2-16【恋と知りせば・・・ 2:~xd-06:05:24 ~ xd-06:05:18~】
マグヌス、フルーメン村。
”なにもないのが取り柄” とはよく言ったものだ。
山と言うにはおこがましい大きさの丘陵にへばり付くようにあるフルーメン村は、村という括りの中では大きめではあるものの、マグヌス最高英雄譚の出発点としてはとても質素な物だった。
きっと ”ああ、ここがマルクスとカシウスが生まれ故郷か” といった気分でやってきた観光客は、そのどこを見ていいか分からない普通さに戸惑った事だろう。
もっとも、見る者が見れば生活水準が高い事が分かるのだが、それは1日2日の滞在では厳しい。
強いて1つだけ目につく物があるとすれば、村の中央にそびえ立つ、”アオハ屋敷”であろうか。
だがこれは、本当につい最近出来たばかりの”新名所”。
元々、この村はアオハ家とは縁もゆかりも無い場所だったが、マルクスの出生地という事でアオハ家の飛び地になっていた。
だがその屋敷はまだ建てたばかりと言わんばかりにピカピカで、壁の塗料の臭いが僅かに残っている。
事実、建てて一月も経っていない。
そしてその屋敷を尋ねる影が1つ・・・
「
歳を取った侍従の男が、血相を変えたように廊下を走りながら叫ぶ。
そして勢いそのまま広間に飛び込むと、まだ装飾が終わっていない壁に向かって絵を掲げている壮年の男へ歩み寄った。
「
侍従の言葉に男が絵を持ったまま振り向く。
するとちょうど、侍従の後ろから”客人”がやってくるところが見えた。
その客人は、ちょうど若臭さの抜けきった、立派な美丈夫といった出で立ちで、線は細いながらもしっかりとした気品と自信を持ち合わせている。
「スタニス王子!」
壮年の男が驚いたようにその客人の名を呼ぶ。
なんとやってきたのはマグヌスの・・・それも”第一王子”その人ではないか。
するとスタニス王子は、どこか懐かしむような親しみの笑みで壮年の男に呼び返す。
「叔父上! ”王子”はやめてください」
そう言って屈託のない笑みを浮かべるスタニス。
すると、そんなスタニスに向かって”叔父”と呼ばれた男が勢いよく駆け寄り抱きついた。
「いや、やめないぞ。 こんな田舎によく来てくれた」
男はそう言って、スタニスの後ろに回した手でその肩を叩く。
それからひとしきり抱擁を交わした2人は、気を利かせた侍従が部屋を後にした頃にようやく離れてお互いの姿をまじまじと観察した。
スタニスについては先程述べたとおり、笑顔の似合う”好青年”と言った雰囲気で、裏表のなさそうな印象だ。
実際、周囲の評価もそのようなものであり、
・・・これは王族の中では珍しいことに、彼は本当に”裏表”が少ない。
それ故に、彼を王にすべきかどうかは臣下の中で意見が真っ二つに分かれているのだが、それはまた別の話。
一方、そのスタニスが見ている叔父の姿は、魔獣のような近寄りがたさをどこか湛えてはいるものの、全体的には無害な”老人”といった印象を持つものだった。
だからこそ、スタニスは驚いたように問いかける。
「本当に御隠居なされたんですね。
スタニスの”マルクス殿”という言葉には、少なからぬ”畏怖”が含まれている。
それくらい、この”マルクス・アオハ”という男はスタニスにとっては強大なイメージそのものだったのだ。
だがそれがどういうことか。
昨年末に王宮で見たときはまだ”外見は”強そうだったものが、わずか数ヶ月でその覇気の大部分が失われているではないか。
「まるで、今は”凪”のようだ・・・」
その様子をスタニスはそう形容した。
「いつまでも老兵が威張っている訳にはいかないですからな。 家督も完全にデニスに移すことにしました。
いつまでも彼を中途半端な存在にしては酷ですからね、これで来年から私は晴れて”アオハ元公爵”だ」
マルクスはそう言うと、箱の中から新たな絵を取り出した。
「後は、生まれたこの地でゆっくりと朽ちるの待つだけ」
そう言うと、その絵を広間の真ん中へと運び、そこの壁に並べる。
それは、まだもう少し若い頃のマルクスと、その家族を描いたものだった。
スタニスはその様子を見守る。
だがそこに感じた”違和感”に触れずにはいられない。
「実は、もう少し・・・打ちひしがれているかと思ってました」
「抜け殻のように?」
おずおずと切り出したスタニスの言葉に、マルクスが面白そうに返す。
スタニスの今の言葉に、些かも機嫌を悪くする様子はない。
するとスタニスはゆっくりと頷いた。
「ええ、”仕事の人”というイメージでしたから」
するとそれを聞いたマルクスが、小さく”くくっ”っと笑う。
「残念ながら楽しくやってます。 今は良い”蓋”がある。
私が子供の頃はそれはもう苦痛で仕方なかったが、これなら幸せな余生を過ごせるでしょう」
そう言うと、マルクスは腕をまくり、その手に付けられた黒い手袋と制御用の丸い魔水晶を撫でる。
それはマルクスが以前付けていた物とは型の異なる、新しいタイプの魔水晶だった。
・・・そして、”軍位スキル”を入れておくには
「本当に譲渡したのですね」
スタニスが俄には信じがたかったと言わんばかりに、その魔水晶を眺める。
その視線には、歴史の転換点を目撃してしまったといった感慨が含まれていた。
するとマルクスが自嘲気味に話し出す。
「”ヴェロニカ”は引退した老兵が抱えていて良い代物ではない。
幸いルーベンの適合率は8割を超え、一部譲渡も始めていたので問題は起こりませんでした。
本当に彼がいてよかった。
新たに”軍位”を作るとなれば、それはそれは大事でしたでしょうからな。
今は肩の荷が下りて、ようやく自分を取り戻しつつあるようで」
そう言うと、マルクスは自分の肩を揉む。
その姿は一瞬だけ、まるで疲れ果てた老人に見えた。
「”軍位スキル”とは、それ程の重みだったと?」
「ええ、”軍位”は人を歪める。 なにせ”軍と同じ力”ですからな」
マルクスはそう言うと、この話はこれでお終いだとばかりに、箱に入った別の絵へ視線を移した。
”軍と同じ力”
その意味をスタニスは理解することは出来ない。
いや・・・おそらくこの世界で理解しているのは、同じ立場に置かれた4人の”軍位スキル保有者”だけであろう。
ガブリエラやモニカの持つ力はそれ以上だが、あれはまた性質の異なるものだし、置かれている状況も違う上、なによりそれだけの責任を負う年齢でもなかった。
だが小国の全軍を上回る軍事力が、たった一人の個人に伸し掛かっているという”歪さ”は、いつしかその無敵の術者すら蝕んでしまうのか。
その事実にスタニスは胸を痛めると同時に、彼の”
だからスタニスは、わずかに陰った空気を払拭すべく、話題を変えることにした。
「実は叔父上に面白い話を持ってきました。 その”ルーベン”に関することです」
「ほう?」
予想通り、マルクスはすぐに食いついた。
フルーメン村は田舎であり、アクリラの重要情報と言えど殆ど流れてこない。
いくら隠居して世捨て人となろうとも、ルブルムで軍の中枢でひたすら情報と格闘していたマルクスは1週間もすれば飽きてくるだろう。
「”モニカ連絡室”からなのですが、実は先日、ルーベンとモニカ・ヴァロアがかなり大きめの試合をしまして、ルブルムでもちょっとした話題になってたんですよ」
スタニスはどうだとばかりに、そう切り出す。
これは現状、今年最大の話題になっていた事柄だ。
なにせ表向きですら”準王位”と”軍位”の激突だ、その結果だけでなくどのような内容だったかまで熱心に注目されていたほど。
だがマルクスは、スタニスのその”会心の話題”を聞くなり、どこか苦そうに下を向いた。
その反応に、肩透かしを食らったスタニスは若干不機嫌そうに肩をすくめる。
「あまり興味がなさそうですね」
するとマルクスが悪かったと、手を挙げて注釈を入れる。
「いえ、興味はあります。 ・・・ただ、ルーベンが心配で」
「心配? スキルをまるごと譲渡するほど信頼しているのにですか?」
スタニスがそう聞き返すと、マルクスは小さく頷く。
「ええもちろん、彼ならきっと上手く使いこなせるでしょう。
ですが何事にも”慣れ”がある。 これまで”将位相当”だった者が、いきなり”軍位”となれば数ヶ月では厳しいし・・・”飲まれる”でしょうな」
「”飲まれる”?」
「ええ、制御を超えた力は、己を飲み込むのですよ」
マルクスはそう言うと、大昔の”大失敗”を思い出したかのように苦い顔を作った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
話はまた、数週間前のアクリラへと戻る。
「「決闘させてください!」」
ルーベンとモニカが2人してアクリラの事務局にそう叫びながら突入すると、応対した助手格の教師が激しく狼狽えていた。
「ちょ、ちょっと、待って! 2人ともいきなり何!?」
その女性教師はそう叫びながら2人を押し止めると、とりあえずとばかりに奥の部屋へと流す。
だが新学期開始直後ということもあってか、生徒や教師でごった返す事務局の中をいがみ合いながら連行される2人の姿は、大変な興味を引いていた。
「決闘? 今”決闘”って言ってたよね?」
「決闘って禁止じゃなかったか?」
「おい、それよりあの2人って・・・」
人々が口々に話し始めると、あっという間に尾ひれが付いて噂が拡散するのは世の常である。
◯
「ちょっと、どういう事か教えてもらおうかしら」
女教師がルーベンとモニカに優しい声で聞く。
だがその顔は笑ってはいるが、冷や汗が隠しきれてない。
明らかに”のっぴきならないもの”を持ち込んだ2人に警戒しているようだ。
無理もない。
すると珍しく立腹顔のモニカが、”シュバッ”というキレのいい音を立てて手を横に伸ばし、その指先がルーベンの頬にめり込んだ。
そのあまりの力に、鉄より固く固定されている筈のルーベンの頭がグイグイと押される。
「・・・ルーベンが悪い」
モニカが短く呟く。
するとルーベンが答える。
「・・・ああ、僕が悪い。 モニカの先輩を侮辱した」
その口調は苦々しさを隠すように妙に力強いものだった。
「じゃあ、謝ってよ」
「じゃあ、勝ってみろ。 それで負けたら去年出てた戦闘系の授業に全部出ろ」
ルーベンがそう言うと、モニカの手を引っ掴んで引き剥がそうとする。
だが、”ギギギ”という音はするものの、モニカの人差し指はルーベンの頬にめり込んだままだ。
一方、その”寸劇”を見ていた女教師は納得したように首を縦に振った。
「なるほど、だいたい分かったわ」
そう言うと、腕を組んで言いづらそうに溜息をつく。
「それで、前回勝手に戦ったら怒られたから、今回はちゃんとした試合として申請することにしたわけです」
「なるほどね・・・」
ルーベンの補足に女教師がまた頷く。
「ところで2人共、アクリラでの”決闘”は禁止って知ってる?」
そしてそう切り出した。
実際に争う前に事務局に来たのは、”以前”の事を考えれば大いに成長したともいえるが、そもそもの話、決闘自体がアクリラでは・・・というか大抵の地域で認められてないのだ。
するとモニカの目が”え!?”っとばかりに見開かれ、その手が勢いを失って萎びる。
だがルーベンは、”そんな事は知ってる”とばかりに臆する事なく反論する。
「先生、正確には決闘じゃないので大丈夫です」
「「「え!?」」」
モニカと女教師が揃って声を上げて驚く。
するとルーベンは、その中に男の声が混ざったことを僅かに気にしながらも、説明を始めた。
「過去の判例から、”決闘”とは、”個々の権利又は名誉をかけて生死を競う争い” とされてます。
ですが今回僕たちが求めてるのは通常形式の”試合”で、命は当然賭けませんし、争うのは権利でも名誉でもなく、軽い謝罪と授業の選択。
この程度であれば、普段から”ちょっとした約束”として認められてる範疇を出ないかと思いますが」
「え!? そうなの!?」
ルーベンの連連とした説明に女教師が驚いて目を見開く。
その様子からして、”決闘は禁止”という文言は知っていても、その明確な基準や判例は知らないようだ。
「はい、確認してみてください」
ルーベンは”頼むよ”とばかりに女教師にそう言う。
すると女教師はまた狼狽えたように立ち上がると、手で軽く空を抑えるような仕草をした。
「ちょ、ちょっと待ってね」
そしてそう言うと、まるで逃げるように部屋を後にしたのだ。
女教師が去ってルーベンとモニカの2人きりとなった部屋は、一気にシーンと静まり返ってしまい、音といえば扉の向こうから漏れてくる事務局の雑音くらい。
当然ながらお互いに口をきける気分ではないのでこうなる他ない。
まあ、それは”いつもそう”と言われればそうなのだが・・・
だが、いつもならルーベンの空気にモニカが当てられてるのに対し、今日はモニカの纏う”怒りの波動”のせいでルーベンも迂闊に声を掛けられなくなっているので、非常に珍しい光景となっていた。
そんな状態が、0.3時間(約20分)くらい経った頃だろうか。
ようやく部屋の扉が開けられると、先程の女教師が待たせたことを謝罪しながら入ってきた。
だが先程と違うのは、女教師の後ろから仁王と見紛う形相の小柄な教師が現れたことだ。
「呼ばれて来てみれば・・・まさかお前たちとは・・・」
その小柄な教師がモニカとルーベンを一瞥しながらそう呟く。
応対してくれた助手格の女教師と違い、ルーベンもモニカもその教師は知っていた。
雷のように荒々しい魔力で黄色く光る目と黒髪は見間違うことはない。
戦闘系の教師の中核的存在である、グリセルダ先生である。
グリセルダ先生は入ってくるなり女教師を追い越して近寄ってくると、威圧を強めながら口を開いた。
「アラン先生に確認した。
確かに。ちゃんとルールを決めた試合形式での模擬戦という事なら、試合するのは構わんそうだ。
賭けるものについても”口約束”の粋を出ない、強制力のないものならば、問題ない範囲とのこと。
だが確認するが、
グリセルダ先生が念を押すように、そう聞き返す。
すると2人は兄妹の様に揃って頷いた。
「では、競技場と日程はこちらで決めるから、2人共空いている日時を事務局に伝えておくように。
だが賭ける物については、今一度お互いに話し合って決めろ」
「それはもう決まってます」
グリセルダ先生の言葉にモニカが即座に答える。
だがグリセルダ先生は首を振った。
「もう一度考えろ。 とにかく試合に勝った方が ”相手の言うことを、強制力のない範囲で一つ聞く” という条件で報告しておく。
内容が酷いものでない限り、それにアクリラが関知することはない。
試合のルールはお前達の能力を鑑みて高等部仕様のもの、審判と立会人は私が務める。
以上だ」
グリセルダ先生はそう言うと、すっと立ち上がり2人の挨拶も聞かずに部屋を後にした。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
”モニカVSルーベン”
その情報は、どこから漏れたのかあっという間にアクリラ中に広まっていた。
それは、そもそも2人が住民にとって注目の的だったこともあるが、何よりも昨年末の対校戦で彗星の如く現れたモニカが”順位戦に出ない”ということに、数週間で最大の”不満”を溜めていたことも大きいだろう。
”前回の反省”から、ちゃんとした形式をとって戦うことにしたことが、逆に大きな話題になるとは当人達は全く予想していなかった。
当人達にとってむしろ意外だったのは、”誰も止めるものがいなかった”ことだろうか。
マグヌス側、アルバレス側双方とも、すぐにこれは単なる”練習試合”であり、その動機についても両国間の何らかの蟠りに起因するものではないと発表し、事実上の”公認”を出したのだ。
アクリラ側も、
そんな周囲の反応にルーベンはなんだか居心地の悪い日々を過ごす羽目になっていた。
風の噂では、モニカの方も大きく変わりはないらしい。
だが、ルーベンに対しては、彼の”ストーカー行為”が溜まっていたことも有ってか、非常に厳しい態度を取っているとモニカの友人が口を揃えており、それがまたルーベンの心に刺さっては抜けない日々が続く。
そして決戦の日取りが決まって数日後。
ルーベン等、中等部の授業が本格的に再開した。
街の中では生徒たちが一定の時間ごとに大移動を始める”正常な光景”が復活し、
朝には高等部や中等部の上級生が、初等部の生徒を引率する光景が、
昼には、教室を埋め尽くした生徒が真面目に授業を聞いたり、教練場や競技場では生徒たちが汗を流す光景が、
夕方には、課外活動へと解き放たれた生徒たちが、所狭しと街中を駆け巡る
光景が繰り広げられている。
だが、その中にあってルーベンは、何か足りないものを感じながら日々を過ごしていた。
”軍位スキル”へと格上げされたこともあり、ルーベンの授業は去年にも増して戦闘系に寄っている。
だがそこに、”居るべきはずの者”の姿がない。
モニカの戦闘系への参加は未定のままだが、だからといって授業自体がなくなるわけではないのだ。
今どこで何をしているのだろうか?
ルーベンに対して、日増しに怒りを増幅させているという噂は本当だろうか。
授業が被ることがないので、顔を見ることすらままならない。
順位戦で、己の名前が最上段に虚しく書かれた順位表を見ながらルーベンは、ポッカリと心に穴が空いてしまったような感覚に陥っていた。
「なに黄昏てんのさ! ルーベン!」
「あ、わるい」
足元から上がってきた不平に、ルーベンは慌ててそう答えると、今しがた倒した
だがアデルは驚いた事にその手を払うと、その頬を膨らませて不満顔を作った。
「また強くなった! ずるいよ!」
どうやら、あまりに瞬殺だったので怒っているようだ。
アデルが埋まるように寝そべるルーベンの周囲の地面は、何かに押された様に陥没し穴のようになっていた。
まるでそこだけ巨人に踏まれた様にも見える。
その光景に、ルーベンは心の中で気を引き締める。
確かに、”ヴェロニカ”の力は
少なくとも
こんな物では、今のモニカに勝つなど程遠い。
だがアデルは、別の事にも憤りを感じていた。
「それにルーベンだけモニカちゃんとも戦えるなんて!」
「なんだ、アデルもあいつと戦いたいのか?」
「当たり前でしょ! ルーベンばっかりずるいよ! 僕もモニカちゃんのお尻を揉みたい!」
「・・・」
あまりにも呆れたアデルの憤りに、さすがの親友も言葉を失う。
色欲の塊とは知っていたが、どこまでそんな事で頭を埋め尽くしてるのか。
自分の思考とのあまりの差に、ルーベンはため息をつくしかない。
「アデル・・・少しは女の子のこと、”人”としてちゃんと扱ってやるべきだと思うぞ?」
ルーベンがそう忠告する。
アデルは女子と戦う時、あまりにも相手に触ることに終始しすぎだ。
今はまだ子供の戯言で済まされていても、そのうち限界が来るだろう。
だが、アデルはそれを即座に切って返す。
「うるさい! ルーベンにだけは言われたくないよ! スケベ心丸出しのくせに!」
「・・・は!?」
「だってそうじゃん! 【透視】でずっと女の子の裸見てるし! 想像してるし! 僕知ってるよ、ルーベンはモニカちゃんの裸の絵ばっかり描いてるって!!」
アデルがそう言うと、周囲の”ギャラリー”の空気がにわかにザワついた。
流石に今のはルーベンでも聞き捨てならない事くらいは分かる。
だがそれは濡衣。
「あれは”攻略用”のレポートだ」
ルーベンが即座に否定する。
確かにモニカの”裸の絵”に相当するもの自体は存在する。
だがそれは対戦相手を分析するために作った資料の一つであり、それに”いかがわしい感情”を持ったことなどない。
なにせ”解剖図”といった方が近いのだ。
むしろあまりの生々しさに、時折吐き気を覚えるほどである。
だいたい・・・
「あれなら、他の奴の分もあるだろ。 アデルのとか」
ルーベンは呆れたようにそう指摘する。
”攻略レポート”は、年齢性別問わずルーベンが作っているもので、当然アデルの物も作られている。
だが、アデルはそれを聞くと気色悪そうに顔を歪め舌を出した。
「うえっ」
するとそんな2人に向かって澄んだ少女の声が掛けられた。
「あなた達、いつまでそこで私語してるつもり? さっさとフィールドから出てよ」
シルフィがそう言いながら、同級生の少年を引っ張って入ってきた。
次にこの場所で戦う組み合わせなのだろうが、少年の方はこの先の運命も知らずにシルフィに触れられて顔を真っ赤にしている。
そしてそれを見たルーベンとアデルは、流石にこれ以上長居はできないと判断し、アデルをルーベンが引っ張り起こして立ち去る事にした。
だがすれ違い様に、シルフィがルーベンに呟く。
「・・あなたって、本当に馬鹿よね」
その冷たくも熱を帯びた言葉にルーベンは一瞬ドキッとなるが、振り返ってもそんな様子は微塵も見せないシルフィの後ろ姿に狐につままれた様な気分になった。
どうもシルフィもルーベンとモニカの”喧嘩”について思うところがあるらしい。
それともアデルと同じく、ルーベンだけモニカと戦える事を妬んでいるのか。
その事を問いただそうかと思考するも、膝丈の小人の少女に引っかかってしまって頓挫する。
「ちょっと、どこ見てんのよ男子」
少女はそう言うと、背中を覆う大きなフワフワの丸い尻尾でルーベンの足をバシバシ叩きながら、悠然と立ち去った。
流石、1組所属とあってか数倍大きい相手にぶつかった程度ではビクともしないが、ルーベンの”ボッチ空間”すら平気で突破するのは珍しい。
彼女の名前は覚えておいた方がいいだろう。
さて、次の対戦相手は・・・シルフィは別の子と当たるから・・・
「それにしても・・・よくやったねルーベン」
不意にアデルがルーベンの肩を引き、意味深な顔で耳打ちしてきた。
だがルーベンは怪訝な顔になる。
「何がだ?」
「”モニカちゃんとの事”だよ。 試合に勝ったら”相手の言う事を1つ聞く”んでしょ? 何やらせる気なんだか」
そう言いながらグイグイと肘を押し付けるアデル。
「おい、それは試合をするための形式的な方便で・・・」
そう言ってアデルの誤解を解こうとするルーベン。
だがアデルは止まらない。
「またまたぁ、内容を
「じゃあ、何させるって思ってんだ」
「そりゃ、奥手なルーベンだから”そんな事”は求めないだろうけど・・・」
そう言いながら、何気ない動作で右手の人差し指と中指を左手で掴む仕草をするアデル。
そのサインに対し、ルーベンは口を開けるも言葉が出てこなかった。
するとその瞬間、まるでルーベンの気が緩むのを見計らったように、アデルが右手の指を左手から抜いてルーベンに突きつけた。
「でも”結婚しろ”って言うくらいは考えてたんだろ?」
「・・・・は!?」
その言葉にルーベンの思考は一瞬止まる。
「ちょっと待て、なんで僕があいつに”結婚しろ”なんて言うんだ!?」
「いや、むしろなんで言わないの?」
アデルが不思議そうな顔で聞き返す。
その表情は、ルーベンがなぜそうしないのか不思議でならないといった様子だった。
「僕は別にそんな事、望んで・・・」
ルーベンの言葉は途中で勢いを失う。
なにせ、本当に望んでない
「そんなこと言ってると、他の男に取られちゃうよ。
モニカちゃんってあれでも貴族の子供だし、影響力も大きいから、もう既に声がかかってても不思議じゃない」
アデルは今度は、時折見せる物凄く思慮深そうな表情でそう問い返す。
その言葉でハッとする。
確かにモニカがいつまでも、ルーベンの眼の前にぶら下がっていることなんて無い。
それどころか、ついこないだまでは完全に手の届かない所にいたのだ。
だが、だからといって・・・
「そんな事、許されるわけないだろ。 ”強制力のない口約束”の限度を超えてる」
”婚姻”を掛ければ、間違いなく”禁止事項”を満たして試合自体が罰せられかねない。
だがそれに対しアデルは、いつもの屈託のない笑みを浮かべた。
「ルーベンは真面目だねえ。 でも”断ってもいい約束”なんだから、向こうも突っぱねるよ。
その時は、普通に順位戦に復帰してもらえばいいじゃない。
・・・だけど、モニカちゃんの”記憶”には残るよ」
アデルの言葉にルーベンのコメカミがピクリと動く。
最後の言葉が・・・まるで、聖王神話の悪魔の様にルーベンの心を激しく乱していた。
確かに・・・そう言ってルーベンにデメリットはない。
そんな事がルーベンに可能かどうかはおいておいて、あくまで”冗談”として扱うことができれば”外”に向けての牽制にもなる。
そう考えれば、これはもしかして、大きなチャンスなのではないか?
いつしかそんな”邪な考え”が、ルーベンの心に根を張っていたのだ。
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