2-14【ヴァロアの”血” 1:~愉快な同行者達との顔合わせ~】



 試験の翌朝、俺達は寮の食堂で眠い目をこすりながら朝食の野菜をモシャモシャと咀嚼していた。

 小さめの葉っぱが特徴の、レタスよりは固くキャベツよりは柔らかい、独特な苦味のあるこの葉っぱ。

 食感は違うが、近縁種とあってやはりどこかカミルさんちで食べたマシュルを彷彿とさせる。

 だがそんな懐かしの品を食べている割には、モニカの反応は優れなかった。


 というか眠い。

 今日は休日だが、いつもならもうしゃんとしている時間なんだけど、やっぱりあの試験キツイ。

 体が全力で疲労を回復しようと睡眠を要求していたのだ。


『・・・うーん、カミルさん1人でねようよ・・・』


 マシュルっぽい味にカミルの姿を幻視したのか、モニカが寝ぼけながらそんな事をのたまう。

 これじゃルシエラと変わらないな。

 ちなみに、そのルシエラはまだ夢の中だ。

 今日は起こせと言っていたのだが、休日朝のルシエラは危険なので仕方ない。

 規則正しく、いつも通りの時間に朝食を取っているモニカを褒めてやってくれ。


 おっと、そんなことを言っていたら、


「うーん・・・べすぅぅ・・・」


 モニカが横に座っていたベスにもたれかかり、その肩に頭を乗せて寝始めた。


「あーあー、まだ食ってる最中だってのに・・・ゴメンなベス」


 俺が小声でベスに謝罪する。


「いえ、しばらくこのままでいいですよ。 私もモニカ姉さまと一緒にいたいですし」


 そう言って、優しく見つめるベスの表情は慈母のようで、つくづく”木苺の館の3人娘”の中で1番精神年齢が高いのは誰かというのを思い知らされているようだ。

 今日彼女がここにいる理由は、早ければ明日にでもアクリラを立つモニカと一緒にいたいから。

 1ヶ月くらいで何を大げさなと思うが、ルシエラが数ヶ月延長して居なかった事が原因なので、そのまた原因である俺達は恐縮する他ない。


「それにしても、随行の方ってどんな人なんですかね?」


 徐ろにベスが聞いてきた。

 まさかこの状態のモニカに聞いているとは思えないので俺にだろう。


「どんな人っていってもな、俺達が聞いてるのは強いって事と、アルバレスでそれなりに信用できる人ってくらいか」

「校長先生は教えてくれなかったんですか?」

「ああ、”実際に会ってのお楽しみ”だって」


 思い返せば校長は、また随分と面白そうな顔で言っていたものだ。


「という事は、校長先生はその人の事を知っていて、しかも信用できるという事なんですよね?」

「まあ、そうなるな。 じゃなきゃ何らかの警告をしただろう。 もしくは妨害か」


 少なくともなにか確証がなければ、そんな”冗談”を入れる余裕は無いはずだ。

 ということは逆説的にその人が信用できる者だという事になる。


「でも、誰なんだろうな」

「まあ、行けば分かるということですし」

「そうだな」


 ちなみに今日はベスも付いていく、といっても行きがけにチラッと見るだけだけど。

 モニカ連絡室は、たとえどこかのついでに寄っても必要時間が5分を切る立地なもんで、気軽なのだ。

 でもルシエラが来るかは怪しいけれど・・・

 後方視界で寮の内側の扉を見つめながら、俺はあの低血圧の姉貴の事を少し考えていた。


「・・・うーん・・・? ・・・ちょっと寝てた?」

「結構ガッツリな」

「気持ちよさそうでしたよ」


 ”俺達”が揃ってイジると、モニカは顔を赤らめて縮こまった。

 幸いな事に眠気は今の少睡眠でスッキリと消えている、これならば大丈夫だろう。



 今日の予定は、まず連絡室でアルバレスの”随行人”と会ってお互いの人となりを確認してから、その人が組んできたという”里帰り”のプランを聞いて確認し、細かいところを相談していく。

 その後、纏まったプランを学校の事務局と冒険者協会に提出し、協会では旅先で動きやすいように登録を行う。

 それから時間が余れば随行人の方は必要物品等の手配、俺達はピカ研に行って、新しい装備や旅先で実験したいゴーレム等を受け取る事になっている。

 早い話が旅の準備だ。

 あとは、できれば新しい私服を一着作っておきたいかな、成長してアクリラに来たときに着ていたのは絶対に入らないし。


 でもまずは随行人の確認だな。

 まあ、事前の相談で女性になりそうだということなので、旅慣れた女兵士とかだと思うが・・・



 その時、俺はチクチクとした違和感が肌を刺すような感覚に気がついた。


『ん?』

『ロンも気づいた?』


 モニカが俺達だけに聞こえる鋭い声で聞いてきた。

 彼女も気づいたらしい。

 それと、モニカが肩に頭を乗せていたベスは気づかなかったようだが、それでも突然警戒感を顕にしたモニカには気がついていた。


 モニカの目が鋭く動き回り、違和感の正体を探る。

 すると、その動きが玄関ホールの方向で固まった。

 ここからは壁で見えないが、そこに”何か”いる。


 だが、モニカの無意識の指示により俺が【透視】を発動しようとした時、その壁の向こうから見慣れた顔が現れた。


「モニカいる? お客さんだよ」


 そう言って現れたのは”赤犬”のジーナ先輩。

 この寮の取り纏めの様な存在をしている獣人の優しい先輩だ。


「お客さん?」

「うん ・・・・でも、すっごい強そうだよ?」


 ジーナ先輩は駆け寄ってくるなり、心配そうにそう耳打ちした。



 玄関ホールに出てみると、確かに女性が1人待っていた。

 背中まで伸びる緑がかった灰色の髪を綺麗に編み込み、輝く白い目が特徴的な以外は、普通の女の人といった身なり。

 だが明らかに”普通”ではない。

 格好こそ、最近アクリラで流行りの柄を取り入れた普通の服装で特に武装などはしていないが、放つ威圧感はモニカの”生存本能”をビリビリと刺激していた。


『つ、つよい・・・』


 モニカが呻く。


『そんなにか』

『に、にげたい・・・』

『そんなにか・・・』


 俺は素早くグラディエーターの状態を確認する。

 今なら、いくつか”オプション武装”もあるので、”勇者”相手でも一泡吹かすぐらいはどうにかなるだろう。

 レオノアレベルならばだけれど・・・


 だが、その女性はモニカが緊張したのを見抜いてか、すぐにこちらを見ながら腰を折って低頭した。

 アルバレス流の”お辞儀”だ。


「モニカ様ですね?」

「ええっと・・・はい」

「急な呼び出しに応じてくださり感謝します。

 アルバレスより、モニカ様のヴァロア領一時帰還随行の命を受けて参りました、イリーナ・ブガレフです」

「は、はい・・・モニカ・シリバ・・・えっとヴァロアです」


 カッチリとしたイリーナと名乗る女性の挨拶に、モニカがおっかなびっくり答える。


『この人かぁ』

『また、えらい・・・のが来たな』


 このレオノアを凌ぐレベルの威圧感、そして”イリーナ・ブガレフ”という名前。

 こんなやつアルバレスの中で該当するのは”1人”しかいない。


「あの・・・”勇者”の人ですよね?」


 その正体をモニカが確認するとイリーナは軽く頷いた。


「ええ、あなたが倒した・・・・・・・レオノア・メレフと同じ、”勇者”の一員です」

『うぐ!?』


 思わぬイリーナの言葉の棘に、モニカが心の中でつんのめる。

 大丈夫かな? これから1ヶ月ちょっと一緒なんだけど。


「安心してください、冗談です」

「・・・・」


 冗談だってさ! ははは、面白い人だ!


「半分は」


 あー、ははは・・・・俺ちょっと心配になってきた・・・



「もしよければ、”連絡室”にて旅程の確認を行いたいのですが、まだ朝食中でしょうか?」


 イリーナが”食堂”という看板に目線を送りながらそう聞く。

 迎えに来たはいいが、朝食を邪魔したのではないかという意味だろう。


「ええっと、大丈夫です」


 出かけにベスが、俺達の分も一緒に片付けてくれると言っていたので問題はない。

 そのベスも、ちょうど今食堂から出てきて頭を下げたところだ。


「イリーナさん。 私もついて行ってよろしいでしょうか?」


 ベスが問う。

 するとイリーナはこちらに目を向けた。


「できるだけ旅程は秘匿しておきたいですが、モニカ様の関係者で、モニカ様が内容を知ってもらった方がいいとお考えならば同席は構いません」

「あ、はい。 じゃあベスと・・えっとそれと」


 モニカが少し申し訳なさそうに顔を後ろに向け木苺の館を見つめた。


「他にも、一緒に聞いてほしい人がいるんですけど・・・」

「でも、ルシエラ姉さまは間に合いますかね・・・」


 ベスも恐縮気味に続く。

 俺達の姉貴分は今頃、己のバイタルと死闘を繰り広げているだろう。

 あと半時間もすれば大丈夫なのだが、それまで待ってもらうのも・・・


「分かりました、では先に協会で手続きを済ませましょうか」


 イリーナがそう言って予定の組み換えを提案した


「でも、予定詰めてなくて大丈夫なんですか?」

「どうせ登録は時間がかかりますし、登録だけならば近くの分署でも可能なので、今しておけば後で中央に行った時に旅程申請で待たされずに済みますから」

「あ、そうなんだー」

『へえ、そーなんだー』


 確かに冒険者協会の分署ならば1km程先なので、行って登録して帰ってくればルシエラもそろそろ起きてる時間だろう。



 ◇



「えっと、なんでイリーナさんが来たんですか?」


 ベスがルシエラを連れてきてくれると申し出たので2人になった冒険者協会への道すがら、徐ろにモニカがイリーナに問いかけた。


「なんで? ですか?」


 イリーナが不審そうに聞き返す。


「えっと”勇者”・・・さん、なんですよね?」

「ああ、そういう事ですか。

 安心してください、安全のため事前の秘匿はしていますが、公式の手続きで移動するので私が随行する事は公にされます。

 なので、もしモニカ様に何かあればアルバレス全体の信用に関わりますので、途中で弓引く様な心配はいりません。

 むしろ、”事故で死なせた”という線を消すための配慮と受け取っていただければ、ありがたいです」

「あ、ええっと」


 あ、”そっち”と受け取ってしまったか、まあ別に”勇者と一緒で安全か問題”も聞くつもりだったので問題ないが。


「そうじゃなくて・・・いいんですか? ただの里帰りに・・・」

「”ただの里帰りに勇者は大袈裟すぎる”と?」

「ええっと・・・はい」

「別に大袈裟すぎることはありません。

 今現在、我が国の名目上の最高戦力であるモニカ様の護衛として、”勇者”以下の者では荷が勝ち過ぎます。

 それに、最上位特級戦力を新たに国に引き入れる以上、万が一モニカ様が暴走した場合も想定しなければなりません。

 その時、”勇者”以外に止められるすべはないですから」


 つまり、”王位スキル”の強烈な力を管理するには、”勇者”でもぶつけなければ安心できないということか。


『って事は、監視役も兼ねてるってことだな』

『それって大丈夫?』

『言外にそれを直接言うからには、敵対する気は毛頭ないってアピールとも取れる。

 むしろ、信用するための判断役という意味合いなんだろう』


 俺がそう説明すると、モニカは頭の中で理解のサインを発した。


「『なるほど』でも・・・よく、これましたよね。 ”勇者”って、7人しかいないのに」

「同じ”特級戦力”でもマグヌスのAランク・・・軍位スキルや、トルバの”魔導騎士団”と違い、アルバレスの”勇者”は軍とは独立した、1人1人が単独で運用可能な戦力です。

 それに平時には単独で国内を巡回しているので、予定をつけるのは意外と簡単なんですよ」


「はあ・・・『どういうこと?』」

『ほら、”勇者”って無駄に頑丈でメンテナンスフリーだろ? だから自由に徘徊させても問題がないから、そうしてるって事だろうな』


 でも、いくら1箇所に縛り付けるよりもウロウロさせた方がメリットが大きいといっても、実際にこれ程の戦力を単独運用するというのは豪気なものだ。

 いや、それくらい勇者の継続行動能力が頭抜けている事の証左か。

 破格の単独行動力を持つ俺たちでさえ、”不安”は拭い切れぬ”スキル”とは大違いだ。

 一度どういう構造してるんだか見せてもらいたいものだが、ムリだろうなー。


『でも、こんなのと1ヶ月一緒はキツイな』


 俺は素直にそう感想を漏らす。

 するとモニカも渋々ながら同意の感情を送ってきた。


 一緒に歩いてて気づいたが、この人、ムチャクチャ硬そうなのだ。 防御力とかじゃなくて雰囲気が。

 ずっと厳しい表情なのもそうだし、言葉遣いにも距離を感じる。


「ところで、えっと・・・なんで敬語?」


 敬語はモニカも気になったようで、すぐにイリーナに改善を求めたほど。

 だが、その結果は芳しくなかった。


「これは私が受けた護衛任務であり、モニカ様・・・・はその対象です」


 と、丁寧かつそっけなく返される。


「それだけなら・・・」

それと・・・モニカ様は伯爵令嬢です。 地位は平民の私が敬語を使うのは自然なこと」

「でもイリーナさんは”勇者”だから、そんなの関係ないですよね?」

「勇者ですが、表向きモニカ様も”同格以上”の特級戦力になります。 お気になさらずに」

「あぁ・・・」


 だめだ・・・モニカの提案など石のように頑丈なイリーナの態度の前では全く取り合われてない。

 まだ性格にも”イケメン補正”があったレオノアと違って、こっちはかなりお硬い。


 それでも、モニカは負けじと息を大きく吸って意思を固める。


「敬語はやめて。 何かあったとき、やり取りが遅れる」


 そして、これまでにない強い意志を込めてそう言った。

 これには流石にイリーナも何かを感じたようで、その場に立ち止まって怪訝な顔を向けてきた。

 だがそれも、すぐに明るいものに変わり、堅苦しい印象を残したままニコリと笑うと、


「ご安心を。 私が付いている限り、その様な事態にはなりません。

 勇者の誇りにかけて、モニカ様には”安全な旅程”をお約束いたします」


 そう言って、またクルリと進行方向に顔を向け歩きだしてしまったのだ。

 あとには何とも言えない表情で固まるモニカが残されるだけ。


『・・・・うん、だめだこりゃ』


 モニカが滅多に見せない”あきらめ”の感情を滲ませながらそう呟いた。

 

『こりゃ、”楽しい里帰り”になりそうだ』


 俺もそう皮肉るしかない。





 寮から一番近い冒険者協会の分署は、1kmほど街中に向かって歩いたところにある。

 ここは周囲に学生寮が多いということもあってか、利用者層は他の学生用施設と殆ど変わらない印象がある。

 本格的な手続きは中央区の”本署”に行かないと出来ないので、ここでは情報の掲示や細々とした手続きと相談が主なもの。

 そのため窓口は一つしかなく、それも預金の手続き専用といった感じで、事実俺達もそのようにしか使ったことはない。

 それよりも職員と校外活動の相談をするスペースが広く取られている。

 特に今は”里帰りシーズン”とあってか学生が多く、掲示板も”依頼コーナー”よりも様々な旅行の同行者を募集する張り紙に殺到していた。


 皆、花形の討伐旅行の募集を遠巻きに見ながら、研究旅行や採取旅行の旅程を指さして友人と相談している。

 なんとか自分の里帰りと合流できるポイントがないか探している感じかな。

 俺達も校外活動免許を取得したことだし、今度モニカとどんな物があるかガッツリ調べてみたい。


『こんど、あのへん見てみよう』


 モニカも同意見のようだし。


 だが、今日の俺達はイリーナに引き連れられてそれらを無視し、1つしかない窓口の方へと直行した。

 

「こんにちは、学生の旅行者登録を行いたいのですが」


 窓口の男性にイリーナがそう告げる。

 すると男性は少しイリーナを値踏みするように見てから、視線をこちらに移した。


「学生というのはその子?」

「はい、初めての”里帰り”になるので、新規登録になると思うのですが」

「中等部で”里帰り”が初めて・・・他の校外活動は?」


 男性が確認するようにこちらを向き、それに対してモニカが答える。


「入学してからはありません」


 その答えに、男性は驚いたように眉を上げた。

 たしかに中等部ともなれば本来もう数年いることになるし、外に出る機会も1度や2度ではないものだ。

 だが、何物にも例外はあるとでも思ったのか、男性は特にそれ以上の事は聞かずに棚から専用の魔法紙を取り出して要式の記入を始めた。


「・・・新規登録・・・お名前は?」

「”モニカ・ヴァロア”、同行者は”イリーナ・ブガレフ”です」

「同行者の人はちょっとまってね。 まず生徒の登録をしないといけない決まりだから・・・もにか・・ゔぁろあ・・・っと、校外活動免許か許可はもう取ってる?」

「えっと、はいこれです」


 モニカが懐から免許書を取り出して男性に渡す。

 すると受け取った男性はそれを見て目を大きく見開いた。


「”2種”!? しかも中1ってことは一発合格でしょ? すごいね君」


 そう言いながら裏を向けたりして本物かどうかを確認している。

 純粋に向けられた称賛の声にモニカの方から、なんだかこそばゆい感情が流れてきた。

 よくよく考えれば同い年で一緒に免許取ったのはシルフィだけ、中等部全体でも10人居ないわけで、そう思うと結構すごいことをしたんだなと実感する。


「あ、そうか、君が噂の”モニカ・ヴァロア”か」


 男性が思い出したようにそう語り、表情が少し軽いものにかわった。


「えっと・・・はい」

「なら、今日はいい日だ、有名人の担当ができる」


 それから少しの間、窓口の男性に俺達の個人情報を聞かれそれを記入していく作業が進んでいく。

 俺達も把握していない”表向きの情報”のいくつかはイリーナが補足する。

 まだ低年齢ということも幸いしてか、俺達自身が把握していないことは気にされなかった。

 といっても、その殆どは空欄なんだけど、それでも”ヴァロア伯爵”関連のことが書けるだけでも以前よりはずっと”プロフィール”らしい書面が出来たものである。


「うん、これで校外活動登録はできるよ、あとは”パーティ”の登録だけど、同行者は・・・」

「このイリーナさん」


 モニカが少し苦い表情で横に立つイリーナを指さす。

 本当にこの人と一緒に行動しないといけないのかと思うと気が重いって感じに。


 男性は完成した書面に漏れがないかチェックを始めた。


「パーティを組むと、なにかいいことが有るんですか?」


 モニカがそう聞く。


「毎回毎回登録する手間が省けたりかな。 あとはメンバーが固まってるとこっちからも依頼を頼みやすかったり、他の同行者や”スポンサー”を募るときに有利になったり、実績があるといろんな許可が降りやすくなったりかな」

「うーん・・・」


 男性の説明にモニカが生返事をしながら思考を回す。

 今の話を聞いて何か考えている感じだ。


『どうしたモニカ?』

『うん、いや、”本当の里帰り”の時に、メンバーが固まっていた方がやりやすいかなって思って』


 なるほど、”氷の大地”に帰る時の話か。


『まあ、準備とかもあるしな』


 おそらく場所が場所だけに、個人での帰還は却下される可能性が高い。

 とはいえ急造品のメンバーで向かうにも環境が厳しすぎる問題が有った。

 そう考えると、それを見越したパーティを組んで今年中になんどか校外活動で目処をつけておきたいということだろう。


「それで、そっちのイリーナさんは今後もモニカさんのパーティに入る? それとも今回だけ?」

「今回だけでお願いします」


 イリーナが男性の質問に答える。

 一時的な登録もできるのか。


『じゃあ、メンバー募集の幅は結構広いな』

『冒険専門の人とかいるのかな?』

『そりゃ、いるだろう。なんだったら、そういう人のアシストを前提に考えてもいいかもしれないな』

『うん、そうだね』


 つい数ヶ月前まで、そもそもアクリラを出ることすら考えられなかった立場だっただけに、こうして外に出るための話が眼前に迫ると、なんだかワクワクしてくるから不思議だ。

 まあ、”この人”を除けばだけど・・・


「”イリーナ・ブガレフ”さん、なにか身分を証明する物はありますか?」

「これでお願いします」


 そういって懐から当たり前のように取り出したのは、”エリート”とデカデカと書かれた金バッジ。

 アルバレスのものなので少々デザインは違うが、”エリート金バッジ”に良いイメージのないモニカはそれを見て若干腰が引けた。

 やっぱり勇者、”エリート試験”くらい取ってるか・・・


 窓口の男性もその金バッジに若干引きつつも、なんとか平静を装って金バッジを専用の魔道具にかざした。

 どうやらこの金バッジは魔力的な身分証になっているらしい。

 金ピカなだけかと思いきや、意外と高機能なんだな。


「はい・・・イリーナ・ブガレフさん、確認が取れました・・・すいません、ひょっとしてあなた”勇者”の?」


 どうやら男性は今になって初めてイリーナの”正体”に気がついたらしい。

 イリーナが頷くと、モニカのときとは比べ物にならないほど口を大きく開けて驚いた。

 そりゃそうだよね。

 超大国に7人しか居ない筈の超戦力が国境沿いとはいえ一応他国の街の、しかもこんな外れにフラッとやってきたら、そりゃそういう反応にもなる。


「えっと・・・こっちにサインもらってもいいですか?」


 そう言うなり突然別の紙を取り出す男性。


「それは手続きに必要なものですか?」

「あ・・いえ・・・」

「ならばご遠慮ください」

「あ、はい・・・」


 どうやらこの男性、ちゃっかりイリーナのサインをせびろうとしたらしい。

 さすがアクリラ人だ。


『でも、これが”正しい反応”か』

『正しい反応?』

『うん』


 なんとなくこの数ヶ月で立て続けに2人も勇者に出会っていたが、普通に考えれば”勇者”なんてのは雲の上もいいところの”大スター”である。

 そう考えれば、レオノアのサインでも貰っておけばよかったとちょっと思ってしまった。


「ええっと、今回の旅行の目的地と経由地、期間はどれくらいですか?」


 男性が、またなんとか平静を取り戻しながらそう聞いてくる。


「目的地はヴァロア領の”フェルズ”、期間は4週間から最大6週間ほどを見込んでいます。 経由地はまだハッキリとは決まっていないので出発時に」

「里帰り以外に何か活動の予定は?」

「直行の予定です」

「なるほど」


 イリーナの回答を窓口の男性が用紙に書き込んでいく。


「わかりました、この内容で登録しておきますね。 登録完了までは半日ほど見ていただければいいですよ。

 詳細な旅程が固まったら出発時、学園側に提出するときに一緒に出してください」

「わかりました」

「それじゃ、メンバーはモニカさん、イリーナさんの2名ということでいいですか? 他に同行者の予定は・・・」

「ないです」


 男性の言葉にイリーナが即答する。


 だがその時、分署の扉が開けられ見知った人物が入ってきた。


「ちょっと待った! 同行者1名追加だ!」


 入ってきたのは”モニカ連絡室”のファビオ。

 だがその顔は、走ってきたのか顔に汗が吹き出ている。


 ファビオはそのまま、すごい形相で窓口に駆け寄り俺達のそばまで来たかと思えば、その場でイリーナに食って掛かった。


「迎えにしては遅いと思ったが、やっぱり・・・・ここか・・・ 困りますよイリーナ殿、モニカ・ヴァロアの帰還には”こちら”からも人員を付けると言ったでしょ」


 どうやらイリーナは、こっそり自分だけを俺達の里帰りの同行者として登録しようとしていたらしい。

 ファビオはそれを感じ取り血相を変えて飛んできたのだろう。

 だがイリーナは悪びれた様子もなく、そればかりかバカにしたような視線をファビオに送った。


「マグヌス側からも人員を付けるというが、まさか”あなた”が来るわけではないですよね? それともディーノ殿が? 失礼を承知で申し上げるが、私とモニカ様、”特級戦力”2名に付いてくるのは些か無理があると思うのだが」


 まあ、確かに”連絡室の2人”では荷が重いだろうな。

 2人とも強行軍とか無理そうだし。

 2種免を取れというからには、道中にはそれなりにきつい場所も有るのだろうし。

 ヘルガ先輩なら付いてこれるだろうが、正式なメンバーじゃないので予定も無理がある。


 だがそれに対する答えは、ファビオに続いて入ってきた者の言葉で行われた。


「いや、付いていくのは俺だ」


 そう言ってファビオの横に体を捻じ込んで窓口に顔を出したのは、50代手前くらいの痩せていながらもしっかりとした骨格の髭面のオッサン。


「ヘクター・アオハ、バッジはこれだ」


 去年の交渉の時からずっとファビオについて来ていたヘクター隊長が、そう言って胸からエリートの金バッジを取って窓口の男性に放る。


「あなたが来るのですか?」


 イリーナが怪訝そうな表情で問う。

 するとヘクター隊長は、飄々とした様子でそれに答えた。


「たしかに、あんたら2人と戦うのは無理があるかもしれないが、付いていくだけなら問題ない。 これでも未開地を回った経験は豊富だ」


 そう言って胸を張るヘクター隊長は”エリート”特有の風格を感じさせ、なんとも頼もしい。


「あなたにモニカ様の護衛が務まるとは思えませんが・・・」

「おいおい俺は”近衛隊”出身だぞ? 国王陛下や王女殿下の護衛隊長を務めたことも有る”専門家”だ。 むしろ、あんたみたいな”無敵の女”に人を守れるのか? 護衛経験は?」


 ヘクター隊長の言葉にイリーナが苦い顔になる。


「バカにしないでください、これでも重要な式典では何度も・・・」

「それは”お飾り”の護衛だろ。 本当の護衛は裏方で何人も居たはずだ」

「・・・・」


 どうやらいくら”勇者”でも”近衛隊”の前では護衛経験の差はかなりあると感じたのか、反論する言葉が出てこないらしい。

 実際、以前見たヘクター隊長の動きは護衛として完璧なものだった。

 彼に守ってもらえるなら、確かに安心度は格段に上がるのは事実である。


 ヘクター隊長が気にするなとばかりに手を振る。


「安心しろ”お飾り”の重要性は理解している。 あんたの邪魔はしない、だが俺の同行は認めてくれ」

「ですが・・・同性2人のところに異性であるあなたが・・・」

「おい、冗談はよしてくれよ! 俺にあんたらを襲える力があると思うのか? むしろ俺が襲われるんじゃないかと心配なくらいだ」

「なっ!? あなたのような者、私の好みではありません!」

「俺もそうだね嬢ちゃん・・・・、どっちも棒っ切れみたいな体つきだし、片方はその上”ちんちくりん”、もっと出るとこ出てくれないと、勃つものも勃ちやしねえ」

「・・・っぐ!?」


 ”棒っ切れ”って・・・

 まあ、たしかにモニカはいわずもがなだし、イリーナにしてみてもスラッとしているのは事実だけれど、でもモニカはともかくイリーナが棒っ切れってのはちょっと酷いんじゃなかろうか・・・


「まあ、”子供2人”で行くよりも、”大人”が1人付いていた方が安心だろ? そう思ってくれればいいよ」

「失礼な! 私はこれでも23・・・」

「”子供”じゃないか」

「成人はしています」

「だが経験は足りない。 俺に言わせりゃ1番タチの悪い子供の頃だ」

「あなたとは違います」

「そう思ってるのはガキの証拠だ、どうせ軍務経験は10年も無いんだろ?」

「・・・・」


 悪いが、完全にイリーナは劣勢だ。

 力が強くても、経験不足を指摘されてはまだまだキツイ若手。

 例え俺達を足してもヘクター隊長の”経験年数”にも届かないことを考えれば、跳ね除けるのは些か難しい相手だろう。


「ヘクター隊長さんも、お願いします」


 結局、モニカがその結論を出すのに葛藤などはなかった。


「それ見たことか、安心しな、旅費はウチで持つから」


 ”代表の決定”にヘクター隊長がドヤ顔でそう言うと、窓口に向かって堂々と自分の名前を追加するように指示を出す。

 俺達が彼の随行を認めた以上、イリーナはそれを苦い表情で見送るしか出来ない。


 そんな彼女を労るためか・・・それとも煽るためか、ヘクター隊長は強面の髭面を愉快に歪めて呟いた。


「そんな厳しい顔をするな、”楽しい旅行”にしようぜ」


 そう言うと、場の険悪度が幾分上昇した。


『・・・・うん、だめだこりゃ』


 モニカが、またも”あきらめ”の感情を滲ませながらそう呟く。

 

『こりゃ、”楽しい里帰り”になりそうだな』


 今度も俺は、そう皮肉るしかない。


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