2-16【恋と知りせば・・・ 5:~xd-06:05:06 -同じ土俵~】



「!!?」


 突然の黒い閃光にルーベンが咄嗟に目を瞑りかける。


 全てが真っ黒なのに、痛いほど眩しい。

 それはルーベンだけではなく、会場のすべてが”黒”に塗りつぶされていた。


 何かが・・・強力な魔力の光を放つ何かが・・・


 ルーベンの足元に”それ”はあった。

 ”白いヴェール”を突き抜けて輝く黒い光。

 直視できぬほど眩しいそれは、たしかにルーベンの同級生の少女の肌が輝く光だ。


 ”あれ”だ。


「来るぞ!!」

『報告:周囲の魔力量が急激に増加!!』



 その瞬間、確かに競技場の全体が、空間ごと大きく脈動した。

 その”脈動”に、ルーベンの体が大きく震える。

 間違いない、”勇者戦”で見せた、あの急激に魔力を放つ状態・・・それが遂に発動したのだ。


「遅いよ!」


 そう言いながら、ルーベンが【重力操作】で、もう黒く染まった”白いヴェール”を一気に叩きつける。

 だがその勢いは、内側から発せられた”勢い”によって弾き返された。

 【重力操作】を取られたか!?


『報告:スキルの性能はこちらが上! 只の【空間歪曲】スキルです! ただし魔力の投入量が桁違いです』

「なに・・・」


 なんという無茶苦茶な・・・


 モニカとの間に築いた”スキルの質”というアドバンテージを、事もあろうに”量”だけでひっくり返してしまったのか。


 それに対し、ルーベンが持てる魔力を総動員して【重力操作】で迎え撃つ。

 だが、モニカの発する”空間の振動”は、小器用なその勢いを一瞬で吹き飛ばす。


 少し離れたところから見ていた観客達は、重力のヴェールが黒い光に打ち上げられて天に向かって広がる壮大な景色に瞠目していた。

 超常の力をぶつけ合う2人の衝突は、もはや”自然現象”を通り越し、”天体現象”に近い情景を周囲に作り出していたのだ。

 そして、その中心にいた2人は、もはや人間には見えない。


 ルーベンの顔が曇る。


 ”白いヴェール”の最後の1枚が捲れ始め、その内側から煙のように高密度の魔力の塊がいくつも飛び出してきたのだ。

 さらに、その魔力に持ち上げられるように全ての膜が解けると、すぐにその”中心”が顕になる。

 

 その輝きの中に、モニカの姿を僅かに垣間見た次の瞬間・・・少女の姿が完全に黒く塗りつぶされた。


「全力防御!!」

『【重力操作:空間断絶】!!』


 ルーベンの咄嗟の指示にヴェロニカが最大級の【重力操作】を展開して、ルーベンとモニカの間に”空間の断絶”を作り出す。

 まさに間一髪、その場をとんでもない量のエネルギーの波が駆け抜けた。

 だがその圧力に、ルーベンの重力の盾が”ギシリ”と音を立てて軋む。

 空間魔法の効果が練り込まれたその魔力波は、その盾の表面すら毟り始めたのだ。


 そこにさらに、”光の中心モニカ”から追い打ちのように立て続けに魔力波が襲い来る。

 それを必死に【重力操作】で躱し続けるルーベン。

 幸い、この”最強のスキル”はモニカのこの攻撃すら防ぐ性能を持っていたが、完全に攻守の勢いが入れ替わっていた。


 いや、これはそもそも”人”なのか!?

 あまりの熱に溶け出した溶岩に足を取られながら、ルーベンはそんな感想を持った。

 もはや、完全に”災害”を相手にしている気分である。


「っち! 僕の馬鹿野郎!!」


 モニカが”災害”なのは去年からずっとだろう!

 そのために得た”軍位スキル”だ!!


 ルーベンは自分の心にそう言ってムチを入れると、【重力操作】に全てを注力して、迎え撃った。

 すると驚いたことに、”重力の盾”が僅かにモニカ側に動いたではないか。


 これはいける!!


 ルーベンは心の中でそう叫ぶと、一息で出せるありったけ・・・・・の魔力を【重力操作】に注ぎ込んだ。


 ”魔力の盾”が急激に周囲のエネルギーをそこら中に捻じ曲げながら進み出す。

 それは完全に、モニカの”制御魔力炉”の勢いに勝っていた。


 事ここに至って、”史上最強スキル”と称されたその力は、たしかにその威力を示したのだ。


 ゆっくりと進む”重力の盾”の後ろで、ルーベンは僅かに発生した余裕を使って”反撃の一撃”の準備を進める。

 今度は先程のような”横着”はしない。

 ”対象指定攻撃”で、確実に仕留める。

 狙うは今度こそ、”モニカの胸部”。


 ヴェロニカが強力な観測スキルを展開し、モニカの情報を収集してスキルに組み込んでいく。

 ”先程の失敗”のデータを含んだそれは、確実にモニカの心臓を握りつぶすだろう。

 だがその情報は、何度も何度も黒く塗りつぶされて失敗した。


『報告:周囲の魔力濃度が濃すぎます! 観測スキルの機能が維持できません!』


 魔力を持って相手を測る観測スキルが、モニカが放ち続ける魔力をノイズとして拾ってしまって上手く働かないのだ。

 もし魔力を見ることができる目を持っているとするならば、今のモニカは”黒い空間”として映っていたことだろう。

 事実、観客席のシルフィの目にはそう映っていた。


 だが、ルーベンの観測スキルの性能はその比ではない。

 何度失敗しようとも・・・そのノイズだらけの情報の中から必要な情報を洗い出し、適切な情報を見つけ出す。

 そして・・・


「捉えた!!」

 

 そう叫んだ次の瞬間、ルーベンは同時にもたらされた”別の情報”から、”対象”の位置を入れ替える。


 それはルーベンの”後ろ”。

 それはまたしても背後に作られた、モニカの魔法陣だった。


「3度目って、馬鹿にして!!」


 今度はハッキリと、モニカの”大槍”と”次元魔法”の反応を捉えられていた。

 3度目ともなれば、”危険な反応”は完璧に察知できる。


 後ろに発生した魔法陣が、その”中身”ごと、ルーベンの【重力操作】の力によって圧滅する。

 その有無を言わせぬ圧倒的な破壊力は、例えただの魔力現象といえども逃れることはできず、モニカの魔法陣は一瞬にしてグチャグチャに潰れ去った・・・



 ただの”複雑なだけの丸い魔法陣”が。



「・・・っな!!??」


 ルーベンがそれに気づいてモニカに向き直った時には、分厚い鎧牛の背に乗った少女が、身の丈に似合わぬほど巨大な槍を構えるところだった。


 今度はこっちがブラフか!


 モニカが構えるのに合わせて、ルーベンが”重力の盾”に集中する。

 虚を突かれたが、その”大槍”の攻撃も既に2度・・見ている。

 確かに破壊的な一撃だが、この盾なら十分に受けきれる、能力と強度でしかない事は割れていた。


「・・・来い!」


 挑戦するように・・・自分を叩くようにそう呟く。


 ロメオの足が地面を蹴る。

 制御魔力炉の膨大な力を吸い込んだその脚力はもはや高ランク魔獣にすら勝り、その急激な加速に観客の視界からモニカ達の姿が消える。


 次に現れたのは、その”大槍”がルーベンの”重力の盾”に衝突して突き刺さった直後だった。


 その勢いにルーベンは血の気が引く。

 これまでと明らかに違う威力。

 今の一撃をまともに食らっていたら、”白いヴェール”では防ぎきれていたかどうか・・・

 だが、それでも防御に特化している”重力の盾”なら完全にその”大槍”の勢いを止めきることなど造作もないようで、重力の壁がガッチリと”大槍”を掴んで進ませない。


「僕の勝ちだよ、モニカ」


 ルーベンが呟く。


 だがそれに対し、久々に近くで見たモニカは不敵に返した。


「いいや、もう・・・負けてる・・・・よ」

「・・・?」


 モニカの言葉にルーベンが訝しがる。


 この試合の中で、モニカが前にこの”大槍”を使ったのは2回。

 いずれも一撃で試合を決定しうる一撃ではあった・・・・だがそれでもそれは、”これ”とは違う。


 先の攻撃でモニカ陣営が使ったのは、あえて・・・見た目をこの槍に似せて作った”普通の槍”。

 もちろん”強化素材”故に普通の意味での”普通”ではないが、”これ”に比べれば”普通の槍”の粋を出ない代物である。

 そしてその2回の経験ブラフが、ルーベンの対応を狂わせた。


 ”これ”は違う。


 なにせその中心には、”黒巨人デバステーターの拳”が埋め込まれているのだ。



 ”大槍”の柄の周囲が一気に黒く光りだし、周囲に散らばったモニカの膨大な魔力を吸い始め、逆に刃の部分から一気に放出が始まった。

 その凄まじい圧力に、”空間の歪み”が別のベクトルで歪み始める。


 まずい!


 ルーベンが心の中で叫び、展開していた全てのスキルに命じて集中させる。

 するとルーベンの周りに展開されていた”白いヴェール”が一気に集まり始め、モニカの”大槍”を押しつぶそうと包み込む。


 だが、ルーベンのその”警戒”はそれでも尚足りなかった。

 

 強力な重力の歪に”大槍”の表面が剥離を始める。

 だがその”芯”の部分は空間の歪みの中でさえ、まるでその現象を拒否するかのごとく形を保ったままではないか。

 そればかりか、よく見れば重力の歪みがそこだけ逆向きに変形され補正されている。


「取られてる!?」

『報告!:違います! これは”別の現象”です!』


 ヴェロニカ・・・・・がルーベンの誤判に緊急の警告を発する。


 その言葉通り、モニカのスキルロンはここに至ってもまだ、ルーベンのスキルの互換要素を見つけきれずにいた。

 ”ヴェロニカ軍位スキル”の持つ要素の絶対性はまだ不変だったのだ。

 だがルーベンは知らなかった、モニカの持つ”フランチェスカ王位スキル”の要素の”支配的”な一面を。


 高度に精錬されたモニカの魔力が、荒削りなルーベンの魔力の操作を奪い、結果的に”大槍”の内側で【重力操作】の制御権はモニカ側に移っていた。

 そしてその能力は、あくまでこの”大槍”の能力の副次的なものでしかない。



 ロメオの前足が、地面を踏みしめて力を込める。

 その力が装甲伝いに次々に上に伝わり、モニカの頭部をその場に固定した。

 その先の”ツインテール”が黒い光を放ちながら壊れ続け、重力に囚われた”大槍”ごと一気に前に押し出した。

 何層にも重なった重力の壁を”大槍”が纏めて貫く。

 そして一番ルーベン側の壁を突き抜けたところで、その内側に秘めた力を開放した。


「・・・・っ!!??」


 ルーベンが黒い光の津波に押し流される。

 その勢いは、これまでルーベンが受けたどんな攻撃よりも純粋な、”ただのエネルギー”だった。


 押し流されながら、あっという間にフィールドの半分を転がりながら駆け抜ける。

 その無様さと無力感といったら。


 モニカの放った”一撃”は、どこにも触れることはなかった。

 だが、もとより過去の実験でもこの”大槍”の攻撃がどこかに刺さったことは一度もない。

 あまりに強すぎるせいで、”大槍”の周囲に発生したエネルギーが、槍本体よりも先に全てを吹き飛ばしてしまうからだ。

 この”大槍”は、あくまで盤面をひっくり返す能力しかないのである。


 全ての重力操作空間ごと吹き飛ばされたルーベンは、それでもまだ【重力操作】の力で”大槍”の放ったエネルギーを防ぎきっていた。

 絶対防御も、まだその効力を失いきってなかったのだ。

 ルーベンが重力の方向を制御してその場に踏み止まる。


 するとちょうど2撃目を構えるモニカの姿が目に入ってきた。


「・・・・っあああ!!」


 咄嗟に ルーベンは叫びながらあらん限りの魔力を込めて”重力の壁”を展開してそれを受け止める。

 当然”大槍”はそれをいとも簡単に貫き、ルーベンを吹き飛ばす。

 だが今度も【重力操作】の力で踏み止まったルーベンは、破れかぶれにモニカ周囲の空間を手当たり次第に指定して圧壊させるが、やはり指定が甘く、モニカ達の機敏な小さな体を捉えるには至らない。

 ”空間”の巨大さに比べれば、魔獣ですら絶望的に小さく蛞蝓なめくじですら機敏すぎて捉え難いというのに。


 それでもルーベンには【重力操作】を使い続けるしかなかった。

 ”大槍”の圧倒的攻撃力がルーベンの中の冷静さを奪い、唯一つモニカの力を上回る【重力操作】を盲目的に選択させていたのだ。

 ・・・決してそれは乱発して良いような、燃費のいいスキルではないというのに。


 巨大なスキル同士がぶつかり合う音が響き、その周りを空間の弾ける音が取り巻く。

 音だけ聞けば、まるで花火大会の様の華やかなその現場は、その内側はとてつもない緊張に包まれていた。

 2人はお互いに、この均衡が破れたときに己が不利になると”自覚”していた。

 どちらも相手の能力に、”自分を殺す手筋”を見つけ出していたからである。

 

 不利なのはルーベン。

 それでも彼にはその原因である【重力操作】に頼る以外の選択肢はない。

 モニカの超常的な威力の攻撃に、他の手段で対処するにはあまりに余裕がなかった。


 幾度の攻撃で地面を転がったか、幾度その槍の刃先を捩じ切ったか。

 だが、その内側の力は確実にルーベンの魔力を削り続けた。


「・・・・っく!?」


 遂に魔力切れを起こして機能不全に陥った”重力の盾”を貫いた”大槍”が、ルーベンの脇の下を掠める。


 まだだ!


 ”大槍”を間一髪躱しながら、次いで襲ってきたエネルギーの波を、残りの魔力を絞り出して弾き飛ばす。

 幸いな事に、違う方向に吹き飛ばされた事でモニカの追撃に僅かな隙が生じ、その一瞬で、ルーベンの頭が少しだけ冷静さを取り戻していた。


「ハアッ!!」


 ルーベンが重力攻撃を”大槍”の片側にぶつける。

 するとどういうことか、弾き飛ばされはしたものの半分以下の魔力で対処することが出来たではないか。


「こういう事か!!」


 マルクス叔父がやっていたこのスキルの”正しい使い方”は。

 ルーベンが1つの”確信”を得る。


 そうだ、指向性の強いこの攻撃を正面から対処する意味はない。

 続く一撃も、ルーベンは横向きに弾く。


 実戦で使うに勝る修練はないとはまさにこの事で、ギリギリで【重力操作】を使い続ける度に、ルーベンの中で少しずつ、この力の”キモ”が見え始めた。

 より効率的にスキルが使え始め、対象選択や威力密度のコツも見えてくる。

 次第にモニカの攻撃で吹き飛ばされる距離が短くなり、ルーベンの攻撃がモニカの装甲を抉り始めた。

 一見すれば、流れがルーベンに戻り始めたようにも見える。


 だがその感覚が、この使い方が間違いである事を無惨なまでにルーベンに突き付けていた。

 モニカの言葉通り、もう”負けを逃れられぬ段階”に入ってしまっていたのだ。


 ”相手の土俵”に乗ってしまったのである。


 気づけばルーベンは、モニカ相手では最も勝ち目の無い、”超高火力戦”に突入してしまった。

 こうなってしまえば、重要なのはどちらが攻めてるかでも、どちらが高威力かでもない。

 魔力供給力が劣る方が負ける。


 そしてそれは、確実にルーベンが劣る要素である。




 最後の防御は、機能すらしなかった。


「そこまで!!」


 そう叫びながら、グリセルダ先生が横から間に飛び込んでモニカの”大槍”の根本を蹴り飛ばす。

 モニカの手を離れた”大槍”は、魔力を撒き散らしながらも先程までの暴威はどこへやら、特に何も破壊することなくクルクルと宙を舞うと、フィールドの反対側まで飛んでいって壁に当たって見た目よりも軽そうな音を立てて落ちた。

 

 ルーベンの眼の前には、持っていた槍を失った”おさげの拳”が迫り、それをグリセルダ先生と一緒に飛び込んだ狐獣人の戦闘系教師が両手で抱えていた。


 ”決着”を悟って飛び込んだのは、審判のグリセルダ先生含めて4人。

 2人がモニカとロメオを、1人がルーベンを庇うように抑え込んでいた。

 その中心でグリセルダ先生がギロリとルーベンを睨む。


「ルーベン・アオハ、”最初は”良かったぞ」


 その短い言葉をルーベンはぐっと飲み込むと、バサリとその場に崩れ落ちた。

 本当に底の底まで魔力を使い切ってしまったらしい、ピクリとも動かない。

 それでも最後の意地で、ルーベンは口を動かす。


「・・・分かって・・・ます」


 ルーベン自身が分かっていた。

 ”敗因”は、【重力操作】に頼りすぎたことだと。



「勝者!! モニカ・ヴァロア!!」


 グリセルダ先生の言葉が競技場に響き、観客達が今日一番の歓声を上げる。

 その中で、地面に仰向きに倒れていたルーベンは動かない体に悔しさを噛み締めていた。


「坊っちゃん、状態は!?」

「ルーベン! 大丈夫か!?」


 すぐにルーベンの調律師と兄が駆け寄って来て様子を確認する。

 その心配そうな顔に、ルーベンはようやく自分が”負けた”ことを理解した。

 完膚なき敗北だ。


「ルーベン・・・」


 兄が心配そうにそう聞く。

 だがそれに向ける顔がない。


 結果として、最後はルーベンはひたすら増えた自分の力に溺れていただけ・・・

 完全に冷静さを失っていた。

 量で勝っているわけでもないというのに・・・


 その時ルーベンはふと、その”決着の理由”が初めてモニカと戦った時と同じものであることに気がつき、目から涙が零れ落ちた。


「あれ?」


 その涙をルーベンが拭って不思議な気分で見つめる。

 なんで自分は泣いているんだろうか?

 別に悲しくはない。

 泣くほど痛くもない。


 だが、それでも胸の中を魔力以外の何かが駆けずり回り、それに反応するように涙がどっと溢れ出す。

 前に負けた時に感じたものとは違う・・・


「僕・・・ちょっと調子がおかしいみたいです・・・よくわからないけど・・・熱くて」


 ルーベンが不調の原因を求めるように調律師にそう言う。

 すると、調律師と兄が困ったような表情で顔を見合わせた。


 何だその反応は・・・こっちはこんなに熱くて苦しくて・・・涙が出てくるというのに・・・


 するとそんなルーベンの肩に後ろから誰かが触れる。

 振り向いてみれば、すぐ近くにアデルの姿が大きく見えた。


「それが”悔しさ”だよ」


 アデルが短くそう言う。

 その言葉にハッとしたルーベンがモニカの方に視線をやった。


 勝ったモニカは少しだけ疲労の色は見られるが、相変わらず大量の魔力を漲らせながら、真っ先に飛んできた、”芋虫メリダを抱えた彼女の姉貴分”に笑顔で応対する余裕はある。

 するとグリセルダ先生がモニカにも注意アドバイスを発した。

 ルーベンよりも長い注意だ。

 実際、内容としてはモニカの方が悪い。

 ・・・というよりも、決めれる手を何度も逃していた。

 おそらく誰かの戦い方を真似たのだろう。

 たぶん、今モニカの眼の前にいる彼女の”青い姉貴”か。

 グリセルダ先生の注意を聞いたモニカが、恥ずかしそうに顔を伏せる。


 だがその様子を見ていると、己の中の”熱い苦しみ”が急激に高まって、溢れ出す涙の量が急激に増えるのを感じた。


「・・・そうか・・・そうか・・・」


 そうか・・・これが”悔しさ”か・・・



 ルーベンはこの時初めて、勝負の結果に残るものが単なる実力の”強弱”だけではないことを知った。

 そして何故、人が悔しがるのかも。


 やはり恋ではなかった。



 ずっとずっと・・・


 会ったときから・・・最初からずっと・・・


 ルーベンは唯ひたすらに・・・


 唯ひたすら純粋に・・・



 ” 勝ちたかった ”



 ・・のだ。





「・・・モニカアアアアアア!!!!!!」



 気づけばルーベンは叫んでいた。

 アデル以外の知人たちが見たことのないルーベンの姿に驚いた顔を見せる。

 だが積み上がった”悔しさ”を自覚したルーベンにとって、そんな事はどうでもいい。

 せめて驚いた顔を向けるモニカに向かって、その気持ちをぶつけなければ。


「来年また戦え! それまで僕は誰にも負けない! 今より強くなって、”この力”も活かし切ってやる!」


 そう言いながら、ルーベンは地面に拳を弱々しく叩きつけた。


 すると、そのルーベンの”宣言”に会場がしんと水を打ったように静まる。

 だがその視線は、ルーベンではなくモニカを捉えていた。

 その場の全員がモニカの返答を期待する様に。


 もちろんルーベンも。


 ルーベンはじっとモニカを睨みつけながら、己の中の感情を必死に涙腺から吐き出し続ける。

 するとそれを見ていたモニカは、彼女の医療班に少し待つように指示を出すと、ルーベンの方にゆっくりと歩いてきた。

 まだモニカの”鎧”は解除されてないが、戦闘は終わっているので兜は脱いでいる。

 でも、その表情はわからない。

 今の顔の向きを変える力が残っていないのもあるが、急に湧いて出たルーベンの中の恐怖がモニカの顔を直視するのを拒否していたのだ。


 だが流石に間近にこられて覗き込まれれば、無視することは出来ない。


 ただ・・・現れたモニカの顔は・・・意外にも普通だった。

 その口がゆっくりと開く。


「来年じゃなくて、ときどき試合しようよ」

「・・・えっ?」


 モニカの思わぬ言葉にルーベンが放心したように口を開けたまま固まる。

 そんなルーベンにモニカが追い打ちの様に言葉を連ねた。


「楽しかった。

 やっぱりルーベンと戦うのはすごく気分がいい。

 わたしの全ての力で受けて、全ての力で攻めて、そんな事はやっぱりルーベンじゃないとできないから」


 モニカはそう言うと、風呂にでも入っていたかのようなスッキリとした表情を作る。


「だから今度は、何かを賭けるとか、そんなの無しで試合したいな」

「あ・・・ええっと・・・」

「もちろん去年みたいに毎週とかは無理だけど、数ヶ月に1度くらいで」


 モニカはそう言うと、右手・・をルーベンに向って差し出し握手を求めてきた。

 それを、アデル以外のルーベン側関係者が呆気に取られた表情のまま見つめる。


 まったく・・・


 ルーベンは心の中で悪態をついた。

 そしてモニカをキッと睨むと、僅かに回復した魔力を腕に注ぎ込んでモニカの手を力いっぱい握りしめる。

 するとモニカの装甲を通して、その内側が”メキョリ”と変形するのを感じた。


「え? ・・・あっ!」


 今度はモニカが驚く番だ。

 モニカの内側を大量の痛覚信号が上っていく様は、観測スキルで内側を見なくても分かる。


 だがルーベンに損壊させられた右手で握手を求める方が悪い。

 それからモニカが、彼女の主調律師の女医師に治療してもらうまで、右腕を抑えながらのたうち回るの見ていたルーベンは、少しだけ自分の溜飲が下がるの感じたのだ。



 だが、それも僅かな間だけ。


 すぐに、流れ的にそのままルーベンのすぐ横で治療する事になったモニカが、ルーベンに向かって声をかけたのだ。

 

「ねえ、ルーベン・・・負けた方が・・・」

「・・・ん?」


 すると、少し反応の鈍かったルーベンをモニカが少しキツい表情で睨む。


「負けた方は、何でも1つだけ言う事を聞くってやつ」

「ええっと、あー」


 そうか、”そういう約束”だったっけ。

 完全に勝負に熱中していたルーベンは、そんな事はすっかり頭から消え失せていた。

 だがモニカは違うらしい。


 約束を失念していたルーベンに、モニカが少しの間頬を膨らませて立腹を主張した。

 

 だが一体何を言われるのか・・・ルーベンはその緊張から、無意識に体を強ばらせる。

 するとそんなルーベンを尻目に、モニカは改めて手を制服の裾で拭ってからこちらに差し出したではないか。


 モニカがゆっくりと口を動かし、ハッキリと間違いの無いように丁寧に言葉を発する。



「友達になって」




「え?」


 モニカの言葉を、ルーベンはまた一瞬理解できなかった。


「”友達” ルーベンが負けたから、わたしとルーベンは今日から友達だよ」


 反応の悪いルーベンに呆れたのか、モニカはまるで赤ん坊に教える様な口調でそう言うと、少し気恥ずかしげに笑ったのだ。


 その笑顔の屈託のなさったら・・・


 その瞬間、ルーベンの中からどっと疲れが沸き起こり、今度こそガクリとその場で力なく崩れ落ちたのだった。



 まさかルーベンは”友人”ですらなかったなんて・・・



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





「・・・という感じです」


 スタニスはそう言って話しにオチをつける。

 するとマルクスは少しだけホッとしたような表情を浮かべながら頭を掻いた。


「それで・・・モニカとルーベンは”おともだち”になったわけですか?」

「ええ、とはいっても、報告によるとあまり関係性に変わりは無いようですが」


 スタニスが心底微笑ましい話だとばかりに笑う。

 だがそれをマルクスは見逃さない。


「その言い方だと、王子はモニカとルーベンを接近させたいとお考えで?」


 マルクスが釘を刺すようにスタニスに問う。

 一線から身を引いたとはいえ、アオハ”当主家”の中心に立つマルクスにとって、”本家”のルーベンとモニカの”接近”に王族が積極的になるというのなら話は不穏になるからだ。

 だがスタニスは尚も軽く笑いながら首を横に振ってそれを流すだけ。


「いえいえ、ちょっとした将来への”投資話”ですよ。

 いずれマグヌスとアルバレスの軍備はこの2人の存在を念頭に組まれるでしょう、その仲が良いことに越したことはない。

 だが、肩書に押しつぶされた後では上辺だけの関係しか築けないので。

 もっとも、アオハ家の機嫌を損ねてまで積極的にはできませんが・・・」


 そう言って、一転して今度は不敵に笑うスタニスに、マルクスはかつての先王の面影を見たような気がした。

 やはり”あの人”の血筋ということか・・・


 だがその事に、マルクスは警戒気味に表情を曇らせる。

 それはスタニスが見た目より遥かに油断のならない人物であることを示すからだ。

 おそらく今の言葉の後ろに続くのは・・・” でも、叔父上も長くないでしょう? ”だろう。


 それを言わない”思慮”と、臭わせはする”狡猾さ"を身に着け始めたといってもいいか。

 

 これは”警告”か、それとも・・・


 するとその時、スタニスがまるでこれは本意ではないとばかりに強引に、新たな話題を切り出した。


「さて、世間話はここまでにして・・・”大切な話”を始めましょうか」

「”大切な話”?」


 スタニスの言葉にマルクスの眉間にシワが寄る。


「ええ。 実は、今日は本当は”別の件”で来たのです」

「やはりな」


 マルクスはそう言うと、納得気味に頷いた。

 第1王子ともあろうものが、かつての英雄とはいえ、先の短い老人との”駄話”のためにこんな田舎まで来るわけがない。

 しかも、わざわざ訪ねてきた・・・・・・・・・というからには、マルクスにとって都合のいい話とも思えなかった。


「叔父上、私が現在、”何で”動いているかご存知でしょう?」


 スタニスが問う。


「”モニカ・ヴァロアの出生の解明”だったか・・・」

「”フランチェスカ計画の全容解明”です」


 スタニスが正すように重ねる。


 それは今年の始め、王妃の名により”勅命”としてスタニスに下された重要任務。

 ”あの時”に本当は何が起こったのか、魔法契約の裏に葬られたその闇を公にするというものだった。


「ピスキア郊外で見つかった”生産施設”を見てきました。 ”もぬけの殻”でしたが」


 スタニスは事も無げにそう言う。

 自分の口で”見てきた”と言うなら、どうやら”北部連合”の自治権は大した壁にはならなかったらしい。

 それでもその言葉通り、”あの場所”は既に跡形もなく片付けられ、そこに住んでいた”生き証人カミル”は今や、王族の手が出せぬ国の外と聞いている。

 だから、スタニスが嗅ぎつけるような物はあそこには無い筈だ。

 あとは己の魔法契約を盾に突っぱねればそれでいい。


「悪いがこの件に関しては・・・」


 マルクスがそう言って”逃題”を図る。

 だがスタニスは、それを良しとはしなかった。


「”魔法契約で喋れない”ですよね。 それは結構です。

 叔父上には”別の事”をしてもらいたい」


 その言葉にマルクスの顔に警戒が浮かぶ。


「・・・なんですか?」

「とある”関係者”に会わせて頂きたいのですよ」

「関係者・・・」


 マルクスの眉間にシワが寄る。


「フランチェスカには”4人の父”がいる」

「・・・」


 スタニスの言葉にマルクスは表情を固くしてじっと押し黙った。


 ”4人の父”


 まさか、もう”その言葉”にスタニスがたどり着いているとは想像もしなかったからだ。

 そしてその4人の中で、マルクスに面会を求めるような者は1人しか残っていなかった。


 スタニスが真剣な眼差しでマルクスを射抜きながら口を開いた。



「あなたが拘束している・・・”設計者”に会わせてください」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る