2-12【新たな日常 11:~ガブリエラの卒業~】


 その日、2の月の中頃のよく晴れた休日の朝。

 貴族院の北の玄関前の広場は、一種異様な空気に包まれていた。


 その日は折からの寒波が頂点に達し、温暖なアクリラには珍しく夜明け前からの雪が薄く積もって白化粧し。

 その雪に眩しい朝日が反射して、虹の街はいつもとは違った明るさに包まれ、陽気な住人たちは見慣れぬ雪にはしゃぎ周り、防寒を怠った者が鼻水を垂らして震えていた。

 だが、その雪景色が異様さの正体ではない。


 広場に集まった沢山の群衆は、貴族院の者だけでなく、もっというなら生徒だけですらなかった。

 流石に広場の中に入れたのは貴族院の生徒と、ごく一部の”特殊”な生徒とその関係者のみだが、それでも弾かれた者たちも門に手をついて中の様子を窺っており、

 そればかりか、集まった群衆目当てに即席の屋台が出る辺りは、流石商売の都というところか。


 広場の中央には豪華で装飾華美な特注の馬車が3台停められ、端の方に目をやれば、後に車列に加わるのだろう黒塗りの馬車達が何台も”その時”を待っていた。

 中でも目を引くのは、王家の紋章を掲げた黄金の馬車。

 これ一台でいったい、いくらするのだろうか?


 俺達は予め決められた手筈通り、その黄金の馬車の前に立つと、後ろで他の生徒を仕切るための紐が張られる音がした。

 すると横から「ひっ・・・」っという、小さな悲鳴のような声が上がる。

 そちらを見れば、いつも以上に硬い顔のヘルガ先輩の姿が。

 表情こそ引き締まっているが、その目は赤く腫れている。

 そしてそれを見た瞬間、モニカがゴクリと喉を鳴らし、少量の唾が喉を滑り落ちるのを感じ取った。

 もう10分以上、モニカは何も言わない。


 時折目を下に向け、そこにある黒い花束を見るか、横のヘルガ先輩を見るかを繰り返していた。

 それだけなのに、なぜだか緊張がどんどん膨らんでいく。

 それでもきっと、外から見れば能面を貼り付けた無表情に見えることだろう。

 ・・・いや、外部データ持ってこなくていいから・・・


 えっと・・・と、とにかく、見た目とは裏腹にモニカの中ではかつてない勢いで緊張していたのだ。

 そしてその緊張に呑み込まれ、俺も声をかけられずにいる。


 ”こんなつもりじゃなかった”

 例えるならそんな感情だろうか。

 モニカがまた横を見る。

 

 今日、この場で対処するのはガブリエラと上級貴族の知らない先輩と、下級貴族のルキアーノ先輩。

 3人共、卒業生の中では顔が利く方とあってか見送りは多い。

 特にガブリエラは、直接の見送りが許された者だけでも俺達を含め12人もいる。

 当然ながら、その中で貴族の制服を着ていないのは俺達だけ。

 とはいえそんな俺達も、一応”アルバレス貴族”としてこの場に並んでいるわけで、いかにこの場がやんごとないか。


 そんな彼等の顔色はきっかり2パターン。


 モニカやヘルガ先輩の様に沈んでいる者もいれば、暴虐からの開放を喜ぶかの様に明るい者も多い。

 もし、ここにルシエラが居ればどっちだったのだろうか?



 その時、後ろの方で扉が開く音がし、群衆が一斉に声を上げた。

 堪らずモニカが”手筈”を破って振り返る。

 幸いな事に、殆どの者が破っているので悪目立ちはしていない。


 貴族院の北の玄関から現れたのは、荘厳なドレスに身を包む一団と、それに付き従う近衛服の集団。

 ここから見て分かるだけでも”金バッジエリート”が4つ、内3人は”将位スキル”保有者であることを示す銀線が入っている。

 そして先頭を歩くガブリエラの胸には、俺達と同じ金色の線が。

 それを見た瞬間、まるでその線が重みを増したかのようにモニカが胸の線を掴んだ。

 

 ガブリエラの後ろには保護者の様にクラウディアが付き添い、俺達の姿を見留めてニッコリと微笑んでいる。

 その後ろにはガブリエラの侍従たち。

 王女様とあって流石の大集団である。


 意外な事に2番目はルキアーノ先輩だった。

 上級貴族の先輩よりも先とは、どういう裁定だろうか。

 相変わらずネチャっとした魔力を纏い、若干涎が垂れているが、付添の人がギリギリまで頑張ったのだろう。

 ビシッと決まった儀礼服とマントは、彼が一応一流の身分であることを雄弁に語っていた。

 その後ろには、俺達の知らない上級貴族の先輩。

 とはいえ彼女も秀才なので姿くらいはどこかで見たことがある筈・・・ええっと去年の秋頃に優秀生徒の張り出しに掛かっているのを見て、それだけらしい。


 そして3人共、もう・・・制服は着ていない。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 数時間前。



 どうも貴族や王族というのは、どうでもいい”儀式”を好むらしい。


「だけど、いくらなんでもこれは悪趣味よ」


 ルシエラが苦々しげに毒づく。


「馬鹿を言え、これでも伝統は伝統だ。 そなただって経験がないわけではなかろうが。

 分かったら黙ってボタンを外せ」


 そう言ってガブリエラがシャツを引っ張る。

 その格好はなんとも珍妙で、既に制服の下は脱がれ貴族用のややこしい下着が見えており、シャツは中途半端なところまでボタンが外れている。


 これはアクリラの、特に寮生に間に伝わる一種の儀式だ。

 ”最後の着替え”、つまりこれまで制服を着ていた卒業生が、卒業のために私服に着替えるのを、同室の後輩が手伝うというもの。

 知恵の坂でもやるし、当然木苺の館でもやってきた。

 それは卒業式のような、”分かりやすい式典”のないアクリラ生にとって”卒業”の瞬間を認識する貴重な機会として、どこの寮でも代々受け継がれてきた伝統だ。


 そして貴族院ではさらに、同室の者だけではなく、交友関係のある者を招いてその儀式を行うことになっている。

 一人一人がボタンを外すとか、ちょっと靴下を脱がすとかそういう事をやっていく。

 まあ”断髪式”みたいな感じだ。

 そして交友関係の深い者ほど後になり、当然卒業生のあられもない姿を見る事になるが、そんな格好で別れの挨拶をするのだから、ちょっと間抜けである。

 とはいえ、だからこそ深い間柄と言えるのだろうが、このためにわざわざ制服を着るというのだからご苦労なことだ。

 しかもガブリエラの場合、朝からずっとやっているので、もうたっぷり半日がかりの着替えと言える。


「大体、そなたは私の”見送り”に出ぬのだから、せめてこれくらいはやるのが筋だろう」

「仕方ないですよ、先に今日に決まったアドリア先輩の見送りに行くって言っちゃったんですから。

 それでも忙しい中来たんですから、もっとありがたがってください」

「ならばさっさとやらんか」

「うえぇ・・・」


 ルシエラが心底気持ち悪そうな声を出し、眉間にシワを寄せながらガブリエラの胸に手を伸ばして、そのボタンを外した。

 だが口調とは裏腹に、ルシエラの手付きは随分と丁寧で、まるで惜しむようにゆっくりと時間をかけてボタンを外しにかかっている。

 そしてそのボタンが外れると、どこか淋しげに息を一つ吐いた。


「はあ、まあこれで”私の役目”はおしまいね」

「ああ、苦労をかけた。 そなたとの8年間は楽しかったぞ」


 ルシエラの強がりな言葉にガブリエラはそう答えると、ルシエラがガックリと肩を落とした。


「はあ、そういうとこ・・・そういうとこがズルいんですよ」

「ん?」

「私はねえ、この8年間、ずっとあなたに無理難題を言われて過ごしてきたんです!

 それを”楽しかった”って・・・そういうところが、本当に”だいっきらい”です!」


 ルシエラはそう宣言すると、制服のボタンを毟り取り握りしめて拳を作った。

 そうそう、貴族の制服のボタンってなんでか知らないけど取れるんだよね。


 そしてガブリエラはそんなルシエラの顔をキョトンと見つめ返し、不意に優しげな笑みを浮かべると、


「分かってる」


 と答えた。


 しばらくの間、ルシエラとガブリエラが見つめ合う。

 その視線で、お互いにどの様なやり取りをしていたのか。

 たかが8年、されど8年。

 きっと無駄に濃いであろうその関係性に、1つの区切りがつけられようとしているこの瞬間。


 それでもやっぱり、最後までルシエラはガブリエラに迎合する気はないようで、

 永遠に続くかと思われた見つめ合いを打ち切ると、プイとそっぽを向いて入口に向かって歩き出した。


『・・・いいのかな?』


 それを見ながらモニカが心配そうに聞いてくる。


『まあ、・・・しかたない。 ルシエラにはルシエラの気持ちがあるわけだし』


 いくら俺達のことでバタバタしていて、ここ最近平和だったとはいえ、それはほんの1年もない話だ。

 ルシエラにしてみれば、そんな程度で許せる訳もないのだろう。

 むしろ良くここまでやったというべきか。

 だが、この儀式に”最親友枠”で呼ばれて、渋々ながらも来るからには、完全な嫌悪だけの関係でもないことは明らか。


 まあ、俺達の付添とはいえ”最親友枠”で呼びつけるガブリエラもガブリエラなんだけれど。


 それでも、ルシエラは着替え部屋を出ていく寸前、そこで立ち止まると振り返りもせずに語り始めた。


「私にとっては最悪の先輩でしたけれど。 それでも最強の先輩だっと思います。 きっとこんな体験ができる人は少ないでしょう。

 それじゃ、私はこれで」


 そして、それだけ言い終わるとルシエラは、ガブリエラの返事も聞かずに部屋を去っていった。


「・・・行っちゃった」


 あまりにも余韻のない慌ただしい退場に

モニカが心配そうに呟く。


「随分と味気ないだろう? これが別れだ。

 いつだってあっけない」


 ガブリエラが少し疲れたようにそう言って、部屋の端で順番待ちをしていた俺達を手招いた。

 残っている”最親友枠”は俺達だけ、つまりガブリエラが選んだ最も親しい存在はモニカという事になる。

 まあ、順番は政治的な思惑も大きいだろうが。


「さて、これでこの”儀式”もお終いだな」


 そう言って、最後に残ったシャツを引っ張る。

 もうボタン1つで止まっているだけなので、ガブリエラの豊満な胸を隠すことすらできていない。

 これを脱いで下着姿になったあとは、”同室”の者が私服を着せる。

 ガブリエラの場合だとヘルガ先輩と侍従方。

 これは交友関係とは別個のものだ。

 でもそうなると。


「あれ? 最後のボタンを外して、シャツを脱がすんだから、もう1人いないとおかしくないか?」


 最初の説明だと、シャツを外すのも1工程との説明だったはずだ。

 計算ミスか?


「何を言っておるか、”そなた”がいるではないか。

 モニカとロン、2人で残り2工程、私の侍従達を舐めるでない」

「え!? 俺? 俺もやるの?」


 まさか俺もカウントされてたなんて、予想外だし聞いてなかった。


「何を寝ぼけたことを、ほれ、さっさとせんか」

「あ、はい・・・」

「ロン、これ」


 モニカが懐から高性能フロウを取り出す。

 そういや武器となる物品の持ち込みが禁止でチェックもされたのに、これの正体知ってるヘルガ先輩が取り上げなかったのが不思議だったのだが、こういう事とは・・・

 俺は慌ててフロウに魔力を流し変形させながら、ガブリエラの首元のボタンへと伸ばした。

 その”手付き”は予想外かつ慣れてないこともあって覚束ないが、それでも何とか変ではないテンポで最後のボタンを外す事に成功した。


「えっと、ありがとうございます・・・1人として見てもらって」


 正直、ちょっと面倒くさいのが勝ったけど、それでも嬉しい事には変わりない。

 なので俺は、その気持ちを素直に言葉に出す事にした。


「それがそなた等のあり方なのだろう? 気にすることではない。

 だが礼なら”ウル”に言っておけ、こやつが指摘しなければ・・・正直失念したままだった」

「え? そうなんですか」

「こ奴め、そなたの因子を取り込んでからというもの、色々と気を配る事を覚え始めての。

 そなたには感謝する反面、面倒くさくもなってきておる」

「はあ・・」


 なるほど、あれ以来ガブリエラの方でも変化があったからな。

 それならば、俺もちゃんとした感謝をしないと。


 俺はガブリエラのスキルにデータを送るためのコンソールを呼び出した。

 もちろん口で言っても伝わる相手だが、直接言うのが筋だと思ったからだ。


〔ありがとうございます、ウルスラ先輩。 おかげさまで、いい思い出になりました〕


 とりあえずこんなところか。

 本来は大量のデータを送るための仕組みだが、別にテキストだけ送っても問題はあるまい。

 はい送信!


 返信はすぐに帰ってきた。

 ご丁寧に同じプロトコルを使って返してきているので、余計にメールっぽい。

 だが内容は短かった。


〔”ウル”です〕

〔え?〕

〔私は”ウル”です。 ”ウルスラ”ではありません。 間違えないでください〕


 どういうこっちゃ・・・

 たまらず”保護者ガブリエラ”に助けを求める。


「あの・・・ウルスラじゃないって、”ウルさん”が・・・」


 するとガブリエラが呆れ半分、羞恥半分といった表情になった。


「ああ、”それ”か・・・どうもロンに影響されよっての、私がウルだウルだと呼んでたものだから、”自分はウルスラの管理スキルのウル”と言い出しよったのだ。

 しかも、事もあろうに”シャイ”になりよって、どうも扱い辛くてかなわん」

「ああ、そうなんですか・・・」


 どうやらウル先輩は俺の因子を取り込んだせいで、自我を獲得し始め、わずか数ヶ月で思春期に突入したらしい。

 今後の為、ガブリエラの脳内空き領域へのデータ置換を始めているとのことなので、その影響もあるのだろう。


〔えっと、すいませんでしたウル先輩。 それとありがとうございます〕

〔わかればよろしい〕


 許しが出た。

 どうやら機嫌は損ねずに済んだらしい。


〔それと今後は、この方式で連絡を取りましょう。

 解析の結果、この方式ならば2000㌔ブル程度ならば、1時間程かければ送受信が可能と判明しています〕


 え? マジで!?

 なんとなく使ってて今更だけど、これどういう仕組みよ?


〔こういう仕組みです:【添付 ※注、巨大データです】〕


 うわっ!? なんか、こっちの思考を読んだかのような返信が来たぞ!?

 しかも展開してみると、とんでもない量の計算式が入っているではないか。

 こんな物読めたもんじゃねえ。

 それでも何とか内容を要約すれば、モニカとガブリエラという巨大な魔力で送信し、”王球”のアークへの通信用スキルを用いて受信しそれを返すことで可能になるらしい。

 距離による減衰は送受信の回数と、パワーのゴリ押しによって突破するとのこと。

 データを小さなブロックに区切り、受け取った側が内容を返して確認するので、時間と手間はかかるが、通信の確度は高い。

 星表面の球形状の処理は・・・うわ、めんどくせ、見なかったことにしとこ・・・


〔理解できたなら返答を〕

〔あ、はい、了解しました。 今後ともよろしくお願いします〕


 ・・・っと。

 これでガブリエラと連絡手段が無くなる心配はなくなった訳だが・・・


『やったぜモニカ、”メル友”が出来たぞ』

『”メルトモ”?』

『ああ、通信システム上の友達だ』

『・・・ヨカッタネ』


 あ、モニカがややこしいので理解を放棄した。

 でもまさか、この世界でメル友なんてものができるとは・・・

 こりゃ、そのうちチャットやラ◯ンみたいな物もできるかもな・・・



 そして、そんな風に俺が妙な感傷に浸っている間も儀式は進行していた。


「・・・取るよ」

「ああ、頼む」

「・・・・」


 モニカはガブリエラの後ろに回り込むと、そのままシャツの肩の部分を摘んでゆっくりと引っ張る。

 すると、あまりにもあっけくシャツが取れてしまった。


 貴族院のシャツの上質な肌触りは相変わらず豪華だったが、朝からこんな着替えをしているせいか冷たい。

 モニカはそれを丁寧に畳むと、直す場所を探して首を左右に動かす。


「それは、そなたにやろう」


 するとガブリエラがそう言って、ちょっといたずらっぽい笑みを向けてきた。


「え?」

「なに、もう必要になるものではない物だ、気にするな」

「あー・・・」


 いや、気にするというか、こんなもの貰っても困るというか・・・

 モニカはそんな感じの呻きを上げたが、当のガブリエラは都合の良いことに肯定と受け取ったらしく、尊大な表情で”どれ、感謝の言葉でも聞いてやろう”と下着姿の胸を張る。

 そして、その間抜けな絵面にどうでも良くなったのか、モニカは少し笑いながら小さく、


「ありがとうございます」


 と呟いたのだ。

 もちろん、これはシャツをもらった事にだけの感謝ではない。


『これどうしようか?』


 モニカが聞いてきた。


『まあ、サイズを直して高等部に上がった時にでも着るか? 一応デザインは一般と同じだし』


 流石にそのまま着ると成長を加味しても、主に胸の辺りが残念な感じになってしまうからな。


『そうだね』


 そう答えると、モニカは横に置いていたバッグにシャツをしまった。


「さて・・・もう、私がここで着れる制服はなくなってしまったの」


 するとガブリエラが、しみじみとそう言いながら椅子に腰掛ける。

 その格好のせいか、その声のせいか。

 そこに座っていた先輩は、いつもよりも大人びて見え、それがどこか遠いところに行ってしまったかのような不思議な感覚がモニカから流れ込んできた。


「なんとか時間には間に合ったか・・・。

 ところでモニカ、”連絡室”は見たのか?」

「うん、まだ準備中だったけど」

「どうだ? 奴らとは上手く付き合えそうか?

 ロンよ、もし駄目ならすぐに伝えろ。 例えなんとかしてやるのは難しくとも、向こうでできることもあろう。」


 ガブリエラはそう言って、卒業後も変わらぬ支援を約束してくれた。

 だが、意外な事にモニカは強い眼差しで首を振る。


「わたしは大丈夫。 誰にも負けないから。

 だからガブリエラも自分の為に頑張って」


 ガブリエラは申し出をまさか拒否されるとは思ってなかったのか、しばらく放心した状態で固まっていた。


 だがこの答えは、ここに来る前から俺と相談して決まっていた事だ。

 もうガブリエラを頼るだけの存在じゃいられない。


 彼女には彼女の”戦い”がある。

 俺達には俺達の”戦い”がある。


 ”秘密のレッスン”が終わった時から”対等”なのだ。

 クラウディアが持ってきたのがどんなシガラミだろうが、俺達の前に立ち塞がる脅威がなんだろうが。

 飲み込まれても、取り込まれても関係ない。


 全てを踏み潰し、蹴散らしていく。


 それが”王位スキル”を持つ者のあり方なのだと、この人から教わった。


 モニカはそれを強い眼差しで訴えると、ガブリエラの表情が再び”王位スキル保有者”のものに変わる。


「”モニカ・シリバ・ヴァロア”よ、そなたとの半年間、実に有意義であった。

 今後も我が”盟友”として、そのあり方を忘れるでないぞ」

「こちらこそ、最高の半年でした。

 いつか、あなたの”盟友”として並び立つ日まで、最強であってください、”ガブリエラ・フェルミ”」



 これが、後に2人の王位スキル保有者が同盟を結んだその瞬間である。


 ・・・などと、歴史書にでも記載されそうな雰囲気でお互いが力強く頷き合い、ひとしきり見つめ合ったあと、ガブリエラがすっと椅子を立ち上がった。


「それでは、もうやる事は全て終わったな。

 ならば私は衣装室に戻るとしよう、このままでは格好がつかんからな」


 そう言って背を向けると、ヘルガ先輩や侍従たちが控えている奥の衣装室に向かって歩み始める。


 モニカはその姿をじっと見つめていた。

 まるで目に永遠に焼き付けるためかの様に。


 だが俺は、その映像からガブリエラの頬を流れる小さな煌めきを切り取った。

 きっと忘れてほしいだろうから・・・


 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 そして、今に至る。


 だが、人間というのは不思議なもので、あれだけ大見得を切って力強く別れの言葉を言い合ったというのに、こうして実際に私服姿のガブリエラを目の当たりにすると怖気づいてしまうのだから情けない。

 モニカは顔でこそ笑顔を取り繕っているが、内心では”こんなつもりじゃなかった”と不安げな感情を爆発させている。

 手に持った花束の感触がなんでこんなにハッキリとしているのか。

 周囲の歓声がなぜ祝福ムードなのか。

 モニカの心は、頭では理解しているその問いに答えを求めてグルグルと回っている。


 だがモニカには悪いが、俺はそれどころではなかった。

 

 俺の意識は今、後方視界の側面にぎりぎり映る領域、すなわち横で控えるファビオとディーノ、彼等と会話を交わすクラウディアの会話に釘付けで全ての意識がそこに向いていた。


 口元の動き、耳と8箇所に設置したセンサーによって得られた音波の解析から、彼等がどんな会話をしているのかを把握するのだ。


 フフフ・・・ご丁寧に3重がけの盗聴防止を掛けてるみたいだが、こちとら王位スキル様だ。

 隠せると思うなよ。

 予想通り、クラウディアの強力な幻惑スキルで口元の動きがダミーに差し替わっているが、魔力波レーダー式の前にはそんなもの。

 更に言うなら特定空間内の空気振動を検知するセンサーを併用すれば、おおよそ何を喋っているのか検討はついた。



「それじゃ、私はこれから帰るけど、あなた達、ちゃんと役目を果たすのよ!」

「はい、お任せください。 このディーノ、フルーメン商人の名にかけて、モニカ嬢との太いパイプを築いてみせましょう」

「おお、やる気になったかディーノ。 わたしゃ嬉しいよ。 ぜひとも彼女との心理的な距離を埋めてね♪

 あと分かってると思うけれど、来週にはアルバレス側の担当者が来るから、決して粗相のないように!

 これは外交案件でもあるんだからね」

「もちろん、承知しております。

 彼等には誠心誠意、誠実に対応いたしますので」

「わかってるよね? 計謀とかは無しだよ? そういうのは”こっち”でやるから」

「分かっておりますとも、我々は”顔”となる訳ですから」

「・・・何なら、”この程度”までなら舐められても構わないから」


 突然、クラウディアがどす黒い声でそう言って、指を4本立てた。

 そのサインがどういう意味かは分からないが、かなり強烈な指示なのだろう。

 ディーノの顔色が僅かに青ざめ、横のファビオが生唾を飲み込んだ。


「・・・了解いたしました」

「それじゃ、よろしくね。 モニカちゃんの助けになってあげて」

「それは流石に私如きに務まるかどうか・・・」

「もう、何いってんのよ♪ 務まるかどうかじゃなくてー・・・


 死んでも果たしなさい

            」


 これだ・・・このクラウディアの突然飛んでくる”ドス”。

 このギャップに飲み込まれてしまうのだ


 ディーノが慌てて無言で頭を下げる。

 するとクラウディアが今度はファビオに向き直った。

 

「モニカちゃんとは仲良くね。 期待してるから」

「反応を見る限り、向こうにもうその気はないと思われますが・・・そもそも、婚姻の話があったことすら覚えてる様子では・・・」

「そうじゃないでしょ」


 ファビオの答えに、クラウディアが優しげに間違いを指摘する。


「婚姻の話が今どうなってるかなんてどうでもいいの。 お互いの気持ちもね。

 対外的な”リスト”に名前が載っていることが重要なのよ」


 どうやらファビオが来た理由はアルバレスに対する牽制らしい。

 そこで俺はクラウディアの狙いが何だか理解した。

 全部、アルバレスとの関係性の構築が狙いなのだ。

 俺達を軸にして2国間の距離感を調整しつつ、マグヌスの国益を生み出す。

 そりゃ俺達に無駄に優しくする筈だ。


 でも、これはいい事を聞いた。


 それからクラウディアは2人にいくつか事務的な指示を出したあと、ちらりとこちらを窺うような視線を向けてきた。

 監視が感づかれたか?

 だが、モニカの様子が完全に”ガン無視”である事を見て取ると、視線を2人に戻し、そのまま別れを言ってガブリエラに合流するためこちらに向かって歩いてきた。



 一方のこちらはというと、いよいよお見送りがクライマックスに突入している。


「ガブリエラ様、ご活躍を期待していますわ」


 そう言って、ガブリエラと交友関係のある生徒が花束を手渡していく。

 皆、1言2言しか話さないので、人数がいても順番が回るのが早く、その度にモニカの唇が急速に乾いていった。


「ガブリエラ様、2年間のいとまをもらいます」

「ああヘルガ、こちらは安心しろ。 我が役目、そなたが来るまでしっかりと務めてみせよう。 存分に励んで私の臣下に相応しい女になれ」

「承りました。 ガブリエラ様もあまりリヴィア殿を煩わせない様にしてくださいな」

「ははは、心得た!」

「それでは・・・どうぞ」


 そう言って、ヘルガ先輩が覚悟を決めた強い表情で花束を差し出すと、ガブリエラは既に片手を覆い尽くすほどに膨らんだ花束に、それを加えた。


『次は俺達だぞ』

『!?』


 突然の俺の指摘に、モニカが小さく背を伸ばす。

 やっぱり声をかけてよかった。

 完全に固まっていた。


 眼の前にガブリエラが来る。


「えっと・・・ガブリエラ・・・」

「ん?」

「また・・・また会おうね」

「当然だ。 分かっている」


 その答えを聞いたモニカの中で、大きな安心が広がるのを感じた。


 なんだ・・・”こんなこと”が心配だったのか。


「うん、また会おうね」

「ああ、いつでも来い」

「分かった」


 モニカがそう答え、手に持っていた黒い花束をガブリエラに差し出す。

 するとガブリエラは、それを色とりどりの花束の真ん中に加え、それを持ちながら2歩下がって声を上げた。


「皆の者! 見送り感謝する! このガブリエラ、諸君らと学んだ日々は決して忘れはしない!」


 そう言って、集まった群衆に大声で別れの挨拶を叫ぶ。

 遠くでは、ウルス・・・ウル先輩が今のセリフをスキルで拡声している音声が鳴っていた。

 続いて、他の2人が同様に別れの挨拶を叫んでいく。


 流石にルキアーノ先輩は少し辿々しかったが、それでも別れを惜しむ気持ちは伝わって来た。

 だが、ちょっと意外な事に彼の見送りも結構数が多い、しかも数合わせの動員とかではなさそうだ。

 本当に本気で泣いている者までいる。

 一体どういう関係だろうか? 知りたいような怖いような・・・


 そして最後の挨拶を終えた3人は、それぞれの関係者とそれぞれの馬車へと乗り込んでいった。

 ガブリエラは侍従達と、それとクラウディア。

 彼女は乗り込む寸前、明らかに俺達だけに向かって手を振ってきた。

 モニカはそれに小さく会釈で返したが、どうも今後も彼女とは付き合いが続きそうな空気である。

 まったく、厄介なのにマークされたもんだ。


 そして、馬車の扉がバタンと閉まる。


「・・・あ」


 するとモニカが小さく、嘆きの様な声を漏らした。


『閉まっちゃった・・・』

『どうする? 【透視】を使うか?』


 そういう事じゃないと知りつつも、俺は思わずそんな提案をしてしまう。

 だが当然、モニカは否定の感情を送ってくるだけ。


 でも、もうガブリエラの姿は見えなくなってしまった。


 そのまま、軍用の巨大な馬が嘶きを上げ、大型の馬車がゆっくりと動き出す。

 ここまで無駄に時間をかけて儀式を行ってきただけに、その手際の良さが際立って心に刺さる。


 広場の中を進んでいく馬車の金飾りが、雪の輝きに溶け込み、それがまるで消えていくかのようで。


 モニカの中をこれまでにない感情が駆け上る。

 流れ込んでくる大量の寂寞。


 いつだって別れは思ったよりもあっけなく、そして思ったよりもツライ。

 そんな感情が口を衝いて飛び出しかけた。


 その時。


 突如、馬車の車列の行く手に金色の巨大な魔法陣が出現し、それが広がって輪っかのようになると内側の空間が別のものにすり替わる。

 呆気にとられる観衆たち。

 間違いない、ガブリエラの次元魔法だ。


 しかも魔法陣の先は、見たことない街並みではないか。

 天をつくような巨大な建物が立ち並び、驚くほど広い大通りにはアクリラの総人口に匹敵するのではないかと思ってしまう程の群衆が所狭しと並んで、こちらに歓声を送っていた。

 その大音量が、ガブリエラが開けた穴を通してこちら側まで揺さぶってくる。


『すごい街・・・』


 該当するのは1つしかない。


『ルブルムだ。 これがそうか』


 約2,000km彼方にあるマグヌスの王都。

 どうやらそこのどこかと魔法でつなげたらしい。

 なんて無茶苦茶な・・・


 そして、そんな大それたことをしでかした張本人といえば・・・


 先頭を行く1番豪華な馬車の扉が開け放たれ、そこから身を乗り出す形で幾何学的な髪型の黄金の王女が身を乗り出したではないか。



「アクリラの後輩達よ! 気軽にルブルムに来るがいい! 私はいつでも歓迎するぞ!」



 そう叫んだガブリエラは、馬車扉に掴まったまま魔法陣の向こうへと進んでいった。

 後続の車列がそれに続く。

 そして、最後に車両が通過したところで魔法陣は虚空に消え始めた。


 最後に見えたのは万雷の歓声に手を振るガブリエラの姿だった。

 だがそれも、魔法陣の消失と同時にその音と共に消えてしまう。

 

 広場を突然の静寂が飲み込む。

 もう彼等の痕跡を残すものは、このアクリラにはない。

 本当に行ってしまった。



 想像以上にアッサリと姿が見えなくなった事で、周りの観衆達が口を開けたまま固まっていた。

 いくらアクリラの住人といえど、ここから王都まであんなに大きな時空の穴を開けて出ていく者は初めて見るらしい。


 そして俺達はといえば、


「・・・っくく」

『モニカ?』


 突然湧き出した、何かがグツグツと腹の中を跳ね回る感触に、俺が問う。


「っくく、くはは、あはははっは!」


 そう言ってモニカが笑い出し、それを見ていた周りの者が何事かと視線を向ける。


『どうしたモニカ!?』

『だって・・・おかしいんだもん! ”気軽に来い”って、なんかわたしがバカみたい!』


 そう言うなり更に笑うモニカ。

 当然奇異の目を向けられるが、そんな事は歯牙にもかけない。

 そしてその心は、妙なまでに晴れ上がっていた。


 そうだ。


 俺達は、何者にも縛られない、距離すら超越する”王位スキル保有者”。

 たかが2000km、隣の家と何が違うというのか。


 最後にガブリエラは、”先輩”としてその事を思い出させて行ったのだ。

 アッパレである。



 こうしてガブリエラの数々の逸話を残した伝説の学園生活は終了し、その伝説の担い手は俺達へと引き継がれた。


 彼女のお陰で、俺達を縛るものは大きく無くなり、その残りと戦う強さも得ている。

 後は”モニカの願い”を叶えるための・・・(ピ!ピ!ピ!ピ!ピ!


 え!? なに!? びっくりしたぁ

 ええっと・・・”新着メールがあります”?


 いつの間にかメーラーを作ってたらしい・・・

 といっても”見た目”だけなので、俺のイメージがシステムに焼き付いたのだろうが。

 誰からのメールかは見ずとも分かる。


〔ウルです。

 ルブルムの王宮に着きました。

 ちゃんと読めてますか?

 読めてるなら返信お願いします〕


 あ、そうですか・・・

 どうやら向こうに着いたらしい。

 本当に届くんだなコレ・・・


〔ロンです。

 通信ありがとうございます。

 ちゃんと読めてます〕


 まあ、こんなもんでいいだろう。

 はい送信 ・・・っと。


 送信時間があるので届くのは1時間後くらいか。

 まあ、それでも話し相手には事欠かないだろう。


『やったぜモニカ、ガブリエラとの通信手段を確立したぞ』

『ほんと!?』


 モニカの返答は、それはそれは嬉しそうなものだった。


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