2-13【キラキラの2年生 1:~アクリラのとある平凡な一日~】



「あれ? アクリラ名物の”光の柱”って金色だって聞いてたけど・・・」


 アクリラ西部の土産物洋品店街で、旅行者と思われる獣人が旅行ガイドと思われるチラシを片手に困惑した表情を浮かべていた。

 その視線の先には、天を貫く大きな光の柱がそびえ立っている。

 さらによくよく注意してみると、雑踏の喧騒の向こうで空気が小さく震えているのが感じられるだろう。

 その雄大さを含め、全部チラシの謳い文句通りだった。

 ただ1つ、色だけが違う。


「どう見ても黒いよね?」


 獣人が目をぱちくりさせて何度も確認するも、何度見ても黒黒とした柱の色に変化はない。


「ああ、お客さん。 あの柱、最近色変わったんですよ」


 するとその店の店主が気さくな感じにそう答えた。


「変わったんですか?」

「ええ、やってる子が卒業しましてね、新しい子に代わったんですよ。 だからほら、少し小さい」


 そう言って店主は柱を指差す。


「前は雲を突き抜けてたんですが、今はまだ下の部分で止まってるでしょ?」

「ほう」

「かわいいもんですよ、前の子も昔はもっと小さくて、見るたびに成長が感じられたもんです」

「はあ、そういうものですか」

「ところでどうです? アクリラ名物”光の柱の置物”」


 そう言って店主は店の棚を指す。

 そこには真っ黒で用途不明の縦長の物体がいくつも並んでいた。

 本当になんの為にあるのか理解できないが、その造形はなかなか見事で、立ち昇る魔力の噴流をよく表現できており、塗装もこだわっているのか、表現の難しい”黒い光”をうまく再現できていた。


「いい色ですね」

「そうでしょう、エントリに良い工房がありましてね。 今なら1つ20セリス」

「うーん、これ一個に20はねぇ」

「でしたらこちらの、金色版も付けて、新旧光の柱セットで30!

 金色は在庫が残ってる今だけの”レア物”ですよ!」

「ほうレア物か」



 ここはアクリラ、商売と魔法の街。

 今日も魔法が不思議を提供し、それを軸に経済は回る。



 ◇




 一方、その黒い光の柱の根本では。


 1面に敷き詰められた耐魔力素材の石材の上を、致死量を優に超える魔力が舐めるように流れ、さらにその上を凄まじい魔力の奔流が駆け抜けていった。

 その動きは制御されたものではあったが、まるで何かから噴き出しているかのように広がりながら、その向きが上方向へと変わっていっている。


 だが魔力の奔流は、ものの数十秒程で終わりになった。

 すると、虚空に掠れて消えていく黒い魔力の向こうに、小さな人影の様なものが見えてきたではないか。

 その小さな”少女”は、顔をしかめて体内に残った魔力の最後の一欠片を捻り出すと、随分とスッキリとした様子で深呼吸を1つ入れる。

 辺りには空気が焦げた香ばしい香りが漂っており、その匂いが何とも言えない満足感を彼女に与えた。


「うーん! スッキリした!」

『今回はかなり綺麗な魔力になったな』


 俺はログを見ながらそう感想を述べると、モニカも同意するように頷く。


『かなり良い所まで行ったんじゃない?』

『80%が2巡目まで、30%が3巡目まで精製できたようだな。 正確なところはまだわからないけど・・・』


 その時、皿のように広がる耐魔力素材の端に設けられた”バンカー”から、体長2mの大きな大きな服を着た芋虫がヒョッコリと顔を出した。

 そしてその芋虫は体を持ち上げてこちらを向くと、楽しそうな笑みを作る。

 虫なので表情は分かりづらいが、別に確認するまでもなく彼女がどんな感情なのかは一目見ただけで理解できる。


「モニカ! 82.5! 最高記録だって」


 その芋虫が手に持った魔道具を振り上げながら嬉しそうに叫んだ。

 するとモニカの表情が更に明るくなる。


「メリダ! 本当に!?」

「うん! 先週から一気に3%も伸びたよ! 調子いいね!」

「うん!」


 メリダの言葉にモニカが嬉しそうに応え、彼女の所に駆け寄っていく。

 その足取りは子供そのものといったもので、とても今しがたバラ撒かれた膨大な魔力の持ち主には見えない。

 だが間違いなくモニカの中には人智を超えた凄まじいエネルギーが内包され、”王位スキル”として扱えるようになっていた。


 そして何を隠そう、この俺がその管理を任されているのである!


 ちなみに今やっていたのは、その中でも最大にして最強のスキル【制御魔力炉】の稼働実験だ。

 それは元々持っている魔力を燃料に、更に強力な魔力へと精製するというもの。


 理論的には無限機関も可能で、他の全ての魔力に対しコントロール権を持つこともできる。

 もちろん現状だとそれには程遠いが、それでも莫大な魔力供給することができる必殺技である事に間違いはない。

 欠点は、精製した魔力は保存が効かないこと、それと精製できなかった大量の魔力の”燃えカス”が発生し、その処理に困るという事か。

 だから俺達は、実験が終わるとすぐにそれを排出する必要があり、その上向きに放出された魔力の燃えカスが”光の柱”の正体なのだ。

 この時凄まじいエネルギーが放出され、周囲が人のよりつけない空間となってしまうが、その辺はガブリエラから譲り受けたこの”排出場”で行う事で被害を防いでいた。


 それにしてもこれが1ヶ月前までは貴族院の中にあって、そこで好き勝手に排出していたというのだから恐ろしい。

 ガブリエラが卒業してから1ヶ月程経ったが、俺達は彼女の言いつけどおり、大魔力操作とこの制御魔力炉の練習は続けてきた。

 本来はもっと成長した時のための物だが、今のうちからでも、様子を見ながら慣れていく必要がある。

 今後俺達がどういうスタイルを取ろうとも、この2つが最大の武器になる事に変わりないからだ。


 それに、どうもこの”排出”にはそれなりに経済効果があるらしく。

 やる度に街のよく分からない所からよく分からない資金が流れ込んでくるので、何かとお金が入り用な俺達にしてみれば、やらない選択肢は無い。


 モニカとメリダはしばらくの間、今の実験結果について相談し合った。

 排出ではなく、その前に行った大魔力の操作についてだけど。


 すると、メリダに続いて何人かの技術者風の者達が、ああでもないこうでもないと議論を交わしながらバンカーから歩み出てくる。

 彼等は元々ガブリエラの担当だった研究者たち。


 その中でもアクリラ所属の者達は、ガブリエラの卒業後マグヌスの技術者に交代した後、当たり前の様にこっちの担当に来ていた。

 表向き”準”とはいえ、王位スキル保有者なので人を付けるのを隠す必要はないとはいえ、結構な人数なので、いかに俺達の扱いが変わったかを見せつけられる瞬間だ。

 もちろんスキル専門家が近くにいるというのは、俺としても大変に安心なのだが、ガブリエラに比べて圧倒的に手がかからないせいか、彼等はどうも”データ取り”の方に力を入れてる印象である。

 俺達を見る目が、実験動物を見る目って感じなのだ。

 まあ、これでロザリア先生の負荷が減ったので文句は言えまい。

 彼女、俺達の主調律師になったばかりに、かなり無理をさせてしまっていたからな。

 これで、初めて会ったときには無かった目の下の隈が取れていけばいいのだが・・・

 

 それから俺達は、技術者から生データを受け取ると、メリダを伴って今後の計画を相談しながらその場所を後にした。

 いつもの様にその話題は、俺達の強化外骨格”グラディエーター”に関する物だ。


「第2種免許がいるって事は、結構キツイところに行くんでしょ?

 サバイバル装備とかあった方が良くない?」

「いや、その辺は大丈夫だと思う、俺達、結構その辺は自信あるし」


 何せ、人智の及ばぬ極寒の大地から歩いてきたのだ。

 サバイバルには一家言ある。


「うーん、不安はあるけど、ツケヤキバになるからいらないかな。

 それよりは少ない魔力で動かせるモードがあった方がいいかも」

「でも売るほど魔力あるんだよね?」

「わたしもロンも万全じゃない事もあるだろうから」


 なるほど”ピスキア”の教訓か。


「それなら動作を指定したモードも欲しいな。 酩酊時にも確実に使えた方がいい。

 どちらかといえば、サバイバル性よりも安定性の方が不安があるからな」

「フムフム、じゃあ完全なゴーレム動力版のグラディエーターも設計しておこうか」

「それかドラグーンユニットのスタンドアロン化かな。

 ロメオの方がそういう時頑丈だろうから」

「キュルル?」


 俺に名前を呼ばれたことで、横を歩いていたロメオが何事かと首を捻る。


「それじゃ、ベル先輩に相談してみるね。

 モニカは”いつものところ”に寄ってから来るんでしょ?」

「うーん、あんまり行きたくないんだけどね」


 モニカがそう言って苦笑いを浮かべる。


「そういうわけにはいかないぜ、いくら相手が相手でも、立場ってものができたんだから。 やるべき事はやっておかないと」

「めんどくさいけど、仕方ないね・・・それじゃ、メリダ」

「うん、先行ってるね」

「うん、あとで!」


 そう言ってメリダと約束を交わすと俺達は違う方向へと歩みを進めた。





 さて、メリダと別れてどこへ向かうのかといえば、やってきたのは俺達の寮である”知恵の坂”のある所。

 ただし、そこに用があるわけでは・・・昼食を食べる以上の用があるわけではない。


 用があるのは、その近く。

 正面の通りを挟んで、少し入った所にある普通の建物。

 モニカはその一階の扉を実家の様な気軽さで開けると、出入り口近くにいた人物に声をかけた。


「ディーノ。 わかってると思うけど、魔力炉使ったから」

「ええ知ってますよ、そこの窓からよく見えました」


 その人物、ディーノ・フルーメンは相変わらず不敵な笑みを浮かべてそう答えた。


「使ったのは【制御魔力炉】だけ? それとも他にも?」

「報告が必要なのはそれだけ」

「分かりました。 本国にはそう伝えておきます」

「まかせた」


 ディーノの返事にモニカが頷く。

 これがここに来た最大の理由。

 俺達は既にマグヌス、アルバレスの正式な戦力で、その管理には両国に責任が発生している。

 もちろん好き勝手にやらせてもらう条件ではあるが、だからといってほったらかしにするわけにはいかない。

 特に”フランチェスカ”のプリセットスキルの様な大きなスキルを使用したときは、広範囲にその影響が現れるので、必ず連絡する必要があるのだ。

 【制御魔力炉】なんて言わずもがな。


「アルバレスへの報告はどうします? 私の方でやっておきましょうか?」


 するとディーノがそう聞いてきた。

 だがその答えはモニカではなく、後ろから入ってきた人物によって成される。


「いいや、それには及びませぬぞ!」


 そう言って、両手に沢山の箱を抱えた身長80cm程の小さな男が入ってきたのだ。

 見ての通り亜人種だが、ガタイは良いドワーフと違って、本当に人間をそのまま縮小したかのような不思議な見た目をしている。


「”ジョルジュ”、またお買い物?」


 その小男にモニカが声を掛ける。

 するとジョルジュは嬉しそうに頷いた。


「役得は享受しませんとな! さすがアクリラ、小男の大人にあう良い服や靴が揃っている。 故郷の家族にも買っておこうかと」

「そうなんだ。 で、報告だけど・・・」

「あいや、それには及びません! 聞いてましたからな。 ”柱”は通りで見ておりましたし」


 ジョルジュはそう言って、両手に抱えていた大量の箱を傍にあったエンドテーブルに降ろした。

 この小男はアルバレスが俺たちの連絡役としてよこした役人だ。

 だがそれほど”上役”といった感じではなく、一応公爵の次男坊がやって来ているマグヌス側とは随分と入れ込みように差を感じた。

 まあ、生徒一人のために役人を1人常駐させるだけでも破格の待遇なのだろうが。


「水臭いですなジュルジュ殿、言ってくれれば良い店を紹介しましたのに」

「あいや結構! マグヌス側に変な借りを作るわけにもいかない身ですし、こういった物は自分で探すから面白い」


 そう言ってディーノの申し出を素気なく切り捨てるジョルジュ。

 それに対して不快に感じた事はおクビにも出さないディーノ。

 相変わらず仲が悪いことで・・・2人の立場を知っている方としては見てるだけで胃が痛い。


 この2人とマグヌス側のリーダーであるファビオ、それに今日は居ないが時々混ざるヘルガ先輩が、この”モニカ連絡室”の陣容といった感じに落ち着いていた。

 ヘルガ先輩、ガブリエラが卒業してからというもの、やたらと俺たちを気にかけてくれている。

 なんでも”ガブリエラ陣営”の名代ということらしいが、”メール”の関係でどう考えても俺達の方がガブリエラと緊密な連絡が可能なだけに、俺達が気になるのか、俺達がしているガブリエラとの連絡が気になるのか不明なところだけれど。

 でも、貴重な俺達のことを全部知っている上級生の味方なので大事にしていきたい。


「おう、そういえばモニカ様。 アルバレスから”里帰り”についての連絡がありましたぞ!」

「え? ほんと?」

「再来週、第2種校外活動免許の発行日を目処に、”随行者”を送ってくるようです。

 その辺りから、1ヶ月ほどの校外活動を申請しておくようにとのことでした」

「再来週っていうと・・・」

『ちょっとまってな・・・』


 おれは手持ちの予定表を引っ張り出し、それをモニカの顔にかかっているメガネインターフェイスユニットに投影する。


「うーんと、授業ももう無いみたいだから・・・大丈夫だと思う」


 もともとこの時期は”里帰りシーズン”なので、授業とかもほとんど無く、実質的な”春休み”になっている。

 なので1ヶ月程度、予定を空けるくらいワケはなかった。

 すると、その会話にディーノが割って入る。


「その”随行員”について、情報はいただけるんですよね?」

「なぜですかな?」

「どこの馬の骨とも分からぬ者に、我が国の大事な戦力の護衛を任せるわけにはいきませんから」

「ははは、これはこれは、安心してくださいディーノ殿。 そちらが用意できる、いかなる・・・・人物よりもモニカ様にとって安全であることに、疑いの余地はありませんぞ!」


 そう言って”してやったり”という表情を見せるジョルジュ。

 実際、ついこないだまではマグヌス側は敵だっただけに、痛い指摘だ。

 だが、それで怯むディーノではない。


「その人物が安全であるならば、せめて名前を教えていただいても良いはずだ」

「残念ながら、どこから漏れるかわかりませんゆえ、最低限の連絡以上の事は申し上げられないのですよ」

「わたしにも?」

「ええ、残念ながら。 でもご理解ください、モニカ様のためですので」


 ジョルジュはそれだけ言い残すと、荷物を再び抱えて自分にあてがわれたスペースへと入っていった。

 相変わらマイペースな人だ。


『”ずいこうにん”だって、どんな人が来るんだろう?』

『さあな。 信用できるって話だけれど、あの分だと強く聞いても教えてくれそうにないな』

『なにか、便利なスキルか魔法ない?』


「それは無駄ですよ」

「『!?』」


 突然、俺達の”脳内会話”に割って入ったディーノに俺達が驚く。

 するとディーノがヤレヤレと首を振った。


「そこで驚いては認めたのと同じですよ、図星でも押し通さないと・・・

 それに、随行人については、おそらくジョルジュ殿も知らないのでしょう。 知ってるふりをすることで、相手の無駄な諜報活動を誘っているのですよ」

「・・・相手って?」

「”私”ですね」

「はあ・・・」


 よくこの家に住んでられるね君達・・・


「ところで、なんでわたしの考えてることがわかったの?」

「誰かに言われませんでした? あなた、慣れると結構考えていることが顔に出るんですよ」

「ああ・・・」


 そういや、ロザリア先生に前にそんな風な事を言われたっけ・・・


「それよりも、第2種校外活動免許は取れるんですか? 聞いた話だと2割程度しか取れないと聞きましたが」

「うーんと、たぶん大丈夫だと思う」


 一応それ持ってるルシエラとヘルガ先輩には2つ返事で”大丈夫”と言われているし、過去問とか見た限りでも大丈夫そうだ。

 むしろ最大の障害である”サバイバル演習”については、何度も言うがこっちは一家言有るくらいである。


「なら良いですが、あまり無理なさらぬように。 壊れては元も子もありませんので」

「うーんと・・・ありがと」


 少し考えて、今のがただの善意だと判断したモニカが感謝の言葉を述べる。

 するとディーノはこともなげに頷いた。

 どうやら本当にただの善意だったらしい。


「それで、これからはどちらに?」

「うーんと、とりあえず研究所に戻って・・・・」


 その時だった。


「ちょっとまったああああああ!!!!!!!」


 という大きな叫び声が響き渡り、”ドン!!”と いう強烈な音を立てて扉が開け放たれたのだ。


 いったい何事かと、さっき引っ込んだばかりのジョルジュが奥の部屋から顔を出す。

 その顔は俺達と同様、突然の叫声に固まっている。


 開け放たれた扉の向こうに居たのは、輝くような青い髪にクリスマスツリーのごとく大量の魔法陣を煌めかせる、背の高い真っ青な少女。

 もちろん見覚えはある。


「ルシエラ!?」

「モニカ! ちょっと顔貸して!」


 そう言うなりズンズンと入ってきたかと思うと、俺達はいきなり首根っこを掴まれて子猫のように持ち上げられた。


「ええ!?」

「何事ですか!?」

「あんたらには関係ないから! 仕事に戻っていいわよ!! それじゃ!!」


 ルシエラはそう言い残すなり、モニカを俺達を抱えたまま建物の外へと飛び出す。

 そのあまりにも取り付く島もない有様に、ディーノとジョルジュは仲良くキョトンとする他ない。


 ルシエラはそのまま狭い路地裏に躍り出ると、間髪入れずに巨大な魔法陣を展開して浮かび上がった。

 久々かつ、慣れない方式の飛翔に俺達の感覚がひっくり返り胃の下が持ち上がる。

 すると、あっという間に目の前にあった地面がグングンと遠ざかり、知恵の坂の周辺の街並みがミニチュアのように小さくなっていった。



「どうしたのルシエラ?」

「いくらなんでも、いきなり過ぎるぞ?」


 突然空に攫われた俺達が、揃って不平の声を上げる。

 だがルシエラはそんな事は気にしないとばかりに顔を青ざめさせ、進行方向を睨んでいた。

 彼女の飛行魔法も、いつもの優雅さは無く、只ひたすら速度を求めたかの様に荒っぽい。


「急がないと・・・名簿が印刷されたらおしまいよ・・・」


 ”おしまい”とは、随分不穏な単語が飛び出したな。


「向こうに着いたら説明するから・・・今はちょっと集中させて」

「あ、うわぁ!?」


 どうやらルシエラは俺達への回答よりも速度アップを優先したようで、僅かに残っていた集中力を絞り出して新たな魔法陣を組み上げた。

 その瞬間、飛行速度が更に増し、同時に強烈な振動で視界がグニャリと歪む。


 こりゃ、とてもじゃないが会話はできないな。





 そんな風に慌ただしく連れてこられたのは、中央区のかなり大きめな建物だ。

 たしか生徒会絡みの建物で、祭りのときにアドリア先輩に連れ込まれたのを覚えている。

 思えば、あれも懐かしい思い出だな。


「”生徒会”に何か、用があるの?」


 モニカが横で膝をついてゼイゼイいってるルシエラに問う。

 俺達の姉貴分は、魔力が多い方でもないのに無理して使いまくったせいで、完全に息が上がっていた。


「はぁ・・へぁ・・・よう・・じゃ、ない・・・うひぃ・・・”怒鳴り込み”よ!!」


 最後の部分だけ、急に真顔で怒鳴るルシエラ。


「あ・・・」


 これ、めんどくさいやつだ・・・


 そんなモニカの心の声が聞こえてきた。





 実際、めんどくさそうな話だった。


「”番長”ってどういうことですか!?」


 建物の一室で、ルシエラが目の前の人物に怒鳴る。


 皆、唐突に出てきた”番長”という単語に困惑していると思うが、俺達はそれ以上に混乱しているので安心してほしい。

 あ、ちなみに”番長”と訳した理由だが、該当する単語がそれくらいしかなかったからだ。

 子供のコミュニティを暴力で纏める存在といえば、”番長”か”ガキ大将”しか思いつかないが、随分と奥ゆかしい称号が残っているものだと思う。


「あ、それね。 君、今日からアクリラの”番長”だから」


 その一室の執務机に座る獣人の少年が事も無げにそう語る。

 その様子は、今日の夕食の献立を伝えるかのように自然なものだ。

 見た目からしてクマ系の獣人か。

 座っている場所からして、彼が今の”生徒会長”だろう。

 アドリア先輩とはまた違ったタイプだな。


「なんで私が”番長”なのよ!」

「ふむ、”なんで”か。 クラヴィス! 例のものを!」


 生徒会長が横にいた少女に声をかける。

 するとその少女が何やら表のようなものを取り出した。


「用意いたしましたわ、会長」

「ありがとうクラヴィス」


 会長はクラヴィスという少女に感謝の言葉を述べると、渡された表をこちらに見せた。


 それは何かのランキングだった。

 5桁のポイントの多い順に上から並び、その一番上にはルシエラの名前が記載されている。


「ね?」

「”ね?”じゃないですよ! なんですかその表は!」


 突然訳もわからぬ表で1位にされたルシエラが憤慨の声を上げる。

 するとクラヴィスが説明を始めた。


「この表は、現在在籍している生徒の模擬戦、試合などの勝敗を元に、対戦相手の実力等を加味して導き出した”戦闘評価”ですわ」

「それで私が1位だと?」

「ええ、妥当なところだと思いますわ。 そうですよね? 会長」

「あ? うん! そうだクラヴィスの言うとおりだ!」


 クラヴィスの言葉に胸を張る会長。


「いいえ、妥当じゃないです! だいたい、なんで最高学年でもない私がポイントトップなんですか!?」

「それはね、ルシエラくん・・・ええっと、クラヴィスお願い!」

「はい、ルシエラさんは昨年1年間の現上級生相手の模擬戦で、全て勝利なされております。

 また、卒業生相手でも上位の生徒に勝利経験があるため、獲得ポイントが増大した形になります」

「それでも、いくらなんでも1位はおかしいでしょう!

 それに、2位とか3位の先輩と戦った事ありませんよ!」

「それには及びません、なぜならルシエラさんは、在校生の中でガブリエラに最後に勝った生徒になりますから。

 文句なんて出ませんわ」


 そう言われれば、そうだ。

 ガブリエラに勝ったことがある相手に文句なんて出ようはずがない。


「勝ったのなんて4年も前の話じゃないですか! しかも15戦やって13敗ですよ! ボコボコですよボコボコ!」

「でも2勝なさってますよね?」

「うげっ!?」


 ルシエラ、語るに落ちる。

 中等部3年のガブリエラに初等部時で、しかも複数勝てるとか、マジ化け物である。


「そういうことだルシエラくん!」


 クラヴィスの説明にまたも胸を張る会長。

 なんとなくこの2人の関係性が見えてきたぞ。

 だがこのクラヴィスという先輩、どこかで見たような顔だな・・・


『あ、クラヴィスってあれだ!』

『なに?』

『ほら、”タイグリス6姉妹”、あれの3女がクラヴィスだった筈だ』

『アレジナのお姉さん?』

『アドリア先輩の妹でもあるな』


 アクリラを代表する有名人のドワーフ姉妹。

 当たり前といったら当たり前だが、どうやらその一人がここにいるらしい。

 たしか来年が最終学年だった筈なので、順調に地盤固めをしているという事か。


『ねえ』

『ん? なんだ?』

『”番長”って何?』

『うーんと・・・そこで1番喧嘩が強い奴?』


 まあ、この説明で間違ってないと思う。

 こっちの辞書引いてもそういうニュアンスだったから”番長”と訳したわけで。


『喧嘩が強い・・・それだけでいいの?』

『まあ、そうだな、とりあえずはそんな感じだ』


「だったら、ルシエラは番長ピッタリだよね? とっても強いし」

「モニカ!?」


 まさかの方向から攻撃を受けたルシエラが、驚きの声を上げる。

 そしてこれがトドメだとばかりに会長が高笑いし始めた。


「はっはっは! ”裏番長”にそう言われては、断れないぞ、番長君!」


 ん?


『”うら”番長?』


 唐突に変な呼び名で呼ばれたモニカが、何事かとルシエラと会長を交互に見比べる。

 するとルシエラが手を当てて顔を覆った。


「モニカを連れてきた理由はそれよ・・・」

「わたしが・・・”裏番長”?」


 まーた、更に奥ゆかしい単語が出てきたぞ。

 ちなみに”裏”を示す単語は、こちらでも”裏”を示す単語が当てられていた。

 どこの世界でも表と裏というのはセットらしいな!


「・・・なんで?」

「先の対抗戦の結果を鑑みてだよ」

「それだけ?」


 一応それらしい謎の表を提示されたルシエラと異なり、たったそれだけしか理由は提示されなかった。

 だが・・・


「そりゃあ、きみぃ、”勇者”に勝った子をさし置いて、いったい他の誰が最強を名乗れるんだい?

 それに裏番長なんて、強けりゃ、”表”とは別人という以外には基準はないよ」


 何を寝ぼけているんだとばかりの口調で、会長がそう告げる。

 まあ、たしかにそう言われたらどうしようもない。

 どう考えても、レオノア戦は十二分に強さの証明になってしまう。


「いやあ、君達が同室で助かったよ! 番長問題は生徒会のどの政権でも懸案事項だからね!

 今年1年間、ぜひ良い政権にしようではないか!」


 そう叫びながら会長が立ち上がり、両手を広げて歓迎のポーズを取る。

 今年の会長は随分と暑苦しい人のようだ。


「私もモニカもまだ認めたわけじゃないわ! 抗議しに来たのよ!」


 それでも、なんとか持ち直したルシエラがそう言って気色ばむ。

 連れてきた味方モニカが役に立たなかったとしても、”番長”の称号だけは頑として拒否したいらしい。


「ところで”番長”って具体的に、何をするんですか?」


 モニカが会長に問う。

 俺の説明だけでは理解不足だと判断したのか、実際に言ってくる相手に内容を問うたのだ。

 だが、返事は意外なものだった。


「何も」

「なにも?」

「ああ、そうさ。 名前を貸してくれるだけでいい。

 生徒会活動の裏に強者の名前があれば、末端の弱い生徒も安心して活動ができるという寸法さ」


 なるほど、生徒会の活動を妨害したりすると”こわーいルシエラや俺達が出ていくよ”、ってことか。

 案外、上手いこと”生徒会”の活動に組み込まれているんだなー。

 さすがアクリラ最大の生徒互助会だけあって、その辺もちゃんと考えられている。


「それくらいなら・・・」

「騙されちゃだめよ、モニカ!」

「え!?」

「要所要所で呼ばれたり、偉いさんの挨拶に駆り出されたり、生徒の喧嘩に駆り出されたりで忙しいんだから!!」


 意外と楽な仕事かなと同意しかかったモニカを、ルシエラが強引に引き戻す。


「・・・っち・・・ソンナコトナイヨー、名前貸すだけのラクナシゴトダヨー」


 え? 今会長舌打ちしたよね!?


「いいや大変だから! むちゃくちゃ大変だから!」

「ルシエラは知ってるの?」

「”前の番長”に面倒くさい仕事を肩代わりさせられて、なんども代わりにやったのよ!」

「前の”番長”って?」

「ガブリエラ!」

「ああ・・・」


 モニカの口から、すべてを察したような音が漏れる。

 そっか・・・そうだよね。


「・・・でも、誰かがやらなきゃ駄目なんでしょ?」

「そうだよモニカ君。 これは”強者”の使命なのだよ!」


 そう言って拳を振り上げる会長。

 一方モニカの中にも、まんざらでは無い感情が満ち始めていた。

 どうやら”前任者がガブリエラ”という情報が肯定的に働いたらしい。

 

 だが、大切な情報が抜けている。


『だけど、ガブリエラがやっていたのは”表”の方だからな?』

『あ・・・』


 よかった、そこに思い至ってくれたらしい。


「えっと、会長さん、すいません。 その・・・”うら番長”って、前は誰がやっていたんですか?」


 モニカがそこが重要だとばかりの真剣な眼差しでそう聞いた。

 その視線の圧力に会長が少し押される。


 ”表”がガブリエラだとして、”裏”はだれだろうか?

 アドリア先輩・・・は会長だったから無いとして、他に候補といえば・・・


「る・・・ルキアーノ・シルベストリだが?」


 あ、やっぱり・・・


 その瞬間、モニカの中で答えのような物が固まっていくのを、俺は感じ取った。

 同時に、あのグチョグチョネチョネチョした気持ち悪い魔力で全身を弄られた時の感覚が・・・


「・・・・すいません」


 そう言ってモニカが会長の目を見つめる。



「それは、いやです」





 結局、スイッチの入ったモニカの本気の抵抗により、俺達の番長就任はめでたく拒否される事になった。

 その後、番長にはランキング2位と3位の先輩がなったらしい。

 余計な仕事を回避できたルシエラが、大変に上機嫌だったのは言うまでもない。




 ・・・・もっとも、後に”真番長”なる称号が生まれている事に気づくことになるのだが・・・


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