2-13【キラキラの2年生 4:~模倣品は次元の彼方に原典を探す~】
2日後。
校外活動免許を取ることのメリットとして、とある”授業”を受講できることが挙げられる。
最上位級の魔法の一つである”次元魔法”。
それは本来ならばかなり高度な魔法技術であり、学ぶためには前提となる知識や能力が求められる、選ばれし者が集うアクリラでも更に人を選ぶ授業だ。
これを得意魔法に据えている魔法士は、俺達の知る限りガブリエラしかおらず、少なくとも専門が魔道具によっており中等部1年の過程が終わった程度の俺達には遠い存在である。
だがしかし、これまた何事にも”例外”がある!
校外活動免許を持っている者はその活動を助けるために、”とある魔法”を習得するために”次元魔法”の特別授業を受けることができるのだ。
そして俺達は現在、”講習”を受けているのでもう既に”第一種校外活動免許”を取得していることになる。
まだ”2種免”の試験の最中だが、次の”サバイバル試験”にもかなり力を発揮する魔法とあってか、この時期に受講する事になっていた。
モニカが感慨深く息を吸い込む。
『”におい”はふつうだね』
モニカが少し意外そうにそう漏らした。
『そりゃそうだろ、次元魔法はほぼ魔力しか使わない系統だからな』
今いる次元魔法の実験室はかなりゴテゴテとした空間だったが、多少焦げ臭いくらいで変な匂いがするといったことはなかった。
『ふーん、そっか・・・』
それでも、モニカは興味津々といった感じにそこら中にあるものを眺めて回る。
たしかに置いてあるのは、心躍るゴツゴツとした魔道具が多いし、俺達ではまだ理解できないほど高度な魔力回路がそこかしこに見られるので楽しいが、
何よりもモニカの心を震わせているのは、ここが”ガブリエラの専門”に連なる施設だからというのが大きい。
もしくは、ここで学べばすぐに”家”に帰れるのでは、とでも思っているのか。
だが今日学べるのはそれほど大げさなものではない。
いや、十分に大げさではあるんだけど。
「やっと、”次元収納”を使えるわね。 これでもう先輩の”ドヤ顔”を見なくて済むと思うとほっとするわ」
俺達の横にいたシルフィが染み染みとそう漏らした。
その言葉にあるように、これから学ぶのは次元魔法の使用率の99%を占める大ヒット魔法、”次元収納”だ。
ルシエラが良く適当なガラクタを放り込んで・・・いや、使える魔道具を手当たり次第に放り込んで整理しなくても・・・とにかく、いろいろ入れても大丈夫な異空間の収納庫。
もちろんそれは、本来であればかなり高度な魔法だが、あまりに需要が多すぎて、またあまりに使用頻度が高すぎるせいか、次元魔法の中でも別格に理解や最適化が進んだ分野であり、
そのおかげで前提となる知識がなくても、いくつかの部分を共通化することで”次元収納”だけでも使えるように体系化が成されていた。
魔法研究バンザイである。
これがあるのと無いのでは、持ち運べる物品に大きな差が出てくるからな。
実際上位の先輩なんかは、まるまる倉庫を抱えて動いているのと変わらない収納力があった。
特に俺達みたいに大型の物品を扱いたい者にしてみれば、最重要クラスの魔法と言える。
欠点といえば、魔力効率が悪いことと、魔法が使えない状況では中の物を取り出すことができないこと・・・・あとロメオがヘソを曲げることがあるかもしれないが、その程度か。
他にも入れる物品に何らかの制約があるらしいが、ある意味で校外活動免許そのものよりも重要度は高いだろう。
その証拠に、事前にもらったカリキュラムを眺めながら、俺達の心はかつてなく踊っている。
それから俺達は、もうそろそろ時間ということで、近くにあった簡素な長机と長椅子にシルフィと一緒に座った。
机や椅子が適当なのはアクリラの実験室では普通のことなので問題はない。
シルフィと座ったのは、やっぱり彼女くらいしか知り合いがいないからだ。
だが教室の中は意外なほど閑散としている。
”1種免”だけ受ける生徒は日程が違うので今日は来ないからだ。
しかも2種免受験者の全員が受けに来ているわけでもない。
高等部の先輩たちは元々1種免保有者が殆どなので、もう既に持っているのか数名程度。
中等部の生徒はそもそも数が少ないので、この部屋にいるのは17人しかいなかった。
もっとも、この部屋のキャパシティ的にこれ以上入っても座る場所はないんだけれど。
「はーい! みんなー、ちゃんと集まってるかー?」
すると、やたらと軽いノリの声と共に、担当教員と思われる教師が部屋の中へと入ってきた。
見た目は餅のように柔らかい笑顔が特徴の恰幅のいい”おばちゃん”という感じ。
試験ということもあってかここ数日厳しい顔の教師とばかり接していたので、俺はそれを見て少し肩の荷が下りるような気分になった。
一方のモニカは、そのおばちゃんから少しでも多くの物を得ようと目をギラギラさせている。
「よーし、端から名前を言っていけー 確認する」
そうやって全員の点呼を終えた後、先生は次元収納から金庫のようなものを取り出して、さらにその厳重な扉を開け中から何かを取り出した。
特殊な布製の封筒か? ちょうど人数分ある。
先生はその封筒を全員に配ると、中を開けるように俺達に伝える。
入っていたのは、小さなタペストリーのような魔道具と、本のようなマニュアル。
この魔道具には細かい魔力回路がびっしりと彫り込まれているが・・・
『この彫り方だと、この魔導具使えないぞ?』
俺達は一応魔道具の授業をたくさん取っているので、その仕組や真偽は見た瞬間わかる。
これは見てくれこそ魔力回路だが、実際は魔力が流れない”装飾”だ。
『・・・ってことは』
「はーい! 皆さん、中身は確認できましたか? 詳しい方は見た瞬間わかると思いますが、この魔道具は使えません。 これはあくまで皆さんが作る魔法陣の”見本”です」
なるほど、見本か。
そう言われれば、次元魔法使用時にルシエラが展開している魔法陣にそっくりだ・・・というかたぶんそのものだ。
次元収納の魔法陣って、どうしても内部が異空間に繋がっているので縁の方しか見えないのだが、そこが全く同じなのだ。
『”中”ってこんな風になってたんだね・・・』
モニカも同意見らしい。
実際、先生の話だと、中の様子がわからないから実物は参考にならないので、この見本があるらしい。
それから暫くの間俺達は、渡されたマニュアルの内容を先生に解説してもらった。
なんでもこの魔方陣はかなりすごい代物で、どんな魔力傾向であっても内部で上手いこと変換したり処理したりして使えるように組まれているらしい。
ゾッとするほど複雑で効率的なそれは、単純に再現するだけならば基礎的な魔法知識だけでも可能なものだ。
改めてどれだけ考えられているのかと驚嘆するしかない。
これを組み上げた奴はどんな頭をしているのだろうか?
それとも、これが”知識の積み重ね”の力なのだろうか?
欠点として、それらの回路全てを例え必要なくても起動させるので、魔力効率は極悪だということか。
あと構造があまりにも俺達の理解を超えすぎていて、何が何だか分からないため応用不可。
使う時はただ単に、指定された呪文を唱えるかその構造を端から再現するだけになってしまう。
まあ、それはちゃんと”次元魔法”を学んでやってくださいということだろう。
俺達としても手を出すにはレベルが高すぎると眺めているしか無い。
マニュアルにも、”勝手な改変禁止”とあるし、触らぬ神に祟りなしである。
それでも一応理解できた範囲でこの魔法を説明するなら、指定された空間に穴を開ける魔法と、その先の空間で使う整理魔法の組み合わせか。
「それじゃ、さっそくやってみましょうか! 私が見ているから端の人からね」
と、マニュアルチェックを終えたところでおばちゃん先生が、気さくな感じでそう言うくらいには安全らしい。
さて、いよいよ本番だ。
一番前の左端の先輩が緊張気味に呪文を呟く。
緊張しているせいか聞き取りづらいが、魔力の動きはしっかりしているので問題ないだろう。
すぐに魔法陣が組み上がり、その内側に穴が開く。
すると一斉に、感嘆と喜びの声が教室に巻き起こった。
更におばちゃん先生が「すごい! すごい!」と囃し立てる。
この人は褒めて伸ばすタイプらしい。
「ほら、次の子、どんどん行ってみよう!」
そのまま、次々に新たな”次元収納”が展開されていく。
皆、ここに来るような生徒なので失敗しないからどんどん進む。
あっという間に俺達の番になってしまった。
「・・・すう」
ちょっと緊張気味にモニカが息を吸い込み、頭の中を集中させる。
ところでこの”次元収納”だが、内容はすべて”基本回路”という26種類ある魔力回路の基礎パーツだけで記述されており、その制作にはそれ等の作成能力が必要となる。
で、モニカは日頃の鍛錬(と俺)のおかげでこの基本回路については特に呪文の詠唱などを必要としないわけで・・・・
その時、高圧の魔力が流れるブーンという音が鳴り響き、空間が捲れ上がる小さなクシャクシャという音を残して、空中に”穴”が開いた。
「おおぉ!? できた!?」
モニカが驚きながら、手のひらの上にできた魔法陣を見つめる。
マニュアル通り、その内側は異空間に繋がって潰れており、正常に起動したことを示す”チェック回路”に光が灯っている。
「おお、いきなり”詠唱なし゛とは勇者だねぇ、あ、”勇者”には勝ったんだっけあなた」
と先生も嬉しそうに手を叩いて称えるので、モニカは気分がかなり良くなった。
ちなみに俺達に対抗してか、シルフィも鼻息を荒げて呪文無しで展開させたが、その口はモゴモゴと動いていたので本当に詠唱していないかはわからないのは内緒だ。
「さて、皆さん開けられたことですし、今度は中に何かを入れてみましょうか」
全員の起動を確認したところで、おばちゃん先生がそう言って次のステップに乗り出した。
ご丁寧に、入れるための
とりあえず俺達はそこにあった中から小さな人形を掴み取り、試しに魔法陣の中へと放り込んでみることにした。
いつも見ているルシエラのものと同様、魔法陣に触れるなり虚空へと消える人形。
だがいつもと違うのは、その中身が魔法陣を通じて”なんとなく”分かるということだ。
「凄いね・・・これ」
『ああ、凄えぇ・・・』
流石、”詩人クレトン”をして”魔法の頂点”といわしめた魔法だ。
モニカが手を突っ込んで中の様子を探ると、フワフワと浮かぶ人形に手が触れた。
無重力の無限の空間が広がっている感じか。
ただし気圧はあるらしく、それを維持できる空間が実際に物をおけるスペースなんだという。
今の仕様だと、半径30mほどの球体。
これは俺達でも弄れる設定項目で変えられるので試しに300mまで拡大してみると、結構な量の魔力を持っていかれた。
空間設定時と拡大時にのみ魔力を使う構造なのは幸いか。
まあ、既にとんでもなく広いんだけど。
この様に、魔法陣自体を弄らずとも設定できる項目は結構多く、ちょうどスキル調律用の魔法陣の如く、色々なものを操作できた。
それから生徒たち全員で、おばちゃん先生の指導のもとその操作を学ぶ時間が取られる。
主な操作は空間の出入り口の位置をずらしたり、中の物を引っ張ってくる魔法を使ってみたり。
それにどうも穴は複数開けられるみたいで、中に武器を大量に仕込めば”ゲートオブバ○ロンごっこ”も出来そうである。
今度、中に入れる射出機構でも作ってみようか。
一応豆鉄砲レベルであれば、標準の取り出し機能でも可能だが。
これさえあれば他にもどれだけのことが可能か。
試しに開けたり閉じたり、入れたり出したりしながら、俺はこの新たに得た”凄まじい可能性”に夢を馳せていた。
だが、モニカの方はなんだか浮かない顔である。
もちろんかなり興奮しているのだが、操作を覚えながら次元収納の中を探るに連れ、その興奮が萎んでいくようなのだ。
『ん? どうした、なにか不満か?』
なんとなく俺はそう聞いてみる。
するとモニカが苦笑いしながら、想像もしていなかった”可能性”を口にした。
『ほら、わたしって、その、フランチェスカ・・・さんの”複製”なんでしょ? だから開ける収納空間は同じなんじゃないかって・・・』
『何か先にものが置いてあるんじゃないか、って期待してた?』
『・・・うん』
なるほど、その可能性は考えてなかった。
『ただ、この魔法で使う”座標”は、術者の”存在”を使っているからな』
『なら同じなんじゃないの?』
『マニュアルに書いてあることを信じるなら、双子でも全く別の空間が開くらしい。
完全に同じ人生を歩む存在ではないから、それが示す”座標”は別のものになるんだと。
そう考えると、モニカとフランチェスカは、同じ設計図を元にした”別の存在”といえるから、違う空間が開くと考えていいだろう』
これが、この座標指定のちょっと難しいところ。
まず空間に穴を開け、何度やっても必ずその場所に辿り着けるように”アンカー”が打ち込まれる。
この部分には”次元魔法”と並ぶ最難関魔法、いわゆる”概念魔法”の要素が組み込まれている。
これによって、”個人”という単位を厳密に切り取り、利用することが可能なのだ。
つまり、モニカの存在自体が、モニカの次元収納のアンカーパスとなる。
そしてそれは、例え遺伝子レベルで同じ者同士であったとしても、それぞれ別人として生まれる限り、それはこの魔法の前では確固たる”別人”である。
なので成人していたフランチェスカは当然の如く、きっとモニカの”姉妹達”にしてみても例え、”次元収納”を使うことができても違った空間にしかアクセスできなかった事だろう。
そしてその幅は空間と等しく”無限”。
それでもフランチェスカの収納空間とは比較的近いだろうが、それは間に宇宙がいくつ挟まるといったレベルの話だ。
出来ることがほぼ無い代わりに、こういう、それとなく”ブッ飛んだ要素”を盛り込むのは”概念魔法”の得意とするところなのである。
ちなみにこの魔法、俺が開けても同じ空間に繋がった。
どういうこっちゃ、と一瞬混乱したが、魔法の動作を精査して見る限り、どうも俺が使っても参照するのはモニカの”存在”だけらしい。
もしくはこの”モニカの存在”というのは、実は俺とモニカの合成された存在なのかのしれないが、その辺は分からずじまい。
理解するには、あまりにも”次元魔法”と”概念魔法”の知識が足りない。
まあ、現実問題として誰かの収納空間と重なる可能性はないのでよしとしよう。
『なんだぁ』
それを聞いて、モニカが少しガッカリしたように肩を落とした。
『随分と落ち込むじゃないか、そんなに期待してたのか?』
『うん・・・すごく強い”将位”だったっていうし、きっと凄い魔道具持ってたんじゃないかって・・・ううん、きっと何か”あと”が欲しかったんだと思う。
どんな人なのかなって、ほんとに”つながってる”のかなって』
そう漏らすモニカは、なんとも寂しげで・・・
『モニカにとって、フランチェスカはどういう存在なんだ?』
俺は思わず、そんな質問をしてしまった。
それはこれまで、なんだかんだで見逃されてきた、”センシティブな話題”。
”その事”を知ってからも、まるで避けるように、モニカはフランチェスカの話題は出さなかったというのに・・・
『・・・どんな存在、かぁ・・・それを知りたかったんだけどなぁ・・・』
モニカはまるで、虚空に消えてしまった大切な何かを追いかけるように視線を彷徨わせた。
その時、額に何かがコツリと当たる衝撃が。
「!?」
「なーに、シケた顔してんの? せっかく”次元収納”が手に入ったんだから、もっと喜ぼうよ!」
そう言ってシルフィが笑う。
するとその横に習ったばかりの”次元収納”の魔法陣が開かれ、そこから何かが飛び出して俺達の額にまた当たった。
下を見れば転がるクルミの殻が。
・・・これシルフィがよく食べてるオヤツだ。
「あー! やったなぁ!」
モニカが反撃とばかりに、自分の魔法陣を広げてさっき仕込んだ土くれを吐き出す。
だがシルフィはそれをヒョイと躱すと、今度は背後に大量の魔法陣を展開して高笑った。
「さあ、クルミの雨をくらいなさい!」
大量に空いた異空間の穴から、一斉に放たれるクルミの殻。
なんてこった、”ゲートオ◯バビロンごっこ”を先にやられてしまったぞ!?
「あぁー!? シルフィ、それずるーい!!」
「ははは、って・・ッブ!?」
高笑い中のシルフィの顔面にモニカの土のツブテが命中する。
それから2人は、おばちゃん先生に止められるまでの数秒間、本当に無邪気に”次元収納”から物をぶつけ合って楽しんだ。
初めて触れた最高位魔法の力に酔っていたのもあるだろうし、きっとモニカ自身空元気で誤魔化そうとしたのもあるかもしれない。
流石にオフザケが過ぎたのか、静止する優しいおばちゃん先生の声は少し大きめだったが、それでもモニカの様子は嬉しそうな物へと戻っていた。
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