2-15【流れ行く日常 8:~冒険者契約~】



 ヴェレスの南冒険者協会の食堂にて、俺達は大変気まずい気分で向かいに座る少年を見つめていた。


『で、どうする?』


 モニカが心配そうに聞いてくる。


『どうするもこうするも・・・まさかこんなところで出会うとは・・・』


 人生、何がどういう作用をするのか、意外なところで意外な出会いがあるというか・・・


 去年の夏の始め、まさにこの街にたどり着く手前で、俺達は”コイロス・アグイス”というトルアルム地方に現れる魔獣に襲われた。

 それ自体はすぐに処理できたのだが、問題はその”戦果”をどうするか。


 何を置いてでも、とにかく目立ちたくなかった当時の俺達は、その戦果をその時気絶していた剣を持っていた少年・・・つまりこのエリクに被せることで目立たずに済んだ。

 まあ、その後の事から言って大して意味を成さなかったんだけど、あの時はそれくらい切羽詰っていたのだ。

 その代わり、エリク少年はCランク魔獣討伐という”凄い偉業”とその報酬を手にしたわけで、あとはどこかで頑張ってくれと思っていたが、そうは問屋が卸さなかったらしい。


 まさかその少年が俺達の前衛として紹介されるとは・・・


 そうなると、結構な額の賞金こそあげたものの、いろんなものをおっ被せてしまっただけに、なんとも言えない責任感のようなものが俺達の中に充満していた。


『冒険者、やってたんだ・・・』


 モニカがなんとも苦々しげにそう呟く。

 普段鍛冶屋やってるという話や、この半年くらいで急に出てきたという話から考えても、俺達が彼の人生を変えてしまったことは間違い無さそうである。


『だが結構な戦果だぞ?』

『Cランク魔獣3体だっけ?』

『ああ、1体は俺達が倒したやつとしても、あれと同格を別に2体倒してる事になる。

 魔獣30体の方は”師匠”とやらとの共同かもしれないが、こっちはエリクの戦果って聞いてるからな』

『じゃあ、それだけの”ちから”があるってことだよね』


 それを鑑みて改めてエリク少年の体を見返してみると、あの時よりも全体的に引き締まったような印象を受けた。

 前はもっと弱そうな感じだったのに、今や随分芯の通った顔立ちをしておられる・・・

 強そうな感じではないが、それなりの試練を乗り越えてきたような凄みを感じた。

 モニカの目が、すーっと鋭くなっていく・・・

 だが、その時エリクがなんとも居心地が悪そうにこっちを見てきた。


「・・・・えっと、”合格”?」

「え?」

「なんか・・・ずっと、怖い顔でこっちを睨んでるから、悩んでるのかなって・・・」


 どうやら無言で見つめる時間が長すぎたようだ。


「あ、いや、そういうことじゃ・・・」


 モニカが慌ててそう言い、さらに誤魔化すように近くを彷徨いていた店員に”朝食セット”の注文を行う。

 これまた誤魔化すようにエリクの分も。


 だが、その行動が逆に不信感につながったらしく、モニカが朝食のパン(ヴェレス名物の蒸しパンみたいなやつ)を頬張っている間も、なんだか不安そうな目でこちらを見てきた。

 

 




「えっと・・・それじゃわたしの名前から言うね。 ”モニカ・シリバ”、アクリラで魔法士の勉強してます」


 とりあえず朝食をかき込んだモニカがそう言って自己紹介を行う。

 ”ヴァロア”の名前はむやみに使うなと言われていたので使わない。


「アルバレス人だけどマグヌスの北の方で育って、今はアクリラで魔道具を専門に、ゴーレム機械士を目指してます。

 戦闘はそれなりに自信があるけど、後方支援の経験が欲しくて、あと一緒に色んなところへ付いてきてくれる人が必要なので、前衛ができる人を探してました」


 続けて、俺達の説明を行う。

 ボヤかしているが大体こんなところだろう、という感じだ。

 うん、”嘘”は言っていない。


 すると続いてエリクが口を開いた。


「”ティラノのクルー村のエリク”。 ・・・だけど公証はされてないから、”只のエリク”かな。

 ヴェレスの街で剣士をやってます。 でも普段は鍛冶屋で仕事して、時々依頼がある時だけだけど」

『ティラノってどの辺?』

『えっと・・・ロメオの翼で1日くらい北西に行った辺りだな。 マグヌスの真ん中の方か。

 ただ、俺の地図だとその辺の詳細が不明でクルー村の場所は分かんねえ』


 ティラノは、まあまあ広い行政区だ。

 この”まあまあ”というのが、マグヌスみたいにスケールのデカイ国だと、小国数個分とかなので困るんだけれど。


 そうやって、とりあえず名前は分かるレベルの自己紹介を終えた俺達は、次にお互いの能力や戦闘方法について説明し合うことになった。

 ・・・のだが。


「”魔力砲撃”・・・ですか?」


 聞き慣れない単語にエリクが首を捻る。


「こう・・・魔力をまとめて・・・ドーン!で、バーン!って感じ」


 そう言いながら両手を空中に動かして、一生懸命に説明するモニカ。


「・・・・」


 だが、それじゃ伝わらんよモニカ。

 やがてエリクは諦めたように目をそらした。


「・・・一度見てみた方が早いかな」

「うーん、そうだね・・・」


 エリクの返答に、そう答えて肩を落とすモニカ。

 魔力や魔法の使い方について一般人に説明するのは予想以上に難しい。

 特になまじそれで生きてると、どこが分かってもらえてないのかこっちが理解できないからな。

 まあ、一通り補助系の魔法も一般レベル以上には使えるので困ることは無いだろうというのは伝わってくれたので良しとしよう。

 あと、


「その”免許”って、アクリラでも難しいやつですよね?」


 モニカがチラッと出した”2種免”に反応するエリク。


「これ知ってるの?」

「前に組んでた人が、そんな名前の試験に何度も落ちてるって言ってたので」


 そう言いながら心底驚いたような表情をするエリク。

 その顔からして、前に組んでたアクリラ生というのは結構強かったらしい。


「ふふーん」


 エリクの言葉に気を良くしたモニカが、どうだとばかりに背筋を伸ばして胸を張るも、元々の背が低いせいで依然としてエリクの頭の方が高い位置にある。


「僕と同じくらいなのに、それを持ってるなんて凄いですね」

「ふふふーん『それほどでも!』」

『心の声が漏れてるぞー』


 案外簡単にノセられてるモニカを見守りながら、俺はエリクに対する評価と罪悪感を高めた。

 どうやらエリクは、とりあえずこのモニカ得体のしれない少女の機嫌を取っておこうという作戦に出たらしい。

 モニカはそれに見事にノセられちゃってるワケだが、別に騙そうとかって訳じゃないので問題はないか、処世術の範囲だろう。

 むしろそこまで自然に身につくくらい、大変な目にあったのだろうと考えると胸が傷んだ。

 半年前は、人を助けるために自ら死地に身を投げる様な真っ直ぐな子だったのに。


 まあ、放り込んじゃったのは仕方ない。

 責任を取る意味合いでも、できるだけサポートしてやろう。


 もっとも、その前にやらねばならぬ事があるのだが。


「それじゃ、”契約”の話をしよう」


 モニカがそう言いながら、さっき受付のお姉さんから貰った5枚立ての書類をテーブルに広げる。

 冒険者を雇うには「おう一緒にやろうや!」「ガハハ、分かった!」では駄目なのだ。

 そこは”魔法契約社会”、何事もきちっと様式だった契約が必要になる。

 モニカが広げた5枚の契約書には、上部3分の1を埋め尽くす契約魔法陣が描き込まれ、そのすぐ下に俺達2人がサインする欄が魔力回路で繋がっていた。

 比較的罰則の緩い契約だが、かなり高度で複雑だ。

 最新式だな、破るのは無理だろう。


 じゃ、まずは・・・


「ええっと、契約書読めますか?」


 俺の指示通り、モニカがエリクに確認を行う。

 だがエリクは首を横に振る。


「字は時間をかければ読めますけど、こういった堅いものは」


 あ、やっぱり。

 この世界、識字率は驚くほど高いが、それは簡易的な文章に限定されてしまう。

 普段から高度な文章を無理やり読まされるアクリラ生のようには行かないのだ。

 だからこういう時は、


「じゃあ、わたしが読みますね。 ええっと、この契約は1ヶ月間の”しようきかん”を定めて、両者が”ごうい”したときのみ本契約に移ります」


 モニカがそう言うとエリクが頷く。

 その慣れた感じからして、読めなくともその内容は経験済みか。

 そりゃそうか。


 そこから、俺達は冒険者協会に貰った”テンプレ”を頼りに、契約注意事項を確認し合う。

 連絡事項、共有事項、解除事項、etc・・・

 まあ、面倒くさいやつだ。

 だが契約を成立させる為なので仕方ない。

 特に魔法契約は”理解”によって作動するので、飛ばす訳にもいかないのだ。

 エリクの方も、これが自分の運命に繋がると理解してるのか、モニカの言葉を真剣に聞いていた。

 

「それで、このパーティでエリクにやってほしいのは、前衛のポジション」

「それで、モニカが後衛と補助と」

「うん、それ以外にも考えてるけど、今はそれだけ。

 だけど、その経験が欲しいの、だからエリクに強さは求めないつもり。

 その代わりできれば数年単位で組んで欲しい。 わたしが背中を預けられる・・・・・・・・”仲間”になって欲しいの」


 モニカは真剣な表情でそう言うと、エリクはしばし考えるように視線を宙に彷徨わせてからこっちを向いた。


「俺が前衛なら、こっちが背中を預ける・・・・・・んじゃないのか?」

「あ、そっか」


 モニカがハッとしたような声を出す。

 確かに前衛と後衛という関係上、背中を預けるのは常にエリクの方だ。


「それじゃあ、背中を預けてくれる仲間がほしい」


 モニカが言い直す。

 だが、それを見たエリクはなんともバツの悪そうな顔になる。


「俺もやるだけの事はやってみる。 けど、俺の戦い方って結構変だから・・・」


 そう言って口籠るエリク。

 腕には自信があっても、人と組んで戦うのには自信がないらしい。


「じゃあ、”良い練習”になるね」


 だがお返しとばかりにモニカがそう言ってニヤリと笑うと、エリクがキョトンとした顔になった。



「ところで変な戦い方って? 剣を使うんだよね?」


 今度は逆にモニカがエリクの戦闘技術を聞く。

 するとエリクは徐に、片手を振って空を切った。


「こう、剣が勝手に動くというか・・・グン!って引っ張られて、ガラガラと転がる感じというか・・・」

「あー・・・はぁ・・・」

『なんだろうね、”ガラガラと転がる”ってのは新しいね』


 どうやら、彼も感性で動くタイプのようだ。

 そういや”ヒドラコイロス・アグイス”の時も叫びながら飛び出していったっけ。


「ま、まあ・・・見た方が早いよね」


 そう言って今度はモニカがお茶を濁す。

 しっかし大丈夫かなこのコンビ、初陣はお互いに何するか分かんないビックリ箱状態だ。

 こりゃあ、安全マージンは多めに見ないと。

 俺は心の内を引き締めた。



「パーティが得た”収入”についてだけど、どうしたいとかあるの?」


 エリクが契約書の1枚を指差して聞いてきた。

 それはまるまる1枚つかって書かれるほど重要な項目、すなわち”収入”に関するものだ。

 だが、モニカは俺と相談して首を横に振る。

 そういや、こういった相場に関する情報は殆ど持ってなかったっけ。


「エリクはいつもどうしてたの?」


 モニカが経験者エリクに聞く。

 するとエリクが、まだ慣れない感じに説明し始めた。


「えっと、まずその旅で得た報酬の中から、旅に使った費用を引く」

「うん」

「この時に、パーティで予め資金を出し合うことも有ったけど、俺の場合は大抵はその時に使ったお金を収入から引いていた」

「なるほど」


 確かに、諸経費をまず引かないと簡単に大赤字になるメンバーだって居るからな。

 パーティを組んでる以上、皆が何らかの形で恩恵も受けてるわけで。

 負担を分担するという考えは自然なことだろう。


「で、精算がおわって残った金が赤字でも黒字でも、メンバーの決められた比率で分けるというのが普通だったかな」

「そうなんだ」


 ほうほう、配当比率が高いと赤字も背負い込むことになるのか。

 それは意外だった。

 これは肝に銘じておかないと。

 大赤字になっては目も当てられない。


 その時、エリクが急になんとも腰が低い感じの視線で俺達を見てきた。


「それで・・・分配の比率だけれど・・・」


 そう言うなり、物欲しそうな目でこちらを見てくる。

 どうやら少しでも比率を上げてもらえるように吹っかける気のようだ。

 まあ、きっと彼も”生活”があるのだろう。

 だが適正値が分からぬのでは、こちらも対応もできない。

 

 俺は脳内の少ない資料から、適切な比率を検索した。


 それによると今回の場合、だいたい俺達が9割から8割持っていくのが適正と出る。

 なんでそんなことに? と思うが、このパーティは第二種免許を持ってる俺達のパーティにエリクが雇われるという関係だし、戦闘や日々の生活における役割の重みも違う。

 当然、魔法士で強いモニカにエリクが依存する形になるわけで、これでも8割ならかなりエリク優位である。


 俺はその事をモニカに伝えると、モニカは『了解』と呟きながら口を開いた。


「残ったお金は。仲間全員の人の数で割る・・・・・・つもりです」

「え?」


 まさかの”山分け”にエリクが驚いて固まってしまう。

 そしてちょっとしてから、慌てて口を開いた。


「え、えっと、アクリラの人と組むときは、もっと君が持っていくのが普通というか」


 どうやらモニカが相場を知らないと思ったらしい。

 そこで知らんぷりを決め込まないところは好感が持てるな。

 正直者というべきか。

 だが、モニカはニヤリと笑う。


「半分同士でいい、なんならエリクが7割持っていってもいい。

 でもそれだけのこと・・・・・・・をしてもらう」


 モニカの言葉にエリクがゴクリと生唾を飲み込む。

 気のせいか、少し顔色も悪かった。

 俺達にどんな事をさせられるのかという緊張と、それで得られる”収入”を天秤にかけているのが目に見えて伝わってくるようだ。

  

「もちろんそれは、わたしがエリクで色々したい・・・・・・・・・のもあるけれど、このパーティを作った”目的”に理由がある」


 モニカが”色々”という単語を出した途端、エリクの表情が露骨に暗い方に変化した。

 だが、それでもそれだけの”理由”の方には興味が湧いたらしい。


「”理由”って?」

「来年の夏、”北壁”を越えて北に旅をする」

「”北壁”って・・・」


 普段聞き慣れない単語にエリクが怪訝な表情になる。


「北にある大きな山脈、聞いたことない?」

「ちょちょ、ちょっと待って、それって”北の果て”って言われてるあの・・?」

「うん」


 モニカが迷いなく頷くと、エリクは心底困った表情をした。


「えっと、でもあの山の向こうなんて、何もない・・・・でしょ?」


 エリクが諭すようにそう言う。

 それはこの世界の常識。

 あの山の北側に、人の住める場所など何処にもない。

 ・・・まあ、実際そうなんだけど。


 だが、そこで生まれ育ったモニカはそう言われると、どこか不満げな感情が渦巻いて思わずエリクを睨みつけてしまい、その迫力でエリクは縮こまりながら「・・・ごめん」と呟いた。

 それを見たモニカが一旦息を整える。


「・・・とにかく、そんな所に行かなきゃいけない」

「帰ってこれるのか?」

「それは問題ない、わたしは”あそこ”でも平気だから。 でも他の人は違う」


 モニカはそう言うと、エリクの手をギュッと掴んだ。


「わたし1人なら死なないけれど、わたし1人じゃ行っちゃ駄目な場所なの。

 だから、信頼できる人がいる。

 エリクが死なないようにこの一年で対策と装備を整えるから、力を貸して」


 モニカはそう言いながらエリクの目をじっと見つめる。

 するとエリクはその迫力に押されるように首を後ろに引いた。 


「それは・・・ちょっと考えさせてくれ・・・」


 エリクの口から出てきたのは、否定でも肯定でもない言葉。


「まだそこまで、俺は君を信用できない。 だからしばらく組んでみて、君に命を預けられそうなら、一緒に行っても良い」

「わかった」


 モニカが万感の感謝を込めて頷く。


「あと、段階的に慣れていける”訓練”を考えてくれ、いきなり北壁じゃ、寒さで死んじゃう」

「うん、それでいい」


 モニカはそう答えると、一気に頭を回しながら俺に大量の情報提供を求めてきた。

 今から来年の夏まで。

 この軟弱な少年を何処で鍛えればいいか悩んでいるようだ。



 大まかな方針の決まった俺達は、それから契約の細かな事項を埋めていく作業に戻る。

 報酬の割合は結局5:5に落ち着いた。

 それ以上だと、エリクは逆に怖いらしい。

 そしてそれ以上に、モニカの”役割”の多さにも。


 どうやら彼の立ち位置が、実は”実験台的側面”を持っていることに気がついたようだ。

 薄っすらと(これはまずいかもしれない)的な顔になっていた。

 だがもう後の祭り、契約はあとの詰めを残してほぼ完成してしまっている。

 ここで投げ出せば男が廃るとでも思ったのか、それ以上は何もしなかった。

 まあ、”5割の取り分”に釣られているだけかもしれないが。


 契約の項目は残すところあと一つまで来た。


 だがそれは、”関係事項”とだけ書かれた1枚のまっさらな項目ではないか。


『これ、どういう事だろう?』


 モニカが聞いてくる。

 なんとも漠然としている割に、嫌に書く欄が広い。


 俺が”脳内資料”を捲ってみると、どうもここまでの契約に書ききれないような細かだったり特殊だったりする事柄を書くようだ。

 どの種族と組むのは嫌だとか、宗教行為の注意事項とか、そんな例が書かれている。

 いわゆる”備考欄”というやつかもしれない。

 ただ、なんとなく相手に”求める”ものに限定されるようだ。

 中には一定期間後に結婚や、行動中の肉体関係等、結構生々しい例まである。


『別に、”特になし”でいいんじゃないの?』


 それ等を噛み砕いて説明して俺がそう言うと、モニカが一瞬値踏みするようにエリクを見てから”特になし”と記入してエリクに渡す。


 だが、書類を手にとった瞬間、エリクはすぐに何やら文字を書き込み始めたではないか。

 驚いたモニカが身を乗り出して覗き込むと、


ー 仲間内の性的接触は、その一切を認めない ー


 の、文字が。

 エリクのその一文は、字が拙いにもかかわらず随分としっかりとしていた。

 書くときの顔もどこか真剣だ。

 まるで何か、”重たい理由”があるかのようで・・・


『なにかあったのかな?』

『何か有ったんだろうな・・・』


 あまり深く聞くべきではないのだろう。

 俺は少しだけ心の中の罪悪感を深めると、エリクの半年を憐れんだ。



 そうやって、ようやく出来上がった契約書を前に俺達とエリクは2回ほど内容を確認し、とりあえずの不備が無いことを合意すると、それぞれが”魔力ペン”で契約書に1枚ずつサインしていった。

 これで完成だ。


 あとは、5枚の用紙をそれぞれの魔法陣が重なる様にモニカが慎重に重ねていく。


『これで良いんだよね?』

『ああ、これで全部が1つの魔法陣になる仕掛けだ』


 凄いよなー、簡単に拡張可能な複雑魔法陣だぜこれ。

 接続点とかどうなってんの?

 なんか全然繋がってるように見えないけど、本当に大丈夫なのだろうか。


『あ、契約魔法といえば』

『どうしたの?』

『いや、世間一般的にはこれも概念魔法なんだよなって』


 参考書等では、常に最先端の概念魔法が投入されるのが契約魔法という事だった。

 そう考えてみれば、確かにふわっとしてるとも言えるかもしれない。

 オリバー先生はこういうのも教えてくれるのだろうか。


 ・・・いやまずは基礎だ、そうに違いない、いきなり応用教えてもらっても困る。


 重なった契約魔法陣の上にモニカが手を置いて魔力を流すと、全ての魔法陣が一斉に光り始めて紙の上に浮き上がり、複雑に絡み合いながら形を取っていった。

 まるで黒色の複雑機械時計が空中で組み立てられているようだ。

 無茶苦茶味気ない作業の最後が、こんな”ファンタジック”な光景というのは、なんとも魔力に支配されたこの世界らしい。

 そのままその魔法陣が空中で完成すると、今度は同じ形のまま2つに別れて、俺達とエリク、それぞれの胸の中に吸い込まれていった。

 と、同時に心臓を撫でられたような不快感と軽く炙られるようなチリチリとした感覚が襲いくる。


 その瞬間、モニカの中を極度の緊張と恐怖が駆け抜けた。


『・・大丈夫か?』

『うん・・・へいき・・・』

『そうか・・・』


 だがモニカの言葉とは裏腹に、俺が止めなければ全身から大量の汗が吹き出し、魔力で支えなければ崩れ落ちていただろう。

 ログによると、呼吸も弄ったので過呼吸に陥っていたかもしれない。

 完全な”トラウマ症状”だ。

 いつの間にか、こんなに悪化していたとは。

 こりゃこっそりロザリア先生に相談だな・・・


 だがこれで契約は完成だ。

 あとはこれを冒険者協会に提出すればいい。




「はい、承りました」


 魔法陣が黒色に変わった契約書を窓口に提出すると、受付嬢がそう言って丁寧に書類を受け取り、複雑な魔道具の中へとしまい込む。


「”控え”はどうされます?」


 受付嬢が聞いてくる。

 これで契約書は冒険者協会に保存されるわけだが、俺達自身が内容を確認するために”控え”として契約書を写してくれるサービスが有るのだ。

 ちなみに1枚20セリス、結構なボッタクリである。


「どれくらいで出来ますか?」

「今日の夜までには」

「じゃあ、2通お願いします」

「俺はいらねえよ?」


 モニカの注文にエリクが手を振って遠慮する。

 だが、モニカもいいよとばかりに首を振った。


「お金はわたしが出すよ。 長くやってもらうつもりだから、ちゃんとしておきたい。」


 モニカはそう言うと、懐から200セリス数えて受付嬢に渡した。

 10枚分ともなれば結構な金額である。

 まあ、依頼でもこなして稼げばすぐに元は取れるだろう。

 なにせこれで、大手を振ってアクリラの外で依頼を受けられるのだ。


「・・・それじゃ、改めてよろしくね」


 モニカがドヤ顔でエリクに手を差し伸ばす。


「よろしく」


 エリクはそう答えると、モニカの腕をしっかりと取った。

 


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