2-X8【幕間 :~御前会議~】

side ファビオ



 シンクレステラマリッド・アデオ・フェステメッセ・ビートレイ神聖王国


 王都、ルブルム王宮


 世界に名だたる、超大国”マグヌス”の主要官庁がまるで臣下のように軒を連ねる巨大都市の中心部、その本当に中央に要のように鎮座する堅牢な城は、廊下1つとっても大貴族の一員である筈のファビオですら想像もつかないほど圧倒的な雰囲気を放っていた。


 大通りと言っても差し支えのない幅の道の両側には、儀礼仕様の軍事用巨人ジャイアントゴーレムが等間隔で立ち、その間を埋めるように金バッジエリートの衛兵が並んでいる。

 ファビオの前を歩き先導するのも同様の”金バッジ”、それも上級士官クラス。

 皆礼儀正しく接してくれてはいるが、もしファビオを殺すとなれば、瞬き1つ以上の時間をかける者は居ないだろう。


 そのピリッとした空気を感じ取り、逃げるように視線を横にそらす。

 そこにはファビオと同時に呼ばれる事になった、ディーノの姿が。

 だがアクリラであの”怪物達”と真っ向から対峙した交渉人の背中は、今日はなんともぎこちない。

 この空気は、普段”力”など何の脅威とも感じていなさそうなこの”ファビオの同行者”といえども、緊張させるもののようだ。

 もっとも彼ならば、これも交渉を有利に進めるための”演出”なのかもしれないが。


 やがてファビオ達は、来客が本来向かう”謁見の間”を通り過ぎ、その奥へと案内されていく。

 いったい何処へ連れて行くのだろうか?

 廊下の雰囲気は次第に”外向け”の装飾過多なものから、実用性重視の無骨なものに変わっていく。

 それがまるで堅牢な牢屋のようにも思えて、ファビオは心の中で苦い思いが湧き出すのじっと堪えた。

 何一つ期待されてこなかったファビオが、王宮のこんなところまで招かれたことはない。


 だが、”この件”に関わった途端これだ。

 父や従兄弟達が王宮の深部で夜な夜な”はかりごと”に興じているという話を聞いて悔しく思ったものだが、いざこうして来てみれば場違いな場所という印象が強い。


 そしてファビオとディーノを連れ歩く案内の衛兵は、何回かの交代を経た後、ついにその足が止まり扉の方を向いた。


「御報告します!! ファビオ・ランド・クラウス・アオハ準伯爵殿!! ディーノ・リード・フルーメン名誉従士殿!! 両名ここに見参致しております!!」


 まるで火事でも知らせるような音量の声が廊下に響く。

 だがそうでもしないと奥には届かないのか、返ってきた声は叫んでいる事が丸分かりなのにも拘わらず、かすかに聞こえる程度だった。


「・・・両名、入場!!」


 するとその瞬間、ガチャリという重々しい扉が開く音がいくつも連続して発生し、ファビオの目の前にあった扉が、その奥にあるいくつもの扉とあわせて開かれる。

 何枚もの扉が連続して開かれる光景は圧巻だが、目的地である筈の会議室はその先に小さく見えるだけで、その距離と扉の枚数が、まるでファビオと”彼等”との距離のような気がするから不思議だ。


 ファビオはそこで少しだけ自嘲に耽ると、すぐに頭を振ってその考えを否定する。


 彼等との距離はこんなに近くもなく、扉の枚数だって少なすぎる。



 部屋に入ってすぐにファビオとディーノは、上座に向かって最敬礼を取って敬意を示した。


「面を上げよ」

「「はっ!」」


 敬礼を解く許しを得て即座に答える2人。

 だが許しを与えたのは、予想していた男の声ではなく、凛々しい女性のものだった。

 不思議に思ったファビオは顔を上げながら、失礼と取られない範囲で状況を確認する。


 部屋の上座には、予想通り国王その人が座っていた。

 だがその顔は気のせいか覇気が少なく、どこか居心地が悪そうに体を傾けている。

 その”原因”は明らかだ。

 国王が傾けたのと逆側に、能面を貼り付けたような冷たい笑顔の女性が座っていたのだ。

 そしてその女性が口を開ける。


「急な足労、感謝します」

「いえ滅相もございません。 王妃陛下にお目にかかれ、我が身は喜びに・・・」

「この場においては世辞は結構です、ディーノ・フルーメン」


 その女性、ユリア第1王妃は厳しい声でディーノの言葉を遮ると、ファビオに向き直った。


「”この人”の言葉だけでは信用できなくて、直接関わった者に話を聞こうと思いましてね。 実際に応対したあなた達に来てもらったのです」


 そう言うなり、わずかに顔を綻ばせる。

 久々に甥の顔が見れて嬉しいという社交辞令か。


 一方、”この人”呼ばわりされた国王は堪らず身を縮こまらせる他ない。

 どうやらファビオとディーノが急に呼ばれたのは、この場で既に行われていた話し合いで、誰かが証人として意見を聞きたくなったかららしい。

 ファビオ達が実際に応対したというからには、まず間違いなく”モニカ”絡みだろう。

 ここ数日、ルブルム中の官公庁を騒がせているその少女と、ファビオは直接の接触がある。

 しかも数度。


 もっと言うなら、ファビオの”妻”として押し込まれる予定だったくらいだ。


 ファビオは他の列席者についても認識を広げる。


 ユリア王妃のすぐ隣に座り、なんとも憂いに満ちた表情で顎に手を当てる金髪の青年はスタニス第1王子。

 王のすぐ後ろに立つのは、ファビオの”嫁”ことエミリア元第一王女だ。

 彼女は”王の子”の中では最年長だが、アオハ家に嫁いだことで王族の権利を喪失しているためか、それとも近衛の”職務中”のためか、普段家で見せているだらしない姿ではなく鋼鉄で出来たかのような硬い出で立ちである。


 そしてその隣で座る、姉にそっくりな髪色の柔らかな印象の女性は”クラウディア第2王女”。

 顔立ちこそ彼女の母ウルスラエミリア、それにモニカにも似ているが、どこか戦士然とした彼女達とは異なり、クラウディアが纏うのは完全に棘のない丸みを帯びた空気。

 聡明な金色の目は水のように澄んでいて、その優しげな表情はルブルム中で人気が高い。

 ファビオもその中身を・・・・・知らなければ・・・・・・、慈愛の化身と間違えたことだろう。

 その5人が、部屋の上手に設けられた壇上からこちらを見下ろしていた。

 学生でルブルムにいない第2王子、第3王子・王女、それとまだ幼い第4王女の姿はないが、王家揃い踏みといった陣容だ。


 一方下手側に並ぶのは、文官側を代表してか外務、内務両大臣とその補佐官が、武官側を代表してか国防局副長官と魔法局長の2人が座っている。

 そして、それらと距離を置くようにして1人ぽつんと座る、ファビオの”偉大だった父親マルクス”の姿が。


 この部屋にいるのはこれで全員だった。

 驚いたことに近衛兵すら、ファビオ達の案内が終わるとすぐに、エミリア1人を残して部屋を後にしてしまったのだ。

 まあ、”現最高戦力”のレジス国防局長官を始めとする3人の現役”軍位スキル保有者”こそいないが、全員が公私共に国王と親密な間柄であり、過剰とも言える戦力でもある。

 特に”準特級戦力”の魔法局長、シュワルベ筆頭魔法士の猛禽のような鋭い視線がファビオに注がれ、それだけで足が竦みそうになった。

 

 この中でファビオといい勝負になりそうなのは、横に並ぶディーノくらい。

 それを悟ったファビオは、初めてこの”胡散臭い商人”の存在をありがたいと思った程だ。


「さて、見ての通りこの場はつまらぬ”礼儀”で時間を浪費する場ではありません」


 ユリア王妃が国王を差し置いて、まるでこの場の主のようにそう切り出した。

 その声色は、挨拶の時に含まれていた優しさや礼儀をかなぐり捨て、まるで燃えるマグマのような”憤り”が込められている。


「”モニカ・シリバ・ヴァロア”について、事の経緯は”この人”から、おおよそのところは聞きました。

 市域にばらまかれている”表の話”も。 ”この人”と”義兄様”が隠そうとなさった”裏の話”についても」


 そのとき王妃の眼球がギョロリと動き国王を射抜き、その迫力から逃れようと、国王が更に体をクラウディアの方へ倒す。


「・・・もっとも、それだけ・・・・ではないようですが。 強情なことにこの人はそれを話す気はないようで・・・」

「お母様、その話は後にするとおっしゃったではありませんか。 今はその時ではないと」


 ユリア王妃は、なおも沈黙を守ろうとする国王とマルクスに対する非難を隠そうともしなかった。

 だが実子であるスタニス王子に諌めに入られれば矛を収める他ないらしく、諦めたようにため息を吐いて言葉を続ける。


「・・・まあ、陛下とその”お友達”がどのような企みをしていたのか、私達はその一部すら聞かされておらず。

 それでいきなり”隠していた王位スキルが見つかった”では、納得もできませんが・・・

 あいにく、”この秘密”は魔法契約に縛られているようでして、”この人”の命を捨てても聞くことはできない。

 ならば”至急の問題”を片付けようと、そのために貴方達を呼んだのです」


 ユリア王妃はそこで一旦言葉を区切り、少しの間思案するようにファビオをじっと見つめていたが、やがて着飾る言葉を思いつかなかったのか、直接的な言葉を切り出した。


「単刀直入に聞きます。 そのモニカという少女は我が国にとってどの程度の危険が・・・いや、そもそもどんな少女なのですか?」

「どんな少女・・・ですか・・・」


 ファビオはその問を確認する様に口の中で反芻する。

 簡単なようで、なんと答えていいか難しいその問いにファビオは渋い顔になってしまった。

 それは奇しくも以前、アクリラでファビオが自らの従兄弟に投げかけたのと同じ物だったからだ。


「”専門家を自称する方々”の意見を聞いていると、やれ”国家の危機”だの、息をする”最終兵器”だのと、私の知ってるフランチェスカがいったいどんな化け物にされたのかと思ってしまいます。

 彼女の婚約先として充てがわれ、直接会った貴方なら、もう少しまともな意見を述べられるのではなくて?

 その子は交渉すら不可能な破壊の化身なのですか?」


 なるほど。

 ファビオは少しだけ心が軽くなるのを感じた。

 実際に会うまでの印象というのは、弱者であろうと強者であろうとそう変わりはしないらしい。


「私が見たモニカは・・・普通の少女です」

「普通?」


 ユリア王妃が怪訝な顔をする。


「そう言うと語弊があるかもしれませんが。 王妃陛下の質問に答えるとすれば、それが一番適切かと。

 我々の行った行動に対して、感情的に力をチラつかせる一面こそ見せましたが、無機質に力を振るうようなことはありませんでした」


 少なくともファビオが日頃、エミリアやクラウディアに感じている冷たい”兵器”の様な恐怖は感じなかった。


「ただ危険かどうかについては今一度、静観する必要があるかと」

「それはいかなる理由で?」

「なにせ彼女自身、この件について快い印象は持っておりません。 我が国に良い感情を持っているとは言い難いでしょう」

「それはそうでしょうね」


 王妃の目が”そらそうだ”とばかりに細められ、横の国王への無言の圧が増加する。


「ですが、積極的な害意がないことの言質は取っております。

 彼女自身、積極的にこの件に関わりたいとも思っていないとも。 ヴァロア伯爵4男の遺児として振る舞うことで手を切れるなら、彼女から特に敵対的な関係に発展するとは考えにくいかと」

「彼女との関係は、”我々次第”だと?」

「少なくとも彼女は、我々を受け入れても構わないと言いました」


 ファビオはそう言いながら、あの時・・・”あなたなら、かまわない”と言ったモニカの目を思い出していた。


「多くの”しがらみ”を抱える事になると聞いていたでしょうに、それを置いても達成したい”目標”がある様でした。

 おそらく我々がその障害とならない限りは、彼女は穏便な生活を望むでしょう」

「そうですか。 ではガブリエラが用意した”立場”に彼女は満足すると思いますか?」


 王妃のその言葉に、ファビオは自分がアクリラを離れている間に起こったという”一連の出来事”を思い返す。

 それは多くは又聞きではあるが、少なくとも”立場”についてはある程度正確な情報が入っていた。


「”完全なる満足”には程遠いかと。 ですがこちらがその”権利”を乱用しない限りは大丈夫と思われます。

 それに彼女は良くも悪くも”田舎娘”です。

 その意味では大都会の公爵夫人よりは、辺境の伯爵の孫というのは丁度いい肩書なのではないかと」


 そう言いながらファビオは、アルバレスの北の奥地にあるというヴァロア領が、思いの外モニカに合っているような気がして妙な気分になった。

 それに王族の前だというのに、随分流暢に言葉が出るものだ。


「わかりました。 ありがとうございますファビオ。 ・・・アオハ公爵!」

「はっ!」


 ユリア王妃の鋭い呼びかけに、これまで後ろでだんまりを決め込んでいた父が応える。


「モニカ・シリバ・ヴァロアが望んでいる”目標”について、先程は何の報告もありませんでしたが?」

「その件については、アクリラでも数名しか知らない様でして、彼方を刺激しないために深く探りも入れられていない状況でした故に。

 ・・・が、行動パターンからしておそらくゴーレム関連かと」


「なるほど、”勇者メレフ”を打ち破ったのも、たしかゴーレム関連の技術でしたね。

 では早急にその”目標”が我が国にとって脅威かどうかを判定するように。

 もう既に彼女は表立って安全保障の一角を担うわけになったのですから、有耶無耶というわけには行きません」

「了解いたしました。 その様に取り計らいましょう」

「お願いします、マルクス・アオハ。 私達の英雄が耄碌した老害ではない所を見せてください。

 これは汚名を軽減するチャンスであると同時に、あなたに対する警告でもあります」

「はっ!」


 ユリア王妃の有無を言わせぬその指示を、マルクスは深々と頭を下げて受領した。


 それを見たファビオは、ふと疑問に思う。

 マルクス・アオハとはこの様に小さな男であったかと。

 だが王族と臣下という立場の差がそう見せているのかもしれないが、そこにいるファビオの父は、これまで見てきたどの父の姿よりも小さく弱く見えた。

 まるで彼の中で何かが切れたような、そんな安らぎにも似た空気がある。


 だが、その事についてまじまじと眺めるわけにはいかない。


「それでファビオ、ここからは”提案”になります」

「何でしょうか?」


 突然ユリア王妃の雰囲気が、”厳しい王妃”から、”優しげな叔母”のものへと変わり、その変化にファビオは思わず「なんですか叔母様」と出かかった言葉を飲み込む。


「あなたには、もうしばらく”ヴァロア嬢”との関わりを継続してもらいたいと考えています」

「もうしばらく?」

「”この人達”が貴方に提案した”彼女”との婚姻は下卑た考えでしたが、それでも貴方は満更でもない様子。

 婚姻の話自体は白紙に戻ったものと考えていますが、私は案外悪くないのではないかと考えています」


 王妃のその言葉に、その場のほぼ全員が瞠目した。

 だがその反応を見た王妃は不快そうに顔を歪める。


「我が国の介入要素は増えるに越したことはありません。 それにヴァロア伯爵もモニカに跡を継がせる気ならば”夫”が必要になります。 それがアオハ公爵の次男であれば文句はないでしょう。

 それに婿入りしなくとも彼女との”縁”の維持は必要。 現在はガブリエラが勝手にその任にあたっていますが、彼女の卒業後それを引き継ぐ者が必要になる。 モニカ・シリバ・ヴァロアと我が国を繋ぐ者が。

 彼女に理解を示し、こちらの意を伝え、時に便宜を図り、時に協力を求められる”連絡窓口”が。 ファビオ、あなたには彼女と我が国との”信頼”を築いてもらいたいのです」

「で、ですが王妃陛下・・・私など」


 王妃の予想外の言葉にファビオは慌てる。

 だが、それを王妃は有無を言わせぬ”笑顔”で封じ込めた。


「少なくとも現時点で私が用意できる中で、最もその任に耐える信頼を持つのは貴方でしょう。

 これまで不遇に処されてきた故に派閥に属さず、公爵次男で私の甥である貴方であれば、安易なしがらみに取り込まれる心配も少ない。

 まだ幼いヴァロア嬢にとっても、寝首をかく能力のない者が窓口役であれば安心することもできます」


 なんとも数奇な話だ。

 ”無能”であるが”無力”ではないファビオの能力と家柄は、確かに警戒させずに、かといって全く使いものにならないわけではないという、

 あの少女の窓口にとって、如何にも”ちょうどいい”存在に見えてくるから不思議だ。


「やってくれますか?」

「はい・・・謹んでお受けいたします」


 もとより、”王妃のお願い”を断れる者など存在するはずもなく。

 だがそれでもファビオは、初めて自分に向けられた”信頼”という言葉を嬉しいとまではいかずとも否定的には捉えなかった。

 


「それではお願いしますね。 部署は・・・そうですね、王宮直轄の”連絡室”の辺りで見繕いましょう。

 ゆくゆくは国防局か外務省内に、ガブリエラとは別の専門部署を設けるのが適切でしょうが、今はまだ私の目の届く範囲に置いておきたい。

 なんらかの”不穏な接触”があれば、この私の名前を出すように。

 ディーノ・フルーメン!!」


「はい、王妃陛下」

「当面の間、ファビオの実務補助を”私の下命”で任せます。 これより貴方も私の”直轄”として動きなさい。 ただし権力の乱用は許しません、あくまでこちらで信頼できる人材を確保できるまでの代行として、その範囲を超えないように。 ちゃんとやっているか、何らかの方法で確認させていただきますから」

「身に余る光栄、ありがたき幸せにございます」 


 王妃の直々の下命に、深々と頭を下げるディーノ。

 その姿勢は正面から一見すれば、王族の与えた”警告付き役職”に震え上がるようにも見えるが、

 横から見れば、ディーノの顔が怪しく笑みを浮かべているのがファビオには見えた。

 まるで”出世”が決まったかのような・・・


「これで2人に任せる仕事の話は終わりましたわね。

 さて次は・・・」


 そう言いながら進行した議題と、残りの議題を指を折って数えるユリア王妃。

 それを見る限り、予想通りファビオ達がここに来るまでの間にかなりのことが話し合われたようだ。

 すると、王妃の言葉に先んじるようにスタニス第1王子が声を上げた。


「母上、そのモニカという少女の”出処でどころ”については、私の方で調べましょう。

 こればっかりは陛下も、叔父上も関知するところではなさそうですし」

「ええ、お願いスタニス。 でもあまり泥沼に足を取られることのないように」


 スタニスの提案を、王妃は嬉しそうに、だがわずかに心配を含んだ声で了承した。

 あのモニカが”どこから”やって来たか。

 これまで対処のことばかり考えていたが、確かにその”謎”は、依然として大きな謎のままだ。

 そしてその”闇”は、王族であっても容易に飲み込んでしまいそうな程の不気味さを湛えている。


「分かっています。 とりあえず、私自身はルブルムに残っている資料が無いかを念入りに、それと信頼できる配下の者に北部連合内の関係各所を探らせます。

 あとは折を見てピスキア郊外の”工場跡”にも・・・私自身でその場所を確認しておきたいので」


 スタニス王子は分かっているとばかりに頷く。

 するとまるでそれを援護するように、下手側から声がかかった。


「ならばウチ魔法局からも人員を出しましょう。 なにせ”王位スキル”の製造施設だ。 専門家の立ち会いなしではどんな危険が残留しているかわからない」


 そう言ったのは、シュワルベ魔法局長。

 そしてその援護を受けたスタニス王子は、心強いとばかりに信頼の籠もった熱い視線をシュワルベに返した。

 カシウス将軍以降、最も魔の道に通じたと称される強者の協力に、得体の知れない”兵器工場”への不安が晴れていくのが見えるようだ。


「それならば、ウチ国防局からも・・・」

「それはお辞めください」


 だが流れでスタニス王子の調査に一枚噛もうとした国防局副長官を、シュワルベが鋭い声で制する。


「これは元を辿れば国防局内の”暴走”が原因といえる。 カシウス将軍の独断と言い張るつもりでしょうが、現体制が良からぬことを企んでいないことを証明するためにも、調査には関わらないことをオススメします」

「・・・うぐっ」


 シュワルベの言葉に国防局副長官が口籠る。

 彼だって途轍もない実力者のはずだが、それでも”王国内最高”と謳われる魔法士の本気の視線の前では分が悪い。

 それにシュワルベの言葉通り、国防局はこれ以上の”疑い”を抱え込める余力はないのも事実か。

 だが副長官は、それでも最後の一線は譲らなかった。


「だが調査報告は随時、我々の”対策チーム”も閲覧できるようにしてもらおうか。

 これは”安全保障上の要求”だ。 モニカの実力の推定・・・それに」


 副長官はそこで言葉を切ると、一瞬だけファビオとディーノをちらりと見た。


「それに・・・”南の件”についても一刻も早い対策案の策定が必要だからな」


 ”南の一件”・・・なんだそれは?

 話の流れからしてモニカ絡みのようだが、事ここに来てまだファビオには知らせられない”秘密”があるというのか。

 ファビオは心の中で、それを耳にできない自分の無力さに忸怩じくじたる思いが湧くのを感じることしかできなかった。


「それについてはご心配なく。 我が局内で行わる報告会への人員の参加を認めましょう」


 シュワルベのファビオを無視した言葉が心に突き刺さる。

 結局、王妃から直接の任務を任されたといっても、依然としてまだまだファビオは全てを聞かせるには危険なほど弱々しい存在なのだ。



「これで当面の対応は、ほぼ決まりましたね」


 ユリア王妃が”まとまった”とばかりにそう結論を出す。

 だがその表情は、すぐに苦いものへと変わった。


「・・・それでは”もう一つ”の問題ですが・・・ガブリエラの”処遇”について」


 ユリア王妃はこれまでの力強い声ではなく、心底どうしていいのかわからないといった感じにそう切り出した。

 この件における、ガブリエラ第3王女の処遇・・・


「あの子は、”モニカ・シリバ・ヴァロア”の力や危険性を知りながら、国王の助力の要請を拒否し彼女を匿い、あまつさえ勝手な判断でアルバレスとの交渉材料にしたばかりか、彼の国に危険な情報と力の流出を招きました。

 このことについて・・・どのような処分を下せば、穏便に事が済むか・・・」


 そう、ガブリエラがこの一件において取った行動は、王女といえどあまりに越権が過ぎていた。

 ファビオ達を交渉の席から独断で外したこともそうだが、勝手にモニカを”勇者”にぶつけたり、アルバレスに半分売り渡すような真似までしており、一歩間違えればとてつもない損害をこの国に与えるところだったのだ。


 だが、いざそれを処分するとしてもどのようにしていいか、という問題はこの場における共通の問題と認識されているようで、これまで語気の強かったユリア王妃やシュワルベ魔法局長までもが、なんとも煮えきらぬ表情で天を仰いでいる。



 ただ1人・・・・を除いて。



「あら、御母様。 そんな事する必要はなくってよ」


 突如として、なんとも脳天気な声が場に割って入り、その声の主に、この場の全員が視線を向けた。


 そこに居たのは、クラウディア第2王女。


「ガブリエラはこの国のために頑張ったんだもの、褒めてあげなくちゃ」

「ですが、この様な危険な行為を見過ごす訳にはいかないでしょう。 妹だからって甘やかさないでくださいな」


 やはり脳天気なクラウディアの声に、ユリア王妃が憤慨したように反応する。

 だがクラウディアはしたり顔で指を一本立てると、天気でも聞くかのような声でさらに続けた。


「全然なってませんわ、御母様。 ここまで頑張っていらっしゃったのに、最後にそれじゃ、お話にならない」


 クラウディアは”減点だ”とばかりに、わざとらしく不満顔を作る。


「この話が表向き”素晴らしいこと”として語られるのに、それを主導したガブリエラを責めることなんてできないわ。 それとも見えないように嫌がらせをして、あの子にストレスを与えるおつもり?

 そんな事はみんな分かっているはずでしょ?

 もっと柔軟になりましょう、これは”吉報”だと思えばいいのよ!」


 そしてそう言うと、手を広げて”ドヤ?”とばかりにしたり顔で列席者1人1人に視線を送る。

 だが向けられた方は、どう答えていいのかわからぬといった表情を取るしか出来ない。

 国防局副長官や2人の大臣などは、完全に子供が会議に混ざっているかのような困り顔を作ったほどだ。

 ただ、クラウディアの”中身”を知っている者たちは、その真意をつかもうとして厳しい顔になっている。


 王妃が諌めるように”指摘”を入れる。


「ですがクラウディア、賞罰は正しく与えねばなりません。 今回あの子が危険に晒したのは、国家の安全保障そのものです。

 軍縮条約を無視したホーロンがどうなったか、教えませんでしたか?」


 だがそれに対し、クラウディアはしたり顔を強めた。


「だからこそですよ御母様、どうせ”ヴァロア嬢”のことは明るみに出たでしょう。 少なくともそんなずさんな・・・・!」


 そう言うと、突然クラウディアが甲高い声をあげて笑い始めた。

 窓のない密閉された部屋の中に、クラウディアの鈴のような笑い声が大きく木霊する。

 

「失礼・・・でもお父様も、叔父様方もあまりにも詰めが甘くて・・・ックク・」


 クラウディアは尚も、まるで何かが”ツボ”に入っているように腹を抱えて笑い声を押し止める。

 一方、バカにされたマルクスや国王は苦い顔を浮かべているものの、実際に自分達でも詰めの甘さを実感しているのか、それともクラウディアの謎の迫力に押されているのか、反論できずにいる。


「・・・いえ、話を戻しましょう。 少なくとも”そんな状態”が長く続くわけがなかったのです。 それをガブリエラは平和的にウヤムヤな状態にしたのですよ? 褒めねば! はい、拍手!」


 部屋の中に今度は乾いた拍手の音が響く。

 今回も、それに追従するものは誰も居ない。

 だが、そんな沈黙を気にするクラウディアではない。


「それに・・・」


 その瞬間、突如としてクラウディアの纏う空気が一変し、その変容っぷりにその場に居た全員が一瞬身構えかける。

 唯一動かなかったシュワルベ魔法局長も、これまでとは違った油断のない視線でクラウディアを睨んだ。

 だが、その猛禽のような視線に相対したのは、”魔王”のようなクラウディアの身も竦むような悍ましい視線だった。


「”罰”なら、あの子はもう受けてますよ・・・とびっきりのね」


 さっきまで慈母の様に見えていた女性の喉から出ているとは思えないほど冷たいその声に、ユリア王妃が冷や汗を浮かべながら問う。


「罰? それはどんな?」

「あら、わかりません?」


 クラウディアは、今度は心底馬鹿にしたような視線をユリア王妃に向けながらそう言った。


「これまであの子は常に国の”闇”には関わらずに居た。 あまりに強いからと、その力を我が国のために振るうこともせず、ただ傍観者を決め込んで、泥をかぶる者達を正義ヅラをしながら見下ろしていたのよ。

 でも、もうあの子は、”部外者”じゃない。 モニカ・ヴァロアが脅威となれば・・・いや、その”南の問題”が明るみに出るときにだって、無関係じゃいられない。

 あの子はもう”汚泥”に足を突っ込み、”それ”を浴びた。

 ”事実の隠蔽”という、最悪の”汚泥”にね」


 その瞬間、大臣達がゴクリと生唾を飲み込み、マルクスが静かに目を閉じて悲痛な表情を作る。

 一方、この場において完全に”部外者”と化したファビオは、なんで自分がこんな”危険な話”を聞かなければならぬのかと、己の不運さを呪った。


「みんな喜びましょ。 我が国は、真の意味で”ガブリエラ・フェルミの守護”の確約を得たのよ」


 再び響く、乾いた拍手の音。

 それがまるで傷口に塗り込まれる塩のように、一拍一拍、その場の全員に刻み込まれていく。

 ことここに至って、自分達が向き合っている”王位スキル問題”がどれほど危険な状態に移行したかに、初めて気づいたかのようだ。


 少しして、クラウディアがパタと手を閉じた状態で拍手を止める。

 それから少しの間彼女は、浮かない顔を作る面々に対してつまらなさそうな顔をしながらじっと部屋の中を見つめていた。

 この顔だけ見れば、少し我儘な令嬢の可愛らしい仕草にも見えるだろう。


 やがて、なにか”碌でもない事”でも思いついたのか、クラウディアの表情が”パアッ!”と明るいものに変わり、その口から次なる”爆弾発言”が飛び出した。


「心配なら、私が確認してきましょう!」

「な!?」


 ”始めからこうすれば良かったのに”と言わんばかりのその物言いに、彼女の父親である国王がこの場で初めて声を上げて驚いた。

 だがクラウディアはそんな国王の事などお構い無しで話を進める。


「お供は・・・そうね、ファビオとディーノだけでいいわ」

「は、はい!?」


 今度はファビオが声を上げて驚き、さらに横に居たディーノが思わず値踏みするような視線をクラウディアに向けてしまった。

 だがクラウディアは、その視線を見るなり”合格!”とばかりに満足そうな表情を作ると、改めてファビオに向き直り”口を開けた大蛇”に一瞬見える笑顔で話を進める。


「ガブリエラの様子を見る次いでに、あなたの”婚約者”も見ておきたいわ。 それに、いくらあの子が責任を負ってくれるといっても限界があるからね、”鎖”は早めにかけておくのがいいでしょうし、あなたも来なさい。

 どうせなら、ガブリエラからの”引き継ぎ”も、そこで済ませてしまいましょう」


 クラウディアはそこで”はい結論!”という風に、手をぽんと叩く。

 それは相変わらずどこからが本気で、どこまでが冗談かわからない言動だ。


 すると国王が、そんなクラウディアを止めようとしたのか、慌てた様子で彼女の肩に手をおいた。


「だ、だが、ガブリエラがそう簡単に接触を認めるか? この件については私の頼みすら断るほど強情になっておるのに」


 だがクラウディアはその手の上にさらに手を置いて、”大丈夫”とばかりに微笑み返す。


「安心して、あの子は私とエミリアの言うことは”何でも”聞くの。 私と会うこと拒んだりしないわ」


 その言葉には一切の気後れがなかった。

 まるで本気でガブリエラがクラウディアの申し出を断れないかのような・・・いやそれだけの”弱み”でも握っているかのような物言いに、さしもの国王も王妃も、ついでにこの場にいる全員が口を開けたまま言葉を絞り出すことが出来ないでいる。


「それじゃ、急ぐこともあるし私達・・はこれで御暇しましょうか」


 クラウディアはそう言うなりあっさりと国王の手を払い除け、勢いよく席を立った。


「クラウディア?」

「御父様、御母様。 話し合いは大切ですが、もうこれ以上は動きようはありませんでしてよ?

 それよりも早く動かねば! なにせアクリラは遠いのですから」


 クラウディアはそう言うなり勝手にズンズンと歩き始め、さらにすれ違いざま、両方の手を使ってファビオとディーノの手を握ると、有無を言わせぬ力でグイグイと引き始めた。


「お姉さま、飛竜を一頭、準備させてくださいな」

「クラウディア! どこへ!?」


 飛竜の手配を押し付けられたエミリアが、敬称も忘れて問い返す。

 するとクラウディアはその場で立ち止まり、少し不満そうにエミリアを振り返った。


「もう、分かっているでしょう? 女性の支度は時間がかかるものですよ? 急がねば!」


 クラウディアはそれだけ言い残すと、扉に向かって開くように声を上げた。


 大きな音を立てて、再び開く扉の列。

 それを見ながらファビオは、自らの腕を力強く握りしめるクラウディアの手がまるで自分を離してくれない”運命”のように思えて、

 それがまるで、これから自分が置かれる”状況”の困難さを物語っているかのようで不安な気持ちにさせられたのだ。


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