2-11【対決! 勇者戦 9:~医務室にて~】



「ああぁ・・・・痛ぁ・・・・」

「痛くない!」


 左腕に走るあまりの激痛にモニカが呻き、ロザリア先生が施術を続けながらピシャリとそれを一喝する。

 とはいえ、


「いや、痛いっすよロザリア先生・・・」


 なにせ途中まで唐竹の様にパックリと割れた左腕と、それに伴ってちぎれてしまった薬指を復元する治療を行っているのだ。


「切ったのはあなた達でしょ!」

「いや、そうですけど・・・」


 たしかに試合中、レオノアの剣を腕で受けたのは俺達の判断であり責任だ。

 とはいえ、あのときは興奮してて痛いとかあんまり分からなかったし、まさかこんなに治療が大変だとは思ってなかったのだ。


 だがそんな俺達の懇願など取り付く島もないとばかりに、ロザリア先生はどんどん治療を進めていく。

 俺達の目の前には、大量の魔法陣で止血しながらも既に漏れた血で真っ赤に染まった腕がその断面を晒しており、その光景のあまりの痛々しさに直視できないでいた。

 だが治療のために様々な器具で筋肉やら筋やら骨やらを弄られる感覚と、その度に起こる激痛からは目をそらすことは出来ない。


「なんか・・・こう、もっと痛くない方法とか、治癒魔法でパパっと・・・」

「これだけサックリいってるんだから安易な治癒魔法は厳禁よ!

 あれはすぐに傷が塞がるけど、変に繋がったりしたら後が大変なんだから!

 痛みは我慢! 大丈夫、ちゃんと値は見てるから、痛みで”力”が暴走しそうになったら鎮痛魔法かけてあげるわ! はい、痛いわよ!」

「うぎゃ!?」


 なにか大きな神経を繋いだのか、一気に仰け反るような痛みが全身を貫き、それがしばらく持続する。


「せ・・・せめて今、鎮痛魔法かけられません?」


 滅多なことでは泣かないはずのモニカが涙を浮かべて歯を食いしばり、俺が堪らず助けを求める。

 だが現実は非情だった。


「駄目よ! 神経繋いでるんだから反応がないと作業できないわ! 鎮痛魔法使ったって後で切開しながらやらなきゃいけないんだから、今我慢しなさい! ほら、強い子なんでしょ!?」

「うひっ!!」


 どうやら治癒速度こそ一瞬だとしても、そこには様々な制約があるらしい。

 ”魔法でポン!”とはいかないようだ。

 ・・・まあ、完全に割れた状態の腕の治療なのだから、これでも異常な速度なんだろうけど。

 俺は後方視界に映る”治療光景”になんともいえないもどかしさと、見惚れるような作業の美しさを感じていた。


 ロザリア先生が小さな治癒魔法陣を指先に作り、それを使って血管や神経を手早く繋いでいく。

 以前ルシエラにやってもらったように、大きな治癒魔法陣で全身を一度に治療するのはあくまで応急処置であり、実際には深い傷には効果が薄い。

 だからこそ専門家にちゃんと細かく治療してもらえる今回は幸運であり、それに感謝しなければならないのだが・・・


「骨を入れるわよ!!」

「あぁ・・・ぐぃいい!!!???」


 この痛みは、どうにかならないものか。



 そのまま俺達の腕とロザリア先生の”格闘”は30分も続いた・・・って30分しか経ってないの!?

 こっちの時間だと0.5時間も経ってないことになるぞ!?


 あまりの痛みに俺の感覚まで狂わされてしまい、モニカに至っては数十時間の激闘を終えたかのようにグッタリしている。

 唯でさえレオノア戦で限界まで魔力を絞り尽くしたのだ。

 治療が終わったとき、もう俺達にベッドから立ち上がる余力はおろか、指一本動かす気力も残ってなかった。


「感覚は入ってる?」


 ロザリア先生が俺達の新しい・・・左薬指を手で動かしながらそう聞いてきた。


「めぇ・・・・っちゃくちゃ痛い・・・」

「感覚は正常・・・っと」


 鈍痛に呻くモニカの様子を見ながら、ロザリア先生がなんでもないように分厚いカルテに状態を書き込む。

 するとそれを見たモニカがグッと堪える様に唇を噛み締めた。

 きっとロザリア先生のことだから痛みに文句を言っても気にしないだろうが、そのカルテの分厚さを見てしまうと流石にこれ以上は言いづらい気持ちになったのだ。

 改めて、本当にこの先生には物凄いお世話になっているんだと、その分厚さの分だけ思い知らされる。


 痛みは尚もかなりきついが、もう我慢出来ないほどではないので・・・・


「だめよー、痛いならちゃんと言いなさいね」

「え?」


 ロザリア先生の言葉にモニカが聞き返す。

 するとロザリア先生が少しだけ苦い顔で言葉を続けた。


「今、私に遠慮して我慢しようとか思ったでしょ? 完全に痛みが取れるまでは正直に言いなさい、それがないと私も困るから」

「え・・・ええっと」


 尚も言わんとしていることがよく分かってないモニカを前に、ロザリア先生が腰に手を当てながら少し笑った。


「フッ・・・あなた達、考えてることが結構顔に出るのよ」


 ああ・・・、本当にこの人には敵わないな・・・

 頼もしい主治医で助かった。


 俺達はそう思いながら治療の終わった左腕の方を見つめる。


 相変わらず繋ぎ目のようなものを示すのは、線のように中央を走った真っ白な皮膚だけ。

 それも元々モニカが色白というのもあるし、数日前の試合で殆どの皮膚を張り替えていたこともあり、言われなければ気付けないほど僅かな色の差だ。

 だがそれでも、一本だけ完全に真っ白な左の薬指は結構わかりやすい。


 モニカがゆっくりとその指に力を入れる。

 すると物凄い激痛と共にではあるが、薬指はなめらかに動き、もう既にその構造に問題がないことが伝わってきた。

 それから何度か指を曲げ伸ばし、その出来栄えに俺達は満足する。


「問題なさそうね」

「「ありがとうございます」」


 ロザリア先生の太鼓判に、俺達は完全に揃った状態でお礼を述べた。

 やっぱり本当にいい先生だ。


「ところで、”これ”どうする?」


 ロザリア先生がそう言って数cmほどの長さの、少し湾曲した黒い物体を取り出した。


もう・・使わないですよね?」

新しいの・・・・付けちゃったからねー」


 ロザリア先生がそう言って肩をすくめる。

 ちなみにこの黒い物体の正体は、俺達の切り落とされた”古い薬指”だ。

 切り落とされた後、地面を転がって、そのまま戦闘の豪火に焼かれて白骨化を通り越してコゲコゲになっていたらしい。

 こんなんでも治療の役に立つかもしれないと、フィールドを片していた先生の1人が見つけて持ってくれたのだ。

 一応原型は留めているのは、流石元俺達の一部と言うべきなのか、それともこんな姿になってしまってと嘆くべきなのか大変反応に困る代物である。


 ちなみにロザリア先生はその指を見た瞬間、「くっつけんのは面倒だから、生やす方向で行きましょう」と即効で接合を諦めた。


「何かの記念に持っておいたら?」


 ロザリア先生がそう言って”指だったもの”をひょいとこちらに放り投げ、それが小さな放物線を描いて俺達の腹部にポトリと落ちる。

 近くで見ると本当に焦げ焦げで無残だな・・・


 ”よく戻ってきた! 俺達の一部よ!”と喜ぶべきなのか、


「ええ・・・」


 とモニカみたいに反応に困るべきなのか・・・

 ・・・いや、これは迷うことなく後者だな、どうしろっていうんだ?


『どうしよっかこれ・・・』

『本当にどうしようか・・・』


 そんな風にベッドの上で焦げた指を腹に乗せながら固まる俺達。

 物が物だけに捨てるのも嫌だし、本当に困った代物を渡されてしまった。


「誰か好きな子にあげたら? 案外喜ぶかもしれないわよ?」

「ほんと?」

「いや、信じるなよモニカ」


 こんなのを他人から貰ったら、それこそ千年の恋だって一瞬で跡形もなく吹き飛ぶくらいドン引きするぞ。

 それに、まだモニカに好きな子なんていないし。


『メリダにあげたら喜ぶと思う?』


 あ、メリダは例外。


『”絶対に”やめとけよ?』

『そっかぁ・・・』


 俺の中に、モニカから焦げた指を貰い、死んだ目で反応に苦心する芋虫少女の姿が浮かび上がる。

 大切な友人にそんな顔をさせてはいけない。

 俺はモニカが”暴発”しないように、一層気をつけることを心に誓った。



 その時、コンコンという扉をノックする音が医務室の中に響き、俺達とロザリア先生がそちらを振り向くと間髪入れずにその扉が開かれた。


「失礼します」


 ヘルガ先輩のしっかりとした声での挨拶に続いて、ガブリエラが入ってくる。


「ロザリア先生、治療は終わりましたか?」


 そして入ってくるなり開口一番、そう聞いてきた。


「本当は面会謝絶にしたいですけれど、そういう訳にはいかないんですよね?」

「ええ、誠に申し訳ない」


 そう言ってガブリエラが言葉だけではあるが謝罪を行うと、ロザリア先生は仕方ないとばかりに大きく息を吐き出した。


「モニカは体力も魔力も使い果たしてます。 手短に」

「わかっております」


 ガブリエラがそう答えると、まるで示し合わせていたかのようにヘルガ先輩含め、後ろに控えていた侍従達が医務室から退出し扉を閉めた。


 残っているのは俺達とガブリエラ、そして俺達の体調管理のためのロザリア先生だけ。

 先生は口は出さないが、この場は梃子でも動かないといった空気を纏っている。

 ガブリエラもそれを察したのか、努めて意識しない様に視線を外すと、改めてこちらに向き直った。


「モニカ、体の方は問題ないか?」

「うん、すっごい疲れてるけど・・・すっごい満足してる」

「なるほど。 それでロンの方はどうだ? ウルめが随分と無茶苦茶なスキルの使い方だと心配しておったぞ」

「おかげさまで、かなり負荷がかかってますからね。 明後日くらいまではできるだけスキルは使わないようにしたいです。 ・・・できますよね?」


 暗に”もう何かやることはないよな?”という意思を込めて俺はそう聞くと、ガブリエラは軽く頷いた。


「むしろ、できるだけ目立たないようにしてくれ。

 そなたの事を理解しきれん連中が何をしでかすか、まだ読めんからな。

 これ以上目立つのは得策ではない」

「あ・・・はい」


 あんたに言われなければ目立つような事はしないよ、とは言わない。

 今回は目立った事で得たものもあったからして。


「それで・・・何がどうなっているのか、ちゃんと教えてくれますよね?」

「ヴァロアこうしゃくがどうとか・・・だっけ?」


「そうだ、そなたは今日からアルバレスの中級貴族、ヴァロア伯爵の孫ということになった」


 やっぱり。

 聞き間違いでもなんでもないらしい。


「わたし・・・貴族になったの?」


 まだいまいちピンとこないらしいモニカが、必死に重たい頭を回しながらそう聞き返した。


「正確には”貴族の子息”だな。 ただしアルバレスの貴族自体、今は風化を待つ存在だし、非嫡出子だから相続権もない。

 もっとも、そなたの力を加味すれば、相続の方はどうにでもなるが」

「だから”これ”着ろって言ったんだ」


 モニカがそう言いながら今着ている貴族用の制服の裾を軽く摘んだ。

 激しい戦闘のせいで所々焦げたり破れたりしているが、それは見まごうことなき高級感を放っている。

 するとその時、何かに気づいたのかモニカがハッとした表情で顔を上げた。


「あ! これからは”あのお城”に住まないといけないの!?」


 ”あのお城”とは西の山の貴族院の事。

 その言葉には少なからぬ嫌悪感が滲んでいる。

 一方、それを聞いたガブリエラはなんとも微妙な表情を作った。


「一応、私もあそこに住んでいるのだがな・・・」

「あ・・・ごめん・・・なさい」


 ガブリエラの指摘にモニカが恐縮する。


「冗談だ気にするな。 」

「・・・」

「制服と寮は好きにしてよい、あそこで気張っているのはマグヌス貴族だからな、アルバレス貴族はそれを嫌って一般生徒と同じ様に振る舞う者も多い。

 だが少なくとも我が国との関係がハッキリするまでは、近づくのは避けた方が賢明だ」

「わかりました」 


 そう答えるモニカはどこかホッとしたものだった。

 貴族院に住まなくていいというのもあるが、木苺の館を出なくても良かったという方が大きいか。

 半年ほどではあるが、もう既にあの寮は追い出されるのは嫌なくらいには馴染んでいるのだ。


「まあ、つまりはしばらくの間は今のままで変わる事はないだろう。

 もっとも、偶に貴族の者が派閥に引き入れようと声をかけてくることがあるかもしれんが、関わらんことを勧めておく」

「関わらない?」

「そなたはあくまで2国の”協調の象徴”だからな。 どこかに与すれば角が立とう」

「その辺は、俺が注意して見るようにします」


 俺は自分に言い聞かせるようにそう答える。

 今回の一件で俺達の力は広く知れ渡ることになった。

 必然的に、欲しがる連中も多いだろう。

 そんな奴らに変な言質を取られて行動が縛られるのは勘弁、面倒くさい話は関わらないほうが一番だ。


「まあ、仮に誰かに取り込まれたとしても、勝手に抜ければいいだけのことなのだがな」

「「え!?」」


 ガブリエラのそのあっけらかんとした物言いに、俺達は揃って驚きの声をあげる。

 だがそれに対しガブリエラは片方の眉を吊り上げて、飄々とした態度で答えた。


「未だそなたらは、自らの”立場”を弁えていないと見える。 もうそなたらは”勇者”を倒したのだぞ?

 それ程の存在を引き入れられると思っておる愚か者に付き合う価値はないし、付き合ってはいかん」

「でもそれじゃ、その人達が怒るんじゃ・・・」

「もし怒るような愚か者なら捨て置け。 だが、もしそれを逆手にそなたらの立場を悪くしたり、あまつさえ害するようなことがあれば・・・・捻り潰せ」


 その瞬間、俺達の体の中を猛烈な悪寒が駆け抜ける。

 それくらい、その言葉を放ったガブリエラの顔は冷たくて、恐ろしいほど迫力に満ちていたのだ。


「そのような”危険人物”はいずれ世界に害をなす。 それがそなたらの”立場”であり・・・”義務”といっていい」

「・・・また、大げさな・・・」

「そうでもないぞ、ロンよ。 ”世界を壊しうる化物”を意のままに操れると思う者がいればどうするべきだ?」

「ええっと・・・」

「化物が癇癪を起こす前に止めるのが世のためであろう? そして”化物”ならば、己が世界に牙を剥くほど追い詰められる前に、そやつだけを排除するのが義務だとは思わんか?」

「あ・・・」

 

 わかんねえ・・・

 それが正直な俺の感想だった。

 モニカもどう考えていいか分からないようで、口をつぐんだままじっとガブリエラの目を見ている。

 だが視界に映る金色の瞳は、これまでに無いほど真っ直ぐで誠実で、純粋だった。


 その様子からして、この”考え方”が生半可のものでは無く、ガブリエラの見えざる苦悩の末に辿り着いた”結論”なんだということが伝わってくる。

 そう考えると、なんと恐ろしい立場になってしまったというのだろうか・・・


「さて、”心構え”はこの辺にして・・・本題の方に移るか」


 するとガブリエラがそう言い、わざとらしく曲がってもいない制服の襟を正す。

 彼女なりに重くなった雰囲気を変えようという気遣いなのだろう。


「そなたらの”表向きの出自”は、さっき聞いていたとおりだ。 聞き取れなかった部分があればロンに聞け。

 あと細かく聞かれても”詳しくは知らない”で通せばいい。 そなたの”出自”はそなた自身も把握してなかったということにしたからな、何処かその辺の農家か牧場の生活と、適当な孤児院の生活を思い浮かべておけばそれでいい」


 その言葉を聞いてモニカが何やら想像を膨らませる。

 ガブリエラに言われた”農家の景色”をモニカなりに想像しようとしているのだろう。

 流れてくる思念の感じからして、カミルさんの家の近くの広大な農地あたりか。

 まあ、他に農地なんてまともに見てないからな。

 そして、何とかそれでモニカの中に”これまで”がデッチ上がってきたところで、モニカがガブリエラに話しの続きを喋るように促した。


「それでは・・・これから話すのは、この”与太話”の本当の部分になる」


 その瞬間、空気が引き裂かれる大きな音と共に部屋の壁のすぐ手前に金色の魔法陣が幾つも展開され、いきなりの事にロザリア先生が小さく悲鳴をあげた。

 俺はそれを見て、わずかに回復した魔力を薄く広げ周囲の状態を確認する。


『この部屋の空間が断裂している・・・たぶん盗聴防止だな』

『スコット先生が前に使ったのとかなり違うね』

『ああ、ずいぶんド派手だな。 これじゃ盗聴防止をしていることが周囲にバレバレだが・・・”聞くな”ってことだろうな・・・』


 もしそれを承知でこの結界を破りに来る者がいたら、只では済まないのだろう。

 ガブリエラらしいといえばらしいが、まさか”密談するから覚悟せよ!”と周囲を威嚇するなんて。


「これでこの会話は、私とそなたら・・・あとロザリア医師のみが聞くことになるな」


 結界の出来栄えを確認したガブリエラが、部屋の中を見回しながらこれで準備完了と手を軽く2回叩いた。


「まず、私が何をしたか話そう・・・」




 そこから、ガブリエラによる”モニカ・シリバ・ヴァロアの誕生経緯”の説明が始まった。

 それは少し回りくどかったり、細かいところを確認したりするせいで結構な時間かかったが、要約するとこうである。



 まず、話は2ヶ月ほど遡る。

 ちょうどガブリエラがスキルの制御を失いかけ、それを救った俺達にお礼として”命をくれる”と言ったときだ。


 あのとき俺達の意識は”思考同調の綱引き”でしっかりと自我を保ってはいたが、それとは別に一部はガブリエラと繋がった状態にあった。

 あの、モニカが「半分ガブリエラだった」と表現した、魔力がまだらに混じった不思議な状態である。

 その中で当然として俺達の一部、特にモニカの部分はかなり深くガブリエラの意識の中にあったらしい。

 そこでガブリエラはモニカを自分の”親族”と意識するようになったわけだが、同時にモニカの中に膨らみつつ有った不安の内容を知り、それを克服できる手段を返礼にしようと決めたのだ。


 そこから彼女は、独自のルートを使い様々な手段を模索した。


 求めたのは俺達が安全に世界中を移動できる方法。

 最悪、モニカが住んでいた氷の大地に向かう方法だけでも構わないと吟味に吟味を重ねたところ、やはりその方法は、モニカ自身がこの世界に”表向きの居場所”を確保するしかないと結論に達するまでそれ程時間はかからなかった。

 そのためガブリエラは俺達の存在を伏せながら世界中の様々な家を調べ、時には彼女の次元魔法による瞬間移動も駆使しながら、”相応しい居場所”を当たっていったらしい。

 中にはノコノコ1人でやってきたガブリエラに刃を向け、音もなく”消えた”家もあるというから、かなり大変だったことが伺える。


 ”俺達の居場所”に必要な要素は大きく4つ。

 俺達の存在を保持するだけの力か、地位があること。

 突然、子息が一人増えてもおかしくない要素があること。

 主要国、特にマグヌスからの影響が小さく、また簡単には踏み込ませない”因縁”があること。

 そして一番大切なこととして、モニカという”イレギュラーな存在”を受け入れる懐か、何らかの切れぬ”繋がり”があること、だ。


 これらを加味してリストに浮上したのが、アルバレスの貴族であるヴァロア伯爵というわけである。


 それからガブリエラは非公式で何度もヴァロア伯爵と接触を持ち、時にはガブリエラ本人が出向いて伯爵の人と成りを確認したらしい。

 都合のいいことに・・・・・・・・彼は戦乱で失った”家族”にかなり固執しており、伯爵の実の妹である”カテリーナ・アイギス”とその3人の娘の死も心から悲しんでいたようで、そのさらに娘であるガブリエラの来訪を快く迎えていたそうだ。

 そして数回の接触の末にヴァロア伯爵が信用に足ると判断したガブリエラは、決して漏らさぬように強力な魔法契約を彼にかけた上で俺達の事を持ちかけた。


 ヴァロア伯爵はフランチェスカの複製品である俺達の存在に大きく驚き、そして同時に大きく憤ったという。

 彼はその場で俺達の保護を決めると、ガブリエラの計画に賛同しそれをアルバレス国内からサポートし始めた。


 ヴァロア伯爵は火の消えた蝋燭のような、ただ消滅を待つだけの貴族だったが、それでも元侯爵ということもありその影響範囲はかなりのものだ。

 特に旧ホーロン領であるアルバレス北部を中心に、俺達の存在を厳に伏した状態で”根回し”は進んだ。

 その”最大の生贄”は、”勇者:レオノア・メレフ”のアクリラ派遣。


 なんとレオノアとイルマの”化物コンビ”は、本当ならトリスバルを出る予定はなかったのだそうで、それをヴァロア伯爵の巧みな工作と誘導で派遣するように仕向け、俺達と戦わせるようにしたのだという。

 最初、ガブリエラはその案には反対したらしい。

 マグヌスを刺激するのは得策ではないと。

 だが戦乱で家族の全てを失ったヴァロア伯爵の考えは違った。


 国という存在が配慮することはない。

 俺達の情報の秘匿に価値がある限り、その魔の手が伸びる時間に少し差があるだけなのだと。


 ならばいっそ俺達を彼等が殺せぬ存在にしてしまえばいい。

 国家間の”しこり”になるのなら、逆に結束の象徴にしてしまえばいい。

 その力に怯えるのなら、逆に縋らせればいい。


 ”立場”に絶対などなく、敵味方は容易に入れ替わる。

 そして”国”とは、得てして最も恥も外聞もなく身を翻す身勝手な存在である。

 だからこそ、俺達の存在の暴露による”俺達の抹殺の価値の喪失”は必須なのだと、ガブリエラを説き伏せたらしい。


 ”取り残されるのは、いつも国を信じた者だけだ”


 彼はそう笑って言ったんだそうな。


 そして俺達は、まんまとその老人の目論見通り勇者を相手にその力を示し、世界共々もはや後戻りできない地位を得てしまった、というわけだ。


 まだ顔も知らない俺達の”おじいちゃん”だが、とんでもない策士らしい。

 ちなみにその”おじいちゃん”は現在、ガブリエラの派閥とアルバレス内の影響力を駆使して”地盤固め”に奔走しているそうな。

 もう言い逃れの出来ない状況になったとしても、国という図体のでかい組織がそれを認識するまでには時間がかかる。

 だから用意した”既成事実”を並べ立てて、ハッキリさせるんだと。


 ヴァロア伯爵にとってフランチェスカは姪であり、そのコピーであるモニカとの遺伝関係は非常に近い。

 魔力傾向的にもフランチェスカの”黒”は母からの遺伝、つまり”ヴァロアの血”によるものなのでちょうどよく。

 さらにアクリラ時間で今日に入ったと同時に、ガブリエラの用意した最大級の契約魔法を使用して俺達の出生をヴァロア伯爵が認知し、アルバレスの様々なシステムにその存在を書き込んだ。

 これによりモニカとヴァロア伯爵の関係は、調べられれば調べられるほどに強固になっていく状態になった。

 きっと今頃、”繋がりを疑うのなら、どうぞ調べてください!”とでも言っていることだろう。


 マグヌスとアルバレス双方に利権を発生させるのはガブリエラのアイディアだ。

 俺達の存在を両国の間で宙ぶらりんにして、互いに引っ張り合いをさせる。

 そうすればお互いの不信の感情が強固な盾となって俺達を守ってくれるとか。


 もう既に両国は、”王位スキルの権利”という目のくらむような莫大な”利”を得てしまった。

 今更そこから、自分だけ・・・・手を離す恐怖に耐えられる訳がない。

 その瞬間相手は”勇者”すら倒す存在を独り占めし、自国はそれを失う。

 だからモニカから手を引くには、2国が揃って・・・・・・でなければならない。

 だが、両国ともそこまで相手国を信用することは出来ない。

 どれだけ協調の恩恵を受けていようと、不信の種は常に渦巻いているのだ。



 こうして俺達は王女と没落貴族の策略により、比較的自由に動ける”身分”と、”安全保障”の両方を手に入れた。

 まあ結局、俺達のスキルの力で強引に押し切った部分は多いが、”先行投資”を引き出せたのは間違いなく2人の功績。

 俺達だけなら、こんな風に”平和的”かつ”迅速”に収めることは出来なかった。



「そなたらに求めるのは2つ、来年度中にヴァロア伯爵領を訪ねること。

 そして我が国とアルバレスの2国が”揃って”求めた場合の参戦だ」


 最後にガブリエラが俺達が提供することになる”条件”を教えてくれた。


「”たたかえ”って言われたら、戦わないといけないの?」


 モニカが少し不安げに確認する。

 するとガブリエラは、心配するなとばかりに肩の力を抜いた。


「どちらか1国でも求めなければ義務はない。 それにこの条件はアクリラ卒業後だからな、その時のそなた等ならなんとでもなるだろう」


 出たよ、”王位スキルは囚われない論”・・・

 まあ、ガブリエラ級に強くなるなら可能なのかもしれない。

 前と違って”勇者”を倒しちゃった今、それは非現実的な目標ではなくなった。


「だが、それだとずいぶん条件が少ないな、本当にそれでいいのか?」


 あまりの破格の条件に、不審に思った俺が確認を取る。


「これはあくまで両大国の間の協調の問題、出し合うものは双方から出している。

 ”商品”であるそなたらに求めるものは”力”と”帰属”のみだ」

「しょ・・・商品って・・・」

「”賞品”といっても良いかもしれぬな」


 ガブリエラは軽くそう言い切ると、どうだと言わんばかりにニコリと笑った。

 その身も蓋もない物言いに、彼女もまたアクリラの住人なんだということを思い知らされるようだった。


「よし、これで、おおよその内容は伝えたぞ。

 あとは両国間で条約が纏まり次第、正式に施行されるが、それは数日とかからないだろう。

 細かな部分はまだあるが・・・」


 そう言いながら、ガブリエラが確認する様にロザリア先生を振り返る。

 すると先生は、これ以上は駄目だとばかりに首を振った。

 もっとも、彼女は結構前から”もう無理!”のサインを出していたのだが。


「今日はこれ以上は無理らしい」

「うん・・・分かった」


 その瞬間、どっと眠気が押し寄せ俺のリソースも目減りする。

 これまでなんとか疲れを堪えていたモニカが、説明の切れ目を察知して集中を切ったのだ。


「よくやった。 今は休め」


 ガブリエラはそう言いながら、俺達の顔に手を当て瞼を下ろす。

 その手が温かい。


 よほど疲れていたのだろう。

 モニカの体は、俺の意識まで含めて眠りの世界に落ちていったのだ。



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