2-13【キラキラの2年生 7:~第二種校外活動免許試験終了~】


 目の前に突如として現れた”理不尽の化身”、スリード先生。

 それは現在アクリラに存在するいかなる者よりも強く圧倒的な”魔獣教師”であり、ありとあらゆる手段を単なる”身体能力”で捻じ伏せる本物の怪物だ。


 だがそんな存在がなんでここに?


「スリード・・・先生?」

「うん、そうだよ。 見ての通り私だ」


 スリード先生は、モニカの驚いた反応が大変面白いといった感じに笑う。


「なんで・・・ここに?」

「おや? 不思議かい? ここは試験会場で今は試験中、そして君は受験生で、私は監督の1人だ。

 ならここで出会う事の、どこに不思議があると言うんだい?」


 スリード先生が、何でもないようにそう答える。

 だが、そういう事ではない。

 俺は、その事についての質問をモニカにしてもらうように頼んだ。

 今持ってる応急品のフロウでは、満足な品質のスピーカーは作れないし、必要も無かったので無理に用意していなかったのだ。


「先生は、”襲ってくる魔獣のリスト”にはなかったですよね? それに監督員の人と会うのは・・・」


 ”失格の時だけ”


 その可能性に思い至ったモニカが若干青ざめる。


『なにか”間違い”した?』

『わからん』


 ひょっとすると、火狐君に呪術をかけたのが”戦闘”と判断されたのかもしれない。

 たとえダメージを与えていなくても、あの一連のやり取りを”戦闘”と見られる可能性は十分に考えられた。

 だが俺は、あえてモニカにそれを伝えない。

 まだ不確定の情報で混乱させたくなかったし、考えられる唯一の可能性というだけで、そうだとは思っていなかったからだ。

 もし俺達が失格ならば、スリード先生が出るまでもなく、ずっと近くにいた戦闘系教師が伝えに来るだけでいい。

 しかもその教師は、スリード先生が来ても全く反応しなかったのだ。

 つまりこれは、何らかの”予定調和”な可能性が高い。

 そしてそれは、当たりだったようで、


「安心するといい。 君達は”まだ”失格にはなってない」


 その言葉俺達はホッとする。

 ・・・と同時に”まだ”という言葉の持つ不穏さに、体が強張った。


「言っただろう? これは”抜き打ち面接”だって」

「でも・・・そんなもの、聞いた事ありませんよ?」


 モニカが問い返す。

 実際、ルシエラに聞いたときもガブリエラに聞いたときも、ついでに俺達で調べたときもそんな試験の話は聞いていない。


「それは、これが”イレギュラー”なものだからね」

「イレギュラー?」

「この面接は、受験生の試験の突破が確実な場合に、その受験生に”問題”があるときに実施される。

 事前の講習で聞いたたはずだよ、これは”不公平で理不尽な試験”だと。

 それは本当にこの免許を出すべきではない者は、”どんな手を使ってでも失格にする”という意味さ、そのための特別試験がこの”面接”というわけだ」


 スリード先生はそう言うと、目を鋭く細めた。

 つまり要約すれば、この面接はどうしても落としたい生徒に実施すると聞こえる。


「先生は、私を失格にするんですか?」

「それを見極めるための面接さ。 通り一辺倒の試験ではどうしても”取りもらし”が出るからね。

 君達の命を預かっている以上、そんな無責任はできない。

 特に君達みたいな”特殊な生徒”は・・・」


 そう言うなり、いきなりスリード先生が動いた。

 蜘蛛の前側の一対の脚が瞬間的に後ろに回り込み、俺達の退路を塞いだのだ。

 恐ろしい事に、ほぼ限界に近い思考加速を掛けていたというのに、その速度に全く意識が付いていかなかった。


「おっと、その前に。 君達に”ボーナスチャンス”をやろう。

 もしこの場で私と戦い勝ったなら、その場で”合格”にしてあげるよ。

 私以上の脅威なんて、いくら君でもそう簡単に会うことはないだろうからね」


 そう言って、”どうだ嬉しいだろ?”と言わんばかりに手を広げ、俺達の挑戦を待つかのごとく好戦的な表情を作る。

 だが、


「おことわりします」


 額に冷や汗を浮かべながらモニカが即答でお断りする。

 その答えに悩むこともなかったし、相談も必要なかった。


「なんで!?」


 だが、それが理解できないスリード先生はショックを受けたような表情で愕然とした。


「いや・・・ムリだから・・・」


 モニカがちょっと申し訳なさそうに答えたが、別に恐縮することはない。

 そのとおりなのだから。

 少なくとも今この状況の俺達がスリード先生に勝てる見込みはまったくない。

 この会場に入ってから作った魔道具は、殆どが”生活雑貨”的な物品ばかりで高度な戦闘にはついていけないし、仮に戦闘用の武装があってもこの先生相手ではデバステーター以外は数合わせにもなりやしない。


「はあ・・・君もそう言うか。 同じような状況では必ず言っているんだが、今まで一度も受けてもらったことがなくてね、何が悪いんだろうか・・・」


 そう言って額を押さえて悩みこむスリード先生。

 その表情は真剣そのもの。


 でもまさか、本気で俺達がスリード先生に挑む選択肢を取る可能性があると思っているのか?

 確かに先生の言ったとおりなら俺達は今、失格の危機に瀕していることになるが、ここでスリード先生に挑めばそれだけで”即失格”だ。

 一考する価値もない。

 もし仮に、冗談でそんな選択肢を取るような愚か者がいるならば、もっと早くに脱落していたはずだろう。

 これだけ厳しい試験なのだから、この時点で残っているのは真剣にこの資格がほしいやつだけに決まっているし、スリード先生との実力差も理解しているはずだ。


 どうやらそれを理解してなさそうなスリード先生は、少しの間悩んだあと、どうしようもないと思ったらしい。


「・・・まあ、断られたのなら仕方ない・・・・それじゃ、”面接”を始めるよ」


 その瞬間、スリード先生の表情が別の意味で真剣なものに変わった。

 これまでのどこか飄々とした”ふざけ”が混じったものではなく、もっと純粋な”圧”・・・

 強いて言うなら・・・


『怒ってる?』


 モニカがその感覚に一番適切な言葉を選んでくれた。


『だが、怒っているってのも正確じゃないな。 憤ってるわけじゃないから』


 なんというか、”間違いは許さない”といった感じの、”激しい感情”というほかない。

 そこから何が飛び出してくるのかわからない俺達は、緊張からか生唾を少し飲み込んだ。



「聞きたいことは単純だ・・・・・・なんで・・・この試験を受験したんだい?」

「なんでって・・・・それは、”必要だから”って」

「アルバレスの担当者にそう言われたことは知っているよ。 でも君は”そうじゃない方法”を用意するように求めることだって出来たはずだ。 いや、すべきだった。

 強いだけで幼い、まだ世間知らずのその身を危険に晒すような可能性は回避すべきだし、その配慮をさせるべきだ。

 だいたい、なんで里帰りに”第2種校外活動免許”が必要なんだい? その理由について、君は彼らに”ちゃんと納得いくまで”説明を求めたのかい?」


 その言葉に俺達はハッとする。

 そういえば、確かに”必要だ”と言われてそのまま”なんとなく”ここに来ていた。

 なぜ必要なのかを、本気で疑うこともなく。

 ただ、誰からも止められなかったというだけで・・・


「別にアルバレスに君達を罠にはめようとか、危険に晒そうとか、そういう意志がないことは調べが付いてるよ。 ・・・なぜ君にこの免許が必要と求めたのかもね。

 でも、きっと彼らは単純な戦力だけで君を判断し、それが可能と判断したんだろう」


 だけど・・・


「たしかに君達の能力はこの試験の”合格ライン”を大きく超えてはいる。 だが”君達”がそれに適しているとは、私は思わない。

 もう既に持っている”第1種免許”でできる範囲で移動する方法がないか、それを求めればいいと思うし、アルバレスにも模索させるべきだ。

 彼らは君のことをよく知らない。 だからこそ、ちゃんと申告すべきだったんだ。

 そして、それが出来ないということは。 君の自己評価能力か申告意識に問題があるか、私の見立てが間違っているか・・・

 そのどれにせよ、放置したままでこの資格をあげる訳にはいかない」


 モニカがグッと拳を握る。

 アルバレスに”他の手段”を求めなかった理由は明白だ。

 確かに俺達は、この試験を突破できるからと高を括っていた。

 ”本当の問題”がそこにない事なんて、ちょっと考えればすぐに思いつきそうなものなのに・・・

 スリード先生が指摘しているのは”そこ”だ。


 俺達の中にある”力”への過信、レオノアという”勇者”を倒したことによって発生した”驕り”。

 そんなもので目が曇っている者に、他の生徒の命すら危険に晒すことだって可能な資格を与えるべきなのだろうか?


「さあさあ、”君”はどう答える? モニカ・ヴァロア」


 スリード先生は面白そうに、モニカの名前を呼んだ。

 まるで、いかに俺達がまともではないシガラミの中で生きているかを直視させるかのように、”因縁・・”は決して俺達を離しはしないというかのように。



『ロン・・・』

「分かっていると思うけれど、”この質問”は君の力だけで答えるんだモニカ」


 咄嗟に俺に相談しかかったモニカを見抜いたかのようにスリード先生が言葉で制す。

 それにモニカがビクリと反応した。


「君達の関係でイニシアチブを取っているのがモニカであることは知っている。 その意味で”ロン”にこの免許の資格はない」


 あ・・・なんか、知らぬ間に失格になってたよ俺・・・


 という冗談すら許されそうにない空気の中、その”答え”を求められたモニカは静かにスリード先生の目を見つめていた。


「・・・先生が間違っていると思います」


 モニカは静かに・・・だが毅然とした口調でもってそう答えた。

 それを聞いたスリード先生の表情が好戦的に歪む・・・・怖い・・・


「ほう・・・その根拠はあるのかい?」

「たしかにアルバレスから”必要だから取って”と言われました。 でも、それだけがこの試験を受けた理由じゃありません。

 ずっと前から外で動きたいと考えてた。 それは”わたしの望み”に絶対に必要で、それには自由に動けるこの”めんきょ”が1番いいからです」

「ふむ・・・続けて」


「彼らがわたしの事を”ちゃんと”知らないのも知っています。 だから一緒に付いていってくれる人とは打ち合わせもすると決まったし、ジョルジュ・・・アルバレスの役人さんにも相談しています。

 それを聞いた上で、ロンやルシエラやスコット先生、他の人にも相談して、わたしは大丈夫だと考えました。

 わたしは自分の力をうまく扱えてませんが、その限界はちゃんとわきまえています。

 だから”ここ”にいるし、ここまで生き残ってきた。

 だから先生の見立てが間違ってると思います。

 ・・・もし先生が正しいなら、わたしは”ここ”にはいない」


 そう言ってキッとスリード先生の目を睨むモニカ。

 そこにはスリード先生が放っている”圧”にも負けない、”激しい感情”が乗っている。

 そしてその言葉にあるように、モニカ自身の命が”回答”であるかのように一歩前に踏み出した。


 スリード先生は動かない。

 今の答えをどう受け止めたのか。

 それは表情からは読めなかった。


 ただ、まるで獲物を値踏みするかのような強烈な”視線”が全身に突き刺さり、存在の全てを天秤にかけられているような、そんな違和感に俺は声もなく呻いていた。


 正直言って、俺が先生なら今の答えじゃ”アウト”だ。


 逆ギレだし、なによりハッタリが過ぎる。

 内容的に、スリード先生の呈した問題に答えているとも思えなかった。


 だが、それでもモニカからはどんな言葉も”ゆずらない”という気概が発せられていた。

 もはや”頑な”といってもいい。

 まるで自らの”これまで”を疑われたこと不快に思うかのような感情すら流れ出している。


「・・・それが君の”答え”かい?」

「この試験を、わたしが突破できるのは”強い”からだけじゃないです」


 スリード先生の最終意思確認に対し、モニカが”追撃”のように言葉を繰り出す。

 ”まだ分からぬのか”とばかりに・・・



 すると・・・スリード先生の表情が少し軽くなったような気がした。



「ならばその考えが間違いでないことを証明してみせるんだね。

 試験は明日の夕方まで続く、それまで逃げ果せて見せなさい・・・」


 その瞬間、目の前が突然弾け飛んだ。


 驚きに目を見開くモニカの顔を、遅れてきた衝撃波が”バン!”という音を残して叩く。

 そしてその次の瞬間には、つい今しがたまで目の前に居たはずのスリード先生の巨体は土の雨の中から完全に消えていた。

 まるでマジックである。


『・・・いなくなった?』


 状況を掴みそこねたモニカが俺に問う。


『らしいな、幸いこっちでは感知範囲外に移動するスリード先生の動きを捉えてた』

「あはは・・・」


 俺の言葉でとりあえずの”危機”を脱したことを悟ったモニカが、乾いた笑いを漏らしながらその場にへたり込む。

 恐ろしいことに、スリード先生の動きを示す振動は、ものの数秒で数キロの距離を移動していた。

 つくづく、”Sランク魔獣”というものが如何にとんでもないか見せつけられたかのようだ。


『”合格”ってことでいいのかな』

『いや、正確に言うなら”保留”だろうな。 まだ試験は終わってない』

『・・・・・・・・そうだね』


 緊張からへたり込んでいたモニカが、よっこいしょと起き上がり周囲を見渡す。


『わぁー、見事にひどいもんで・・・』


 超高速で動くスリード先生に吹き飛ばされたせいで、そこら中の土が捲り上がり、木々が無残に折れている。

 魔獣は動く災害とはよく言ったもんだ。


『でも、とりあえずこれでしばらくは安心かな』

『そうとは言えないぞ・・・・』

『・・・?』

『気配をよく探れ。 スリード先生のせいで、この場所が魔獣に察知された』


 流石にこれだけ派手に行動すれば、その動きは数キロ単位で周囲の目を引いてしまう。

 そんなものを魔獣たちが見逃すはずもなく・・・


 俺達の”索敵”には、四方八方から高速で迫る魔獣達の気配が蠢いていた。


「うわあ!?」

『驚くのは後だ! 今は逃げないと!』


 俺の言葉に尻を叩かれたモニカが慌てて走り出す。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 結局、その”危機”を乗り越えるためにまた丸々一日を潰してしまった。

 やったことはこれまでと同じで、しかも非常に地味なので割愛するが、大変さという点ではこの試験始まって以来だった。

 なにせ、少なくとも5頭以上の魔獣にハッキリと存在を認識されて追いかけられたのだ。

 この中に”愛しい火狐君”が混じってなかっただけでも感謝である。

 彼、まだ多分、俺達のかけた呪術の影響にあるんだろうな。

 おそらく他の受験生を追いかける分には問題ないくらいには回復していると思うが、俺達の臭いを追うのは難しいはずである。


「ふう・・・」


 山岳地帯の比較的端の方、この辺りではどこにでもある山の山頂、

 月のないこの世界の夜の闇の中で、ようやく全ての魔獣を撒いたことを確認してから、モニカが息を吐きながら腰を下ろした。

 視界の先にはアクリラの街の灯りが遠くに見える。


 ここなら可能ということで、一応【望遠視】で周囲を見渡してみても、遠くの方に時折魔獣の姿が映ることがあるくらい。

 距離から言って、見つかることはないだろう。


『今日は寝れると思うか?』


 全身に薄っすらと漂う疲労感を感じながらモニカに聞いてみる。

 なんだかんだで、今日まで殆どまともに寝ていなかった。

 初日と2日目は火狐くんに追い回されたし、昨夜はスリード先生の”置き土産”の対処にてんやわんやだった。

 ただ起きているだけなら大丈夫なのだが、緊張で動き回っているので疲労が凄い。

 それに成長期に3徹は色々と気になる。


 だが、モニカは緊張感を維持したまま首を横に振った。


『ううん、休みはするけど寝ないほうがいい』

『観測スキルのデータは俺が見とくから、寝ても大丈夫だぞ?』

『でも、起きる時に反応が遅れるから・・・あと1日、気は抜きたくない』


 そう言うなり、岩の陰に横になるモニカ。

 外から見れば寝ているようにしか見えないが、その実バイタルは平時のまま。

 どうやら今夜も目を瞑っただけで過ごす覚悟らしい。


 しっかし、思ったよりもキツイ試験だな。

 ジワジワ効いてくるというか、ねちっこいというか。

 だがそれも、明日の夕刻には終わる。

 そしたらすぐに帰って本気で寝よう。

 きっとモニカも同じ考えだろう。


 一応、サバイバル試験を乗り切っても、総合点で落ちてる可能性もあるが、それを気にしている余裕はなかった。


 



 それから、数時間経った頃。


『ねえ・・・ロン』

『ん?』

『あの”答え”でよかったのかな・・・』


 ふと、モニカがそんな質問を俺にした。

 ”答え”というのが何を指しているのかは、考えるまでもない。


『なんだ、自信なかったのか』

『ううん、あれは本気だよ。 でもそれが正しいのか、わからないから』


 そう言うと、モニカが目を開けて夜空を見上げた。

 そこは相変わらず小さな星が瞬いているだけの、静寂な世界だ。

 そんな中で、確かに今日までモニカは生きてきた。


『でもミスだっていっぱいした・・・

 間違った判断だっていっぱいした・・・

 今だって、何が正しいのかわからない・・』


 そう言って、目の前で拳を固く握る。

 その視線は、どこか”ここではない所”を見ているように焦点が合わない。


 うーん、いかんなぁ。

 試験の疲労と今後の不安が悪い形で繋がってしまっている。

 上手く行っている間は押し留められていたものが、スリード先生に問われて噴出した。

 もしこれも”試験”だとするのなら、確かに的確な問だったといえるのかもしれない。

 ひょっとしてこれをどう乗り切るか、それが俺への”問”だったのかも。


 いや、それは考えすぎか。


『きっと誰だってそうさ。

 でもモニカは、それには負けなかっただろ?』

『・・・・負けそうだよ』

『でも何度も乗り越えて今を生きている。

 失敗の数よりも、乗り越えた数で”モニカ”を判断してやろうぜ』


 俺はそう言って、モニカを少しだけ励ました。

 どれだけ弱音を吐いてもモニカは強い、こうやって軽く押してやればすぐに態勢を立て直せる。

 むしろ強いが故に、押しすぎることの方が心配なくらいだ。


 モニカはしばらく、ゆっくりと虚空を見つめながら黙っている。

 その様子から、俺はモニカが”誰”を見つめているかに思い至った。

 そして予想通り、その”3人の影”は結果として、モニカの心を強く安定させていく。


『・・・でも、わたし”負け”の数の方が多いよ?』


 そんな軽口を言えるくらいまで。


『なら、さっさとこの試験も乗り越えて、赤字を減らさないとな』

『うん・・・そうだね』


 モニカは力強くそうこたえると、意志を込めた様に目を閉じ、その意識を眠りの安らぎの中に投じる決断をした。


『それじゃ、任せたよ』

『おいさ、索敵範囲にヤバそうなのが来たら、すぐに教えるよ』


 俺のその言葉に対する返答は、小さな寝息だった。





 さて、ようやくモニカは寝てくれた訳だが。

 

 とはいえ、既に徹底的に安全状況を確保しているので危険はない。

 もし危険が迫っているとしても、即座に感知スキルが反応してモニカを起こす。

 このラインは6重になっているのでスリード先生ならばいざ知らず、この近辺の魔獣くらいじゃ確実に事前対処可能だ。


 だがそうなると、やるべき事もなくなるわけで。


 チェックシートを、それに抜けがないかも含めて何周かチェックし終わると、俺はすっかり手持ち無沙汰になってしまった。

 とはいえ今は試験中であるという手前、俺まで意識の深層に落ちるわけにも行かず。

 今はただ、悪いと思いながらもモニカの睡眠を浅い位置で留め、物思いに耽るしかない。


 幸いなのか、気になる事が1つあった。


 スリード先生の”抜き打ち面接”で、アルバレスがこの免許を取るように言ってきた理由をまるで知っているかのような発言をしていた。

 その”理由”とは、結局何だったのだろうか?

 あの時はとても聞ける雰囲気じゃなかったし、聞いて教えてくれたかは不明だが、何らかの”特殊”な事情がある様な口ぶりだった。


 もっとも、それは別に俺達の不利益を隠してるとかじゃなさそうなことも言っていたのだけど、気になるものは気になる。


 なんだろうなー。


 そしてそんな事を考えていると、頭の中に”ピロン”という音が鳴ると共に、視界の端に”着信あり”との表記が。


 あ、ウル先輩からメールだ。


 実は試験中にも拘らず、向こうからの度重なる返信の催促に耐えかねて何度かやり取りをしていたのだ。

 ええっと、内容は・・・


《確かに私はロンよりも早くから起動していましたが、人格化したのはロンよりもあとです。

 よって敬称の省略を強く希望します。

 ※追伸: 試験中の外部からの助言が不正行為に当たらないかという問ですが、ロンとモニカ様が会場内部に留まっている限りは、外部との通信による援助は、情報提供という範囲であれば慣例として黙認されていますので、問題ありません。

 何か対処不能な状況になれば、すぐに連絡してください。

 ただし送受信に平均3.7時間を要しているので、緊急事態には使えませんが。

 ※追伸2: 試験が終わったあとでいいので、ヘルガに”ヴェルズの件は例年通り行った”と伝えるようにと、ガブリエラが言っています》


 なるほど、問題ないと。

 これで憂いが1つ解消された。

 ちなみに”ヴェルズの件”というのは、毎年王家がやってる儀式的なものらしい。

 詳細は不明だが、ヘルガ先輩が気にしていたので重要なのだろう。


《分かりました。 これからは”ウル”って呼びますね。

 それと助言の件、確認してもらってありがとうございました。 できるだけ俺たちだけで乗り切りますが、ダメそうな気配が出てきたら相談します。

 あとヘルガ先輩への伝言の件、了解しました》


 と、こんなもんでいいだろう。

 ”先輩呼び”の件は、まあそのうち慣れるさ。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 それから次の日の夕方、会場全体に木霊するように”試験終了”が拡声されるまで、これ以上特に問題は起こらなかった。


 あまりに平和だったので、モニカを1日寝かせたままだったくらいだ。

 モニカにしては随分と俺を信用してくれたもので、一切自分からは起きようともしなかったのだが、やはり疲労もあったのだろう。

 試験終了後、状況を理解できずに不意に近くに現れたグリセルダ先生に驚いたくらいだ。


「試験終了だ、帰るぞモニカ」


 そう言うなり、俺達の襟首を引っ掴み背中に抱え走り出すグリセルダ先生。

 流石というか、4日間山岳地帯を駆け回った事を感じさせない速さで空を駆け上がっていく。

 その道中で聞いたが、先生はずっと俺達に付いてたんだそうで、他にも追いかけるのが大変そうな生徒には専用の監督員が割り当てられているんだと。

 ありがたい事でと思うしかないが、”憧れの先生ランキング”上位のグリセルダ先生にずっと見張られてたと聞いて、モニカの方は恥ずかしそうに縮こまっていた。





 試験本部に戻ってくると、既に何人かの受験生が戻ってきていた。

 更に俺達の後からも続々とそれに続く。

 その波が終わった時、集まっていたのは開始前から丁度2割程の数だった。


 モニカがサバイバル試験の”突破者”達の顔を見回す。

 その顔は、全員がやりきった達成感と試験が終わった安心感に満ちていた。

 だが、その格好は大きく違う。

 本当にサバイバルなどしていたのかと疑いたくなるほど小綺麗な受験生もいれば、今まさに地獄の縁から生還したみたいに血だらけでボロボロの者もいる。

 酷い者など既に意識がなく、到着早々医務室に運び込まれていた。


 俺達は、どちらかといえば後者よりかな。

 制服は泥を吸って黒いし、肌や髪も汚れている。

 制服のスカートなんて、下に半ズボン履いてるんだから不要だろとばかりに外されてる。

 もっともそれは他の受験生も同様で、男女とも装飾度合いの高い制服のパーツは外していたが。


 問題はシルフィだ。

 彼女も受かったんだうれしー、と最初は思ったが、何だこりゃ?

 試験前よりよっぽど小綺麗だし、”輝き”の度合いも増している。

 それに釣られて、男女関係なく今にも襲い掛かろうというような目で見られていたくらいだ。

 そして、まるでそれらの”野獣”から守るかの如く、シルフィの周りを鳥や虫が飛び回り周囲を威嚇している。

 そのせいで、俺達も近くに行って喜びを分かち合うことが出来ずにいるくらい。

 まあ、抱きついて汚したら申し訳ないか・・・いや、いっそあの綺麗な顔を俺達の泥で汚したい・・・じゃない!

 おいおいいったい、どんな魔法を使ったんだ!?

 こりゃ、しばらく近づかないほうが賢明だな・・・



 それから、待機していた”モニカ班”に全身を弄くられて検査されたりしながらしばらく待っていると、ある時、試験本部のテントから校長が大きな紙を持って出てきた。


 辺りに鋭い緊張感が走る。


 そのまま校長は持っていた大きな紙を、新たに設置された掲示板に張り出した。

 予想通りそれは合格者を示す掲示で、全員の目がその上を高速で駆け抜ける。

 モニカも同様に視線を動かす。

 一瞬早く俺は結果を知ったものの、モニカが自分で知りたいだろうから反応はしない。


「あった・・・”モニカ・シリバ・ヴァロア”」


 そう呟くなり、安堵の感情が全身を駆け巡る。

 俺たちを示すその名前は、掲示板の真ん中の方に小さく書かれていた。


 次いで周りで大きな歓声と落胆の声が広がる。

 哀れな事に、ここまで突破しても尚、落ちた者は1人や2人ではない。

 きっと点数の方で落ちたのだろう。

 ちなみにシルフィは受かってたが、本人は当然とばかりに”ドヤ顔”だ。

 そんな小憎たらしい顔もハッとするほど綺麗なのだからズルイと思う。


 だが、それらの反応を眺めていたモニカの中に、次第に納得のいかないような”モヤモヤ”が充満していくのを感じた。


『ん? どうした?』

『ちょっとね・・・』


 そう言うなり、モニカが移動を始める。

 向かった先は試験本部テント・・・その横で蜘蛛の足を何かで拭くのに夢中なスリード先生の所だ。


「・・・うん? ああ、来ると思ってたよ」


 モニカの気配に気づいたスリード先生がそう言って顔を向ける。

 その表情はいつもの、優しさと厳しさの混じった微笑み。


「先生、昨日の答えは、”あれ”で良かったんですか?」

「ふふ・・・合格したのが不満といった風だね」


 そう言って、スリード先生が面白そうに首をこちらに伸ばす。

 一方のモニカは気まずそうに視線を逸した。


「不満じゃないです・・・でも、納得できない」


 どうやらモニカは自分の答えが気に入っていなかったらしい。

 それで合格してしまったので、更に納得できないのだ。


「この結果は君の実力だ。 そこに疑いの余地はないよ」

「でも」

「ネタバラシをするとね、あの”問”の答えはどうでも良かったんだ」

「どうでも・・・?」


 スリード先生の言葉にモニカが驚く。


「”不公平かつ理不尽な自然”の中で、正しい回答なんてものはないよ。

 重要なのはその場を”やり過ごす力”だ。

 だから”なんと答えるか”ではなく、”答えるか”を見た。

 道理に悩んで立ち止まるならそれまで、不道理でも何でも、とにかくすぐに答えて動ける者でないと生き抜く事はできない。

 その点でいえば、君は合格だ」

「でも、それじゃ口だけでも・・・」

「口だけの者ならば、試験自体に落ちてたさ。

 中身のある者に”口”があるかチェックしたと思えばいいよ」


 スリード先生はそう言うと、これまでだとばかりに体を持ち上げ、他の教師の下へと歩いていく。

 そして残されたモニカはしばらくの間、そこで今の言葉を理解するためかのように無言で佇んでいるしかない。





 合格者の発表から少しして、すぐに免許の交付が始まった。

 冒険者協会の人が魔法で手続きを行い、証明書と免許証を校長が合格者に手渡していく。

 その時に、一人一人にアドバイスを入れていくのは凄いと思った。

 やっぱりちゃんと見てるんだな。


 すぐに俺達の番がやってきた。


「おめでとう。 さすがだったわ」


 そう言って、2つの証書を差し出す校長。

 証明書の方は紙製だが、免許証の方は触ってみると驚いた事に金属製だった。

 そういえば、アクリラに来るときルシエラが提示していたのもこんなだったな。


『フン〜フフン〜♪』


 現物を目にして、ようやく気分が上向いたモニカが心の中で鼻歌を歌いながら、外面は真面目に取り繕って受け取った。

 だが、2通の証書は動かない。

 いつまで経っても校長の手が離れないのだ。

 少しの間、校長とモニカの間で謎の引っ張り合いが発生する。


「校長先生?」


 モニカがおずおずと問う。

 どういう事だ、今更やっぱり失格とかってないよね? って感じの不安気に。

 すると校長は、今まで見たことないような真面目な顔で俺達の目を覗き込んでくる。


「これは、”無茶していい許可証”ではありませんよ」

「ええっと・・・はい」


 校長の言葉にモニカが頷く。

 だがそれでは駄目だとばかりに、校長の手は離れない。


「いいですか? これは”無茶していい許可証”ではありません」

「は、はい!」


 たまらず大きな声で返事するモニカ。

 すると、ようやく校長の手が証書から離れた。

 どうやら校長の中で俺達は、放っておくと無茶する子認定を食らってしまっているらしい。

 これまでがこれまでだけに反論できないが、無茶させる環境に文句を言ってほしいものである。


 そしてようやく手にしたその証書を、モニカは少し眺めてからその場を離れようとした。


「モニカさん」


 だがそれを校長が止める。

 まだ何かあるのか?

 振り向くと、そこにはさっきとは違った意味で真剣な表情の校長が。


「明日でもいいんで、”連絡室”の方へ来てくださいとのことでした」

「”連絡室”?」


 っていうと”モニカ連絡室”の事か。

 そういや”あの3人”はここには来てないな。

 終了時間がハッキリしないというのもあるが、それでも彼らの事だから、来て待っているのかもとか思っていたのだが。



「アルバレスから、あなた達の里帰りの”随行員”の方がいらっしゃったみたいです」




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 少し時間は遡って。



 知恵の坂の麓の近くにある”モニカ連絡室”では、モニカの試験終了に間に合わせるには、もうそろそろ出発しなければと準備が進んでいた。

 メンバーは”いつもの3人”。

 まだ、1ヶ月と少しの付き合いだが、そろそろお互いに慣れてきていた。

 それでもマグヌス側の2人と、アルバレス側の1人では壁はあるのだけれど。


 その時、連絡室の玄関にある呼び鈴が鳴らされる。

 こんな時に誰だろうか?

 3人は顔を見合わせた。

 当たり前だが、こんな特殊な場所を訪れる者は少ない。


 とりあえず、1番玄関の近くに立っていたジョルジュが扉に向かい、少し反応の遅れたディーノがすぐに代わりを申し出るが、ジョルジュはそれを手で制す。

 そして、結果的にそれが1番無難な選択だった。


 扉を開けると、そこに立っていたのは凛とした佇まいの女戦士。

 肩まで降りた銀色の髪と、隙間から鎧の見える外套に身を包み、背中には謎の細長い包を背負っている。


「ジョルジュ殿、パレジールより、”モニカ様の随行”の勅命を受けて参りました。」


 その女戦士がそう言って、玄関先でアルバレス式の敬礼を行う。

 その所作の優雅さときたら。

 ファビオとディーノは、2人共戦闘に関してはからっきしだが、それでもこの女戦士が只者ではないことはすぐに理解した。


「おお、イリーナ殿!! まさかあなたが来ようとは!!」


 ジョルジュがかつて見たことがないほどの感情を爆発させて、その女性の下へ駆け寄り、親愛のハグを酌み交わす。

 だがそれも無理はない。


 その様子を見ながら、ディーノは苦い思いが湧いてくるのを感じていた。


「これは・・・”とんでもない大物”が来ましたね・・・」

「彼女を知ってるのか?」


 ファビオがディーノに問う。


「ええ・・・もちろん」


 むしろ、知らない者の方が少ないだろう。

 この世界に生きる者ならば、姿は見たことがなくても名前は聞いたことがあるはずだ。

 だがまさか、アルバレスがこれ程の人員をモニカの随行人として送ってよこすとは想像もしていなかった。

 それ程、”本気”だったということか

 ただこれなら、確かにマグヌスが用意できるいかなる人物よりも信用が置けるだろう。


 なにせ・・・


「イリーナ・ブガレフ・・・

 アルバレスが誇る、”双槍の勇者”です」


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