2-14【ヴァロアの”血” 2:~暁の出立~】



 近所の分署での登録が終わったあと、俺達一行は”モニカ連絡室”へ戻ってきていた。

 今居るのは2階の1番広い部屋、そこの真ん中にある机の上にイリーナが巨大な紙のロールを広げる。

 現れたのは、中々に高精度なアルバレス西部の地図。

 といっても国がデカ過ぎるせいで、このサイズの地図でも街は”点”で記されているが。

 改めて超大国というものの片鱗を味わった感じだ。

 

 そしてその地図を覗き込むのは、俺達と連絡室の3人、ようやく起き出してきたルシエラとベスに、”お目付け役”のスコット先生とヘルガ先輩・・・あ、ガブリエラに頼まれてたヘルガ先輩への連絡はさっき済ませた。

 それから、説明役のイリーナ。


「こちらで用意した旅程はこうです」


 イリーナが地図の”アクリラ”と書かれた点を指差す。

 その指がまっすぐアルバレス側に滑り、そのまま国境から一定の距離を残しつつ北上を始めた。


「まずは専用の飛竜便にて北上を始めます、飛行距離は1日700㌔ブルと少しで、夜は必ず街で泊まる。 経由地は”デジャン”、”フラウス”、”アスレース”で一泊づつして”ミレーネミラーナ”まで4日間の行程になります。

 なにか質問は?」

「その4つの街の選定基準は? 見た限り、飛竜の活動限界付近の大きな街というわけでもなさそうだが」

 

 イリーナの問いに対しスコット先生からすぐに指摘が入る。 


「安全のため、1日あたりの飛竜の移動は少し短めにしています。

 泊まる街の選定理由は唯一つ、Cランクスキル以上の調整経験のある調律師の有無です。

 モニカ様の主調律師から3ヶ月程度の無調整活動は問題ないと聞いてますが、”万が一”に備えて対処可能な体制の近くを移動する事になりました」

「賢明だな」


 スコット先生がそう言って頷いた。


 しかし飛竜か。

 純血の竜ユリウスに乗った経験はあるが、飛竜に乗るのは初めてだ、船に乗せられて押してもらったことはあるけどあれは情緒とかなかったし。

 だが、1日700km以上の飛行で余裕があるとはさすがだな。

 俺もモニカも顔は難しく構えているが、内心では”飛竜に乗る”というワードに、密かなワクワクを感じていた。

 それに意外と手厚いサポート体制にも。

 俺がいる限り、ちょっとやそっとじゃ何ともないが、そういう心遣いをしてくれるというだけでも安心は安心だ。


 だが、そこから少し毛色が変わる。

 イリーナの指は、そこから街道ではなく、道のない山岳地帯へとまっすぐ進んでいったのだ。


「そこから先は、”未開拓地域”を進む事になりますが一部、飛竜では侵入困難な地形もあるため徒歩での移動になり、これがモニカ様に”第2種校外活動免許”を取得していただいた理由です」


 どうやらこの旅は最後の最後が厳しいらしい。

 ”第2種校外活動免許”を必要とするからには、この”未開拓地域”とやらは結構な難所と予想された。

 示された距離はおよそ600km。

 それでも一応、距離の短い所を選んでくれているが、”未開拓地域”の圧倒的な広さの前では焼け石に水といった感じになってしまっている。

 どうやら”ヴェレス領”というのは、この未開拓地域の中に存在するらしい。

 また難儀なところに実家を持ったものだ。


「日数は?」

「6〜10日ほど」

「これなら4日で行けるよ?」


 イリーナの勘定にモニカが疑問を挟む。

 未整地600kmを4日でとか本気かと思われるかもしれないが、今の俺達を舐めるんじゃない、本気出しゃ3日目の朝には着いてやる自信がある。

 だがイリーナはそれに対し首を大きく横に振った。


「モニカ様に、それ以上の無理をさせるわけには行きません。 ・・・それに”お荷物”も連れていくので」


 イリーナは最後の言葉に盛大な毒を込めて、後ろで聞いていたヘクター隊長へ視線を向ける。

 が、それを見たヘクター隊長は大きく憤慨する。


「おいおい、俺を舐めるなよ、この辺りよりキツくて長い距離を3日で駆け抜けた事もある」


 すると、それを聞いたイリーナが馬鹿にしたような視線をヘクター隊長に向けた。


「ではそれが鈍っていない事を祈ります。 もしくは唯の見栄でないことを」


 うん。 仲悪いね君達。

 色々と複雑な関係性なのは分かるが、これからしばらく同行するんだからもう少し仲良くしてくれないだろうか。

 ギスギスを眺め続けるのは精神的によろしくない。

 すると、そんな”当事者”達を俯瞰していたスコット先生が、不意に真面目な空気に引き戻した。


「このコースを取った理由は? なぜ東から大回りしない?」


 そう言いながら、スコット先生は未開拓地帯を大きく迂回するように指を動かした。

 その目は真剣だ。

 それは単純に、一度大街道沿いにアルバレス中央地域まで移動し、そのまま人口密集地を通って北部に侵入するルート。

 これならば、北部と南部を分断する未開拓地帯に踏み込まなくても、ヴァロア領まで辿り着ける。

 確かに直線コースを取った場合よりは圧倒的に遠回りだが、飛竜の移動力を鑑みれば増える日数は2日程度。

 安全と安心を鑑みれば、危険な”直行”を行う必然性は低いと思われた。


 スコット先生が、強烈な威圧感でもってイリーナを睨む。

 その迫力は、傍から見ているだけでも熱を感じたと錯覚するほど。

 それに対し、イリーナも思わず姿勢を正した。


「・・・中央を通らないのには理由があります」

「どんな?」


 イリーナの言葉にスコット先生が即座に切り込む。

 その迫力は、半端な答えは許さないと言わんばかりだ。

 後ろで耐性の少ないベスやファビオが小さく後ずさる。

 だがそれ以外の面々は皆、イリーナがなんと答えるのか興味津々といった感じだ。


 イリーナは小さく息を整える。


「他言は無用に願います」

「それは魔法契約が必要なものか?」

「いえ、そこまででは・・・あくまで”噂レベル”ですので」

「”噂”?」


 スコット先生の目が不服とばかりに歪む、だがそれに対してはイリーナも毅然としていた。


「”噂”でも、無視できぬ内容はございます」

「これがそうだと?」

「少なくとも参謀部はそう考えて私を遣わしました」


 イリーナがそう言うと、スコット先生が少しの間イリーナを値踏みするような視線を向けた。


 それにしても、俺達が多少の危険を犯してでも未開拓地帯を抜けなければいけない程の”噂”。

 そして校長が納得する程の理由とは、いったい何なのだ?


「聞こうか」


 その空気を代弁するようにスコット先生がそう言う。

 するとイリーナは、地図の中のアルバレスの中央部に指で大きく円を描いた。

 ちょうど、もし迂回していった場合に東進から北上に切り替わる辺りだ。


「昨年の春頃から今年の始めまで、アルバレス中央部から北部にかけて、とある存在・・・・・の活動が報告されました」


 イリーナはそう言うと、次に言う言葉を躊躇うように息を大きく吸った。


「・・・”ゼキエイ”です」

「!?」


 その瞬間、部屋の中をみたしたのは、何とも言えない”違和感”。

 それが徐々に”驚き”に変わり、実力のある者程ハッキリと”警戒”へと変わった。


『ねえ・・・”ゼキエイ”って何だっけ?』

『あれ? 覚えてなかったっけ?』


 モニカも名前は何度か見た筈なんだけど。


『いや、なんとなく覚えてるんだけど・・・”魔獣”だよね?』

『ああ、そうだ。 現在、最高額の賞金が掛けられた、”Sランク魔獣”だ』


 極度のストレスにより魔力と強く結びつき魔獣化した人・・・”鬼”。

 その中でも、特に危険度の高い存在として恐れられているのが”ゼキエイ”である。


 ”生きとし生けるもの全てを憎む最悪の存在”


「”それ”が、アルバレス国内を彷徨いていると?」


 スコット先生が問う。

 するとイリーナは真剣な表情で頷いた。


「その可能性は捨てきれません」

「”それ”が、モニカに干渉すると考えているのか?」

「分かりません。 ですが、高濃度の魔力の塊であるモニカ様に対し、ゼキエイがどの様な反応を見せても不思議じゃない」


 イリーナがそう答えると、スコット先生は苦い顔を作る。

 ”ならば仕方なし”といった感じだ。


 だが、その説明では納得できない者もいた。


「ですが、もしその様な魔獣がいるのでしたら、人の多い所を通った方が安全なのでは?」


 ベスはオズオズとそう言うと、すぐに肩を萎ませて恐縮した。

 周りの反応から、ゼキエイについて知らないのは自分だけだと悟ったからだ。

 だがベスよ、安心しろ。

 モニカも上っ面は物知り顔だが、中身の心境はベスと変わらないから。


「普通の魔獣ならばそれでも良いだろう・・・だがゼキエイは”鬼”だ」

「あ! そうか!」


 スコット先生の説明にすぐに得心が行くベス。

 対象的にモニカから、詳しい説明が聞けないのではないかという危惧が盛れてきた。

 だがその危惧はすぐに払拭される。


「”鬼”の方は、喋らなければ見た目は完全な”人”ですからね」

『そっか!』


 ベスの言葉に今度はモニカが得心の合図を飛ばした。

 きっと彼女の中には今年卒業したルチアーノ先輩の姿が思い浮かんだことだろう。

 たしかにあの先輩は口を開かなければ、普通の人間と見分けはつかない。

 魔獣化した人は、獣と違って大型化はしないのだ。


「特に歳を取った”鬼”は、己の内に憎しみや衝動を抑え込む事ができる者もいるからな」

「え? そうなんですか?」


 モニカが大きく驚いた。

 モニカにとって”鬼”とはルチアーノ先輩であり、スリード先生をして強靭な精神力をしていると言わしめたのにも関わらず、その衝動を完全に抑え込めているとは言い難かった。


「あくまで”表向き”はな。 長年の時間は魔獣化するにまで至った衝動すら抑え込んでしまう。

 中には嫁と子を得て何食わぬ顔で社会に混ざる者もいる。

 そしてゼキエイは最高齢クラスの”鬼”。 しかも数百年の時間を社会の内側で過ごしてきた怪物だ。

 となれば、むしろ人気の無い未開地の方がよほど出会う心配はいらない」


 なるほど、これでアルバレスが”第2種校外活動免許”なんてものを持ち出した理由が繋がった。

 大自然とSランク魔獣。

 どっちが怖いかなんて聞くまでもない。


『それに、もし戦うにしても俺達の能力的に、未開地の方があってるからな』

『遠慮しなくてもいいもんね』

『ああ、遠慮なく大出力攻撃で迎え撃てる。 大量の人混みの中で不意打ちを食らうのに比べたら、自然の中の魔獣なんてどうってことは無いだろう』


 おそらく、飛竜移動時の宿泊地がその地域最大の都市でないのは、そういう事・・・・・もあるかもしれない。

 

「未開拓地域を抜けたところにある村からは、高速馬車が出るのでフェルズまではすぐです。

 行きの行程に合計で10日、ヴァロア領にて10日、帰りに10日の合計30日前後というのが大筋での旅程になります」


 最後にイリーナがそう言って旅の説明を締めくくった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「・・・ってことは、そんなに食料とかは用意しなくてもいいんだ」


 ”モニカ連絡室”での打ち合わせの後、準備のためにピカ研にやってきていた俺達は、そこで説明を聞いたメリダからそんな言葉をかけられた。

 ここは、持っていく物品を物色するためにやって来たピカ研の倉庫の前だ。


「うん、途中の”ミレーネミラーナ”って街で補給するから大丈夫だって」


 モニカがイリーナから聞かされた言葉をメリダに伝える。

 それによると、物資にあふれているアクリラでは質のいい装備などを整えて、食料などはその都度現地のものを購入することになっていた。

 なんでも、これからアルバレス人になる俺達に、アルバレスの料理を現地で味わってほしいとのことだそうだ。

 まったく、嬉しいことを言ってくれる。

 まあ里心をつけて、少しでも俺達関連でアルバレスが主導権を取りたいということなのだろうが。


「それに未開拓地域でも補給は可能だしな」


 仮にその周辺に獲物が居なくても、30kmほど行けばシカの1頭くらいには当たるだろう。

 人里離れて遠慮のいらない俺達にとってその程度の距離は、アクリラの中央区の人気店で食事するよりも遥かに容易い。

 なので食料関連は、本当に非常用以外はいらないのだ。


「じゃあ、とりあえずこれだけ・・・・


 内容を呑み込んだメリダが、空間にポッカリと空いた俺達の次元収納の穴の中に、小さな木箱を2つ入れる。

 それはカチカチに乾燥させた”増えるパン”のような保存食と、ロメオ用の”増える草”。

 前に食したことはあるが、あまり美味しいものではないので、できればこれのお世話にはなりたくないが、これで非常時にも20日分の食料は確保できた。

 水は試験時に確保したので問題ない。

 10日後くらいには多少腐ってるかもしれないが、基本煮沸して飲むので大丈夫だろう。

 なんだったら蒸留器持っていってもいいし、魔法で水の確保も可能である。


「だが、”ミレーネミラーナ”ってまた、すごい僻地に行くな」


 横で聞いていたライリー先輩が感心したようにそう呟く。


「ライリー先輩って、アルバレスでも修行してたんですか?」

「ああ、半年ほどな。 その時に名前は聞いた。

 でも”北の端っこ”ってイメージだな」


 さすが世界を回って武者修行した犬獣人、アルバレスの僻地の名前にも心当たりがあるとは。

 だけど先輩、俺達その”北の端っこ”から更に北に向けて移動するんです・・・


「結構寒い地域なんだっけ?」


 徐にメリダがそう聞いてくる。

 その手にはベル先輩用か、ゴツい毛皮の防寒着が握られていた。

 

「うん、そうらしい。 でもどうせピスキアと同じか、ちょっと寒いくらいだと思うんだけどね」


 モニカがそう言ってなんでもないように笑う。

 その言葉通り、おそらくヴァロア領の気温はピスキアと同程度なのだが、あそこも一般基準では極寒なんだけど。

 まあ、これは元々住んでいたところが悪い。

 ”あそこ”に比べたら、どんな極寒都市でも灼熱である。


「うーん、私は寒いの駄目だからね」


 メリダがそう言って腕を何本か使って頭を抱える仕草をし、それを見たモニカが苦笑う。

 ”巨大な喋る虫”であるメリダにとって、極寒の地というのは居るだけで死んでしまう地獄である。

 彼女にしてみれば、”北の大地”だろうが”北壁”だろうが”ピスキア”だろうが”ヴァロア領”だろうが、どれも等しく行くことが叶わぬところで、その差の実感などありはしないのだ。


「それに、防寒着は俺達が持っているやつを使うよ、性能がダンチだから」


 元々モニカが氷の大地で着ていた防寒着は一応まだ残っている。

 性能的におそらく使うことはないだろうが、サイズは調整すれば今でもどうにかなるだろう。

 あのサイカリウスの毛皮を二重にして作られた防寒着の前では、アクリラで手に入る最も厚い防寒着でも”ペラペラ”の部類になってしまうので、新しいのは必要なかった。


「それじゃ、あとは”こっち”の方だね」

「うん」


 メリダとモニカがそう言って、先程までとは趣の異なる物品をいじりだした。


「まずはこれ、”インターフェイス拡張ユニット”」

「おお、注文していたやつが出来たか」

「ふふーん」


 メリダがドヤ顔で渡してくれたのは、今掛けている”メガネ”の機能を拡張するための小さな箱のような部品。

 それを両サイドの”つる”の部分に取り付ければ完成だ。

 これで、今後出てくる様々な”オプションパーツ”とグラディエーターの接続が大いに容易になる。


 次に取り出したのはゴツい大砲のような物。


「おっ! ”01式魔壊銃マジカル・ブレイク・キャノン”じゃないか! 完成してたのか!」

「なに、その名前!」

「”01式”って!」


 俺のネーミングに、モニカとメリダがそろってケラケラと笑う。

 まったく、2人とも”物ができれば名はどうでもいいタイプ”だから、ロマンがない。

 ちなみにこの大砲は、デバステーター時に使えていたルーベンの”はかいこうせん”を、どうにかして使えないかと色々と粘った結果、使えない要素を代替システムで補って完成したものだ。

 こいつの威力には大いに期待している。

 なにせ中核部品に、砕け散ったデバステーターの中核部品を流用しているのだ。

 最大火力では山にすら穴を空けられると思う。


 そして”魔壊銃”をモニカの次元収納に入れてから、次にメリダが取り出したのは、直径3mの大きな”円盤”と、太さも長さも1m程の”円柱”。


「展開するときは気をつけてね」


 メリダがそう言って注意を促し、モニカが恐る恐る円柱を受け取ると、そのままゆっくりと魔力を流した。

 次の瞬間、ガシャンという音がして円柱が両側に一気に伸びる。


「うおう!?」


 突如、目の前で起こった”変形”にライリー先輩が驚きの声を上げた。

 現れたのは、全長6mにも達する長い”槍”

 それをモニカが持つ光景は、もはや武器には見えない。

 これはロメオを主体とした”ドラグーン”専用武装。

 あの対抗戦で猛威を奮った”万能槍”にデバステーターの部品を取り込んで威力を更にえげつなくさせた1品。

 因みに円盤の方は”盾”である。

 当然ながらこんな物、俺達の体の大きさでは扱えないが、その辺はちゃんと用意しているので安心してくれ。


 この2セットは”デバステーター”が使えない今、当面の”最強武装”として期待しているのでテストが楽しみである。


 その後は、メリダがインターフェイスユニットに格納するための、カセット状の基盤をいくつか取り出して確認を始めた。

 今回、現場でメリダはチェックできないので、予め用意しておいた魔力回路を入れ替えて確認するのだが、案外カートリッジ式の装備自体が今回のメインかもしれない。


 それに今回は貴重な貴重なアクリラの外で実験が行える機会だ。

 しかもある程度寒い環境なので、来年予定している”本当の里帰り”に向けた、最初の実地試験にも適しているだろう。


「それじゃ、こっちも行くぜ」


 俺達の準備が一段落したところで、ライリー先輩が徐ろに倉庫の中へと入っていった。


「ええっと、まず曝露試験用のやつが、これとこれと、あとこれと・・・」


 そう言って俺達の目の前に木箱をどんどん積み上げていくライリー先輩。


 貴重な機会なのは何も俺達だけではない。

 耐久性が求められる”ゴーレム機械”にとって、様々な環境で部品がどのように変化するかは、かなり重要なデータになる。

 なのでピカ研では、外に出る用事のある者が居れば、様々な”おつかい”を頼むのがしきたりになっていた。


 それは、単に部品を外気に晒す試験をしたり、そこでの動作を確認したりもあるが、その地域で得られる材料や、そこで使われているゴーレムの青写真を入手してきたり、面白いアイディアを仕入れてきたりと多岐にわたる。

 まあ今回は俺達の”里帰り”に合わせて、メンバー達が用意した物を持っていくのが主なものになるが。

 とはいえそこは”ゴーレム”。

 俺達の次元魔法の収納力を試すかのように、大きな部品が次々と時空の穴の中にねじ込まれていく。


「マニュアルはどうする?」

「あ、ちょっと見せてください」


 モニカがライリー先輩から手書きのマニュアルを受け取り、それに目を通す。

 すると俺の中に今回持っていく品々の情報が纏められていった。


『うーん、意外と注意事項が細かいな』

『大変そう?』

『うんにゃ、チェックする項目が多いだけで、起動自体は簡単だ。 魔力もパッケージ化されてるのが殆どだからな。

 大それた事をするのは、1つか2つか・・・』


 その時、ライリー先輩が中型ゴーレムの上半身を次元収納の中に放り込んだ。


『・・・3つだ』

『ヴァロアさんのとこ、広いといいね・・・』

『まあ田舎だから、ちょっと行けば丁度いいところがあるだろ』


 あればいいんだけど・・・


 すると突然、メリダが俺達の背中にのしかかってきた。

 芋虫の何本もある腕がしっかりと絡みついてくる。


「モニカ〜、ちゃんと帰ってくるんだよ〜」

「あはは、分かってるよメリダ、どうしたの?」

「うん、モニカに抱きつくのもあと1ヶ月はお預けだなーって」


 そう言いながらメリダの腕の力が強くなる。

 そこからは、モニカの抱き心地を覚えてやろうという強い意志が感じられた。

 すると、モニカはその腕の中でスルリと体を回転させ、メリダに正面から抱き返す。


「それじゃ、わたしも!」


 そう言いながら、モニカはメリダの見た目の割にカッチカチな感触を全身で覚えるために、体を大きく動かしながら体を擦りつけ始める。

 別れを惜しむように抱き合う2人の少女。

 その光景は字面だと何とも微笑ましいが、そこは小娘と芋虫の抱き合い。

 それを横目に作業を続けるライリー先輩の目には、なんとも言えない”呆れ”の感情が見て取れた。






※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 翌朝。


 出発の朝。


 卸したての私服に着替えた俺達は、木苺の館で最後の出発の確認をしていた。


「朝食はアクリラで食べないの?」


 ルシエラが聞く。


「うん、”上”で食べるんだって」

「時間が惜しいからな、余裕があるといっても早く出た方が余裕を持って着ける」


 俺達が答える。

 するとルシエラは努めてなんでもないように頷いた。

 その様子はいたって自然だが、ルシエラが”こんな早朝”に自然な時点で、普通ではない事は一目瞭然である。


「忘れ物はないわね?」

「うん、昨日のうちに確認した」


 そう言いながら、モニカがブーツの踵をつけて紐を結び、両方の靴がちゃんと履けたことを確認すると、顔を横に向けてベスとルシエラを見る。


「”おみやげ” 何がいい?」

「うーん、ヴァロア領って何が有名かしら? ベスはなにか知ってる? エメルサントってあの辺よね?」

「1000㌔ブル以上離れてますよ、ルシエラ姉さま」


 ルシエラに話を振られたベスが、呆れたようにそう答える。


「ありゃそっか、うーん、じゃあ、なにか適当に。 あと日持ちしそうなら名物料理も」

「うん、分かった」

「ヴァロア領でなくても、途中の街とかで面白いのがあったら買っていくよ」

「頼むわよロン、モニカはお店見てる余裕ないだろうし」

「おう、まかせとけ」


 俺がそう答えると、それが合図だったかのようにモニカが立ち上がってバッグを拾い上げた。

 表面の擦り切れたそれは、氷の大地に住んでいるときから使っている物だが、だからこそモニカの信頼は厚い。

 次元収納が使えるので、今は緊急用の装備がいくつか入っているだけだけれど。


 そのままモニカは、いつもとは違う・・・・・・・格好だが、いつもと同じ・・・・・・足取りで玄関へと歩み寄る。


「「行ってきます」」


 モニカは何気なく、そう言った。


「「行ってらっしゃい」」


 ルシエラとベスが、何気なくそう答える。


 別に、少ししたらまた帰ってくるのだ。

 大仰な見送りは必要ない。


 そんな伝統に従って寮の部屋の玄関で見送る2人の視線を背に受けながら、俺達は扉を開けて外へ出た。






 出発場所として指定されたマグヌス軍の駐屯地では、もう既に飛竜が翼を広げて今か今かと出発の時を待っていた。

 そしてその首元ではイリーナが飛竜を撫でている。


「キュル・・・」


 俺は隣のロメオの体が僅かに強張るのを感じた。

 眼の前にした飛竜の姿は、何とも強大で恐ろしい。

 俺達のことなど、一口で平らげられる大きさだ。

 魔獣よりは細いが、羽の分があるので変わらない。

 いっそユリウスくらい馬鹿でかいと現実感が薄れるんだが、見た目としてはこれくらいが1番怖く感じるのはなぜだろうか?


 俺達が乗ることになった飛竜は青みがかった鼠色で、アルバレス産のせいかマグヌス軍の竜舎に繋がれている他の飛竜とは少し異なる。

 背中に鞍はなく、腹側に胴体と殆ど変わらないサイズの客室が据え付けられていた。

 客室はちょっとした馬車サイズだな、マイクロバスくらいといえば想像がつくだろうか?

 後ろ半分は荷物スペースになっているので、ロメオはあそこに乗せればいいだろう。


 飛竜は穏やかだが、猛獣ならではの鋭い目で俺達を見ていた。

 彼等はとても賢い。

 ルシエラによると、純血の竜程の高度な知性はないが、それでも”誇り”や”使命感”はあるらしく、今の自分の立場や仕事をきちっと認識しているんだと。

 荷物や乗客の意識もあるので、近づいたからと襲われる事もないらしい。

 あと少し賢ければ、”知能動物”として社会に加わっていたかもしれないとはスリード先生の言だ。


 そんな風に飛竜を眺めていると、向こうの方から見知った顔が。


「おはようさん。 調子はどうだい?」


 長旅を想定してか、実用装備然とした鎧に身を包むヘクター隊長だ。


「元気だよ」


 モニカが答える。

 だがそれに対するヘクター隊長の反応は意外だった。


「それは良くないな」

「なんで?」

「これから4日間、昼間はあの中に缶詰めだ。

 退屈で退屈で仕方ないぞ」


 そう言って笑いながら飛竜の腹を親指で指差す。

 なるほど、たしかにそれは元気だとキツイな。

 マイクロバス並に大きいとはいえ、マイクロバス並に小さくもあるのだ。


 するとその時、飛竜の装備に問題がないことを確認し終えたイリーナが、少し離れて魔法陣から何かを取り出した。

 なんだろうか?

 見た感じ1辺1.5mの大きな白い紙に見える。

 すると、その紙が独りでに折り曲がり始め、気づけば白い鳥の形を作ったではないか。


『なんだろう、あの鳥』

『さあ、でもヘクター隊長の反応も薄いし、さして珍しいものじゃないのかも』


 質感は完全に紙で出来た鳥。

 その鳥は少しの間イリーナに顔を寄せると、その翼を大きく広げ、朝の空へと飛び立っていった。


 鳥を見送ったイリーナがこちらに向き直る。


「モニカ様、準備ができました」


 そしてそう言うと、こちらに向かってアルバレス式に一礼した。


 今日のイリーナの格好は磨き上げられたピカピカの鎧・・・いや、ピカピカなのは”勇者の権能”のせいか。

 それと背中には彼女の”異名”を象徴する様に、布に包まれた槍と思しき細長い棒が。

 だが”双槍”というのに1本とはどういう事だ?

 あれ? ”双”って双刃の事じゃないよな?


 俺は少しの間、こっちの言葉の辞書を当たってみたが、やっぱり”槍が2本”という意味にしか訳せない。

 まあ、レオノアの事もあるし、勇者の力を開放すると2本になるのかも。

 そういう事にしておこう。


見窄みすぼらしい出立になった事をお詫びします」


 すると突然、イリーナに謝られたではないか。

 それに対し、何が何だか分からないモニカが困惑する。


「あ、いや、別に派手じゃなくてもいいから、、」


 というか、唯の出発のどこを派手にするというんだ?

 そりゃガブリエラとかなら派手かもしれないが、俺達は別にそんな偉そうなものでも何でもない。


「いいえ、ご友人や関係者のお見送りをこちらの都合で辞めていただいたので」

「あ、そういうこと・・・気にしなくていいよ、そんなの」


 なるほど。

 今回の旅は公式の手続きに則って行われるが、あくまで”お忍び”だ。

 旅程は非公開だし、周知もされない。

 それ故、できるだけ静かに出発するために”集合即出発”となっていた。

 見送りも無し。

 軍事施設に朝っぱらから俺達の関係者が集えば、何をしているかはすぐに分かってしまうからだそうだ。

 別に、まだそこまで有名じゃないだろうとも思うが、そうしないとイリーナが納得しないので仕方がない。

 なのでベスとルシエラ以外への挨拶は昨日のうちに済ませておいたのだ。


「では出発しましょうか」

「うん。 行こう、ロメオ」

「キュルル」


 俺達がロメオを伴って飛竜へと近づいていく。

 さすがに乗せるものという認識はあるのでその間は何ともないが、飛竜の方はロメオをジーッと見つめていた。

 餌とでも思っているのか。


「キュルル!」


 するとそんな気を察したのか、ロメオが飛竜に声を上げて威嚇した。

 だが哀しいかな20mオーバー対3m。

 飛竜はロメオを鼻で笑うだけで歯牙にもかけない。

 まあ、今のロメオは最新版のパワーユニットを付けているので、本当に飛竜が強いとは思わないけれど。

 でもその辺は、これからお世話になる飛竜の顔を立てるとしよう。


 ロメオを荷物スペースに押し込んでベルトで固定すると、俺達は内部から客室の中へと入っていった。


『結構しっかりしているね』


 飛竜の腹の形の関係で、内部に起伏が発生しているが、それ以外は概ね普通の駅馬車と変わらない感じだ。

 マイクロバスと言ったが、横幅は電車サイズだな、高さはいいとこミニバンだけど。

 真ん中に首の方まで続く通路があって、先頭に御者台が見える。

 そして、その御者台にイリーナが前から飛び乗る所も見えた。

 続いて、横の扉からヘクター隊長が乗り込んでくる。


「いやー、こりゃ快適だ」


 ヘクター隊長は、入ってくるなりそう言って関心しながら椅子に座り込んだ。


「飛竜乗ったことあるよね?」


 その反応を見たモニカが不審そうに聞く。

 飛竜乗ったことがある筈なのに、随分と新鮮な反応だと訝しがったのだ。


「俺が乗ってきたのは軍用の狭っ苦しいやつだけだ。 民間用はこうなってるんだな」


 なるほど、用途によっても違うのか。

 視覚記録を辿れば、確かに前見たのは背中だし小さい。

 きっと、その代わり速度が出やすいとか有るのだろう。


「飛びます! 揺れるので席についてベルトを締めて!」


 客室の中にイリーナの声が響いた。

 慌ててモニカが手近な椅子に座り、そこにあったベルトで体を固定する。

 すると、それを見計らったようにガクンと客室全体が揺れ、次いで浮遊感が襲ってきた。

 窓に目を向ければ、ゆっくりと地面が遠ざかり、僅かに傾いたかと思うと、突然勢いよく景色が下に流れ始めるのが見えた。


『飛び上がった!』


 思わず俺が叫ぶ。

 それくらい、広い客室ごと浮かぶ違和感は凄まじかったのだ。


 というか、めちゃくちゃ上下に揺さぶられるなこれ。

 羽ばたいているせいなんだろうけど、浮かんだと持ったら次の瞬間には落下し、またすぐに上昇するのを繰り返す。

 俺達はなすすべも無く座席に張り付いているしかできないし、後ろからはロメオの悲鳴が聞こえてくる。


「上に上がるまでの辛抱だ!」


 ヘクター隊長が、心底おかしいものでも見たかのように笑いながらそう叫んだ。

 あ! ”朝食は上で”ってのはそういう事か!

 まったく! なんて情緒のない出立だ。


 俺は徐々に窓の向こうで小さくなっていくアクリラの景色を、惜しみながら眺める暇が無いことに心の中で悪態をついた。


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