2-15 外伝:エリクサーガ 001話  屑山の守護者、剣士の少年

 ”ドガン!”という強烈な音が響き、真っ赤な火花が飛び散る。

 何度も、何度も何度も。


 ヴェレスの鍛冶屋では、今日も真っ赤に熱した鋼鉄の上に巨大なハンマーが振り下ろされていた。

 そしてそのハンマーを握る少年は、しばらくの間そうやって鋼鉄を叩いてから、まだ熱い鋼鉄を素手で・・・掴んで持ち上げ、表面を指で撫でて汗の焼ける具合を確かめる。

 そして再び素手で・・・燃え盛る窯の中に鋼鉄を置くと、魔力を流して火の温度を上げ。

 鋼鉄が再び赤熱すると素手で・・・取り出してハンマーで叩くを繰り返した。


 その少年、”エリク”はハンマーを持つ角度に気を付けながら手を動かす。

 自分よりも重いハンマーを使うときはいつもバランスに気をつける。

 自重の倍程度の重さの物を片手で持ち上げた経験がある者ならわかると思うが、人というのはその程度の重さでも案外簡単に転んでしまうものだ。

 だから、両足を大きく動かしてハンマーをその内側で振らないといけない。


 ”ドガン”という音が鍛冶場に響く。



「おっし、今日はその辺で良いぞ」


 作業が一段落した時、後ろで別の作業をしていたこの鍛冶場の”親方”がそう声をかけてきた。

 それを聞いたエリクが手早く道具を片付け汗を拭う。

 そして近くの壁に立て掛けてた自分の荷物に歩み寄ると、それを取って帰宅の準備を始めた。

 エリクはあくまで”手伝い”なので、この鍛冶場に住み込んでる訳ではない。

 

そっち・・・の方はどうだ?」


 ちょうどエリクが、細長い”布づつみ”を手に取った時、親方がそれを見ながらそう聞いてきた。


「今月に入ってからは開店休業状態です。 ”師匠”が休んでるので」


 エリクは事もなげにそう答える。

 すると親方はゆっくりと首を縦に振った。


「師匠さんの様子は?」

「あまり・・・」

「アクリラの医者に診せてみたらどうだ? あそこならどうとでもなるだろ」

「そう言ったんですが、師匠が嫌がって」

「まあ・・・不思議な人だからな」


 エリクの答えに親方はやれやれと首を振る。


「それでもお前なら依頼はあるだろ?」

「1人じゃ、やりませんよ」


 エリクがそう言って笑う。

 結果は出ているが、そこまで自惚れてはいない。


 エリクは持ってる力に対して脆い。

 それはこの半年で嫌というほど叩き込まれた。

 ただ”剣が強い”だけ。

 フォローが居なければ、早々に土に帰るのがオチだと師匠にもキツく言われていた。


「でも、なかなか他のところで定着できないし、次の相手も気に入ってくれるか」


 エリクの戦い方は特殊すぎて組める相手がほとんど居ない。

 前にアクリラ生の魔法士と組んだときも、それですぐに破綻していた。


「まあ、俺に剣は分かんねえからなー。 作るのは得意なんだけど」


 親方がそう言って頭を掻く。

 流れ者のエリクに僅かとはいえ職を与える程人が良い彼らしい仕草だが、そういう姿勢を見せてくれるだけでも嬉しい。


 だいたい”師匠”が強過ぎるのだ。

 エリクの戦い方に難なく合わせられる人はあの人くらいしかいない。

 今度も同世代だというし多分無理だろう。


 そう考えながらエリクは鞄と長い”布巻”を背負うと、親方に軽く挨拶して鍛冶場を後にした。





 夕暮れ時のヴェレスの街は活気がある。

 大商業都市のアクリラで今朝取引されたばかりの商品が続々と到着し、今から中卸に掛けられてマグヌス中に広がっていくのだ。

 ここから翌日の明け方までがヴェレスの街の一番賑わう時間。

 逆に午前中は驚くほど活気がない。

 特にヴェレスは食品の扱いが多いので、あっという間に商品が仕分けられ、夜が明けた頃にはもうここにはないということも珍しくないのだ。


 だが、食料の扱いが多いというのは良いことだけではない。

 エリクが道の脇に目をやると、早速一番に捨てられた獣の骨や内蔵や切れ端などを目当てにゴミ箱に走り込む孤児達の姿が目に飛び込んできた。

 みんな目を血走らせて自分の分を確保すると、すぐに逃げていく。

 市場がある街ならどこにでも見られる光景だ。

 例外は入るのが恐ろしく難しく、また仕事が多すぎて残飯漁りをする必要がないアクリラくらいだろう。

 エリクだって、隣町というのに一度も行ったことがない。

 ただ、その恩恵は感じられた。

 ここの街の孤児達は皆肉付きが良いし、肌もきれいで元気だ。

 マグヌスとは思えぬほど多種多様の種族の子供がいるのも特徴だろう。

 それに大きくなれば雇ってくれる所も多い、なにせ一番”商品の味”を知っているのだからすぐに目利きになれる。


 だが、それも”元気であれば”なのだけれど・・・・



 街を歩いていると、裏路地の方から何かがぶつかる音と、大人の怒声がいくつか・・・あと聞き覚えのある子どもの悲鳴が聞こえてきた。

 


「おいガキ! どこに目ぇつけてんだ!」


 裏路地に入ると、そう言いながら幼い少女を蹴る獣人の男とそれを取り囲む多種族の大人達の姿が見えてきた。

 予想通り大人達の姿は見覚えがないが、少女の姿は覚えがある。

 少女の足には生身の代わりに”木の棒”が付いていた。

 すると別の男が少女を蹴った。

 2ブルは優に超えている亜人の大男だ。

 軽く蹴っただけというのに、その長い足の威力か少女の体が軽く浮いて吹き飛ばされる。

 それを見たエリクは慌てて、足に力を込めて飛び出した。


「ああ!!」


 言葉にならない叫びを力に変え、なんとか少女の下へと駆け込むとその体を受け止める。

 ”ドゴッ”っという鈍い音が響き、腹に大きな力が一気にかかる。

 だが少女の小さな体でも、勢いがついてしまえばエリクでは咄嗟に受け止める事ができずに無様に地面を転がるしかない。

 それでもなんとか少女を庇いながら、必死の思いで転がって勢いを殺すと、やがて道の端の木の柵にブチ当たって止まった。

 脇腹に支柱がぶつかり息ができずにもがく。

 するとそれを見た獣人の男達が「何やってんだ」と言いながら腹を抱えて笑った。


 エリクはその痛みを噛みしめる。

 これでいい・・・

 エリクは腕の中の少女を見ながら声をかけた。


「大丈夫・・・か?」

「うん・・・でも・・・」


 少女の言葉の続きを、手を押し当てて止める。


 少女の体を横にそっとずらすと、エリクは長包みを地面に突いて体を起こして膝を立てる。

 すると布の中で重たい”筒”がガチャリと動き、更にその中の軽い物体が僅かに動く振動が、手の感触を通して意味深な存在感をエリクに投げかけてきた。


「・・・なんで、この子をいたぶってたんですか?」


 立ち上がりながらエリクは静かに男達にそう聞いた。

 男達の見下したような視線が刺さる。

 実際、エリクの体は彼らから見れば驚くほど小さく貧相だ。

 

「てめえ、そのガキの連れか?」

「・・・ええ、この子が何かしたんですか? 物を取ったというのであれば、お返しして謝って、この子には俺からキツく注意しておきます」

「そんなもんじゃねえんだよ!!!」


 その叫びと同時に、獣人の強靭な足が踏み降ろされ尻尾が打ち鳴らされる。


「そのガキが俺達の前に躓いて転んだせいでよ、俺達はアクリラ行きの馬車を逃しちまったんだよぉ!!! ゴラァ!!??」

「馬車?」


 エリクが怪訝な風に聞く。


「ああそうだ!! ”はんぼうき”とかでクッソ高くなってる馬車券がよぉ!! こいつのせいで紙クズになっちまったんだよ!!!」


 なるほど。

 エリクは薄っすらと状況を察する。

 たしかにこの時期はアクリラの大商会達が揃って”共同決済”の発表を行うため、交通網が大混乱に陥っている。

 只でさえ売買が活発になる時期だというのに、

世界中の取引価格に影響を与えるため、世界中から商人がその発表を見ようと押し寄せるのだ。

 きっと彼らもその手合いだろう。

 その手の商人は気が立ってる事もあってか、騒ぎが耐えない。

 とりあえずエリクは、事を収めるために頭を下げた。


「それはすいませんでした。 ・・・ですが、それだけ高いならもう少し早く向かいません?」


 馬車の時間なんてかなり曖昧なのに、一回転んだ程度で逃す程ギリギリに行くなんて。


「ああん!!? 口答えすんのかこのガキは!!」

「いや、馬車券の話は筋違いでしょと」

「筋違いはてめえだろおおがあ!! その”片脚”がノコノコ歩いてるのが悪いんだろおおおが!!」


 男はそう言うと恐ろしい形相でエリクの眼の前に迫ってきた。

 その恐怖にエリクの足が竦む。

 だがその言葉で、男の怒りの理由に気がついた。

 脚力を誇る種族の多い獣人にとって”足がない”というのは、最悪の障害で絶対的な忌避の対象。

 ”走れない存在”というのはそれだけで汚物以下なのだ。

 そんな存在に彼等の最も嫌がる”行動の阻害”をされた憤りが、彼等の怒りの原点なのだろう。

 だが、


「ここじゃ、それで誰かを痛めつける理由にはなりませんよ」


 エリクがそう言いながら睨む。

 すると男が激昂して掴みかかってきた。


「何だこらぁ!!?? てめえもやるのかああああ!!!???」


 そう言いながら胸ぐらを掴んで一気に上に引くと、エリクの小さな体はあっけなく持ち上がってしまう。


 エリクは弱い。


 だから、その恐怖からくる咄嗟の行動を止めることが出来なかった。


 エリクが抗うように両手で男の腕に掴みかかる。

 すると必然的にエリクの持っていた長包みが男の顔に触れ、それに激昂した男が、布の上から長包みを掴み取った。

 ”ガシリ”という感触が包みの中身を通してエリクの腕に伝わる。

 

 その瞬間、突然包みが黒く光り、”グイッ”っというどこから湧いたのかわからない力が長包みを押し上げて、そのまま男の体を吹き飛ばした。

 その現象にエリクが驚く。


「しまった!?」


 咄嗟の揉み合いで思わず魔力を込めてしまったらしい。

 男の体は祭りで投げられる餅菓子のような勢いで裏路地から飛び出し、そのまま反対側の建物の3階の壁にブチ当たって滑り落ちた。

 通行人達がその音に反応し何事かと顔を向け、無様に寝そべる男に視線が集まる。

 幸い、死んではいないようだ。

 そのことにエリクがホッとしつつも、他の男達に注意を向ける。


 男の仲間たちは、今見せたエリクの力に得体のしれないような表情を浮かべながら警戒していた。

 手練れの2人が射抜くようにエリクを睨む。

 だがエリクがなけなしの気合で睨み返すと、ここで争っても損が大きくなるだけと判断したのか男達は何も言わずに距離を空け、そのまま道の反対側で伸びている男を担ぎ上げて走り去っていった。



「ふぅ・・・」


 状況が終了したことに安堵したエリクの膝が、吐いた息と一緒にヘナヘナと崩れ落ちる。

 本気で喧嘩しなくてよかった。

 エリクはまだ、この”剣の力”を喧嘩に使えるほど制御できていないのだ。

 そう思いながら長包みを握り直すと、後ろで立ち上がった少女が合ってない義足のせいか覚束ない足取りでエリクに近寄り、肩に手をついてとまる。


「エリク、ありがとう。 ・・・ごめんね」


 少女がそう言って申し訳無さそうに義足の側の服の裾を握りしめる。

 その手は震えていた。

 その手にエリクが手を添える。


「なんで、謝るんだ? お前はただ転んだだけだろ?」

「わたしの足がこんなだから・・・」

「それでも歩いてるじゃないか。

 師匠が言うんだ” 出来ないことを考える暇があるなら、出来ることをもう一度見直せ、肝心なときに何も出来ないぞ ”って。

 君は歩けるんだから、それが全てだよ」


 エリクがそう言うと、少女は嬉しそうに笑ってくれた。

 そんな受け売りの言葉で本当にどうにか出来る訳もないが、こんな言葉でも前に進む力くらいにはなる。



 少女が再び夜の街にちゃんと戻っていくのを見届けてから、エリクは再び帰宅の途へと足を向けた。



 どんなところにも光が差すように・・・どんなところでも闇はある。

 そんな、”分かった気になってるやつ”の言葉を借りるまでもなく、エリクが歩みを進めるにつれ、見えてくる景色に”闇”が増え始めた。

 手がない子供、足がない子供、異常にやつれて見える子供。

 そういった子達がすれ違う度に、エリクに声をかけて挨拶していく。


 彼等は全員、”孤児”たちだ。

 いや・・・エリク自身もそうだったっけ・・・

 だが普通の孤児たちと違い、彼等に”未来”はない。

 皆、どこかに重い障害を持ち、社会から捨てられた者達。


 エリクは先程助けた少女のことを思い返す。

 アクリラくらい魔法が発達していれば、先天的に足が短い彼女でも、”ちゃんとした足”を持つことはできたのだろうか。

 ・・・いや、例えそうでも彼等は施術してはくれないだろう。

 ・・・彼女にそんな”価値”はないのだから。


 ・・・あの子には呼ぶ名前すら無いのだ。


 まともに働くことも出来ず、存在価値を見いだされなかった”屑の山”がここの住人である。


 エリクの師匠は、この小さな地区の用心棒として住み着いていた。

 しかも無償で・・・というか、外で稼いだ金を全部彼等に注ぎ込んでいる。

 エリクは、師匠が何故そのような事をしたがるのかは理解できなかったが、半年もそれを続けているとそれなりにこの場所に愛着を持っていた。

 ただ、最近は外で師匠の姿を見ることは滅多になくなったのだが・・・




 地区の中心にやってきたエリクは、自分の寝床に向かう前に、そこに有ったボロ屋の一つに立ち寄る。

 藁を丁寧に織って作った入り口をめくりあげて中に入ると、狭い部屋の中に人の気配が2つ感じられた。

 その片方が口を開く。


「エリクか」

「ああ、俺だ」


 いつものようにそのやり取りを行う相手は、貧相だがスラッと背の高い少年だった。

 きっと、ちゃんとしたものを食べてちゃんとした服を着れば美少年に映った事だろう。

 その目が、両方とも完全に潰れて・・・・・・いなければ・・・・・だが。

 彼には一応”名前らしきもの”があり、外の住人はその名で彼を呼ぶが、エリクは悲しくなるので呼ばなかった。


 すると少年がエリクとは別の方向を向いて笑う。

 最初、その笑顔を見て吐き気を催した自分を呪ってやりたくなるほど、見慣れてしまえば、幸せを感じさせる微笑み。

 彼がこの地区の実質的な指導者として見られているのはこの笑顔のためだろう。


「今日の駄賃。 少ないけど」

 

 エリクがそう言いながら鍛冶場の親方から貰った今日の給金を差し出す。

 エリクは見習いではない。

 鍛冶屋不足のこの街では、エリクのような子供といえども鍛冶場で修行した経験があれば雇ってもらえる。


「ありがとう」


 少年がそう言うと、もう1人の気配がさっと部屋に入り込んできて、無言でエリクの手から金を掠め取った。

 その行動をエリクは咎めはしない。

 少年と対称的にクリンとした大きな目を持つ小さなその少女には”下顎”がなく、耳も外見だけで穴が空いておらず聞こえていない。

 彼女は完全に”音”から隔絶した世界に生きる住人だ。

 彼女にとっては、”光”そのものである少年に尽くすことだけが人生であり、他の”汚いもの”は僅かに認識するのが限界で、エリクに無愛想でも仕方がないのである。

 そして少女は無言のままエリクの持ってきた金を数えると、また無言のまま部屋の奥へと入っていってしまった。


「本当に何から何まで・・・」

「俺が稼がねえと」


 改めて行われた少年の謝意の言葉をエリクが止める。

 この地区で金を稼げる者は本当に限られていた。


「君はどこにでも行けばいけるのに」

「俺達の居場所はここだよ、自分で選んだんだ」


 エリクは頑とした態度でそう言った。

 そこだけは変わらない。

 師匠に付いていくと決めた日から。


 師匠といえば・・・


「そういや、今日師匠見た?」


 エリクが何気なしにそう問う。

 目の見えない相手に”見た?”と聞くのはなんともおかしな話だが、少年の感覚であれば、師匠みたいなのが歩いていればすぐに分かる。

 だが少年はゆっくりと首を横に振る。


「いいや、聞いてないよ」 

「そっか・・・」


「最近、どんどん外に出る日が減ってるね」

「師匠も”怪我”が酷いからね」


 この分だと今日も寝込んでいたか。

 ”あの体”が寝込んで治るのかは分からないけれど。

 師匠は偏屈なので弱っている姿は見せたくないらしく、近づくと露骨に嫌がるので、最近ではエリクですら見る事は稀になっていた。


「あの人も”アクリラの専門家”に診てもらえればいいのだけど・・・」


 少年がそう呟く。


「師匠にそれ言うと嫌がられるよ、あの人はアクリラが嫌いだから」

「・・・そうだね」


 もっとも、離れようとしないところを見るに未練のようなものはあるらしいが・・・

 ただ、師匠ほどの存在を直せる・・・ような人が本当にアクリラにいるのだろうか?


「それでも適切な”義手や義足”を作れる人はいると思うよ」


 少年がエリクの心を見透かしたような言葉を投げてくる。

 たしかに完璧に元通りにする必要はない。

 魔道具の知識があれば、とりあえず”エリクと出会った時”くらいまでには回復出来るかもしれないのだ。


「じゃあ、明日会う”新しい仲間”と上手くいきそうなら頼んでみるよ」

「おや、決まったのかい?」


 少年が興味深そうな声で聞き返す。


「ああ、アクリラの魔道具系志望の女の子らしい」

「おや、そりゃまた珍しいね。 なんでエリクと?」

「常設の”前衛”が欲しいって、色々と飛び回りたいだと」

「それはめでたいことだ」

「ああ、なにせアクリラの魔法学校生はやることが派手だからな、いい稼ぎになる」


 前に年上の魔法士と組んだことがあるが、短期間で恐ろしいほどの戦果を上げて収入が激増した。

 残念ながら師匠と上手く行かなくて続かなかったけど、続けて組めるならこれ以上のステータスはない。


「でも、もしカワイイ女の子だったとしても襲わないようにな」


 少年が冗談めかせてそう言うと、エリクは顔をほころばせて笑う。


「いやいや、俺の方が危ないって」


 そう言いながらエリクは、かつてアクリラの女子魔法士と組んだ時の事を思い出し、下半身が恐怖に震えるような感覚に陥った。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 翌日、朝一に呼ばれていた南区の冒険者協会にやってくると、そこの窓口で受付嬢に話しかけた。

 彼女は”冒険者としてのエリク”と付き合いの長い、顔見知り的な受付嬢だ。


 だが最初に聞いてきたのは”師匠”の事だった。


「ねえ、お師匠さんはいつ頃戻れそう?」

「ええっと・・・さあ、なにぶん傷が深いもんで」


 師匠がいつごろ元気になるのか・・・

 それはエリク自身が一番知りたい話だ。

 そもそも治るのか・・・


「はあ・・・治すように言っても聞かない人だしね。

 でも惜しいわ、Aランク相当の任務を気軽に依頼できる実力者なんて、アクリラの隣でもそうはいないのに」


 と、受付嬢は本気で残念そうに語った。

 だがその顔も、進行が絶望的と判断するやいなや一瞬で切り替わり、今度は物欲しそうな瞳でエリクに迫ってきた。


「で、で、”あの話”ちゃんと考えてくれた?」

「”戦士学校”の件ですか? それなら答えは変わりませんよ」


 だがエリクがそう言うと、あっという間にその勢いも萎んでしまった。


「そっか・・・」


 この話をするのは、別に今日が最初ではないし、答えたのも最初ではない。

 師匠は”行け”といってくれたが、”普通の剣”の才がない自分が行っても意味はない。

 それならば師匠の剣をもっと近くで見ている方が勉強になる。

 それに・・・


「本当は私達でその子達の支援をしたいんだけれどね・・・」

「いいですよ、そんな事をし始めたら”キリ”がなくなってしまうんでしょう?」


 エリクがそう言うと受付嬢が少し悲しそうに頷いた。

 この世界に”やくたたず”は際限なく居る。

 それを全て救う事はできない。

 だからこそ、そんな者の守護者になりたい師匠はエリクの中の”英雄”の理想像そのものだし、自分もそう在りたいと願っている。

 だが、だからこそ、彼等を見捨てることと、”剣の道”を選ぶ事の折り合いがつかないのだ。


 その事を半年ほどの付き合いで知っている受付嬢は、それ以上突っ込んでエリクを戦士学校に行かせようとはしなかった。


 受付嬢がまるで気を紛らわせるように書類を取り出し、それをめくって中を確認する。


「それじゃエリクさん、相方・・の人が着いたら声をかけますので、しばらくそこの食堂で待っていてください。 もうすぐ来ると思いますので」

「はい」


 エリクは短くそう答えると、冒険者協会の受付前に併設されている食堂のテーブルへと向かった。

 簡単な朝食を済ませているので空腹じゃないから注文はしないが、どちらかといえば待合室代わりなので誰も水すら注文しないエリクを責めなかった。

 夜は酒場に変わり、そこで収益の大部分を生み出すというのも大きいか。

 とりあえずエリクは、受付から少し見にくい位置のテーブルに腰を掛けると、じっと受付の方を見つめた。


 新しいメンバーと組む時はいつだって緊張する。

 どんな相手が来るのか。

 果たしてエリクと連携が可能な人か。

 師匠がいた時は、たとえ破綻したパーティであっても最悪師匠が全部片付けてくれたので安心だったが、今は自分で尻を拭わなくてはいけない。


 それからしばらくの間、受付をただボーッと眺めるだけの時間が過ぎる。

 魔法士は何人かやってきたが、女子のアクリラ生は今の所2人だけ、青い髪で長身の人と、腰くらいの高さの亜人が1人ずつ。

 どちらもエリクと同年代と言うには少し大人過ぎ、案の定、違う場所へと向かってしまった。

 ただ、どちらも見るからにその辺の魔法士とは”オーラ”が違うので、その子も同じような感じで見えるのだろうか?

 それとも、まだまだ幼く見えるのだろうか?




「エリクさーん!」


 突然、受付の声が聞こえテーブルから顔を上げると、ちょうどこっちを見ながら手を振る受付嬢の姿が目に飛び込んできた。

 考えすぎて、いつの間にか眠っていたらしい。


「紹介する方、着かれましたよ!」


 その言葉にエリクが心の中で緊張の度合いを高める。

 やはり何度経験しても、この新しいメンバーとの初めての顔合わせが1番緊張する。

 だが、エリクは相手にそれを悟られない様に注意しながら立ち上がると、受付前の人物を注意深く見つめた。

 シンプルな魔法士服にいくつかの魔道具をぶら下げており、特徴的で大きな髪飾で長い髪を後ろで1つに纏めている。


 こちらに振り向くと、事前に聞いていた通り女の子の顔がこちらを見た。

 髪飾りと一体となった不思議な眼鏡をかけている。

 だが同年代とは聞いていたが、想像以上に小さいな。

 顔つきこそ少し大人びて見えるが、ウチにいる8歳くらいの女の子と同じくらいか。

 小さい種族ではないらしいので、本当にただ小さいのだろう。


 だがそこから放つ存在感は、確かにアクリラ生特有の異様さを秘めていた。

 いや、それ以上かもしれない。

 その女の子の目は恐ろしい程黒く、見ていると吸い込まれそうだ。


 その女の子が受付嬢に声をかけてから近寄ってきた。

 エリクは緊張の度合いを強める。

 少女が話しかけてくる。


「えっと・・・エリクさん?」

「はい、はじめまして、エリクです」


 エリクはできるだけ失礼にならない様に注意しながらそう名乗った。


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