2-14【ヴァロアの”血” 9:~意外な再会~】


「こちらが、私達で用意したお部屋になります」


 3階の部屋の扉を空け、アルトが辿々しい言葉でそう言った。

 そして中に入るように手で促す。

 それに従って入ると、それなりにそれなりにしっかりとした作りの一室が目に飛び込んできた。


『まあまあ、いい部屋じゃないか』

『”かどべや”だぁ・・・』


 俺達がそれぞれに思った感想をつぶやく。

 そこは、城壁の角に設けられた、中々に眺めのいい部屋だった。

 窓の向こうには裂け目がまっすぐ奥の方まで見え、眼下にはフェルズの街並みが見える。

 街の規模的に木苺の館と比べると景色のスケールは劣るが、これはこれで迫力がある。

 

 なにより、古臭いこの城の中にあって、精一杯綺麗に見せようと色々と手が込んでいるのが好感が高かった。

 ベッドのシーツの柄など、黒のパッチワークが入ってそれなりに可愛い。


「お気に召さなければ、すぐに別の部屋をご用意いたしますが・・・」

「うんうん、ここでいいよ」


 モニカがそう答えると、アルトは露骨にホッとした表情を作った。

 いきなり別の部屋の用意を頼まれなくて安心したのだろう。

 その気持はわかるが、それを顔に出すとはまだまだ修行が足りないらしい。


「それでは、滞在中はこの部屋をお使いくださいませ。 なにか必要なことがあれば私達になんなりと。

 あと・・・えっと、なにかお持ちしましょうか?」

「うーんと・・・『おなかすいてる?』」

『いや全然』

「『だよね』 大丈夫、今はいい、ありがと」

「はい、分かりました。 それでは晩餐で着るお召し物を持ってきますね。 サイズが合うか確認しておきたいので。

 もしかすると調律者の方を先にご案内するかも知れませんが」

「うん、わかった」


 モニカが頷くと、アルトは慣れないながらも丁寧なお辞儀をして出ていった。


 パタンと扉が閉まるとモニカは、部屋の中を確認しながら歩く。

 年季の入った机に・・・長椅子にはクッションが3つほど、ベッドには天蓋まで付いていた。

 カーテンなどの布類は、俺達の魔力を鑑みてか黒と白の模様で統一され、北国の薄暗さを蝋燭の明かりが照らしていた。

 衣装箪笥の中はまだ空か。

 とりあえずモニカは次元収納を開けると、そこからアクリラから持ち込んだ魔力ランプを幾つか取り出して机や棚に置く。

 そこに満タンまで魔力を注ぎ込んでやると、すぐに部屋の明るさがかなりマシになる。

 これだけ入ってれば滞在中は保つだろう。


 その様子に満足したモニカは、そのままベッドにゴロンと寝転んだ。


『おお、バネ材だ!』


 背中に走った柔軟性を感じる感触に俺が感嘆する。

 弾力のある素材を・・・これはたぶん動物の腱だな、それを両側から張って中央を持ち上げる形で弾性を確保していた。

 コイルバネ満載のマットレスや、魔綿を詰めた布団には敵わないが、これはこれでしっかりと根付いた柔らかさがある。


『うーん、でも、もうちょっと硬いほうがいいかな』

『贅沢な子だな』


 寝るときはフロウで補強してやるか。





 アルトは意外と早く戻ってきた。

 だが、今晩の晩餐とやらで着る予定の衣装は持っていない。


「モニカ様、調律者の方がお着きになりました!」


 アルトがそう言うと、モニカはすくっとベッドから身を起こし、口元のよだれを慌てて拭う。

 すると、いつの間にかかなり明るくなっていた部屋の様相に目を丸くするアルトの姿が見え、そのまま少しの間、2人はキョトンとした様子で顔を見合わせた。

 やはり波長が近いのかな?


『知ってた?』

『ああ、馬車が来るのが見えたが、黙ってた』

『なんでまた・・・』

『見りゃ、わかるよ』


 実は本当に何の気無しに覗いて見たところ、意外なものが見えたので、モニカを驚かせようと黙っていた。

 モニカが怪訝そうな表情で立ち上がり、扉に近づく。

 アルトがサッと脇によけ、そこから顔を出して覗くと、ちょうど”その人物”が階段を上がってくるところが見えた。

 その特徴的な白い髪にモニカが固まる。


 意外と言えば意外だが、でも確かに俺達のスキル調整をするのに、彼以上の人材はいないとも納得もする。

 その人物は、モニカの顔を見ると少し驚いた表情をしながら、気恥ずかしそうに表情を緩めた

 一方のモニカの目は開きっぱなしだ。


「・・・カミルさん!?」


 そのモニカの声が、廊下いっぱいに響いた。





「でも、驚いた。 まさかカミルさんが来てくれるなんて」


 俺達の椅子に腰掛けたカミルに向かって、モニカが物凄く嬉しそうに話しかける。


「伯爵に話を貰ってな。 残りの余生はこの街で過ごさぬかと。

 お前さんを診たことがある在野の調律者が私だけだったのもあるが、私ならお前さんも安心するだろうということらしい。

 ちょうどピスキアにも居られなくなったことだし、知らぬ土地に骨を埋めるのも悪くないと考えるようにもなったからな」


 なるほど、じいちゃんの手配か。

 カミルについてはガブリエラから聞いたんだろうが、こんな遠い所まで連れてくるのだからじいちゃんの”本気っぷり”が伺える。


「やっぱり・・・”あのあと”大変だった?」


 モニカが恐る恐るそう聞く。

 仕方がなかったとはいえ、ピスキアのカラ地区の医院に彼を重症のまま置き去りにしたことを少し気にかけているのだ。


「まあ、大変だったといえば大変だった。 なにせ中央ルブルムの”エリート”が1人死んだわけだからな、あの田舎でそれはかなり大事になった」


 それからカミルは、あの後のことを掻い摘んで説明してくれた。

 幸い彼の怪我は、俺達が立って一週間後には完治したらしい。

 歳で回復力が落ちていたとはいえ、それでも”白の魔力”は伊達ではないということか。

 だがそれで家に戻ってみれば、厳戒態勢の軍隊に占拠され、挙げ句ピスキア行政区全体が誰か・・のせいで蜂の巣をつついた様な騒ぎになっていたではないか。


 身の危険を感じたカミルはこっそり”ツテ”を使って逃げ、”友人”の下に潜んでいたらしい。

 その”ツテ”や”友人”が具体的に誰を指して、何処に逃げていたのかをモニカは聞いたが、カミルははぐらかして答えてはくれなかった。

 その反応からして・・・なんとなく”候補”は絞り込めるのだけど・・・



「では私は診察の間、衣装の準備に戻りますね」

「うん、おねがい」


 アルトの言葉にモニカがそう答える。


「少し時間がかかるから、ゆっくりやってくれ」


 するとカミルがそう補足した。


 それを聞いたアルトは辿々しい動作で一礼すると、部屋を出ていく。



「それじゃ、見せてくれ」


 カミルがそう言うと持っていた荷物をベッドの近くのテーブルの上に置き始めた。

 彼の”仕事道具”だ。

 次元収納が主だが、カバンから出すものも多い。


「わかった」


 それに対しモニカもすぐにそう答えると、ベッドに腰掛けながら服を脱ぎ始める。

 カミルの目の前だが、彼を信頼しているのでその動作にまったく遠慮はなく、あっという間に下着を残して裸になってしまう。

 というかモニカは下着も脱ぐつもりだったが、流石にそれは俺が止めた。

 いくらカミル相手とはいえ、せめてもうちょっとモニカには”乙女の慎み”を持ってほしいものである。

 まあ、脱げと言われたら脱ぐけど、それはその時でいい。


 一通りの準備ができると、カミルは前と同じように俺達の頭を掴んで目の中を覗き込んできた。


「”ナンバー”を見るの?」


 その様子に、モニカが何気なしに問う。


 するとカミルの動作が止まり、驚いた様子で確認するように瞳の奥の俺に問いかけるような目をした。


言ったのか・・・・・?」


 カミルの声は、まるでこの世の終りのように聞こえた。


 モニカの瞳の下側には、小さく斑点のような小ささでモニカの”製造番号”が刻まれている。

 それこそがモニカが”複製品”であることの決定的な証拠であり、カミルがモニカから隠そうとした情報だ。

 だが、それはもうかつての話。


「俺が話した。 それが必要な場面があったからな」


 その時、俺はこの場で初めて声を出した。

 唐突に、モニカの頭からおっさんの声がしたせいで、カミルの顔がいよいよ怪訝なものになる。

 前回、カミルに見てもらった時、俺はまだ声を外に出す手段を持ち合わせていなかった。

 だが今は違う。

 一応隠しているが、カミルはその対象ではない。

 モニカと違って俺としてはカミルは好きではないが、俺が直接話しかけて問題のない相手であることは疑いようのない事実である。

 それにアルトもいないしな。


「俺の声はイメージ通り・・・・・だったか?」


 俺は、どこか茶化すようにそう聞く。

 

「正直言うと、”意外と違う”というのが感想だ」


 カミルはそう言うと、なんとも苦々しい表情を作る。

 その苦々しさはやがて、俺の中にも広がった。


「それは良かった」


 ・・・何が”良かった”だ。


「やっぱり”父さん”と似てた?」


 モニカが恐る恐る・・・だが無邪気にそう聞く。

 だがそれに、カミルは無言のまま。


「目の話だったな。 別に普通の診察でも目は見るぞ、お前たちの主調律者はやらないのか?」

「あんまり」

「見ることは見るが、カミルみたいにガッツリと覗き込むようなことはしないな」


 俺がそう言うと、カミルはやれやれと肩を落とした。


「時代かな、私が現役の頃から、若い調律者には技術体系が進化しすぎてデータに囚われるきらいがあったが・・・

 目は良い指標になる、その者の魔力の”今”の状態がわかるからな。 逆に長期的な指標が欲しい時は肌を見る」


 カミルはそう言うと、今度は俺達の腕を取ってその様子を観察し始めた。


「へぇー」


 モニカが興味深そうに、カミルが見ているのとは逆の手を見つめる。


「それは良いことを聞いた」


 今後のチェックではその辺も重視してみてみよう。

 俺も内蔵の”生データ”が見れるのでそれに囚われているフシが有ったからな。

 リソースの余っているときに、今までの視覚記録を解析にかけるのも良いかも知れない。

 今夜でもやっておくか。


 カミルは俺達の腕や足、腹の状態を真剣な目で見ていく。

 どこを見てるんだろうか?

 重点的に見る箇所に規則性は感じるが、それが上手く掴めない。

 関節のあたりはあまり見ないのはわかるが。


「どう?」


 モニカがちょっと緊張気味に聞いた。


「少なくとも、ここ数週間はとてもいい過ごし方をしているな。

 少しストレスの気があるが、以前見た時に比べたら無いも一緒だ」

「あのときはな・・・」


 ピスキアにいた頃は、ちょうど旅の疲労がピークに達していた時だっただけに、今と比べるのは無理がある。

 肌も髪も、もっとボサボサでガサガサしていたし、俺の動きだって今と比べると笑っちゃうほどしょぼかった。


「とりあえず”健康”だな。 ならスキルの方を見てみようか」


 カミルはそう言うと、彼の代名詞的な”調律魔法陣”を作り出してこちらに向けた。

 それと同時に、素早く俺達の手の魔水晶に触れて状態を探り問題がないことを悟ると、あっという間にパスを繋いだ。

 その無駄の無さったら。

 ロザリア先生だってかなり手際よくやるが、流石にここまでではではない。

 きっと何十年というキャリアの為せる技なのだろう。


 あ、そうだ”ロザリア先生”といえば・・・。


『モニカ、”アレ”』

『ん? ”アレ”? ・・・ああ! ”アレ”!』


 俺の指摘でその存在を思い出したモニカが、次元収納の中に手を突っ込んだ。

 唐突に予想外の高難度魔法を俺達が使ったことにカミルが少し目を見開く。


「カミルさん、”これ”」


 そう言ってモニカが取り出したのは、革のファイルに包まれた”分厚いレポート”。

 表紙に”モニカ:取扱説明書”と書かれたそれをカミルが受け取ると、興味深そうに中を読み始めた。

 これはロザリア先生が半年と少しの間つけ続けた俺達のカルテと、それを纏めたレポートだ。

 今回の旅行にあたって、他の調律者が俺達を見ても大丈夫なようにピカ研の写本ゴーレムを使って複製してきたのだ。

 当然、超極秘資料も良いところで他人に見せると大問題なのだが、”それは死んでから言うことね”とロザリア先生に言われては持ってくるしか無い。

 幸い、カミルは恐らく最もこれを見ても大丈夫な調律者だ。

 じいちゃんに感謝である。


「これはありがたい」


 とりあえずさっと一読したカミルがそう漏らす。


「ふっ・・・良い医者に恵まれたな。 さすがアクリラだ」

「うん、ロザリア先生は”いい人”」


 たぶん”良い”の意味を微妙に取り違えたモニカが、嬉しそうにそう言った。

 モニカにとってロザリア先生は、最も”母親”に近い存在で、最も信頼をおいている大人の1人だ。

 それを褒められて、自分のことのように嬉しいらしい。


 そしてそれを見ていたカミルは、ピスキアのときには見なかった何処か安心したような穏やかな表情を作った。

 この人、こんなに柔らかい表情をする人だったのか。



 そこから少し時間をかけて大凡の問診が終わってから、いよいよ本格的にスキルのチェックが始まった。

 カミルの”調律台”に幾つもの波長やデータが映し出され、それをカミルが高速で流しながらチェックしていく。

 スキルを構成する”力”の波長の見方は習ったが、他のデータはなんだろうな。

 ロザリア先生の見ていたデータとも表示が違うので大変興味が湧いた。


「ふん・・・お前さん、随分と大量にスキルをこしらえたな」

「いろいろと”入り用”になってな」


 カミルの言葉に俺はそう答える。

 彼が以前に見た時と比べたら、”FMISスキル”の数はそれこそ爆発的に増加した。

 もちろんアクリラで他人からコピったものも多いが、実は大半が既存のスキルのアップデートや応用のために急増した”外付けプログラム”なのだけれど。

 その辺は結構汚いので見られると恥ずかしい。

 中には簡易的なスキルが、数千倍の規模の”補足スキル”を従えてるなんてことも珍しくない。

 バージョンの古い低性能スキルだが、それを条件に動いてるスキルが大量にあるので怖くて直接弄れないのだ。


「これに関しては何も言わん。 私の知識を大きく超えているからな、良いのか悪いのかも分からん」


 あ、よかった。

 何故か俺はホッとした。


「だが、気をつけろよ・・・・・・


 それでもカミルは真剣な顔でそう釘を差すことは忘れなかった。

 その表情に俺の意識が引き締まる。


「わかっている」


 ・・・つもりだ・・・うん、気を引き締めよう。


「”弁”の方は完璧だ、見たことのないほどにな。 本当に他のスキル保有者にも応用したいものだ。

 できれば・・・・の話だが・・・」


 カミルは染み染みと、だが無視できない重みを持った声でそう言った。


「ロンは”特別”だから」


 モニカが自慢げにそう言う。


「どちらかといえば、特別なのは”モニカ”だけどな」


 それに対して俺はそう返した。

 頭の中に別人格と巨大制御機構を突っ込んで全然平気な時点で、特別すぎる。

 そんな事できる者などそうはいない・・・


 だが俺はそう考えながら、”例外”が生まれていたことに気がついた。


「なあカミル・・・ガブリエラの”ウルスラ”についてなんだけど・・・」


 それから俺は、カミルに”ウル”についての話をした。

 去年の秋に起こった、俺達の立場の元となった”一波乱”、そこで起こったとんでもない”現象”と、それによって生まれた”ウル”という新たなスキルの人格の話を。

 この件について、ガブリエラの調律者たちは全く見当すら付いていなかったが、カミルはどうか。


 だがやはり、カミルの顔はこれまでにない程の驚きと衝撃に包まれていた。


「どういうことだ?」

「最初は異物が紛れ込んだ感じで、管理スキルの思考が暴走する感じだったんだけど、最近はガブリエラの脳内にしっかりとした”領域”ができて、そことやり取りを始めたらしい」

「つまり・・・”自己成長”していると?」

「ああ、すごい勢いで成長しているらしい」


 あっという間に思春期に突入して、最近ではメールの文面も随分と感情豊かになってきているからな。

 昨日など”私の事、どう思ってる?”などと、哲学の問を送ってきたくらいだ。


「なんてことだ」


 そう言いながらカミルは口元を抑えた。


「そんなにか?」


 カミルの反応に、俺は若干面食らう。


「人の作った仕組みが勝手に交わって、勝手に成長を始めたのだ・・・明らかにとてつもないこと・・・・・・・・が起こっている」


 交わったって・・・別にウルは俺の伴侶でもないし、娘でもないんだが・・・

 あ・・・でも今の”ウル”の状態って、”俺とウルスラの子”って考えても通るのか?

 いや、あれはウルスラをアップデートしたものだし・・・


 俺の中でそんな考えが、堂々巡りのようにぐるぐる周りだす。

 それに答えは出ない。

 だが明らかに、俺達の常識の範疇で測れる事態ではないのは間違いない。

 それに少なくとも・・・


「あまり嬉しそうには見えないな」


 カミルの顔は、以前モニカを始めて見たときや、俺の存在を知った時のように、いやそれ以上になにか深刻な事態が起こっているのではないかと危惧するように血の気がなかった。


「・・・”それ”が、ガブリエラ様のスキルで起こったというのは、あまり気のいいことではない。

 モニカやお前さんもそうだが、内包している力の大きさを考えると、そこで理解不能の事態が進行しているというのは、直視するには些かリスクが大きすぎる」


 カミルのその言葉に、俺は今更ながら自分達が仕出かした事の重大さを突きつけられたような気分になった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 カミルの診察が終わった俺達が、慌てて下の階に降りて行く。

 診察の後半で、イリーナが玄関に向かって移動するのを感じ取ったのだ。

 

 急いでいたのでフロウの急造服の格好のまま玄関に走り込むと、そこには予想通りイリーナと見送りだろうヘクター隊長とカローラの姿が。


「イリーナ!」


 モニカがそう叫びながらかけよると、玄関を出たところでイリーナがこちらを向いた。


「もう行くの?」

「ええ、少し長居しすぎたので」


 イリーナはそう言うと、背中の槍をビシッと抱え直し、足元を揃えてアルバレス式の敬礼の構えを取った。


「それでは、また10日後に」

「うん、お仕事頑張って、無理しないように」


 そう言っても聞かないだろうけど。


 最後にイリーナは玄関で俺達に向かって腰を下げて敬礼すると、そのまま外へと歩いていく。

 遠くなるその背中が、なぜだかとても小さく見えた。


 ただイリーナは、ずっとスタンバイモードだった馬車をスルーして、そのまま城の塀をヒョイと乗り越えて行ってしまった。

 どういう事かと御者が俺達と顔を見合わせる。

 すると塀の向こうで、イリーナがまるでノミのようにピョンと空中高く飛び上がったかと思うと、そのままフェルズを覆う裂け目の縁まで飛んでいってしまったではないか。

 いくらこの近辺が狭くなっているとはいえ、200mはあるというのに・・・


「まったく、お前ら・・・にはついていけないぜ・・・」


 それを見ていたヘクター隊長がやれやれと肩を落とした。

 心外な、あんな”バケモノ”と一緒にしないでくれ、こっちは”か弱い乙女”だというのに。


 などと心の中で冗談を言うくらいには、今回の旅で仲良くなれた気がする。

 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 その日、フェルズ城で行われた晩餐は、それはもう熱の入ったものになった。

 規模だけならここに来るまでの中継地でもっと大規模なものも経験しているが、参加者達の表情はそのどれよりも気勢に満ちている。

 彼ら自身、口々に”今回の晩餐会は違う”と言っているくらいなので、やはり特別なのだろう。

 まだ始める前だというのに広間の方からはガヤガヤと騒がしい音が立ち上り、人々の気配が蠢いている。


 それを見ながら、扉の前で登場の出番を待っている俺達は、アルトと一緒に最後の”おめかし”をやっていた。


「どうです? キツくないですか?」


 服の紐の締め具合を調整しながらアルトが聞いてくる。


「うん、大丈夫・・・だけど、これでいいの?」


 モニカがそう言いながら、服の襟元を軽く摘んだ。

 この服はいわゆる”ドレス”なのだが、女性の格好が比較的男装的なこの世界にあって、随分と(地球的な意味で)女性的なフォルムをしており、肩とか結構大胆に出ている。

 別に素っ裸でも平気なモニカが恥ずかしがる事はないが、そのすぐに脱げちゃいそうな危なげを、単純に”頼りなさ”と捉えたのだ。

 それに、スカートだって地面スレスレまで丈がある。

 こんなの、ガブリエラくらいしか着てる所を見たことがない。


 ただ、俺としてはこのドレスで嬉しい点が。

 なんと胸のすぐ下をきゅっと絞って、内側にこっそり仕込んだ中着と下着の胸元をダルダルに余らせることで、若干ではあるが”胸”があるように見えるのだ!

 これを考えた人に感謝!

 どうしても普段着ている制服はピッチリして動きやすくもあるが、そのせいで無駄に貧乳が強調されるからな。

 やっぱり、こういう”衣装”はそういうのも配慮されているのだろう。


「うん、お綺麗です」


 直前まで髪を丁寧に梳かし、唇に薄紅を差してくれたアルトが、俺達の様子を見てそう結論づけた。


『どう?』

『ん、まあ、こんなもんじゃねえの?』


 多少古臭くて民族衣装っぽいところもあるが、それが逆にこの地方に馴染んでいるようで悪くない。

 一応モニカにも確認してもらうために、メガネインターフェースユニットにも外観イメージを表示させる。

 モニカはそのイメージモデルをクルクルと回しながら、ほうほうと頷いていた。

 まんざらではない様子だ。


 するとその様子を見ていたアルトが気まずそうに声をかけてきた。


「あの・・・モニカ様、できればその”目につけてるもの”は、最初くらいはお控えなさった方がよろしいかと・・・モニカ様がアクリラに通ってらっしゃっているのは皆さんご存知ですが、あまり見慣れないものですし、余計な第一印象を持たれるのはよろしくないかと・・・」

「あ、うん、そうだよね」


 ”これどうなってるんだろう”とばかりに唇の薄紅にちょんちょんと触れていたモニカが、アルトに指摘されて慌ててメガネインターフェースユニットを後頭部にたたむ。

 今は”ポニテ”ではなく”ロング”なので多少違和感があるが、若い女の子用の白い頭飾りとおそろいの白に染めているのでまあ問題はないだろう。


 するとその時、招待客の家族なのか、子供たちが楽しそうに話している声が聞こえてきた。

 ただしその内容は、すぐには聞き取れない。


「この街の子供は”アルバレス語”が基本なんだよね?」


 モニカがアルトに問いかける。

 

「はい。 でも私は、小さい頃からおばあちゃんの話をよく聞いていたので」


 アルトはそう言うと、少し恥ずかしそうに笑った。


「わたしはホーロン語が一番上手かったから、このお城で働けたんです。

 モニカ様はアルバレス語が殆どできないと聞いていましたので」

「てことは、まだ短いの?」

「去年の暮ですね、突然お館様に声をかけていただいて、今はカローラさんに厳しく教えてもらってる最中です。

 修行のために隣の伯爵様のところに研修に行かされましたし、結構バタバタしてました」


 なるほど、彼女は俺達のためにじいちゃんが用意してくれた人材なのか。


「じゃあ・・・もしかして、わたしの為に迷惑かけちゃった?」

「いえ、そんなことないですよ。

 モニカ様のおかげで、わたしもこの街にずっといられますし」

「・・・?」


「あ、いえ、何でもないです。

 モニカ様、そろそろですよ」


 その時、ちょうど食堂でじいちゃんの大きな声が轟き、中のボルテージが一段あがった。

 するとガチャリと目の前の扉が開いて、向こうからカローラさんが顔を出しこちらを見てから頷く。


「モニカ様、出番ですよ」

「・・・う、うん」


 モニカが緊張気味に足を動かし、それをアルトが後ろからそっと押した。

 今回は俺が押さなくてもアルトがやってくれるから楽である。

 付き人がいるというのはこういう感じなのか。



 中に入ると、割れんばかりの拍手と歓声に迎えられた。

 といってもだいぶ乱雑で野性的だけど。

 それでも、これまでに無いほどの熱い視線が俺達に集中していた。


 俺達の席は、食堂の一番上座の隣。

 ちょうどじいちゃんの隣だ、というか上座側には俺達2人分の席しかない。

 参加者は皆、俺達を見上げるような配置で座らされていた。

 ここから見るとその圧迫感というか、迫力がすごい。


 それにしても、一体どれだけ集めたんだ?

 既にテーブル席は満杯で、端の方では立ち席や、そもそも立ってるだけの者の姿も見える。

 それでもまだ入ってくるのだから、本当に街中から人を集めたようだ。

 食堂の中は、人が多すぎるせいで若干酸欠気味になっていた程だ。

 頭の上で、年代物の換気魔法陣が頑張って動いているのが見えるが、あまり効果はなさそうである。 


 それでもテーブルの都合上、若干距離が離れているのが救いか。

 ”さっきのあれ”のせいで、じいちゃんとはどうしても壁ができてしまっているから、居心地が悪いのだ。

 ヘクター隊長も、端の方で完全に街の人に混じってワイワイやってるし・・・


 モニカがゆっくりと席につくと、じいちゃんが静まれとばかりにコップにナイフを当てて音を鳴らした。


「フェルズの皆の衆、急な招集に応じてくれて誠にありがたい!

 おかげでこうして、”私の孫”を皆に見せることができる!」


 そう言うと俺達を指し示し、それに応えるように会場がどっと湧く。


「まず最初に詫びたい、随分と窮屈な思いをさせてしまっている。

 今日はモニカを紹介するために、多くの者を呼んだ。

 ”名のある家”も”名のない家”も、基本的に”家族”と認識されてる集まりからは最低1人を呼んでいる筈だ。

 ぜひその目に私の孫の姿を焼き付けて、ここに来れなかった家族に語ってやってくれ!」


 じいちゃんがそう言うと、会場内では待ってましたとばかりに大きな歓声が上がった。

 するとじいちゃんは俺達の背後まで歩み寄り、そのまま肩を掴んで立ち上がらせた。


「見世物のようで悪いが、これも貴族の宿命だ」


 そう耳打ちする。

 それに対し、モニカは小さく苦笑った。

 モニカなりに、ここでの自分の”立場”を認識したらしい。





 普段どんなものなのかは知らないが、大食堂の規模からして少なくともこの日の晩餐が異例の規模だったのは間違いないだろう。

 大食堂だけでなく、廊下や広場まで使って会場とし、そこに臨時で雇ったと思われる沢山の料理人達が所狭しと動き回って必死に料理を作って出していた。

 流れてきた話だと、厨房が狭いせいで中庭に臨時の調理スペースが用意されているらしい。


 そんな中で俺達は、ひたすら大食堂の上座に座って挨拶に来る者達に笑顔を振りまいていた。

 おそらく、これまでモニカが生きてきた中で作ってきた”作り笑い”の倍は作り笑いを浮かべているだろう。

 これも俺達が”ヴァロア”であることをしっかりと認識させるためとはいえ、かなり精神的にきついものがある。

 モニカなどさっさと自力での笑顔の維持を諦め、俺にそのためのスキルを作らせたほどだ。

 【笑顔lv.3】である、作ってすぐ使い倒したので、短時間で2回もアップデートしてレベル3だ。 笑えない。

 応対で二言くらいしゃべるので、中々飯も食えないし。


 街の住人たちがよく聞きたがったのは、やはり俺達の過去の話だ。

 特に”父役”のタラスがどういう最期を迎えたのかをかなり聞きたがっていた。

 もっともそんなものは俺達は知らないので、”幼かったので覚えてません”という言葉を判子のように返すだけなのだが。

 次に聞きたがったのは、俺達がどういう生活をしてきたか。

 まあ、これも適当な”でっち上げ”を返すだけなのだが。

 モニカも中々正直に返せる質問がなくて疲れていた。


 数少ない正直に答えられる質問といえば、アクリラでの生活と、”モニカ自身”についての話だ。

 この辺で特に多いのはモニカの”男の好み”だな。 別れの挨拶代わりにやたら聞かれた。

 やはり”ヴァロア領”に住む者にとって、”そういう話題”は他人事ではないんだろう。

 ちなみに、ここでモニカがなんと答えていたかは、これを読んでいる人の想像におまかせする。 俺自身、”え!? そんなのが良いの!?”となっているので、聞かないほうが良いだろう。


 アクリラでの話は結構受けが良かった。

 皆、遠く離れた魔法の都に対して漠然とした憧れのようなものを持っており、そこで起こることとか文化について熱心に聞き入っていた。

 

「モニカ様、アクリラには”喋る虫”も居るというのは本当ですか?」


 農場を営んでいるという女の人が、そんな事を聞いてきた。

 その顔には”そんなわけ無いだろう”と書いてあるようだ。


「うん、わたしの友達もそうだよ」

「本当ですか!?」


 モニカの答えに、その女性だけでなく周りにいた他の者達も大きく驚いていた。

 無理もない、この近辺では”エクセレクタ知能を持った生物”どころか、獣人や亜人の類ですら滅多に見かけない。

 どうも”純人”以外は寒い地方にはあまり住みたがらないのだ。

 虫だと、この辺の冬を越せないというのもあるのだろうけど。


 それから俺達の”お披露目会”は夜が更けても続き、結局もうすぐ明け方というところまで続いた。

 フェルズの住人たちは俺達の姿を近くで見るまでは帰れないと皆が皆、謁見を強く求めたのだ。

 俺達を受け入れるためと考えれば大変嬉しいことだが、これにはさすがの俺達もクタクタに疲れ果て、後半ではただ椅子に座ってウトウトするモニカを眺めているだけの者も発生するほど。

 それでもモニカの幼さのおかげで文句は出なかったが、最後にカローラにベッドに運ばれたときには、モニカの意識は完全に眠りの世界に落ちていた。

 どうやら大勢との会話というのは、魔獣戦よりはるかに疲れるらしい。


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