2-X7【幕間 :~揺れる者たち~】

 モニカの眠る医務室の扉を開けて外に出たところでガブリエラは、そこに待機していた臣下たちの様子がおかしい事に気がついた。

 ガブリエラは確認のために、近くにいたヘルガへ目線を送る。

 するとヘルガは内々の者達だけの時に見せる柔らかい表情ではなく、”外向け”の凛とした表情で廊下の先を指し示した。


「やはり来たか」


 そちらを見ながらガブリエラは、何でもないようにそう言う。

 するとその先にいた人物が苦々しげに笑みを浮かべた。


「これだけ分かりやすく空間断裂魔法を展開されれば、呼ばれてるのと変わりませんよ」


 そう答えたマグヌスの英雄、マルクス・アオハは驚くほど小さく見えた。

 少なくともガブリエラの記憶の中のこの男は、もっと迫力があり底知れぬ恐怖を纏っていたはずだ。


「国の方はどうだ?」

「おかげさまで”てんやわんや”です。 せっかく静かに引退したというのに、レジスめが情報をよこせとせっついてくる」


 その言葉にガブリエラは、事態が予定通り進んでいる事を悟る。

 アルバレスの今の大使が、大叔父の息のかかった者で助かった。

 マルクスの後を引き継いだ”レジス新国防局長”は、国の利の為に柔軟に動ける人物だ。

 この新たな体制を上手く導いてくれるだろう。


「ならばガブリエラが感心しておると、褒めてやれ」

「相変わらずですな」


 マルクスのその言葉は少しの”呆れ”と、それが更に一周回った”賞賛”が混じっている。

 実際にその”皮肉”を受けても、ガブリエラはどうだとばかりに巨大な胸を張ったのだから、大した神経だ。


 だがそれでもガブリエラは、その尊大さを途中で打ち切ると、少し申し訳なさそうに小さな声で別の事を聞いた。


「・・・お父様は?」

「何も」

「そうか・・・」


 無機質なマルクスの答えに、ガブリエラは少し気まずそうな空気を纏う。



「そなたは、どう思った?」

「言ったとして、聞きましたかな?」

「・・・いや、聞かぬ・・・・後悔もしておらん」


 ガブリエラは最後の言葉を、まるで自分に言い聞かせるようにハッキリと発音し、それを見たマルクスが諦めた様に息を吐く。

 

「ならば最後まで、それを通されるがよろしいかと」

「あいわかった。 忠言、大儀である」


 結局、彼が何を言っても・・・おそらく実力で止めても被害が出るだけで、この王女が止まることはなかっただろう。

 彼女はそれくらいの覚悟は決めていたし、マルクス達にそんな覚悟はなかった。

 真摯に向き合った者と、それを放棄しようとした者。

 最初から、”戦い”になどなっていなかったのだ。


 それに・・・


「・・・ありがとうございます」


 その”マルクス・アオハ”の消え入る様な呟きを、ガブリエラはその意図を汲み武士の情けで無視した。  

 そして、マルクスは少しの間その心遣いに甘える様に表情を緩めていたが、すぐに引き締め”臣下の務め”として口を開いた。


「忠言ついでに、”忠告”を」


 マルクスの凛々しい声色に、ガブリエラも表情を引き締める。


「なんだ?」

「演説で、アレは2国の要請に応えると言いましたが、わかってますか?

 ”たった1つ”だけ、間違いなく2国が参戦を求める”存在”の事を」


 その質問に対し、本当に一瞬だけガブリエラの顔に苦悶の色が浮かび、すぐに強固な意志によってそれが打ち消される。


「・・・わかっておる」 


「アレを”ハイエット”と戦わせるおつもりか?」


 マルクスはガブリエラの意図を確認する様に再度問いかける。

 2国が揃って参戦を命じうる”真なる脅威”。

 ”元最強勇者:ハイエット”

 ガブリエラですらリスクを負わねば戦えぬその者は、両超大国を以ってしても迂闊に手が出せぬ存在であり、同時に目の上のたんこぶでもある。

 もし国防に影響なく討伐の可能性があるのならば、2国共、モニカを失う程度のリスクは喜んで飲むだろう。


 それは”国防局長”としてマグヌスを守ってきた者だから言える、”予言”に等しい可能性だった。


 だが、ガブリエラはそんな事は既に悩んだ後だとばかりに答える。


「あの子は、”修羅の道”すら選ぶよ。 その覚悟は持っていた」


 それはモニカと繋がった時に確認済みであるとばかりに・・・

 だがマルクスが聞いたのは、その”先”であり、そしてガブリエラ本人の・・・・・・・・覚悟だった。


「その道の果てに”誰”がいるか、ちゃんと理解しているのですか?」


 マルクスの言葉にガブリエラは答えない。

 彼女もまだ口にできるほど、飲み込めていないのだ。


 それでも、もう”覚悟”は決まっていた。

 それを示す様にガブリエラはマルクスの目を真っ直ぐに見つめ、その意図を察したマルクスが痛ましげに視線を外したのだ。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 パレジール



「まあ、随分としみったれた顔があつまったもんだね」


 アルバレスの政都パレジールの秘密の会議室に通された、壮年で隻腕の元勇者エドアルトは、同じく”勇者会議”に呼ばれた面々を見比べながらそう腐した。


「その中で一番しみったれたのが、あんただってのは、理解しているよな?」


 既に会議室に座る老年の男がエドアルトを馬鹿にしたように笑いながらそう返す。

 するとエドアルトは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「フン、ふざけんじゃないよ、こっちはまだ下の世話・・・・だってまだの歳だ」

「俺だってまださ」

「嘘おっしゃい、美人の女中を雇って楽しくやってるって話じゃないか」


 エドアルトがそう言うと、老年お男はニヤリと笑みを浮かべる。


「相変わらず下品な姉ちゃんだ」

「あんたにだけは言われたくないね」


 エドアルトはそう言いながら他の面々を見つめていき、その中に整った顔の同年代の男を見つけると、嘘のように表情が明るくなった。


「ルスラン! あんたも居たのかい! まあ、パレジールに来てるなら声をかけてくれても良かったのに!」


 そこにいた元勇者:”ルスラン・メレフ”は嬉しそうなエドアルトの声に、居心地悪そうに視線を下げる。

 だが、そんなことはエドアルトにとってはどうでもいいらしく、ルスランの下に一直線で移動しようと会議室の円卓をよじ登りかけたところで、誰かがさっと制止した。


「エドアルト殿、お席はこちらです」


 それは見事な装飾の施された軍服に身を包む、若い女性だった。

 その身のこなしは驚くほど無駄がなく、一挙手一投足から凄まじい力が溢れている。

 それもそのはず、彼女はこの街の勇者会議に呼ばれた唯一の”現役勇者”である。


 だがその顔を見たエドアルトは露骨に不機嫌さを露わにする。


「舐めた口利いてんじゃないよ小娘が! 力持っただけでなにも成してない奴が、いっちょ前に服着て突っ立ってりゃ勇者だとでも思ってるのかい!」


 叫ぶようにそう言いながら、驚いたことにエドアルトは女勇者の胸に肘から先のない腕を何度も叩きつけた。

 当然ながら勇者相手にそんなことをしてもビクともしない。

 だが女勇者も、流石にこの対応は想定していなかったようで、自分を殴り続けるエドアルトを前にどうしたものか対応に苦慮していた。

 

 女勇者が助けを求める様に、会議室の卓上に視線を彷徨わせる。

 エドアルトがこの部屋に来たことで既に”全出席者”は集まっており、既に他の者達はこの部屋から外に出ている。

 唯一現役である女勇者はこの場で最強の者ではあるが、同時に最も経験が少なく若い。

 そして元勇者の面々は皆、この状況を改善する気はないらしく、馬鹿にした様にエドアルトと女勇者のやり取りを眺めているだけ。

 女勇者は席に座る面々の重圧に、どう対処していいか分からなくなってしまっていた。

 すると見かねたルスランが声を出す。

 

「エドアルト! 席に付け、時間が惜しい」


 すると、それまで悪魔もかくやという勢いで女勇者に当たり散らしていたエドアルトが急に黙り、しおらしい表情でルスランを見つめた。


「ああ、ごめんよルスラン 悪かったね、今座るからさ」


 と、驚くほど従順に指示に従い、自らに充てがわれた席にドカッと座ってしまったのだ。

 その様子に女勇者がしばしの間、面食らう。

 だが、すぐに自分の本分を思い出したのか、咳払いを1つ入れて話し始めた。


「本日は至急の召集にご参加頂き、ありがとうございます。

 私はこの会場の進行を任されました、イリーナ・ブガレフです」


 イリーナと名乗った女勇者はそう言うと、手に持っていた魔道具に魔力を流す。

 すると、まるでこの会議室が外から分離されたように結界が張られ、ここから先の会話が門外不出のものであることを伺わせた。

 出席する元勇者達も先程まではイリーナを若造と馬鹿にしていたが、この準備と同時にイリーナが纏った頑とした空気を感じ取り表情を引き締める。


「それでは私から、皆様にこの国の”安全保障”についての、大きな変更をお知らせします」



 そしてイリーナは、新たにこの国に加わったマグヌスとの協定と、その”裏”の意味を説明し始めた。


 アルバレスが隣国の王女とヴァロア伯爵なる田舎貴族の手玉に取られ、モニカという”王位スキル”保有者をマグヌスと共同で保有することになった話。

 その力の証明のためにアルバレスの現役勇者レオノア・メレフが、そのモニカという少女に大観衆の前で破れたこと。

 そしてその少女の出自について、”推定される”と前置きした上でなされたマグヌスの条約違反と、それに対し追及を放棄するというアルバレスの方針。

 そして2大超大国の新たなる軍備体制と、それを施行するための新条約と、それら全てに関連する様々なメリット・デメリット。


 紛糾が予想されたその内容も、その重要性を嗅ぎ取った元勇者達は黙って聞いている。

 エドアルトなど、先程までの傍若無人ぶりはどこへやらといった様子だが、その目はまるで獲物を見定めるかのように鋭く、それを向けられたイリーナは少々落ち着かない。


 それでもなんとか最後まで内容を説明し終わると、イリーナは会議室の中を軽く見回した。


 全員、黙ったまま動かない。

 この話をどう飲み込んで良いのか思案しているものもいれば、周囲がどんな反応を見せるのか興味深く様子を窺っている者もいる。


 その空気を最初に破ったのは、ルスランだった。

 

「まず始めに・・・この場にいる全員に謝罪したい」


 そう言って立ち上がり頭を下げる。

 彼の現役時代であれば考えられないその光景に、多くの者が目を剥いて驚く。

 

「この度の我が息子の失態、誠に申し訳なく思っている。

 ”勇者”の力を貶めるばかりか、我が国が誰かの掌で踊る事態になってしまったことを、深く詫びよう」


 ルスラン・メレフは、この度の1件でモニカに敗れたレオノアの父である。

 いくらその事で結果的にアルバレスの利益に繋がったとはいえ、”勇者”の価値を相対的に大きく貶めたことに違いはない。

 元勇者たちがこの件に意見をはじめる前に、その事について謝罪すべきたと判断したのだ。


「頭を上げてよルスラン。 あんな”腐れエルフ”との間にできた子供なんて、あたしゃハナから期待しちゃいなかったからさ」


 エドアルトが気遣うような声色で、頭を下げたままのルスランに慰みになっていない慰めをする。

 哀しいかなこの女性は、こんな言葉で慰めになると本当に思っていた。


「わたしなら、今からだって”相応しい子”を生んであげられるよ。

 あんたの剣を継ぐに値する、”本当の戦士”をね」

「悪いが、妻への侮辱は筋が違うぞエドアルト」


 エドアルトの過剰な言葉に、流石に看過できなくなったルスランが警告するように鋭い言葉を発する。

 だがそれも効果が薄い。


「まあ、こわい! その目に刺されちゃいそう」


 と、エドアルトはまるで乙女のように輝かせながら反応するだけだ。


 するとそんな2人を無視するように、老年の男がイリーナに向けて口を開いた。


「ところでよ・・・そのモニカとかいう奴は、本当に”ハイエット”に勝てるのか?」


 その瞬間の空気の変化をどう説明したら良いか。

 あるものは氷のように冷たい殺気を放ち、またあるものは熱い闘志を剥き出しにする。

 だが全体に漂っているのは、擦り切れたような無力感だった。


「えっと、ハイエットにですか?」


 イリーナが面食らったように聞き返す。

 すると老年の男は呆れたように声を上げた。


「おいおい、頼むぞ”現役”。 うちの国がそんな馬鹿げた話にマジに乗るとすりゃ、それ以外考えられないだろう。

 評議員の奴らも軍部の奴らも、お前らじゃ、あの”化物勇者”に勝てないと思ってるってこった」


 男はそう言うと、馬鹿にしたように頬を釣り上げた。

 流石にイリーナもそれに対して憤りの表情を作るが、事実彼女はその事に気がついていなかったし、ハイエット相手にも勝てないので反論することが出来ない。


「対ハイエットのための”特級戦力”・・・”S級スキル”だっけか?」


 するとエドアルトが割って入る様にイリーナにそう聞いてきた。


「”王位”です。 純正のマグヌス方式ですので」

「たかがスキルにそんな大それた名前をつけるとは、あの国らしいわ。 

 だけど”勇者”とはいえ、青二才を一匹倒したくらいで対ハイエットの”切札”ねぇ」


 エドアルトのレオノアに対するの物言いにルスランが睨みをつける。

 だが、エドアルトはそんなことなどお構いなしとばかりに話を続ける。


「ガブリエラは山を砕き、地をまっぷたつに裂くというが、どうだか・・・私はそれを見たわけでもないし、意見はできない。

 だが、わたしゃ信じられんのだよ。 その程度・・・・で、あのハイエットが負けるところを・・・あんたもそうだろ? ルスラン」


 エドアルトはそう言いながら、肘から先のない腕をもう一方の手でギュッと握りしめる。

 まるでその痛みが再びぶり返したかのように、握りしめた手は力強い。


「私の”盾”を砕き、お前の”千剣”を全て折った、あの本物のバケモノが負けると思うかい?」


 ルスランはその言葉に答えることは出来なかった。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 パレジールから数千km、アルバレス北部の田舎の古城では、昨日までは考えられない程賑やかになっていた。

 朝から中央の激震に揺さぶられた近隣の地方貴族たちが、血相を変えて人を派遣したり使い慣れない魔力通信を試みてきているのだ。


 だが当の本人は、中央との直接魔力通信に取られてそれ等の応対ができない。

 その中央の通信ですら順番待ちの状況なので、地方貴族の使用人達は哀れにも寒風吹き荒む北国の冬を、外で何時間も待たされる羽目になった。

 体を温めるために、近くの農家で雪掻きを買って出る者まで出る始末だ。


 そしてヴァロア伯爵本人と応対できた中央の通信も芳しくない。


「ああ、わしの孫だ」


 と、なんともピントのズレた声でそう答えるだけ。

 通信先の相手はそれに対し不満の声で叫ぶが、それに対しても、


「この幸せな老人を祝っておくれよ。 息子たちを失ったと思って三十数年、あの鼻垂れタラスに可愛い娘がいたんだ」


 と、まるで呆け始めの老人を決め込み、話題を煙に巻くだけ。

 だがどんな質問に対しても、モニカが自分の孫であることは頑として譲らなかった。

 結局、この通信では埒が明かないと悟った通信相手は、捨て台詞のように脅しの言葉を残して通信を切るしかない。


「ああ、そうか。 それじゃまたいつか晩餐会でも開いたら呼んでくれ、時期によっちゃ”孫のモニカ”を見せてやれるかもしれん。 あ! 保証はできんぞ、なにせモニカはアクリラにいるからの。 どうだ? 優秀な孫だろ? さすがヴァロアの血だ。 ああ、それじゃ」


 その瞬間、バチッという破裂音を残して通信用の魔法陣が閉ざされる。


「忙しないやつだ」


 それに対しヴァロア伯爵が不満を漏らす。

 先程から特に通信の終了時に、この様に無作法な切り方をする者が後を絶たない。


 だが彼自身は殆ど魔力を持っておらず、そのせいで魔法知識も浅いため通信魔法のような高度な魔法を展開することも維持することも出来ない。

 必然的に向こうから飛んでくる魔法の触手を掴むしかないのだが、そのおかげで通信全てに応対しなくても問題ないことで、この無作法を相殺するしかないだろう。

 向こうだって、無為な時間の浪費は避けたいのだろう。


「いやあ、さっきから忙しくてかなわん、今日は寝れそうにないな。

 どうだ、あんたもこっちに来て一杯やらないか?」


 ヴァロア伯爵が疲れたように肩を回しながら、他に誰もいないはずの部屋の隅に声を掛ける。

 それは見るものがいれば、ついに幻覚を見始めたか! と驚くかもしれない光景だが、ヴァロア伯爵は確かになんの気配もないその”影”の中に、確かな確信をもって声をかけていた。

 暫くの間、部屋の中が静寂に包まれる。

 動くのはヴァロア伯爵の手元にある通信用魔道具の、着信を知らせる灯りだけ。


 だがすぐに視線に耐えかねたのか、影の中から人の姿がニュッと現れた。


「何度見ても不思議なものだ。 ローマンだったか?」


 ヴァロア伯爵が面白そうに声をかける。


「なんで分かったんです? 上級探知にも引っかからないはずなのに」

「お前の考えておることなど、わざわざそんな物を出すまでもないわ。 ”人”を舐めるな」


 自分を一瞬で消しされる実力者を前にしてもヴァロア伯爵は馬鹿にした様子を辞めない。

 それが今、この場の力関係がどれほど伯爵有利であるかを物語っていた。


 ヴァロア伯爵はこの件について、ガブリエラには伝えずに独自のルートをいくつも開拓していた。

 ”カシウスの残党”もその1つ。

 特にスパイ隠密ゴーレムのローマンは、この老人に見つかって以来、良いように使われていた。

 ローマンもそれがモニカの為になると知っているだけに断れなかったのだ。


「こんな時に、私なんかと会っても大丈夫ですか?」

「安心せい、こんな田舎で覗きが趣味の者はおらん。 それに勘の良い者は既に気づいておるだろうさ」


 ヴァロア伯爵がそう言うと、ローマンは呆れと感心の混じった視線を向けるしかできない。


「・・・しかし”わしの孫だ”だけで、本当に乗り切るとは思いませんでしたよ」

「目元が似ておるだろ?」


 ヴァロア伯爵がローマンの言葉に戯けるように答える。

 だがその言葉通り、ヴァロア伯爵はモニカとよく似ていた。

 もちろん滲み出す雰囲気は似ても似つかないが、少し変形させて、くたびれさせれば同じになる。

 むしろその”小さな違い”が、丁度いい説得力を生んでいた。


「口元は似てませんが」

「ああ、それはカテリーナに似たな、わしには出んかった。

 髪と鼻筋はアイギスのとこの血だ」


 そう言いながらヴァロア伯爵は思い出にふけるように虚空を見つめる。

 きっとその先には、今は亡き妹の3人の娘達の元気な姿が浮かんでいるのだろう。

 だがヴァロア伯爵は、すぐにそれを断ち切るように首を振ると、真面目な顔でローマンを見つめた。


「なに、この場にやってこれない無礼者相手に、それ以上の事は言えんよ。

 わしは無学だから、魔法通信の傍受に対して無防備だしの、その意味でも面と向かってしか本音は語れん。

 それに既に私の”盟友達”が両国で盛んに働いてくれておる。 こんな老いぼれを訪ねずともすぐに収まるて」

「その”盟友”の中に私も?」

「さて、どうだか」


 ヴァロア伯爵はそう言ってはぐらかした。


「本当にガブリエラ様に私の事を伝えなくとも?」


 ローマンが確認する様に問う。


「気にするな、あの子に全てを話しているわけじゃないし、あの子もそれは求めてない。

 それにあの子は”高潔”でなければ辛い身分だ。 汚い話で汚したくはない」

「汚い・・・話ですか」


 するとヴァロア伯爵がローマンをギロリと睨んだ。


「わしはな・・・怒っておるのだ。 我が血を愚弄した者共を、親族の命を弄んだ事を。

 そして、その中にはお前達や、その”主”も含まれていると知れ」


 ローマンはその言葉に圧倒され、その場で固まってしまう。

 眼の前に座る無力なはずの老人から沸き立つ”怒り”は、それまでの”くたびれた老人”という印象を一瞬で払拭するものであり、

 求められはしなかったものの、彼もまた亡国最強の武人の末裔であることを、まざまざと見せつけるかのようだった。

 

「・・・なるほどどうやら我々は嫌われてるらしい・・・その割にはこき使われた記憶しかありませんが」

「”共通の利益”の為に手を結んだに過ぎん。

 お前達を支援するのが一番手っ取り早いからな、私怨で”利”を逃すほど耄碌してはおらんよ」


 ヴァロア伯爵はそう言い切ると、不満気に鼻を鳴らし、それを見たローマンはこの件について深く触れるのは得策ではないと判断した。

 だがここに来た”理由”を疎かにする訳にはいかない。


「・・・ところで、本当は・・・何を提示したんですか?」

「ん? 何を?」

「惚けないでください。 アルバレスの飲み込みが早すぎるし、マグヌスにしたって従順すぎる。

 私に開示されている情報では、もっと混乱が発生する筈だった」


 ローマンはそう言うなりヴァロア伯爵を見つめる。

 一方のヴァロア伯爵は、値踏みする様に見つめ返していた。


「本当に、なにも・・・知らぬのか?」

「残念ながら。 むしろ、何故あなたがこんな場所で情報を得られるのか不思議です」


 ローマンが悔しげにそう答えると、ヴァロア伯爵は勝ち誇った様に笑みを浮かべた。


「こうやって田舎で腐っているとな。 どうでもいい情報や、根も葉もない戯言がいくつも耳に入る。

 だがそれらを”頭”という名の坩堝にぶち込んで濾し取るとな、意外なものが見えてくるものだ。

 単体では価値の無い情報が結びつき合い、隠された”真実”を浮かび上がらせてくれる。

 ・・・もっとも、ガブリエラが訪ねてこなければ、未だに腐ったままの情報だっただろうがな」


 ヴァロア伯爵が、自らの頭をコンコンと叩きながらそう得意がる。

 そして今度は尊大な態度でローマンを睨んだ。


「お前等が知っていない情報を1つくれてやる。

 ガブリエラにも話していない、なぜ私がこの話に乗ったのか、なぜマグヌスとアルバレスがこの話を受け入れたのか、その”本当の理由”をな」


「おや、我々を許してないのでは?」

「勘違いするな、これはモニカにも関わる話だ」


 ヴァロア伯爵がそう言いながら立ち上がる。


「あの子に、何やら”新たな主人”の真似事をさせたいみたいだが・・・ならば覚悟しておけ」

「何をです?」


「トルバ・・・メシャリム・・・・」


 ヴァロア伯爵はそこまで呟くと、突然のローマンの耳に顔を寄せ、小さく囁いた。

 その瞬間、まるで雷にでも打たれたかのようにローマンの表情が凍り、それを見たヴァロア伯爵の顔が満足げに歪む。


「”選択の日”は近いぞ、お前は選べるか?

 私はもう選んだ」




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 ルブルム



 マグヌスの王都にある”アルノ宮”では、臨時に設けられた謁見の間にて既に半日以上に渡って王とその側近中の側近、それと僅かばかりの閣僚が集まり、アルバレス大使オーヴェルの説明の下、マグヌスが組む事になる協定について話し合いが行われていた。

 だが、ここが世界の他の場所と大きく異なるのは、突き付けられた内容がより深刻度の高い事案だということか。


 オーヴェル大使の口から”その事実”が語られたとき、国王は手で目を覆ったほどだ。


「トルバは、”それ”を得たと考えるか?」


 国王がオーヴェル大使に情報の”確度”を確かめる。


「そう考えて行動することは、ヴァロア嬢・・・・・の存在を消してしまおうと画策するよりも、よほど有意義な時間の使い方だと考えます」


 それに対しオーヴェル大使は事も無げにそう返すだけ。

 まるでこの”事態”が、発覚を恐れ小細工に走った事に対する報いとばかりに同情の欠片もない。


「レジス、貴様はどう考える?」


 堪らず国王は、その場にいた軍事部門の”現トップ”である巨漢の将軍に助け舟を求める。

 だが求められたレジス元帥は、深刻な顔で首を横に振るだけ。


「なんとも。 だが既に引き返せる時間は過ぎている。

 ”あの時”、真に何が起こったのか、直視する必要ができたのでは?」

「で、あるか・・・」


 そんな助けにもならない正論を返された国王は、返事と同時に周りを見渡す。

 だがそこに頼りになる”義理の兄弟達”はもういない。

 2人共、もう既に国王自身の手によってこの場を去った。


 問題から目を逸らすために・・・


 結局、その時の”その場しのぎ”が積もり積もって首を絞めたのだ。

 もう向き合う以外の選択肢は残されていなかった。


 国王は今しがたオーヴェル大使からもたらされた”情報”を、小声で何度も呟きながら顎に手を当てて思案を巡らせるしかなかった。



「・・・”少なくとも、もう一人いる・・・・・”・・・」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る