2-14【ヴァロアの”血” 10:~初めての”家族旅行”~】



 翌朝。



「あら、もう目覚めになられてましたか」


 部屋の中に入ってきたカローラが、机で紙や資料を広げて宿題をしているモニカを見つけてそう驚いた。


「人が動いてる気配があったから」


 モニカはレポートに必要な値を書き込みながら何の気なしにそう答える。

 するそれを見たカローラが、”ほう”と小さな声を発した。


「この時期、子供の寝起きは悪いのに流石ですね」


 カローラはそう言って褒めてくれた。

 そりゃ、まだ日も上ってないし寒いからな。

 特に、外は根性論でどうにかできるレベルじゃないので仕方ない。

 俺達も魔力灯が無ければ、宿題などしようとは思わなかっただろう。


「アルトも?」

「ええ、まだ見せられる状態じゃないので」


 カローラはそう言うと、やれやれと首を振った。

 それを見たモニカが少し微笑む。

 朝に悶えるアルトの姿を想像すると、朝に弱い俺達の”姉貴分”の事を思い出しておかしくなったのだ。


「朝食の用意ができてます。 それともお持ちしましょうか?」

「ううん、食べに行く」


 モニカはそう言うと、書き込んだ紙束を魔法で作った温風を当ててインクを乾かし、それを器用にまとめて次元収納の中にしまい込んだ。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 この日は1日かけてフェルズ城の施設の案内や、働く者達への面通しが行われた。

 元々、”大侯爵”の本邸だったという事もあってか、その広さは想像以上の物だ。

 といっても今使ってるのは、かなり限定された場所だけど。

 建物は5箇所に区切られていて、本邸部分は一番奥・・・なんだけど手がかかるので、今は玄関のある建物に機能を集約しているらしい。

 どうりで大侯爵にしては食堂が小さいはずだ。


 手の入ってない大部分の建物は、かなり痛みが激しく、中庭も一定以上奥は草が生え放題になっていた。

 これは外には見せられないな。


『ロン、強度はどう?』

『うん、ちょっとまってな・・・ええっと、強度的には問題ない、表面はヒビ割れてるけど、中はしっかりしてる。 いい作りだ』


【透視】で内部を探った俺は、強度計算の結果を端的にモニカに伝える。


『ただ、家具とかはかなりボロボロになってるから使うのは無理だろうな』


 【透視】で見る限り、ベッドや棚は良くて”半壊”、殆どがバラバラで、その残骸があちこちに散らばっていた。

 何より、壁やら天井も同様なのだ。

 使うのは無理だろう。


『ふーん』


 モニカはちょっと残念そうにそう唸った。

 あの大きな大屋根に未練があるらしい。

 確かにここから見上げる大屋根の威容は、ちょっとした少年・・の心を擽られるものがある。

 ・・・俺達一応少女・・だけど、その辺は気にするな。。


 まあここはもう”我が家”だ、将来的に修理してもいいだろう。



 城の設備の案内を受けた俺達は、そのまま今城で働いている者達への紹介へ移った。

 といっても、全員昨日見たので知った顔なのだけど。

 まずはメイドのカローラとアルト、それに料理人の”ジルバラート”に雑用全般のデジルと雑用見習いのシャンテ。

 この5人が城にずっといる人員だ。

 ただ、アルトとシャンテは俺達のために新たに雇用された者なので、ついこないだまでたった3人だったことになる。


 後は、ヴァロア領の兵士が5人程詰めているが、彼等は持ち回りなので毎日違うらしい。

 兵士全体でも70人程、街にいるのが30人程度らしいので、随分と規模が小さく感じた物だ。

 当然、練度はお粗末も良いところで、俺達との挨拶の時など、こちらの魔力に完全にビビってたくらいである。

 こりゃヘクター隊長と全員で戦っても瞬殺だろうな・・・あ、あの人”エリート”だから当たり前か。


 そのヘクター隊長だが、いつの間にか兵士の中に溶け込んで楽しそうにやっていた。

 流石である。

 もっとこう、”スパイ”的な活動をするのかと思っていたら、随分と和気あいあいやっているから驚きだ。

 懸案だったカミルとも接触しようとしてないし、本当に事を荒立てる気はないらしい。

 念の為夜中もスキルで追いかけてるが、ひたすらおっさんが寝ている光景が記録されているだけで、それを見ていると本当にじいちゃんに笑われそうで・・・

 ただ、ちょっとホッとしたのは内緒である。


 カミルとヘクター隊長は、城の空いた部屋に泊まっていた。

 カミルが俺達の隣、ヘクター隊長は1番遠くの1番小さな部屋。

 じいちゃん、ヘクター隊長に見栄を張る気は毛頭ないようだ。

 まあ”敵の一族”だから仕方ないけれど。


 それと気になるのは、どうやらじいちゃんはカミルが嫌いらしい。

 ”俺達の出生”に関わった事について、どうしても承服しきれぬ所があるのだろうとはカミルの言葉だが、食事時にも言葉すら交わそうとはしないのは如何なものか。

 まあ、じいちゃんは誰とでもそうっぽいけれど。


 じいちゃんは意外な程干渉してこなかった。

 どうも、俺達の”目的”にとやかく言ったことをカローラに指摘されたらしい。

 目を合わせて口は開くが、その後が続かない。

 そういうとき、大抵カローラが近くにいるのだ。

 じいちゃんも彼女には頭が上がらないみたいである。


 

 メイド見習いのアルトとはすぐに仲良くなれた。

 俺達が行くところにはだいたい違和感なくくっついて来るし、ちょっとした話し相手にも問題ない。

 どこかモニカと波長が近い性格なのもそうだが、彼女自身が積極的に俺達と関わろうとしているというのが大きいだろう。

 彼女としても、俺達はおそらく一生の付き合いになるだろうからな。

 そのせいか、カローラもアルトが多少粗相気味に俺達と仲良くしても、それを咎めるような事はしなかった。


 なによりも彼女の辿々しいながらも初々しい、”メイド1年目”という雰囲気が、”貴族1年目”でどこか頼りを求めている俺達の心を癒やしてくれている。

 アルトの存在は、”ヴァロア伯爵令嬢”として過ごす上で数少ない”希望的な材料”といえた。


 逆にシャンテとはあまり上手くいかなかった。

 2日目の昼過ぎ、朝の顔合わせ以来の遭遇を中庭でしたのだが、


「シャンテだっけ? 何してるの?」


 と問いかけるモニカに対して。


「アット!? グルッテモニカ!? ゴメンサイ!」


 と驚き慌てて頭を下げながら走り去ってしまったではないか。

 それをモニカがポカンと口を開けて見送る。


『・・・アルバレス語の方が良かった?』

『”まだ”な』


 アルトによれば、シャンテはこの街の”今の子供”の例に漏れずホーロン語、マグヌス語は殆ど駄目らしい。

 モニカはそれを気にしたのだろう。

 とはいえあの様子だと、アルバレス語でもあんまり変わんなそうだけど。

 シャンテの様子は、完全に外からやってきた俺達を恐れる少年の反応だ。

 ここで働いているからにはある程度覚悟はしてただろうが、いざ違う言葉をベラベラ喋る同年代の女の子を前にして脳の神経回路がショートしたようだ。


『何してたのかな?』


 モニカが、シャンテの逃げていった方を見つめながら呟いた。


『草むしりじゃないか?』


 俺は何の気なしにそう答える。

 実際、シャンテのいた場所には抜いたばかりの草が散乱していた。

 ただ、あまり上手く行ってはいないようだ。

 中庭には、まだ冬が抜けかけだというのに様々な種類の草が生い茂り、雪に負けじと背を伸ばしている。


『これはキツイぞ。 雪もどけなきゃいけないし、この様子だと”雪国草”だろうからな』


 雪国草を只の雑草と侮るなかれ、根を魔力で強化した雑草はメチャクチャ硬い。

 しかもこの中庭だけでも結構な広さがあったので、子供の手にはキツイだろう。


『なんか、おどかしちゃったみたいだし、わたし達でやっとく?』

『やめといた方が良いぞ』


 なんとなーく嫌な予感がするので、俺はあえて否定的な意見を言った。

 だが、もう既に”草むしり”する気満々のモニカは止められない。


『土自体をちょっとイジれば簡単だよね』

『あ、うん、モニカがそう言うならいいけれど・・・』


 どうなっても知らねえぞ。

 ってな感じで、俺はモニカの指示通り色々とスキルを組み合わせて、適切な手段をでっち上げた。


 モニカが、息を1つ吐いて拳を地面に叩きつける。

 するとフェルズ城の中庭を俺達の魔力が駆け抜けた。

 土の中に”魔力的指向性”が発生し、表面が軽くフロウの様な特性に変わる。

 後はそれをちょっとイジってやれば・・・・

 

 次の瞬間、中庭の表面が急にボコボコと泡立ち始め、上に乗っている雪を飲み込むように蠢いた。

 まるで1mの大ミミズが数万匹居るような景色である。

 そして土達は俺達の指示の下、器用に土を動かして生えていた雑草をその根本ごと器用に上に吐き出していく。

 鋼のように硬い根を持つ雪国草達も、こうされてはたまらない。

 気づけば、俺達の目の前にはあっという間に雑草の残骸の山が積み上がっていた。


「これでよし! っと」


 最後にモニカがドヤ顔を決めながらそう言い、土を弄ったわけでもないのにパンパンと手を叩く。


『これでシャンテは喜ぶかな?』


 そしてモニカはワクワクといった感じで、俺にそう聞いたのだ。





 結果、シャンテにめっちゃドン引きされた。


 さっきまで雑草と雪に覆われてた中庭が綺麗に土だけになり、大量の抜かれた雑草の山の前でニコニコするモニカを見たシャンテは、目を剥いて逃げていったのだ。

 そりゃもう魔獣に追いかけられたような勢いで・・・



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 翌日、3日目は少し遠出をすることになった。



「この近辺で一番力を持ってる貴族が、週に一度晩餐を開いていてな、そこにお前を連れて行く」


 朝食の席で、じいちゃんは開口一番そう言ったのだ。


 またいきなり、とは思ったものの、既に”臨戦態勢”のカローラと一緒に睨まれては”ノー”とは言えない。

 じいちゃんも、どう見ても他所行きの服装に立派な外套を準備させていた程の気合の入りようなのだ。


『これも”貴族の宿命”と割り切るしかないだろう』

『ええ・・・』


 そこから俺達はカローラとアルトの2人掛かりにより、下着だけで着るのに10分以上かかる謎の”立派な服”を着せられ、慌ただしく出立の準備をすることになった。

 このとき発覚したのだが、どうも俺達は”11歳の時のフランチェスカ”とはサイズが微妙に異なるらしい。

 衣装の工面のために貴族内で共有されていたデータから、若干だが胸周りが大きいのだ。

 ・・・あと下半身がかなり太い。

 初日や2日目はある程度サイズ調整が効く服だったから大丈夫だったが、今回着ていく”一張羅”はもっとピッチリしているので無理だったのだ。

 まあ、この辺は成長期だから誤差が大きいのもあろうだろうが、そんな事より胸が大きいのだ!

 こりゃ俺達の運命約束されし貧乳も違った結果になるかもしれないぞ! ・・・それとお尻が・・・


 結局、移動中に服の下側だけカローラとアルトの2人掛かりで縫い直すという”荒業”で乗り切ることを決めた俺達は、俺達以上にギリギリに叩き起こされて寝ぼけ眼のカミル共々、この街に来るときに乗った高速馬車の前まで引っ立てられた。

 急いでいるのか、じいちゃんは凄い勢いで俺達の手を掴んで廊下を歩く。

 無造作に掴まれてるわけだが、俺もモニカもそのしっかりとした手の感触を、何だか不思議に感じていた。

 どう言えばいいのか・・・


 ところで明日には帰ってくるから俺達の荷物は置いていけと言われたが、代わりにアルト達の手には大量の衣装ケースが用意されている。

 いったい何が入っているのか。

 あと、


「ロメオも連れてっていい?」


 玄関までの道すがら、モニカがじいちゃんに聞く。

 モニカとしても、得体の知れないところに行くのにロメオの戦力があるのと無いのでは、安心感に大きな差があるということなのだが・・・

 だが、その返答はあまり色の良いものではない。


「あの”パンテシア”か、連れて行ってどうする? 行楽じゃないぞ」


 と、すげなく切って捨てられた。

 その答えにモニカが少し気を落とす。

 だが、そこに意外な方向から援護が飛んでくる。


ヴァロア・・・・殿、連れて行ってやりましょうや」


 と後ろから、礼装バッチリ・・・・・・・のヘクター隊長が言ってきたのだ。

 すると、じいちゃんはちょっと疲れたような目で後ろを振り返った。


「・・・理由をお聞きしても? アオハ殿・・・・

「モニカ嬢のパンテシアは一級品だ。 こんな田舎じゃお目にかかれないくらい強いですよ、対抗戦での活躍もあることですし、土産話ついで連れていけば、周辺貴族達はたいへん喜ぶでしょうや」


 ヘクター隊長はそう言うと、自然な感じに俺達の肩に腕を回してじいちゃんを見つめた。


 じいちゃんがその様子を憎々しげに眺める。

 だがその裏で、彼の脳裏でロメオを連れて行った場合の”メリット”を計算していることがハッキリと伝わってきた。


「荷台は荷物がいっぱいだ、そいつには走ってついてきてもらう。

 そのパンテシアが、高速馬車の足に付いてこれるのならばな」





 どうやらじいちゃんは、ロメオの足の速さが標準的なパンテシアのそれから大きく逸脱しないと考えていたらしい。

 だとするなら想像力不足だな。


「キュルル♪ キュルル♪」


 時速70km近くで爆走する高速馬車を引く魔馬の横を、涼しい顔で駆け抜けるロメオは、そんな風に魔馬たちを煽る余力もあった。


「・・・・・」


 その様子を、じいちゃんが無言かつ無表情でじっと見つめる。

 明らかにロメオの速度が予想外といった表情だ。

 無理もない。

 せいぜいが20km/hがいいところの筈のパンテシアが、2倍近く大きくて圧倒的に足の長い魔馬たちと互角に走っているのだ。

 カミルだって驚いた表情をしているし、アルトなど何度も前をチラチラ見ては”手が止まっている”とカローラに叱られていた。


 この1年で、ある意味俺達以上の激変を遂げているロメオ。

 何もかもの基準がブッ飛んでるアクリラでは気にならなかったが、こうして実際に比較してみると、体格のいい牛が高速で駆け抜ける姿は違和感がすごい。

 足の動きなど、もはや気持ち悪いといってもいいくらいだ。

 まあ、簡略化した”ドラグーンユニット”をつけてるからな。

 それくらいの脚力はあるだろう。


 ただ、なぜヘクター隊長が”どうだ”とばかりにドヤ顔なのだろうか?

 というか、完全にしれっと紛れ込んでるよね・・・

 ヘクター隊長の態度を見る限り、こりゃロメオは紛れ込むためのダシに使われたな・・・




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 高速馬車を走らせ半日。

 出たときはまだ顔を出しきってもいなかった太陽がもう沈みかけた頃。

 

 その夕日に照らされる街の姿が見えてきた。


「ほう・・・」


 その姿を見たヘクター隊長がそう呟き、わずかに上体を起こす。

 現れた街の姿は、想像していたよりもずっと大きなものだった。


『どれくらいある?』

『パッと見でウチフェルズの7倍半・・・市街地の大きさだけならピスキアクラスだな』


 ”北の都”ともいわれたピスキアは、マグヌス北部連合の中でも最大級の街であり、当然ホーロン時代から続く由緒正しい”都市”だ。

 だが、この”ジュラッグ”という街は少しおかしい・・・・


『俺の持ってる地図だと、古いのにも新しいのにも、こんな大きな街は無いぞ?』


 俺の中にはここ1年でかき集めた様々な縮尺や時代の地図が入っているが、倉庫で見つけた古地図や冒険者協会で得た最新の詳細図、果ては子供の落書き地図に至るまで、そのどれにもこんな場所に都市があるという情報はなかった。


「たしか、治めてるのは”ドラン伯爵”とかいう”成り上がり”でしたっけ?」


 ヘクター隊長が確認するようにじいちゃんに聞く。

 するとじいちゃんは、不快なものでも見るような目でジュラッグの街を睨みながら、小さく頷いた。

 ”成り上がり”とは”大戦争”後、貴族の縮小、廃摘などにより大幅にでた”空白地帯”を統治すべく、アルバレスが大戦争で功を立てた者を暫定貴族として据えたものだ。

 つまり、文字通りじいちゃんの家から領地を奪って成り上がった連中というわけで、じいちゃんの表情も伺えようというもの。


 俺達を乗せた馬車は、徐々に速度を落としながら街の中へと入っていく。

 だが他の街と違って、門も壁も、それどころか結界すらなかった。


「モニカ嬢、ロメオ坊を宥めてやんな」


 ヘクター隊長が俺達にそう耳打ちする。

 するとモニカが鋭い表情で頷いて、窓から身を出し横を並走するロメオの背中を擦る。

 ロメオの背中からは、明らかに心細そうな緊張感と、それに反発するような興奮が伝わってきた。

 窓から身を乗り出す俺達を、そこら中から下品な笑いが追いかけてくる。

 明らかに雰囲気の変わったジュラッグの街並みに、俺達全員が緊張していた。


 さらに街の中を進むと、この街の違和感の正体がなんとなく見えてくる。


 まず壁などが無いことだが、実は壁はかなり内側に存在していた。

 というか、小さな城塞都市の周りを巨大な”スラム街”が覆っていたのだ。

 有り合わせの素材で作られた”バラック小屋”のような建物が無秩序に立ち並び、そこに多くの者が跋扈している。


 スラムの住民たちは、皆一様に表情が暗く、薄気味悪い下卑た笑いを浮かべていた。

 着ているものも随分とみすぼらしく、ただ寒さを凌ぐためにありったけの布を纏っているといったほうが良い。


 だがその反面、食べているものは良いのかほぼ全員の体格が良く、瞳の中の炎は他の街よりだいぶ明るい。

 家々や商店を見ても、やたらいろいろな物品や食品が溢れているのが見える。

 そのギラギラとした視線はアクリラの住人たちにも通じるところがあるが、それでもここまで下卑てはいなかった。 

 総じて”ゴミ溜め版のアクリラ”といった感じか。

 こんなところに俺達やロメオみたいな”一見弱そうなの”がポツンと1人で放り出されれば、あっという間に襲われて・・・・暴れた俺達で大惨事になるだろう。



 市街地スラムを抜け城門から城塞都市内に入ると、今度は全く別種の”狂騒”に襲われた。

 

 凄まじい音量で鳴らされる太鼓の音に、色とりどりの紙吹雪が舞い、街路の中を酒に酔っているのであろう者たちが笑い歌い、時には魔法をそこら中に撒き散らしながら踊り狂っている。

 それを兵士たちが咎めに行くが、逆上した泥酔者たちと喧嘩になるだけ。

 歴史の有りそうな石造りの上では半裸の男女がそこら中で絡まり、その横をボロボロになった血まみれの少年が通り過ぎて、意地の悪そうな女達が笑いながら指さしている。


 とにかく誰も彼もが、様々な”感情”を隠そうともせずにぶつけていた。


 そんな中を俺達の馬車は進んでいく。

 ここまで来ると、この狂乱に巻き込まれないだけで奇跡としか思えない。

 いや、そうではない。

 奇妙なことに街の住民たちは、メインストリートの馬車が通る度に慌てて道を譲っていた。


「なんで、わたし達は襲われないの?」


 不思議に思ったモニカが、顔を馬車の中に向けて聞いた。

 すると、じいちゃんが低く唸るように答えた。


「この街で、”貴族”の馬車に手を出す奴はおらん・・・」


 じいちゃんが無表情でそう言い放つ。

 この狂乱の中に、そう言い切るだけの秩序をもたらしているとは、ドラン伯爵とはいったいどの様な人物か・・・

 緊張したモニカが、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


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