2-14【ヴァロアの”血” 11:~ドラン伯爵~】




 俺達を乗せた馬車は、”アルバレス軍”の紋章を付けた兵士に先導される形で街の中心の城まで進んでいった。

 道には他にも大量の馬車が並んでいるが、そのどれもを抜かして進んでいく。

 何かは分からぬが、明確な”順序”があるらしい。

 どんなに早く着いても、己の順番が来るまではこの狂乱の中で待たなければならぬということか。

 じゃあ、なぜ早く来るのだろうか?


「ドラン伯爵の覚えを良くしたいのだ・・・まったく」


 モニカに聞いてもらったところ、じいちゃんが吐き捨てるようにそう教えてくれた。

 なるほど、確かに入る順番が遅くとも、早くから待ってくれているのなら心象は良くなるだろう。

 だがじいちゃんは、ドラン伯爵がそのような人物ではないと思ってるらしいが・・・




 馬車が坂を登り小高い丘の上に立つ古城に着いたとき、城の玄関には数名の兵士と使用人達と、明らかに”雰囲気”の違う人物が1人立っていた。


「グリゴール!!」


 馬車が目の前に停まると、その人物が嬉しそうに声を上げる。

 

 それは全身に色とりどりの宝飾を身に纏った、”太った女性”だった。

 身長は北国名物の”3m超え”・・・・いや4mはあるか?

 全身のそこら中に宝石が散りばめられ、全ての指に指輪が2つはある。

 ガブリエラとはまた違った意味で”ド派手”だが・・・ここまで来るともはや”クドい”を通り越して”気持ち悪い”。

 その顔は、ギリギリ女性とわかる・・・・本当にギリギリだが。

 もはや、やたら着飾った”喋るドラム缶”といった方が良いかも知れない。


『”喋る樽”みたい』

『そっちの方が良い表現だな、貰おう』


 確かに、あの膨よかに丸みを帯びた腹は”樽”と言った方が適切だろう。


 それでも、そこから醸し出される”存在感”は一級品のものだった。

 その強烈な笑顔と相まって、何処か魅力的ですらある。

 あ、この場合の”魅力的”ってのは”綺麗”とかじゃなくて”目が離せない”って意味だから。

 美人というよりも”女傑”って感じだろうか。


 じいちゃんが、馬車の中で同行者たちに目配せをしていく。


「謙る必要はないが、礼節はわきまえておけ」


 じいちゃんのその言葉に、モニカが小さく頷く。

 だが、それを見たじいちゃんは皮肉げに唸る。


「もっとも、それを理解する知識が”アレ”にあるかは知らんが・・・」


 そう言い残すと、じいちゃんは先陣を切って馬車の扉から外へと歩み出た。


「ドラン伯爵!」


 じいちゃんが樽の様な女性に向かって叫ぶ。

 すると”樽女”が、強烈にでかく見える口を開けて嬉しそうに反応した。


「おお、グリゴール! よく来てくれた!」


 やっぱりこの女性が”ドラン伯爵”か。


 ドラン伯爵は何処かイヤイヤな雰囲気のじいちゃんを抱きしめて背中をバンバン叩くと、その視線をこちらに向けた。


「それで、そこの”パンテシア”は晩餐の土産か?」


 その言葉でロメオが後ずさる。

 言葉の意味はわからなくとも、ドラン伯爵が考えていることは読み取ったのだ。

 だがじいちゃんは首を振る。


「そいつは”孫”が飼ってる戦闘用の牛だ。 連れて行きたがったので連れてきただけだ」

「ほう、ということは」


 するとドラン伯爵の目が輝き、探るように馬車の中を覗き込むと窓越しに俺達と目が合った。


「おお!! グリゴール!! これがお前が自慢していた”孫”か! ははは、確かに面影はあるが、あまり似てないぞ!」


 ドラン伯爵は大声でそう言うと、笑い声を上げながら馬車の窓をドンドン叩く。

 窓越しにこちらを指差しながら興奮した様子で大声を上げる”大女”の姿を見ていると、なんだか動物園の珍獣になってしまった気分になる。

 もっとも、ドラン伯爵にとっては俺達はまさに珍獣なんだろうけれど・・・


 これ、外に出なきゃいけない?

 ってな感じでモニカがアルトに助けを求めるが、彼女もドラン伯爵の迫力に縮こまっていたのでどうしようもない。

 それでも、なんとかカローラとカミルの年長2人に勇気をもらいながら俺達は馬車を降りると、早速、興奮した様子でドラン伯爵が駆け寄ってきた。


 だが、その間にロメオが割って入る。


「・・・キュルル・・」


 怯えた様子のロメオは、それでもドラン伯爵の接近に対して唸り声を上げて威嚇していた。

 じいちゃんとカローラが一瞬、緊張した様子でドラン伯爵を見る。

 だがドラン伯爵は、ロメオの”無礼”に対してさらに笑いを強めた。


「おお、嫌われてしまったかぁ! ははは! いい子だ! いい子だ!」


 そう言って、嫌がるロメオの頭を乱暴に撫でるドラン伯爵。

 これには流石の俺達も緊張した。

 もしロメオが暴れれば、この距離だとドラン伯爵は大怪我では済まない。


 だがそれでも、ロメオはあくまで”紳士”だった。

 俺達が手で肩の辺りを軽く抑えていると、まったく反撃する素振りは見せなかったのだ。


 俺達の代わりにロメオを堪能したドラン伯爵は笑ったままじいちゃんの所まで戻り、他の同行者には目もくれずに城の扉の中を手で指し示す。

 

「それじゃ中で待っててくれ。 俺は他の者の出迎えがあるからな」


 ドラン伯爵はそう言うと、俺達の馬車の後ろに停まった馬車へと駆け寄る。


「”リーマ”!! よく来てくれた!!」


 そう叫んで次の者を出迎えるドラン伯爵を見送りながら、俺達はカローラとアルトが荷物を持って出るのを見守った。

 あ、ヘクター隊長が1番多く荷物を持って出るんだな。

 本人が率先したんだろうが、これじゃまるで小間使いみたいである。

 一応彼も”伯爵子”なのだけれど・・・


 ただモニカがそれを指摘しようとすると、ヘクター隊長はウインクしてそれを止める。

 この野郎、小間使い気取って探りを入れる気だな・・・


『足が動きにくい・・・』


 一方、モニカはそんな事どころではないらしく、ヘクター隊長から目を離してすぐに興味を失うと、今度はピッチリし過ぎて動きにくいズボンに苦戦しながら歩き始めた。


 これ本当にサイズ合ってるんだよな?

 馬車の中で急増したばかりのこのホーロンの伝統的な”騎士服”は、流麗なデザインとメリハリの効いた装飾で見る分には凄く格好いいが、いかんせん”遊び”がなさすぎる。

 全身のシルエットがはっきり出るし、伸縮性もないので動きづらいのだ。

 うっかり思いっきり動くと、簡単に破ってしまいそうである。


『スリード先生って、こんな気分なのかな』


 俺はアクリラの名物”全裸魔獣教師”の事を思い出した。


『わたしも裸がいい・・・』


 モニカがヤケっぱち気味にそう唸る。


『少し歩くだけだ、止まっているときは平気だろ?』

『そうだけど・・・』


 モニカがなんとか気を取り直して進むが、その動きはなんともギクシャクしていた。

 見かねたアルトが俺たちの手を取って歩く事でようやくなんとか”形”になったくらいである。


 一方、対照的にじいちゃんの出で立ちは随分と決まっていた。

 スムーズなのもそうだし、じいちゃんの大きな筋肉がピッチリとした衣装を押し上げて大変迫力がある。

 なるほど、その無駄な筋肉にはそんな意味があったのかと感心したものだ。





 ドラン伯爵の城は、まさにフェルズ城とは真逆と言っても良かった。

 フェルズ城より大きくないし風格もない。

 だが、遥かに活気があって全ての区画がちゃんと使われていた。

 大きな音がするのでそちらを見ると、増築中なのか壁の向こうに作りかけの壁や柱が見えるくらいだ。


 ただ、いかんせん”下品”だけど。

 ピカピカでカラフルな床材は美しいを通り越してどぎつい・・・・し、壁にはドラン伯爵の趣味なのか、裸の男の絵が何枚も描かれていて、目のやり場に困る。

 というか、どうやってもモニカの目が引き付けられてしかたない。


 その時、ガタンという音が後ろから鳴り、振り返るとアルトがよろめいてトランクケースを落とすところが見えた。


「す、すいません・・・なんか、ボーッとしちゃって・・・」


 見ればアルトの顔が赤く上気し、気のせいか呼吸も大きくなっていた。

 というか妙に色っぽい・・・・

 するとカミルがすかさず駆け寄って、アルトの額に手を当てて何かの魔法を発動する。


「・・・魔力に当てられておるな、街中でも軽くしたが、”魔葉”でも燃やしておるのか?」

「だとするなら”アヘナ”だろう。 ジュラッグで流行ってる”魔葉”だ、燃やして嗅ぐと幻覚作用があるし、薄くても”媚薬効果”がある」

「ああ、”アヘナ”は高い純度の白魔力が含まれてるからな、さもありなん。

 この子は特に相性が悪いのだろう」


 じいちゃんの心当たりにカミルが納得する。

 ちなみに解説しておくと、白の魔力傾向ってのは生命力を激しく刺激して活性化する。

 そのおかげで凄まじい回復力が出るのだが、同時に無駄に貯まれば、本来必要のない”生命力”も活性させてしまう。

 で、”生命力”ってのは、要はそういうもの・・・・・・な訳で。

 結果、幻覚や酩酊に加えて、更には”発情作用”まで出てしまうのだ。


 アルトが真っ先に出たのは、彼女の魔力傾向のせいで、おそらく白や黒の要素が少ないのだろう。

 なら、白の魔力に自己耐性のあるカミルや、自己魔力が打ち消してくれる俺達やじいちゃんよりも強く症状が出ても不思議じゃない。

 逆に、比較的平気なカローラは白か黒の要素が多いのか。


 ちなみに対処は簡単だ。


「アルト・・・舐めて」


 モニカが袖を僅かにズラして手首をアルトに差し出した。


「え? え?」


 それを見たアルトが困惑する。

 別におかしな事はしていない。

 白の魔力を取りすぎたなら、何でもいいから黒の魔力を補給してやればいい。

 ならモニカの汗でも舐めれば十分だ。

 何せ俺達の汗には高濃度の黒の魔力がたっぷり含まれてるからな。

 ”第2種校外活動免許試験”でも、”アヘナ中毒対策”で◯を貰った回答だ。


「えっと、手を舐めるんですか?」


 アルトが怪訝な顔で俺達を見上げる。


「うん」


 それに対し、モニカが”はよせい”とばかりに腕を振った。

 ちなみに症状が重度なら血を舐めさせる。

 流石にそれは遠慮したいが。


 だがアルトは困惑した様に俺達の手首とカミルを交互に見つめていた。

 モニカが冗談を言っているのか判断がつかないらしい。

 すると見かねたカミルが、自分の次元収納から、もっと”文明的”な物を取り出す。

 それは真っ黒に染まった瓶だった。


「この街にいる間は、時々これを一口ずつ時々飲みなさい」


 カミルがアルトにそう伝え、瓶の蓋を外して渡した。

 アルトがそれを受け取って一口含む。


「少ししたら症状が良くなるはずだ」

「あ、ありがとうございます・・・お見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした」


 アルトがそう言って他の者に謝罪する。


「見苦しいのはお前ではない」


 だが、それを見たじいちゃんが不快そうに廊下の先を睨んだ。


 一方、差し出した腕が不要に終わったモニカが、その代わりとばかりに自分で舐めた。

 効きづらいだけで俺達にもアヘナの中毒は出るからな。

 摂取する魔力傾向のバランスの問題なので、自分の汗でも予防になるからいいけれど、子供だから許容値も低いので油断はできない。


 その時、背後で誰かが動く気配がした。


「グリゴール!」


 その気配がしわがれた男の声で呼びかけ、その声に、じいちゃんが驚いたように振り向く。


 そこにいたのはみすぼらしい格好の、なんとも侘しい年老いた男だった。


「・・・フルーダ?」


 じいちゃんが訝しむよように声を出す。

 すると”フルーダ”と呼ばれた男が、出来の悪い作り笑いを浮かべた。


「大層な”宣伝文句”につられて、ノコノコとお前の孫の顔を見にやってきたぞ」


 フルーダは”ホーロン語”でそう言うと、俺達をちらりと見る。


「そうか・・・なら紹介しよう。 これが孫のモニカ。

 モニカ、こいつはフルーダ・アボットはく・・・・男爵だ」


 じいちゃんがそう言って、なんとも居心地悪そうに紹介してくれた。

 アボット男爵か・・・たぶん元伯爵なんだろうな。


「”男爵”といっても領地も領民も・・・ついでに金も家も残ってないがな」


 アボット男爵が自嘲気味にそう言う。

 その言葉通り、アボット男爵の身なりは本当に貴族かと疑ってしまうほど惨めなものだ。


『土地や人がいないのに、”貴族”なの?』

『”名ばかり貴族”ってやつだろう、たぶん昔はあったんだろうけれど』

『ふーん』


 モニカがそう答えると、一歩前に出てじいちゃんの横に並ぶ。


「はじめましてアボット男爵、わたしは”モニカ・ヴァロア”です」


 モニカは”自分の言語”でそう答えると、ホーロン流というか、”いつも風”に頭を下げて挨拶した。

 その様子をアボット男爵は無言でじっと見つめている。


 そして徐にその視線をじいちゃんに向けた。

 まるで、刺すようなその視線にじいちゃんが僅かに背筋を伸ばす。

 アボット男爵は少しの間、まるで何かを訴える様にじいちゃんを見ていた。

 その視線の中には、何か強烈なものが混じっているような・・・


 だがその”強烈なもの”は、モニカが頭を上げた時にはもう消えていたのだ。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 晩餐会は、全く何の合図もなしに始まっていた。

 俺達が席に付くなり、いきなり飲み物や食べ物が無造作に置かれたのだ。

 と同時に他の列席者達から大声で話しかけられる。


「おお! 爺さん今日は来たのかい」


 それは、いかにも羽振りの良さそうな”成金”といった風貌の男だった。

 全身に”サイク”かその亜種の毛皮を着込み、重魔装兵もかくやという勢いで魔宝石をジャラジャラ身につけ、周囲には沢山の手下を侍らせていた。


「・・・孫がアクリラから戻ってな。 貴様らに”本物の強者”という奴を拝ませてやろうと思った」

「おう! 相変わらずの強がり爺さんだこと。  ってことはそこのガキが爺さんが最近自慢してる孫か」


 男が目線だけでこちらを見る。

 じいちゃんの紹介で、初めて俺達を認識したかの様な表情だ。


「どこで拾ってきたのか。

 まあ俺は別にどうとも思わないが」


 男はそう言い残すと、席を立って後にした。


 すると、すかさずじいちゃんが耳打ちする。


「・・・あいつめ、お前と話してボロが出るのを怖がっとるぞ。

 魔法教育を受けた事があるというのが、奴の”ハッタリ”材料だからな」


 それを聞いたモニカが怪訝な顔で男の後ろ姿を見つめる。


「それ本当? 全然そんな感じしないけど、ヘクターは?」

「右に同じです、お嬢様・・・


 何故か後ろに控えるヘクター隊長がモニカにそう答える。

 するとモニカが、パッと振り返って気持ち悪そうな顔を作った。


「・・・お嬢様って」

「合わせろや、こいつ等には興味がある。

 来ている連中の実力と財布が、妙に釣り合ってない」


 ああこの人、本当にこれを機にこの辺の貴族事情を把握する気なんだな。


 ヘクター隊長は出された飲み物を手に取って、自然な感じにさっきの男の取り巻きに紛れ込んだ。

 どう考えてもこの場で1,2を争う実力者なのにそんな空気はおくびにも出していない。


「あれ・・・いいのかな・・・」

「気にするな、アオハの蝿が何をするのか見てやろうじゃないか」


 モニカの呟きにじいちゃんが答える。

 その声にハッと振り向けば、凄く近くにじいちゃんの姿があった。

 反対側にはカミルが座る。

 後ろに立つメイド2人も含めて、随分キツキツだ。

 それもそのはず、いつの間にか会場の中は大量の人で溢れていた。


 正直、ロメオを連れてきた事を少し後悔したくらいである。

 まあ、他にも動物連れてる人は結構いるけど。

 虎みたいなのいるけど、あれ大丈夫だよね?


 だが来ている者達の様相は、会場の真ん中から左右で全く違った。

 右側はアルバレス風の衣装に身を包み、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。

 逆に左側は全体的に活気がなく、騒ぐ反対側を恨めしそうに睨んでいる。

 そしてその格好は、ほぼ全員がホーロン風だった。

 その中には、先ほど廊下ですれ違ったアボット男爵の姿もある。


 俺達が座るのは、ほぼ真ん中か。

 おそらく格の高めな貴族が集まってるのか、他よりも身なりも出ている食事も豪華だ。


 するとその時、この城の主であるドラン伯爵が満を持して会場に入り、多くの者が沸き立った。


「おお! お前達、よく集まってくれた!

 俺は口下手だから、”スピーチ”はしない、盛大に騒いでくれ!」


 そう言うなり、1番上座の席にどかりと大きな腰を下ろし、目の前の大きな肉を掴んでかぶり付いた。

 会場右側の者達がそれに続いて気勢を上げる。

 その勢いで飲み物が飛び散り綺麗に舞っていた。

 随分と騒がしい始まりだ。


『のどかわいた』


 その様子にモニカがそう言って、とりあえず自分の前に置かれたジョッキを手に取り、その上を手で扇いで匂いを嗅ぐ。

 だが、すぐに独特のアルコール臭が鼻について、モニカは顔を顰めた。


『うわ、これお酒だ』


 少し億劫気味にモニカが魔法でアルコールを分解する。

 こんな中で俺達が酔いでもしたら一大事だらな。


『これ、みんなお酒?』

『たまに水があるな』


 会場のドリンク類を解析してみると、まあ見事にキツイ酒ばかり、魔法士には地獄の様な環境だ。

 実際、カミルも面倒くさそうに分解していた。

 ただヘクター隊長は平気で飲んで回ってるので、鍛え方次第なのかもしれないが。


 モニカはその”酒だったもの”を口に含み、まったくアルコールを気にしてないじいちゃんを横目で見ながら、他のジョッキを2つ取って後ろに回した。


「カローラ、アルト、お酒飲む?」

「いえ、今は酔うわけにはいきませんので」

「わかった」


 カローラの答えにモニカは即座に手の中の酒に魔法をかけ、そのまま渡す。

 するとカローラが驚いた顔でそれを受け取って眺めていた。

 アルトも不思議そうな表情だ。

 魔法士が魔法使ったくらいで、そんな顔しなくても・・・


 だが俺達の使った魔法陣は、周囲の人目を大きく引いた。


「すげー、そんな綺麗な魔法陣初めて見たぞ!」

「もういっぺんやってみてくれよ! なあ、もういっぺん!」


 とワラワラと詰め寄られ、俺の酒にも魔法を掛けてくれと言われるまで僅か十秒。

 あまりにワクワクした顔を向けられ、差し出されたジョッキになんとなくモニカが魔法をかける。


「すげー、本当に酒精が抜けてら!」

「ほんとか!?」

「お前が鈍いだけじゃないのか!?」

「なあ俺のもやってくれよ!」


 と、次々にジョッキを突きつけられるまで更に十秒。

 気づけば俺達は、すっかり”アルコール除去屋さん”になってしまっていた。


 眼の前に集まる”人”、”人”、”人”。

 その数はみるみるうちに増え、その様子を見た他の者達が何だ何だと集まりだす。

 何がそんなに彼らを惹きつけるのか、俺達が魔法をかけ、アルコールの無くなった酒を一口煽ってはその様子に大喜びして別の酒を求めていた。


 旧ホーロン系の者達が、それを馬鹿にしたように眺めている。

 実は、元々魔力が強い地域ということもあってか、付き人達の中には自分の酒の”アルコール抜き”を自分でする者もいたのだ。

 なのに俺達の魔法がそんなに新鮮に見えるとは、どういう事だ?


 だがそれでも、アクリラ仕込の魔法陣は彼等の目から見ても1つ抜けていたようで、彼等も複雑な機構で汎用性に富んだその構造をしげしげと眺めていたが。

 その様子を見た俺は1つの疑念を持つ。

 もしかすると、彼等の魔法は完全にアルコールを分解してしまう様な性能はないのではないか?


 その時、目の前の人山の向こうが急に騒がしくなった。


「どういうことだ? 今日の客は随分と酒が飲みたくないらしいな!!」


 ドラン伯爵のその声が響き渡り、俺達に群がる黒山の人だかりが大きく分かれる。

 さすがの荒くれ者たちも、この場の主が来たとなれば場を開けねばならない。


 そのままドラン伯爵は、その樽のような体をドンと俺達の目の前に下ろすと、勢いそのまま自分のジョッキをテーブルに叩きつけた。


「俺のもやってくれや」


 あんたもかい・・・


 ドラン伯爵の肩に掛けていた上着をイケメンの従者2人が外す。

 ここから見上げるドラン伯爵は完全に壁だ。

 その迫力に嫌と言えなかったモニカが、渋々魔法で酒勢を抜いてやると、ドラン伯爵がそれを一口飲んで目を丸くした。


「こりゃ酒飲みにはひでえ魔法だ! 魔法士ってのは酒を飲まねえというが、これはその中でも一際ひでえ!」


 そう言いながら、大きな口でゲラゲラと笑うドラン伯爵。

 そこで飛び散ったツバが頭上から雨の様に降り注ぎ、両サイドの”じいちゃんズ”が身を引いてそれを避けたが、逃げ場のない俺達は直撃だ。


『くっせええええ!?』


 強烈な唾液の臭いが鼻につく。

 だがさらに、その向こうからドラン伯爵の巨大な顔が迫ってきた。


「お前はずっと酒を飲まないつもりか?」

「えっと・・・飲めないし・・・」


 飲んで酔ったら、最悪死ぬし。


「カアアアッ!! ツマラン!! スキル持ちってのはツマラン!! 俺はお前みたいにはならんぞ!!」


 そう言うと、ドラン伯爵は隣の男から”まだ酒”をひったくりそれを飲み干して立ち上がった。


「うっぷっ・・・グリゴール、悪いが今日は”商売の話”は無しだ」


 その言葉を隣で仰け反るじいちゃんに伝える。

 だがそこで、ドラン伯爵の顔を見た俺達は小さく息を呑んだ。

 ドラン伯爵のその粗暴な顔から、驚くほどの”知性”を感じたのだ。


「ああ・・・今日は”取引”は持ってきてない」

「・・・ならいい。 おい、ラスター!!!」


 じいちゃんの返答にドラン伯爵が再び表情を戻すと、今度は右側で寄って暴れ始めた集団に向かって叫びながら駆け寄っていった。





 ドラン伯爵の晩餐は”騒乱の開幕”がようやく落ち着き、次第に別の側面を見せ始めていた。

 それは意外なことに、かなりまともな”商談”だ。


 まだ騒ぎ足りない者達を尻目に、多くの者達がそこかしこで集まり始め、抜け目ない鋭い表情で周囲に睨みを効かせながら何かのやり取りをしていた。

 どうやら多くの貴族たちが、お抱えの商人を連れてきているらしい。

 話を聞く限り”マトモなもの”が半分、”マトモじゃないもの”がもう半分くらいか。

 皆、”隠語”でやり取りするので何を売り買いしているのかはわからないが、いちいち大金が動くことからしてかなりヤバイ品だろう。


 じいちゃんは、じいちゃんで昔の馴染みなのか、”ホーロン組”の方に出向いてそこで何やら近況を話し合っている。

 ホーロン組も自分たちの間で取引していたのだ。

 ただ、取引される額はやはりアルバレス組よりも少なく、なにより雰囲気から漂う”不景気感”がすごい。

 ホーロン組で景気が良さそうなのは、アルバレス組と取引できている者達だけ。

 じいちゃんはギリギリそこに含まれるか。


 驚くのは、どちら問わず殆どの商談にドラン伯爵が顔を出すことだ。

 それも、かなり大きな決定権を持っているらしい。

 内容を聞いて額や量に口を出していた。

 どうやら予想以上に”マフィアのボス”的な立ち位置を取っているらしい。

 稀に大声で囃し立ててグチャグチャにすることもあるが、それは大抵、拗れた商談の時であり、それで剣呑としていた空気を有耶無耶にするのだから、これはこれで見事なものである。


 一方、じいちゃんと付き添いのカローラがいなくなった俺達3人(と1頭と1スキル)は、取り残された食堂の真ん中で相変わらず多くの者に囲まれていた。

 ただしその陣容は大きく若返り、その目は好奇心に満ちている。

 彼等の殆どはここに来た貴族の子息達や用心棒達で、俺達の使える魔法や、その戦闘手段等を熱心に聞いてきた。

 特に”勇者レオノア”に勝った”黒い巨人デバステーター”については、この辺までも話が来ているらしく。

 是非見せてほしいとかなり言われ、流石にそれは無理なので、代わりにグラディエーターを一部展開して見せると、皆初めて見る”高度魔道具”に目を輝かせていた。


 とはいえ、そうやって好意的に見てくれる者がいる一方で、俺達の話を誇張かホラだと思う者も少なくない。

 特に年齢の高い酔っぱらいに多く、俺達が話す度に馬鹿にしたように皆で爆笑していた。


 ちょっとムカつくが、別に笑うくらいなら問題はない。

 問題は、絡んでくるやつだ。


「お前さんの話を聞いてると、まるで山でも吹き飛ばせそうな気になるぜ!」


 そう言って酒臭い男が爆笑し、それに釣られて周囲がどっと湧く。

 俺達の話を聞き入っていた少女が不快げに睨むが、そんな事はお構いなしの男は肘でグイグイと俺達の肩を押しながら、バカにするように続けた。


「ヴァロアんとこだと、ここに来るまでに”ピラト山”ってあっただろ?

 ここからも見えるでっかい山だ。

 俺もここに来る度あの山が邪魔でね、なあ、あの山を吹き飛ばして見せてくれよ、それくらいできるんだろ?」


 そう言うと、周辺がまた大きく湧いて囃し立てるような声が飛んだ。

 参加者達が口々に笑いや嘲りを話し、俺達を”大ホラ吹き”とバカにしていた。


 どうやら彼等は、俺達が山を吹き飛ばせないと思ったらしい。


「えっと・・・それくらいなら・・・明日でもいい?」


 モニカが、多少嫌々ながらそう答える。

 その瞬間、大食堂の中を静寂が覆った。

 男がすぐ横で、馬鹿にしたような笑いの顔のまま、目だけを鋭くしてこちらを見ている。


『えっと・・・ピラト山ってあれだよね? 最後に越えたやつ』

『ああ、そうだぞ』


 モニカが、何か山を取り違えたのではという感じに聞いてきたので、俺が安心させた。


 どうも、ここの人達は俺達が山を吹っ飛ばすなんて無理だと思ってるようだが、こちとら既にピスキアでもう少し大きな山を吹き飛ばした経験があるのだ。

 まあ、あの時は暴走していたとはいえ、今の俺達にできない事ではない。


「あ! でも、たくさん土砂も出るからトンネルとかにした方がいいよ。

 補強をしっかりしようとしたら、1日くらい欲しいけど・・・」


 と、モニカが少し的外れな忠告をする。

 彼女は、本気で邪魔な山をどけてほしいと頼まれたと勘違いしているのだ。


 固まったままの男に、周囲から非難の視線が集まる。

 何人かはモニカの言葉が、どこまでハッタリかどうかを見極めようとこちらを見ているが、そこには”山1つくらいでなにを”といった顔の少女が座っているだけだ。


「ヴァロア嬢・・・忘れてくれや」


 そんな声がかかり見てみると、ドラン伯爵が真剣な面持ちでこちらを見ていた。


 横からカミルが耳打ちする。


「さっきのは、”冗談”だ」

「あぁ・・・」


 ようやく事態を飲み込んだモニカが納得の声を出し、その様子に殆どの者の顔色が更に悪くなった。


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