2-13【キラキラの2年生 5:~”モニカ投げ”新記録樹立~】



「準備はいい?」


 早朝の朝靄立ち込める草原で、ルシエラが俺達にそう聞いてきた。


「そう聞かれても、準備するものなんてないんだけどな」


 それに俺は冗談混じりにそう答えると、ルシエラの顔がニヤリと歪む。


「心構えの話よ、わかってると思うけど。 緊張しちゃだめよ」

「うん」


 モニカが気合を入れながらそう答えた。

 だがの声色を見る限り、どうやらルシエラの声は半分程しか届いてないらしい。


 視界の先に広がるのは、見渡す限りの大森林と岩山。

 俺達が居るのは、その大森林の縁だ。

 

 周りには沢山の人間がせわしなく動いていた。

 監督員やその関係者達は、段取りについてやり取りを交わし、時折空を飛んでは森の方へと連絡に向かっている。

 その中央で陣頭指揮を取るのは校長。

 結構な年齢のはずだが、それを感じさせないほどテキパキと動いていた。

 そして俺達のようにこれから行われる”試験”の為に集まっている生徒はそれ見ながら、不安気な表情で佇んでいる。


 ここは、アクリラの市街地から南東へ40km程行った所にある山岳地帯の端で、ここから国境を超えてトルバの先までひたすら山と森が続いている。

 そのためにアクリラの近郊でありながら、非常に豊かな生態系が出来上がっていた。

 ”サバイバル試験”の会場となるのは国境までだが、その向こうからも動物は入り込んでくるので生態系の豊かさは広さ以上の物がある。

 これから4日間、俺達はそんな所で生き抜かなければならないのだ。


「モニカ! ちょっとこっち来て!」


 すると俺達の”見送り”の中から声がかかる。

 よく見れば”モニカ班”の技術者の集団と一緒にいたロザリア先生が、こちらに向かって手招いていた。


「あ、ちょっと行ってくるねルシエラ」

「うん、しっかり診てもらいなさい。 何かあったら大変だもの」


 少しの間、ルシエラと別れた俺達がロザリアのもとに駆け寄ると、すぐに技術者達が専用の魔道具をセットして俺達の生体情報をチェックし始めた。


「今日は調子いいですよ、”力”の具合も安定しているし」


 俺はとりあえず自分で把握している概要を伝えたが、ロザリア先生は取り合わない。


「でしょうね。 でもこっちで測るから・・・リブリー!」

「変化なし!」


 ロザリア先生が合図を出し、技術者の一人が魔力波を俺達に撃ち込んで反応を調べ始めた。

 もうすっかり顎で使っているが、”これ”を出すって事は結構念入りだ。


 それから少しの間、俺達は技術者たちに様々なデータを取ってもらった。

 周りを見れば、同じように主調律師に弄り回されるスキル保有者の姿が何人も見える。

 皆、これから4日間の試験に備えて念入りに検査しているのだろう。


「うーん、全く異常なしよ。 相変わらず張り合いの無いスキルね」


 検査結果を纏めたロザリア先生が、少しいたずらっぽくそう言った。

 もちろん本心ではない。

 ”この空気”に当てられて緊張している俺達をほぐそうという優しさだ。

 時間が経つにつれ、会場の空気はどんどん緊張を増していたので、それが悪影響を及ぼさないか心配になったのだろう。

 四方八方で、準備に追われる教師達の動きがいよいよ退っ引きならないレベルに達し、否が応でもあと少ない時間で試験が始まることを理解させられる。

 そんな中で、少しでもリラックスさせようというロザリア先生気遣いは、身にしみてありがたい。


 そもそも、長距離の駅馬車を乗り継いでこなければ、こんな所まで来れないというのにわざわざ来るなんて、それが仕事とはいえご苦労なことだと思う。

 そのせいで午前中に用事があったベスなどは来れなかった程なのだ。

 まあ、俺達としてはルシエラが来るのも過保護が過ぎるんじゃないかと思うんだけど。


 ・・・まあ、過保護といえば”こいつら”もだけど。

 その時、俺達の最終チェックが終わった事を悟ったのか、横から成り行きを見守っていた”モニカ連絡室”の面々が近づいてきた。

 メンツはいつもどおり。

 流石に”正式メンバー”ではないヘルガ先輩は用事があるので来てないが、”残り3人”は仲良く俺達がサバイバル試験に出発するのを見送りに来ていた。

 これから少なからず俺達が”危険”に晒されるわけで、”はいそうですか”と放り出すのは職務放棄なのだろうが。

 なかでもマグヌス側代表であるファビオは、非常に驚いた事に、心底心配そうな声色でロザリア先生に問いかけたのだ。

 

「本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ?」


 だがロザリア先生に、”何言ってんだ?”とばかりにそう答えられ面食らうファビオ。

 

「いや、そういう風には見えないんだが・・・」


 ファビオはそう言いながら、すごい表情で動き回る関係者や真っ青な生徒を見つめて回る。

 どう見ても”大丈夫”には見えない、というのは理解できた。

 そしてロザリア先生もそれは理解できたらしい。


「安心して、”この子”は彼らとは違うわ、殆ど外の環境に縁の無かった子と違って、ここまでもっと厳しい環境を歩いてきたんですもの。

 それに、ここに来てからも”問題事”に首を突っ込むところがあるし、”勇者と戦う”と聞かされた時に比べたら、むしろ私は気楽なものですよ」

「は、はぁ・・・」


 さすがロザリア先生は年季が違う。

 ある意味で俺達の”ゴタゴタ”について俺達以上に頭を悩ませていた人なので、その言葉には強烈な説得力があった。


「そうだよファビオ、安心して」


 だがモニカがそう言うと、すごい表情で睨まれたが。



 その時、戦闘系の教師たちがグリフィス先生を中心に一箇所に集まりだし、防音結界を張った上で何かを相談し始めた。

 一応見た感じ、異常ではなさそうだ。

 むしろ、”いよいよ”という感じだな。

 そしてそれは当たりだったようで、ほんの数分だけで何かをやり取りし終えると、すぐに防音結界を解いてバラバラに分かれ始めた。


 それからグリフィス先生は、少し離れたところで医療班と打ち合わせをしていた校長のもとに駆け寄り、何かを耳打ちする。

 いつの間にか、校長の周りには大きなテントがいくつも展開されいた。

 あれが試験本部ということなのだろう。

 どうやら全ての準備ができたらしい。

 ”会場”の中にいるスリード先生と通信魔法を用いてやり取りした後、確認を終えた校長が後ろにグリフィス先生を含む何人かの関係者を率いてテントから歩み出る。


「第2種校外活動免許試験の受験生の皆さん! こちらに集まってください!」


 その校長の声があたりに響き渡ると、その場の全体に緊張感が伝播した。


 モニカが自分の”見送り”を振り返る。


「行ってくるね」

「うん、いってらっしゃい」


 ルシエラが代表してそう答えてくれた。

 嬉しいことに、その声は全く心配してないよという感じのものだったので、それが何よりも心強い。



 俺達は、校長の前に群がる生徒達の中に入っていき、全身からピリピリとした空気を噴き出している先輩たちを掻き分けて進む。

 背が低いので、前の方に行かないと見えないのだ。

 最前列まで出ると、同じく前の方に出ていたシルフィと目があった。

 すると向こうがウィンクし、モニカが頷きで返す。

 僅かなやり取りだけだが、それだけでお互いに勇気が奮い立つのを感じるから不思議だ。



「おはようございます皆さん。

 全ての準備が整いましたので、これより皆さんの”サバイバル試験”を開始します!」


 校長が高らかに宣言する。


「ですがその前に・・・・事前に概要は読んでいることと思いますが、改めて皆さんに説明しますね」


 それから少しの間、校長によるサバイバル試験の説明が始まった。


 受験生は4日の間、この山岳地帯で過ごすことになる。

 持ち込める物品は生命維持に必要な物を除いて、制服だけ、アクセサリーもだめ。

 必要な物は全て、この数十km四方の山岳地帯の中で確保しなければならない。


 すぐに受験生達は、試験官立ち会いのもと、持ってきた物品を専用に設定された次元収納か金庫へと次々に預けていく。

 それは、専用の魔道具を用いて持ち物をチェックしながらの厳重なもの。


 すぐに俺達の番が来た。


 モニカが服の中に手を突っ込み、胸に付けてるグラディエーターの制御ユニットを取り出し、魔法陣に入れる。

 すると最近”詰め物”で膨らんでいた胸元がスカスカになって寂しい。

 それからかけてるメガネインターフェイスユニットも、別に視力を矯正するものではないし、魔道具なので入れる。

 得たばかりの俺達の次元収納の中身も同様だ。

 といっても昨日の今日なので、碌な物は無いのだが。

 あと、髪留めも。

 モニカが後頭部から小さなフロウを取ると、だいぶ伸びた髪がバサッと広がり、俺の後部視界がフッと消える。

 残されたのはモニカと共有している”本物の視界”だけ。

 なんともスッキリしたものだ。

 持ち物も下着と制服と靴、あと右手に付いたスキル制御用の魔水晶のみ。


 そして受験生全員が俺達と同じ様に荷物を預けると、装飾を失った制服の黒と白がやけに眩しく見え、一瞬世界が色を失ってしまったのかと錯覚した。


 だが、シルフィの目の強烈な青でそうではない事に気づく。


 それにしても、こうして見ると普段彼女が付けてるアクセサリーは、彼女の強烈な美貌を緩和する効果があったんだなと気付かされる。

 ”剥き身”となったシルフィの姿に引き寄せられ、男女問わずモニカも含めて視線がチラチラとそちらに流れていたのだ。

 まったく、試験前というのにみんな呑気なもんである。


 ただ、意外なことに、シルフィ程ではないがモニカもそれなりの視線を集めていた。

 きっとこの”髪”のせいだろうな。

 俺とルシエラとベスの努力により、最初氷の世界で見たギシギシの髪はすっかりサラサラのツヤツヤになっていた。

 なのできっと、髪留めを解いて風になびくロングヘアーは真珠のようであろう。

 1年でも、変われば変わるもんである。


「理解していると思いますが、この試験が終わるまで、一切の途中退場は認められません。

 食事、排泄、就寝、治療も全て、会場内で各自で行ってください。

 退場は”即失格”となります。

 また、会場内の審査員に続行不能と判断された場合も”即失格”となります。

 それと当然ですが、他の受験生への不可抗力を除く干渉も”即失格”となります」


 校長の説明は続く。

 その中で乱舞する”即失格”という言葉。

 お察しの通り、この試験には”突破”か”失格”の2択しかない。

 これが、この試験が”合格者2割”の大きな理由だ。

 そして、更にこれの難易度を上げているのが・・・


 その時、校長が何かのリストを掲げて俺達に見せた。

 

「現在、この中には8体の魔獣が生息しており、皆さんを発見次第、全力で攻撃してきます」


 校長がそう言いなが、リストの上側に掲げられたB〜Eランクの8体の魔獣の情報を指差した。

 それらに襲われるとあって、全員の顔が引き攣る

 だがそれは、勝てない・・・・からではない。


「ですが、これらの魔獣と・・・決して戦闘状態になってはいけません・・・・・


 モニカがゴクリと唾を飲んだ。


 そう、この試験、魔獣に襲われるというのに反撃してはいけない・・・・のだ。


「これは皆さんが勝てない敵から、どう逃げ続けるかを見る試験でもあります。

 ぶつかりそうなら全力で逃げてください。 

 鉢合わせても全力で逃げてください。

 でも安心もしてください、全魔獣には必ず随行の先生が付いているので、皆さんの安全は保証します」


 ただし、その厄介になった場合は”続行不能”として”即失格”となるのだが。

 要約すれば、とにかく4日間、誰の手も借りずに誰にも迷惑をかけずに、魔獣からひたすら逃げ続けろという訳だ。

 それが出来なければ、外で魔獣狩りはさせんということ。

 なんとも過保護なものである。


「それとリストの下側に書かれているのは”保護動物”に当たります、決して危害を加えないでください」


 これもまたこの試験の難しいところ。

 もし腹が減ったりして、間違って攻撃すれば即失格。

 アクリラ生みたいな強者が乱獲に走れば、あっという間にその地域の生態系に重大な影響を与えかねないので、それを見極められるかどうか試験するため、半分くらいは別に保護動物でもなんでもない動物がランダムで指定されている。

 一度見れば画像として記録されるが、一応俺は意識して目に焼き付けるように集中した。

 

「では、最後に。

 皆さんの健闘を祈ります」


 校長は強い眼差しで最後にそう述べると、後ろに控えるグリフィス先生にその場を譲って後ろに下がった。

 反対に前に出てきたグリフィス先生は、受験生を見回し大声で叫ぶ。


「よーし、お前らこれから試験だ! まずはこいつの後ろに一列に並べ!」


 そう言って両手を俺達の肩にドシッと乗せる。

 巨大な手が落ちてきた衝撃に、俺達の足が地面にめり込んだ。


『う、うごけない・・・』


 グリフィス先生にガッチリ抑え込まれて動けないモニカが焦るも、誰も助けられる者はおらず。

 とにかくこの獅子のような教師に怒鳴られるのは避けたいというような早足で、俺達の後ろにずらりと並んだ。

 その表情は、経験しているかどうかで当惑気味と覚悟を決めているかの2択ではあるが、皆、恐ろしそうな表情なのは変わらない。


 ところで俺達完全に”捕獲状態”だが、これから一体どうなるというのか?


「いいか、お前ら! 森の獣は繁殖期が近く縄張りを広げようと気が立っている! 虫っころも威勢よく噛み付いてくるぞ! 魔獣共もスリード先生が焚き付けているから気合十分だ!

 どうだ!? 楽しそうだろ!」


 と、頭上で叫ぶグリフィス先生。

 その表情は心底楽しそうなものだが、そんな事を聞かされても全然楽しそうじゃないし、みんな青ざめてるって!


「それじゃ、始めるぞ! 向こう・・・に着いたら試験開始だ!」


 え? ”向こう”って、これから移動するのかな?


 その時だった。


 突如、グリフィス先生の両手から燃えるような赤い魔法陣が飛び出し、それが俺達の体を一瞬で覆う。

 そして、それに俺達が呆気に取られていると、なんと驚いたことにグリフィス先生の右手が俺達の股の下に伸びてきて、そのまま股間を掴んで持ち上げたではないか!?


 いったいどこ触ってんだ!? と、考える暇はなかった。

 その後の状況と微かな記録から、次の一瞬で何が起こったのかを推察すると。


 まず俺達の”骨盤”をガッチリと握りしめたグリフィス先生は、さらに左手を俺達の脇の下に差し込んで”胸骨”を握った。


 そして、恐るべき速度で俺達の体を振り上げたかと思えば、そのまま、まるで槍投げが如く美しいフォームでもって、大空の彼方へとぶん投げたのだ。




「ええええええ!!??!??!」


 物凄い風圧の前に、空中に掻き消えるモニカの当惑の悲鳴。

 あのライオン先生、いったいどんな力で投げたんだ!?

 それでも、グリフィス先生が掛けてくれた赤い魔法陣がその大部分を押しのけなければ、きっと風圧と摩擦熱でとんでもないことになっていただろう。

 それくらいの速度だった。

 眼下の景色が飛行機みたい・・・いやそれ以上の勢いで流れていく。

 そして徐々に高度を上げていたはずのそれは、今では徐々に高度を落とし始めていた。


『うわわ、おちてる!おちてる!』


 モニカがどんどん加速しながら迫ってくる地面に、血相を変えて慌てだした。


『はやく! なにか!』

『あ、あれ!? 【飛行】が使えないぞ!?』

『なんで!?』

『あ、フロウがない!』


 この状況があまりに唐突過ぎて、手持ちの魔道具を預けていたことが出てくるのに時間がかかったのだ。

 それでも咄嗟にモニカが解決策を叫ぶ。


『ええっと、”ベクトル制御”!』

『それだ!』


 それでなんとか方針を得た俺は、魔力による強制的な移動エネルギーの相殺を図った。

 通称ベクトル系飛行魔法と呼ばれるその魔法は、まだまだ緊急脱出にしか使えない制御不能な代物だが、それでも機能さえしてしまえば、きっと一瞬にしてこの猛烈な速度を緩めたことだろう。


 まあ、機能しなかったんだけど。


『うわ、魔法陣が組めない』

『なんで!?』

『えっと、ええっと・・・あ! このグリフィス先生の赤い魔法陣のせいでノイズが!』


 既に強力な魔法が展開されている場合、新たに組む魔力回路に悪影響が出る場合が有るのだが、それが出たか。


 それはきっと、もう少し時間があればグリフィス先生の魔法陣を打ち消す事ができただろう。

 それとも、もう少し心に余裕があればノイズを回避して魔法陣を組むことだってできたかもしれない。

 だが、いきなり空中に投げ飛ばされて動転している俺にとって、元勇者の組んだ強烈な魔法陣の偶然の干渉を物ともせずに、使い慣れない魔法を組むにはあまりに時間が無かった。


 そして、結果的にそれでも問題なかった。



「・・・ヘブッ!?」


 まるで隕石のような勢いで木々の中を突っ切り、そのまま地面に激突して妙な呻きを上げるモニカ。

 だがその声は上半身と共に地面の下へと突き刺さって埋もれてしまう。



『・・・真っ暗だ』


 最初に漏れたのはそんな感想。

 どうやら無事に着地したらしい。

 上半身がまるごと埋まったせいで周りの様子が全く分からないが、着地の衝撃で吹き飛ばされた土や小石がパラパラとお尻に当たる感触がある。


 モニカが全身に魔力を流して一気に体を地面から引き抜く。


「・・・・・」


 無言で周囲を確認するモニカ。

 周りの景色は、鬱蒼とした森とジャングルの中間みたいな感じで、掘り起こしたせいか土は少しジメッとしている。

 後ろを振り返れば、俺達が吹き飛ばした木々が折れて垂れ下がり、その影から運良く直撃を免れた小動物達が固唾を呑んでこちらを見つめていた。

 前を見れば、”モニカ弾”の直撃を受けて粉々になった岩が非常に無残な姿で転がっている。


 モニカはそのまま無言で自分の体を見下ろす。

 今は感覚器がないので、俺も外から客観視することはできないが、ここから見えている分だけでも上半身が泥だらけなのは間違いない。

 そのままモニカはとりあえず顔についた分だけでも拭おうとしばらく努力したが、どこまでいっても”泥んこ”より改善することはなかった。

 だが、とはいえ驚いたことにそれ以上の事はない。

 あんな勢いで地面にぶつかれば、例え魔力で強化していても、もうちょっと負傷してもおかしくはなかった筈なのに。


 するとその時、役目を終えたグリフィス先生の魔法陣がゆっくりと晴れるのが見えた。


『どうやら、この魔方陣で衝撃を吸収したらしいな』


 そりゃ、なんの対策もなしに俺達を投げたりはしないか。

 どうやらあれは、一連の”無茶”から生徒を守る複合保護だったのだ。

 相変わらずガサツなのか丁寧なのか・・・


 だが、モニカは無言のまま。

 そのまま泥まみれになるのも構わずに、ゆっくりと体を横たえると腹部を抑えて蹲った。


 衝撃は対策してくれても、投げられるときに掴まれた胸と股間が痛くて動けないのだ。

 試しに、どんなもんかと制服を捲ってみれば、ヘソの下とお尻の上辺りにくっきりとグリフィス先生の太い指が食い込んだ痕が残っていた。

 幸い胸側はそれほどでもないが、肋骨が軋んでいるみたいに痛い。


 その時、不意に微かな悲鳴のようなものが耳に飛び込んでくる。

 だが、おかしい。

 聞こえる方向が”上”なのだ。


「・・・・?」


 不審に思ったモニカが蹲りながら顔を上に向ける。

 すると遥か上空を猛烈な速度で飛んでいく先輩の姿が・・・・


「・・・・・・」

『・・・・・・』


 あの人もグリフィス先生に投げられたのは間違いない。


 どうやらあの先生、受験生が会場に均等に散らばるように文字通り”投げて”いるらしい。

 また無茶苦茶な・・・

 きっと皆、性別や種族や体型に関係なく重心に近い骨盤を掴まれて投げられたのだろう、弾道がものすごく安定している。

 しっかし、女子生徒の股間と胸を遠慮なく鷲掴みにしてぶん投げるのもどうかと思うが・・・・

 いや、それよりもむしろ・・・


『ねえ・・・・”おとこの子”も、”あそこ”つかまれたのかな?』

『やめてくれ、想像しちゃったじゃないか!』


 いたいけな少年が、あんな握力で股間を握られた日にゃ・・・

 すると、俺の”恐怖”が伝播したのかモニカが体をブルリと震わせた。

 まったく、モニカの体についてない・・・・・事にこれほど感謝する日が来ようとは・・・



 そのまましばらく俺達は、悲鳴を上げながら空を通り過ぎる先輩達という非常にシュールな光景を眺めながら、股間と胸の痛みが治まるのを待っていた。

 俺達が衝突した衝撃に驚いたのか、幸いにも近づくような大型動物の気配はない。


 それでも森の中は大いに混乱に満ちていた。

 鳥がじっと息を潜め、小動物たちが必死に穴ぐらに逃げ込んでいる。

 無理もない、この周囲数十kmに魔法士が隕石雨のように降り注いでいるのだから。


 それにしても大変な試験だとは聞いていたが、まさかいきなりこんな事になるとは・・・

 もうちょっと普通に始まりたかったなと、俺もモニカも思ったものである。





 一通り悶えたあと、とりあえず俺達はサバイバルの鉄則として、まず初めに水源の確保に務めることにした。

 といっても、幸いにして1km程移動しただけで小川にぶつかったので、それほど苦労はしなかったのだけど。

 とりあえず、パッと見て匂いを嗅いで見るだけで新鮮な水であることは分かった。

 おそらく何処かの山に降った雨が染み出したのだろう。


 俺達はまず、地面の石を砕いて土と混ぜ合わせ魔力で固めて即席の”瓶”を作り、そこに予備も含めて20㌔バルムリットルほど水を入れると、それを昨日得たばかりの”次元収納”に入れて保管した。


『さっそく役に立ったね』


 モニカが嬉しそうに言う。

 自分の作った異空間に物が入っていくのが面白くて仕方ないという感じの声だ。


『こうして実際使ってみると、予想以上に大きな魔法だな』


 なにせ大量の水を持っているというのに、全く重くもないし動きも制限されないのだ。

 今まで、その容量に注目しがちだったが、この”身軽さ”は何物にも代えがたいアドバンテージに感じた。

 いや頭では分かっているつもりで、分かってなかったことを自覚した感じかな。


 そうやって水の確保に成功した俺達は、次に制服を脱いで泥だらけの上半身を洗い始めた。

 泥に塗れるのはサバイバルにおいてはそれなりにメリットがあることでもあるが、それでも怪我をした場合などの衛生面でのリスクを考えれば、清潔にしておいて損はない。

 汚れた制服は川の中に突っ込んで、2,3魔法の小技を使ってやれば即席の洗濯が完成する。


『後は、熱系と風系の魔法をうまく使えばすぐに乾く・・・』

『ねえ、ロン、ここってどれくらい飛ばされた?』


 川の中で制服の汚れを確認していたモニカが、おもむろにそんな事を聞いてきた。


『”出発”した試験本部から、直線で21.7㌔ブルの山の中だな。 試験区域の、だいたい真ん中くらいだ』

『じゃあ、ほかの人とは結構離れてる?』

『どうだろうな、投げられているのを見た限り、2㌔以内に落ちた先輩はいないだろうけれど』

『なら、あまり気にしなくても良さそうだね』


 いくら移動速度の速い魔法士とはいえ、こんな動きづらい森と山の中、少なくとも鉢合わせする可能性は低いのではないだろうか。


『ああ。 まったくあのデタラメグリフィス先生の”遠投力”にはまいるぜ』

「ははは」


 俺の皮肉を面白がったモニカが、水面をバシャバシャと叩いて感情を表現する。

 その姿は、完全にこの”自然”な空気を満喫しているようだった。

 もちろん、自然は自然でも俺たちのフィールドである”極圏”ではなく、ここは亜熱帯から熱帯に足を突っ込んだような気候で。

 まだ、春前だというのに森には動物の気配で溢れ、虫がそこら中でがなり立てている。


 それでも、人のことを気にしなくてもいい”自然”な空気は変わらない。

 アクリラの文化的な生活も良いが、たまにはこうして開放的になるのも悪くはなかった。

 いやむしろ、辛かったアクリラまでの旅路の、”それでも楽しかった一面”にまた触れているかのようで心が踊る。

 なにより、清流の冷たい水が肌に染みて気持ちよかったので、暫くの間俺達は試験を忘れて水浴びを楽しんでいたのだ。


 それから、ひとしきり”水遊び”を楽しんだ俺達は、体を温めるために魔力を無駄にする行為を打ち切って、川から上がりながらこれから4日間についての相談を始めた。


『水は確保できただろう? となれば次は食料なわけだが・・・』

『4日くらいは我慢できるよ?』

『いや、魔獣から逃げるのに空腹じゃ不安だ。 できるだけ1日3食取れるように動こう』

『そうなると、やっぱり何かを”狩る”必要があるよね』

『なーに、4日の間の飯だ、”サイクレベル”は必要ない。 大きめの鳥か、狸くらいの小動物を一匹仕留めれば事足りるだろう』

『それなら、いっぱいいるしね』


 モニカが注意を森の中に向けながらそう答える。

 その言葉通り、この森は北国の寂しい森とは打って変わって騒々しいまでに動物でいっぱいだった。

 これならば10分だって獲物には困らないだろう。

 始まる前はどんなもんか緊張したが、始まってみれば思いの外、”楽なフィールド”という印象が強かった。

 ちょっと虫が多いのは考えものだが・・・


 川から上がって裸でいるもんだから、獲物が来たぞとばかりに虫たちが集まってきて、全身のそこかしこに噛み付いたり刺そうとしているが、身体強化で鋼よりも硬いモニカの皮膚を打ち破れすに苦戦している。

 モニカはむしろ、その”妙で新鮮な感触”を楽しむために放置しているくらいなので問題はないのだが・・・

 って、よく精査してみりゃ、この虫達すごい噛力だな。

 もし魔力がなければ今頃、骨だけになってもおかしくない食いつき方だ。

 ・・・・これ、ひょっとしてかなり危険な森なんじゃ・・・


「あはは、そこはくすぐったいよ!」


 モニカが笑いながら、畏れ多くもデリケートゾーンに噛み付いたクワガタ(?)みたいな噛み虫を引っ張って外し、ちょっと横にずらす。

 そこに全く危険な香りはまったくない。


 ・・・うん、問題ない。

 ここは安全な森だ。

 少なくとも俺達には・・・・


『とりあえず、何するにしても、今作れる魔道具は一通り作っておこうぜ』


 俺達は魔道具系魔法士なので、いかに適切な魔道具を用意できるかどうかが勝負だと(実は別にそんなことはないんだけど)俺は思っている。

 狩りするにしても、高速で逃げるにしても何かしらの魔道具があったほうがいい。

 材料的に、今パッと用意できるのは土や石などを魔力で加工したものと、木材を加工したものか。

 だが、ここの土だとそれほど高度な魔道具は作れそうにないな。

 ”木魔道具”は独特なセンスと経験がいるのでほぼ門外漢だし、せめて純度の低くてもフロウができればいいんだけれど。


 だが俺のその提案に、モニカは待ったをかけた。


『・・・それはあとで』

『なん・・・』


 ”で”、という言葉は最後までは出なかった。

 その瞬間、俺はモニカがもう既に”狩人モード”に入っていることを感じ取り、意識の注意を感覚へと向ける。

 

『・・・”魔獣”か』

『うん、たぶん4足歩行・・・それと一定の速度で走ってる』

『”狼”か”狐”か・・・”熊”系統もいたよな?』


 事前に見せられた”魔獣リスト”の中から、俺は該当する魔獣を絞り込んでいく。

 

『あの動きだと、”熊”系ってことはないと思う。 たぶん”狐”』

『ああ、感知スキルでも探知できた、こっちに向かってるな。 こりゃバレてるぞ』

『とりあえず、撒こう・・・

『よしきた』


 俺達は手早くその打ち合わせを終えると、モニカが少し名残惜しげに虫を払い、制服を着ながら森の中へと逃げ込んだ。




 サバイバル試験は、始まったばかり。

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