破ったことによって、モニカの中でルーベンの力の脅威度が急激に跳ね上がり、特に”ヴェロニカ”の重力干渉系の効果に対して過剰に反応しているのだろう。

 だからルーベンは、効果を与えぬと知っていながら重力攻撃を続けた。

 次の”必殺の一撃”を繰り出すために。


 ルーベンはさらに目からも魔力光線を発射し、牽制を続けた。

 モニカもやられっぱなしは耐えられないとばかりに、破れかぶれに”砲撃”を連射してくるも、空間掌握を潜り抜けてルーベンに辿り着くことはない。

 いい展開だ。

 遠距離戦に強いモニカだが、遠距離攻撃をほぼ無効化できるルーベン相手では相性が悪い。

 一方、ルーベンも最も得意だった近接戦闘を無効化するモニカの装甲相手では不利だったが、今のルーベンにはそれを打開する力がある。

 このまま決定打が撃てるまで展開を伸ばせばルーベンの勝ち・・・だが、そうは行かないか。


 打開策のつもりか、モニカの周囲に大量の魔法陣が展開され、そこから大量の魔法が放たれる。

 どれも初等部レベルのなんてことない基礎攻撃魔法ばかりだが、その魔力量故に威力と量は無視できない。

 とはいえ、そこはルーベンの”空間掌握”の力を持ってすれば躱すことは容易い。

 モニカもルーベンから複製した”空間掌握”を持っているが、カウンターを狙わないのであれば絶対の防御力があるといえる。


 その防御を頼りにモニカの動きを予想し狭めていく。

 これも去年の試合の経験あってのもの。

 速度は桁違いでも、モニカが咄嗟に”どういう思考”で動くかは知っている。

 あとはそれを念頭に何手も先まで読んでいけば、おのずとどこに追い込めるのか分かるのだ。

 そしてすぐに・・・


 捉えた!


 ルーベンのスキルが手応え・・・を発し、空中のモニカが”重力の網”に絡められて墜落する。

 モニカとロメオが必死に藻掻いて姿勢を整えようとするも、いくら羽の炎を燃やしても、纏わりつく重力の”膜”を突破することが出来ない。


「【重力操作:空間の網】」


 競技場全体に”メリメリ”という異音を響かせながら広がる空間の歪みは、光を乱屈折させて”白いヴェール”のように柔らかく見える。

 だがその実、強力な重力の異常故にまともに抜け出すことすら難しい最悪の壁だ。

 いや、突破すべき壁すら持たぬこれは、それどころではないか。


 欠点は、散漫としているが故に対象を破壊し切るだけの攻撃力は持ち合わせないことか。

 その巨大な”白いヴェール”に絡め取られた小さな飛竜モドキは、ハエ取り紙に絡まった蝿のように見えた。


 ルーベンが追い打ちのように、”破壊の魔光”を撃ち込む。

 だが、自分で作った”重力の網”に絡め取られ、どれもモニカには当たらなかった。


「・・・これは厄介だな」

『報告:空間の変形割合が想定できません』

「しかたない」


 これも【重力操作】の欠点という話だ。

 空間魔法の極地にある重力魔法は、あまりに多くの対象に影響を与えるので、味方の行動にも著しい影響を与えてしまう。

 そのために他の仕組みと組み合わせて対象を絞る必要があるのだが、この規模が相手では今のルーベンではそれは望めない。

 だからルーベンは今の状況を最大限使うために、さらなる力を込めて”重力の網”を重ねる事にした。


 モニカ達を捉えた”白いヴェール”の上から、何枚もの新たな”白いヴェール”重力の歪みが覆いかぶさる。

 空間の歪みに囚われたモニカは破れかぶれに凄まじい威力の遠距離攻撃を放つが、破壊されるような物理特性を持たぬ白のヴェールは、それを捻じ曲げるだけ。


「だが、モニカの攻撃・・・威力高すぎないか?」


 ヴェールから四方八方に飛び出したモニカの攻撃は、先程までと比較にならないほど強力な物が混じり始め、当たった結界が歪んだり、壁や地面が熱で溶け始めた。

 まあ、ルーベンに届くものはないのだが。


 そう判断したルーベンは、一気に試合を決めるために魔力をスキルに注ぎ込む。

 すると急速にルーベンの気分が良くなっていく。

 ”軍位スキル”に格上げされたことによって手に入れた膨大な魔力出力は、ルーベンに凄まじい万能感をもたらしていた。

 全身で漲る魔力の流れを感じ取る。

 これだけの魔力があれば、怖いものなど何もない。

 ヴェロニカも、その大量の魔力に歓喜するように強力なスキルを並列で走らせ、ルーベンの想像もつかない力を組み上げていた。


「【重力操作:重力波】!」


 ルーベンがそう言うと、飛竜モドキを覆う”白いヴェール”の塊が一斉に波打って下に向かって落下する。

 ヴェールがあまりに巨大すぎるせいでその速度はゆっくりに見えるが、実際は物凄い速度だ。


 空間の歪みが波となって襲い来るので逃げようがない。

 そのまま飛竜モドキはフィールドの硬い地面に叩きつけられ大量の土埃を吹き上げるしかなかった。

 その土埃もすぐに重力に引かれて墜ち、その結果にルーベンは大いに満足する。


 見ろ、あのモニカですら抜け出せぬではないか。


 飛竜モドキの羽からこれ以上無いほどの炎が噴き上がり、その身を宙に浮かべようともがくが、全く効果をなさない。

 そればかりか全身にかかる凄まじい重力に、ロメオ共々地面に縫い付けられるしかないでいた。


 これが、かつてマルクスが最強を誇った最大の要因。

 どれほど膨大な力を持とうとも、空間の歪みに逆らう事はできない。

 それはいわば、”この世の理”を司る力である。

 逃れるには・・・


 するとわずかにモニカの体がピクリと動き、”白いヴェール”が少しだけ持ち上がる。


もう・・か」


 モニカのスキルが【重力操作】を獲得し始めたのだ。


「だがそれでも!」


 ルーベンがそう言うと、モニカを押し付ける力が急激に増した。

 メリメリという音の中に、硬い殻が割れる様な”バキバキ”という音が混じりだし、モニカの周囲の地面がすり鉢状に陥没を始める。

 あまりの圧力に、ギチギチに詰まっていた土の粒子が更に圧縮されてしまったのだ。


 単純攻撃力で史上最強と呼ばれたこの力を侮るなかれ。

 それを構成する呪いの中には、例え”王位”といえど持ち合わせてないものが幾つも含まれる。

 それなしにルーベンを超える【重力操作】を行う事などありえない。


 ・・・・そう、あなたは選ばれたの。


 ルーベンを覆う黒い魔力の層が、空間の変形による散乱によって白く変色を始め、いつしかルーベンを”白いヴェール”が覆い尽くした。

 今、この場においてルーベンは間違いなく”王”を超える”支配者”だった。

 その圧倒的感覚を胸に、ルーベンは腕を振りかぶりその先に”必殺の一撃”を展開する。


 ・・・・さあ、ルーベン・・・私を使って。


「【重力操作:空間圧滅】」


 ヴェロニカではない・・・・その声に導かれる様にその力が展開され、ルーベンの右手の先の空間が曲がり始める。

 それと同時にルーベンはモニカの周囲の重力の向きを変えた。

 地面の上を引き摺られる様に飛竜モドキとその周囲の地面が動き始める。

 まるでルーベンに吸い込まれているようだ。


 いや、まるで・・・ではない。


 ルーベンに近い地面が、近づくにつれて持ち上がり、やがてルーベンの右手の先に作られた空間の歪みの中に吸い込まれていくではないか。

 そして物質を飲み込むにつれ、形容のしようがない大きな音を撒き散らす。

 その空間の歪みは、もはや散乱による白ではなく、取り込んだ物質が破壊されすり潰される事で発生する熱によって赤熱し、鈍い赤い光と大量の熱を放っていた。


「これなら逃さない」


 先程の【対象圧壊】に比べて、魔力消費量とスマートさに劣るが、今のルーベンにとってみればこれが1番確実性に優れる。

 当てる必要などない、吸い込んでしまえばいいのだ。


 モニカは抗うように飛竜モドキの形状を変え、ロメオの強力な脚力で踏ん張るが、地面どころか空間ごと吸い込まれているので全くの無駄。

 まるで蟻地獄に落ちた蟻の様にズルズルとルーベンの右手の先の空間に吸い込まれていく。


 このまま吸い込むところまでいけばルーベンの勝ち。

 モニカにこの攻撃力を防ぐ手立てがない以上、吸い込まれる直前にグリセルダ先生が止めに入る。


 ・・・・いいえ、飲み込みなさい。


 ルーベンが畳み掛ける様に魔力を増やし、モニカを吸い込む勢いを上げる。

 その力に、ルーベンは思わずつんのめりそうになった。


 ・・・・モニカはあなたのもの、その体をグチャグチャに引きちぎって、飲み込みなさい。


 右手の先の空間の歪みが更に大きくなる。

 もはや手のひらに乗る小さな太陽だ。

 そしてそれがまるで意思を持っているかの様に脈打ち、暴食の化身のごとく土を飲み込んでいく。

 モニカはここまであと50ブル・・・


 ・・・・喰らいなさい。


 あと40ブル。

 モニカの両側に巨大な魔法陣が現れ、さらにその中から一際長い槍が現れると、地面に突き刺さって杭の様にモニカの体を固定する。


 ・・・・喰らえ。


 だがルーベンが【重力操作】を駆使しモニカの体を一瞬浮かせると、杭は呆気なく手応えを失って再び引きずられた。


 あと20ブル。


 ・・・・喰らえ!


 あと10・・・・喰ら・・・「うるさいな!!」


 突然ルーベンはそう叫ぶと、スキルの進言をすべて無視しその場を飛び退くと、右手の空間の歪みを後ろに向けた。

 まさにその瞬間、ルーベンの背後に現出した魔法陣から現れた極太の槍が、とてつもない量の魔力を放ちながら空間の歪みに突っ込んだのだ。


 既に膨大なエネルギーを溜め込んでいた空間の歪みが、更に一瞬で凄まじいエネルギーを吸った事で急激に制御を失い、そのまま目が眩む程の光を放ちながら破裂した。

 ルーベンの右手をその熱と衝撃波が襲い、指の先を瞬間的に蒸発させて吹き飛ばす。

 一瞬でも反応が遅れていれば、右手の制御魔水晶がやられていただろう。


「やっぱりか!」


 ”白いヴェール”の絶対防御でエネルギーを躱しながらルーベンが叫ぶ。

 だが発せられたエネルギーは、恐ろしいことに空間そのものであるはずの”白いヴェール”を揺らしたではないか。

 さっきの攻撃の正体はこれか。


 モニカめ、無力にやられるフリをして、魔力をためていたとは。

 あの愚かしくも思えた遠距離魔法の乱射も、槍杭にしたのも、全てはこれをルーベンの観測スキルの目を誤魔化すためのものだろう。

 そう考えると辻褄が合う。


 忘れるな。


 自分を叱咤する。

 ルーベンがモニカを知っている様に、モニカもルーベンを知っている。


 だが、ほぼ無尽蔵とはいえ、魔力の使い方が贅沢過ぎるぞ。

 それにモニカが内心でかなり焦っていたのはどういうことか?

 観測スキルのデータなので、外面だけのブラフではない。

 その状態でこれだけの仕掛けを用意したと言うなら、まるで別の意思でもあるかの様だ。

 まったく、こっちのはスキルが勝手に調子に乗って制御を超えようとしているというのに、もしそうなら向こうは随分と贅沢なインテリジェントスキルを持っている事になる。


 ・・・・力を・・・


「判断もできねえ奴が、戦闘中に口を出すな!! 素人はすっこんでろ!!」


 モニカとの”貴重な時間”に、部外者が割り込むんじゃない。

 ルーベンは口でそう叫びながらも、冷静な方の頭で己のスキルに必要な指示を送る。

 モニカの攻撃があまりにも高熱を発したために、”白いヴェール”の歪みを突破して内側に入り込んできたのだ。

 ルーベンはそれを強力な【重力操作】で完全に打ち消す。

 空間そのものを完全に曲げ尽くして切り離してしまうその技は絶対的な防御だが、絶対的な攻撃と同じくらいリソースを食い散らかす問題技だ。

 しかも全ての情報を遮断してしまうので大きな隙になる。


 ルーベンは必要最小限の時間を測ってから防御を解いて、続いて襲ってきた衝撃波を”白いヴェール”で躱し続ける。

 その傍ら、深層意識で必死にモニカを探し続けた。


 さっき見たときは近くだったので、近くにいるはずだ。

 ”白いヴェール”に囚われているので逃げられるはずは・・・



 その瞬間・・・ルーベンの視界を”真っ黒”が塗りつぶした。


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