2-13【キラキラの2年生 2:~第二種校外活動免許試験事前講習~】



『さあ、いよいよ今日だ』

『うん』


 その日の朝は、俺はいつもよりも多めに気合を入れた。

 それに習って、モニカの返答もいつもより気合が入っている。


 3の月に入ってすぐの休日。

 いつもなら中心街でも寄ってからピカ研に、という朝だが今日はいつもとは違う。


「・・・うぇ・・・免許試験だっけ?」


 ルシエラが向かいの椅子に座って、寝ぼけ眼を擦りながらそう聞いてきた。

 予定は知っているというのに、相変わらず朝が弱いせいか頭が回ってない。


「正確には2種免受験者用の校外活動講習だな」


 俺がそう補足する。

 今日やるのは講習だけで取れる第1種免許の講習と同じもの、なので、例えこの試験に落ちても今日行っていれば少なくとも第1種は取れる。

 だが、その情報を聞いたルシエラが顔を顰めながら頭を抱えた。


「うぁ・・・難しい文字が・・」


 いや、そんなに難しい単語は使ってないと思うが・・・どうやら低血圧には厳しかったようだ。

 ウチの姉貴分は外では完璧だが、休日の朝にはまるっきり無力である。

 これがせめて平日とかならまだマシなんだけれど。


「それじゃ、わたし達もう行くね」

「・・・ん? まだ早くない?」

「早めに行ったほうが良いって聞いたんで、そうする事にしたんだ」

「ああ・・・あれ・・か・・・」

あれ・・って?」


 さすが有資格者だけあってなにか知ってるのか、やたら勿体ぶった言い方をルシエラはした。


 だが、この手の話の常として、こちらが聞いても答えてはくれない。

 ルシエラもその例には漏れないらしく、手を振って誤魔化すだけ。

 粘ってみても、


「行けばわかるわよ、それに、あなた達は関係ないだろうし」


 そんな言葉を引き出すのが精一杯だった。





 講習会場への道すがら。


『”あれ”って、なんだろうね?』


 中心街の端にある大型馬車乗り場が見えてきたあたりで、藪から棒にモニカが聞いてきた。


『どうした? 気になるか?』

『ちょっとね』

『まあ、あれだけ勿体ぶられたらしょうがないよな。

 でも俺達は関係ないって話だし』


 ルシエラの話し方は何とも思わせぶりで、こちらの興味を大きく引いたが、経験から言ってこういった興味が”その時”までに解消された試しはない。

 ならばそれに気を取られるだけ損というものである。


『でも、みんなその為に早く行ったほうがいいんでしょう?』

『行けばわかるさ』

『そうだけど、その前に』

『予想か?』

『そう』


 モニカが若干のワクワクを含ませながら頷く。

 まあ、着くまでの楽しみにはちょうどいいか。


『うーんとなー・・・』


 何があるかな。

 頭を巡らせて可能性を探る。


『実は、抜き打ち試験があるとか?』

『あはは、それはやだねー』


 俺の答えにモニカが笑いながら素直な感想をもらした。

 今日は試験ではなく講習と聞いていたところに、いきなり試験が来ればそうだろう。

 ・・・・でもありそうだ。





 そしてどうやら・・・


『”口は災いの元”だな、本当にあったらしい』

『うわぁ、めっちゃ並んでるよ・・・』


 今日の講習会場である、中央講堂の大講義室、そこに通じる通路はほぼ閉鎖され、唯一残った通路である裏広場に通じる裏門の前には、人気店もビックリの長蛇の列ができていた。

 陣容は殆どが高等部だが、中には中等部の生徒も混じっており、知った顔も何人か混じっている。

 皆、例外なく戦闘クラスが1組以上の猛者たちだ。

 そして当たり前だが向こうも俺たちを知っているらしく、こちらを見て顔に気合が入るのが見て取れた。


『こりゃ、出遅れたな』

『早めに出たつもりだったんだけど・・・』


 見れば列の前の方ほど平均年齢が高い。

 何度も受けて要領を知っているのだろう。

 顔も気合が十分で体もしっかりしている者ばかりなので、後ろに固まる年少者とのギャップが凄い。

 そして年少者は、さらに横から聞こえてくる謎の轟音にも逐一怯えていた。

 かく言う俺達も似たようなもんだが。


「ウリィアアアアア!!!!」

「ワァアアア!!??!!??」


 猛獣の咆哮のような掛け声に続いて情けない悲鳴が上がる。

 そしてそれに呼応するように何かの衝突音が響き、塀の上から光や炎や雷光、砕け散った魔道具や生徒自身・・・とにかく色んなものが飛んでいく。

 雰囲気は完全に柔道部とか剣道部とかが猛練習している体育館の裏・・・・を数百倍派手にした感じだ。


 とりあえず中の様子が気になった俺達は、列に並びながら【透視】を発動させて塀の内側を覗き込んでみる事にした。


「・・・・・」


 モニカ、即座に見たことを後悔する。


 そこにあったのは、俺達とそう変わらない身長の獣人が、身長6mに迫る亜人の生徒をボコボコにしている光景だった。


『うわぁ、グリセルダ先生、今日もすごいなー』


 モニカ、現実逃避に走る。


 グリフィス先生の右腕と知られる戦闘教師グリセルダ先生は、その魔法と同化しているかのような猛烈な動きでもって相手を翻弄していた。

 不幸な相手生徒は涙目を浮かべて逃げ回り、3倍以上背が高いというのに、グリセルダ先生よりも小さく感じたほどである。

 もっとも、彼はまだマシなのだが・・・


「んどりゃあああ!!!!」


 別の場所で、真っ赤な炎を背負う獅子のようなグリフィス先生が、その拳を女子生徒に叩き付けていた。

 その女子生徒はなんとか防御魔法陣を展開するも、グリフィス先生の前ではどうしようもなく、魔法陣ともども土にめり込んで大の字に伸びている。


「けえれ!!! そんな強さで魔獣が殺せるか!!!」


 いやいやいやいや、あんた、そりゃ無茶な話ですぜ!?


 どうやら今日の講習は試験こそないものの、入口で強さの選抜があるらしい。

 何人かの戦闘系教師と入口の前で立ち合って、実力を認められれば通れるが、無様を晒せば問答無用で帰されるらしい。


 聞いてないよー。

 時々、勝てる生徒がいる事から、教師は本気ではないか制限付きだと思うが・・・


「うおおおおおおぁあああ!!!」


 グリフィス先生がまた吠える。

 彼だけどう見ても難易度が違う。


『ど、ど、ど、ど、どうしよう、ろ、ロン!?』

『お、お、お、お、落ち着け、も、モニカ! 俺達にはグラディエーターがある!』

『む、無理だよ!』


 うん無理だ。


 グリフィス先生と何度か手合わせしたことはあるが、一度だっていい勝負になった事すらない。

 アレはガブリエラとかスリード先生みたいな、”常識を超えた存在”を持ってこないとどうしようもない領域の存在だ。

 デバステーターならいざしらずだが、今の装備で勝てる見込みなどない。


『えっと、今持ってきているのは・・・』


 モニカが手持ちのバッグの中を弄る。


『やべえぞ、何も持ってきてねえ。 グラディエーターの基本フレームとちょっとのフロウで戦うしかない』


 こりゃ、グリフィス先生どころか他の教師相手でもキツイかも・・・

 取りに戻るか。

 寮かピカ研に行けば、実験中の試験装備がいくつかある。


 だが無情にも、俺達の後ろにも列ができていた。

 今ここを離れると、かなりの時間ロスになる。

 後になるほど教師側が疲れて有利と見る人もいるかもしれないが、アクリラの教師を舐めちゃいけない。

 みんな1週間くらい平気で戦い続けられる化け物だ。

 むしろ、体が温まって手加減が疎かになる分だけ後が不利である。

 取りには帰れない。


『ここで待つしかない。 その間に俺がシミュレーションで戦法を最適化してみる』

『うん、わかった、お願い』


 モニカの声は藁をも縋るようにか細い。


 それから俺は、ありったけのリソースを仮想環境にブチ込んで、今の装備でどう戦うかシミュレーションを始めた。


 状況を見てみれば、1つの立ち合いが終わると、列の先頭が呼ばれて次に進む。

 そこで合格だったら奥に進み、駄目だったら肩を落として戻ってくる。

 でも教師たち、やっぱり明らかに手を抜いていた。

 列の動きを見ていると、中等部はほぼ全滅といった有様だが、高等部は半分くらい通るのだ。

 今の大丈夫だった先輩よりは、グラディエーターの標準装備の方が強いことは知っているので、何とかなるだろう。


 問題は・・・


『グリフィス先生だ、あの人だけ難易度が桁違いだ。 当たらないように祈るしかない』


 今言った目算は、全部”ただしグリフィスは除く”という注釈がつく。

 しかも、ヴァロア家と彼には何やら因縁めいたものがあるかもしれないので、余計当たりたくない。


『あたりませんように! あたりませんように!』


 モニカが念を入れながら何かに祈る様に心の中でつぶやく。

 宗教の概念すらつい最近まであやふやだったモニカにここまでさせるのだから、グリフィス先生の恐ろしさたるや。


 だが、今日は悪い予想が当たる日のようで・・・


 そこから2時間ほど並んで順番が回ってきた時、俺達の目の前でグリフィス先生が高等部の先輩を20m以上投げ飛ばしているところだった。


「次い!!!!」


 グリフィス先生の声が無情にも轟く。


 いや、あのー、今の先輩、まだ戦えそうだし、横の先生も終わりそうなので、俺達はそっち行って、先生は後ろの人と・・・


「早くしろ!!!」

「ひい!?」


 グリフィス先生の叫びにモニカが飛び上がり気味に悲鳴を上げ、前に飛び出す。

 すると獅子のようなグリフィス先生の両目が獲物を睨む様に、こちらを撃ち抜いた。


『どうやら覚悟を決めなきゃいけないみたいだ』

『・・・うん!』


 モニカも流石にこの期に及んで逃げる事はできないと悟ったらしい。

 覚悟を決める様に気を引き締め、グリフィス先生を睨み返すと、モニカの内側から”狩人”の部分が顔を見せる。

 こうなればもう、出たとこ勝負だ。

 俺もいつでもモニカを補佐できるように、手元のスキルコンソールを戦闘用の物に差し替える。

 最悪、【魔力炉】もあるし何とかなるだろう。


「名を名乗れ!!!」


 グリフィス先生が向かいに立ったモニカに

威嚇する様な声で問う。

 それに対し、モニカも立ち向かうよに声を発した。


「モニカ・シリバ・ヴァロア!! 講習を受けに来ました!!」


 すると、グリフィス先生のオーラが数倍に膨れ上がり、ライオンの様な牙の見える唇が持ち上がる。


「よし!! 通れ!!」

「はい、本気で・・・・・え?」


 ・・・・・・は?


 今なんて?


「聞こえなかったのか!? ”通れ”と言ったんだ!!」

「え? え!? あ!? え?」

『え? えええ!? え?』


 どういうこと?


「通って・・・いいんですか?」


 聞き間違いではないかとモニカが聞き返す。

 するとグリフィス先生の顔が露骨に怖くなった。


「そう言っとるだろうが!! その耳は飾りか!!」

「ひぃ!?」


 どうやら聞き間違いではなかったらしい。


「えっと、立ち合いは・・・」 

「貴様の強さなど測るまでもなく知っとるわ!! 後ろがつかえておる!! こっちは勇者に勝てる奴を試すほど暇じゃないんだ!!」

「あ、はいぃ! すいません・・・」


 グリフィス先生の猛烈な”もっともな理由”にモニカが縮こまりながら応える。


『と、とおってもいいのかな?』

『そう言ってるみたいだし、とおるしかないだろ・・・』


 そのままモニカは、恐る恐るグリフィス先生の横をすり抜け、中央講堂の裏口へと向かう。

 だがその姿勢は何とも腰砕けであり、グリフィス先生への警戒感はマックスだった。


『後ろ向いたら、襲われるとかないよね?』

『ないと・・・言い切れないのがな・・・』


 それがこの先生の怖いところだ。

 モニカはグリフィス先生に奇襲をかけられないように、彼の周りを回り込む形でソロソロと進んでいく。

 それをじっと睨みつけながら見送るグリフィス先生。


 だが、結局扉の前に着くまで何も攻撃を受けることはなかった。

 本当に”パス”だったのか。

 俺は心の中でホッと一息ついた。


 だが、モニカの緊張は消えてない。


「・・・先生、わたしの事嫌いですか?」


 モニカは突然、グリフィス先生に向かってそう聞いたのだ。

 すると獅子顔の教師の表情が僅かに引き攣る。


「何言ってやがる・・・」

「わたしが”ヴァロア”と聞いて、すごい怖い顔をした。 それからなんか”よそよそしい”し」


 どうやらモニカは、モヤモヤを抱えて生きるよりも、相手にぶつけて真意を問う方を選んだらしい。

 らしいといっちゃらしいが・・・


「ああ・・・嫌いだ」


 グリフィス先生が怒気を滲ませながらそう唸る。

 その迫力にモニカが押され、周囲に緊張が走った。

 立会中の教師達も相手を抑えながら手を止め、こちらを注視している。

 藪蛇だったか・・・

 だが、


「・・・だがそれは、お前が”ヴァロア”だからじゃねえ」


 次の瞬間、俺はグリフィス先生の顔が数十倍に膨れ上がるのを幻視した。


「お前が聞き分けのないクソガキだからだ!! さっさと行かんかバカモノ!!」


 そしてそれだけ言うと、大声で「次い!!!」と叫んだ。


 順番的に次に当たる少年が、グリフィス先生の温度を無駄に上昇させたことでモニカに非難の目をこちらに向ける。

 こうなれば俺達は、その視線に追い立てられるように逃げるほかない。


『・・・ちょっと無理筋だった、、』


 モニカが慌てながら俺にそう漏らす。


『ああ、ちょっと無理があったな』


 それに俺は努めて気楽な感じでそうフォローした。


 その時だった。


「いいかお前ら!! お前らが”どこ”の出身だろうが、卒業するまでは等しく”クソガキ”だ!! 半人前のクセに家の貴賎を持ち出すのなら、俺は容赦はしない!!!」


 と、まるで何かに宣言するようなグリフィス先生の声が追い立ててきたのだ。

 それを聞いたモニカが小さく悲鳴を上げて退散する。


『ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!』


 と、グリフィス先生を侮ったことを後悔しながら。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 



 当たり前の話だが、教室に入ってからは結構な時間待たされた。

 中央講堂で一番広い講義室をまるまる使った会場は、”あの選抜”を潜り抜いてきた猛者ばかりのせいか、いつもよりも狭く感じる。

 戦闘に秀でた者達が集まっているせいか、全体的に体格は大きくなるせいか。

 それとも、上級生が多いせいか。


 やはり外の列よりも高等部の比率は高い。

 ただ非常に意外なことに、グリフィス先生と戦った者達の比率は他の教師のそれとは変わらなかった。

 あの人、判定基準は厳格に守っているようだ、そりゃそうか。

 だが全員ボコボコにされているので、一目でグリフィス先生が相手だとわかる。

 俺達の直後に相手する事になった先輩など、さっきから凄まじい怨念の視線をぶつけてくる有り様だ。

 モニカはそれを背中に感じて必死に縮こまっているので、余計に肩身が狭い。


 列のときには居た知った顔も、この部屋まで残っているのは俺達と、その隣の・・・


「でさ、ジャルノはフェリスが悪いって言うのよ、本当にやんなっちゃうわよね」

「あ、うん、シルフィ」


 シルフィさん、モニカに”恋バナ”はまだ早いですって。

 といっても11歳なので子供のままごとの延長なんだけど。


 とにかく俺達と同世代でここに残っているのはシルフィだけ。

 時間的にもう他にくる者は居ないだろう。

 まあ妥当といっちゃ妥当だが、一組のメンバーですら全滅したと考えるなら、かなりきつめの基準といえる。

 ルーベンが居ないのは彼が今”里帰り”中だからだろう。

 ただ・・・


「アデルはこないの?」


 メンバーを見渡しながら、モニカがそうつぶやく。

 するとシルフィが露骨にブスッとした表情になった。


「今年は”1種免”だけ取るんだって、貴族組はだいたいそう。 メンバーに”2種免持ち”がいれば魔獣討伐はできるから、今年は派閥の先輩にくっつくらしいわ」


 なるほど、そうか貴族には自分の派閥があったか。

 たしかにそれならば早いうちに気張って2種免を取る必要性は薄い。

 貴族同士のつながりで、2種免持ちについていくのはそれほど難しいことではないだろうし。

 自由な活動に制限がかかるというのも言い換えれば、幼い生徒を派閥で管理するという理由につながるので問題はない。

 なるほどなー。

 さらに言えば、校外活動を重視しなければそもそも”校外活動免許”なんて必要ないし、最年少の中1連中が来る理由はますます少ないと言えた。


 さてそんなわけで、唯でさえ少数派な上に最年少者である俺達は、本来ここにいる先輩方から見れば格好の”獲物”であるはずで。

 そろそろ”おいおい中1のガキがこんな所で何してんだ? 調子乗ってるな、お兄さんが世間の厳しさを教えてやるよ”的な展開が来るのではないかと思うのだが、一向にそんな気配はなかった。

 アクリラってそういう所だと思うんだけど、これはどういう事だろうか?


 皆、遠巻きに俺達を観察こそしているが、特に接近されることもない。

 注目して警戒はしているものの、手を出す気はないという事は・・・

 やっぱり、”レオノア討伐”の威光はこんなところまで広がっているのか。


 ”立ち合い”がスルーだっただけに、とりあえず肩慣らしでもしたいと思ってたところなんだけどな。

 これが街中なら結構な数の模擬戦の申し出イチャモンがあって、断るのに苦労するくらいなのに、やっぱり選抜されたメンバーということか、それとも今日はそう言う気分じゃないのか。


「ところで、もうそろそろね」


 シルフィが今入ってきた高等部の先輩を見ながらそう言う。


「わかるの?」

「見ればだいたい、あの先輩は列の最後の方だわ」


 そう言ってのけるシルフィは、本当に空を見上げるくらい気楽なものだった。


『”エルフの目”ってすげーな、どういう仕組なんだ?』

『一度、分解してみたいよね』

『いや、流石にそこまでは・・・・』

『・・・?』


 それからすぐに、シルフィの言葉が本当だった事が明らかになる。

 2人の生徒(片方はグリフィス先生相手だったのかボロボロ)を伴って、見慣れない男性が入ってきたのだ。


 その男性はまだ若いが、それでも歳もそれなりにいっていて制服を着ていないことから、生徒ではないことは明白だが教師という感じでもない。

 まずどう見ても強くはないので戦闘系ではないし、青白くもないので座学系でもないだろう。

 どちらかといえば何処かの事務員的な風貌だ。

 強いて言うなら羊みたいな角が生えているが、獣人でもなさそうだし、種族的なものなのでこの街では特徴にもならない。


 その男性は、連れ立った2人を空いている席を指差して座らせると、自分は教壇までスタスタと歩き、そこに有った教卓にドサリと何かの袋を置いた。

 袋の膨らみ方からして中身は何らかの資料だろうか。


「ええ皆様、おはようございます。 まずは無事に”第2種校外活動免許試験”を受験できたことをお祝いいたします」


 いきなり、まるで受験すること自体が試験みたいな言い草だ。

 それを聞いた数人の生徒が、裏門での”立ち合い”を思い出して苦笑いを浮かべている。


「私は今回の講習を担当することになった、冒険者協会アクリラ支部のベルモンドというものです」


 どうりで!

 冒険者協会の人なのか、しかもたぶん事務方だな。

 あの組織、名前の割に中身は役所だからな。


「私の名前は覚えなくて結構。 ですが今日の話は忘れないでください。

 まずはじめに、”9”という数字を皆様にお伝えします。 これがなんだかわかりますか?」


 ベルモンドさんが、近くに座っていた中等部の生徒にそう問いかける。

 だがその生徒はキョトンとして首を振った。

 他の低学年の生徒にも聞くが同じ答え。


 だが俺は近くに居た上級生がその数字を聞いて表情を引き締め、真剣な目で聞き始めたことを見逃さなかった。

 つまり・・・


「”9”という数字は、9人です。 そしてこの数字は・・・昨年一年間で校外活動中に亡くなったアクリラの生徒の数になります」


 その瞬間、教室の全員の背筋が伸びた。


「当然、負傷者の数はこの比ではありませんし、その傷が原因でアクリラを去った者もいます。

 原因は様々、魔獣と戦って負傷したならまだ耳障りは良いですが、実際は移動中の思わぬ不注意、慣れない生活環境での事故、思わぬ感染症、想定外に相性の悪い敵・・・」


 そう言ってベルモンドさんが袋の中から何かを取り出す。

 それは負傷したり亡くなったアクリラ生の様子を描写した”魔法画”だった。

 飛び散った肉、流れ出る血、生気のない表情・・・その半分はない。

 とにかく、慣れないものが見れば目を背けたくなる悲惨さだ。


「一歩アクリラの外に出れば、普段皆様を守っている様々な”保護機構”は効果を発揮しません。 アラン先生の力はそこまで絶大ではなく、リソースとなる皆様の魔力も足りないからです。

 腕を切れば血が出て、血を失いすぎればあっという間に死ぬ。 どうしようもない相手と戦えばあっという間に死ぬ。 かすり傷一つで感染症で死ぬことも有る」


 アクリラの保護機構は多種多様なものが有るが、その構造を一言で表すならば”保険”が近い。

 普段俺達が発する様々な魔力をこの街がプールし、それをエネルギー源として機能する魔法なのだ。

 アラン先生の精霊が持つ絶大な力が為せる技だが、同時にそれは、アクリラの外にその”保険”が持ち出せないことを意味していた。


「ハッキリ言います。 アクリラの教師達の間では、この”校外活動”に対して否定的な考えが根強いです。

 まだ学んでいる最中の若者を無碍に失うのは辛くて、とても痛い。

 だが同時に、アクリラの生徒の力を求める声は世界中に絶えることはなく、一人でも多くの生徒を校外に派遣するよう社会から強く求められてもいます。

 また、より”魔の道”を極めるために一つでも多くの経験を積み、より多くの世界を知るためにも、校外活動は避けては通れません。

 だからこそ、我々はこれから皆様を厳しい目で審査することになります」


 ベルモンドさんの言葉はとても真摯で、その目は真剣だった。

 もう教室の中に、先程までのガヤガヤとした空気はない。


「特に皆様が取られる”第2種校外活動免許”は、危険性の高い活動も行うことができ、そこに第1種免許保有者などと共同で当たることも可能な、非常に責任の重たい免許になります。

 また、その活動範囲故に、校外ではそれだけで英雄のように持て囃され、期待されることでしょう。

 きっとここに座っているからには、皆様はその期待に応えられる実力者なんだとも思います」


 ベルモンドさんはそこで言葉を区切り、大きく息を呑みこんで注目を促す。


「・・・ですが我々が皆様に求めるのは、その期待を”裏切る”能力です」


 横に座っていたシルフィがその言葉に意外そうに片方の眉を釣り上げる。

 周りも、特に若年層を中心に今の言葉に対する動揺が見て取れた。

 ”期待を裏切る能力”とはどういうことか?


「どれだけ持ち上げられても、どれだけ請われても、どれだけ必要なことであっても・・・勝てない相手からは逃げてください、対処不能な危険には近づかないでください、どの様な場面に陥ってもそれを切り抜けてください。

 免許を取得された暁には、その”責任”と”義務”が皆様の肩に乗ることになります。

 そしてそれができると判断された者にしか、この”第2種校外活動免許”は発行されません。

 そして我々がそれができると判断した者ですら、たった1年の間に9人も亡くなるのです。

 ですから、この試験が甘い、などという考えは捨ててください。

 この試験では、世界が皆様にとってそうであるように、我々は皆様を”不公平”且つ”理不尽”に審査いたします。

 これは、”落とすための試験”ということを忘れないように」


 ベルモンドさんはそう言い終ると、今しがた俺達に見せた魔法画の資料を、講義室の全面の壁に貼り付け始めた。

 講義の時間中、ずっと見せておくつもりだろう。


 今の話を聞いてどう思ったのか、それは様々だった。

 比較的若年層は今の話を聞いて怯えたように目を見開いているが、上級生達は比較的穏やか。

 これから行う講義を真剣に聞くようにという”脅し”だろうという腹か、それとも自分ならばその様な無様は晒さないという自信の表れか。

 シルフィなどは、”その程度か”と言わんばかりに挑戦的な表情を見せているくらいだ。


 一方、俺達といえば・・・・


『ど、ど、ど、どうしようモニカ!? これそんな厳しい試験だなんて・・・』


 と、俺の方はすっかりベルモンドさんの空気に飲まれていた。

 だが、頼もしいことにモニカはそうではない。


『ロン、落ち着いて』

『でも、でも、これ取らないと・・・』

『落ち着いて! 大丈夫だから』

『あ、うん、わかった・・・大丈夫、大丈夫』

『そう、やれるだけのことをやる。 ムリなら早めに見切りをつける。 あの人が言ってるのはそれだけ。 ロンならできるでしょ?』

『う、うん・・・たぶん』


 と、焦る俺をなだめる余裕があるばかりか、なんとも頼もしげな、”まかせておけ”といった感情で俺の精神を包んでくれたのだ。

 どうやら今のベルモンドさんの言葉ですっかり”スイッチ”が入ったらしい。

 こういう時のモニカは強い。

 これならば、何が来ようとも怖くはないだろう。




 そう意気込んではみたものの、その後の講義は意外なほど粛々と進んだ。

 掻い摘んで説明すれば、世界各地の主な法令、よくあるトラブル、見落としやすい注意点等を実例を混じえて教えてくれた感じか。

 宗教や風土、土地の住民の意志によっては無用な諍いを招きかねないので、その辺が中心だ。


 また、たとえ前に来たところであっても必ず、到着後すぐに最寄りの冒険者協会に立ち寄って最新情報の収集と活動の報告を行うようにと口酸っぱく言われた。

 そのために、事前に向かう場所の協会の位置を調べておくようにとも。

 そうすれば完全に無知な状態で危険に挑む心配はかなり減る。


 以前ルシエラと一緒に行動したとき必ず冒険者協会に寄っていたのを思い出し、その理由はこれかと思ったものだ。

 あの時は逃避行だったので活動報告こそしていなかったが、逐一もたらされる新鮮な情報は、旅をする上で大きな助けになった事を覚えている。


 だが説明中のベルモンドさんはなんというか、事務的というか説明的というか、先程の迫力はどこへ行ったのやらという感じである。

 まあ、あそこで脅しておいてくれたからみんな真剣に聞いたのだろうけど。


 かくして講習は予定通り、夜までみっちりとではあるがつつがなく終了した。

 あまりに平和だったので拍子抜けしたくらいである。



 もっとも本番の”試験”は、まだこれからなのだけれど。

 

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